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はねっかえり令嬢、堅物騎士の花嫁になる

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書籍紹介

政略結婚なのに、こんなに愛されていいんですか!?

元敵国の近衛隊長オスカーと政略結婚させられたリリィ。最初は反発したけれど、優しくて剣の腕も立つ美貌の彼に大切にされ、どんどん惹かれていく。「俺はおまえを守る。この命をかけて誓おう」真摯な囁きに甘いキス。巧みな指と舌で敏感な肌を暴かれ、最奥に蕩けるような快楽を刻まれて――! ある日、事件に巻き込まれたのをきっかけに、オスカーが初恋の騎士だったとわかり!?

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 年の差 | 政略結婚
登場人物紹介

オスカー

ガリア皇国の公爵で、近衛隊長。美貌と実力を兼ね備えた騎士。リリィの政略結婚の相手。

リリィ

アルビオン連合王国の伯爵令嬢。初恋の騎士さまを想い続け、最初は政略結婚に反発していたけれど……。

立ち読み

 見知らぬ場所に、見知らぬ人々。
 この敵国に有力者の花嫁として送りこまれたリリィは、艶やかな花嫁衣装に身を包み、まっすぐに背を伸ばして目の前にある大聖堂を見上げる。
 ここはリリィ・アジャーストンが生まれ育った島国、アルビオン連合王国とは、隣国にあたる地──。
 二つの国を隔てているのは、非常に運がよければ泳いで渡れるほどの狭い海峡でしかない。だからこそ、その海を挟んで相対する大陸側のガリア皇国と、島国であるアルビオン連合王国との間では、古代から争いが絶えなかった。
 とはいえ、言語も民族も共通した、兄弟のような隣国だ。
 ──だけど、ガリア皇国は怨敵なの。
 特にそんな意識が生まれたのは、二つの国の間で八年にもわたる戦争があったからだ。
 リリィの父の領地であるアジャーストンからも、軍旗を立て、揃いのお仕着せに身を包んで、大勢の騎士や従騎士、弓兵などが出動した。
 長い戦争の間に兵はとっかえひっかえされたし、傭兵も多くその部隊に編入された。
 それでも、リリィが幼いころから顔を知っている騎士や弓兵が、何人もその戦争で帰らぬ人となった。
 ──殺されたの。ガリアの、野蛮な兵たちに。
 ようやくその戦争に終止符が打たれ、休戦協定が結ばれることとなった。
 そもそも戦が始まったのは、ガリア皇国の玉座を巡ってのことだ。玉座の正当性を主張しあって、現皇帝クレマン二世と、その異母兄にあたるジョルジュが争うことになり、ジョルジュ側には血縁関係の濃いアルビオン連合王国がついた。
 だが、長く続きすぎた戦に二つの国は疲弊し、現皇帝をアルビオン連合王国側が認めるのと同時に、狭い海峡内のいくつかの島を分譲する、という形で和平条約が結ばれた。
 さらに友好の証しとして、両国間の名だたる王族や貴族の間で、次々と婚姻関係が結ばれることになった。
 リリィがこのガリア皇国に嫁入りするのは、そういういきさつがあったからだ。
 アルビオン側に嫁入りするガリアの姫もいれば、ガリアに嫁ぐアルビオン貴族の娘もいる。
 リリィは伯爵令嬢ではあったものの、そんな話を聞いても完全に他人事だと思っていた。
 なぜなら、十八歳であるリリィは、アルビオンの貴族女性としては完全な嫁き遅れだったからだ。
 花のかんばせを持つリリィの容姿はもとより、ガリアとの交通の要衝でもあるアジャーストンの富をも狙って、リリィとの縁談を求める貴族がいなかったわけではない。
 だが、アジャーストンは、武勇を求める土地だった。
 アルビオンを侵略しようとする敵船を拿捕、撃沈するためもあって、古代より武術の研鑽を怠るわけにはいかなかった。
 先の戦争でも、精鋭揃いのアジャーストン軍は連戦連勝を重ねてきたが、その分厳しい前線に配置されて、消耗が激しかったとも言える。
 ──そして、そのアジャーストンの誉れ高き、リリィ・アジャーストン姫。
 リリィを娶るためには、彼女よりも剣の腕が立つ必要があった。剣での勝負なら、リリィはそこらの貴族には負けない。
 リリィは長い金髪を背中に流し、背が高くすらりとしている。その深いブルーの瞳や、桜色の唇に見とれて一瞬でもぼうっとしようものなら、次の瞬間には鋭い突きで剣を飛ばされ、尻餅をつくのが落ちだ。
『父さま。求婚者を受け入れるのはいいけど、わたしよりも強い人じゃないとダメよ。だから、求婚前には、御前試合を催して』
 リリィの父であるアジャーストン伯がそんな条件を受け入れたのは、リリィがいずれは誰かに負けると甘く見ていたからだろう。
 それでも、リリィは次々と求婚者を打ち破った。いくら相手が武勇の誉れ高きリリィでも、女に負けたという噂が立つのは格好悪いのか、求婚してくる貴族はいなくなった。
 十八の誕生日を迎えたころには、求婚者は完全にいなかった。自分は一生独身でいるものだと、リリィはサバサバとした気分でいたものだが、そんなところにいきなり降って湧いた隣国との政略結婚だ。
 両国間の和議のための結婚リストに、リリィの名前があった。
『リリィ・アジャーストン。
 ラ・ルクセンドーヴェル公オスカーとの婚儀を命ず』と。

