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囚われ姫 元帥閣下は人質王女を溺愛する

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書籍紹介

もう逃がさない。あなたの全ては私のものだ

隣国から侵攻され、囚われの身となった王女リーゼロッテは、元帥ギルベルトに愛人として囲われることに。ずっと憧れていた人から慰みものにされてしまうの……? 切なく悩んでいると、彼にぎゅっと抱きしめられ――!? 「好きだ。あなただけを生涯愛する」濃密な口づけに翻弄される。敏感な身体に甘い快楽を刻まれれば、淫らな声が止まらない。本気の独占愛に、身も心も溺れそう!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

ギルベルト

ヴェルニテローゲ帝国侯爵。若くして軍を束ねる元帥でもある。リーゼロッテの兄とは友人同士。

リーゼロッテ

アルティナ王国王女。以前からギルベルトを密かに慕っていたが、ある夜突然侵攻され捕虜となってしまい!?

立ち読み

 アルティナ王国王城の中には、畑がある。とはいえ、農耕を主とする自国に広がる畑に比べれば規模はあまりに小さく、家庭菜園程度のものだ。
 そこには、アルティナ王国において、食料として他国に輸出している作物が育てられている。同じものをここで育てて不作の予兆はないか、効率的な作業の方法はないかなどを知ったり調べたりするための実験の場となっているのだ。
 リーゼロッテはつばの広い農作業用の帽子を被り、使用人たちとともに野菜の成長具合を確認する。
 汚れてもいい飾り気のないエプロンドレスと、農作業用手袋を着けている。甘い色合いのウェーブがかったストロベリーブロンドはただ一つに束ねるだけではどうしてもふわふわと広がってしまうので、背中に一本の三つ編みで纏めていた。
 一見するととても王女とは思えない格好だが、アルティナ王国王城ではごく日常的な光景だった。
 リーゼロッテは、帽子のつばが落とす影を受けてもなお透明度の高い見事なエメラルドグリーンの瞳を、満足げに細めた。
 手袋の指先で愛おしげに撫でるのは、瑞々しく濃い緑色のエンドウ豆だ。中に入っている豆の大きさを示すかのように莢は張りがあり、太い。
「とても美味しそうに育ってくれているわ……!」
「そうですね。今年も豊作だと思います」
 今この場にいるのは、リーゼロッテ付きの使用人たちだ。歳も近い者が多く、主従関係というよりはどこか友人という雰囲気が強い。それはリーゼロッテが基本的に皆に平等で、身分にこだわらない一面を持っているからだ。
「収穫祭は盛大にやりましょうね!」
「はい! 収穫祭には今年もまた、元帥閣下をお招きされるのですよね?」
 突然予想していなかったことを確認されて、リーゼロッテは真っ赤になって動きを止めてしまう。使用人たちはそんな王女の初々しく可愛らしい仕草に、微笑ましげな顔を向けた。


