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モテすぎ伯爵様が私に恋するはずがない!

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書籍紹介

今日はとことん、君を愛してもいい?

評議会メンバーの女伯爵ポリーナは神殿の書庫を調査中、何者かに媚薬を使われ大ピンチ。そこへ助けに来たのは美形で優しい初恋の人、キリル伯爵で……! 敏感に火照る肌を巧みに乱され、長い指で奥まで掻き回される。気持ち良すぎてどうにかなりそう――。「お願いだから、私のものになってくれないかな」淫らに蕩けて放心するポリーナへ、まさかの激甘すぎる口説き文句が炸裂し!?

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 甘々・溺愛 | 媚薬
登場人物紹介

キリル

オステルツェフ伯爵。銀色の長い髪、青い瞳が印象的な美男子。人当たりがよく社交界でモテモテだが、本人は「女性不信」と公言している。

ポリーナ

神聖ゴッドルフ王国では珍しい女伯爵。博識を買われ、神王主催の評議会メンバーに名を連ねている。キリルとは同僚であり、幼なじみで初恋の人。

立ち読み

 ポリーナ・ノヴォシリネルフの前を弾むような足どりで歩くのは、花かごを手にした四名の乙女だ。
 白一色のドレスには色とりどりの花が飾られ、かごの中の花びらを左右に振りまきながら進んでいく。
 対してポリーナは、衣装がずっしりと重いからしずしずとしか進めない。ちらりと背後を振り返れば、長く伸びたベールやスカートの裾を支えるべく、可愛らしい衣装の別の少女たちがついてきていた。
 ──これって、まるで結婚式のようじゃない?
 ポリーナはふと、そんなふうに思った。
 その考えを肯定するように、見上げた先には花で飾りたてられた祭壇があって、そこには大司教と、結婚式の衣装を身にまとった男が立っている。
 顔は確認できなかったが、彼がおそらく自分と式を挙げる相手だ。
 ──だけど、誰よ?
 まったく心あたりがない。そもそも、どうして自分は結婚式を挙げることになったのだろうか。
 疑問ばかりがぎっしりと詰めこまれた頭を乗せて、ポリーナの身体は大学の最先端の研究室で見た自動人形のように勝手に動く。長い裾をさばきながら祭壇に向かう階段を上がり、ついに彼の前に立った。
 彼はポリーナの手を取って向きを変えさせ、祭壇にいる大司教の前で、二人でひざまずく形となる。
 ──だけど、彼じゃないはずよ。
 彼は誰なのかわからなかったが、ポリーナとしては違和感でいっぱいだ。自分は誰かと強制的に結婚させられるつもりはない。誰の言いなりにもならず、自分の意志を貫き通せるはずだ。
 なぜならポリーナは、神聖ゴッドルフ王国でも数少ない女伯爵なのだから。
 そんなふうに思った瞬間、焦りのようなものが全身を駆け抜けた。
 どうしてこんなことになっているのだろう。ここで式を挙げてはならない。自分が結婚するとしたら、相手はたった一人だ。
 それは目の前の彼ではない。
 そんな焦りばかりが膨れ上がっていくのに、式はポリーナの気持ちとは無関係に進行していた。このままでは結婚が成立してしまうかもしれない。
 ──ダメよ……! 彼じゃないわ……!
 なのに、ポリーナの身体は祭壇の前にひざまずいたまま、動けないのだ。
 貴族は、政略結婚が基本だ。どの貴族でも自分の家がより繁栄するために家柄の良い者を選ぶ。そこには各個人の意思など介在しない。
 それでも、ポリーナは女ながらに伯爵家を継いだ。親兄弟も親類縁者もすべて失っているから、結婚について余計な口出しをする者はいないはずだ。
 ──だけど、どうしてこんなことに。……思い出せないわ。……どうして。
 自分が結婚式を挙げる相手は、他にいたはずだ。大好きな人。大切な人。幼心に、いつかこの人と結婚したいと望んだ相手。
 だけどその人が誰なのか、不思議と思い出せない。今、思い出せないとダメだ。なのに、焦れば焦るほど、頭は空っぽになって、名前も顔も浮かんでこない。
 ──助けて……!
 心の中で大きく叫んだのに呼応したように、大聖堂のドアが大きく開け放たれた。
「待て! 彼女と結婚するのは、私だ……!」
 逆光の中に、その男の姿が浮かび上がる。
 彼の姿を見たとき、自分が待ち望んでいたのはまさに彼だとわかった。
 カール・キリル・オステルツェフ伯爵。
 濃いブルーの目に、ストレートの銀髪。非のうちどころのない端整な顔立ちに、背の高い、頼りがいのある身体つき。
 長いマントを身に着け、派手な衣装で着飾った彼は、見とれるほどに立派だった。
 どきんと鼓動が大きく脈打つ。
 同時に、頭上で教会の鐘が鳴り響いた。

