新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円
新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円

悪役令嬢は断罪引退を目指したい! けど、もしかしてここ溺愛ルート!?

本を購入

本価格:670(税抜)

カートに追加しました
電子書籍を購入

電子書籍価格:670円(税抜)

獲得ポイント:7pt
電子書籍を閲覧するにはビューアアプリ「book-in-the-box」(SHARP)をインストールしてください。
書籍紹介

嫌われないといけないのに、
なぜかめちゃくちゃ愛されちゃってる……!!

地味OLが乙女ゲームの世界へ転生!? 悪役令嬢グロリアとして人生を全うするべきなのに、人の好さが災い(?)し、逆に皆から好かれてしまう。断罪してくれるはずの婚約者にまで熱い眼差しで見つめられ――。「君のすべてをもらうぞ」寡黙だけど優しいエドガー王子にギュッと抱き締められたら、恋心が止まらない! 悪役(を目指す)令嬢は王子の愛に溺れ、予想外の激甘展開に……!?

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
新婚 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

エドガー

エルナード王国第一王子。でグロリアの婚約者。類い希なる美形だが、寡黙で何を考えているのかわかりにくい。なにか秘密を抱えているようだが……?

グロリア

お人好し地味OLが転生した姿。通商大臣の娘で、エドガー王子の婚約者。悪役令嬢のはずなのに、なぜか皆から愛されており……!?

立ち読み

 ──報われたい、と思っていた。
 がんばったらその分だけ幸せに。条件をクリアしたらハッピーエンド。
 決められたルートに乗れば必ず幸せな結末が待っている……そんな人生だったらよかったのに。
 そう、王道乙女ゲームのように。


 死ぬかもしれない。
 というか死ぬんだわ、これ。
 仰向きに倒れたまま、私はぼんやりと舞い落ちてくる雪を眺めていた。
 車道にちょこんと座っていた黒猫。迫るトラック。とっさに庇ったけれど、顔を上げる間もなく私自身が車に轢かれてしまった。ついさっきのことだ。
 流れる血も感じず、救急車の音も聞こえない。心臓の音だけがやけに大きいから、たぶん、もう身体がダメになっているんだろう。
 思い返せばごく普通の人生だった。
 二十代後半のしがないOLで、彼氏ナシ貯金ナシ。ついでに残業と持ち帰り仕事で休日もほとんどナシ。お人好しで世話好きだとはよく言われたがあまり報われたことはなかった。
 その挙げ句、猫を庇っての轢死って。
 笑えない事態だけどちょっと笑える。私ってこんなにドジでダメだったのね。笑って吹っ切ろうとしたが上手くいかず、ぼんやりした寂しさに包まれるのを感じた。
『おひとよしだね』
 不思議な声がして、ひょこひょこと歩いてきたのは黒猫だ。すぐ脇に座ってひょいと私の顔を覗き込む。艶やかな毛並みと金色の目。さっきの猫、助かったのね……良かった。
 いやちょっと待って。この猫、喋ってない?
 私の疑問を肯定するように黒猫は、ふむ、と目を細めた。
『徹底しておひとよし、おまけにドジでダメでポンコツ。面白いな。このままだと死んじゃうけど……どうする、転生する?』
 なんかすごいディスられた気がする。私、あなたを助けたんですけど……。
 まあ死ぬ前の夢なんだろうな。猫が話すわけないし、転生するフラグとかあるわけない。
 本当にできるならしたいけど、するとしてもどこの異世界へ? 私はふと、猫の足下に自分のスマートフォンが転がっているのを見た。
 画面に映っているのは絶賛ハマり中の恋愛乙女系ソシャゲ『うん★こい 王子とあなたの百万の運命の恋』。
 そういや新イベント、今日からだったんだよね。すごく気になった王子様がいて、絶対に攻略してガチャでSSR★5引いてアイテム揃えて最終変化イラストまで見ようと思ってた。そういう世界なら、転生もいいかなあ……。
『そう、そのソシャゲの世界に転生するよ』
 えっ? ほんとですか?
『きみ、本音では報われたいって思ってたでしょ? 恋愛ゲームみたいに、条件をクリアして、ルートに乗っかって、報われて幸せに。ねえ?』
 私はドキリとする。黒猫はニヤっと人間みたいに笑った。
『助けてもらったお礼もあるし、じゃあ僕と契約して、転生させてあげる。おまけに、見事に条件通りのルートで幸福な人生を全うできたら……人生の最後に、望みをひとつ叶えてあげるよ。どう? 報われるでしょ?』
 転生、条件通りのルート。しかもクリアボーナス付きとは太っ腹だ。
『嘘はつかないよ。僕は神様だもの……異世界のだけどね』
 神!?
 もう考える力は残っていなかった。夢でもなんでもいい。このまま、希望もなく死ぬよりはマシだ。
 ありがとうございます、と心の中で呼びかける。
 転生……お願いしたいです。割と良い感じに、できれば人間で……あと美人でお金持ちだといいですね……。
『腰が低い割に要求が多いね!? まあ、それじゃ契約ってことで。安心して、君はちゃんと人間になる。条件も十分に満たそう。そう、とびきりの……』
 猫の瞳が三日月みたいに細くなった。
『──悪役令嬢とか、どう?』
 聞き直す前に、あたりが真っ白に塗りつぶされる。
 それが光だと気付く前に私は意識を失った。

