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君は誰にも渡さない
ワケあり王子の一途な求婚

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書籍紹介

君なしでは生きられない

伯爵令嬢マリエットの邸に連れて来られた少年・レオ。
傷ついた彼を労りたい。最初は家族愛のはずだったのに、
気付けば真面目で優しい彼に恋をしていて――。
想いを告げられぬまま、ある日彼は姿を消してしまう。
実は王子だったと知り、ますます叶わぬ想いを持て余していると、
戻った彼から急に婚約を宣言され!?
切ない恋を乗り越えた先に待っていた、甘々で淫らな幸せ新婚生活!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 新婚 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

レオ(オズワルド)

ラヴィシュ王国第二王子。庶子のため王妃に認められず、命を守るために身分を隠してコルネイユ伯爵家で生活することになるが……

マリエット

コルネイユ伯爵家の次女。明るくまっすぐな性格。傷心のレオを案じ、あれこれと気遣ううちに親しくなり……。

立ち読み

 オズワルドは複雑に結ばれたクラヴァットの結び目に指をかけ、何とか息苦しさを緩めようと奮闘しながら、王宮の大広間の端に立っていた。
 いつにもまして豪奢に飾り立てられた大広間では、第一王子・アルフレドの誕生日を祝う大規模なパーティーが開かれている。十八歳になった彼は、端整な顔に晴れやかな笑みを浮かべ、周囲に群がる貴族たちの寿ぎに応えていた。
 誰もが認める完璧な王子──武に優れ、知に秀でた腹違いの兄はオズワルドの憧れでもある。天賦の才に甘えることなく、たゆまぬ努力を重ね続ける彼への尊敬、そして親愛には何の曇りもない。
 それでも、こうして皆に囲まれている兄を目にする度、オズワルドの心には得体の知れない滴がポトリと落ちた。それは身体の芯まであっという間に染み入り、心根を醜く腐らせていく。
 深く呼吸をすれば少しはマシな気分になれそうだが、明らかにサイズの小さい礼服と必要以上にきつく締められたクラヴァットのせいで上手くいかない。
 王妃がオズワルドの支度を調えると決まった時から、こうなることは予想できていた。できてはいたが、実際苦しい目に遭えば、抑えきれない苛立ちと憤りが湧いてくる。
「少しはじっとしていられないのですか」
 もぞもぞと動けば、隣から棘を含んだ冷たい声がかかる。
 オズワルドは喉元から手を下ろし、太腿の脇で拳を握り締めた。
 侍従長を務める初老の男はまっすぐ前を向いたまま、声のトーンを落として続ける。
「殿下ももう十三歳になられるのですから、いつまでも幼子のように振る舞われては困ります。アルフレド様が殿下と同じ歳の頃は、もっとご立派でいらっしゃいました」
「……すまない。以後、気をつける」
 こちらの不作法を咎める前に王妃の取り巻きによる地味な嫌がらせを注意したらどうだ。喉元まで込み上げた台詞を、精一杯の自尊心で飲み込む。
 どんな時も平然とした態度で過ごすこと。それが己を傷つけたがっている相手にとっては一番の仕返しになると今のオズワルドは知っていた。
 それに、ここで用意された服や着付けに文句をつければ、すぐに王妃まで報告が上がり『性根を正す為の教育』という名目の折檻を受けることになる。
 手のひらに食い込む鞭は、小枝とは思えない威力を発した。ミミズ腫れになった箇所を何度も打たれているうちに皮膚が破け、血が滲んでくる。手当を受けたあとも、しばらくはペンを握ることすら辛くなるのだ。
 オズワルドを苦しめるのは、鞭打ちの痛みだけではない。身体的な痛みには慣れることができる。いつまで経っても慣れないのは、打たれている間中浴びせられる哀れみの眼差しだった。オズワルドは曲がりなりにも王の子なのだ。多くの者が、こんなことは間違っていると分かっている。それでも誰も何も言わないのは、王妃がオズワルドを認めていないから。
 神の御前で誓いを立てた正当な夫婦の子でないオズワルドは、王妃が認めない限り、陽の当たる場所を歩むことはできない。そして王妃は、死ぬまでオズワルドの存在を否定し続ける心積もりらしい。
