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王弟殿下の寵愛
記憶をなくした幼妻は淫らに護られる

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書籍紹介

その身で、俺の本気を思い知れ

目覚めたら、王弟・メルヴィンの妻になっていた!? 記憶喪失で、婚姻したことを思い出せず戸惑うサラ。秘かに好きだった彼には、他に思い人がいたはずなのに。「今も昔もサラだけを愛している」熱っぽい囁きにときめきが止まらない。胸の頂を嬲られ、快感に喘ぐたび、身も心も満ち足りる。幸せを感じはじめた矢先、失った記憶のなかに国を揺るがす真実が隠れているのを知って――。

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
新婚 | 玉の輿・身分差 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

メルヴィン

プレスコット国の第二王子として生まれ、現在は兄が王位を継いでいる。女好きという噂がある。前国王の遺言の通り、サラと婚姻した。「影の王」という異名があるらしい?

サラ

代々、宮廷薬剤師を務める家柄に生まれた、侯爵令嬢。メルヴィンの父である前国王とは懇意にしていた。突然記憶を失って、メルヴィンと婚姻した事実を忘れてしまい……。

立ち読み

 サラ・アイアネスは夢を見た。
 それはひだまりのように優しくて、どこか残酷で、とても痛い夢だった。
『     』
 最後に、誰かが何かを言っていたような気はするが、よく覚えていない。
 覚えていないといえば、内容もそうだ。
 一体、どんな夢を見ていたのだろう。興味本位で思い出そうとしたが、突然胸を押しつぶすような感情に襲われ、それどころではなくなった。どうしよう。胸に渦巻く行き場のない感情と戸惑いをどうすることもできないまま、サラは喘ぐように手を伸ばした。
 助けて。
 頭の中で叫ぶ自分に、なぜか違和感を覚えた直後──、目を覚ました。
 眦から涙がはらりとこぼれ落ち、ぼやけた視界の先には天へ伸びた己の手がある。
 濡れた睫毛が冷えていくのを感じながら、サラは伸びた手を胸に抱いた。
 まだ寝ぼけているのか、頭ははっきりしない。むしろ、重い。
 思考に靄がかかっているような、それでいて何かを忘れているような感覚に、奇妙な気持ちになる。サラは、誰にも助けてもらえなかった自分の手を慰めるようにして、ごろりと横向きになった──ところで、閉じかけたまぶたを思いきり見開いた。
 自分以外の素肌がそこにあるのが見え、血の気が引く。
 しかも、目の前にある胸元に女性特有のふくらみがないのだから、心臓の鼓動は大きくなるばかりだ。異性と同じベッドを共にしているという事実に息が詰まる中、サラは恐る恐る顔を上げる。
 そこには無防備な寝顔を晒した、美しい男がいた。
 クッションに頬を預け、横向きに眠っている男の首筋を髪がかすかに覆っている。その身体にまとうものはない。ほどよくついた筋肉が、惜しげもなく上掛けから出ていた。窓から差し込む朝陽が金糸の髪を照らし、彼の美しさをより際立たせている。
 その顔に見覚えがあると思ったのも束の間、伸びてきた腕によって身体を引き寄せられてしまった。
「!?」
 突然のことに身体を固くするサラを、男はいっそう強く抱きしめる。その手が頭を撫で、首筋から背中へ辿っていくのを素肌に感じ、自分もまた裸であることに気づく。
 その事実と、甘えるような彼の手つきに、サラは咄嗟に相手を渾身の力で押し返していた。あ、と思ったときには手から離れていく彼の身体がベッドの下へ落ちていき、どしん、という音を立てる。
「やだ、どうしよう」
 まさか、ベッドから落ちてしまうなんて。
 慌てて起き上がったサラは、胸元を上掛けで押さえ、急いで身を乗り出し、
「ごめんなさい、私そんなつもりじゃ……!」
 言いながらベッド下を見て、後悔した。
「……い、てて」
 後ろ手で上半身を起こした男は予想どおり裸で、かろうじて下半身に上掛けの端がかかっている。思わず凝視してしまった自分が恥ずかしくなり、頬を染めながら視線を上げた。すると、さらりと揺れた前髪の隙間から、夜へ向かう瑠璃色の空のような色をした瞳が現れる。
