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転生聖女はモブキャラの推しを攻略したい! 3

第三話


 その日の夜。
 出されていた課題を終わらせ、夕食を済ませたあと湯浴みをする。
 教会寮で寝泊まりする学生は私だけなので、就寝までの時間は比較的自由だ。
 しかし寮には友達がいないので凄く暇である。
 この先の学園生活に対する不安を紛らわすためにも友達と喋れたらなと思うけれど、一人ではそうはいかない。
(散歩でもしようかな)
 気分転換に身体でも動かそうと、普段着のドレスに風よけのローブを羽織って外の庭園をぶらつく。
 夜空を見上げながらしばらく歩いていると、教会寮から一番近い南門が見えた。
 この門を出てしばらく歩くと、まるで城下町のように大きな街がある。
 一度だけ日用品を買うために学園の外をふらついたことがあるけれど、私が住んでいた街よりも遥かに賑やかで、あまりゆっくり見られないことが残念だった。
 だが寮で生活する学生は出入りを制限されていて、外出には許可がいるし出られる時間も決まっている。
 また機会を見つけて外出したいな、なんて思っていると、私の前方にランタンを持った人影が見えた。
(……あれは、シルヴィオ?)
 ローブを羽織っているため分かりにくいが、背格好からしておそらくシルヴィオだ。
 こんな時間にどうしたのだろうか。
 何気なく後を追ってしまう。
 するとシルヴィオは職員用の通行札を懐から取り出し、南門へと向かっていく。
 シルヴィオは教会寮で寝泊まりしているが、ときどき夜に外出しているようだ。
 こんな夜に何の用事があるのだろうと思っていると、地面に何か落ちていた。
(……これって多分、シルヴィオのだよね?)
 いつも彼が礼拝で使用しているロザリオだ。
 きっと懐から通行札を出すときに、滑り落ちたのだろう。
 私はロザリオを拾い、先程出ていったシルヴィオを呼び止めようと南門の出入り口まで走る。
「シルヴィオさーーん!」
 だがもう見えるところに姿はないし、声も届かない。
「あっれー、エリッサさん、どうしたんです?」
 南門の門番である陽気な青年に声をかけられ、先程拾ったロザリオを見せる。
「さっきシルヴィオさんが出ていきましたよね? 今そこで落としたみたいで……」
「それは大変だ。ほらほら追いかけな!」
「──え!?」
 軽く外出許可を出され「ザル警備!」と心の中でツッコミを入れたものの、好奇心に後押しされてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「ははは、なるべく早く戻ってきてよ」
 まさかこんな形で外出出来るとは思わなかったが、とにかく慌ててシルヴィオの後を追う。
 ロザリオは明日会ったときに渡せばいいかもしれないけれど、司祭なので今から用事で使う可能性もある。
(それに何より気になるっていうか……)
 単純にシルヴィオが夜に学園を抜け出し、どこに行くのか興味があったのだ。
 以前シルヴィオに尋ねてみたこともあったけれど、所用と言って詳しいことは教えてくれなかった。
 だからこそのちょっとした好奇心だ。
 拾ったロザリオを手渡し、どこに行くのか軽く確認してすぐに帰ろうと思う。
(あ……あれ?)
 だが思ったよりも距離が離れていて、なかなか追いつけない。
 追いつこうと小走りしてみたけれど、途中人混みに紛れてシルヴィオの姿を見失ってしまった。
(うそ、どこに行ったの?)
 来た道を確認し、少し辺りを散策してみる。
(確かこの角までは姿が見えたと思ったんだけれど……)
 周辺を見ると近くには飲食店や酒場などが多く存在していた。
 昼に営業していない店が開いていたり、街を歩く者が大人だけだったりと、昼間とはまるで雰囲気が違う。
 その中でも一際騒がしい酒場があった。
(いやいや、まさかそんな)
 もしや、飲み屋にいたりするのだろうかと一瞬考えたけれど、あんないかにも清廉潔白な人がこんな場所に出入りなんてしないだろう。
 どちらにせよ、見失ったのでこれ以上は探せそうにない。
 あまり遅くなっても門番の青年に心配されてしまうので、来た道を引き返そうとしたとき。
 前方から、見るからにガラの悪そうな二人組が近づいてきた。酔っ払っているのか周囲の人間に管を巻いている。
(うわあ、やだな……)
