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騎士王さまと甘恋旅行②
熱砂の国の恋人

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書籍紹介

満天の星の下、トロけるほど愛されて

騎士王オーウェンと正式に婚約したジリアン。激しく口づけられ、鍛え抜かれた体躯に身を任せれば極上の快感が全身を駆けめぐり――。「君の全てが愛おしい」過剰なほどに想いを示す彼と睦み合いながら、砂漠の国に移動した二人は、国をめぐる陰謀に巻き込まれて! さらわれたジリアンを助けるためオーウェンは……!? 異国の衣装をまとい、熱い夜を過ごす甘恋旅行の第2巻!!

登場人物紹介

オーウェン

ロサ王国を治める騎士王。心優しく精悍だが、寡黙なため相手に威圧感を与えてしまうことがある。小柄なジリアンと並べば子供と大人くらいの差が出るほど長身。

ジリアン

ガレオス王国第二王女。明るく聡明だが、実姉アレクサンドラの影響でつい高慢ぶってしまうのが短所。国の決まりで騎士王オーウェンと他国を巡る旅に出る。

ローガン

エーデルシュタインの国王。ユーノの女王リラを今でも愛している。

アレクサンドラ

ジリアンの姉。プライドが高く、相手を見下した態度を取ることもある。

スコルピオス

ミッドバルの国王。アレクサンドラとは喧嘩ばかりしているが……?