 

「……っ!」
 身体が大きく反応して、ポリーナは目覚めた。
 しばらくは、ベッドの中で呆然とするしかない。
 見えるのは、見慣れた天蓋だ。このノヴォシリネルフ家を継いだ女伯爵にふさわしい、当主の部屋。とても広くて豪奢で、天蓋の布を開きっぱなしにしてあるから、そこから手のこんだ美しい壁紙や暖炉、物書きに使っている机や椅子も見える。さらにその上に、ごしゃっと積み上げられている本の山も見えた。
 ポリーナはまだドキドキとしている心臓を落ち着けるために、大きく深呼吸した。
 ──なんだか、今日は夢見がひどく悪いわ。
 エウロパ大陸の北の端に位置する大国、神聖ゴッドルフ王国。
 ポリーナはそこの評議会に席を持つ、由緒正しき伯爵家の継承者だ。本来ならば女性が伯爵家の当主になることはないのだが、縁者の男性がすべて死ぬなどの事情があるときに限って、特別な措置が取られる場合がある。
 ゴッドルフでは八年前に、悲劇が起きた。当時の宰相が反乱を起こし、王を殺したのだ。王の死去は伏せられ、宰相は王都に戒厳令を敷いた。
 神王を殺そうとした者がいるから、それを調べているという名目だった。密かに王に近い忠臣から殺害し、その後、安全になったという触れこみで、王都中の貴族が集められた。
 ポリーナが生きているのは、その虐殺が行われた宴に行かなかったからだ。読みたい本があったので、代わりに仲良しのカリーナにドレスを着せて送り出した。カリーナは姉妹のように育てられた乳母の娘であり、そのカリーナが身代わりに殺された。
 だが、反乱を起こして王の座についた宰相は、神聖ゴッドルフ王国の特殊な事情を知らなかった。
 ゴッドルフの王座を代々継ぐのは、神王の血筋に限られている──その真の理由を。
 エウロパ暦で千年ほど前、始祖であるパーヴェル一世が氷の大地を切り開き、不毛の地を人が住めるものにするために、大地の神といにしえの魔法によって契約を結んだ。
 それを『神王の契約』といい、代々神聖ゴッドルフ王国を継ぐものは、王座につくと同時にその契約を結ぶ儀式を行ってきた。だが、長い月日の間にいにしえの魔法の存在はだんだんと人々の意識から薄れ、宰相が反逆を起こした当時は、もはやその有効性は信じられてはいなかった。
 単なる形式だけの儀式だと思われていたのだ。
 だから、神王の血を継いでいない宰相でも、ゴッドルフを支配できると踏んでいたのだろう。だが、宰相が国を治めた四年の間、ゴッドルフは未曽有の寒波に見舞われた。全土が吹雪に包まれ、人々に一切の実りをもたらさなかった。
 宰相の治世が四年間しか続かなかったのは、飢えた人々が反乱を起こしたからだ。その後で玉座についたのが、神王の血統を継ぐたった一人の生き残り、ミハイロ神王だった。
 彼が『神王の契約』を結びなおしたことによって、ゴッドルフに太陽が戻った。
 ミハイロ神王は臣民から深く敬愛されている。
 ミハイロ神王も、ポリーナと同じように親兄弟をすべて殺された。神王の血を継ぐ唯一の存在として、臣下が決死の覚悟で宰相の反乱時に彼を王城から逃がしていた。そのまま北の塔に隠れて、宰相の治世下を過ごしていたらしい。
 玉座についた当初のミハイロ神王は、凍てつく氷の目をしていた。
 ゴッドルフを救った救世主として、臣民から深く敬愛されていたにもかかわらず、誰も信じることができず、それでも国を治めようという強い意志だけはあった。
 だから即位当初、ミハイロ神王は国を治めるための判断をたった一人でこなそうとして、臣下の手を拒んできた。
 そんなミハイロ神王に変化が訪れたのは、南の国から、明るいアンジェリーナが嫁いできたからだ。神王妃となった彼女は、そこにいるだけで周囲を温かくするような存在だった。彼女によってミハイロの氷の心は解け、人々を信じられるように変化していった。
 そしてアンジェリーナ妃との間に、念願の男の子も生まれた。神王の血を継ぐ者が一人増えたことで、ゴッドルフ中は昼夜をわかたぬお祭り騒ぎとなった。
 だが、もうじきこのゴッドルフは長い冬に入る。あと少しで短い秋は終わる。人々はその冬を過ごすための準備に忙しい。