「ん」
 眩しさで眉間に皺を寄せても絵になる美しい男を前に、自分が突き飛ばした相手をはっきりと理解した。それと同時に、湧き上がる怒りが己の瞳を涙でにじませる。
「メルヴィン殿下の嘘つき!!」
 サラの叫びに、男──メルヴィンは怪訝そうに眉をひそめた。
「……は?」
「子を、子を生さなければいけない状況になるまで、子作りはしないって……、し、しないって昨夜約束してくださったじゃありませんか!! それなのに、それなのに……!」
 目が覚めたら、お互いに裸で同じベッドで眠っていた。
 それはつまり、サラに昨夜の記憶はなくても、それ相応のことがあったということになる。相手は国一番の女好きだ。一晩一緒に過ごして何もないわけがない。サラは眦から涙をこぼし、きょとんとしているメルヴィンに訴える。
「殿下のこと、私信じてたんですよ……? 女遊びは激しくても、嘘は、嘘だけはつかない方だって……なのに、目が覚めたら一緒のベッドで、それも裸だなんて!!」
 何かあったとしか思えない状況だ。
 泣きながら訴えるサラを前に、メルヴィンは言っている意味がわからないといった様子で口を開いた。たっぷりと間をとったあとで。
「………………夫婦になったんだから、当然だろう?」
「私は、夫婦になる誓約書を交わした覚えはありません!!」
「随分と、はっきりした寝言だな」
「目は開いております!」
「では、寝ぼけているのか?」
「ちゃんと、しっかり、起きております!」
 すると、メルヴィンはどうしたものか、と言いたげに頭をかいて俯いた。それから大きくため息をつき、顔を上げる。若干、面倒くさそうに。
「……だったら、左手にはめられているそれはなんだ」
 言われるままサラが素直に視線を己の左手に移すと、そこには昨夜までなかったものがあった。
「指輪……です」
 己の薬指を見ながら、呆けたように言うサラへ、メルヴィンは続ける。
「で、だ。サラがつけているものと同じものが、俺の左手薬指にもはめられている」
 見ろ、と言わんばかりの声で顔を上げたサラに、彼は左手の甲を掲げて見せた。
「……同じ指輪……?」
「そうだ。我が国では、夫婦になる誓約を交わした者だけが、揃いの指輪をはめることが許されているわけだが……、それは覚えているか?」
「もちろんです。……父と母の手に、いつも同じ指輪がありましたから……」
「それで? 俺が嘘つき、というのはどういうことだ?」
 何も、答えられなかった。
 夫婦であれば、裸でベッドを共にすることもあるだろう。というか、そうなる。たとえ結婚した記憶がなくても、誓約書を交わした約束の証が互いの薬指にはめられているのだ、ふたりが夫婦なのは間違いない。その純然たる事実に、これ以上の言葉は出てこなかった。
 奇妙な感覚に陥る中、メルヴィンは前髪をかきあげて続ける。
「それから、殿下は俺だけではない、おまえもだ。──この意味がわかるか?」
 わかりたくない。
 そう、直感がメルヴィンの言葉を否定する。しかし、彼はさらに追い打ちをかけるように、サラの心を見透かす瞳でじっと見つめてきた。
「それを踏まえてもう一度質問する。サラの言う昨夜とは、いつのことだ」
 背筋が、ぞっとした。
 起きる前からあった、予兆のような違和感。重い頭。霞がかった思考。そして、突きつけられた記憶のない現実に、どこか夢を見ているような気分になる。彼からの質問に答えようとするが、名前のない恐怖が喉に張り付き、声が出ない。
 心臓が激しく脈打ち、頭が考えたくないと思考を止める。
 無意識に、視線を再び己の左手に落としたのだが、自分の身体の一部が視界に入り込み、目を瞠った。
「……やだ、うそ」
「どうした?」
 恐怖を押しのけた確信は、いきなりやってきた。
 今まで気づかなかった身体の変化によって、この奇妙な現実を受け入れるしかないのだと悟る。そしてそれは、サラにとって嬉しい誤算だった。ぐわし、と自分の胸を上掛けから掴み、その大きさを手のひらで実感しながらサラは顔を上げた。
 自分の夫──らしい彼に視線を定めて。
「胸が大きい!!」
 喜びをあらわにして言うと、彼は困ったように言った。
「そう嬉しそうに言われてもな……。ちょっと指先が埋まる程度のささやかなものだろ」
 その一言で、サラは渾身の力で叫ぶ。
「大きな違いです!!」
 と。







