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水神の贄嫁(はなよめ)
何度生まれ変わっても、貴方だけを恋い続ける

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書籍紹介

生贄として湖へ投げ込まれた悠乃。水底の御殿で水神・久遠の花嫁となりともに過ごすことに。力を失い、眠り続けていた久遠は悠乃が前世からの番であると気づき、強い執着を見せる。「命の尽きるまで余の隣にいろ。そして来世でも、余の元に来い」執拗で甘すぎる愛撫。激しく抱かれ、翻弄されているはずなのに、彼のまなざしは切なく恋い縋るようで――。二百年の時を経て、運命の番と再び巡り会う。悠久のラブロマンス!

 
 
 
 
ジャンル:
和風 | ファンタジー
キャラ属性:
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | 幼馴染・初恋の人
登場人物紹介
立ち読み





 おふたりの目に入っていたのは、互いの姿のみでした。
 互いに深く恋(こ)い、寄り添うお姿。それはまるで綾(あや)なる織物を見るようでした。
 ですから私がおふたりの前に現れなければ、あのかたは久(く)遠(おん)様にとこしえの愛を注がれて、幸福のうちに次の世に渡っていかれたに違いありません。
 いえ、久遠様の愛はたしかにあのかたを満たしていました。
 久遠様の手があのかたの血に染まり、あのかたがくずおれるその瞬間も、あのかたの目にはひとかけらの濁りも、なかったのですから。








 序 水神の贄



 まだ陽も昇らない薄暗闇を、供(く)物(もつ)の列は勢(せ)多(た)に向けて出発した。
 重く雲が垂れこめ寒風が吹きすさぶ。元日を過ぎた最初の望(もち)月(づき)の日であったが、この空模様では夜になっても月はのぞめないに違いなかった。下男のひとりが先頭に立ち、黒塗りの箱を肩に担いだ男たちが十人ばかり続く。
 箱の中身はうつくしく染めあげた布や糸、繊細な模様をほどこした細工物、そして干した菜や果物に米や粟(あわ)、ひえといった穀物。悠(はる)乃(の)はそのうしろを、初めて袖を通した白の小(こ)袖(そで)一枚だけの姿で歩く。
 青白い肌を衣の隙間から冷気が突くたび、全身が震える。かじかんだ手に息を吹きかけていると、うしろの男に背をどんと押された。黒衣を着た男たちは、いずれも父の部下だ。
 婚礼とも葬(そう)送(そう)ともとれる静かな行列は、粛(しゆく)々(しゆく)と水神のすみかを目指す。
 物寂しさの漂う列であった。
 霜(しも)の降りた地面を草(ぞう)履(り)がさく、さく、と踏む。
 この日、悠乃が初めて目にする景色は、同時にどれも二度と見られないものばかりであった。ひび割れた土がむき出しの田畑も、葉の落ちた木にひっそりと息づく蕾(つぼみ)も、そこでさえずる小鳥も。
(これが最期)
 身体は枯れ枝のごとく痩(や)せ細り、簡単によろめく。悠乃は何度も転び、そのたびに背を蹴られて歩みを再開させられた。
 昼を過ぎてようやく列が止まる。とうとう、淡海(おうみ)に着いたのだった。
「まあ…………」
 蒼(あお)い水面(みなも)が吹く風にさざめき、水の匂いが鼻をくすぐる。どこまでも水をたたえた湖(うみ)は、ほんとうに琵(び)琶(わ)のかたちに似ているのだろうか。判別がつかない。
 左手に見える川が、淡海から水の出ていく勢多川なのだろう。とすると、目の前の橋の下が水神のすみか。
 男衆が、悠乃をぐるりと取り囲む。喉が引きつれた。
(いよいよ)
 悠乃は男たちのひとりに担ぎあげられた。別の男に足をつかまれ、四肢を抱えられる。握り合わせた手が、かすかに震えた。
 ここから淡海に投げこまれるのだ。
(これが……私のさだめ)
  悠乃を担いだ男たちが、橋のなかほどへと進む。厚く覆っていた雲間から陽が射し、水
面がきらきらと輝いた。鮮やかな朱の欄(らん)干(かん)が視界をよぎる。
 男たちが鋭いかけ声を放ち、ゆっくりと身体が傾(かし)ぐ。
 そのとき、涼やかな音色が悠乃の耳を震わせた。
 りん、りん……りん……。
 悠乃は息をのんだ。仰(あお)のいたまま懸命に首をめぐらせる。
 しかしどれだけ目を凝らしても、求めたものは見当たらない。取りあげられたのだから当然だった。落胆はしなかった。
 身体が欄干を越える。
 淡海の水を薄く延ばしたみたいな空が、目の前に広がる。
(たとえ幻聴だとしても)
 望みのひとつすら持ち得なかった一生を、最期にその音が慰めてくれたのだと、悠乃は心から思った。