 ──評議会も、もうじき終わりね。
 臣下を信じておらず、一人ですべて采配していたミハイロ神王が、かつてあった評議会を招集したのがこの春からのことだ。選び抜いた八名の臣下の意見を聞くようになった。
 ポリーナが二十八歳という若さで評議会のメンバーに選ばれたのは、その頭脳を買われたからだ。
 ポリーナは宰相の反乱のときに、エウロパ大陸の南にある自治都市まで逃げた。生きているのが知られたら、殺されたからだ。
 ストゥディオと呼ばれる教会付属神学校を起源とした大学に通い、人文、神学、医学、法学などあらゆるものを学んだ。今ではゴッドルフで一番の物知りではないかと噂されるほどだ。
 ──だけど、そんな私が、どうしてあんなやつと……?
 目が覚めたときから頭にあるのは、夢に見たキリルとの結婚式だ。夢だと笑い飛ばせないのは、夢には自分の望みが投影されると、以前読んだ本に書いてあったからだ。
 ──私がキリルと結婚したがってる? ……そんなこと、ないわよね。
 一瞬頭をもたげた疑問を、ポリーナは即座に否定した。万が一にもポリーナがそれを望んでみたところで、キリルが承諾するとも思えない。
 何せキリルは、ゴッドルフ一の色男だ。彼は美しすぎる容姿とその身分を、活用するすべを心得ている。
 自分の魅力を最大限に引きだす極上の笑みと、人をたぶらかすような弁舌を武器に、どんなご婦人の心にもするりと入りこむと評判だ。そのくせ、女性不信と豪語しているという矛盾した男だ。
 そんなキリルが、冴えないポリーナを相手にするとは思えない。よしんばキリルに求婚されたところで、ポリーナは秒でそれを拒むだろう。
 だったらどうしてあんな夢を見たのかと、ポリーナは自分の心を探ってみる。
 ──そういえば、昨日……。
 読みたい本を貸してもらうために出かけた貴族の家の当主に、伝統あるノヴォシリネルフ家の血を絶やさないために結婚しろと、がみがみ言われたせいではないのか。
 そのあげくに、ポリーナのために苦労して見繕ってやったのだと、いくつかの縁談を切り出してきた。
 本を見せてもらうという目的さえなければ、即座に黙らせている。だが、どうしても読みたい本があった。そのために、無言かつ無表情で、その無駄な説教を我慢の続く限り聞かされることになったのだ。とは言っても、ほんの十分しか辛抱できなかったが。
 ──なんで、女はみんな結婚したいと思っていると、決めつけるの?
 ポリーナにはそれが疑問で仕方がない。ポリーナにとって生きる目的は、世界の謎を解き明かすことにある。勉強すればするほど、疑問が湧く。一つの疑問を解けば、さらに新たな謎にぶち当たる。謎を解く作業には終わりがないというのに、どうして結婚などという無駄なことをしていられようか。
 ──女伯爵になってよかったことは、二つあるわ。一つは、本にいくらでもお金を注ぎこめること。もう一つは、意にそわない結婚を、片っ端から断れることよ……!
 それでも、伯爵家を絶やしてしまうのはまずいかな、という気持ちは少しだけあった。だけど、結婚するにしても今ではない。
 今はミハイロが招集してくれた評議会に通い、このゴッドルフの国をどうすれば効率的により良く統治できるのか、意見をぶつけあうのが楽しくてたまらない。役に立たない制度をできるだけ取り払い、すっきりとした体制にしたい。有能な人間を多く登用できるようにもしたい。
 美しく、腐敗のない統治機関を作りたかった。それが若くて潔癖なミハイロ神王の御心にかなうと信じている。
 ──そうか。あんなろくでもない夢を見たのは、昨日のあのしつこいガミガミ屋の貴族のせいだわ。だけど、私にしては頑張って耐えたおかげで、本を借りることができた。
 その本が、寝室のベッドサイドにある。昨日、眠りに落ちるまで没頭して読んだ。
 それをちらりと見てから、ポリーナは身体を起こした。今日は評議会の日だ。本格的な冬に入る前に、各貴族は王都から離れてそれぞれの領地に戻る。評議会もあと数回で終わりだ。終わるまでに、裁判制度についての明確な結論を出しておきたい。ポリーナは自分の知っているエウロパ諸国の制度を参考にしながら、説得するための理論を組み立てていく。