 せめて王妃が直接、手を下してくれたなら……。オズワルドは激しい屈辱に耐えながら、毎回同じことを願った。それならまだ我慢できるのに、と。
 王妃エルフリーデには、オズワルドを憎む理由がある。オズワルドは王妃にとって、夫である国王を寝取った女の息子なのだ。私怨をぶつけられた結果虐げられるのなら、彼女に対する哀れみで恨み辛みを相殺できるのだが、エルフリーデがオズワルドに直接かかわることは決してない。言葉をかけることはもちろん、目を合わせることすらなかった。彼女はいつもオズワルドを目に見えない亡霊のように扱うのだ。折檻や嫌がらせはいつも、王妃の無言の意向を汲んだ取り巻きによって行われた。
 規則的に並ぶ縦長の窓から差し込む陽光に照らされた大広間は、活気に満ちている。
 笑いさざめく人々の声に耳を塞ぎたい衝動を堪えながら、オズワルドは息苦しさに耐え続けた。早く終われ……! それだけを念じながら、目前の光景をただ網膜に映す。
 心を閉ざしたオズワルドの視界に、ふと赤みがかった金色の光がよぎった。
 ひょこんひょこんと揺れるその色を、無意識のうちに目が追う。
 色白の頬をほんのり上気させ、好奇心に満ちた表情を浮かべた少女がそこにはいた。
 光に見えたものは彼女の絹糸のような髪だった。
 今日は家族同伴で参加している貴族が多い。将来の王太子に娘を紹介したいと願う親が多いせいだ。
 他にも多くの少女がいる中で、彼女だけに目が止まった理由はなんだろう。
 我ながら不思議に感じたオズワルドだが、すぐ答えにたどり着いた。
 他の少女たちは皆、緊張した面持ちで上品に振る舞っている。彼女たちの視線は家族か、もしくはアルフレドに向けられていた。
 その少女だけが、好奇心に満ちた視線をあちこちに飛ばしている。観察しているうちに、どうやら少女は他人の装いと壁際のテーブルにサーブされている彩り豊かな菓子に興味があるようだと分かった。
 手の込んだ豪奢なドレスに目を瞠ったり、物欲しそうな顔で遠くの菓子を眺めたりと、その表情はくるくる変わる。
 隣に立った姉らしき少女に時折注意されているようだが、しおらしく俯くのは一瞬で、また勝気そうな瞳を上げ、辺りを見回し始める。そんな少女を、両親は微笑ましげな表情で見守っていた。
 少女の父親は、国王夫妻とアルフレドに軽く挨拶したあと、用は終わったとばかりにあっさり踵を返し食事のテーブルへと向かった。少女は待っていましたといわんばかりに破顔し、姉の腕に自分の腕を絡める。彼女がその場で飛び跳ねたいのを我慢していることは、遠く離れたオズワルドにも伝わってきた。
 優しそうな両親に、仲の良い姉妹。
 気づけばオズワルドは、絵に描いたように幸せな家族の姿にじっと見入っていた。
 自分には一生縁のない光景だ、と心の中でひっそり嗤う。
 実の父である国王は、自国より強大な同盟国から娶った王妃への負い目からか、オズワルドに積極的にかかわろうとしない。母はオズワルドを産むが早いか、王妃の復讐を恐れて国外へ逃げた。兄だけはオズワルドに優しいが、二人で話せる機会は滅多にない。
 今日の為にあつらえたのだろう、サイズのぴったりあった真新しいワンピースに身を包み、何とも幸せそうな顔でケーキを頬張る少女に対し、苛烈なまでの妬ましさが湧き起こる。同時に荒涼とした寂しさに襲われ、あまりのやるせなさに歯を食いしばった。
 それ以上見ていられず、視線を足元に落とす。ぴかぴかに磨かれた立派な革靴が目に入り、靴だけはまともに用意したのかと口元が歪んだ。
 どれほど希おうとも、オズワルドを取り巻く状況が変わることはない。
 飼い殺しという表現がぴったり当てはまる環境に倦み、王宮をこっそり逃げだそうとしたことは何度もある。だが毎回すぐに捕まり、見えない箇所に傷が増えただけだった。
 脱走を試みる度、自身の後見人を務める近衛騎士団長の評判が落ちていくと知ってからは、無駄な抵抗も止めた。
 少しずつ心が削れ、細かな破片となったそれらが息絶えていくのが分かる。
 誰にも何も期待しない。いっそそう決めて、全てを諦めてしまいたい。己の中に燻り続ける幸福への渇望を殺してしまえば、もっと楽になれるのに。
 オズワルドは視線をもう一度上げた。
 少女はふわりと柔らかな表情を浮かべ、口元をナプキンで拭っていた。どうやら満足するまで食べられたようだ。無邪気な彼女につられて口の端が持ち上がる。
 もう胸は痛まなかった。
 少女の笑顔がただただ眩しくて、オズワルドは何度も瞬きを繰り返した。