立ち読み

  朝の訪れと共に目覚めたジリアンは、自室のベッドに寝かされていた。
 オーウェンが言っていた通り、夜が明ける前に部屋へ送ってくれたらしい。
 双子も昨夜の件については尋ねてくることはせず、いつも通りに身の回りのことを手伝ってくれた。
 オーウェンに触れられて一夜を過ごし、彼と顔を合わせた時には、どう接すればよいのかと朝から懊悩していたジリアンだが、その日から彼が忙しくなった。
 というのも、オーウェンはローガンと共に視察へ行ったりしていて、一緒にいる時間がほとんどなかったのである。考えてみれば、ユーノで滞在していた頃もリラ女王と二人で話をしていたり、どこかへ出かけていることが多かった。
 ジリアンはオーウェンと接することなく、昼間は教師の講義を受けて、お茶の時間にはロシを誘って本の話をしたりして、夜会までの日を指折り数えていた。
「自分の気持ちと、オーウェン様との婚約……」
 ジリアンは休憩時間に庭園へ出て、温水の湧き出る噴水を眺めながらぽつりと呟く。
 オーウェンのことをどう思っているのか、それはもう答えが出ていた。疑うまでもなくジリアンはオーウェンが好きだ。
 しかし、ジリアンは婚約することに抵抗感を抱いている。憂鬱なのはそのせいだ。
「ご婚約の件で、何か悩まれているのですか?」
 小さな雪だるまを作っていたミナが首を傾げつつ問うてくる。
「ええ、ちょっとね。オーウェン様と婚約することについては、以前ほど嫌だとは思っていないの。むしろ、いい話だと思えるようになってきたわ」
 ジリアンは自分の考えを整理しながら、耳を傾けてくれる双子に語った。
「私がどうこう言ったところで、婚約が進んでいくのは間違いない。お父様も婚約の件を進めることを決めた。あとはオーウェン様の了承と、私の気持ち次第。そうは言っても、私の気持ちなんて関係ないも同然よ。ただ、それについて……オーウェン様が私の気持ちを聞いてから、正式に婚約したいと言ってくれたの」
 ジリアンはそこで言葉を切り、顔を赤らめる。告白されたことと、その夜に起きた出来事を同時に思い出してしまったからだ。
 首を横に振って記憶を振り払い、ため息をついた。
「ここまでして頂いても、私が婚約を憂鬱に思うのはね、お姉様から手紙を貰っているからなの」
「アレクサンドラ様の手紙ですか。頻繁に届いていらっしゃいましたね」
 ジリアンはアナの言葉に頷いてみせると、物憂げに呟く。
「結婚生活についての不満ばかり書かれていたわ。お姉様は最後まで婚約を嫌がっていらしたから、そのことを思い出してしまうの。婚約の先を考えたら不安になって、そのせいで臆病になっているみたい」
 祖国を離れて旅をしてきたが、その間にアレクサンドラの影響は薄れてきている。
 新たな文化に触れる素晴らしさを体験して、自分の見ていた世界が小さかったことを知った。幼い頃に、姉中心で構築されていたジリアンの見識が広まってきているのだ。
 そうは言っても、未だにアレクサンドラの存在はジリアンにとって大きい。
 だからこそ、こうして心の準備をする期間を貰ったのだ。
 ミナとアナが答えに困っているのを感じていたから、話題を変えようと思って口を開こうとしたら、庭園の入り口のほうから声が聞こえてきた。
「馬鹿みたい」
 ジリアンが弾かれたように振り返ると、腰に手を当てたマリアナが立っていた。
「素敵な婚約者がいて、周りから祝福されながら順調に話が進んでいるのに、他人の意見に左右されて迷っているなんて、心の底から信じられません」
「マリアナ……」
「オーウェン様を探していたのだけれど、ここのところお忙しいようですね。庭園からあなたの声が聞こえてきましたので、オーウェン様がいらっしゃるかと思って来たら、くだらない話を聞いてしまいましたわ」
 マリアナがブラウンの髪を靡かせながら近づいてきた。双子を除いて二人きりの状況で、こうして対面するのは初めてである。
「まぁ、あなたとオーウェン様の婚約の話がなくなるのなら、私が名乗りを上げます」
「…………」
「あら、挨拶をした時から思っていたけれど、こうして見るとジリアン様って……本当に背が小さいのですね。とても小柄で、まるで子供みたい」
「小柄でも構わないでしょう」
「ジリアン様って、年はお幾つなのですか?」
「二十歳よ」
「私より二歳も年上なのですね。それで、こんなに小柄なんて、愛らしいですね」
 マリアナが口に手を添えて、くすくすと笑い始めた。