 

 

 

 最初に感じたのは音。軽やかな小鳥の声が聞こえる。
 よく見る転生モノだと、こういう朝に覚醒して……。
 転生!?
「んあッ!」
 ガバッと飛び起きた私の顔に白い布が絡みつく。
 あたふたともがいて外し、ようやくカーテンだと気付いた。高級そうなレースのカーテンだ。もちろん見覚えはない。
 周囲を見回して呆然とする。
 どうやら窓辺の、大きな天蓋付きのベッドに寝ていたらしい。
 部屋は広く、花柄の美しい壁紙に深い茶色の高級そうな家具が並んでいた。中央には丸いどっしりしたテーブルが置かれ、色とりどりの花まで飾ってある。
 えっと……ここどこ!?
 私が住んでいたのは家賃五万五千円、最寄り駅から徒歩十四分の「コーポ平沢」二○二号室だったはず。この豪華な部屋はなにごと!?
 風が吹き抜ける。広がったカーテンの隙間から窓の外が見えた。
「こ、これは……」
 眼下には美しい西洋風の庭が広がっている。バラが咲き乱れる中に小さな彫刻まで立っていた。
 その向こうには西洋風の建物、街並み。
 この風景の感じ。見たことがある!
 ここはもしかして……『うん★こい』の世界!?
『君、死んだんだよ。そして転生した。思い出した?』
「ひいっ!?」
 慌てて声の方を向くと、真っ黒な猫が座っていた。きらきら光る金色の目でこちらを見ている。あっ、死ぬ前に助けた猫だ。
 頭の中でパチンと何かが弾け、すべての記憶が一気に戻ってきた。
 前世のこと。トラック、猫、不遇の死。
 スマホに映されていたゲーム。
 事故死した私は神との約束により転生し、この『うん★こい』の世界に生まれ落ちた!?
「あなたは確か、運営……?」
『神だよ神!! ソシャゲからいったん離れて! もうここは異世界なんだから!』
 黒猫が小さく溜息をつく。
『やっと思い出したね。十八年前、君は一度死に、この運命世界に生まれ変わっている。先に言ったとおり……悪役令嬢グロリア・ヴィクトリアとしてね』
「十八年ってさすがにないでしょう。だって死んだの、さっきですよ!?」
『そんなもんでしょ、転生って。テンプレ通りだよ』
「テンプレ……」
 そんなもん、と言われても転生が初めてだから分からない。あの瞬間から十八年も経ったのか、という驚きも大きかったが、もっとびっくりしたのはその後の言葉!
「ちょっと待ってください、あの、悪役令嬢って言いました!?」
『おや、転生前に言ったはずだけど』
 呆然とした頭の中を単語がグルグル回る。転生って、確かに契約したけど。ゲームのキャラに転生して、人生やり遂げるって。
 まさかそれが主人公ではなく……悪役令嬢とは。
 急いでベッドを降り、私は大きな鏡に走り寄った。
 クロゼットの脇、全身を映す鏡の前に立ち、目を丸くする。
「うわっ……美少女だ……!」
 それは明らかに美少女だった。
 輝くような銀髪と、深い青色の目。
 まなじりは少しつり上がっているが人形のように端整な顔をしている。おまけに手足がスラリと長くて雑誌モデルみたい。ちょっとキツめの印象だから、なるほど、意地悪そうに見えなくもない。もちろん『うん★こい』の絵柄通り、西洋風の美麗な顔立ちだ。
「これが、私……本当に……」
 手で頬を撫でて嬉しくなった。すごっ! すべすべ! 小柄でぽっちゃりしていた前世とは似ても似つかない。吹き出物の痕も肌のカサつきもない! 前世の顔もまあ、嫌いでもなかったけど……そりゃあ美人の方が良いに決まってる。
 いや、正直なところ転生するなら主人公でしょとは思ったけれど。こんなに可愛いなら悪役令嬢でもいいか。
 でも。
「これって、誰です?」
『君の名前はグロリア・ヴィクトリア。ここエルナード王国のれっきとした貴族子女であり、シナリオ上のキャラ設定としては悪役令嬢だ』
