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君は一年後に破滅する悪役令嬢だから今すぐツンデレをやめなさい!

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書籍紹介

王子様がグイグイ迫ってきます!?

幼馴染みのアルヴィン王子に婚約破棄してもらうため、悪い女を演じる伯爵令嬢レイチェル。自分のせいで苦境にいる初恋の人を救いたい。けれど「君が悪ぶっても、私には通用しない」と強引にキスされて! 流されるわけにはいかないのに、ドレスの裾から彼の指が侵入し、柔肌を撫でられると秘所が勝手に潤んでしまい――。どれだけ強がっても、王子は絶対に逃がしてくれなくて!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | 幼馴染・初恋の人 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

アルヴィン

誠実で優しいけれど少し頼りない印象の青年だったが、とある出来事から強引な性格に変化した。変化後はレイチェルにとても執着している。

レイチェル

心優しく臆病だが、ツンツンしているツンデレ伯爵令嬢。アルヴィンが好きだが、政治的に結ばれてはいけないことに気付き距離を取ろうとしている。

立ち読み

 ハノルィン王国の都ではこんな歌劇が話題を集めている。
 ある令嬢が幸運に恵まれ、高貴な青年の婚約者として望まれるというストーリーだ。
 幼少期、少しわがままで天真爛漫だったものの思いやりのある娘だったはずの彼女は、権力に近づいたことで段々と性格が歪んでいった。
 驕り、享楽に溺れ、己の責務を果たさない愚者となった。
 当然、婚約者であった青年の心は離れていった。
 愚かな令嬢は、それが自業自得であるとは考えなかった。ほかの女が婚約者に色目を使い、周囲の者が青年に嘘を吹き込んでいると思い込む。
 婚約者に近づく女性を陥れ、悪行の限りを尽くした。
 けれど悪事はいつか暴かれるものだ。物語の最後は令嬢の破滅で幕を閉じる。
 この物語の主人公が、実在した人物をモデルにしているのは皆が知るところだ。
 誰が呼びはじめたのかわからないが、いつからか都の民は彼女のことを「悪役令嬢」と呼ぶようになった。
 けれど、本当の彼女が優しい女性であったことを知っている男が一人いた。おそらく肉親以外では彼だけが令嬢の真実を知っている。
「物語の最後、悪は必ず滅びなければならない。──そうだろう?」
 ひっそりとたたずむ墓標の前で、男は本当の終焉を望んだ。
 彼女を貶めた者を裁き、正しい者が幸せになる結末を迎えるために、男は一度閉じた幕を再び開けた。