 ヴェルニテローゲ帝国元帥ギルベルト・フラウエンロープ侯爵と友人同士のやり取りを始めてから、もう三年になる。
 ヴェルニテローゲ帝国は、このアクス大陸の半分を占める大国だ。帝国とルモア国に挟まれたアルティナ王国は両国の交易路上に位置し、建国当初から両国に狙われ続けていた。時代によって属国になる国が変わる歴史を持つ。
 だが数代前に皇帝の弟侯爵がアルティナ王国王女と恋に落ち結ばれたことから、帝国の同盟国となり、自治を認められた。同時にルモア国に対する軍事的な護衛も提供された。
 アルティナ王国は帝国を良き隣人として敬っている。帝国もこちらを一国としてきちんと礼儀を守って遇してくれており、両国は今代でも友好関係を保っていた。
 同盟国であるため、主要な祭典には互いに参加するのが必定となっている。昨年は収穫祭の来賓としてギルベルトが来国し、リーゼロッテが祭りの慣習などを教えつつ、観光にも連れていった。
 ギルベルトは兄のエドガルとも友好を深めていて、歳も近いためか公務の合間に色々と交流をしているらしい。エドガルにはリーゼロッテとは違う種類の砕けた様子を見せている。
 本来ならば兄のエドガルの役目であるのに、なぜか微笑とともに「接待は任せた!」と言われたのだ。
 リーゼロッテのもてなしに、ギルベルトは終始楽しげで、嬉しそうだった。収穫祭では護衛が少し離れてくれたので、民たちに交じって円舞に加わったりもした。
 それはリーゼロッテの中でも、とても楽しく大切な思い出となっている。
 ギルベルトは女性が苦手らしいが、自分に対してはそうではないことも、彼に特別扱いされているように思えて嬉しい。
(お美しい方や華やかな方に気後れしてしまうらしいけれど……)
 ギルベルトの容姿を思い返すと、とてもそんなふうには見えないから不思議だ。リーゼロッテは一番最近に会った彼の姿を思い浮かべる。
 濃い金髪は前髪が少し長めで、毛先に癖がある。後ろはさっぱりと短く整えられた髪型で、清潔さを感じさせた。
 切れ長の瞳は濃茶色で、黙っていると元帥閣下と呼ばれるにふさわしい鋭さと厳しさがあった。だが馴染みの者には屈託のなさと年相応の豊かな感情を見せ、一気に親しみやすくなる。
 リーゼロッテに対しても常に王女として、一人の女性として、誠実に丁寧に接してくれる優しさがあった。
 精悍な頬と整った鼻筋、かたちのいい薄い唇、自分よりも頭一つ分高い長身は鍛えられているために均整が取れていて、しなやかな鋼を連想させる。
 ギルベルトは大抵、黒を基調とした立て襟に肩章が着いた裾が長めの上着と同色のパンツという、元帥用の礼服を纏っている。袖口と襟に銀糸の縁取りが施され、胸元に勲章ブローチがいくつも着けられていた。
 軍帽と白手袋も加わると、ストイックな雰囲気がさらに強くなり、何度も見惚れてしまう。
 ギルベルトと非常に健全な友人関係を築いていく中で、リーゼロッテは密かに彼への恋心を抱いていた。王女という立場上、気軽にその気持ちを口にすることはできないが、ギルベルトと会える時間は恋心を満たしてくれる貴重なものとなっていた。
 住んでいる国が違うだけでなく、ギルベルトは帝国の軍事的責任者だ。立場上、気軽に他国へ観光などできるわけもなく、アルティナ王国に来るのも外交の任務が多いため、実際に会って過ごす機会は思った以上に少ない。
 だがギルベルトは仕事の合間をぬって、今では個人的にリーゼロッテに手紙を送ってくれるようになった。
 時節の挨拶、あるいは日々の他愛もないこと──ときには視察先から土産物などを送ってくれる。リーゼロッテの誕生日には、使用人が両腕に抱えきれないほどのピンク色の薔薇の花束が届けられたこともあった。
 そんなふうに離れていても心の交流は保ち続けていて、誰かにギルベルトとの関係をどのようなものなのかと問われれば、「大切な友人です」と答えるくらいはいいだろうと思えるようにはなっている。
 リーゼロッテに今のところ政略結婚の必要性はない。両親が流行り病で死亡したために若くして王位を継いだエドガルは、「好きな男と結婚しろ」と豪快に言ってくれていた。
 だがギルベルトの方は、リーゼロッテのように気楽ではないだろう。
 彼はこの大陸で一番の大国であるヴェルニテローゲ帝国元帥なのだ。小国王女の自分とは、釣り合わない。
 自分が想いを告げることで、ギルベルトの迷惑になりたくはない。彼の性格では、断るのにとても悩んでしまうに違いない。
 だから、臆病者だと自覚しながらも、今のままでいいと思ってしまうのだ。


