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追放(リストラ)聖女は再就職先で純情魔王に溺愛されそうです!?

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本価格:770(税込)

電子書籍価格:--円(税込)

  • 本販売日:
    2022/08/18
    ISBN:
    978-4-8296-6965-5
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書籍紹介

お前といられるなら、それ以上の幸せはない

聖女の職を解雇されたマリア。
紹介された次のお仕事は元魔王・ヴィクトルの個人秘書!
破格の給金、衣食住が保証された快適な職場。
魔王だった彼がこんなに優しいなんて!?
戸惑っていると彼から真摯に告白され――。
「お前が欲しい。愛しているから」
口づけは次第に深く淫らになり、巧みな愛撫に乱される。
心も身体も甘く蕩けて……。一途な元魔王に愛され、幸せに満たされて!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

ヴィクトル

元魔王の息子で現在はブラッドブレード公国の主。リストラされたマリアをスカウトし個人秘書に任命する。マリアをずっと探していたらしいが――?

マリア

元ブラック企業OLだったがこの世界に聖女として召喚された。すべてにおいて「普通」なのがコンプレックス。善良で頼まれ事を断れないタイプ。

立ち読み

 

 

 


「それって……ダルバート勇者王国を追放、ってことですか!?」
 召喚聖女マリア・アオバは悲鳴に似た声を上げた。


 昼下がりの聖女庁面談室は穏やかだ。明るい陽光が差し込み、遠くから王宮の喧噪が陽気な音楽のように聞こえている。
 だがいま聞いた言葉はその空気からはまったくかけ離れていた。いっそ空耳だと思えればどんなによかったか。
 しかし同時に、やはり、という思いも湧き上がってくる。
「落ち着いて、アオバ三級聖女官。契約解除だから、追放というわけではない。依頼退官というか、そうだな……召喚転移者の言葉で、リストラ、って感じかな?」
 大きな応接机の向こうには聖女庁の人事事務官が二人、申し訳なさそうな顔で座っている。年長の男、クラース事務官がヒゲを揺らしながらため息をついた。
「第五次勇魔戦争──アヴィニウス元魔王国攻防戦が終わって三年。いつもどおりそろそろ聖女官も減らしていくべきという意見が議会で上がってね。もちろん君たちのせいじゃない。予算の問題だ」
「じゃあ、私以外にも」
 心配顔のマリアの言葉に事務官は二人とも顔を見合わせた。
「四級聖女はこれまでも七割以上辞職してもらっただろう? ただ三級聖女は君が初めてということになる」
「どうして最初に私なんですか?」
 それは、と言いにくそうな表情でクラースが視線を落とす。
「もちろん、この後には他にも依頼退官をお願いするつもりだ。その中では君が一番明るいし、性格もいいし……我々までも気遣ってくれるその優しさなら、きっとすぐに次も見つかると思う」
「三級聖女の中にはすでに所帯を持って子供がたくさんいる者もいてね。君はほら、まだ身軽だから、最初にこうしてお願いに」
 若手の事務官もすまなそうに微笑んだ。
 ああ、まただ。
 また、この世界でもこうなるのね。
 マリアは小さく息をつき、それから諦めた気持ちで微笑んだ。
「なるほど、そういうことなら仕方ありませんね! お二人の立場も分かりますし……このお話、私でよければ謹んでお受けします」
「本当か! すまないな聖女マリア」
 二人の明るい顔にマリアも笑顔で応じる。胸がじわりと痛い。感情をねじ曲げているこの感覚は前世から一緒だ。
「でも慌てなくていい。すぐに寮や居室を出て行ってくれ、というわけじゃない。来週から仕事はなくなるが、これから三ヶ月の間は自室に住み続けていい。その間は食堂も共有施設も使えるし、もちろん、聖女庁としても再就職先の紹介は続けるから……」
 クラースの声がどこか遠く感じる。マリアは呆然とする頭の中で、先ほどの『リストラ』という懐かしい言葉を反芻していた。