 なんて失礼な人なのかしらと、ジリアンは唇を噛みしめる。
 これまでは我慢していたが、今は二人きりということもあって、胸に溜めていた言葉が口を突いて飛び出す。
「マリアナ。あなたに前から言いたかったことがあるの。あなたの態度、私に対してものすごく失礼よ。オーウェン様が好きなのだとしても、礼儀があるでしょう」
「それは大変申し訳ありませんでした。でも、オーウェン様が好きというのは……」
 慇懃無礼な口調で謝ったマリアナが一瞬きょとんとして、笑みを消した。
「確かに、あの方のことはお慕いしておりますよ。大らかで優しい方です。けれど、異性として好きかどうかについては、関係ありませんわ。身分が高ければ高いほど、婚約するのに個人の感情なんて必要ないでしょう」
「あなた、オーウェン様が好きで言い寄っているわけじゃないの?」
「オーウェン様はロサ王国の国王陛下です。ロサ王国は領地こそ小さいですが、連合国でも一位、二位を争う強国。優秀な騎士たちにより、他国の侵略を絶対に許さない。その国の王妃になれるなんて素晴らしいことです」
「…………」
「ジリアン様が婚約を迷われているというのなら、私も遠慮なくオーウェン様にお声をかけていきますわ。その時になって焦っても知りませんから」
 マリアナは高慢な口ぶりで告げると、くるりと踵を返して庭園を出ていった。
 嵐のように去っていくマリアナを唖然として見送っていたミナとアナが、喋り出す。
「なんて失礼な方なのでしょう」
「ジリアン様に対して、あんな口の利き方をなさるなんて、信じられません」
「二人とも、そんなに怒らなくていいわ」
 ジリアンは双子を宥めながらも、思考は別のところにあった。
 遠慮ない物言いや、失礼な態度といい、やはり以前の自分を見ているようだ。
 しかし、それだけではない。婚約についての考え方などは非常に王族らしかった。
 ジリアンは噴水の脇でしゃがみこんで、雪玉を作り始める。手が冷たくなり、身長を馬鹿にされて沸騰しかけていた頭も、あっという間に冷えていった。
「私ったら、考えすぎて感情に振り回されていたわ」
 ジリアンが手本にしたいのは、アレクサンドラではなくリラ女王だった。
 リラ女王ならば、婚約を申しこまれた時に、感情だけではなく国のことも考えて行動するはずだ。もちろん、オーウェンからの告白は嬉しい。自分の気持ちを伝える機会を貰って、ありがたいことだと思う。けれど、感情はあとから付け足せばいい。
 ジリアンは王女だった。婚約が嫌だという漠然とした抵抗感は捨てるべきだ。
 それを、マリアナに教えられてしまった。腹立たしくてならない。
 ジリアンがピリピリしているのが分かったのか、双子がおろおろしているが、彼女は自分の思考や苛立ちを押しこめるように固い雪玉を作った。すっくと立ち上がると、思いっきり振りかぶった。
「あなたには負けないわよ、マリアナッ!」
 そして、ジリアンは渾身の力で雪玉を投げた。
 その直後、ボスッと何かに当たる音がして、双子の悲鳴が上がる。
 ぱっちりと目を開けたジリアンは、雪玉を投げた先でオーウェンが雪まみれの顔から雪を払い落としているのと、その隣で微笑んでいるローガンの姿を視認した。
「見事な投球だった。思わず見惚れてしまったよ。オーウェンも避けられなかった」
 ローガンが拍手をしているが、雪玉が直撃したオーウェンは仏頂面をしていて、ゆっくりと身を屈めると、足元の雪を丸め始めた。
「ご、ごめんなさい、オーウェン様。見ていなくて……」
「その割には、まっすぐオーウェンの顔面に飛んでいったね。日頃の鬱憤を籠めて、わざと狙ったのかと思ったよ」
「ローガン様! 誤解を招く言い方はやめてください!」
「そこを動くなよ、ジリアン」
 オーウェンが雪玉を両手で固めている。当たったら、とても痛そうだ。
 ジリアンはくるりと踵を返すと、双子の手を掴んで逃走を図った。
「……彼を怒らせてしまったわ。逃げましょう」
「雪玉を当てられて怒るなんて、オーウェン様も意外と大人げないですね」
「黙りなさい、ミナ。失礼でしょう」
 小声で言うミナと妹を咎めるアナは、どちらもジリアンに手を引かれて嬉しそうだ。
 オーウェンが緩く放った雪玉を避けて、ジリアンは双子と共に部屋へ逃げ帰る。
 幸いにも、彼は忙しかったらしく追いかけてこなかったが、夜には部屋まで訪ねてきて、心の準備をする暇もなくお仕置きのキスをされてしまった。


