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運命の男、拾いました
美少年を助けたらハイスペ王子な旦那様に!?

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本価格:670(税抜)

電子書籍価格:--円(税抜)

  • 本販売日:
    2019/12/16
    ISBN:
    978-4-8296-6891-7
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書籍紹介

絶対に離しません。あなたは、私のものだ

「私にあなたを一生守らせてください」凜々しい美青年に成長したブライアンから突然の求婚!? 今まで弟のように可愛がってきたけれど、特別な女性として愛していると告白され、胸の高鳴りが止まらない。「ずっとあなたが欲しかった」息もできないほど深い口づけ。巧みな指先が敏感な場所を弄ると、全身が快感に震えて――。完璧な夫に夜ごと甘く蹂躙され、尽くされる新婚生活

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | 甘々・溺愛 | 新婚
登場人物紹介

ブライアン

子どもの頃にシルヴィアに助けられ、記憶がなかったため弟として引き取られた。実は現国王の異母弟。

シルヴィア

地方の伯爵令嬢。気さくな性格。ブライアンを本当の弟のように思っていたが、最近ドキドキしてしまい……?

立ち読み

 御者台に座って見る景色は、馬車の小さな窓から見る景色とは違って開放的でとても気持ちがいいものだった。
 雨上がりの空に雲はもうほとんどなく、明るい陽光が降り注いでいる。道はぬかるんでいて馬は歩きづらそうだったが、道ばたの草木は雨の雫を纏い、陽光を受け止めてキラキラと輝いていた。見慣れているはずの領地の景色も雨上がりにはすべてが輝いて見えるから、シルヴィアのお気に入りの一つとなっていた。
 ノールズ伯爵家の領地は王国の中心地からはかなり離れた辺境で、風光明媚な地──簡単に言ってしまえば田舎だ。自然の豊かさだけが取り柄だが、シルヴィアは特に不満を抱いたことはない。領民たちは皆優しく朗らかで、シルヴィアの両親を慕っている。シルヴィアのことも自分の娘のように可愛がってくれている。
 豊かな自然の恵みは民たちに空腹感を覚えさせることがほとんどない。いつか自分も両親の跡を継いでこの地を守っていくのだと、自然と思えていた。まだまだ幼いからできることは少ないが、それでも自分のできることをしようと常に思っている。
 だが、いくら父親と一緒だからとはいえ領地の見廻りに率先してついていくことは少し奔放過ぎるかもしれないと、シルヴィアは頭の片隅で思う。両親は娘のこの部分もとても愛おしんでくれるが、社交界デビューまでにはもっと落ち着いた淑女にならなくてはいけないだろう。
 今年十三歳になったシルヴィアには、豊かな自然を前にお淑やかに過ごすことは難しい。それでも母親をがっかりさせないよう、お転婆ぶりは適度に抑えるようにしていた。いつか母親にとっての父さまのように素敵な人が現れたら、その人に満足してもらえる淑女になりたいと、シルヴィアも普通の乙女らしい気持ちは持っている。
(私の王子さま……いつ、出会うことができるかしら?)
 あと数年もすれば、社交界デビューだ。そのときに出会うことができるのだろうか。幼い乙女心は自然と期待に膨らんでいった。
 領地内の小麦畑の見廻りを終えた馬車は、ノールズ伯爵邸へと戻っていく。美しく穏やかな景色を眺めていると、視界の端に小さな闇の塊が見えた。鮮やかな緑の草木の中に、漆黒の塊が埋もれている。
 ゆっくりと動いていく景色の中で、何なのだろうと目を凝らしたシルヴィアは、それを認識した直後、大声を上げた。
「止まって!!」
 突然のシルヴィアの声に驚き、御者が手綱を引く。ほぼ同時にシルヴィアはレースの縁飾りが施されたワンピースの裾を揺らして御者台から飛び降り、漆黒の塊へと走って行く。
馬車の扉が開き、父親のデイモンが何事かと姿を現した。
「シルヴィア、どうした!?」
「父さま、人が倒れているの!!」
 娘の叫びにデイモンは驚愕し、御者を連れて追いかけてくる。
 草木の中に埋もれていたのは濡れたように深い漆黒の髪だった。シルヴィアとそう大して変わらない年頃の少年が、身体を丸めるように倒れ伏している。
 眉根をきつく寄せ薄目を開けてはいたが、息がとても苦しそうだ。幼い丸みのある頬は紅潮していて、こめかみや額にびっしりと汗の粒が浮かんでいる。身体を丸めているのは左腕を胸に抱え込んでいるからだった。
 左の二の腕辺りを押さえている右手の指の間から、血の雫が見えた。怪我をしている!