 グロリア・ヴィクトリア。知らないキャラだ。
 私もすべてのシナリオをクリアしたわけではない。でも『うん★こい』の攻略サイトにもその名前は書いていなかったはずだ。
『うん★こい 王子とあなたの百万の運命の恋』は楽しい乙女ソシャゲだった。
 主人公は迷い込んできた謎の異世界人。ひょんなことから学園で知り合ったイケメン王子様を攻略し、各種イベントでアイテムを集め、美麗スチルやイチャラブセリフを楽しむ。
 キャラだけでなく背景も綺麗でテキストも豊富、攻略する王子も多かった。シナリオの長さもイベントの間隔もちょうど良い。
 おまけに乙女ゲームには珍しく主人公の性格や性別が選べる。「おとなしい性格」と「活発な性格」、性別はジェンダーレス設計で、男・女・どちらでもない、の三種類が用意されていた。もちろんどの性別でも王子との恋愛結婚が可能だ。
 魔法の力も「手芸魔法」や「料理魔法」「花壇魔法」など小規模で可愛らしいものが多く、メインシナリオはいつも明るく楽しいハッピーエンド。その分、イベントシナリオでシリアス展開になる場合もあり、その多彩さが受けて大ヒットを記録していた。
 主人公は願いを叶える特別な魔法「聖なる力」が使える存在で、シナリオによってはその力を狙って主人公の争奪戦が始まったりする。まさに世界が追い求める主人公なのだ。
 攻略対象の「王子」もツンデレ、溺愛、ほんわか、クール、天然ボケなど様々なタイプが用意されていた。性格のイメージこそテンプレだが個性は豊かで、人気のあるキャラにはキャラソンやスピンオフコミックなんかもあった。
 王子だけでなく脇キャラも多彩で執事や教師、騎士団長など人気の職業や性格が続く。
 そんな魅力的なキャラたちの中でも、燦然と黒く輝くのが「悪役令嬢」だ。
 いわゆる主人公のライバルとなる意地悪な女の子で、あの手この手で主人公を妨害する。足を引っかける、水をぶっかけるなど暴力行為も多く、『うん★こい』随一のアクティブキャラだ。こいつが本気を出せば大陸を統一できるとも言われていた。
 複数王子が出てくるシナリオには高確率で出現し、派手(な割にはお粗末)な陰謀で引っかき回しては主人公と王子の絆を深めてくれる名脇役である。テンプレってやつだ。
『君がこのグロリアを知らないのも無理はない。ここは君が死ぬ直前に配信されたイベントシナリオの時間軸だからね』
「えっそうなんですか!?」
『だって、新イベントをやりたかったって言ってたじゃないか』
 あー。言った気がする。
 なるほど。神様なりに考慮してくれたのか。
「ということは、私は新イベントに出てくる悪役令嬢……」
『そういうことになるね。ここは東大陸の小国エルナード王国、農業中心の穏やかな平地の国だ。たしか君がやったフォルテ王子シナリオ二章の真ん中でちらっと出てきた。大きさは北海道くらい、人口もそこそこ。そこまで大きくないけれど程よく繁栄している、ヨーロッパのアットホームな小国って感じだ』
「へえ……」
『うん★こい』は「百万の恋」を謳っているだけあって国や攻略対象の数が多い。東西南北それぞれの大陸に数多くの国家がある。イベントシナリオでの絡みも多彩なので、どこかの攻略サイトでは膨大な年表と関連図を作っていた。
『うん★こいのゲームはこの運命世界の写し絵だからね。シナリオがリアルで膨大になるのも無理はない。その中でもこのあたりはいまは平和だよ……いまは、ね。まあ謎は多いと思うけどさ、ひとまず君は自分の目的に集中すべきでは?』
「そう、ですね」
 悪役令嬢。
 いまの自分は悪役令嬢で、神様と契約してるんだっけ。
「私、神様と契約したんですよね? その内容を確認したいんですが」