 約束していた夜会の日が訪れた。
「今夜は、リラ様の力をお借りしてもいいかしら」
 オーウェンと話をする勇気が欲しい。今日は、きちんと整理してきた自分の気持ちを素直に伝えたいのだ。
 ジリアンは旅行鞄の奥で大切にしまっておいた香水の瓶を取り出す。
 別れ際にリラ女王が贈ってくれた、桜の花の香水だ。
 ワンプッシュして手首に振りかけてみると、ほのかに甘い香りが広がっていく。
「ユーノの春を思い出すわ」
 にっこりと笑ったジリアンは、春の香りを身に纏って支度を整えた。
 オーウェンは今日も視察に赴いているらしく、夜会は遅れて参加するとのことだ。
 城の侍女に連れられて夜会が開かれている広間へ足を運ぶと、ドアの前でロシが待っていてくれた。
「オーウェン様が来られるまで、僕がエスコートします」
「ありがとうございます、ロシ」
 エーデルシュタインの次期王となる少年のエスコートで、ジリアンは広間に入った。
 オーウェンと一緒に外出しているローガンの到着も遅れていたため、兄のジャコブの采配で夜会は一足先に始まっている。
 ロシが取ってくれたシャンパンを飲みながら、ジリアンは談笑していた。
「ジリアン様。何だか、とてもいい香りがしますね」
「桜の香水をつけてきたのです」
「桜というとユーノで咲く花ですね。僕は図鑑でしか見たことがありません。こんな香りなんですね」
「ジリアン様。こんばんは」
 招待客に挨拶をしていたジャコブが、ジリアンのもとにも挨拶に訪れる。
「こんばんは、ジャコブ様」
「ローガンの帰りが遅れているので、俺が代わりに挨拶をさせて頂きます。ん? この香りは……」
「父上も気づかれましたか。桜の香りだそうですよ。いい香りですよね」
「ユーノの春を思い出せるようにと、別れ際にリラ様がくださった香水なのです」
 説明するジリアンの顔を見つめながら、ジャコブが何か言おうと口を開く。
 だが、広間にローガンが入ってきたので、全員の意識がそちらに向いた。
「ローガン様が到着されたようです。ご挨拶に行かないと」
「オーウェン様もご一緒ですね。ジリアン様のエスコート役は交代です」
「お待ちください」
 ローガンのもとへ向かおうとしたジリアンは引き留められて、不思議そうにジャコブを見やる。彼は、とても真剣な表情をしていた。
「どうされました?」
「もう随分と前のことなので、俺はハッキリとは覚えていませんが、ユーノの桜の香りならば、おそらくそうだと思います」
「一体、何の話ですか?」
「あなたが纏う、その香りは──」
 ジャコブが言い終わる前に、ローガンとオーウェンがこちらにやってきた。
「こんばんは。夜会によく来てくれたね、ジリアン。オーウェンのエスコートがなくても大丈夫だったかい?」
「ご心配なく、叔父上。ジリアン様は、僕がエスコートしていました」
「優秀だ、ロシ。大切なお客様だからね」
「ジリアン。待たせた」
 オーウェンが差し出してきた手に、ジリアンが自分の手を乗せた時だった。
 身体を動かした際に、ローガンも香りを嗅ぎ取ったのだろう。ぴたりと止まった。
「っ、これは……どうして……」
「ローガン様?」
 愕然とした面持ちで立ち竦んでいたローガンが、ジャコブに腕を引かれて我に返ったように瞬きをした。
「ああ、いや、何でもないよ。今夜は楽しんでくれ、ジリアン。……ロシ、ジャコブ。客人に挨拶をして回ろう」
 ローガンは取り繕うように笑みを浮かべて、ロシと何か言いたそうにしているジャコブを伴って歩き去っていく。
「ローガン様、どうされたのかしら」
「いい香りがする」
「リラ様から頂いた香水をつけたのです。皆さん、すぐに気づかれるので、もしかして強すぎましたか?」
 オーウェンが身を屈めてきて、首の辺りで香りを嗅ぐ仕草をする。いきなり距離が近くなった。途端にジリアンは緊張するが、顔には出さなかった。
「ちょうどいい」
「それならいいのです」
「今日の約束は覚えているか?」
「もちろんです。心の準備もしてきました。ここで、お話をするのですか?」
「いいや、夜会のあとにしよう」
 ジリアンはこくりと頷き、オーウェンと腕を組んで立食のテーブルを見て回る。
「オーウェン様、アップルタルトがありますよ。きっと、お好きでしょう」
「いや、特には」
「お皿に取っているではありませんか」
「…………」
「私のお皿に二個も乗せないでください」
「あとで俺が食べる分だ」
「ユーノにいた頃から思っていたのですが、オーウェン様は私のお皿に甘いものをストックしているのですか?」
「うまい」
「また聞いていませんね」
 ジリアンはアップルタルトを食べるオーウェンに呆れ交じりの視線を送ってから、ちょっと用を足してくると彼に声をかけて、城の使用人に双子を呼んでもらった。
 侍女に付き添われて用を済ませ、広間に戻ってきたところで、はたと足を止める。
 いつの間にか、オーウェンの傍らにはマリアナがいた。相変わらずの馴れ馴れしさで彼の腕に手を置きながら、しきりに話しかけている。
 オーウェンも振り払うことはせずに、相槌を打っている。
 胸の内にもやもやとした感情が生じて、ジリアンは顔を険しくさせたが、強張った頬を両手で揉んだ。
 ここは夜会の場だし、いかにも機嫌を損ねたという表情で行くわけにはいかない。
 マリアナはエスコートされているのは自分だと言わんばかりに、オーウェンに身体を寄せていた。ジリアンの視線に気づくと、勝ち誇ったような顔で流し目を送ってくる。
 懲りずに、なんて失礼な真似をする人なのかしら。
 しかも、オーウェン様も振り払えばいいのに、どうしてそのままにしているのよ。
 心の中で愚痴を零したジリアンは、足早に彼らのもとへ向かうが、マリアナがオーウェンの腕を引っ張ってその場から連れ出そうとする。