 一章 暗闇



 悠乃が、自分は贄(にえ)となるためだけに生かされていたと知ったのは、半月ほど前の元日の朝だった。近江(おうみ)国の国(こく)司(し)の下、栗(くり)太(た)郡(ぐん)を治める郡(ぐん)司(じ)である父の克(かつ)房(ふさ)は、年に一度この日だけ悠乃を倉から出すのである。
 倉の奥深くにまで陽の光が届き、悠乃は骨と皮ばかりの貧相な身体に巻きつけた筵(むしろ)をかき合わせ、眩しさに目を細めた。 
 扉を開け放った下女が顔をそむけ、水の張った盥(たらい)を置く。目を合わせないのは倉にこもる臭気のせいか、それとも悠乃の汚らしい格好のせいか。その両方だろう。
 悠乃は盥の水で垢(あか)の溜まった身体を清め、渡された小袖に腕を通す。前に衣を替えたのが先月だったか先々月だったか記憶も曖(あい)昧(まい)だが、新たに用意された小袖も誰かの着古しらしく、枯(かれ)野(の)の色は褪(あ)せ、麻の布はくたびれて袖口もすり切れていた。
 下女のあとについて、悠乃は郡(ぐう)家(け)の敷地にある屋敷に向かう。歩き慣れない足はすぐによろめいて地面に膝をついた。
「さっさと立ってくださいな。旦那様をお待たせすれば私が叱られます」
 舌打ちする下女になんとか追いつけば、山内(やまうち)の親戚はずらりと屋敷の居間に集まっていた。
 上座では父と縁者の男らが赤ら顔で並び、酒を酌(く)み交わしながら膳(ぜん)のものをつついている。深緑の衣に白の袴(はかま)姿の父は、去年より腹回りが膨らんだようだ。
 男たちの前には火(ひ)桶(おけ)が並べられており、浄土かと思うほどあたたかい。悠乃は居間の手前で板張りの床に手をついた。
「悠乃にございます」
「やっときたか」
 父の声を合図に、たけなわだった酒宴が静まり返った。親戚の目がひたりと向けられる。
「儂(わし)はこの日を今かいまかと待ちわびておったわ。これで山内も安(あん)泰(たい)だ」 
「旦那様、いよいよですね」
 鼻をつく香(こう)の匂いに顔を上げれば、義母の美(み)弥(や)と異腹の妹である澪(みお)子(こ)が居間に入ってくる。ふたりともあでやかな衣を幾(いく)重(え)にも重ねた姿だ。特に澪子は若い娘らしい、紅梅の色(いろ)目(め)に純白を重ねており、貴族の娘かと見まがうほどであった。
「旦那様が悠乃を見つけてくださってようございました。贄が澪子だったらと思うと、怖(おぞ)気(け)がいたします」
 ふたりは悠乃の脇をすり抜け、居間の中ほどに並んで腰を下ろす。
「お姉様がいてくださってよかったわ。水神様に喰(く)らわれるなんて、あたくしにはとても無理だもの。聞いただけで狂ってしまう。でも、これで里の者もやっと安心して田畑を耕(たがや)せるわね」
「ああ、お前は山内の大事な一人娘だ。水神の贄になんぞするものか、澪子」
 山内の家は代々、生まれた娘のひとりを淡海に棲(す)む水神に捧げてきた。二百年の昔から続くさだめであった。
 水神は近江の国一帯に雨を降らせ、淡海の水を操る。その身は長さ八尺、紫(し)金(きん)の鱗(うろこ)で覆われた龍身だという。近江だけではなく、淡海の水を引く京(みやこ)においても畏(い)怖(ふ)される存在である。しかしそう聞かされても、湖さえ目にする機会のなかった悠乃には、理解がおよばなかった。
 ただわかったのは、父にとっては自分が娘ですらないという事実だけ。
「このために悠乃を山内に置いてやったのだからな。でなければ誰がわざわざ育てるものか」
 父が上機嫌で盃をあおる。
(私は、最初からこのために……だからずっと倉に)
 高(たか)床(ゆか)の倉には閂(かんぬき)をかけられ、外に出されるのは年に一度。湿気や虫を防ぐために作られた高床は、冬はとみに寒かった。床は硬く、筵をひとつ与えられただけの身体は常に強張っていた。
 長く続く薄暗がりでの生活は、悠乃から感情を奪った。あるいは無意識の自衛本能だったかもしれない。なににも期待せず、傷つかず、暑さ寒さを感じることもせずに、ただうずくまってやり過ごす。期待や望みは言うまでもない。
 だからだろう。恨みも怒りも、ひとひらの悲しみさえ、感じなかった。ただ、生かされていた理由に妙に納得しただけである。
 水神に捧げられるのだから、淡海を目にできるのだろう。そう思えば、むしろ悪くない最期のようにも思う。
「貧弱な身体だが、水神様は満足なさるだろうかの?」
「なに、喰ろうてしまえば見(み)目(め)など関係ない。龍が人間の美(び)醜(しゆう)をわかるまいて」
 親類の男の問いにも、父は不(ふ)遜(そん)な笑いまじりで返す。
「美弥、澪子。次の望月の日だ。支度をしておけ」
「なんであたくしが。お姉様の支度なんて、下女にやらせればいいじゃない。あたくしは忙しいの。お父様がお姉様の話なんかするから、近江(おうみ)守(のかみ)の高良(たかいら)様がお姉様ばかり気になさるのよ」
「案ずるな、澪子。お前はお前の支度をしなさい。その晩に高良を招いてある。いよいよお前も高良の妻だ」
「お父様、ほんとうに? まあ! 嬉しい」
「これで、高良も黙るだろう。たかが国司のくせに要らぬことに首を突っこみおって。山内はかつては兵(ひょう)部(ぶ)卿(きょう)も務めた家ぞ。こんな田舎に留めおかれなければ、今ごろは藤原(ふじわら)なんぞがふんぞり返る隙などなかったものを……!」
 父が拳(こぶし)を膳に叩きつける。耳障りな音とともに酒の入った盃がひっくり返り、床にこぼれた。下女が慌てて布巾で拭き、親類のひとりが父をなだめる。
「克房よ、あと少しではないか。この婚姻がととのえば、お前もすぐに中紫の袍(ほう)を着られるであろうよ」
 官位により束(そく)帯(たい)の袍の色は決められている。元日には必ず束帯を身につける父は、毎年のように自身の官位を呪った。父の着る衣が何位のものかは知らないが、中紫は高良の官位より上のものに違いない。
「これで我が家もようやく京へ戻る足がかりをつかむときがきたぞ。せいぜい高良には踏み台になってもらうとするか。澪子、うまくやるのだぞ」
 父が傲(ごう)然(ぜん)と言い放つのを受けて、澪子がいそいそと義母と婚姻の際に着る衣の相談を始める。
「やっと十六か。とうの立った娘を欲するとは水神も酔(すい)狂(きよう)なものよ。さっさと喰ろうてくれればよかったものを。とにかくこれでせいせいするわ」
 その言葉で、悠乃は自分が十六になったと知る。
 希望のない身では、なんの感(かん)慨(がい)も湧かなかった。ただ、十七になる日は来ないのだと静かに思っただけで。