 貴族の女性なら外出するときに、身支度にたっぷり時間をかける。侍女の助けを借りてコルセットを身に着け、髪を結い、美しく装う。
 だけど、ポリーナが着ていくのは、神官の着るローブに似た、ぞろりとした服だ。踵まであるそのワンピースに、長いローブを重ねる。歩くたびにその裾がなびき、結うことのないぱさぱさとした金髪が背を覆う。
 胴を締めつけるコルセットもなく、スカートを膨らませるパニエもないこの服装は楽で、ポリーナは気に入っていた。ただし王城に出入りし、神王とも評議会では顔を合わせるから、儀礼上、服装には気を使わなければならない。デザインはシンプルでも、シルクの表地に、金銀の装飾帯を使っていた。身分のある貴族なのだと一目で伝えられたほうが、面倒も少ない。
 このゴッドルフに戻ってきた当初は、王城にあがるときには女伯爵といえどもドレス姿でないと失礼にあたると、ポリーナにがみがみと説教した貴族もいた。だが、そんなときには伝統的なローブ姿のほうが歴史的には正統だと、論拠立てて言い返した。それが何度か続いてからは、ポリーナに服装について口出しするものはいない。
 そもそも着替えに必要以上に時間をかけたくないし、頭をよく働かせるためには、身体を締めつけない楽な格好がいい。
 そんな信念の下に、ポリーナは今日もお気に入りのローブに着替える。侍女も慣れたものだから、ポリーナが目覚めたのを知っても、顔を洗うための盥を持ってくるだけで、髪をくしけずることもない。
 素早く準備を済ませると、ポリーナは馬車に乗りこみ、王城へと向かった。
 朝食はガタガタ揺れる馬車の中で、パンで済ませるのが常だ。馬車で移動する間にも、本を膝に乗せ、それを読みながらパンをかじる。まず本を手放すことはない。
 王城についてから、向かうのは評議会メンバーの控え室だ。
 評議会のメンバーに選ばれた八人のうち、ポリーナと一番気が合うのがキリルだ。全員がミハイロ神王じきじきに選ばれたメンバーだが、たとえば古株の老ヒョードルとは意見が対立することが多い。頭が古すぎて、先鋭的なポリーナの意見をなかなか受け入れてくれないのだ。
 そんなときには、事前にキリルに協力を頼む必要があった。あくまでも客観的な事実に基づいて正面から議論を戦わせようとするポリーナとは対照的に、キリルは根回しが得意だ。相手の体面を考慮して、スムーズにことを進めるには、キリルの協力が欠かせなかった。
 それもあって、評議会の前にはキリルの控え室に寄り、今日の議論の進め方について相談するようになっていた。
 王城は広く、荘厳な石造りだ。正面にあるのが神王の豪華な謁見の間と執政の間であり、その背後にこのゴッドルフの統治機構が集まっている。
 大勢の人とすれ違いながら、ポリーナは片手に本を抱え、ローブをなびかせて足早に歩いていく。
 回廊を抜け、評議会エリアに近づくにつれて静けさが増していくが、それでもいつも騒がしい一角があった。
 はしゃいだ大勢の女性の声が耳につく。
 ──はー……。今日もか。
 ポリーナの眉が少し寄る。女性の高い声は苦手だ。ポリーナ自身の声は落ち着いていて、ややもすれば男性と間違えられるほどに低い。
 ポリーナはキリルの控え室のドアの前に立つと、まずは無言で開け放した。
 控え室は評議会メンバーの身分の高さを反映して、貴族の館のような凝った内装が施されている。大きなスペースを占有しているのは、数人での打ち合わせができる円卓だ。
 ぐるりと室内を見回したポリーナの目に飛びこんできたのは、その円卓に着席しているキリルの膝に乗った、ドレス姿の貴婦人だった。彼女たちはきゃいきゃいとはしゃいでいたが、ドアを開け放ったポリーナに気づくなり、一斉に押し黙った。
 楽しげだったキリルも、ポリーナに気づくと膝から女性を下ろして立ち上がる。
「お迎えが来ちゃった。また後でね」
「そうね。またね、キリル」
「トミドフ公の舞踏会で」
 特にがみがみと文句を言った記憶はないが、ポリーナが姿を現すなり、この騒ぎは終了となる。キリルにお開きを言い渡されるのがわかっているから、最近ではすぐに彼女たちは散っていく。