 ここダルバート勇者王国は西大陸有数の大国だ。
 勇者王国とは……代々の王を勇者とし、神から言い渡された魔族との戦い『勇魔戦争』を歴代に亘って繰り広げる国々のこと。この世界の創世記によれば、定期的に降りてくる『神託』に沿って魔族との戦争をする必要があり、見返りとして豊かな大地を保障されるという。
 もっとも、魔族といってもいまではすっかり人間文化に近くなっており、マリアが以前いた社会で言われていたような『悪の存在』ではない。むしろ『他民族』『別種族』といった表現がより正確だろう。
 民族同士の争いは形骸化しているが、中には頑強に抵抗する国や部族もいるため、勇者王国は必要な人材を確保するために異世界からの能力者召喚を盛んに行っていた。
 ダルバートは他の勇者王国と比べて、召喚の回数も招いた人数もケタ違いに多かった。そこに現地魔法学校出身の聖女も加わり、現在では聖女庁所属の聖女は二千人以上、在野の聖女も含めると数万人は下らない。
 そんな在野の聖女の半分は、聖女庁から『追放』……リストラされた聖女なのだ。
 この国では戦争の神託が下るたびに多人数が召喚され、魔法能力値の高さによって五級から特級まで区分される。戦争が終わるたびに、レベルの低い五級から大量にリストラされていく。
 今回のリストラの噂が出回り始めたのは春の初め頃だった。
 組織再編を理由に五級聖女だけでなく、四級聖女もごっそり解雇された。三級聖女たちの間では連日のように『次は自分たちだ』と話題になっていた。同僚たちの話を聞きながら、もしかしたら自分も対象者かもしれない、とマリアは思った。それは予感というよりも恐れと確信だったかもしれない。
 今日、その予感の正しさが証明されたわけだ。
 マリアは首を振り、机の上の資料から顔を上げた。
「あの、ひとつだけお聞きしたいんですが」
「もちろん」
「私がリストラされる本当の原因って、やっぱり……能力が低いというか、平凡だからですか」
 事務官たちが顔を見合わせる。
 だがそこへドアが開く音、続いて澄んだ声が響いた。
「そうだ」
 弾かれたようにドアの方を見ると一人の女性が立っている。マリアは慌てて立ち上がり、深々と聖女流のお辞儀をした。
「聖女長……ご機嫌麗しく」
 マリアと事務官たちの挨拶を軽く片手でいなし、聖女長ユズキ・ワタナベはカツカツとこちらへ歩いてきた。
 年齢は三十代の半ばくらいか。青くうねる髪にやや日焼けした肌、彫りが深く、グラマラスな容姿。典型的な聖女のイメージとは真逆だが、真っ白な聖女衣を纏った堂々たる立ち居振る舞いは強さと威厳を感じさせるものだ。戦争の時は『瀕死五人の同時蘇生』を成し遂げるなど、特級聖女の中でも破格の力の持ち主でもある。
 ユズキはマリアの隣に立つと腕組みをしてこちらを見た。
「マリア、お前は性格もいいし明るい。それに潜在能力もあると思う。だが、お前自身の性格が戦争やこの国に合っていない。ハッキリ言わせてもらえば、お前は『勇者王国の聖女として』弱いんだ」
 ユズキもマリアと同じ転生召喚者だ。前の世界では病院で看護主任をしていたという。態度も口調もぶっきらぼうで強めだし、飾り気がないだけにその言葉はグサグサと心に刺さってくる。マリア自身も真実だと分かっているだけになおさら痛かった。ぎゅっと杖を握りしめるしかできない。
 でもここで悲しい顔をしたら本当に挫けてしまいそうだ。それにユズキが困るだろう。
「自分でもなかなか要領よく出来ないな、とは思っていたので、言っていただいて良かったです。また新しいところで頑張りたいです!」
 無理矢理にでも明るい笑顔を作る。
 大丈夫、平気だ。前の世界でも、この世界でも、いつもこうしてやってきた。
 ユズキはそんなマリアの肩にポンと手を置いた。
「お前が努力してるというのは分かってる。だからこそ、このへんで自分の境遇を考え直すべきじゃないかと思う。自分の能力と、人生の質の向上のためにも」
「はいっ……!」
 顔を上げたマリアの前でユズキは手持ちの大聖杖を床に打ち立て、音を鳴らした。
「聖女長ユズキ・ワタナベが命じる。……マリア・アオバは今週末をもって王宮聖女官の任を解くものとする。三年間、ご苦労だった」
 頭上から降り注ぐ言葉の重さ。
「……これまで、本当にありがとうございました」
 マリアは様々な思いを抑え、深々と頭を下げた。