 山内の郡家には、郡司として政務を行う建物のほかに、主人一家の住居や下働きの者の住まい、厨(くりや)に馬(ば)房(ぼう)、そして税を納める倉といった建物が十棟以上も点在する。広大な敷地は、ともすれば京の下位貴族の邸宅より広いかもしれない。それでもやはり、父たちから見れば不満しかないのだろう。
「お姉様」
 体力のなさゆえに肩で息をしながら倉へと戻る途中だった悠乃は、さきほど耳にしたばかりの声に呼び止められてふり向いた。
「これ、お姉様の落とし物よね?」
 澪子が手のひらのものを見せる。あっ、と悠乃は慌てて左右の袖を探った。
「あ……ありがとう」
 ところが受けとろうと手を出すと、さっと手を引っこめられる。
「もうお姉様には不要でしょう? あたくしがいただくわ」
 澪子の言葉の意味がわからない。悠乃は目をまたたいた。
「いやだ、お姉様ったら。お姉様にはもう不要でしょう。お姉様だって、このまま淡海に沈めるのは惜しいと思わない?」
「……で、も」
「それにこれ、お姉様には分不相応よ。あたくしが持つべきだと思うの」
 澪子は手にしたものを振る。涼やかな音が寒空に響き渡った。
 それは、鈴だった。
 物心ついたときには手にあった、たったひとつの悠乃の持ち物。柄(え)はなく、上部に穴の開いた突起がついているだけの丸い銅の鈴は、錆(さ)びて黒ずんではいるが、ぐるりと文(もん)様(よう)が彫りだされて優美な逸品であった。
(私の、なのに)
 しかし、悠乃はその内心をうまく言葉にできない。長く人間らしい扱いを受けずに育ったために、悠乃は他者に意思を伝えるすべを知らない娘であった。
 澪子の手のなかで、鈴は澄み渡った音色を響かせる。
「っ……」
 悠乃はその場に立ち尽くした。まだ返事のひとつも見つからない。
「ほら、よい音。陰気なお姉様にはもったいないわ。錆びて小汚いけど、そこは我慢してあげるから」
 澪子は音色に満足すると、鈴を懐(ふところ)にしまう。
「あ……の」
 粉雪が舞い落ちてきて、悠乃は顔を上げる。雪は乾燥して広がる髪に触れ、骨の浮いた頬を撫で、握りしめた手の上で儚(はかな)く溶けた。
 肩が震えるのも唇がわななくのも、雪が降ってきたせいだ。そうに違いない。
「おお、寒いわ」
 と、澪子がつぶやけば側(そば)仕(づか)えらしき女が素早く黒貂(ふるき)の皮(かわ)衣(ぎぬ)を着せかけた。見るからにあたたかそうな上着。
「水神様によろしくね、お姉様。少しは身ぎれいにしないと、おいしく食べてもらえないわよ。じゃあね、さようなら」
 澪子は衣を優雅にさばき、裾(すそ)を女に持たせて背を向ける。
 唇を噛みしめていたのも、その唇から血がにじんだのも、悠乃はついぞ気づかなかった。
 ましてやそのときは、水の底で自分を待つさだめなど、知るよしもなく。

 
 
 
 
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