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獣人王子の花嫁
絶倫な旦那様とみだらな新婚生活

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書籍紹介

本能のままにお前を求めてしまいそうだ

政略結婚で嫁いだ相手は獣人の王子様!? そっけない態度で嫌われているのかと思ったら、実は昔から私を好きでいてくれたなんて……! 「お前を抱きたくてずっと我慢していたんだぞ」発情した逞しい体躯に押し倒される。大きな手で巧みに愛撫されれば痺れる快感に震えてしまう。最奥に想いを込めた情熱を注がれ、身も心も淫らに蕩けて――。ケモノな絶倫王子の一途な溺愛!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
政略結婚 | 新婚 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

レオンハルト

獣人の国、アカーツィエ王国の第二王子。精悍な獅子であり、美青年。クロエとの結婚を自ら願ったが、ある事情で顔合わせを避けていて……?

クロエ

イザバール公国の公女。動物好きで、前向きな性格。政略結婚自体は受け入れているものの、なかなか顔を見せてくれないレオンハルトにモヤモヤして……?

立ち読み

「クロエ、お前には我がイザバール公国の生贄となってもらうぞ」
 珍しく父──つまりはこの国の君主であるアドル・ド・シンクレアに呼び出されたと思えば、何の前置きもなしにそう告げられ、クロエはわずかに眉をひそめた。露骨に表情を崩さなかったのは、幼少期より公女としての嗜みを厳しく躾けられていたからだ。
 ──いかなるときも貴族としての威厳と気品を。
 父といえど、彼に世間一般でいう父親のイメージはまったくなく、クロエにとって父はただひたすらに畏怖の対象だった。
「それは、どういう意味でしょうか、お父様」
 しかし先ほどの言葉だけでは意図が読めず、クロエが詳細を求めると、父ではなくその隣に立っていた兄のユスハが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「先の戦争で我々を侵略せんとしたあの蛮族どもが、和平の証にお前を寄越せと言ってきたのだ。アカーツィエ王国第二王子、レオンハルト・ノックスの妻としてな」
「王子の、妻……?」
 つまりは政略結婚ということか。
 あまりに唐突な話に、クロエは今度こそ顔を歪めて父に縋るような視線を送った。すると父は不愉快そうに眉根を寄せ、「不満か?」と短く訊いた。
「いえ……、決してそのようなことは」
 慌てて頭を下げ謝るクロエを、「不満はあって当然です」とユスハが庇う。
「あの蛮族の国へ嫁入りですよ。いくら国のためとはいえクロエが可哀想です」
「では他にどうしろと言うのだ。クロエの嫁入りひとつで問題が片付くならばそれに越したことはないだろう。ちょうどクロエが婚約していたランバード伯爵家は戦争で没落してしまったしな。蛮族相手とはいえ、十八にもなってまだ嫁がない、しかも疵物の娘の貰い手ができたのだ。都合がいいことこの上ない。それともユスハ、お前にはこれ以上のいい策があるとでも?」
「それは……、ありませんが」
 ユスハがちらりとクロエを見遣り、それからついっと視線を外した。これ以上の反論は諦めたらしい。国の後継として一番父に可愛がられているユスハですら、口ごたえできないほど、父の権力は絶対的なものだった。この国では公主である父が是と言えばすべてが是なのだ。
 疵物、と言われたことに若干の憤りを感じながら、クロエは兄同様反論もできないまま俯いた。
「行ってくれるな? クロエ」
「……はい。イザバール公国の御為に」
 クロエにはそう頷くほか、選択肢は残されていなかった。

