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S級魔術師の甘くて執拗な溺愛 初恋の彼に浄化と称してエロいことしかされません!? 3

第三話

 

 その日からエルシオンはリリーが誘っても断らなくなったし、隣にいても嫌がられなくなった。
 エルシオンの態度は相変わらずだったけれど、これまでの粘りが功を奏したようで、徐々にリリーへ心を開いてくれたように思う。
 他の生徒に対しては高圧的だったり冷たかったりする中で、リリーだけには優しいことが嬉しかった。
「ねえ、リリーちゃんってエルシオンくんのこと好きでしょ?」
「な、何で分かるの!?」
「いや、めちゃくちゃ分かりやすいなって思うけど……」
 休み時間に女友達に指摘され、リリーは照れつつもこくりと頷く。
 リリーもエルシオンへの恋心はすでに自覚していて、このままずっと仲良くいられたら良いな、などと呑気に考えていた。
 だが中等部に入った頃――。
 魔法ランクを測定する技能検診で、エルシオンの実力がS級まで一気に上がった。
 S級はこの国に数名しかいない逸材で、ほとんどの高ランク者がA級からA級+、A級++だ。
 クロムウェル魔法学院どころか国中の注目を集めたエルシオンには、まだ在学中でもあるにも拘わらず多くの支援希望者や卒業後のスカウトが集まったようだ。
 学院内でもエルシオンの周りには自然と人が増え、そのほとんどが貴族出身の生徒たちだった。
 貴族だろうが平民だろうが、その身分に関係なく能力だけで平等に入学できるのが魔法学院とはいえ、いざ中に入れば明確にその差が存在する。
 特に中等部から入学する者は名門貴族の令息や令嬢が多く、初等部とは明らかに空気が違っていた。
 エルシオンは実力もあり、魔法学院卒業後の進路は間違いなく出世街道まっしぐらなので、貴族がこぞって彼の友人になりたがるのは当然のことだろう。親から今のうちにコネクションを作るよう言われていても何ら不思議ではない。
 それでなくてもエルシオンの外見はひどく目立つ。
 中等部に入った頃から高圧的な態度は軟化し、貴公子然とした優しい立ち居振る舞いをするようになっていった。するといつの間にか学年問わず多くの信者が出来たほどだ。
 そんなエルシオンと比べてリリーはただの平民だ。
 リリーがエルシオンから距離をとろうとするのは自然なことだろう。
 さらに中等部からはリリーは白魔法コース、エルシオンは黒魔法コースとクラスも離れたため、一緒に過ごす時間も減ってしまった。
 時々顔を合わせれば話すこともあったが、周囲から「何でこんな庶民が?」という視線を向けられはじめ、以前のように気軽に話しかけられなくなる。
(何だか別の世界の人になっちゃったな……)
 一緒に肩を並べて学んでいたのに、どんどん遠くなっていく。
 だが偶然にもエルシオンとは誰も受けようとしない選択授業で同じになったり、放課後、図書室で顔を合わせたりしたため、二人の関係は切れずに細々と続いていた。
「ねえ、今日はサロンに誘われてなかった? 大丈夫?」
 図書室で本を読んでいるエルシオンに尋ねてみると、問題ないと返される。
 最近エルシオンは貴族でも一部の人間しか入れない会員制のサロンに、頻繁に誘われているらしいと聞いていた。
「うん、大丈夫だよ。リリーと一緒にいる方が楽しいし」
「えっ、あ……そうなんだ……?」
 そんな言い方、卑怯だ。
 エルシオンと話す度、いい加減諦めようとした恋心の芽が、枯れずにゆっくりと育っていく。
(エルは私のこと……、どう思ってるのかな?)
 彼の意味ありげな言葉や態度に、もしや、と期待したこともある。
 告白することも考えたけれど、エルシオンがクラスメイトの綺麗な女の子と一緒に歩く姿を見かける度にその気持ちは萎んでしまう。
(やっぱり私なんかじゃ……、釣り合うはずないよね)
 エルシオンを取り巻く環境は昔とは違うのだ。
 身近に綺麗な女性が沢山いるのにわざわざリリーを選ぶ必要なんてない。
(だって私、月並みだし……)