「怪我をしているのね? 大丈夫、手当てをするわ! だからもう少し頑張って!」
 呼びかけてみるが、深い青の瞳は焦点を結んでいない。だが耳は聞こえているようで、シルヴィアの声を頼りにぼんやりとこちらを見返してきた。
 止血しようにもハンカチでは長さが足りない。どうしようと考えたのは一瞬で、シルヴィアは自分のワンピースのスカート部分を力任せに引き裂き、その布で少年の傷の上をきつく縛りつけた。
 痛みのために少年が低い呻き声を上げる。デイモンたちがシルヴィアに走り寄り、少年の姿を認めて息を呑んだ。
「なんてひどいことを……!!」
 御者が少年をそっと抱き上げる。少年の身体は固く強張っていて、シルヴィアたちをとても警戒しているとわかった。怪我をしていなければ力一杯抵抗して逃げ出しただろう。
 シルヴィアは反射的に少年の頭に右手を伸ばし、優しく撫でた。
「大丈夫、怖いことも痛いこともしないわ。あなたを手当てしたいだけよ」
 頭を撫でる際に額に触れて、そこが燃えるように火照っていることに気づいてシルヴィアは息を呑む。デイモンに目を向けると、父親は何もかもわかっているというように頷いてくれた。
「すぐに屋敷へ運ぼう」
 皆で乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。
 シルヴィアは自分の膝を枕代わりにして、少年を席に横たえさせる。少しは安心してくれたのか、少年は目を閉じて意識を失っていた。
 薄く開かれたままの唇から零れる息は荒く、熱い。シルヴィアは少年のこめかみを滑り落ちる汗に気づき、ハンカチで優しく拭ってやる。
 土で少し汚れていたが、身なりはどこぞの貴族子弟と思えるものだった。眉根を寄せて苦しげな顔をしているものの、目鼻立ちが整っていてとても綺麗だ。髪も肌も荒れたところはない。裕福層の子供だと思われるが、少なくとも皆が家族のようなこの領地内でこの少年の姿は見たことがなかった。
「いったいなぜ、こんなところで子供が怪我をして……」
 デイモンが気遣わしげに少年を見つめながら独りごちる。思案のために口を閉ざすが、答えは出てこなかった。シルヴィアも少年の状況は気になりつつも、スカートの生地越しでもじんわりと伝わってくる少年の熱の高さの方が心配だった。
 少しでも熱の苦しさが和らぐように願いながら、シルヴィアは少年の頭を撫で、時折汗も拭き取ってやる。しばらくすると、少年が目を閉じたまま不意にシルヴィアの指を掴んできた。
「だ、れ……?」
 掠れた声が、誰何する。その声音に警戒の響きを感じ取り、シルヴィアは胸を痛めた。助けようとしている自分たちのことも、この少年には『敵』としか思えないのかもしれない。
「私はシルヴィアよ」
「……シル、ヴィア……知ら、ない……誰……?」
 少年が譫言のようにさらに問いかけてくる。これ以上彼の心に負担をかけたくなくて、シルヴィアは少年の手を両手で強く握り締めながら言った。
「あとで私が誰なのか、ちゃんと説明してあげる。でも、あなたの敵じゃないわ。それは絶対よ。それだけはどうか信じてね」
 少年の瞼が、うっすらと開かれた。焦点を結んでいない瞳は、深みのある群青色にも見える青だ。宝石のように美しい色合いに、シルヴィアは思わず見惚れてしまう。
「シル、ヴィア……?」
「ええ、そうよ。大丈夫、今は安心して眠って。次に目が覚めても、誰もあなたを傷つける人はいないわ」
 少年が応えるようにシルヴィアの手を握り返した。シルヴィアは少年を守るように、その手を改めて握り締めた。ほんの少しだけ、少年の表情が和らいだように見えたのが嬉しかった。


 帰ってきた夫と娘が傷ついた少年を拾ってきたことに驚きつつも、母のマリーはすぐにかかりつけの医師を呼び寄せ、客間を用意し、使用人たちの手を借りて少年を着替えさせ、温かいベッドに寝かせた。幸い傷は命に関わるほどの深さではなかったが、雨に打たれたまましばらく放置されていたことが災いし、熱が高くなってしまっているらしい。傷の手当てをされ解熱剤も処方されたが、少年の容態は落ち着かなかった。
 マリーが一晩、使用人たちとともに少年の看病をすることになり、シルヴィアも頼み込んで一緒に居させてもらった。少年を見つけたのは自分だったし、縋りつくように自分の手を握り締めてきた仕草が忘れられなかった。
 デイモンとマリーは仕方なさそうに微笑みながら、シルヴィアが手伝うことを了承してくれた。
 そして少年は次に目を覚ましたとき、自分の名前と年齢以外を思い出せずにいた。
「僕……ブライアンって名前以外、思い出せない……」
 ひどく不安そうに瞳を揺らしながら、縋るようにシルヴィアを見上げて言ってくる。この頼りなく小さな存在を放り出すことなど、シルヴィアにはできなかった。