 毎年“その日”は、少女にとって特別な日だった。
 太陽に反射してキラキラと光る新雪を踏みつけ、少女はとある場所で立ち止まる。
「──今年は、私が一番乗りみたいね」
 久々にこの国を照らした太陽のように珍しいこともあるものだと思いつつ、少女はしゃがみこみ、伸ばした手でうっすら積もった雪を払い落とした。朝からさっきまで降っていた雪はやわらかく、手の熱でかすかに溶けていく。手が赤くなるのを厭うことなく雪を退けると、刻まれた文字が見えてきた。
 そこで少女は目深にかぶったフードを取った。
 現れたのは、月明かりに照らされる雪のような美しいアッシュブロンド。太陽の光を受け、キラキラと輝いている髪を整えることなく、少女は澄んだ青空のような瞳を細めて、目の前の墓石へ微笑む。
「ごきげんよう。お父さま」
 朝の挨拶をするように、少女は花束を手向けた。
「お父さまが亡くなられて、今日で六年になりました。……今頃、お母さまとご一緒でしょうか」
 穏やかな気持ちで言うと、背後から雪の落ちる音が届く。
 母は、父のことが大好きだった。仕事柄あまり屋敷に帰ってこない父を待っている間、母とするなにげない世間話が、気づくと若いころの父の話になるのだ。頬を染め、ついさっき恋に落ちたかのような口ぶりで話す母を見ているだけで、少女は幸せだった。
 いつだって父に恋をしていた母のように、自分もそんな恋と出会いたいと思うぐらいには、両親の仲睦まじさに今でも憧れを抱いている。
「お父さまは、お母さまに愛されて幸せね」
 少女は、墓石に刻まれた父の名前から、その横に記された日付に視線を移す。
 六年前の今日、父──アーサー・アイアネスはその生を閉じた。
 代々宮廷薬剤師として王家に仕えていたアイアネス家は、父の代で長年の功績を認められ、侯爵位を授けられた──その、矢先の出来事だった。
 国王の付き添いとして夜会に参加した帰りのこと。父は、何者かに襲われそうになった国王を庇い絶命。その後、犯人探しが行われるも手がかりは見つからず、父は事故死として処理された。状況からみて国王暗殺を企てた者がいるとわかりきっていたのだが、国民に不安を与えたくないという理由から、当時の王宮はそれ以上動かなかった。
 突如主を喪ったアイアネス家は、父の弟のエルドが家督を継ぐことになったが、母・アンは、突然の訃報だけでなく、王宮の残酷な決定にも毅然とした態度でその事実を受け止めていた。しかし父を見送った夜に、隠れて泣いていたのを少女は知っている。
『あの人の分まで、がんばらなくてはね。悲しみに負けていられないわ』
 目元が腫れた笑顔で、そう気丈に振る舞っていた母だったが、その母も一年後にはこの世を去った。暴れ馬の下敷きになりそうだった子どもを助けようと、身を挺して庇ったときに、打ちどころが悪かったのだろう。頭の痛みを訴えた翌朝に、眠るように逝った。
 あっという間の出来事に、少女は泣くことさえできないでいた。
 しかし、主が叔父のエルドに変わったばかりのアイアネス家に、少女の心を慮る人間はもういない。短い期間に両親をふたり亡くした悲しみは計り知れず、少女は慌ただしい屋敷を抜け出しては、父と母が眠っている墓地へ足繁く通ったのだった。
 そこで──この国の王と顔を合わせることになる。
 国王は父の墓前で立ち尽くしていた。
 どこか物悲しさを漂わせる背中を勇気づけたくて元気よく挨拶をしたのだが、彼はうんうんと頷いてから崩れるように少女を抱きしめた。
『私に何かできることがあったら、なんでも言ってほしい』
 父の死の真相は公になっていないが、国王はずっと気に病んでいたらしい。