『忘れちゃった? 乙女ゲーム『うん★こい』の世界に転生し、この世界で割り当てられたキャラ──君の場合は悪役令嬢──のテンプレフラグ通りの人生を全うできたら、願いごとをひとつ叶えてあげる』
「フラグ通りっていうのはつまり」
『悪役令嬢のテンプレは断罪・引退ルートか、国外逃亡からの攻め込みルートになる。他にもあるけどテンプレと言えばこの二つ。どちらのルートを達成するかは君の自由だ』
 確かに、私がクリアしたいくつかのメインシナリオでも悪役令嬢の末路はそのどちらかだった。その時はまさか自分がそのルートを辿る事になるとは思ってもみなかったけど。
 断罪・引退ルートか、隣国の王子と攻め込みルート……。
 いや、攻め込みとかアグレッシブすぎる。行動力がありすぎる。私にはムリ。
 であればなるべく穏便に、断罪からの田舎暮らしルートを狙うのが妥当だろうか。
「……ひとまず、断罪ルートで行こうかと思います」
『ま、それが妥当だよね。君の性格だと』
 元々、平和な暮らしは嫌いじゃない。むしろ前世でも、宝くじが当たったら田舎に広い土地を買って犬と猫を飼いたいと思うくらいには憧れていた。
 働いていたのは神奈川、実家は3LDKの中古マンションだったから一軒家と広い庭が欲しかったんだよね。
 おまけに今回はクリアボーナスもあったはず。
「クリアボーナスっていうか、ご褒美もあるんですよね!? 見事、人生をまっとうしたら、願いごとを叶えて貰えるっていう……!」
『もちろんだとも。僕はこう見えて神様のひとりだよ。この世界にも、君の世界にも干渉できる。元の人生に生き返るもよし、更に良い人生を求めて条件の良い転生をするもよし。君の自由だ』
 元の人生。そして更に良い人生! 私は一気に目の前が明るくなるのを感じた。まさに明るくなった。
 断罪・引退は怖いし、王子? に嫌われるのも怖い。
 だが、なにより引退&穏やかな田舎暮らし&ご褒美だ。
 今回の人生はがんばれば報われるやつだ!
 がんばろう! 断罪ルートがんばろう!!
 ……あれ。ということは、ひょっとして。
 悪役令嬢が転生する話は小説や漫画のあらすじで見たことがある。たいていは転生の前にすごい意地悪をしていて、それを挽回しようとする。あるいは「断罪ルート」を回避しようとする。
 でも今回の私の人生はそのルートに「乗っかってクリア」すればハッピーエンドなのだ。
 ……もしかしてこの人生、楽勝では!?
『そうだよ。楽勝でしょ?』
 なんだ、そうか……そうだったのか。思わず頬が緩む。
 思えば前世は苦行みたいだった。よかれとやったことは報われず、お人好しと呼ばれるだけで終わっていた。
 だからきっと、今回は神様が楽勝ルートを用意してくれたのだ。神運営。神だけに。
 黒猫の笑顔が神のようだ。いや本当に神様なんだけど。
『フフ、楽勝……だよね?』
 猫は意味深にニヤニヤと笑っている。
『確認するけど、断罪ルートに乗るには、周囲に意地悪をしたり迷惑を掛けたりして王子にも嫌われる必要があるワケ。今までの君の性格、やったこと……どう? 昨日までのことが思い出せるかな?』
「えっと、今までの私、ですよね」
 今までの、この世界での私の……。
 頭を打ったせいなのか、前世を思い出したせいなのか、現在までの記憶はまだ曖昧で人ごとのようだ。前世の記憶を取り戻した、というよりも、いきなり前世の自分に異世界の過去が付け足された感じがする。転生特有の症状なのだろうか。
 でもこれ、えっと私の人生って……まさか……。
 眉をひそめると同時に、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。何人かの足音。
 ドンドンっ、とすごい勢いでドアを叩かれる。