 

 

 

 ふ……っ、と意識が現実に戻り、シルヴィアは目を覚ました。
 カーテンの隙間から差し込んでくる柔らかな朝陽に照らされたサイドテーブルの置き時計を見て、いつもの目覚めの時間であることを認める。小さなあくびを一つしてベッドから身を起こすと、シルヴィアは呼び鈴を鳴らして使用人を呼んだ。
「おはようございます、シルヴィアお嬢さま」
 親子二代にわたってノールズ伯爵家に仕えてくれている使用人は、シルヴィアの部屋のカーテンを開け、身支度を手伝ってくれる。いつもとは違いまだ少しぼんやりとした表情のシルヴィアに、使用人が心配そうに声を掛けてきた。
「お嬢さま、どこか具合でもお悪いのでは……」
「あ、ああ、大丈夫よ。少しぼうっとしてしまったのは、昔の懐かしい夢を見たからだと思うわ」
(ブライアンと、初めて会ったときのこと……)
 もう七年も前のことか、とシルヴィアは思い出に心を馳せる。
 シルヴィアが見つけてノールズ伯爵家で保護した少年は、結局そのあとも記憶が戻らず、デイモンが調べても身元がわからなかった。デイモンたちはブライアンを引き取ることにし、シルヴィアの弟として可愛がってきた。
(ブライアンもシルヴィ姉さまって呼んでくれて、いつも私のあとを雛鳥のようについて回っていたのに……)
 ふう、とシルヴィアは長い溜め息を吐いてしまう。
 シルヴィアよりも小柄だった身体は今や頭一つ分高くなり、立派な青年となった。ずいぶんと男らしくなったが、その分、弟らしさがなくなってしまって、とても寂しい。
 元々聡い子だったようで、ノールズ伯爵家の養子であることをわきまえていたせいか、十八歳の成人の儀を迎えたことを機に、この家の家令として働かせて欲しいと言ってきた。デイモンとシルヴィアはブライアンを変わらずに家族の一員として扱っているつもりだが、そうすればするほどブライアンは自分たちと距離を保とうとしているように思える。
 自分たちに仕えようとするブライアンに、元の弟の立場に戻って欲しいとシルヴィアは今も時折頼んでいるが、願いが聞き遂げられる様子はなかった。
(ブライアンとは他人なんだって言われているみたいで……寂しいのよ。もちろん、血の繋がりはないのだけれど……私は本当の家族だと思っているのに)
 使用人の手を借りて身支度を整え、シルヴィアは朝食のテーブルに飾る薔薇を摘みに庭に出た。
 流行病で数年前に亡くなった母のマリーが世話をしていた薔薇の庭は、今はシルヴィアが主だって面倒を見ている。薔薇が好きだったマリーは朝摘みの花をテーブルに飾るのを習慣としていて、その役目をシルヴィアが自然と引き継いでいた。
 まだ朝陽で温められていない空気は澄んでいて、清々しい気持ちにしてくれる。蔓薔薇が絡みつくアーチをくぐって薔薇園の中に入ると、黒のお仕着せを一糸の乱れもなく身に纏ったブライアンが薔薇を摘んでいた。
 シルヴィアがやってきた気配に気づいたのか、すぐに身を起こして振り返ってくる。そして生真面目な微笑を浮かべて挨拶した。
「おはようございます、シルヴィアさま」
 濡れたような艶を持つ青みがかった黒髪は、少し前髪が長いがすっきりと整えられている。こちらを見つめる瞳は目尻が鋭く、無言で無表情だと何だか奇妙な威圧感を感じる暗めの青色をしていた。少年の頃は感情豊かによく笑っていたはずなのに、いつの間にかその整った顔に浮かぶのは儀礼的な──あるいは生真面目な微笑が定番になってしまっている。それも自分たちとの距離が大きく開いてしまっている証拠のように思え、シルヴィアが寂しいと感じる理由の一つだった。
 長身の身体は均整がとれていて、しなやかな獣のような柔軟さもあった。少年の頃から綺麗な子だと思っていたが、今はシルヴィアも時折ドキリとしてしまうほど容姿端麗な青年となっている。
 若い女使用人たちがブライアンに熱を上げるのも仕方がないと思える。ブライアンの方は彼女たちの熱っぽい視線に気づいていないわけでもないだろうに、興味はまるでないらしい。
(まさか女性に興味がない……というわけではない、わよね……?)
「シルヴィアさま、黙り込んでどうかされましたか」
 心配そうな声でブライアンが問いかけてくる。シルヴィアはハッと我に返り、慌てて笑いかけた。
「ああ、ごめんなさい。今朝は懐かしい夢を見たせいかぼうっとしてしまって」