「オーウェン様。一緒にダンスを踊りませんこと?」
「マリアナ。何度も言っているが、俺は……」
「婚約者がいらっしゃるのでしょう。けれど、今は側にいないではありませんか」
 近づくにつれて会話が聞こえてくる。オーウェンもこちらに気づき、視線が一瞬合ったはずなのに、すぐに顔を逸らされる。
 そして、オーウェンがマリアナに腕を引かれて歩き出した。
「オーウェン様は、どういった女性がお好みなのですか?」
「聡明な女性」
「あら、意外なお答えですわ」
「意外か?」
「男性って、見目の麗しさを重視する方が多い気がして」
 マリアナは甘ったるい声で話しながら、あからさまに身体を押しつけているし、オーウェンは振りほどかない。
 それを目の当たりにして、ジリアンはふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 大勢の人の目がある前では我慢しなくてはならないと分かっているのに、露骨にオーウェンを誘うマリアナの態度には、さすがの彼女も堪忍袋の緒が切れそうだった。
「オーウェン様。ホールに人が集まって参りました。ダンスをしましょう」
 初日の夜会と同様にダンスへと誘う言葉が聞こえて、彼に触れないでと叫びたくなるのを堪えながら、小走りになったジリアンはオーウェンの腕にしがみつく。
「あら、婚約者の方がいらっしゃったわ」
「オーウェン様とは、私がダンスの約束をしているの」
「先ほどダンスに誘った時、オーウェン様は、そんなこと一言も口にしていらっしゃいませんでしたよ。だから、私もこうしてお誘いしているのです」
 マリアナが笑顔で言ってのける。しかも、オーウェンの腕を離そうともしない。
 なんて白々しいの。無礼で馴れ馴れしいにも程がある。もう我慢できない。
 ジリアンは表情を隠すことができなくなり、顔を真っ赤にして口を尖らせた。
 オーウェンがその膨れ面を凝視していることなど、彼女には気づく余裕もない。
「いい加減にしないと、私も怒るわよ。マリアナ」
「あら、怖いことをおっしゃるのね。ほら、オーウェン様も困っていらっしゃるわ」
「っ……もうやめて!」
 甘ったるい声で話をしながら、彼の腕を引くことで気を惹こうとするマリアナを見た瞬間、ジリアンの中でぎりぎりに保たれていた感情の堰が一気に決壊した。
「いい加減にしてちょうだい、マリアナ! オーウェン様は私の婚約者なのよ! 私はこの方をお慕いしているし、この方は私とだけダンスを踊るの! あなたには、絶対に渡さないんだからッ!」
 張り詰めていた我慢の糸が勢いよく切れてしまい、ジリアンは腹の底に溜めこんでいた台詞を一気に吐き出した。
 よく通る高い声は広間に響き渡っていき、しーんと静まり返る。
 憤りで沸騰していたジリアンの頭は、外の雪を被ったかのように一瞬で冷えてきて、自分で放った言葉が信じられずに口を覆う。
 ジリアンが叫ぶとは思っていなかったのだろう。マリアナは絶句している。
 オーウェンはというと、しばらくジリアンを見つめていたが、やがて長身を屈めながら彼女の手を握ってきた。
「今の言葉は、本当なのか?」
 優しく頬を撫でられそうになり、我に返ったジリアンはオーウェンの手を振りほどき、火を噴きそうなほど紅色に染まる顔を覆う。
 公衆の面前で、マリアナに妬いていたと暴露して、愛の告白をしたも同然だった。
 ジリアンは四方八方から好奇の眼差しが注がれているのを感じ、肩を震わせる。
 あまりの恥ずかしさに、その場で泣いてしまいそうだった。
 しかし、きつく歯を食いしばって耐えると、ドレスの裾を持ちながら踵を返す。
 それ以上、広間で視線にさらされるのは耐えられなかった。
 広間を駆け抜けたジリアンは、廊下に飛び出して玄関ホールを突っ切る。人目につかない正面階段の陰に飛びこんで、息を整えながら蹲った。
「……なんて、恥ずかしい真似を……もう、広間に戻れないわ」
 昂ぶる感情に任せて叫んだのは、生まれて初めての経験だった。激しい羞恥と自己嫌悪に襲われて、顔を覆った指の隙間からぽろぽろと大粒の涙が溢れ落ちてくる。
 物陰で声を殺して泣いていたら、誰かの足音がして名前を呼ばれた。
「ジリアン」
 後を追いかけてきたのか、少し息を切らしたオーウェンだった。
 ジリアンが身を硬くするのと同時に、彼の腕が伸びてきて抱きすくめられる。
「こんなところで泣いていたのか」
「っ……私を、見ないでください……あんな、恥ずかしいことを……」
 わななく唇を動かすが、泣き声と同化して言葉にならない。
 オーウェンが首を横に振り、落ち着かせるように髪を撫でながら言った。
「俺は嬉しかったよ」
 彼の声は、とても優しかった。
「俺を慕ってくれている。その言葉を待っていた」
「……あんな、状況で……」
「妬いてくれたのも嬉しい」
「っ……ふ、うっ……」
 ジリアンは震える手をオーウェンの背中に回すと、服を握りしめながら泣いた。
 あんな状況で告白の返事をするつもりなんて毛頭なかった。しかし、どうしても我慢できなかった。彼は私のものだと、マリアナに言ってやりたかったのだ。
 涙腺が崩壊するのと同時に、心の中で堰き止めておいた本音が溢れ出す。
「……あなたは、私の婚約者です」
「ああ」
「他の女性と……ダンスなんて、踊らないで……」
「踊らない」
「……あなたが、好きです……私だけを、見て」
「ああ」
 嗚咽の合間に交わす会話は、一方的に自分の願望ばかり口にしていた。
 それでも、オーウェンは根気よく返事をしながら、ジリアンが泣きやむまで腕の中に包みこんでくれていた。

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