(そうよ。今のままでいいの)
 リーゼロッテは顔を赤くしてしまったことを誤魔化すように、小さく咳払いをした。
「ギルベルトさまは同盟国の元帥閣下、ご招待するのは当たり前です。変なことを言っては駄目よ。ギルベルトさまのご迷惑になるわ」
 その言葉に使用人たちは顔を見合わせ、軽く肩を竦めた。可愛い妹でも見守るような微笑ましい瞳を向けられ、リーゼロッテはなんとなく居心地の悪さを覚えてしまう。
 何でもない顔をして再びエンドウ豆を収穫しようとしたとき、背後から声が掛けられた。
「リーゼロッテさま、こちらにいらっしゃいましたか。お探ししました」
 呼び声に少しうんざりとした気持ちになりながらも、リーゼロッテは立ち上がる。立場上、強く拒むことはできない厄介な存在だった。
 アルティナ王国宰相のマルクスだ。
 前国王の傍近くに長年仕えて経験を積んできたことから、両親亡きあと、宰相となり現国王エドガルを補佐している。リーゼロッテよりも二回りほど歳上で、何かと理由をつけて自分と接触を持とうとするところが苦手だった。
 まだリーゼロッテに婚約者がいないことを理由に、パーティーなどではエスコートを必ず申し込んでくる。特に用もないのに挨拶に来たり、贈り物を持ってきたりもする。
 マルクスが自分との婚姻を望んでいるのだろうということは、嫌でもわかった。
(マルクス・グライリ……王国内の高位貴族たちと王族の結束を強めるためには、彼を夫とするべきなのかしら……?)
 兄は即位してからずっと、王としてこの国を支え導くべく努力し続けてきた。おかげで、民の人気は高い。
 貴族たちの多くが兄を王として敬っているが、若い国王の存在を内心面白く思わない者や、懐柔して利用してやろうと考える者が少なからず存在することを、リーゼロッテは理解している。だからこそ、エドガルは自分の伴侶となる者を慎重に選んでまだ未婚なのだ。
 政略結婚の必要はない、自由に相手を選べばいいと言ってくれる兄の優しさはとても嬉しいが、王女として、その価値が必要とされたときには民のために差し出す覚悟はある。兄がマルクスに嫁げと言ったのならば、それに従う。
(でもまだ……ギルベルトさまを想っていてもいいわよね……?)
 リーゼロッテは社交辞令の笑みを浮かべた。マルクスに変な期待を抱かせる愛想はふりまかない。
「マルクス、どうかしたの?」
「ああ……またそのような作業をされて……! 王女が自ら土に汚れるなど、聞いたことがありませんよ」
 マルクスが嘆くように言う。リーゼロッテは内心で嘆息した。
 こういうところも、彼を好きになれない部分だ。
 彼の身に着けている服は上等な生地と流行を取り入れたデザインだ。大粒の宝石が何粒も埋め込まれている幅広の腕輪を着けていて、マルクスが手を動かすたびに陽光を弾いている。
 マルクスは飾りも兼ねて胸ポケットに差し入れていたハンカチを取ると、気づかないうちに頬に付いていた泥を拭おうとしてくる。
 リーゼロッテはそれを柔らかく断り、自分のハンカチで拭った。マルクスが舌打ちしたかのように顔を顰める。
「見て、マルクス。とても美味しそうなエンドウ豆よ。今年も気候は例年通り落ち着いているし、よほどのことがない限り食料難になることはないわ」
「政は陛下がされることです。リーゼロッテさまが考えるべきは、ご自分の夫を誰にするかということ……。陛下はリーゼロッテさまの思うままにと仰っていますが、リーゼロッテさまご自身もそろそろお考えになってくださいませ」
「助言をありがとう、マルクス。でも今はお兄さまのお手伝いをするのが楽しいの。お兄さまもそれでいいと言ってくださるし」
「そのようなお考えではいけません。リーゼロッテさまはお年頃です。婚期を逃したりなどしたら……!」
「それで? 用は何かしら?」
 これ以上マルクスと話すつもりはないと、リーゼロッテは先を促す。マルクスは仕方なく言った。
「陛下がお呼びです」
「そうだったの。ありがとう、すぐに行くわ」
「その前にお着替えを。せっかく美しいお姿をしておりますのに……」
 マルクスが無念そうに呟く声は、聞かない。リーゼロッテは使用人たちを連れ、あとを付いてこようとするマルクスを置いてけぼりにして兄のもとへと向かった。
 着替えることはせず、リーゼロッテは執務室にいるエドガルのもとを訪れる。
 書類の決裁をしていたようで、執務机の上には書類箱がいくつか置かれていた。机の周りを取り囲むように数人の側付きが控えていて、決裁印を押した書類を受け取ったり、新しい書類を渡したり、箱を片付けたりと、何かと忙しそうだった。
「ああ、リーゼロッテ。来たな」
 自分と同じ色合いをしたストロベリーブロンドの前髪を小さく揺らして、エドガルが立ち上がる。側付きたちは一礼し、執務室から出て行った。
「ごめんなさい、お兄さまがお呼びだとマルクスから聞いたから……ずいぶんお忙しいようだけれど、何かあったの……?」
 妹の不安を和らげるために、エドガルはリーゼロッテを手招く。そちらに近づくと、ふわりと抱き締められた。
「心配を掛けてすまないな。だが大丈夫だ。早くこの案件を片付けるよ」
 リーゼロッテは安心できる温もりに身を委ね、その胸に頬を擦り寄せた。エドガルはリーゼロッテの頭頂に軽くくちづけ、髪に頬を埋めた。
「……リーゼロッテ」
 耳に唇を近づけ、エドガルは危うく聞き取れなくなりそうなほどの小さな声で呼びかける。まるで誰かを──何かを警戒しているかのようだった。
 切迫した響きをそこに感じ取り、聞き漏らすまいと抱きつく腕に力を込める。
「もし何かあったときには、フラウエンロープ侯爵殿を頼りなさい」
 なぜ急にギルベルトの名が出てくるのだろう。何かが起こって頼るべき者が必要だったとしても、どうして身内ではなく──他国元帥の彼を頼れと言うのだろうか。
 兄の意図が読み切れず、困惑と戸惑いの表情を向ける。だがエドガルはそれ以上説明するつもりはないらしく、優しい微笑を浮かべたままで、妹の身体を離した。
「いいね?」
 疑問を投げられる雰囲気ではなく、リーゼロッテは頷くことしかできなかった。