「懐かしい夢ですか? 悲しい夢でなければいいのですが」
 目星を付けた薔薇の茎に剪定ばさみを入れて、丁寧に摘んでいく。シルヴィアはブライアンの左腕に抱えられていた薔薇を引き取った。
「母さまの夢を見たと思っているの? 違うわ。あなたと初めて会ったときの夢よ」
「そうでしたか」
 ぱちん、と新たな薔薇を摘み、ブライアンが棘の処理をしてからシルヴィアに渡してくれる。受け取った薔薇を鼻先に近づけ、柔らかな香りにシルヴィアは心地よさげに目を細めた。
「いい香り」
「はい。シルヴィアさまが丹精込めて育てていらっしゃるからですね」
「あなたが手伝ってくれるからよ。これくらいあればもういいわね」
「はい。ですがもう一輪」
 ブライアンは今度は茎を短めに切った薔薇を、右耳の上辺りに挿してくれた。
 真剣な眼差しで薔薇の角度を何度か確認したあと、満足したのか小さく頷く。表情にはあまり変化が見られなかったが、シルヴィアを見つめる青の瞳が柔らかく細められた。シルヴィアは思わずドキリとする。
「今日のドレスの色によくお似合いです」
 優しく淡い緑色を基調としたシンプルなドレスに、ブライアンはクリーム色の薔薇を挿してくれたのだ。シルヴィアは思わず頬を淡く染めてしまう。
(な、何をドキドキしているの。弟が姉を慕ってくれているだけでしょう?)
 妙に必死になって自分の心に言い聞かせなければ、いつもの自分に戻ることができない。シルヴィアはブライアンに気づかれないように何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせたあと、笑った。
「ありがとう」
 シルヴィアが抱えていた薔薇を、ブライアンが取り上げた。
「こちらは私が生けておきます。では、失礼いたします」
 所作のすべてに見惚れてしまうほどの美しい一礼をして、ブライアンが薔薇園から出て行こうとする。薔薇を挿してくれたときはとても親密な空気があったはずなのに、急に距離ができてしまったような気がして、シルヴィアは慌ててブライアンの背中を追いかけた。
「待って、ブライアン。私も一緒に行くわ!」
「朝の散歩をする時間はまだありますが」
「一人で散歩をしてもつまらないもの。屋敷に戻るまで、おしゃべりに付き合ってくれる?」
 ブライアンは一瞬考え込むように沈黙したが、仕方なさそうにかすかに微笑んだ。
「わかりました。私でよろしければ」
 家令の仕事をするようになってから、ブライアンとの距離は開いていく一方だ。今の言葉も使用人とその家の令嬢との関係を越えない礼儀正しいものだ。それが寂しい。
(どうしてこんなふうになってしまったのかしら)
 デイモンもシルヴィアも、ブライアンに使用人になって欲しいと思ったことは一度もなかった。特にシルヴィアは妹か弟が欲しいと常々思っていたため、ブライアンを引き取ることを両親が決めたときはとても嬉しかった。幼い頃は血の繋がりがないとは思えないほどに仲睦まじく過ごせていたのに──気づくとブライアンはこんなふうに自分たちと距離を取るようになってしまっていた。
「それにしても早起きね。昨夜は父さまの仕事の手伝いをして、遅かったのでしょう?」
 昨日の晩餐のあと、デイモンはブライアンとともにやるべき仕事がまだあると言っていた。先ほど身支度のときに使用人に父親の様子を聞いてみたところ、まだ眠っているとのことだった。おそらく、朝食の席には出てこないだろう。
「そうですね。明け方までかかっていましたから」
「そんなに遅くまで? 何か父さまの仕事でトラブルでもあったの?」
「少し。ですが、シルヴィアさまがご心配されることはありません」
 最近、デイモンはとても忙しくしている。そして時折深刻そうな表情で、ブライアンと夜遅くまで話し合っていたりもする。父親の仕事をブライアンが手伝っていることは知っているが、最近は何だか不穏な空気が漂っているような気がして心配だった。
「私にも父さまを手伝えることがあるといいのだけれど……」
「大丈夫です。旦那さまのご多忙な時期も、間もなく終わると思われます」
 軽く頷こうとしてシルヴィアはハッと気づいた。その状態では、ブライアンはほとんど眠っていないのではないか!?