 マリアはいつでも普通だった。
 前の世界での名前は青葉マリア。二十二歳の、どこにでもいるごく普通の女性として半生を過ごした。
 マリアへの評価はどの時期でも一緒だ。小学校でも中学校でも、頑張り屋さんで優しいマリアちゃん。学力や知能、容姿は普通だけど、いつでも明るく優しい子。
 誰にでも優しいから友達は多い。でも同じだけ損をすることも多かった。
『マリアごめん、今日の掃除係、お願いしてもいい?』
『お願いマリア、その席代わってくれない? 一生のお願い!』
『マリアさんならお願いできると思って……』
 頼まれたら断れない。様々な事情があり、本当にただ押しつけられているだけのときもあるのだけれど……それでも相手が可哀相だと思ってしまう。微笑んでしまう。
「自分のこの性格が悪いんだけどね」
 分かっている。それでも、ずっと続けば悲しくなるし、疲れてくる。
 人間と付き合うのは得意ではなかったが、物言わぬ植物や動物たちと触れ合うのは好きだった。中でも動物は大好きで、専門学校を出てペットトリマーになった。
 まだ新人だし、能力はそれなりだったと思う。その分、仕事は丁寧さを心がけ、明るく振る舞っていた。やってくる動物たちにも、飼い主さんにも優しさと笑顔を心がけた。ホームセンター内の店舗だったから雑用も引き受け、毎日目が回るように忙しかったが、若さと気合いで乗り切った。
 だからリストラの対象になった、と聞いたときにはびっくりしたものだ。
『ごめんねマリアちゃん、でもシングルママの樋口さんと、子供三人いる中村さんを辞めさせるのは可哀相で……』
『マリアちゃんまだ若いし、優しいし、明るいからさ。すぐに次が見つかると思って』
 そうですね、とそのときも笑って店を後にした。本当は心がぺしゃんこに凹んでいた。たぶんその時点で少し、世界と自分の人生とが嫌になっていたのかもしれない。
 そんな失意のドン底で歩いていたから、走ってくるトラックも避けられなかった。
 横断歩道を渡っている最中、激しい衝撃で突き上げられた。気が遠くなり……次に気付いたら光の輪の中にいた。
 光が収まり、周囲を眺め回してマリアは驚いた。
 不思議な装飾の大広間で、周囲にはたくさんの人がいる。見たことのない景色、西洋ファンタジーのような衣服。
 自分の格好を見ればこちらも真っ白なドレスのような服装に変わっている。手には大きな杖まで持ち、壁の鏡に映る姿はなんと、黒かった髪の毛が水色に変色している!?
「わ、私はいったい……ここは……!?」
「ようこそ聖女さま。ここはダルバート勇者王国。あなたは異世界からの転生聖女としてこの王国に召喚されたのです!」
「だるばーと……勇者王国? 召喚!?」
 恐る恐る尋ねると、一番近くにいた金髪の青年が丁寧に教えてくれた。
 曰く、この世界には光と闇、正義と悪があり、勇者と魔族がいると。そしてここは神託を受け、魔族と悪と戦い続ける勇者たちの王国の一つ『ダルバート勇者王国』なのだという。老国王夫妻に代わって国政を見ているのが、この金髪の青年、アンドリュー王子なのだそうだ。
「あなたは異世界から聖女として召喚されたのです。治癒の力、清めの力、祈りの力と、異世界から渡ってきた故の特別な力を駆使してどうか私たちと共に戦ってください。私たちにはあなたの力が必要なのです!」
 煌くような王子様に膝をついて頼まれたらまずは頷いてしまう。
「わ、私でよければ喜んで」
「よかった! ありがとうございます!」
 周りの人々がさざ波のように拍手を送ってくれる。マリアは心が弾むのを感じた。異世界に飛ばされた、ってことはこれまでの世界はリセットされたってことだ。生まれ変わった私はきっと新しい世界で活躍できるのかも。そう、これまでとは違って、選ばれた存在になって。
 だがアンドリュー王子はふと、手元の道具を見て無表情になった。
「あ、でも能力値は……三級ですね」
「三級?」
「聖女のレベルの話です。一番凄いのが特級、一番下が五級。あなたは今は真ん中少し下くらい。並の能力ってところかな」
 あー、と取って付けたように彼は笑みを浮かべる。
「もちろん、努力次第で等級は上がるから、凄く頑張ったら特級にもなれるかも。がんばってね」
「は、はいっ、がんばります!」
 マリアはいつものように明るく、元気よく答える。相手はにっこりと頷き、じゃあ次の召喚! と声を張り上げて去って行った。
 幸いだったのは、この国は戦争に向けて準備をしており、平凡でもなんでも手当たり次第に聖女の能力を欲していたということ。召喚した聖女以外にも現地人の聖女もおり、さらに人手はどれだけあっても困らないという。実際に戦争になってみれば確かに仕事は山ほどあり、小さな怪我の癒やしから暗黒森の植物との交流まで多岐に渡った。
 戦争は長くは続かず、戦端を開いてからほどなくしてダルバート勇者王国の勝利に終わった。そこからまた怒濤の戦後処理。魔王国の魔族も併合すれば仲間だ。治癒に交流に浄化に……三級聖女のマリアも何かを考える間もなく働いた。たぶん現実世界で考えてもブラック企業並みだったはずだ。
 やがて王都に戻り、一年、二年と経つごとに日々は穏やかになっていった。忙しく、忙しく立ち働いて時間だけが過ぎていった。
 そんな中、マリアは一生懸命勉強したり修練に励んだりしたが、やはり上の階級に上がることはできなかった。『努力家ではあるが、最後の一押しが足りない』『強い魔法を使うための強い意志がない。魔術の才覚が少ないのかもしれない』不合格通知書で何度も見た言葉はどれも納得できたし、同時にどうしたら超えられるのか分からない部分でもあった。
 やがて後から召喚された者たちがマリアを飛び越えて特級になり、自分よりも下の階級の者は次々転職していき……。
 いつの間にか、マリアは元の世界と同じ『優しく明るく一生懸命だけど、平凡』な地位に収まっていた。それだけが取り柄だから本当に一生懸命働いた。
 新しい世界に来たはずなのにまた元通り。
 だから今日、人生において二度目のリストラ通告を受けたのも、きっと必然だったのだろう。