 華やかに着飾った女性の最後の一人が消えるのを見送ってから、ポリーナはドアを閉じた。クルリとキリルに向き直り、ため息を漏らす。
「相変わらずね。女性不信なんて言うくせに、なんだかんだと女性たちを侍らせているのはあなたのほうでしょ?」
 最先端のドレスに身を包み、片手でつかめそうなほっそりとしたウエストを見せつける女性陣は、舞踏会の華だ。男性から男性の間を、ふわふわと蝶のように飛び交っている。
「女性不信っていうのは、わざと流してるんだよ。そうしないと、不実なご婦人からの誘いが引きも切らない。おかげで、だいぶお誘いが減ってきたかな」
「へえ。それは何よりね」
 感情もなく言ってみたが、ふと引っかかって聞いてみる。
「で、女性不信のあなたが、どうして膝に女性を乗せることになったの?」
 キリルは笑いながら、テーブルの上にあった杯を引き寄せ、軽く唇を潤した。
「ちょっと太っちゃったって言うものだから、そんなことはないだろうと、膝に乗ってもらったところ」
 さらりと言うキリルの姿は美しく、まっすぐに伸びた鼻梁の形と、憂いを秘めた目の形が完璧だ。
 幼いころからずっと見てきたポリーナですら、その造形に見惚れてしまう。ここまで美しく生まれると、何もしなくても女性が寄ってくるというのは本当かもしれない。
 深い海の色を宿した瞳や、常にからかうような笑みを浮かべている形のいい口元から、目が離せなくなる。キリルの造形の美しさを、ポリーナは極上なものと認めざるを得ない。乳白色の石に似たなめらかな肌の質感とも相まって、生きている人間なのかすら、時折あやふやになるほどだ。
 ──綺麗すぎて、作り物みたいなのよね。
 長いまつげが、その肌に複雑な陰影を落とす。そんな顔から、ポリーナはぷいと顔を背けた。
「そんなふうにあなたのほうからいちゃいちゃするから、女性たちも離れなくなるのよ。もう少し、距離を置いたほうがいいんじゃないの?」
「だけど、噂話を収集する必要があるからね。彼女たちはいろんな話を知っている。何か王都で不穏な動きがあったときには、その前兆にいち早く気づくかもしれない」
 ミハイロ神王陛下が即位して、四年だ。
 即位当時は飢餓を背景に盗賊が跋扈しており、王都から離れると危険とされていた。今ではそれらはかなり討伐されたし、宰相の残党もすべてゴッドルフから排除されている。
 近隣の国との関係もうまくいってはいたが、それだけでは安心できないのが政治というものだ。
「あなたが心配しているのは、宰相の残党が何かよからぬことを企んでいるかもしれないってこと? もう国には、残党はいないはずでしょ」
「そのはずだが。……ただ、万が一ということがある」
 その言葉に、ポリーナはため息をついた。
 キリルの父は宰相の反乱のときに、ミハイロ神王を助けるために犠牲となって死んだ。その父の代わりに命がけでミハイロを守り、辺境の塔まで送り届けたのがキリルなのだ。ミハイロ神王が当時、幼なかったこともあって、キリルはそれからずっと神王一筋だ。彼を助け、守るのは自分だという強い使命感に取りつかれている。
 ──この人、クールな顔をして、過保護なのよね。
 前の神王が殺され、戒厳令が続いた一週間ほどの間に王都の貴族も多く殺された。
 王都が大混乱に陥った中で、前の宰相がクーデターを成功させて、次の王になるのは自分だと宣言した。
 そんなときに姿を消していたキリルが、民家に隠れ住んでいたポリーナを見つけてくれた。茫然自失していたポリーナを励まし、金を持たせて安全なところまで送り届けてくれたときのことを、よく覚えている。
『本好きの君は、大学でしっかり勉強してきてください。その間、ゴッドルフは私が守る。だから、いくらでも安心していっておいで』
 そのとき、キリルは二十歳だった。ポリーナと同い年だ。まだ少年っぽさの残るひょろりとした身体だったくせに、精一杯突っ張って、笑ってくれた。そのときのキリルは、やけにボロボロだったが、姿を消す前に比べて一回りしっかりしたように思えた。
 ポリーナが大学に通っている間、仕送りも欠かすことがなかった。