 少女を抱きしめたまま、泣きながら謝っていた。
 申し訳ない。私のせいだ、と。
 肯定も否定もできないでいた少女だったが、縋るように泣いている国王に何かしてあげたくて背中を撫でた。生前、両親が泣きじゃくる自分に、よくしてくれたように。
 すると、少女もいつの間にか泣いていた。
 そのあとのことだ、国王と少女に奇妙な友人関係が生まれたのは。
『陛下はやめてくれんか。気軽に“おじいちゃん”と呼んでくれたほうが、気分がいい』
 墓前で二度目に会ったとき、気安く話しかけてほしいと国王からお願いされれば、少女もそうするほかない。
『他家の手前、国王本人と懇意にしていることが露呈するのは、キミのためによくない』
 そう続け、国王は少女に自分たちの橋渡し役を紹介してくれた。
 以来、少女は国王と手紙のやりとりをしている。
 奇しくも墓石に刻まれた“その日”は、最愛の父を亡くした日であるとともに、新しい友人ができた日でもあり──、
「サラは、今日で十六歳を迎えることができました」
 少女──サラ・アイアネスの誕生日でもあった。
 安心してください、と願いを込めて、ひとつ歳を取ったことを墓前で告げる。
「屋敷のみんなは、元気です。……でも、その、もうお父さまが知っている者は、屋敷にはおりません。カノンやベルも、お父さまが亡くなり、援助が打ち切られてからというもの、うちに顔を出さなくなりました……」
 それでも、父の命日には必ず花束が添えられているのを、サラは知っている。実際に確かめたことはなかったが、たぶん、父と懇意にしていたふたりなのだと思う。──そう、思いたい。
「……さみしいですが、みなさんそれぞれ事情をお持ちだものね。わがままを言ってはいけないとわかっていても、カノンやベルのように、見知った顔が見られなくなるのは、正直悲しいです」
 父を知る人間が屋敷を去るたび、父が忘れられていく気がした。それが嫌だと思うのは自分のわがままだとわかっていても、やはり寂しさは拭えなかった。
 自嘲気味な苦笑を浮かべ、サラは視線を上げる。
「叔父さまは、今日からまた国を出るらしいわ。この間も長く国を出られていて、ようやく戻られたと思ったのに……、医学者というのは大変な仕事なのね」
 一年のほとんどを雪に覆われているプレスコット王国は、別名“雪の国”と呼ばれている。気候と土地柄のせいで農作物が育たず、それをどうにかしようと知恵を持ち寄ることが多くなった。
 結果、生きるための知恵が知識へつながり、知識を極めた者を生み出した。
 近隣諸国が水不足で悩んでいれば灌漑に長けた者を、はやり病が発生したら薬学に長けた者を派遣し、その報酬を物資に変えたのが始まりだ。土地が育んだ知恵を国益にしていくと、各地で活躍する彼らをどこかで見たのか、学びたいという少年少女が集まり、小さな学びの場が出来上がる。そこから輩出された者が人の命を救い、その噂を聞きつけた貴族の命を救おうものなら「すごい」と話が広まる。命を救われた貴族たちはこぞって多額の寄付をプレスコットにするようになり、その寄付金で、国は王立学院を設立した。
 学ぶ意欲のある若者だけでなく、様々な国で薬学、医学を独自で学んでいた者たちも集うようになり、長い年月をかけ、大陸中の症例がこの国へ集まる基盤ができたのだった。
 アイアネス家を築いた先祖も、プレスコットへ薬学を学びにきたひとりだ。