 ──今夜はなぜか眠気がなかなか訪れず、リーゼロッテは茶を淹れてもらおうかとベッドから降りた。サイドテーブルにある置き時計を見ると、夜の警備をしている者以外は皆、眠っている時間だった。
(何かしら……何か、胸騒ぎが……)
 胸の奥にざわざわとした不快な感覚がある。思わず夜着の胸元を握りしめたとき、城中の警鐘が鳴らされた。
「……何……っ!?」
 警備の訓練のときくらいにしか聞いたことのない音が、城から国全体へ広がっていく。
 窓辺に走り寄り、外を見る。城や寝静まっていた城下町に、次々と明かりが灯り始めた。
 同時に、遠くから城下町の門に近づいてくる大量の光を確認する。
(軍隊──!? 旗印は!?)
 リーゼロッテは目を凝らす。先頭の騎馬隊がひときわ明るく松明を掲げ、周囲を威圧するかのようだ。いや、実際にはそれを意図しているのだろう。
 そのおかげで、旗印を認めることができた。リーゼロッテは大きく目を見開く。
 黒地に金糸の縁取り、中心に刻んだ十字の上で、吠える獅子の口から一本の剣が吐き出されている紋章だ。それはヴェルニテローゲ帝国の旗印だった。
 なぜ同盟国であるはずの帝国が、侵攻してくるのか。
 リーゼロッテの心に、ギルベルトの優しい笑顔がよぎる。軍を率いているのは元帥であるギルベルトの可能性が高い。
(ギルベルトさまに直接お話を伺ってみないと……!)
 冷静さを欠いているがゆえ、あり得ない方法を考えていた。リーゼロッテは部屋の扉を開け放った。
 蜂の巣をつついたかのような喧噪が、城内のあちこちで生まれ始めている。リーゼロッテのところにも、使用人たちが廊下の奥から駆けつけてきた。
 その先頭を走っているのは、マルクスだ。なぜ城に常駐しているわけでもないマルクスが、こんなにも早くやってくるのか。
「リーゼロッテさま! ご無事ですか!?」
 疑問を抱いている場合ではない。リーゼロッテは強く頷き、そちらへ走り寄る。
「私は大丈夫。お兄さまは!?」
「申し訳ございません、陛下の状況は私の方ではまだ……ですが、陛下の周囲は一番守りが厚いのできっとご無事です。リーゼロッテさまもすぐに脱出しましょう!」
 マルクスがリーゼロッテの腕を掴んで歩き出す。エドガルの状況がとても気になるが、今は確かにマルクスの言う通りだった。
 アルティナ王国を継ぐ存在が自分たち兄妹しかいないのだから、万が一のためにリーゼロッテも無事でなければならない。
 まずはこの場を切り抜けて、エドガルと合流しなければ。
 対策が早く立てられればそれだけ犠牲となる民は少なくなる。今は逃げることしかできない悔しさに、リーゼロッテは唇をきつく噛みしめた。
「リーゼロッテさま、こちらを……」
 部屋からストールを取ってきた使用人の中で自分付きの侍女ヒルデが、リーゼロッテに羽織らせてくれる。寝間着姿を見られていることに今更ながら気づいたが、それを恥ずかしがっている余裕はない。
 リーゼロッテはマルクスたちに守られながら、城の脱出通路を使う。
 有事の際、使うために作られている通路だ。歴代の王族たちも使用したかもしれないが、リーゼロッテが使うのは初めてだった。教えられていた通路は王族しか知らず、今度はリーゼロッテが先頭に立った。
 ともすれば恐怖と不安に取り乱しそうになるヒルデたちは、青ざめ、表情が強張っている。それでも全力で自分を守ろうとしてくれていた。
 通路は城の地下を通り、迷路のような分岐点をいくつも越えて、城の裏手にある森の中心へ辿り着くようになっている。森の管理人小屋の床に出口が作られており、そこに続く階段を昇るときは、マルクスが先に立った。