「お嬢様!? グロリア様! お目覚めになったのですか!? ……非常時ですので、失礼致しますね!」
 返事をする前にドアが開き、黒いメイド服の女性が入ってきた。
 垂れ目で可愛い少女だ。年齢は私の少し下くらい。そばかすの浮いた可愛い顔に緑の瞳、焦げ茶色の髪を一つにまとめている。
 記憶が混乱しているけど、たしかこの子は私の専属メイドでフランチェスカ。
 名前を思い出すと同時にガバっと抱きつかれる。
「おおおおお嬢様! 気がつかれたんですね、本当に良かった! 昨日、階段から落ちられた時には心臓が止まるかと思いました。おまけにずっと眠ったままで……でも先ほど声が聞こえたから、もしやと思って見に来たんです!」
「だ、大丈夫よ、落ち着いてフランチェスカ」
 昨日。昨日の記憶をたぐり寄せると……。
 そうだ。夕食の後、自室に戻ろうとして足を滑らせたんだ。
「あれから本当に心配したんですよお、このお屋敷のみんな、いいえ、外の方々だってみんながお嬢様を心配したんですから……ッ!」
 フランチェスカは興奮気味にこちらの手を握る。
 その間にも別のメイドが手際よく熱を測り脈を取っていく。最後に医師らしき白衣の男性が私の目を大きく指で開かせ、覗き込んだ。
「あなたの名前をお答えください」
「ぐ、グロリア・ヴィクトリア」
「いまの年号、月日は?」
「ええっと……エルナード王暦四七一年……五月二十九日……あ、それは昨日だから、五月三十日」
 答えたあとに医師は目を閉じ、小さな魔法陣を私の頭に当てる。
 そう、『うん★こい』の世界では魔法が使えるのだ。
 といっても、爆発だの大洪水だのを起こすような大規模魔法はほとんど大昔に失われているらしい。魔法を使うための惑星の魔力が徐々に減っているせいだとゲーム内では説明されていた。
 そのかわり制限的で地味だがちょっと便利な魔法、いわゆる「生活魔法」がいろいろ用意されていた。ゲームの中で主人公がクエストや金貨稼ぎに使うのもそれだ。医師が使っているこれは、当てた部位を探査できるという医療魔法の一種だろう。
「結構です。意識も記憶もハッキリとしてらっしゃる。大丈夫ですね」
 相手は満足げに頷き、また何かありましたら、と部屋の外へ出て行く。あれ、いつの間にか神様も見えなくなっている。
 出て行ったのかしら、と思う間もなくバタバタと入ってきたのは……。
「グロリア、大丈夫なの!?」
「ああよかった、私のグロリア、目を覚ましてくれたんだね!!」
 激しい勢いで両側からムギュッと抱きしめられた。まるで小さな子供になった気分だ。
「お、お父様、お母様、く、くるしい……両側から来られると、ちょっと……窮屈で……」
「あ、あらごめんなさい」
「すまない、つい、お前の意識が戻ったのが嬉しくて……」
 二人は名残惜しそうにしながらもようやく離れてくれた。
 チョビ髭の優しげなお父様はたしか……通商大臣。
 ふっくらして美しいお母様は著名な歌手だっけ。
 お二人とも、本当に私を溺愛している。目の中に入れても痛くない、ってやつだ。嬉しいのは嬉しいんだけど、いつまでも子供扱いする感じもあるのよね。
「お前が気を失ってから、みんな心配して手紙や使いを寄越しているんだよ。一族だけじゃない、王立学院の先生たちも、後輩たちもみんな心配して手紙を届けに来たのだ」
「あなたはみんなに愛されているから……」
 みんなに愛されている……。
 私の頭にうっすらと浮かぶ疑惑。
 先ほど、記憶をたぐり寄せたときに覚えた違和感が明確になっていく。
 いや、とりあえず父母を安心させなければならない。お父様なんか心配しすぎて小動物みたいに目をうるうるさせちゃってるし。
「大丈夫、だいじょうぶなので……着替えて居間に参りますから、少しお待ちください」