「何が蛮族への生贄よ! 疵物だなんて馬鹿にして!」
 自室に戻ったクロエは、シルクオーガンジーで作られた質のいいドレスを行儀悪く床へ脱ぎ捨て下着一枚になると、天蓋付きの豪奢なベッドへとその身を投げ出した。それをメイドのエイダが咎め、ドレスを拾いながら言う。
「いけません、お嬢様。一国の公女がこのような品のない行動を……」
「ごめんなさい。でも、」
 エイダはクロエより一回り年上で、クロエが幼い頃から身の回りの世話をしてくれている専属メイドだ。堅苦しい家庭環境の中で、クロエが唯一といっていいほど気を許せる人間で、最も信頼している姉のような存在だった。
「まあ、今日ばかりは仕方ないですね。いきなり他国へ嫁入りとあっては、お嬢様の気が動転するのもわかります」
 はあ、とため息をつき、エイダが頬に手を当てた。困っているときの彼女の癖だ。クロエの嫁入りが決まり、彼女も困惑していることが窺えた。
「わかってくれるのはエイダだけよ」
 しょんぼりと項垂れるクロエの隣に座り、髪をやさしく梳きながら、しかしエイダはかける言葉が見つからないようで、ただ黙ってクロエの次の言葉を待っている。
 それも当然だ。我が国イザバール公国は敗戦国で、戦勝国のアカーツィエ王国へ嫁ぐということは、父の言ったとおり生贄あるいは人質も同然だからだ。先刻までいがみ合っていた敵国から何の権限もない第三公女が嫁いだところで歓迎されるわけもなく、きっとひどい扱いを受けるだろうことは容易に想像できた。
 おまけに、アカーツィエの人々が自分を歓迎しない理由は、もうふたつある。
「……ねえ、エイダ。お父様とお兄様は、アカーツィエ王国を蛮族国家と言うけれど、私はそう思ってはいないわ」
 先ほど兄は、さもアカーツィエ王国が我が国に侵攻したかのように言っていたが、先に戦争を仕掛けたのはイザバール公国のほうなのだ。これがクロエが歓迎されないひとつ目の理由だ。
 北方の雪深く険しい山々を開拓し、隔絶されたその土地で慎ましやかに暮らしていたアカーツィエの民を、蛮族と罵り一方的に忌み嫌っていた父が、彼らに戦争を仕掛けたのは今から三年前の春のこと。
 しかしアカーツィエ王国の巧みな戦術により、五倍もの軍勢を誇っていたイザバール公国は、三度目の冬を迎えるより早く敗北を宣言することとなった。
 そしてそれは、アカーツィエの軍人が戦闘に特化した“とある能力”を持っていたことに由来する。
「……たとえ相手に獣の血が混じっていても、ですか」
 エイダが声にわずかな嫌悪を乗せて、訊いた。
 ──獣の血。
 そう、アカーツィエ王国が劣勢なはずの盤上をひっくり返し、我が国に勝利した理由。そして父が彼らを忌み嫌う最大の理由は、そこにある。そしてそれがクロエが歓迎を疑うふたつ目の理由でもあった。
 アカーツィエの民は、いわゆる獣人なのだ。
 普段の姿かたちは我々と同じ人型で、パッと見ただけではそうとは知れない。だが戦闘ともなると、その姿は一変し、虎や獅子、狼などの猛獣の姿となって戦うのだ。人間の数倍の身体能力を誇り、硬い毛に覆われたその身体は銃弾をもろともせず、勇猛果敢に敵軍の中へ飛び込んでいく。
 その姿を見た人々は、彼らを化け物のように恐れ、蛮族と罵った。
 しかし、クロエの考えは違う。
「もともと、私たちが平穏に暮らしていた彼らに手を出したのがいけないのよ。お父様が戦争を始めなければ、こんなことにはならなかった。それに、せっかく勝ったというのに、彼らは私たちに無茶な要求を突き付けてこなかったわ。大公国から公爵位をもらってイザバール公国を領土とすることもできたでしょうに。彼らが要求したのは永久の和平と、通商条約だけ。私たちを虐げることもなく、あっさりと手を引いた。彼らが紳士的な民族というのはわかりきったことよ」