 小屋の中に人の気配は感じられず、リーゼロッテたちは少しだけ安堵の息を吐く。
「今のうちに……」
 マルクスが言った直後、窓の外に明かりが生まれた。次々と松明の火が増えて、あっという間に十個程度になる。
 マルクスが蒼白になった。
「どうしてここがわかったんだ……!?」
 リーゼロッテを守るように、ヒルデたちが周囲を取り囲んだ。彼女たちの心意気はとても嬉しいが、自分のために危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 ここは自分とマルクスが出て行くべきだ。
 リーゼロッテは恐怖で震えそうになる足にぐっと力を込めて、マルクスを見やった。
「窓から様子を見て。外にいるのは多分帝国兵士だと思うから、慎重に……」
「い、いや、それは……しかし……」
 リーゼロッテの頼みに、マルクスは即応しない。窓辺に近づいたらすぐに命を取られるとでも思っているのか、額に脂汗が滲んでいる。
 明かりを確認するまではマルクスが何かと先導していたというのに、何という情けなさだ。
 リーゼロッテは内心で嘆息しつつ、使用人たちをかき分けて進み出る。ヒルデが、慌ててリーゼロッテを止めようとした。
「いけません、リーゼロッテさま。危険です」
「ここに閉じこもっていてもどうにもならないわ。だったら交渉に出ましょう。……帝国兵士ならば、王族の身柄を確保することが優先されると思うから」
 もしかしたら、乱暴されるような危機が来るかもしれない。それでもここでじっとしているよりは、状況が好転する機会もあるだろう。
 わずかな可能性に縋りつき、かすかに震える身体を悟らせないようにしながら、リーゼロッテはゆっくりと扉を開けて外に出た。
 リーゼロッテに何かするのならば許さないとでも言うように、ヒルデたちが左右と背中を取り囲んだ。マルクスは、部屋から動く様子がない。
 松明を持っていたのは、騎馬兵だった。旗頭と同じヴェルニテローゲ帝国の紋が刻まれた白銀の胸当てを着け、佩剣している。侵攻してきたにしては装備は比較的軽装だ。
 兵士たちが口を開くよりも早く、リーゼロッテは名乗った。
「私はリーゼロッテ・アルティナ、この国の王女です。私の身柄を預けますので、私をここまで逃がしてくれた彼女たちには、何もしないでいただけませんか」
「……リーゼロッテさま……!」
 それでは交渉ではなく人身御供ではないかと、ヒルデが慌てて止めようとする。無言でこちらを見返すだけの兵士たちの背後から、新たな人物が姿を見せた。
 松明に照らされた馬上の青年は、濃い金髪と濃茶色の瞳を持つ精悍な顔立ちをしたギルベルトだ。銀糸の縁取りと黒色で統一された元帥の礼服を纏った凜とした姿を認め、リーゼロッテは何とも言えない悲しい気持ちに思わず泣きそうになった。
「……ギルベルト、さま……」
 どうして王族だけしか知らないはずの脱出場所を知っていたのかはわからないが、これでもう絶対に逃げることなどできない。
 ギルベルトは馬上からリーゼロッテを静かに見返していたが──その表情はどこか苦しげだった。この侵攻がギルベルトにとって本意ではないと、思いたい。
 リーゼロッテは滲みそうになる涙を堪え、ギルベルトに言った。
「私の身柄をどのようにされても構いません。ですが、彼女たちは私への忠義のために、ここまで一緒について来てくれただけなのです。どうか彼女たちには何も……」
「……私の役目はあなたを帝国に連れていくことだ。不要な血を流すことは、好まない」
(ああ、やはりギルベルトさまだわ……)