 

 ラ・ルクセンドーヴェル公オスカー。
 彼の父は前皇帝フリードリヒの弟であり、現皇帝クレマン二世とは従兄弟にあたる。いわば隣国の、有力者だ。
 オスカーは戦死した父の後を継いで、ガリア皇国の皇都防衛の要ともいえる広大な領地を相続し、王直属の近衛軍を率いて、先の戦争では大きな功績を挙げたそうだ。
 獰猛な獣のような偉丈夫に統率された近衛軍は、アルビオン軍に深刻な被害をもたらした。八年もだらだらと続いた戦に終止符が打たれたのは、ひとえにこの近衛軍の活躍による、という噂もあるぐらいだ。
 ──どれだけ野蛮な男よ。
 オスカーが率いる軍が活躍した、とは、アルビオン連合王国の兵を多く屠った、というのと同じ意味だ。
 そんな怨敵と結婚するなんて、冗談ではなかった。拒否権がリリィにあったのならば、話を聞いた瞬間に、全力で却下していただろう。
 だが、さすがに今回のことは国と国との和議の条件だ。リリィのちっぽけな意思など、反映されるはずもない。
 結局、あっという間に婚儀の支度がされ、リリィはアジャーストンの港から高速船で送り出されることとなった。いわば人質だというのに、父がどこか上機嫌だったのは、嫁き遅れの娘をようやく片付けられるからだろうか。
 ──冗談じゃないわ! 冗談じゃないわ! 冗談じゃないわ!
 そんなふうに叫びだしたい気分だった。だが、どうにもならないうちに、ガリアに上陸させられていた。
 ガリアの港から皇都までは、馬車で三日。その皇都から、さらに馬車で一日行ったところにあるのが、オスカーが統治するルクセンドーヴェルという華やかな都市だ。
 今回、アルビオン連合王国からガリア皇国に嫁ぐのは、リリィを入れて三名。あとの二人は、王女と公爵令嬢だ。二人ともツンとしたところがあって、旅の間はほとんど口をきいていない。
 ──あたりまえよね。だって、わたしは伯爵令嬢で、王女や公爵令嬢とは、身分差が。
 この旅の間中、ずっと引っかかっていたのは、ガリア皇帝の従兄弟であるオスカーと、伯爵令嬢のリリィとでは、どう考えても身分が釣り合わないことだ。
 ──普通じゃ、あり得ないわよね? オスカーは公爵で、皇帝の信頼厚き近衛隊長。なのにこちらは、いくら武勇の誉れ高きアジャーストンと言われてはいても、ちっぽけな港を持っているていどの、嫁き遅れ伯爵令嬢よ?
 わざわざリリィなど選ばなくても、他にふさわしい身分の姫が大勢いるはずだ。どうして自分が選ばれたのか、理解できない。
 なのに、到着間もない三日後には婚儀が執り行われる。
 ずっと狐につままれたような気分が消えないままだ。
 何しろ、その当人のオスカーとはまだ顔すら合わせていない。それでも朝早くからリリィは身支度を始めさせられ、ずっしりと重い婚礼衣装に着替えさせられて、婚儀が行われる大聖堂まで送り届けられた。
 ──いよいよだわ。
 だが、大聖堂の扉の前の椅子に座った状態で、待ちぼうけをくらっている。
 なぜなら、婚儀を執り行う相手であるオスカーがまだ到着していないからだ。先の戦争における恩賞の分配に不満を持った兵たちが抗議して、一触即発の状態にあるらしい。それを鎮めるために急遽出かけ、無事に役割を果たして、少し前に戻ったところだという。
 着替えてすぐさまここにやってくると聞いたが、いったいいつまで待たせるつもりなのか。
 ──どうせ、熊みたいなデカい野蛮な男なのだわ。
 リリィは白いレースの長手袋がはめられた手を組み合わせ、ベール越しに青い空を見上げて、ふう、とため息をつく。
 季節は四月。寒くもなければ、暑くもない。吹く風がさわやかな、とてもいい季節だ。