 自分たちと違うからと排除しようとした我々と、どちらが野蛮か考えればすぐにわかることだ。もちろん、そんなことを父に言ったとしても、理解されるとは思わないが。
「お嬢様は動物好きでいらっしゃいましたね」
 仕方なさそうにエイダが肩をすくめ、窓辺でぐっすり眠っている愛猫、テトを見遣る。
 テトはクロエが幼い頃、庭で拾った黒猫だ。おそらく母親に見捨てられ、ミイミイと鳴いていたのを、クロエが見つけてこっそりと自室で飼いはじめた。元よりクロエは自然や動物が大好きで、死にそうな子猫を放っておけなかったのだ。
 しかし数日もしないうちに両親に見つかり、動物嫌いの父に捨てられそうになったとき、クロエは人生で初めて父に逆らった。
 ──ちゃんと私ひとりでお世話するから! お願いだから、捨てないで!
 クロエがあまりにぎゃんぎゃんと泣き喚くものだから、最終的に面倒臭くなった父が折れたといういきさつだ。あの頃はまだ父の恐ろしさを知らない子どもだったからこそ成せたことだと今ならわかる。
 それと、クロエの動物好きのエピソードは他にもある。
 九つの頃、別荘の周辺で遊んでいたとき、脚を怪我した大柄な猫を手当てしたことがあったのだ。人間に怯えているのか、クロエが近づくと威嚇され、伸ばした左手を思いっきり噛まれてしまった。だが、自分以上にひどい傷を負った猫を放置できず、持っていたハンカチで添え木を固定してやった。結局、薬草を探しているうちにいなくなってしまったが、今でもたまにあの猫は無事生き延びられただろうかと思い出すことがある。元気になったのなら、また別荘に行ったときに会えるといい。
 ──と、こんなふうにクロエの中ではいい思い出なのだが、先ほど父が言った“疵物”というのは、このときに左手についてしまった傷痕のことを指している。よく見える手という箇所にあるくっきりと大きな噛み痕は、どうしても初対面の人には驚かれるようで、両親はいつもそれを嘆いていた。
「では、お嬢様はこの婚約に納得がいっていると?」
 エイダが髪を撫でる手を止め、訊いた。過去に思いを馳せていたクロエはぎゅっと枕を抱きかかえ、しおしおとベッドに座りなおした。
「納得は、いっていないわ。お父様が私を政治の道具として扱うことがどうしても許せない。それに、そもそも好きでもない人と結婚するのが嫌なのよ。エイダは知ってるでしょう? ランバード伯爵との婚約のときもそうだったけれど……、顔も知らない人と結婚するのが嫌なの。……だけど、二国間の和平のためには、おとなしく承諾するのが一番っていうのも、わかってるの」
「お嬢様……」
 それに、アカーツィエ王国に行くということは、エイダとも離ればなれになってしまうということだ。無理を言えば側付きの使いとして連れていくこともできるだろうが、自分のわがままでエイダを生まれ故郷から連れ出すなんて、クロエにはとても考えられない。
「顔も知らない人と結婚っていう点では、ランバード伯爵も第二王子も変わらないわ。だけど、やっぱり、見知った土地を離れて暮らすのは、心細いわね」
 向こうからすれば戦争を仕掛けてきた蛮国の、しかも獣人ではなくただの人間である姫君を、アカーツィエ王国の民がどう迎え入れるのか。
 想像した未来は闇一色に染まっている。
 はあ、とクロエがため息をつくと、エイダは何か決心したようにばっと立ち上がり、「用事ができましたので失礼します」とそそくさと部屋を出て行ってしまった。まさか婚約に異を唱えるつもりだろうかと一瞬クロエはぎょっとしたが、ただのメイドであるエイダが抗議しに行ったところで何かが変わるはずもないことは、彼女も重々承知している。
 ただ単にここにいるのが気まずくなったのだろうと、クロエはやるせない気持ちでまた盛大にため息をついた。