 元帥という立場にありながら、不要な血を望むことを一切しない。それを甘いと苦言する者もいるようだったが、皇帝が彼のその心根を否定しない以上、譲るつもりがないとギルベルトは言っていた。
「ありがとうございます、ギルベルトさま」
 礼を言うと、ギルベルトの眉根がさらにきつく寄せられた。極力感情を押し殺した声でギルベルトは言う。
「では、リーゼロッテ姫。こちらへ」
「リーゼロッテさま……!」
 使用人たちに向き直り、リーゼロッテは安心させるように微笑みかける。
「私は大丈夫よ」
「ですが……!!」
 ついに耐えきれなくなったヒルデたちが、リーゼロッテの身体に縋る。リーゼロッテは使用人たち一人一人を優しく抱き締め返したあと、室内で青ざめたまま一歩も動かないマルクスへと視線を投げた。
「マルクス、ヒルデたちをお願いするわ」
 マルクスからの返事はない。こちらを見返すことすらしない男に幻滅しながらも、ギルベルトの方へと歩み寄る。
 兵士たちは手出しせず、ただ静かに見守るだけだ。統率が取れているのも、ギルベルトの手腕だろう。
 次に自分は何をすればいいのだろうか。捕虜になるなど初めてで、わからない。するとギルベルトがリーゼロッテの腕を掴んだ。
 強い力で引き上げられ、あっという間にギルベルトの前に横向きに座らされる。銀の胸ボタンが頬に触れるほど近くに逞しい身体があり、リーゼロッテは狼狽えた。てっきり捕虜として歩かされると思ったのだ。
 ギルベルトは手綱を操る両腕でリーゼロッテを包み込むと、兵士たちに言う。
「半分は残れ。姫のお望み通り、彼女たちには何もするな。ひとまずは王城に連れていけ」
 そして上着を脱ぐと肩に掛けてくれる。ギルベルトの温もりを感じ、ドキリとした。
「まさか寝間着姿だとは思わなかった……」
 女性としての尊厳を守ってくれる行動に驚いて顔を上げれば、ギルベルトの端整な顔がもう少しでくちづけも可能なほど近くにある。目元が少し赤くなっていて、目が合うとどこか焦ったように視線を逸らし、軽く咳払いをした。
 表情はすぐに改まり、元帥としての厳しく少し苦しげなものになるが、向けられる態度はいつも通りのギルベルトだ。リーゼロッテは戸惑う。
(私……捕虜、よね……?)
「馬車が用意してあるのは、進軍している部隊の中だ。すまないが、そこまでは我慢して欲しい」
 ギルベルトが拍車を蹴って馬を走らせる。リーゼロッテの身体が馬上で揺れ動くことにすぐに気づき、左手を手綱から離して抱き締めてくれる。気を遣ってくれていることがわかり、リーゼロッテはますます戸惑った。
(どういうことなの。王国に急襲してきたのに、私を……まだ王女として尊重してくれて……)
 現状が心と思考を麻痺させていくようだ。
 リーゼロッテは思わずギルベルトの胸元に縋りつく。ギルベルトの左腕に力が籠もった。
 力強さと温かさが、兄の言葉を思い出させた。
(そういえば、お兄さまが……何かあったときにはギルベルトさまを頼れと……ギルベルトさまは、私の味方、なの……?)
 こんなふうに尊重してくれるということは、そうなのかもしれない。リーゼロッテの心が一瞬だけ緩む。
 そのせいで緊張の糸が切れてしまい、あっという間に意識が遠のき始めた。
「……姫?」
 ギルベルトがリーゼロッテの異変に気づき、呼びかけてくれる。応えようと思っても、それができない。
 どうして変わらずに優しくしてくれるのだろうか──。
(ギルベルトさまは……私の味方、ですか……?)

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