「君は随分変わってしまったね……」
 一週間前、ヘイウッド伯爵家の令嬢レイチェルは、婚約者である第一王子アルヴィンからそう告げられてしまった。
 普段温和な青年だからこそ、その冷めた表情がレイチェルの心を抉った。
(……そろそろ婚約破棄を言い渡されるでしょうね)
 婚約破棄──それはレイチェルの望みだ。わざとそうなるように振る舞っているのに、実際にアルヴィンから冷ややかな視線を向けられると決意が揺らぎそうになる。
 宮廷舞踏会の夜。レイチェルは四歳年上の兄マーカスにエスコートされて、煌びやかな舞踏室へと足を踏み入れた。
「おい、レイチェル。今夜は問題を起こすな! いいな、くれぐれもだぞ?」
「わかっています」
 兄との関係もここのところぎくしゃくしている。
 いつからか、レイチェルは真っ赤な嘘ばかりを口にするようになった。
 今の言葉も嘘だ。レイチェルは心の中で兄や両親に謝った。今夜も婚約者に嫌われるための努力を継続するつもりなのだから。
 できるだけ伯爵家に被害が及ばない範囲での解決が希望ではあるのだが、レイチェル個人の悪評であっても、家族も無関係でいられない。
 レイチェルの悪い噂に心を痛め、もう軽蔑しているかもしれないのだ。
 ──それでも、引き返せない。
 少し前まで、婚約者のアルヴィンと一緒に過ごせる時間がレイチェルにとってなににも勝る楽しみだったのに、今は憂鬱な気持ちだった。
 好きな人にわざと嫌われようとしているのだから当然だ。
 常に心を強く保っていないと「こんなことはしたくない」という本音がこぼれ落ちてしまいそうになる。
 舞踏室にいる人々の視線がレイチェルに集まっている。
 レイチェルはきつく唇を結んでから、優雅に笑ってみせた。
 会場をしばらく歩いていると、ハノルィン王国第一王子アルヴィンの姿が見えた。
 アルヴィンは二十二歳。レイチェルの兄と同じ歳だった。少しくせのあるハニーブロンドの髪、神秘的な紫色の瞳をした青年だ。
 彼はいつもほがらかな笑顔を向けてくる正真正銘の王子様だ。今日も白を基調とした正装姿がよく似合っている。
 知的で、人への気遣いを忘れない人格者──唯一の欠点は、優しすぎて頼りない部分だろうか。
「マーカス、レイチェル。いい夜だね?」
 アルヴィンがヘイウッド伯爵家の二人に近づいてくる。
「お招きありがとうございます、アルヴィン様」
 レイチェルがそう言ってから淑女の礼をすると、アルヴィンが手を差し出した。ただし、彼の瞳はなんの感情も帯びていない。これは義務だ、と言われている気がした。
「殿下、どうぞ妹をよろしくお願いいたします」
「あぁ、任せてくれ」
 レイチェルのパートナーが兄から婚約者へと変わった。もうすぐファーストダンスの時間だ。いくら気まずい関係でも、今はまだ婚約者同士である。
 生真面目な性格のアルヴィンは、かたちばかりのダンスを踊ってくれる気はあるらしい。
「今日のドレス、とても美しいね」
 今夜のドレスは特別なものだった。
 二ヶ月前、東国からの親善大使がハノルィン王国を訪れた。大使から王家への贈り物の一つが最高級の絹織物だった。王者の紫という深く鮮やかな色は、貝から抽出される染料が使われているというが、その製法は門外不出となっていてハノルィン王国では再現できない。
 交易品としてならば出回っているが大変高価な品物だ。
 本来なら王妃が受け取るべきものだが、残念ながらアルヴィンの母親である王妃は亡くなっていて、現在その位にある者はいない。
 そこで第一王子の婚約者であるレイチェルに絹織物が与えられ、今夜はその絹で仕立てたドレスのお披露目の場でもあった。
「あら? ……私のことはほめてくださいませんの?」
 レイチェルは笑って、嫌みたっぷりの言葉を返した。
 赤い巻き髪に青い瞳をしたレイチェルに、鮮やかな紫のドレスはよく似合っているはずだった。
 はっきりとした顔立ちと素直になれない性格のせいで、必要以上に気の強い女性だと思われてしまうのをレイチェルは気にしている。
 ドレスは強いイメージを和らげ、けれど彼女の個性を消し去らず、清楚な雰囲気を付け加えてくれるデザインだった。
(以前のアルヴィン様なら、ドレスではなく私をほめてくださったでしょうに……)
 望んで取った行動の結果だというのに、アルヴィンの変化にレイチェルは傷ついていた。
 気は強いし意地っ張りだが、レイチェルは心の弱い人間だ。そろそろ悪女のふりも、心が離れてしまった婚約者と顔を合わせるのも、限界だった。
 たとえ好きな人ともう会えなくなったとしても、今日で終わりにしてほしい、終わらせたいと心から願っている。
「宮廷舞踏会が終わったら、君に大切な話がある」