 シルヴィアはブライアンの腕を衝動的に強く掴んで引き寄せた。急に足止めされ、ブライアンは訝しげにシルヴィアを見返す。
「だとしたらあなた、ほとんど寝ていないということよね!?」
「二時間眠りました。今日の仕事に支障はありませんから大丈夫です」
 いつも通りの生真面目な表情で答えるブライアンには、確かに眠たげな様子は一切見られない。動きも機敏で、言葉の通り、仕事に支障は出ないのだろう。
 だが、とシルヴィアは眦を吊り上げる。
「そういうのは駄目って何度も言っているでしょう! このままあなたは部屋に戻って眠ること!」
 ブライアンに顔を近づけて、精一杯威厳を込めた厳しい表情でシルヴィアは言う。昔は見下ろせていた端整な顔が、今は見上げなければならないことが何だか悔しいような寂しいような──複雑な気持ちだ。
 あともう少しつま先立ちをしたらくちづけも可能なほどの至近距離になっていることに気づいたブライアンが、うっ、と息を詰まらせた。少し上体を反らして距離を取ろうとしたものの、ふと何かに気づいたらしく、どこか叱りつけるような口調で問いかけた。
「……シルヴィアさま、念のための確認なのですが……私は確かに未だシルヴィアさまの義弟として扱っていただいていますが、年頃の男に対してこのように親密な態度を取ってはいけないことはご存じですよね?」
「当たり前でしょう。私だって淑女としてのたしなみはきちんと勉強しているのよ。母さまがいらっしゃらないからって、父さまに恥をかかせるようなことはしないわ」
 シルヴィアの言葉にブライアンは小さくほっと安堵の息を吐く。まだ異性と交際したこともないが、それでも異性に対し先ほどのブライアンにしたような親密な態度で接してはいけないことはわかっている。
「それでしたらよろしいのです。いくらお願いしても私に無防備に近づかれますし……」
「当たり前でしょう。あなたの何を警戒するの?」
 続きを言いかけた唇をブライアンは閉ざし、シルヴィアを真っ直ぐに見返す。
「それは、私を男として見ていないということですか?」
 急に答えに窮する質問をされて、シルヴィアは戸惑って口ごもってしまう。ブライアンが何を自分に伝えようとしているのか、よくわからなかった。
(男としてって……ブライアンは男の人でしょう。でも私の弟で……)
 シルヴィアの様子を見たブライアンが、深く嘆息した。
「……本当に心配です。そのご様子では下心を持った男が近づいてもおわかりにならないでしょう……」
「ど、どうしてそうなるの!?」
「シルヴィアさまは男心をご理解されていないようですとお教えしています」
 真面目な──いや、今はどこか憮然とした表情でブライアンは言う。自分より一つ年下なのに男女の機微に関しては自分よりもよく知っていると言われているような気がして、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。だが直後に、何とも言えない複雑な気持ちにもなった。
 自分をこんなふうに諭せるほど、ブライアンは男女の機微に長けているのだろうか。もしや今、恋人でもいるのだろうか。
(私が見る限り、恋人がいるようには思えないのだけれど……でも、確かにブライアンも年頃の男の人だし、この容姿で仕事もできるし、少し真面目過ぎるところもあるけど無愛想、というほどでもないし……)
 屋敷の中に入り、シルヴィアは思い切って聞いてみる。
「ねえ、ブライアン。あなた、も、もしかして恋人がいるの……?」
 何とも複雑な表情でブライアンは眉根を寄せる。思わず息を詰めて答えを待ってしまったシルヴィアだったが、求める答えは返ってこなかった。代わりにブライアンは言う。
「次の仕事がありますので私はこちらで失礼します。間もなく朝食の準備が整いますので、食堂でお待ちください」
 きっちりと一礼してから、ブライアンはシルヴィアに背を向け、別の方向へと向かう。シルヴィアは彼の姿が廊下の角を曲がって見えなくなるまで見送った。その背中が、遠い。
(今は使用人とその主人の娘……どうしてそんなふうに、距離を置きたがるようになってしまったのかしら)
 何度考えても納得のできる答えは出てこず、シルヴィアは溜め息をついた。

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