「本当に? 大丈夫?」
「ほら、この通りもうなんでもありません! それに着替えをしないと恥ずかしいので」
 冷静に応えると、ようやく両親も納得したようだ。お互いに顔を見合わせ、寄り添うように部屋から出て行った。
 ええと。状況を整理・確認しなきゃ。
 ……私、悪役令嬢よね? 悪役なのよね? そして「悪役令嬢のルートに乗って、王子に嫌われ断罪されて田舎に引退」しないといけないのよね? なのに、なのに……。
 何も知らないフランチェスカが隣のクロゼット室から声を掛けてくる。
「お嬢様、本日はどのお召し物に致しましょう? お身体をいたわるならこの白いガウンドレスか、この小花柄の……」
「フランチェスカ、ひとつ聞きたいんだけど」
「はい、なんでしょうお嬢様?」
「あのね、私って……みんなに、その、どれくらい嫌われていたかしら?」
「嫌われて!?」
 フランチェスカがびっくりしたように顔を覗かせた。
「とんでもない! こんなにお優しくて、美しいお嬢様が誰かに嫌われるなんて……聞いたことがありません! どうしたんですか、悪い夢でも?」
 私は慌てて微笑を浮かべる。
「ええと、特に意図はなくて、その、頭を打ったから、ちょっと記憶があいまいな部分があって……」
「なるほど、そういうことですか!」
 そばかすの浮いた顔で、彼女はニコッと笑った。
「嫌われるどころか、まわりの全ての人に溺愛されていたじゃありませんか! 王立学院でも模範生でおられるし、慈善院への寄付にチャリティバザー、おまけに野良猫の保護活動まで熱心になさっていて。慈善家ヴィクトリア一族の中でも特にお優しいお嬢様と評判です! 昨日倒れられてからも、たくさんの方が心配してお見えになったんですよ! 王立学院の方や、生徒の方々もお花やお手紙をくださって、各地の慈善院からも、寄付をなさった市民団体からも心配の声がたくさん。とにかくお嬢様の人気はすごいんですから!」
 フランチェスカ、ものすごい早口。
 その勢いに私はたじろぐ。
「ふ、フランチェスカ落ち着いて。早い、早いわ!」
「すみません、だってお嬢様は私にとって最も尊いお方なので。王様だってエドガー王子様の許嫁としてこれほど素晴らしいお嬢様はいらっしゃらないとおっしゃってましたし」
 そう! と手を組み合わせてフランチェスカは嬉しそうにくるりと回る。
「王国随一の『優しく美しく誰にでも愛されるお嬢様』だと思っております! 自慢のお嬢様です!」
 なるほど。
 悪役なのに、半端なく好かれてるってわけですか……!
 違和感の原因はこれだった。

おすすめの関連本・電子書籍
電子書籍の閲覧方法をお選びいただけます
ブラウザビューアで読む

ブラウザ上ですぐに電子書籍をお読みいただけます。ビューアアプリのインストールは必要ありません。

  • 【通信環境】オンライン
  • 【アプリ】必要なし

※ページ遷移するごとに通信が発生します。ご利用の端末のご契約内容をご確認ください。 通信状況がよくない環境では、閲覧が困難な場合があります。予めご了承ください。

ビューアアプリ「book-in-the-box」で読む

アプリに電子書籍をダウンロードすれば、いつでもどこでもお読みいただけます。

  • 【通信環境】オフライン OK
  • 【アプリ】必要

※ビューアアプリ「book-in-the-box」はMacOS非対応です。 MacOSをお使いの方は、アプリでの閲覧はできません。 ※閲覧については推奨環境をご確認ください。

「book-in-the-box」ダウンロードサイト
一覧 電子書籍ランキング 一覧

ジャンル・シチュエーション検索

 

ジャンル

キャラ属性

シチュエーション