 春もたけなわで、ここまでやってきた馬車の中から、こんもりとした丘陵がイエローグリーンに染まっているのを見た。その正体はミモザで、この大聖堂の周囲にも咲き乱れ、風が吹くたびにその淡い匂いが漂う。
 ──気持ちいい……。このまま、オスカーが現れず、結婚しなくてもいいわ。
 婚儀の準備にひどく時間がかかったから、またあらためて仕切り直しとなると面倒ではあったが、心のどこかに結婚したくない思いがまだある。
 それは、かつて恋心を抱いた相手がいたからだ。
 ──憧れの騎士さま。名前もろくに知らないんだけど、……わたしにとって、運命の人なの。
 リリィを暴漢から救い、それに恩義を感じた父によって、口約束での婚約も結ばれていた相手だ。
 だが、隣国との長引く戦の間に、彼は戦死したという知らせがあったそうだ。それを父から聞いたのは、まだ戦の続いていた三年前だ。それ以前から彼の消息はわからなくなっていたのだが、あのときからリリィの身体中の血が凍って、いまだに全身が凍えているような感覚がある。
 ──だから、結婚はしたくないの。
 今となっては、顔すら鮮明に思い出せない。最後に会ったのは戦争が始まる少し前で、絵姿すらどこにも残っていないのだ。
 覚えているのは、柔らかく微笑んだときの印象と、リリィをかばって馬上槍を構えた後ろ姿。それもしっかり細部まで脳裏に刻まれているわけではなく、徐々に消えつつあった。
 なのに、先に死んでしまうなんて、あり得ない。幼いころの口約束にいつまでもしがみつくなんて馬鹿げたことだと思ってはいるのだが、記憶は薄れても憧れの気持ちだけはむしろ強くなっているような感覚さえあった。
 あの強くて凜々しい騎士さまみたいになりたくて、リリィは今まで剣の腕を磨いてきた。武勇を尊ぶアジャーストンにいてさえも、女だてらに、との言葉を吐き捨てられたことがあったというのに。
 だけど、ひたすら騎士さまに憧れ、彼のようになりたいと願ってきたのだ。彼が死んだと聞いてからは、余計にその気持ちが手放せない。
 そのとき、馬車が近づいてくる音にリリィはハッとした。顔を向けると、二人乗りの二輪馬車が全速力で近づいてくるところだった。
 御者が完全に停めきれないうちに中からドアが開き、降りてきた大柄な影がリリィの前に立ちふさがった。
「さぁ、行くぞ!」
 その声に、リリィはハッとして振り仰ぐ。だが、彼の姿は逆光であるうえに、婚礼衣装のベールの刺繍も邪魔をして、まともに見えなかった。
 腕を取られ、引きずられるようにして大聖堂の前に立つ。
 この扉の向こうには大勢の家臣や、アルビオン連合王国や故郷のアジャーストンから婚儀を見届けにやってきた人々がいて、始まるのを今か今かと待っている。
 自分の手を取った男が、オスカーなのだと反射的に理解した。
 アルビオン連合王国のため、アジャーストンのため、また両国の和平のためと、リリィはひたすら我慢に我慢を重ねてきた。だが、こんなふうに乱暴に急かされると、悲しみが次第に怒りへと変化し、だんだんとはらわたが煮えくり返ってくる。
 そんなリリィの様子にも気づかれないまま、二人の前で大聖堂の扉が開かれる。
 大勢の人々が見守る中で、オスカーはリリィの手を引いて、祭壇の前まで移動した。
 待ちくたびれた様子の聖職者が二人の前に立ち、ようやく厳かに婚儀が始まる。
 さすがにこの状況では、リリィでも文句は言えない。
 だからこそ、おとなしくベールに表情を隠し、必死になって怒りを押し殺して、祭壇の前でひざまずいていたのだ。
 だが、儀式が進み、神に愛を誓う段になるころには、リリィは爆発しそうになっていた。
 かつて、誰よりも強くなりたいと願った過去がある。