 王宮前広場は午後の明るさに包まれていた。
 大きな噴水によく整えられた並木。広場の一角には初代勇者であるダルバート一世の石像が剣を手に堂々とした姿を見せている。
 時計塔の時刻は昼過ぎの二刻。異世界とはいえ日時の感覚はどうやら元の世界と同じで、新生活が始まった当初はその違和感のなさが本当にありがたかった。
 時刻だけでなく季節なども似ていて、たとえばダルバート勇者王国の気候は元の世界の北半球に近い。いまの王都ダルメリアは初夏にあたり、街は色とりどりの花と緑で溢れ、人で賑わっていた。
 五歳くらいの子供が母親と手を繋いで歩いていたが、もう片方の手からぬいぐるみがコロンと零れ落ちた。足下に転がったそれをマリアは拾い上げ、子供に差し出す。
「はい、落としましたよ!」
「まあ、聖女様のお手を煩わせるなんて……申し訳ありません!」
 母親が恐縮したように何度もお辞儀をする。今日のマリアの格好は白い王宮聖女衣に大きな聖杖という典型的なスタイルだから、自分は聖女だと宣伝して歩いているようなものだ。
「ありがとうございます。ほら、お前もお礼を言って!」
 母親に言われて子供が満面の笑みを作る。
「せいじょさま、ありがとう! あと、おじいちゃんを治してくれて、ありがとう!」
「こらこら、突然言っても聖女様が困ってしまうでしょ! ……すみません、この子の祖父が足を折ったときに王都治癒院で別の聖女さまの治療を受けたので」
「そうでしたか! 私たち聖女は国民のために祈り治癒するのが役目。お祖父様は無事に治ったようでなによりでしたね。皆様に光神のご加護がありますように」
 マリアが模範的な祈りの言葉を添えると、母親は嬉しそうに頭を下げ、手を振る子供を連れて大通りの方へ歩いて行く。マリアはため息をついてベンチに座り込んだ。手に馴染んだはずの聖杖さえ重く感じて、思わず苦笑する。
「お前とリストラされるのも、これで二度目になるのね……」
 この杖は前の世界で使っていた道具が変化したもの。マリアの場合はトリミングに使った木製の櫛が元になっているらしい。滑らかな木の感触には確かに面影があり、召喚された直後は寂しさのあまり杖の表面を撫でることも多かった。
 前の世界でも、リストラの話を聞いた直後にはこの櫛をテーブルに置いて考え込んだものだ。まさか世界を超えて二度もそんな羽目になるとは思わなかったけれど。
 リストラ宣告の後、ユズキはすぐに部屋を去り、事務官に渡された書類の山へ死ぬほどサインする羽目になった。退職許諾届、契約解除許諾届、居室の退去届。事務官に念を押されたのは、いますぐ出て行くことはない、ということだった。数ヶ月の猶予があり、その間は衣食住が保障されるという。
「まあ、待ってくれるだけありがたいかな」
 前の職場のときはもっと急で、来週までに綺麗にしておいて、とロッカーの明け渡し期限を急かされたほど。次の職場なんてすぐに見つかるわけがない。そのときの絶望に比べたらまだマシだ。
 マシだけど……だからといって現状が和らぐわけでもなく。
 胸にはぽっかりと穴が開いたようだ。スースーと涼しく、何も考えられない。
 やっぱりこの世界でも、同じなのだろうか。
 明るく振る舞い、努力もしている。周囲にだって優しくしているつもりだ。考え得る限り一生懸命働いている。
 でもいつだって平凡で、飛び抜けた性質はなくて、おっちょこちょいな上に損な役回りは多くて。
 常に報われて欲しいとは思っていない。でもこんな風にいつまでも報われないとさすがのマリアもヘコんでくる。どの世界でも同じなのだろうか。自分はそんなにちっぽけな存在だろうか。
 思わず目が潤みそうになったとき、すぐ前にぬっと人影が現れた。