 絡まれたくないと思った私は、ローブのフードを慌てて被り、道路脇でやり過ごそうとする。
 だが、酔っ払いは近くにいた下働きの少年にぶつかった。
「……あっ」
 少年は運んでいた酒瓶の中身を地面にこぼしてしまう。
「おい、汚えだろうがっ!」
 罵声と共に、酔っ払いは少年を蹴り上げた。
 鳩尾にダメージを食らったのか、少年がゲホゲホと咳き込んだ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「服が汚れただろ。……おっ、お前なかなか良いもの持ってるじゃねえか」
 少年が持っていた荷物の一つを、酔っ払いがひょいと奪う。
 おそらく紅茶の缶だろう。貴族に人気の銘柄だ。
「あっ、駄目です。それは!」
「しゃーねーな、これで手打ちにしてやるよ」
「使いの品なんです。叱られてしまいます。返して下さい!」
「いいから、いいから」
 少年が取り返そうと男の腕にしがみついたけれど、余計に怒りを買い殴られる。
(えっ、ねえ……誰か助けないの?)
 キョロキョロと辺りを見渡すが、皆面倒事を避けたいようで基本的に見て見ぬふりだ。
 だが結局、私だってそれは同じで──。
 早く戻らなきゃ駄目だし、とその場から立ち去ろうとした。
 でも──。
「あの、やめて下さい……」
 私は思わず仲裁に入ってしまう。
 どうしてこんなことをしたかというと、私の中にある善性が自分を突き動かした、としか言いようがない。
 ただ所詮見切り発車でしかなく、この先のことは何も考えていないため、すぐに後悔した。
 男たち二人が私を睨みつけた瞬間、恐怖で頭が真っ白になる。
「その……わざとぶつかったわけじゃないんだし……ら、乱暴なことは」
 どうしよう、どうしよう。
 平穏に生きようとした私が、こんな平穏とは程遠いことをしてしまうなんて。
 バクバクと心臓の音が煩い。こんなこと前世でも現世でもしたことがなかったのに。
 でも、どうしてもこのまま見捨てることが出来なかった。
「ああ? ねーちゃん震えてるのか?」
「勇ましいなあー……って、このクソガキ!」
 興味が私に移った瞬間、少年は隙を見て紅茶を奪い返しそのまま走り去ってしまった。
 男たちはじろりと私を見る。
 少年が逃げられたことは喜ばしいけれど、どうやらターゲットが私に変わったようで。
「ねーちゃんが責任とってくれるんか?」
 私を見てにやにやと気持ち悪い笑顔を浮かべている。
(ど、ど、どうすれば……)
 相手は酔っ払いだ。正直怖い。
 気丈に振舞おうと思うけれど、足がガクガクと震えている。
 とりあえず穏便におさめたいが、話が通じるようには思えない。
(これはもう、逃げるが勝ちかも……)
 だが後ろを振り返った途端、背後から肩を掴まれる。
「まあまあ、逃げなくてもいいだろ」
(ひっ……)
 こういうとき乙女ゲームなら攻略キャラが助けにくるんじゃないの、と思うけれどそんなこともなく。
「しっ、しっ、見てんじゃねえよ。おら、散れ散れ」
 遠巻きに、何事だろうとこちらを見ていた人もいたが、男たちが威嚇すると、面倒事に関わりたくないと立ち去っていく。
「あの、誰か……」
 助けを求めようにも、怖くてうまく声が出ない。
 日常的に見る風景だということもあって、皆自分には関係ないと興味を持たない。
 だからこそ自分で何とかしなければと思うけれど、どうすればいいのだろうか。
「お、よく見ればなかなか器量がいいな」
 ローブの中の顔を覗き込まれ、ゲスな笑いを浮かべられた。
「ちょっ!」
 気持ち悪さに背筋が凍った瞬間──。
「っ……がはっ……っ!」
 背後からいきなり誰かの蹴りが入り、男が地面に倒れる。
(えっ、えっ? ……えええ!?)
 いきなりの出来事に後ずさりをし、私はその場で腰を抜かした。何があったのか分からずパチパチと目を瞬く。
(誰、助けてくれたの……!?)
 男に蹴りを入れたのは、長い銀色の髪を後ろで一つに括った若い青年だった。
 青年の背後に先程の少年の姿が見えた。もしかして助けを呼んできてくれたのだろうか。
「おいおっさん、何絡んでんだよ」
 青年はエキゾチックな民族衣装のような柄の服を着崩していて、サルワールのパンツを穿いている。
 夜目が利かないのでしっかり顔は見えないが、長身で手足が長く、街灯から照らされる褐色の肌が服からちらりと覗き、妙に艶がある。
 だが色っぽい外見とは対照的に、口調や仕草からは堂々とした自信が窺えた。