 宰相統治下のゴッドルフは、ひどい体制だったらしい。逆らうものは殺すと脅された中で、キリルは弱音を一度も吐くことなく、本心を覆い隠して捲土重来を図った。
 ポリーナの一族のように表だって逆らって宰相に皆殺しにされることがないように、他の貴族もかばいながら上手にふるまい、ここぞというときに民衆の反乱をリードした。
 そして宰相を倒した後で、辺境の塔にいたミハイロ神王を王城に迎え入れた。あのときの陰の活躍を思えば、キリルはゴッドルフの救世主といってもいいぐらいだろう。
 対してポリーナは、その間、何もしていない。ただ大学にこもって、ひたすら勉強していただけだ。
 ミハイロ神王統治下になってようやく、ポリーナはゴッドルフに戻った。キリルは恨み言のひとつも漏らすことなく、嬉しそうに笑って言った。
『戻ってきてくれてありがとう、ポリーナ。これから一緒に、ゴッドルフの未来を作ろう』
 きっとつらいことも多くあったはずだ。誰よりも好き嫌いがハッキリしているキリルが本心を偽って宰相にへつらうのは、さぞかしきつかったに違いない。だけど、キリルは並々ならぬ精神力で、宰相の治世を耐え抜いた。
 ──だから、私はあなたをとても尊敬しているのよ。
 宰相の反乱時、何もできなかった罪悪感をポリーナは抱えている。
 ミハイロ神王統治下になって、すべてがうまくいったわけではない。当初は人間嫌いの神王の下で、統治はなかなか思うように進まなかった。
 だが、評議会が開かれるようになり、ミハイロ神王が多くの意見を聞いて部門ごとに責任者に任せるようになってからは、少しずつ国力も上がってきた。
 ──これから心配なのは、長い冬に入る前の、準備のことよね。
 深い雪に閉ざされて、特に北のほうの都市は孤立する。そうなる前に、十分な蓄えが必要だった。民が飢えないように中央から小麦の蓄えを送り、その代わりとして特産の毛皮を引き取る必要がある。地方ではいまだに盗賊が出没して、物流が滞っているとも聞くから、その討伐もしなければならない。
 ゴッドルフの長い冬のことを、ポリーナは思った。
 闇に閉ざされ、バリバリと音を立てる足元の雪。街道はもとより、入り江まで凍てつく。人々は家に閉じこもって、ほとんど何もできない日々が続く。そんなゴッドルフ北部に、ポリーナの領地はあった。
 長い冬に入る前に、時間を惜しむように王都ではさまざまな催しごとが続いている。
 そのとき、ふとポリーナは思い出した。
「そうだ。それで、ちょっと気になる噂を聞いたんだけど」
 キリルつきの侍女が、お茶を運んできた。評議会が開かれるまではまだ時間があったから、ポリーナはキリルの隣の円卓に座る。
 一応は秘密の話だったので、侍女が下がるまで待ってから、おもむろに切り出した。
「昨日、グルズデワ侯のお屋敷に、本を貸してもらいに行ったのよ。そのときに聞いたんですけど、最近、王都の舞踏会では妙なお楽しみが流行っているんですって」
 ポリーナが舞踏会に出席することは、まずない。そもそもそれは、独身男女が結婚相手を見つけるための社交の場だからだ。
 だから、特に結婚願望のないポリーナには行く必要がないし、そんな時間があったら本を読んでいたい。
「君が舞踏会の話をするなんて、珍しいね」
 キリルもポリーナの舞踏会嫌いについてはよく知っているから、からかうように言ってくる。軽く円卓に肘をついたから、肩から流れるまっすぐな銀髪がキラキラと光を宿して輝く。ここまで綺麗な銀髪の持ち主には、ポリーナはキリル以外に会ったことがない。
 だが、それくらいのからかいではポリーナは動揺しない。平然と続けた。
「妙なお楽しみっていうのは、二人で示し合わせて席を外し、しばらくして戻ってくることなんですって。そうすると、また他の一組が消えるとか」
「は? 男女が二人で席を外したら、することは一つだろ?」
 キリルは頭から色事だと決めつけたから、ポリーナは呆れて肩をすくめた。
「どうも、そういうのとは違うみたいよ。仮面舞踏会なら風紀が乱れているって聞くから、そういうのもありかもしれないけど。二人で小部屋にこもって、何か文章の謎解きをするみたいなのよ。どんな文章なのかって聞いたら、気になるのなら、あなたと内偵しにいったらどうかって、グルズデワ侯が」