 婚約の話はとんとん拍子に進んでいき、一ヶ月もしないうちにクロエの輿入れの日取りが決まってしまった。
 アカーツィエ王国側が、婚儀は早ければ早いほうがいいと急かしてきたため、ろくに準備期間も取れないまま、クロエはほぼ身ひとつでアカーツィエに向かうこととなった。愛猫のテトの同行が許可されたことだけが、唯一の救いかもしれない。
 そして輿入れ当日。
 迎えに来たアカーツィエ王国の馬車に乗り込もうとしたところで、クロエは馬車の脇に余所行きの格好をしたエイダが立っているのを見て泣きそうになった。
「エイダ、どうしてここに」
 てっきりお別れかと思っていたのに、彼女の手には大きなトランクが握られていて、決意の籠った瞳でクロエを見つめていた。
「もちろん、お嬢様と一緒に行くためですよ。決まってるじゃないですか」
「でも、あなた、……もしかしたら二度とイザバールには戻ってこれないかもしれないのよ」
「あいにく、私は孤児でしたから。残して困るような家族はいませんし、お嬢様をひとりで行かせるほうが不安です」
「エイダ……。ありがとう」
「きっと大丈夫ですよ。もし何かあったら、このエイダがお嬢様をお守りしますから。安心してくださいな」
 心強い言葉に、クロエは思わずぽろぽろと涙を零した。それをハンカチでやさしく拭い、エイダが一緒に馬車へと乗り込む。
「では、クロエ・ド・シンクレア第三公女殿下を、我々の国、アカーツィエへお連れします。道中の警護は私、メジェ・コーストが担当いたします。どうか私のことはお気になさらず、お寛ぎください」
 クロエとエイダの他に、馬車に一緒に乗り込んだのは、夫となるレオンハルト・ノックスの右腕だという厳めしい騎士だった。年の頃はおそらく三十代前半で、顔に大きな傷のある、銀色の髪の男だ。
 アカーツィエ王国まで、馬車でおおよそ五日はかかるという。そんなに長いあいだ一緒に過ごすのに、気にせずにいられるはずもなく、クロエはせっかくだからとメジェにアカーツィエについて訊くことにした。
「アカーツィエ王国は獣人の国と聞いておりますが、どんな方々がどんなふうに暮らしてらっしゃるのですか?」
 クロエの質問に、メジェはちらりと顔を上げ、しかしふるふると首を左右に振り、言う。
「必要以上の会話は禁じられておりますので、私からはお答えできかねます」
 このくらいの雑談もダメなのか、とクロエがしょんぼりと肩を落とすと、エイダが慰めるように肩を抱いた。
「メジェ様は警護のお仕事中ですから、気が散ってはいけないのです。お仕事の邪魔をしてはいけませんよ、お嬢様」
「それもそうね。ごめんなさい」
「いえ」
 感情の読めない淡々とした声が返ってきて、その温度のなさに、やはり自分は歓迎されていないのだ、とクロエは深く落ち込んだ。
 想像していた不安はきっと当たっている。アカーツィエ王国に歓待されず、レオンハルトには冷遇され、愛のない結婚生活が待っているに違いない。それがこの先何十年も続くのかと思えば、クロエはため息をつかずにはいられなかった。