 先祖は、近隣にある花の国出身で、プレスコットで技術を学び、その知識を持ってウィステリアの植物が薬になることを発見。それをウィステリアに報告し、プレスコットとの橋渡しに大きく貢献したという。アイアネス家が宮廷薬剤師に抜擢されたのは、その功績を称えてのことだった。現在、ウィステリアの協力のもと、薬の精製にも国をあげて取り組んでいる。
「ああ、そうだわ」
 何かを思い出したように両手をぽんと叩き、サラは微笑む。
「お父さまが一番聞きたい方のお話を忘れてはいけなかったわね」
 こほん、と軽く咳払いをして、墓前の父に続けた。
「おじいちゃんも、とても元気よ。昨年、政務をご長男のライオネルさまにお任せになられてからは、ゆっくりしているみたい。……といっても、最近では直接会う機会がなくて、……その、人づてで聞くことのほうが多いから……、詳しいことはわからないの。あ、でも、ちゃんとお手紙は続けているわ」
 以前、サラが国王に、手紙を書かない時期があった。
 国王との手紙のやりとりは楽しくて好きだったが、多忙を極める公務の合間に、自分と手紙のやりとりをするのは負担かもしれない、と思ったからだ。しかし、そんな遠慮を国王はすぐに見抜いたのか、サラのもとまでお忍びで会いに来たことがあった。
 それ以来、手紙を欠かさないことにしている。
「もしまた、おじいちゃんが会いに来たら城のみなさんに迷惑がかかるし、お父さまもお母さまも心配なさるでしょう? だから、何があってもお手紙だけは出しているの。それから、おじいちゃんからのプレゼントは、今年も受け取らないことにしていますから、お父さまもお母さまも安心してくださいね」
 毎日、両親の墓へ花を手向けに来てはいても、やはり“今日”という特別な日には、父だけではなく母も一緒に、そこで「うんうん」と頷いてくれているような気がして、話が止まらない。だから、なにげない日々の出来事や、今まで報告していなかったことを交えていたら、あっという間に太陽が傾き始めていた。
「いっけない、そろそろ行かないと……! 今日ね、これから叔父さまのおつかいをしに、街へ行くことになっているの。叔父さまが戻ってきたときに、必要になるものなんですって。それじゃお父さま、お母さま、また明日ね」
 サラは立ち上がり、最後にもう一度父の墓石へ微笑むと、溶けかけている雪に覆われた草道を歩いて出口へ向かった。
「えーっと、確か……」
 緑の多い、公園のようなのどかな墓地を出たサラは、叔父に言われたことを思い出しながら歩を進める。さほどここから離れていないところだったはずだ。記憶と、通りの名前が書かれた看板を頼りに目的地へ歩いていくのだが。
「……本当に、こっちであっているのかしら?」
 大通りから外れた路地、それも屋敷の者から「近づいてはいけない」と言われていた、薄暗い裏通りのほうへと向かう。人通りも少なくなり、夜へ近づく時間帯で薄暗さがさらに増した通りを歩くのは、正直心細い。道を間違えたのかもしれないという不安も手伝ってか、かすかな物音にも身体がびくついた。
 ──……どうしよう、怖い。
 だからといって、叔父からのお使いを投げ出すわけにもいかなかった。
 一度立ち止まったサラは、その場で深呼吸を繰り返し、気持ちを切り替えたところで顔を上げた。すると、目の前にさっきまでなかった壁がある。なんだろうかと、さらにそれを見上げたところで──ぴしっと身体が固まった。
「やあ、お嬢ちゃん」
 壁だと思っていたのは頭を丸刈りにした大男で、彼はすきっ歯を覗かせて笑っていた。
「こんなところで、どうした?」
 今にも失神しそうになるのを堪えるように、サラはぎゅっと手を握りしめる。爪が手のひらに食い込むかすかな痛みで、どうにか正気を保つ。が、肝心の声が出ない。身体を強張らせるばかりのサラに、大男は困った様子で頭をぽりぽりと掻いていた。