「えっ?」
 顔を上げた瞬間、目に映ったのは鮮やかな花束。
 赤、白、青……豪勢な花束が、いきなり目の前に差し出されていた。
 一体何が起きたのか、理解する前に低い声が響いてくる。
「……探したぞ、マリア・アオバ」
 花束から視線を移せば、そこには漆黒の外套を身に纏った、ひどく背の高い人物が立っていた。
 羽根飾りの付いた黒い帽子をかぶり、季節外れの襟巻きをしっかりと巻いているせいで顔がよく見えない。だがそこから覗く目は暗い紫で、射貫くようにマリアを見据えている。
 も、もしかしてこれ、睨まれてる? おまけに私の名前を知っていて!?
「あの、あなたは一体!?」
 男性の背後からいくつかの靴音が近付いてきた。
「ヴィクトル様、お待ちください! 爺やはそんなに速くは走れませんぞ……!」
 ふうふうという声と共にやってきたのは小柄な老人だ。ふっさりしたヒゲを生やし、執事が着るような地味だが上品な外套を着ていた。背がとても低いからもしかしたら辺境のコボルト族かもしれない。
 その後ろからヒールを鳴らして現れたのは、先ほど別れたばかりの聖女長ユズキだった。
「ゆ、ユズキ様、どうしてここに」
 慌てて立ち上がり、聖女流のお辞儀をしようとしたマリアをユズキは手で制した。
「挨拶はもういい。マリア、お前に再就職の依頼が来た」
「再就職?」
 差し出されたのは一枚の書面だ。マリアは受け取って目を走らせた。
「えっと……求人票? 王宮治癒官ならびにブラッドブレード公国大公の個人秘書……三食官舎付きで月……百万ギル!?」
 ブラッドブレードという名はマリアにとって知らない地名だった。おそらくは近年統合された辺境国なのだろう。
 それよりも特筆すべきは報酬だ。
 ダルバートは日本と似たような物価のため、百万ギルといえば百万円相当となる。ちなみに現在の給与は手取りで月十五万ギル。どう考えても破格だった。
「個人秘書と言っても仕事内容は相談役のようなものだそうだ。そちらのお二人はこの求人を出したブラッドブレード公国の関係者でな。少し前から書類では打ち合わせをしていたのだが、今日はお前への解雇通知と合わせる形で来てもらった」
 ユズキの言葉にマリアは二人を交互に見比べた。穏やかにお辞儀する背の低い老人と、見上げるように背の高い男性。
「でも、どうしてこんな高額の役職を、私なんかに? 私……三級聖女ですよ?」
 一級聖女ならこの月給もあり得る。三級よりも広範囲に、多くの回復や治癒魔法が使えるし、他にもいろいろな固有能力を持つからだ。実際、早くに転職した知人は辺境王室で王族専門の治癒師として成功し、貴族並みの厚遇をされていると聞いた。
 でも三級聖女にはそこまでの価値があるとは思えない。せいぜい街の治癒院での治癒師が関の山だ。
「私は……三級なりにきちんと治癒魔法は使えますし、呪いの解除や物品への祝福も出来ますが、でもそれはあくまで三級としての……」
「お前だからだ、マリア」
 ユズキはきっぱりと言った。
「三級聖女でもなく、一級聖女でもない、マリア・アオバ、お前を雇いたい、という申し出でな」
「私を!?」
 驚くマリアの前で背の低い紳士も頷く。
「申し遅れましたが私はブラッドブレード公国にて宮廷執事をしておりますマルクスと申します。こちらは……」
「……ヴィクトルだ」
 鋭い眼光のまま、低い声で言う。なんだか素っ気ない自己紹介だが、彼も王宮関係者なのだろうか。
「私どもはぜひ、あなた様をお招きしたいのです。もしもこの後のご予定がお決まりでないのでしたら、よろしければ私どもの王宮、ブラッドブレード公国へいらしていただけませんでしょうか」
「どうして私を?」