 目を閉じれば、まぶたの裏に浮かぶのは、幼い自分を守ってくれたあの騎士の後ろ姿だ。彼が自分を背にかばい、馬上槍を構えた後ろ姿が強烈に記憶に焼きついている。
 指が豆だらけになるのも厭わず、剣の鍛錬を続けてきた。
 まだその鍛錬も途中だというのに、こんなふうに着飾って嫁入りすることに、何の意味があるのだろうか。
 ──意味はわかってるのよ! 和議のためよ! そのためには、両国間の婚姻が不可欠だって、わかってはいるんだけど。
 なおも戦火はくすぶり、いつまた戦争が勃発するかわからない状況下だ。両国の和平を維持するために、自分はこのガリアにやってきた。
 実際に戦が始まったら殺される、体のいい人質として。
 ──だったら人質らしく、いつ殺されても未練がないように生きるべきじゃないの?
 ついに、リリィは腹を決めた。
 大司教の前で屈みこんでいた身体を起こす。かさばるベールをたぐり寄せながら背筋を伸ばし、周囲を見回す。
 とても広い大聖堂だ。このガリア皇国内では、皇都のものに次ぐ規模なのだと、事前に聞いていた。天井は高く荘厳な作りで、美しいステンドグラスを透過して七色の光が差しこんでいる。
 式辞は進み、大司教が金貨と結婚指輪に祝福を与えている。
 だが、その大司教がリリィの姿を見て息を呑んだ。
 リリィがいきなりベールをむしり取り、こともなげに床に投げ捨てたからだろう。
 大勢の人々が、言葉もなくリリィを見守っている。ほとんどが、このルクセンドーヴェル公オスカーの家臣たちだ。それにガリア皇国の見届け人やアルビオン連合王国からの見届け人も交じっているが、腹を据えたリリィに怖いものはない。
 リリィは軽く動いて、戦うためにこの衣装のどこが邪魔になるか確認していく。
 二人がいるのは、祭壇前の開けた空間だった。人々が居並ぶ床から、一段高いところにある。
「ラ・ルクセンドーヴェル公オスカーさまに、お願いがあるの」
 リリィの声は、静まりかえった石造りの大聖堂に凜と響いた。大勢の参列者が、仰天した様子で自分を見ているのがわかる。
「わたしは自分より強い相手しか、結婚相手として認めないことにしているの。愛を誓う前に、わたしと剣での勝負をしていただけないかしら」
 そう言いながら、リリィはオスカーに向き直った。邪魔なベールがなくなったために、ようやく彼の姿がまともに見える。
「……っ」
 思わず息を呑んだのは、祭壇の前でひざまずいていた格好から身体を起こしたオスカーが、見とれるぐらいいい男だったからだ。
 銅褐色の長い髪が、無造作なカーブを描いて肩まで流れている。切れ長の鋭い目は、髪と同じ色をしている。
 彫りが深く鼻梁が通っていて、そげた頬のラインがその美男さを引き立てている。リリィよりも十歳ほど年上に見えたが、苦み走った美男っぷりが際立っていた。
 ──すごく、……素敵。
 まともに顔を見ていなかったため、手首をつかんで急かしたときのしぐさから、雑で乱暴な大男だとばかり思っていた。
 背は高く、引き締まって逞しい身体つきは、いかにも俊敏そうに見えた。
 そして、艶やかな婚儀の衣装に身を包んだリリィと同じように、オスカーもまばゆいほどの豪奢な婚儀の衣装を身につけていた。
 衣装のベースは銀色だ。そこに湖と同じ色をしたブルーがあしらわれ、金と赤の縁取りがされていた。肩から腰にかかる飾り帯の金赤の色彩が際立ち、マントにも金糸と銀糸で、おそらくラ・ルクセンドーヴェル公の紋章が刺繍されていた。
 それらの衣装を飾る宝石の大きさときらびやかさは、彼の財力を語るのに十分だ。
 装飾過多な婚礼衣装をまとってさえも、オスカーの美男っぷりは微塵もかすんではいない。衣装の上からも、肩や胸のしっかりとした厚みが感じ取れる。