「へえ?」
 キリルは首を傾げた。生気に満ちて輝くブルーの瞳が、楽しげにポリーナを観察する。
「君は文章と聞いたら、読み解かずにはいられないんだね」
「そうよ。どんな文章なのか、気になるじゃない。それこそ、王都のあらゆる噂を収集しているあなたにとっても、気になる話じゃないの? もしかしたら、何かの陰謀にかかわる文章が、そこでやり取りされているかもしれないわよ」
「うーん……」
 キリルは視線を窓の外に向けて、少し考えているようだ。
 この情報を与えたらキリルはすぐに動くと思っていたのに、そんな態度をとられるのが心外だった。
「女性を膝に乗せてまで噂話を聞きこもうとしているのに、舞踏会での気になる文章については、無視を決めこむのね。だったら、女性たちを侍らせているのは、単なるお楽しみのためにすぎないって、私は決めつけるわよ」
「違うよ、ポリーナ。これはね」
「あなたが嫌なら、私一人でも乗りこむわ。何か不審な動きがないか、確認しておく。私は評議会の一員だし、少しは陛下のお役に立ちたいし」
 あおられたと思ったのか、キリルは慌てて言ってきた。
「いや、私も付き合う。付き合うけど」
「そう?」
「ああ。それに、君だって十分に、ミハイロ神王陛下のお役に立ってる」
「そうかしら」
 キリルの言葉を、素直にポリーナは受け入れられない。
 ミハイロ神王の側近として、揺るぎのない信頼を与えられているキリルと比べて、ポリーナはまだまだ陛下との距離を感じているのだ。
「ああ。さすがはゴッドルフ一の物知りだ。先日、陛下が神王妃の出身であるカテリーナ王国と通商協定を結んで、関税の撤廃と自由移動権という優遇措置をとりたいと提案されたとき、前例がないといって反対したバレ公の言葉を、先々代のニコライ雷帝統治下に前例があるといって、やりこめたじゃないか」
「そんなのはお役に立っているとかじゃなくって、単に知っていたからよ」
「君の幅広い知識はとても助かる」
 そんなふうに熱をこめて言ってもらうと、ポリーナは誇らしい気分になる。自分がいろいろ頭に知識を詰めこむのは、単に知りたいからだ。世界がどうなっているのか、そのあらゆる構成要素を知っておかなければ気が済まない。
 無駄な知識ばかり持っているとバカにされることも多い中、キリルがそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。じわりと全身が熱くなる。
「そう。……だったら、あなたももう少し勉強なさるといいわ」
 かつて、キリルと一緒に家庭教師に教わっていた。その家庭教師は、エウロパの自由都市から来た高名な学者だった。噂を聞きつけた幼いポリーナが、キリルの住むオステルツェフ伯爵領に単身で乗りこみ、オステルツェフ伯爵に直接、自分も教えを乞いたいと頼みこんだのだ。
 エウロパの北の果てにあるゴッドルフに、そのような学者が来ることは滅多にない。ポリーナにとって、逃せない絶好のチャンスだった。
 その望みは聞き届けられ、ポリーナは領主の家に住みこんで、キリルと一緒に学ぶこととなった。
 ポリーナは記憶力に優れ、勉強が良くできた。その頭の良さは、大勢の貴族の子息を教えてきたという学者も驚くほどだった。キリルはポリーナと比べたらあまり勉強はできなかったが、それでもおそらく、頭は良いほうだ。
 ポリーナの言葉に、キリルは軽く肩をすくめた。
「勉強するのは、君に任せておくよ。私は実務のほうがいい」
「そうね。それがよろしいわ」
 人にはそれぞれに、得意分野がある。キリルは実務で、ポリーナはその政策を支える立案の役割だ。キリルのようにさまざまな人と会って調整するのは、ポリーナが一番苦手とするところだ。
 二人で一緒に陛下を助けて、ゴッドルフをより良い国にしていきたい。
 力の限りその手助けができたらいいと、ポリーナは思うのだった。

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