「では、この方が私の新しいお兄様になるということ……?」
 マリエット・コルネイユは、俄には信じがたい気持ちで父を見つめた。
 コルネイユ伯爵領にある領主館の応接間には、現在六名の人物がいる。
 マリエットと姉のジゼット、そしてマリエットの両親であるコルネイユ伯爵夫妻。そこまでは普段と変わらない。
 異分子なのは、残り二名の男性だ。
 マリエットと同年代に見える若い男の方は、レオと名乗った。歳は十八だという。
 もう一人は父くらいの壮年の男性だった。スペンスという名で、レオの一時的な後見人を務めているそうだ。フルネームを口にしなかった二人に、マリエットは胡乱な気配を感じ取った。
 そもそも、訪問自体が突然過ぎる。両親はあらかじめ知っていたのだろうが、マリエットは何も聞かされていなかった。
 それだけでなく父は、レオをコルネイユ伯爵家で引き取ると明言した。
 突然現れた青年を家族に加えると言われたマリエットが驚くのも当然ではないだろうか。
「そうではないよ。いや、そうなる可能性もないわけではないが……」
 父はちらりとレオを見遣った。
 彼についての話をしているというのに、青年は俯き加減に佇んだまま反応しない。
 周囲に対する関心を失っているように見えるレオに、父は痛ましげな眼差しを向けた。
「彼の身の振り方については、追々考えていくつもりでいる。とりあえず今は、レオをうちで預かることになったということだけ知っておいて欲しい」
 父の回答に、マリエットは渋々頷いた。
 母は落ち着いた態度で「今日からよろしくね。自分の家だと思って寛いでくれると嬉しいわ」と青年に向かって微笑みかける。
 姉はといえば、困惑を隠しきれない表情をたたえたまま、深く膝を折った。
「はじめまして。ジゼット・コルネイユと申します。この度の訪問を心より歓迎申し上げます」
 まるで王族に対するような丁寧な挨拶に、マリエットは眉根を寄せた。
 いくら初対面とはいえ、なぜ姉がここまで畏まるのか分からない。
 ジゼットは二十歳で、レオより二つ年長だ。それとも彼は、伯爵家の長女が謙らなくてはいけない身分の人物なのだろうか。
 マリエットは改めて青年の身なりを観察してみた。
 くたびれた上着にシンプルな綿のシャツ、そしてプレスされていないズボン。帽子や手袋は見当たらない。彼の隣に立つスペンスも似たような恰好をしているが、彼らの所作や佇まいは完全に貴族のそれで、二人ともわざとみすぼらしい服装をしているのではないかと疑ってしまう。
 レオの素性について父は「古い友人の遺児だ」とだけしか説明しなかった。古い友人というのは、一体誰なのだろう。
「ジゼット嬢。申し訳ありませんが、そのような態度はお控え下さい」
 マリエットが疑問を口にするより早く、スペンスが姉を窘めた。
「ここにいるレオは、これから貴殿のお父上に庇護される立場の人間です。弟君がいたらこう接した、という感じで振る舞って下さるとありがたい。万が一にも気取られてはならないのです。どうかご理解の上、ご協力下さい」
「ごめんなさい、つい……」
「お気持ちは分かります。こちらこそ無理を強いてしまい、申し訳ない」
「いえ、そんなことは」
 スペンスと姉の会話に、謎は深まるばかりだ。
 いまだに状況が飲み込めないマリエットを置き去りにして、彼らは謝り合っている。
 やがてそれも終わり、沈黙が訪れた。
 この場で名乗っていないのは、マリエットだけになる。父は「君の番だ」といわんばかりの表情でこちらを見つめた。
 できることなら名乗る前に、胸の中で渦巻く数々の疑問を彼らに直接ぶつけたい。
 マリエットがもっと幼ければ、きっとそうしていただろう。だが今のマリエットは十六歳で、二年後には社交界デビューを控えている。自分一人が事情を把握していないという何とも不本意な状況に置かれたとしても、癇癪を起こすわけにはいかない。
「マリエット・コルネイユです。今日からどうぞよろしくお願いします」
 無難な自己紹介を済ませると、レオは顔を上げ、こちらを向いて軽く目礼した。
 目にかかるほど長い黒髪の隙間から、切れ長のブルーグレーの瞳が覗いている。