 ──大きいわ。この腕で、馬上から戦棍を叩きつけられたら、いくら頑丈な兜を被っていても、頭を割られて死ぬわね。
 リリィはオスカーを見上げて、算段する。
 オスカーのほうも初対面となるリリィの顔をじっくり眺めてから、満足そうにすうっと瞳を細めた。
「我が妻の、最初の願いがそれか」
 大人の余裕が感じられる、渋い声の響きだ。
 オスカーとの体格差を見たら、力任せの勝負ではかなわない。だが、技巧が必要となる剣技なら、自分にもまだ勝ち目はあるような気がした。
 我が妻、という言葉に引っかかりながらも、自分の要求をかなえてくれそうな余地を感じ取って、リリィはうなずく。
 すると、オスカーが言葉を重ねた。
「勝負をして、俺のほうが勝ったならば、おまえの夫として認めると言うのだな」
「そうよ。だけど、あなたが負けたら、この婚姻は破棄していただきたいの。和平のためにどうしてもアルビオンの姫が必要だというのなら、わたしの代わりにもっと素敵な姫を紹介するわ」
 ここに来るのは人質代わりではあるのだが、こんなにも美男な公爵だったら、その絵姿を見せただけで喜んで嫁ぐ姫はアルビオンに大勢いるはずだ。公爵夫人という身分にもなれるのだ。
 リリィの要求を受け入れてくれるか未知数だったが、オスカーは神聖な婚儀を中断されたことに不快感を示さず、ぐるりと周囲を見回した。
 それから、大きく声を放つ。
「ということだ。……婚儀に列席していただいた諸君を、……しばし待たせることになるが、かまわないか」
 声にはどこか面白がるような色が混じり、有無を言わせぬ威圧感もあった。
 オスカーはこのルクセンドーヴェルの領主だ。
 大聖堂を埋めつくす客人たちは、その提案に否を示すことなく、歓声をあげながら床をバンバンと踏みならした。
 その反応に、リリィは少し面食らう。
 真面目さだけが際立つアルビオンの国民性に対して、さすがは享楽に寛容な国ガリア、といったところだろうか。
 皆の反応を確認してから、オスカーは大司教に顔を向けた。
「では、しばし中断させていただきたい」
 大司教は困惑顔で、オスカーに言った。
「ですが、ラ・ルクセンドーヴェル公。このような戯れは」
 リリィの申し出など、聞く必要はないと言いたいのだろう。リリィもそんな反応をされるとばかり考えていたから、今の今まで我慢してきたのだ。
 だが、オスカーは柔らかくも凄みのある笑みで、大司教の言葉をさえぎった。それから、退出をうながすように大司教の退路を手で示す。なかなか強引な男だ。
 それから、リリィの婚礼ドレス姿を検分した。
「着替えたほうがいいか? 得物は何を使う」
「馬上槍や戦棍は、ウエイトの差がありすぎるから、剣で勝負させていただきたいの」
 ベールと宝飾品を外せば、今の服装でも大して不便はないはずだとリリィは判断した。甲冑を身につけたときの不自由さに比べたら、このドレスはさしたる障害にはならない。
 侍女を招き寄せ、リリィは邪魔になる宝飾品を手渡していく。
 オスカー自身も婚儀の衣装のままで問題はないと判断したらしく、長く伸びたマントが邪魔にならないように腕に引っかけてから、従者に何かを命じた。
 すぐに、剣が二振、運びこまれてくる。
 その剣をリリィに見せろと命じてから、オスカーは言った。
「さすがに花嫁を傷つけるわけにはいかないから、刃を潰したなまくらだ。どちらでも、使いやすいほうを選べ」
 武術大会のときには、あえて刃を潰した槍や戦棍が使われるのが普通だが、まるでリリィの負けが確定しているかのようなオスカーの言葉に、リリィは負けじと言い返した。
「そうね。さすがに花婿を傷つけるわけにもいかないもの」