「まぁ、なにかしら?」
 ついに別れを告げられるときが来たのだ。大切な話などきっと一つしかないのに、レイチェルは無邪気なふりをしてとぼける。演技をやめた瞬間、きっと涙が溢れてしまうからだ。
 アルヴィンも笑っていた。けれど以前とはどこか違う、皮肉の混ざった意味ありげな笑みだった。
「さぁ、ファーストダンスの時間だ」
 そこで二人の会話は一旦終わる。
 レイチェルはそのまま彼と一緒に舞踏室の中央まで進んでいく。しばらくすると最初のダンスがはじまった。
 特別なドレスを着て、本物の王子様にエスコートされながらダンスを踊る。煌々と輝くシャンデリアが照らし出す豪華な空間に圧倒され、レイチェルは目的を忘れてしまいそうになる。
(これが……今夜がきっと最後になる……)
 幸せなお姫様でいられるのはこれが最後。
 アルヴィンを独占できるのもこれが最後。
 彼の瞳の中に自分の姿が映るのもこれが最後。
 だったらこのひとときだけすべてを忘れ、ダンスを楽しんでも許されるのだろうか。
 けれど冷たいアルヴィンと目が合うたびに、どうしようもなく胸が痛くなり、このひとときを楽しむことなどできなかった。
「どうしたんだい? ダンスが苦手になってしまったのだろうか?」
「苦手ではありません。下手だとおっしゃりたいのですか? ……ダンスなんて簡単ですのに」
 表情と心が乖離する。心は舞踏室ではないどこか──たとえばこの会場の外に広がる夜の闇を漂っているのかもしれない。自分がなにをしているのかもわからなくなり、レイチェルはついステップを間違え、アルヴィンの足を思いっきり踏みつけた。
「申し訳……」
「……いいや、かまわない。今夜の君は皆に注目されているから、婚約者の足を踏みつけるくらい仕方のないことだろう」
 皆が注目しているのはドレスだ。ドレスではないとしたら、気が強くてわがままというのが最近のレイチェルの評判だから、いつ第一王子に愛想を尽かされるのか気になって仕方がないだけだ。
 表立って口にする者はいないが、二人の破局はすでに決定事項のように噂されているのだから。
(あぁ、演技なんてしなくても、結局私は理想的な婚約者ではいられなかったわ……)
 きっと最後になるはずのダンスすら、満足に踊れない。レイチェルが自分の不器用さを嘆いているあいだに曲は終わってしまった。
「少し休もうか? 挨拶をしたい人もいるし」
 今のアルヴィンは政治的に難しい立場にある。宮廷舞踏会にはハノルィン王国で力を持つ貴族が軒並み顔を揃えているから、この機会に地固めをしたいのだ。
 社交の場は、皆が笑顔で武装して政治的な駆け引きや人脈作りに精を出す戦場だ。
「はい、アルヴィン様」
 政治的な件でアルヴィンの邪魔をするつもりのないレイチェルは、おとなしく彼の言葉に従う。特別なドレスを与えてしまった手前、この舞踏会が終わるまでアルヴィンはレイチェルを遠ざけるわけにはいかないのだろう。
 それから二人は何人かの貴族と会話をした。やはり話題になるのはドレスだった。
 レイチェルはアルヴィンや貴族たちの話に相づちを打っていたが、会話の半分も入ってこない状態だ。
「兄上、レイチェル殿。こんばんは」
 しばらくすると、アルヴィンの弟である第二王子のキースが、婚約者を伴ってやってきた。キースはレイチェルと同じ十八歳。ハニーブロンドの髪と紫の瞳は兄とそっくりだ。
 性格は、アルヴィンが温和で、キースは快活な印象だ。レイチェルにとっては二人とも幼馴染みである。
 小さな頃は気安い関係だったが、今はもうそれぞれ淑女と紳士の仲間入りをしている年齢となった。レイチェルはそのあたりをわきまえて、静かに淑女の礼をして第二王子とその婚約者に挨拶をした。
「やぁ、キース。楽しめているだろうか? それから、マドライン殿も」
 アルヴィンが弟とその婚約者に語りかける。
 キースの婚約者であるマドラインは黒髪の令嬢で、年齢はキースより一歳年上の十九歳。
 煌びやかな赤いドレスがよく似合う美人だ。彼女は指折りの名家、ウォルターズ公爵家の令嬢で、現当主の孫娘にあたる人物だ。
「……ええ。もちろんですわ、第一王子殿下。……あぁ、でもお二人は今日も大変ですわね?」
 なにか含みのある言い方だった。「大変」という言葉には色々と思い当たる節のあるレイチェルだが、どの「大変」を指すのかがわからなかった。だからきょとんと首を傾げる。
「せっかくの王者の紫も……察しの悪いお方のせいで台無しですこと。きっとレイチェル様のことを侮っていらっしゃるのね……?」
 マドラインは口元を扇子で隠しながらクスリ、と笑った。そのあと意味ありげに視線を横に動かす。レイチェルも自然と彼女が気にしているほうに目が行った。