「それは」
 マルクスがチラリとヴィクトルを見上げる。
 ヴィクトルは小さく息をつくと、マリアの前に跪き、花束を差し出した。
「我々はお前、いや、あなたにとても世話になった。ついては……返礼をさせてもらおうかと」
 仕草にも言葉にもびっくりする。マリアは一瞬ぽかんと彼を見つめた。
「お礼? 私がそんなことを?」
「お前は忘れて……いや、聖女は忙しくて忘れているかもしれないが、我々はあなたに本当に世話になったのだ。本当に。だからこそ、なんとしてもお返しを」
 低い声はまるで唸るようだ。こちらを見る顔はとてつもなく険しい表情をしているし、相変わらず眼光も鋭い。
 そんな彼が私にお礼なんて。そもそも一体どこでこんな怖い人と出会っただろう? いくら聖女の仕事が忙しく私が忘れっぽかったとしても、こんな特徴的な人、間違いなく覚えているハズなんだけど。
 マルクスが困ったように首を振る。
「ヴィクトル様、お返しではなくお礼ですお礼! それに女性をそんなに見つめてはいけません!」
「そういうものか……」
 少しは眼光も緩くなったが、相変わらず花束は突きつけられたままだ。
 困惑したマリアと花束、男性と紳士の組み合わせをユズキは面白そうに眺めた。
「悪い話ではないと思うぞ、マリア。お前は鈍くさいし、要領もよくない。数ヶ月後には路頭に迷うのがオチだ。さっさと決めておけ」
 ユズキの言葉ももっともだ。うーん、と唸ってから、マリアは混乱する頭をなんとかおさめようと腕組みをした。
 こういうときはシンプルに考えた方がいいってお婆ちゃんも言っていたっけ。私はリストラされ、次の就職先どころか住まいの見通しも立っていない状況。おまけにいろいろ悩んで、疲れていて。
 この方々はそんな私に就職先を提示してくれている。三級聖女に対するものとしては破格の好待遇だ。お世話になった、と言っているからどこかで私の治療を受けたのかも。ユズキの保証があるのだから身元も確かだ。
 そして目の前には鮮やかな花束。
 差し出しているのは真っ黒な格好をした怖そうな男性。
 異様な雰囲気と表情に圧倒されてしまうけど……考えてみれば、この人は私のために花束を持ってきてくれたのだ。
 なによりこの『私自身を』雇い入れたいと申し出てくれた。
 だったら新しい土地に一歩を踏み出してみるのもいいかもしれない。いまはもう、失うものなどないのだから。
「私などでよろしければ……お受けいたします」
 パッと男性が顔を上げ、帽子の奥から素顔がチラリと見えた。
 ものすごい美青年だ。
 すらりとした鼻梁と浅黒い肌。彫りの深い顔立ちがまるで人形のようで。
 マリアは思わず息を呑んでしまった。
 こんな美形男子、この国で見たことないレベルかも……!?
 だがそれも一瞬のこと。
 彼はすぐに立ち上がり、顔を隠すようにそっぽを向いてしまう。
「マリア様、ありがとうございます!」
 老紳士が笑顔で丁寧なお辞儀をした。
 ユズキも満足げに頷き、それからにやりと笑う。
「では早速、支度をしてこい」
「支度って」
「思い立ったら吉日、と言うじゃないか。お前はクヨクヨ考える傾向にあるから、すぐに行動した方がいい。ほら、部屋に行って荷物をまとめ、その後の手配をするんだ。一時間後に聖女庁の車寄せに来い」
「一時間!? それはあまりに急で……!」
「この世界でも時は金なりだぞ。ほら、頑張れ!」
「は、はいっ」
 ユズキがパアンとこちらの背中を叩いてくる。その力強い手に後押しされるように、マリアはどこか軽くなった気持ちで走り出した。

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