 困っているのは、サラも一緒だ。
 このまま黙っていても、叔父に頼まれたお使いをすませることはおろか、時間までに屋敷へ戻ることもできないかもしれない。サラは小さく息を吐き、緊張で暴れ出しそうになっている心臓を口から飛び出させないよう、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あ、の」
「ん?」
「…………私、フローリアって……お店に……ッふぁ!?」
 勇気を出して店名を告げた直後、後ろから右手を掴まれてしまい驚きの声をあげる。手を後ろに引かれたと思ったら、あっという間にフードをかぶった人物の背に隠されてしまった。
「彼女は、俺のモノだ」
 フードをかぶった男が言う。
「お? おお、なるほどなるほど。うん、そういうことなら、ここで見たことは誰にも言わないでおくから安心しなよ。常連さん」
「勝手に常連にするな。ともかく、彼女は連れていく」
 言いながら男はサラの手を引き、来た道を戻り始めた。その背中と、後ろにいる大男を交互に見て困惑するサラに、大男はまたすきっ歯を覗かせた笑顔で手を振った。
「お嬢ちゃんも気をつけてな。もう、こんなところにくるんじゃないよ」
 外見で恐ろしいと思ってしまったが、もしかしたらとてもいい人なのかもしれない。そう認識を改めている間に、男が角を曲がったため、サラは大男に謝ることもできなかった。
 男は少し先に停められている馬車へ近づき、人の目から隠すようにしてそこへサラの背中を押し付けた。
 そして逃げようなどと考えるな、と言わんばかりに顔の横に手を置かれる。
「……」
 男の顔はフードが邪魔でよく見えない。が、サラは彼をよく知っている。
 彼は国王と“友達”になった際紹介された人物で、以来ずっと国王とサラの橋渡しをしてくれている。外出時に、決まって美しい女性を伴っていることから“女好き”としても有名で、その証拠にサラと会うときはいつも違う女性を連れてきていた。つまり彼の声を聞いただけで誰なのかわかる程度には、交流のある相手だ。
 サラは小さく息を吐く。
「……私がいつ、あなたのモノになったのでしょうか?」
 冷静に問いかけるサラに、男もまた冷静に答えた。
「ついさっきだ」
「冗談は、私ではなく別の方に囁いてください」
 ため息を堪えて返答すると、男はため息交じりに言う。
「あのなあ」
「というか、今日はいつものように素敵な女性と一緒ではないのですか?」
 彼の周囲をきょろきょろと見回してみても、不思議なことにそれらしい女性はいなかった。サラがフードの男に視線を戻した直後、直感が働く。
「あ、わかりました。馬車の中にいるのですね!」
「笑顔でわけのわからないことを言うな、いるわけがないだろ」
「そんなはずありません! あなたが女性を連れて歩かない日があったら……、ああ、だから、今朝は雪が降ったのですか」
「雪なんぞ、この国ではいつものことだ」
「では」
「あまりうるさいと、無理やり黙らせるぞ」
 男は言いながら片方の手で、サラの丸い頬を覆った。かと思うと、流れるような動作で唇を近づけてくる。
「冗談……です、よね?」
 しかし、彼は止まらない。鼻先を彼の香りがかすめ、唇に彼の吐息が触れたところで、我に返ったサラは慌てて顔をそむけた。その直後──やわらかな唇が頬に触れる。
 そのぬくもりと感触に、肌が一瞬でざわついた。

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