(あれは、……マコーレ侯爵家のルシンダ様よね?)
 そこにはおどおどとした様子の令嬢が立っていた。レイチェルと同世代で、どこかのお茶会などで言葉を交わしたことがある令嬢だった。
 彼女がまとうのも王者の紫だ。つまりドレスの色かぶりである。
 王家に配慮して、今夜ばかりはこの色を避けるのが暗黙の了解であったのにもかかわらず。
(よりによってこんな日に……)
 レイチェルは頭を抱えたい気分だった。
 今夜の舞踏会でレイチェルのドレスがお披露目されるというのは社交界では周知のことだった。新聞にも書かれていたし、知らなかったでは済まされないだろう。
「伯爵令嬢が未来の王妃となられるのって、大変ですのね? わたくしならこのような屈辱は耐えられませんわ。レイチェル様はご立派です。……フフッ」
 マドラインはあからさまな嫌みを口にした。
 伯爵家は由緒ある貴族だが、上流階級のみが集まる社交の場では平凡な家柄だ。第一王子の結婚相手としては釣り合いが取れず、家格が上の者から侮られる。暗黙の了解を無視する者が現れるのは、レイチェルの力不足のせいだとあざ笑っているのだ。
「マドライン! そんな言い方はっ」
「あら? わたくし、レイチェル様には苦労が絶えないと申し上げただけですのに、なにか問題があるのかしら?」
 キースが婚約者をたしなめるが、マドラインは肩をすくめるだけで反省する素振りはなかった。
「……兄上、私たちはこれで失礼します」
 キースが大きなため息をついて、マドラインを連れそそくさと去っていく。
 残されたレイチェルとアルヴィンはドレスの色かぶり事件に対応しなければならなかった。
 目が合うと、ルシンダは今にも泣きだしそうなくらいに震え、俯いた。
 いっそ、広い会場で顔を合わせなければよかったのだが、もう知らぬ存ぜぬでは済ませられそうもない。
 もし無視などしたら、翌日の新聞に〝第一王子の婚約者はご立腹、令嬢を完全無視か!?〟などと書かれてしまうのが目に見えていた。
「……マコーレ侯爵令嬢。よい夜だね?」
 最初に動いたのはアルヴィンだった。彼は人に対する気遣いができる人間だ。社交の場では身分の高い者が下の者に声をかけるのが基本だ。
 彼は今夜も、第一王子として最善の行動をするのだろう。
「はい……殿下。それに……レイチェル様……、あの! 申し訳、ありません……わたくし……。存じ上げなくて」
 じつにしおらしい態度だった。けれど、以前に話したときの彼女の印象とはかけ離れている。レイチェルは伯爵令嬢、ルシンダは侯爵令嬢である。
 レイチェルは女性だけの集まりにおいて「王族の婚約者だからって、いい気にならないで」というような言葉をこの令嬢から浴びせられた記憶を呼び起こし、納得できずにいた。
 第一王子の前だからといって、あまりにも態度が違いすぎる。
「どうぞ、お気になさらずに。好きなドレスの色まで一緒だなんて、私たち気が合いますわね? 同じ色の花が何輪あっても、一つ一つの美しさが損なわれるわけではありませんもの」
 レイチェルは、上手く返せたことを自画自賛したいくらいだった。
 下手に出すぎても、王妃の代わりにまとうことを許されたドレスを蔑ろにしていると思われる。けれど、この場で令嬢を非難することはできなかった。
 広い心で、問題にはしないというのが模範的な行動だと判断した。
「……わたくし、本当に、本当に! 配慮が足りませんでしたわ……どうか、お許しください。レイチェル様……」
 レイチェルの声は小さく、ルシンダの声ばかりが響く。周囲には彼女の怯えきった叫びしか聞こえないだろう。
 ヒソヒソとした声で「紫は一人のものではない」、「もう王妃にでもなった気でいるのかしら?」とレイチェルへの非難がささやかれる。最悪の事態だ。
「え……? あの……趣味が一緒で嬉しい、と申し上げているんですわ」
 もしかして、顔が怖いせいだろうか。それとも普段の捻くれた言動がいけないのだろうか。レイチェルはただドレスの件で悪評を増やしたくないだけだったのに、相手が勝手に誤解してくる。言葉を歪曲して受け取られていた。
(あぁ……またなの……)
 近頃、こうやってすぐに悪女になってしまうのだ。
 アルヴィンに嫌われる言動をしているのはわざとだが、意図しない部分でも評判を落としてしまう。
 社交界でよくある嫌がらせとしては、事故を装い相手のドレスにワインをかけて、もう同じ会場にいられなくさせるという方法があるらしい。もしレイチェルが本物の悪女ならば、とっくにそうしている。テーブルの上に並べられたグラスをチラリと見ながら、彼女はため息をつく。