 視線が合った瞬間、マリエットは彼がとても整った顔立ちをしていることに気がついた。伸ばしっぱなしの髪と生気のない表情のせいで全体的な印象は暗いが、造作だけでいえば人目を引かずにはおかない美青年だ。
 思わずじっと見つめてしまったマリエットに気づいたレオは、微かに唇の端を持ち上げ、瞳をほんの少し細めた。笑ったというには僅かすぎる変化だが、たったそれだけで端整な美貌がくっきりとあらわになる。マリエットは急に恥ずかしくなり、慌てて彼から視線を逸らした。
 父は安堵の表情を浮かべ、姉とマリエットに語り掛けてくる。
「さて、これで顔合わせは済んだね。レオには南の別館に住んでもらうことになっている。住み込みで働く使用人も新たに雇ったから、君たちに不便をかけることはないはずだよ。レオはそこで食事も取るそうだから、直接顔を合わせる機会は少ないかもしれないが、共に暮らすことに変わりはない。大切な家族の一員として気に掛けてくれると嬉しい」
「分かったわ、お父様」
 真面目な顔で答えたジゼットに倣い、マリエットも同意する。
 父とのやり取りを静かに見守っていたスペンスは満足げに微笑んだ。
「私からもお願いします。では、伯爵。これからの詳しい話については、別館でお願いしても?」
「もちろん。ジゼットとマリエットは部屋に戻っていいよ」
 柔らかな言い方だが、要は人払いだ。このあと彼らは、レオの新たな住まいとなる別館へ移動し、そこで子どもたちには聞かせられない大人の話をするのだろう。
『万が一にも気取られてはならない』──スペンスが姉に呈した苦言の内容から、レオが何か特殊な事情を抱えていて、誰かから身を隠す為ここへ来たことは分かっている。こちらはこちらで二人きりになったら、姉が知っていることを教えて貰おうとマリエットは決意した。
「では、私たちはこれで失礼します」
 ジゼットの挨拶に便乗して頭を下げ、部屋を退出する。
 応接間のある二階から私室のある三階へ行くまで、マリエットは黙々と足を進めた。誰が聞いているか分からない場所ではできない話だということくらいは弁えている。
 普段はお喋り好きなジゼットも、難しい顔で唇を引き結んでいた。思い詰めたようなその表情に、胸の奥がざわつく。
 マリエットは、そのまま部屋へ戻ろうとする姉にぴたりとくっつき、彼女の部屋に入り込んだ。それから、姉より先に扉を固く閉じる。
 ジゼットは呆れた様子で首を振り、扉を指さした。
「あなたも自分の部屋へ戻るのよ、マリエット。お願いだから、今は一人にして」
「いやよ。お姉様まで私を除け者にするつもり? 今回の件についてお姉様は何かご存じなのよね。デビュー済みのお姉様は、どこかで彼らを見たことがあるのではなくて? レオ様とは初対面じゃなかった。もしかしたら、スペンス様とも」
 確信を持って畳みかけると、ジゼットは額に手を当て、深く嘆息した。
「……知らないのなら、知らないままの方がいい。これはそういう話よ」
「お姉様が私の立場でも、同じことが言える? 家族の中で自分だけ知らない話を、そのままにしておける?」
「それは……」
「レオ様は高貴な方のご落胤なの? たとえば宰相閣下とか、王弟殿下とか──」
「マリエット!」
 ジゼットは尖った声でマリエットの予想を遮った。
「どうしても知りたいのなら、お父様に直接尋ねなさい。私は決して言わないわ。万が一の時に責任が取れないもの」
 ジゼットはマリエットを正面から見据え、きっぱり答えた。
 姉がこんな風に言う時は、食い下がっても無駄だ。
 父に尋ねたとて、欲しい答えは返ってこないだろう。詳しい事情を話すつもりがあるのなら、父はきっと事前に教えてくれた。
 マリエットは諦め、もう一つの懸念事項について問うことにした。
「いいわ、分かった。レオ様について詮索するのはもう止める」
「レオについて? 他にもあるような口ぶりね」
 ジゼットは疑い深い表情でマリエットの台詞を繰り返し、指摘した。
 マリエットの好奇心の強さを、姉はよく知っている。
「お姉様が落ち込んだのは、なぜ? レオ様が苦手なの?」