 険しい山脈を越えると、元いたイザバール公国では年に一度か二度しか見られなかった雪景色が広がっていて、クロエは思わず「わあ」と弾んだ声を上げた。
 木々の隙間には見知らぬ鳥や動物たちが顔を覗かせていて、沈んでいた心がわずかに浮上する。
 白色の梟に、灰色のリス、それからぴょんぴょんと優雅に跳ねる雪ウサギ。もちろん木や植物たちもイザバールとは大きく違っていて、ずっと眺めていても見飽きない。
 そうして見たこともない景色にはしゃいでいるうちに、大変なはずの行程はあっという間に終わりを迎え、予定どおりイザバールを出て五日後に、クロエたちは無事、アカーツィエ王国の首都、ゼントルムに到着した。
「ここが、アカーツィエ王国……」
 山のなかにぽっかりと空いた大きな窪地の中央に、白い石でできた荘厳な城があった。そこが王族の住まうノックス城で、夫となるレオンハルトもそこに住み、政務に当たっているという。
 そして城の周りには、円を描くように区画整備された街並みが広がっている。
 アカーツィエは雪国という厳しい環境にあると聞いていたため、クロエはてっきり物寂しい静かな国なのだと思っていた。しかし実際に街を目の当たりにして、それがとんだ思い込みだったことを知る。
「なんて綺麗でカラフルな街!」
 見惚れていたクロエに代わって、エイダがキラキラと目を輝かせてつぶやいた。
 白く厳かな雰囲気なのはノックス城だけで、それを囲む建物の屋根は色とりどりに塗りたくられていて、まるで新進気鋭の画家のパレットのようだ。
「とても素敵な色合いね。それに、何よりこの街並みには人々の生を感じるわ。活気があって、栄えている」
 近づく街の様子を肌で感じようと、クロエは馬車の小窓を開けた。
 空気は冷たいはずなのに、街のあちらこちらから聞こえてくる喧騒や音楽に、寒さなど忘れてしまいそうなほど心が沸き立つ。
 ──見知らぬ土地でうまくやっていけるか不安だったけれど、この街は好きになれる気がする。少なくとも、国民は幸せそうに見える。国民が幸せなら、きっと政治がいいんだわ。そしてそれを取り仕切る王族たちも……。
 数日前、イザバールを旅立ったときには絶望しかなかったクロエだが、街の景色に少しだけ希望が見えたような気がした。
 ──いい王様がいるのなら、もしかしたら人質とはいえ冷遇はされないのかもしれないわ。この国の方たちは蛮族じゃない。紳士的だと、私は自分でエイダに言ったじゃないの。
 そんな希望を胸に、クロエはいよいよノックス城へと足を踏み入れる。
 正門にはずらりと軍服に身を包んだ騎士たちが並んでいて、クロエが馬車を降りると一斉に敬礼をする。隣国からの嫁入りの噂を聞きつけたのか、民衆もがやがやと正門前に集まっていた。
 イザバールでも、式典のときには兵や民たちのあいだを手を振りながら歩くのはしょっちゅうだった。クロエは静かにドレスを上げて一礼したあと、慣れた様子で微笑んで、先導するメジェに続いて歩みを進めた。
 どこかから罵倒が飛んでこないかという不安は依然としてあったが、特段ひどい言葉は聞こえてこず、クロエは胸の裡でほっと安堵の息を吐く。
「あの堅物のレオンハルト王子に人間のお嫁さんがねぇ……」
「人間がここに嫁入りだなんて、怖くなかったのかしら」
 一見、集まった民はみなクロエと変わらない人間の姿をしているため、彼らが獣人だということをクロエはその言葉で思い出す。だが、不思議なことに怖いという感情は一切持たなかった。まだ彼らの獣の姿を見ていないからだろうか。
 時折冷たい視線を感じはするものの、「お姫様!」という無邪気な子どもの声にはなるべく応え、顔を向けては会釈して小さく手を振る。
「あ、猫ちゃん」
 クロエの代わりにエイダが抱えるテトを見て、子どもたちは目を輝かせた。
「こんにちは、お嬢さん。クロエ公女殿下のお友達の、テトという猫ちゃんです。ぜひ仲良くしてあげてくださいね」
 エイダが歩みを止め、興味を持ってくれた女の子にそうテトを紹介する。
 女の子はひゅるりと空中で一回転したかと思うと、毛の長い茶色の猫へと変化した。
「わたしも猫種だから、お友だちになれるかな?」
 猫の姿のまま喋る彼女に、エイダは一瞬目を瞠ったが、すぐに目元を緩めて微笑みかけた。
「きっとなれますよ」
 クロエの嫁入りの話が出たとき、獣の血、と嫌悪感を滲ませていたはずなのに、今はそれを微塵も感じさせない。エイダは本当にできたメイドだ。一度ついてしまった嫌悪感はそうそうに取れるものではない。きっと本音では気味悪がっているに違いなかったが、対応の完璧さにクロエは感心した。
 クロエも驚いたものの、怖いというよりは純粋な興味のほうが強かった。一体どういう仕組みなのだろうと、変化した女の子に視線を合わせるようにドレスの裾を捌いてその場へしゃがみ込む。
「クロエ公女殿下」
 メジェが窘めるように声をかけたが、クロエは「すみません」と謝りつつも女の子の前から動かなかった。
 そして貴族同士が挨拶のときそうするように、右手の手袋を外し、女の子にそっと手を伸ばして、握手を求める。
「すごくきれいな猫さんね! テト、遊び相手が私とエイダだけだから、見かけたら一緒に遊んでやってくださいね」
 女の子は少し戸惑った様子だったが、すぐににこりと照れた笑いを見せ、クロエの手に小さな猫の手を乗せた。
 肉球の感触は、テトとそう変わらない。本当に猫そのものだ。頭を撫でてもいいものかしら、とクロエが思案していると、女の子の母親が慌てた様子で駆け寄ってきて、クロエから引き剥がすように女の子を抱き上げた。
「すみません、クロエ公女殿下。うちの娘が失礼を……」
 言葉はやわらかくとも、その目の奥には嫌悪が混じっているのが見て取れて、自分が人間であり敵国の姫だということをクロエは胸の痛みとともに改めて実感した。
 クロエは立ち上がると、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。失礼だなんてとんでもない。とても嬉しかったですよ。お嬢さんが私を怖がらずに握手してくれたこと。テトとお友達になってくれると言ってくれたこと……。どうか彼女を怒らないであげてくださいね」
「は、はい」
「かわいいお嬢さん、またね」
 クロエが女の子の頭を撫でると、「また!」と元気のいい声が返ってきた。キラキラの瞳とふわふわな毛並みに、クロエも思わず余所行きの微笑を崩して満面の笑みを見せてしまう。
 ──やっぱり猫はどんな子でもかわいいわ。
 しかしそれをエイダに見咎められ、こほん、と咳払いが飛んできた。
「さあ、メジェ様がお待ちですよ。メジェ様の堪忍袋の緒が切れる前に行きましょう、お嬢様」
「ええ、そうね」
 再び歩きはじめたクロエの後ろで、「わたしのことかわいいって! お姫さまやさしかったね!」と女の子がはしゃいだ声で母親に言うのが聞こえた。母親のほうも、「そうね、お姫様もかわいらしくてやさしい方だったわね」と険の取れた声で返す。どうやら女の子との会話のおかげで、少しは好意的に見てくれたようだ。
 ──いつかまた会えたら、お礼を言わなきゃ。
 ふふっと笑っていると、「急ぎますよ」とメジェが渋い顔になり、クロエは慌てて表情を引き締めて彼のあとを追いかけた。

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