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S級魔術師の甘くて執拗な溺愛 初恋の彼に浄化と称してエロいことしかされません!? 2

第二話

 

(やっぱり私の実力じゃ厳しいのかな……)
 確かにS級のエルシオンとB級の平凡な自分では、能力的につり合わないのかもしれない。
 だが、リリーも今は追い詰められた状態だ。そう簡単に引き下がることは出来ない。
「あの、私じゃ確かに力不足かもしれませんが……一生懸命働きます!」
 図々しいと思いながらも自身を売り込むことにする。
 正直なところ、仕事の相手がエルシオンと知り、今でも戸惑っている。
 過去にずっと好きだった相手との仕事だ。
 本当に出来るのか、一緒の家に住んで自分は本当に大丈夫なのか、そもそも実力的に釣り合わないのでは? と、考え出せばきりがない。でも今はもう後回しだ。
「就職予定の勤務先が急に潰れちゃいまして……困ってたところにここを紹介されたんです。懸命に働きますし、全力を尽くしますので!」
 まずは採用を一番に考える。
 悩むのはその後でいいと、雑念を一旦頭の隅へと追いやった。
 様子見に徹しているカロルの反応からして、おそらくエルシオンが承諾すれば採用なのだろう。
 ここまでいい条件は他にないのだ。
 今はただ、昔のよしみを利用してでも、どうにか採用して頂きたい。
「うーん。でも、本当にいいの?」
「うん、何でもするわ。頑張るから。どうかお願いします」
 縋るような目でエルシオンを見た後、リリーは両手を合わせて深々と頭を下げる。
 すると、リリーの熱意が伝わったのか、エルシオンはにっこりと口元を緩めた。
「もう、分かったよ。リリーがそこまでいうなら」
 承諾の返事にリリーは心底安堵する。
 これでどうにか実家の借金を返すあてができた。
 いろいろと懸念事項はあるものの、とりあえずひと安心だとリリーは胸を撫で下ろす。
「ちなみに仕事内容は何をするか聞いたよね?」
「えっと、簡単には……」
 具体的には聞かされてはいないが、邪気を浄化する仕事だということは聞いている。
「黒魔法使いは攻撃魔力法を使えば使うほど、邪気が身体に溜まり濁る……っていうのは聞いたかな?」
「うん、それは教えてもらったけど……」
「で、邪気が溜まり過ぎた黒魔法使いは暴走するんだ」
「――えっ、ぼ、暴走!?」
 初耳だ。
 物騒な言葉にリリーはぎょっとする。
「力が暴走して手がつけられない状態になるってこと。だから身体に溜まった邪気を日頃から少しずつ浄化する必要があるんだ。邪気を浄化させ、落ち着かせるのが治癒師の仕事ってわけ」
 エルシオンの口調は軽いけれど、いかに重要な仕事なのか思い知る。
(……だ、大丈夫だよね?)
 もしやとてつもなく危険な仕事なのだろうか。
 本当にB級の自分に務まるのか心配になってしまう。
「で、浄化するには治癒師との『接触』が必要不可欠なんだよね」
「……せ、接触って?」
 説明された言葉にまた一つ聞き覚えのない単語があった。
「まず一番スタンダードなのは手と手を握り合うこと。黒魔法使いが低ランクだったり、邪気があまりない相手だったりした場合には握手程度の接触で十分なんだ」
「う、うん?」
 当然のように話を続けられ、混乱しつつもどうにか耳を傾ける。
「でも高ランクの黒魔法使い相手ではそうはいかない。相性の良し悪しはあるけど、てっとりばやく浄化の成功率や回復の効率を求めるなら、キスか、それ以上のことをしたりもするんだ」
 いきなり告げられた内容にリリーは大きく目を見開いた。
(待って、聞いてないんだけど!?)
 話を整理すると、治癒師としてエルシオンの邪気を浄化するには手を繋ぐことは必須であり、場合によっては、キスかそれ以上のこと――性的接触(粘膜接触)をする必要があるというのだ。
 思わず想像してしまい、頬が一気に熱くなる。
 説明を求めるようにカロルを見ると、伝えるのを忘れてましたーと言わんばかりの白々しい笑みを浮かべている。
 先程エルシオンが難色を示したのはこの接触が理由だろう。リリーのためを思って気遣ってくれたのだと今更ながらに思い至る。
 だがリリー自ら「何でもする」と頼み込んだ手前、簡単に取り消すことなど出来やしない。
 それにお金が必要なのもやはり事実なわけで。
(ああ、どうしよう……でも)
 リリーがぐるぐると、ああでもないこうでもないと混乱していると、エルシオンは服の内ポケットからペンを取り出した。
「……まあ、俺も治癒師の浄化をいい加減受けろって言われてたし、ちょうどいい機会だったんだよね」
 エルシオンは涼しい顔で言うと、手に持っていたペンでリリーの履歴書にすらすらとサインをした。
 それを見たカロルが「頂きますね」と嬉々とした顔ですかさず回収する。
「リリーさん、採用おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……?」
 祝福の言葉を伝えられるが、今は喜びよりも戸惑いの方が大きかった。
(本当に、私が……エルと!?)
 だがそんな心中などおかまいなしに、エルシオンはリリーと向き合うと、片手をそっと差し出した。
 その表情は見惚れそうなほど美しい。
「これからよろしくね、リリー」
 笑顔で挨拶されてしまえばもう断ることなんてできない。こうなれば腹を括るしかないだろう。
「こちらこそ、よろしくね、……エル」
 リリーは差し出された手をぎゅっと握り返す。
 こうしてエルシオンとの専属治癒師契約は結ばれたのだった。