 そして彼が来た途端、周囲がこちらに注目しはじめた。
「お、にーちゃん久しぶりだな」
「まーな」
 顔見知りを応援するような好意的な視線だ。彼の後ろから、友人のような人間もちらほら現れはじめた。
 青年が長い前髪をかき上げると、銀色の髪がさらりと舞った。
「くそっ……」
 すると、もう一人の輩が激昂し青年に殴りかかった。
 しかしその腕はあっさりと掴まれ、そのまま軽やかに地面に倒され腕を捩じり上げられる。
「いててててっ、おいやめろって」
 青年は力を緩めると、近くに捨てられてあったボロボロの新聞を丸めて振り上げた。
「全くっ……酔って、人に、絡んでんじゃ、……ねえよ!」
 単語一つ一つ言う度に、酔っ払いの頭を叱りつけるようにパンパン叩く。
「痛い、痛い、叩くな!」
「うるせーよ、自業自得だろうが」
 そのやりとりに周囲から、笑い声が聞こえた。
 だが次の瞬間、蹴られてダウンしていた男が、隠し持っていた刃物のようなものを突然取り出したのだ。
 遠巻きに眺めていた周囲もざわつく。
 青年は落ち着いていて、ゆっくり間合いをとった。
「おいおい、そんなもの取り出して物騒だな」
「シルバッ!」
 外野から名前を呼ばれると同時に、青年に向けて近くにあった棒状の角材が投げられる。
「っ、くそっ……!」
 シルバと呼ばれた青年は片手で華麗にキャッチし、慌てて突進してきた男の手元に向けて角材を振り下ろす。
「っ、ぎゃっ!」
 短い悲鳴と共に刃物が地面にカランカランと落ちる音が聞こえた。
 青年はすかさずそれを足で蹴って遠ざけ、男の喉元に向けて真っ直ぐ角材を剣先のように突きつける。
(す、すごい……)
 私は地面に腰を抜かしたまま、ただ呆然とその様子を見つめていた。
 まるで映画のアクションシーンを見ているようだ。
 ちらりと青年が周囲に目配せすると、彼の仲間が酔っ払いを締め上げた。
「ったく……」
 青年は角材を地面に放り投げ、銀色の前髪を鬱陶しそうにかき上げる。
 そして呆然としたまま座り込んでいる私のもとへ歩みを進めてきた。
 私は静かに混乱する。
「なあ、立てるか?」
 青年は私の前で立ち止まり、大きな手を差し出した。
「あ、はい……」
 声をかけられ、柄にもなく緊張してしまう。
 だが柔らかい声の響きに、どこか引っかかりを覚えた。
 私は差し出された手をおそるおそる握る。
 だが立ち上がる瞬間、男性から覚えのある香りがふわりと匂った。
(あれ、この匂いって……)
 知っている、と思った。
 何の香りか記憶を辿っていると、青年が私に向けてため息をついた。
「酔っぱらいの間に割って入るなんて危ないだろ? 無茶するなよ」
「あっ……」
 危険なことをした私に対し、呆れているのだろうか。
「でもあの子供は俺の知ってる奴なんだ。助けようとしてくれたんだろ? 感謝してる」
(感謝……)
 たった一言で、勇気を出した自分が救われた感じがして、胸の奥が熱くなる。
 私がようやく顔を上げると、青年の横顔が見えた。
(──えっ?)
 その瞬間、青年がまとっている香りが礼拝堂で焚かれる香だと思い出す。
 そして、その端正な横顔には見覚えがあった。
「おい、シルバ行こうぜ」
 シルバと呼ばれた青年は私に「じゃあな」と伝えた後、友人たちと共に近くの店に向かおうとする。
「あの、待ってください!」
 私はしどろもどろになりながらも、力いっぱい青年を呼び止めた。
「えっと……シルヴィオさん、ですよね!」
 私の声に、その人の足はピタリと止まった。
 私は羽織っていたローブのフードを取って顔を見せる。
 近寄りがたい危険な雰囲気に、上品さとは程遠い荒々しい言動。挑発的な、色気のある表情。
 雰囲気も、服装も、表情も普段とはまるで違う。
 でも、私は分かってしまう。
 何もかもが真逆だけれど、見間違えるはずなんてない。
(……絶対にシルヴィオだ)
 だが青年は私の方を振り向かずに、そっけなく返答する。
「誰だそれ。……人違いだろ?」
 その表情は見えないが、ハッキリ違うと否定されてしまった。
(そんな、確かにシルヴィオだと思ったのに……)
 他人の空似だろうか。
 だが再度確認する間もなく、彼は数人の仲間と共に騒がしい飲み屋の中へと消えていったのだった。

 

 

 

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