 差しだされたのは幅広の剣と、細身の剣だった。リリィが得意とするのは、片手で操れる細身の剣だ。先端に向けて、刃先が鋭く細くなっている。
 ──話が早いわ。
 オスカーはちゃんと自分と勝負をするつもりなのだと判断して、リリィは細身の剣のほうを選んだ。
 何度か振ってバランスを試したが、潰してあるとはいえ、それでも十分に切れそうな刃だ。ここの領主が武術に長け、武器の手入れにも気を配っていることが伝わってくる。
 ──いいわね。面白いわ。
 祭壇の前の空間は大司教が下がったのもあって、二人だけで使える。剣の勝負をするのに問題がないくらいの広さはあった。
 オスカーのほうも剣を鞘から抜き取り、リリィに向けて構えた。
 居並ぶ人々の目が、二人に向けられているのがわかる。リリィは勝負に集中するために、ゆっくりと呼吸した。
 互いに剣を構えて対峙した瞬間に、オスカーが卓越した使い手だとわかった。
 ──隙が、……全くないわ。
 構えの確かさ。リリィに向けた眼差しの静謐さ。
 そのどれもが完璧だったから、リリィはどこから仕掛けるべきか悩む。今までの求婚者なら、どのタイミングでも打ちこめたし、むしろ打ちこんでくるまで待って、その刃をいなす余裕もあった。
 だが、オスカーが相手だとそうはいかない。
 わずかな隙を探して、リリィの呼吸が浅くなる。
 オスカーが動いたのは、そのときだった。
「……っ!」
 その刀が速すぎて、銀色の残像としか把握できない。その軌道を予測して、何回かは反射的に止めることができた。
 だが、ひどく重い突きこみだ。打ち返すために、ほんのわずかにリリィの動きが遅滞する。気がつけば、リリィの細身の剣は腕からもぎ取られていた。
「……っ!!」
 リリィが見たのは床に転がった剣と、その直後に自分の喉元に突きつけられた剣先だ。こうなってしまったからには、降参するしかない。
 リリィは観念して、両手を上げた。
「負けたわ」
 さすがに、ビックリするほど腕が立つ。
 ここまで圧倒的な力で負かされたのは、初めてだった。何せ剣の軌跡が見えない。勝てる予測が全く立たない。
 喉元から剣が引かれたので、リリィは床に膝をついた。
「負けたからには、騎士として、あなたに忠誠を誓います」
 ここまで強い相手なら、自分の主として認めてやってもいい。そんな気持ちで言ったのだが、その言葉にオスカーは楽しそうに口元をほころばせた。
 きつい光を浮かべていた瞳も和らぐ。
「誓うのは、妻としての愛ではないのか?」
 リリィはひざまずいたまま、顔だけを上げた。
 愛だの恋だの、自分にはちっともわからない。だけど、オスカーは正々堂々勝負してくれた。しかも、自分を負かすほどに強かった。騎士としては、尊敬に値する。
「忠誠だけよ」
「まぁいいだろう、今日は」
 頑ななリリィに歩み寄ると、オスカーはその肩に幅広の剣を乗せた。
 ずしりと感じ取った剣の鋼鉄の重みに、リリィは目を見張る。
 これは、領主が自分の騎士に対する叙任の儀式だ。
 ──え?
 自分は、騎士として扱われたのだろうか。
 確認するように見上げると、オスカーがそれを見抜いていたずらっぽく笑う。
「後ほど、剣を贈ろう」
 騎士としての叙任の儀式を受けて、リリィの胸に誇りに似た感情が広がっていく。
 誰かの騎士となることを夢見て、稽古に励んでいたわけではない。女であるリリィを叙任してくれる領主がいるはずもなかった。
 それでも、政略結婚が叙任式になって、リリィとしてはとても嬉しい。
 自分を騎士にしてくれた人に、精一杯仕えようなんていう気持ちが、ついついふくらんでいってしまうのだった。

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