 ◆ ◆ ◇ ◆ ◆


 リリーがエルシオンに出会ったのは、クロムウェル魔法学院の初等部でのことだ。
 ここアドヴィス王国では、優秀な魔法使いはその出自にかかわらず出世し、一握りの高ランク魔法使いには爵位が与えられるという、独自の階級体制があるほど魔法使いを優遇している。
 魔力の発生時期は人それぞれだが基本的に十二歳までだと言われていて、魔力の発生が確認された子は『祝福の子』として歓迎される。
 魔力を持つものは身分を問わず各地の魔法学校に入学する義務があり、そこで魔力の操り方を学び、属性が何なのかじっくりと見極めていくことになっている。
 魔法学校は国内にいくつも存在するが、その中でとりわけ有名だったのが王都にあるクロムウェル魔法学院だ。初等部、中等部、高等部からなる全寮制の一貫校で、リリーはここに初等部から授業料免除の特待生として通っていた。
 この頃は父の事業も波に乗っており、平民でありながらも裕福な家庭だった。
 とうとう初等部の最高学年になり、新しいクラスにも少しずつ慣れてきたとき。途中から同じクラスに入学してきたのがエルシオン・レイヤードだった。
 はじめ、変な時期に入学してくるということで、彼には妙な噂が流れていた。
「前の学校で同級生に怪我させたらしいよ」
「違うよ、問題児で家を追い出されたとか」
 だがいざエルシオンを見た瞬間、人形のような美しい容姿に目を奪われた。それはリリーだけではなく他のクラスメイトも同じだった。
 見目の良さと、レイヤード子爵家の子息ということで当初はみな噂など忘れたように騒ぎ立てたが、彼は性格に少々問題があった。
「ねえ、うるさいから話しかけないでくれる?」
 エルシオンは徹底した愛想笑いと共に、周囲との関わりを拒絶するタイプだった。
 最初こそみな仲良くなろうと声をかけたけれど、柔らかな口調とさわやかな外見に相反し、出てくる言葉は排他的だ。その口の悪さにみな反感を抱き、次第に近づかなくなっていく。
「ねえ、せっかく同じ班になったんだし、……その、課題一緒にしない?」
 だが唯一リリーだけは、教室の中で孤立しているエルシオンに話し続けていた。
「ありがとう。でも俺は一人で出来るから」
「で、でも……、二人でやったほうが早いし」
 クラス委員という立場もあったけれど、あの頃はとにかくエルシオンが理想の王子様のように思えて、どうしても仲良くなりたくて仕方なかったのだ。
 何かあるたびに話しかけて、遊びに誘ってみるものの、エルシオンはなかなか心を開いてはくれない。
 そんな状況が一ヶ月ほど続き、さすがに迷惑なのかもしれないと思いはじめていた頃だ。
 先生に魔法実験のペアを各自組むよう言われ、リリーはいつものようにエルシオンを誘おうとしたのだけれど、男子生徒の友人にたまには俺と組もうと声をかけられたのだ。
「ペア……私と?」
「駄目か? あいつはどうせ誰とも組む気ないだろー」
「あはは……やっぱそうかな?」
 やはり周囲からもそう見えているのだろう。
(いつも嫌々私と組んでるし、あまりしつこいと迷惑だよね?)
 リリーは少し迷ったものの、その男子と組むことを承諾した。これ以上つきまとって嫌われたくない。
 荷物を持ち、誘ってくれた男子生徒の隣の席へ移動しようとしたときだ。
「あれ、リリーは俺と組むんじゃないの?」
「……へ?」
 意外な声に振り向くと、エルシオンが自分の席でほほ笑んでいる。
「俺と組むんだよね?」
 柔らかな物言いだが、有無を言わせぬ圧を感じた。
 リリーは一瞬何を言われたのか分からずぽかんとしてしまったが、はじめてエルシオンの方から誘ってくれたことに気づき、舞い上がる。
「えっ、いいの……?」
「嫌?」
「ううん、嫌じゃないよ!」
 むしろ大歓迎だと、リリーは大きく首を横に振る。誘ってくれた男子生徒に謝ると、どこか苦い顔をしていた。