「……ルシンダ様。ドレスの色が一緒だからといって、そんなに気にすることでしょうか?」
 レイチェルはルシンダと争う気はない。アルヴィンの妃になるつもりがないのだから、高位貴族には嫌われたくないのだ。王族と無関係のただの伯爵令嬢になったら社交界での地位は簡単に逆転してしまう。それではこの先の平穏な暮らしに差し障る。
 彼女が嫌われたいのはただ一人、婚約者であるアルヴィンだけだった。
「気にするはずですわ! 特別なドレスなのでしょう? そのお披露目の場をわたくしは……わたくしは……わたくしのほうが自分自身の至らなさを許せそうに……うぅっ」
「ですから私は気にしな──」
「申し訳ありません! 未来の王妃様へのご無礼……うぅっ、うっ」
 相手は頑なに聞く耳を持ってくれない。「未来の王妃様」がやたらと強調されていたのは明らかに故意だ。
 そんなに気になるのなら、この事態に気づいた時点で舞踏室から出ていけばよかったのではないか。
(でも、出ていけと言えば、私がドレスの色かぶりを許さず、追い出したとされてしまうのよね……? アルヴィン様は、なぜなにもおっしゃらないの……?)
 目に涙を浮かべるルシンダ。
 そして二人のやり取りが聞こえているはずなのに動かないアルヴィン。嫌みで言っているつもりはないのに、彼まで誤解しているのだろうか。
 レイチェルは助けを求めてアルヴィンを見るが、彼は視線すら合わせようとはしてくれなかった。それが答えだと悟るしかない。
(そう……、もういいわ。悪い噂には慣れたもの)
 レイチェルの窮地など、彼にはどうでもいいのだろう。今夜を最後に婚約者ではなくなるのだから、それも当然だった。
 せめてルシンダだけでもどうにかせねばと考えたレイチェルは、すぐそばにあったテーブルに近づき、ブドウの果実水を手に取った。そして彼女を落ち着かせるつもりで、飲み物を勧めようと一歩近づく。
 すると運悪く、アルヴィンの足にドレスの裾が引っかかる。彼が手を伸ばし、グラスを押さえようとした。それが逆効果となり、中身が大きく揺れ、庇ったアルヴィンの袖口にかかってしまう。
「……アルヴィン様!」
 悪女だったら、事故を装って飲み物をかけるだろうという妄想をしただけで、罰が当たったのだろうか。真っ白な衣装に渋い赤のしみができた。
「フッ、……そろそろ私の忍耐力も限界だな」
 ゾッとするくらい綺麗な笑みを浮かべ、アルヴィンがレイチェルをまっすぐに見据えた。
 レイチェルの望みは、穏やかな婚約破棄である。たとえば、伯爵家を巻き込むくらいの不敬罪にあたる行動は決してしてはいけない。
「申し訳ありません……! 私……」
 レイチェルのドレスは無事だが、アルヴィンの正装はひどい有様だ。しかも故意だと思われているようだった。ダンスで足を踏んだときとは比べものにならない失態に、血の気が引いていく。
 アルヴィンの手が伸びてきて、レイチェルの顔面に近づく。また誤解され、取り返しがつかないほどの無礼を働いてしまったレイチェルはギュッと目をつむった。
 アルヴィンがそんなことをするなどとにわかには信じがたいが、頬を叩かれることを覚悟した。ところが──。
「君は時々そそっかしいよね?」
 そう言って、彼はレイチェルのおでこをピンッと指で弾いた。無様な失態に怒っている様子はなく、可愛い婚約者のドジをからかっているだけに見えた。
「へっ?」
 思わずまぬけな声が出た。急に以前の関係に戻ったかのように錯覚した。
「ねぇ、マコーレ侯爵令嬢。レイチェルは気にしないと言っているのになぜ歪曲するんだろうか? 随分と想像力が豊かなんだな……」
「……そんなっ! わたくし、レイチェル様が怒っていらっしゃるから……」
「どう見ても困っているだけで、怒ってなどいない。……ね?」
 キラキラとした笑顔で同意を求められ、レイチェルは思わず頷いた。
 アルヴィンの笑みは一瞬で消え失せる。もう一度ルシンダのほうへ向き直ったときの横顔は、見ているだけで凍りつきそうなほど冷たかった。
「マコーレ侯爵令嬢のほうからわざわざ私たちに近づいたんだろう? まるでレイチェルの視界に入りたくて仕方がない様子、気づいていないと思ったのか?」
「……っ!」
 ルシンダが息を呑む。アルヴィンはただ静かな声で言っただけなのに、妙に迫力があった。彼はルシンダが悪意を持ってわざわざ同じ色のドレスを見せつけに来たことに気づいていたのだ。
 周囲で聞き耳を立てていた貴族たちも、レイチェル──というよりも、アルヴィンを支持しはじめる。一気に風向きが変わった。
(この方は、誰……!?)

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