 応接室を辞した直後から、ジゼットの瞳は深い憂いを帯びている。レオの存在が姉の気分を沈ませたのだ。
 ジゼットは意表を突かれたように瞬きを繰り返した。それから、うろうろと視線を彷徨わせる。
「お願い、お姉様。気になることがあるのなら、私にも教えて」
 マリエットは今度こそ食い下がった。
 元々は、レオについて皆が知っていることを知りたくて部屋まで来た。
 だが今は、それ以上に姉が心配だった。
 ジゼットはマリエットと違い、何でも一人で抱え込む傾向がある。長女としての矜持がそうさせるのかもしれないし、ジゼットの生来の気質なのかもしれない。
 どちらにしろ、彼女を悩ませているものがあるのなら放ってはおけない。全く喧嘩をしないわけではないが、心から幸せになって欲しいと願うくらいには姉のことが好きなのだ。
「……本当に大したことじゃないの。レオがうちにきたのは、娘二人の家だからよね。彼が養子になれば、私の結婚相手はこの家を継げなくなると思っただけ」
 やがてぽつりと零れた言葉に、マリエットはハッとした。
 姉の言う通り、コルネイユ伯爵の子どもは、ジゼットとマリエットの二人だけだ。
 いずれ伯爵家を継ぐのは、ジゼットの婿だろうと皆が目していた。
 姉にしても、以前からその心積もりでいたに違いない。十八歳で社交界デビューしてからはなおさらだろう。
 今までしっかりと見えていた道が急になくなれば、誰だって動揺してしまう。
「でも、そうと決まったわけではないと、お父様は仰ってたわ」
「ええ。だから余計にどうすればいいのかしら、と思って。婿を取るのか、お嫁に行くのか、私の身の振り方が決まるのはいつ? レオの話が保留にされているうちは、私の将来だってどっちつかずのままということだわ。彼はまだ十八だけれど、私はもう二十歳よ」
「お姉様……」
 ここラヴィシュ王国において、貴族令嬢の適齢期は二十五歳前後まで。それを過ぎれば行き遅れとみなされ、結婚相手の選択肢は一気に減ってしまう。
 市井の女性や貴族男性は、この限りではない。あくまで嫁ぎ先の跡継ぎを産むことを期待される貴族令嬢は、という話なのだが、ジゼットもマリエットも伯爵家の娘である。
 姉が残り五年しかないのに、と不安になるのも無理はない。彼女の心情が理解できるだけに、何も言えなくなってしまう。
 眉尻を下げて黙り込んだマリエットを見て、ジゼットは小さく微笑んだ。
「ごめんなさい、あなたにこんな話をするべきじゃなかった。そんなに心配しないで。お父様もその辺りのことはきちんと考えて下さるでしょうし、何とでもなるわ」
 見ているこちらの胸が痛くなるほど、切ない笑みだった。
 もしや姉にはもう、好きな相手がいるのではないか、とふと思う。その相手が長男ではなく、他家への婿入りを婚姻の条件とする次男や三男だとしたら?
 レオの出現は姉にとって願わしくないものになる。
「……お姉様。もしかしてお姉様には──」
 マリエットの問いを、ジゼットは唇に人差し指を当てることで封じた。
「さあ、いい子だから、もう部屋へ戻って」
 姉はマリエットの両肩に手を置き、くるりと身体を回した。
 それから背中を押し、扉の外へ追い出してしまう。
 普段なら子ども扱いは止めてと抗議するところだが、今日ばかりは静かに閉められた扉を叩くことはできなかった。
 これから姉はどうなってしまうのか。
 ジゼットが不幸になるかもしれないという可能性が、重石のように胸に圧しかかる。
 どうしたものかと悩むマリエットの脳裏に、やがて一つの案が浮かんできた。
「……そうだ。レオ様と仲良くなって、直接聞けばいいんだわ」
 父は、彼を家族の一員として気に掛けて欲しいと言った。レオと親しくなれば、父の意向に沿うことができるし、彼が将来どうするつもりなのかいち早く知って姉に伝えることもできる。一挙両得の名案ではないか。マリエットは己の思いつきを自画自賛しながら、新たな冒険へ乗り出すような心持ちで自室へ戻った。

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