 昔はそれなりに自分に自信があったリリーも、多くの外部生が入学してからは自分はよくいるレベルの人間だと身の程を知ってしまった。成績も最近芳しくない。
 エルシオンはといえば彼の能力からして宮廷魔術師などのエリートコースに進んで行くのは間違いないだろう。
 本来なら気軽に話しかけられないほど凄い相手なのに、ただ初等部からの友達だというだけで今もこうして仲良くしてくれている。
 そんなエルシオンの親切さに甘え過ぎていたと気づいたのは、高等部に入ってすぐの頃だ。
 高等部はカリキュラムごとにクラスの編成が変わる。リリーが通常クラスなのに対し、エルシオンは当然のように特別クラスだ。
 そしてリリーはこれまでずっとA級だったのに、最初の試験でランクがB級へと下がってしまう。
(どうしよう……)
 リリーは奨学金を貰っていて、このままの成績では来期から打ち切られる可能性が高い。
 最近父の事業の業績が良くないようで、あまり迷惑はかけられない。この先成績が上がらなければ学費の安い別の魔法学校への転校も視野に入れる必要がある。
 テストの成績は悪くないが、魔力量が伸びず実技で足を引っ張っているという現状だった。
「なら、俺がリリーに教えてあげよっか?」
 リリーが悩んでいるとエルシオンがそう提案してくれた。
「実技試験なら俺が教えるし。全力でフォローするから転校なんか考えないでよ。一緒に卒業式に出席しよう。プロムで一緒に踊るのも楽しそうだし」
「でも、エルって忙しいんじゃ……」
「大丈夫だよ。時間なんていくらでも作れるから」
 そうはいうものの、エルシオンはかなり多忙なはずだ。
 最近のエルシオンは高位魔法をどんどん覚え、彼一人のために特別授業が設けられているという異例の待遇だ。
 その実力は魔法学院に留まらず、ときどき外部へ出向いて魔法術式の開発や魔法実習を行っていると聞く。既に一生徒の枠では収まりきらない。
 負担をかけたくないのでやんわり断ってみるけれど、エルシオンは「大丈夫」だと引こうとしない。結局リリーはエルシオンの優しさに甘え続けてしまったのだった。
 ところがある日、エルシオンのクラスメイトの令嬢から人気のない空き教室へ呼び出されてしまう。
「貴女、一体どういうつもりなの?」
 リリーは激しい剣幕で問い詰められる。内容はエルシオンのことだった。
 令嬢たちの話では、ここのところずっとエルシオンはリリーとの予定を優先して、他からの誘いの大半を断っているらしい。そのことで一部の生徒から彼に対し不満の声があがっていると聞かされてしまう。
「この前はせっかく宮廷魔術師の方のご自宅に招かれたのに、貴女の勉強を見るからって断ったのよ。こういうことは一度や二度じゃないの。せっかくのチャンスを貴女の世話で潰させる気なの?」
「そんなつもりじゃ……」
「それに貴女、エレノア様に悪いと思わないの?」
「……?」
 エレノアというのはエルシオンと最近よく一緒にいる白魔法使いで、バロイア伯爵家のご令嬢だ。彼女の父は魔法省の大臣をしている要人でもあり、リリーも新聞で見かけたことがある。
 どうして彼女の名前が出てくるのだろう。
 嫌な予感に、脚が震えた。
「エレノア様は、エルシオン様の婚約者なのよ!」
 聞いた瞬間、目の前がぐらりと揺れた。
「昔からの友人だからってエルシオン様に甘えて図々しい。エレノア様は一緒に過ごす時間がつくれなくて不安がってたわ。本当におかわいそう。少しはわきまえたらどうなの。幼馴染みだからって勘違いしないで!」
 リリーは混乱し、うまく頭が回らない。
(婚約者、エルに……)
 もちろん釣り合わないことは知っていたし、諦めなきゃと思ったのは一度や二度じゃない。
 諦めようと決意しても、会えば結局好きなままだ。
 エルシオンは優しいので幼馴染みのリリーのことをいつも心配してくれる。そんなエルシオンのことを嫌いになれるはずもない。
 いつかこういうこともあると覚悟していたつもりだったが、思った以上に胸が張り裂けそうだ。
 今まで何度も諦めるタイミングを逃しここまで想いを引きずってきたけれど、婚約者がいるのならこれ以上育てても苦しい恋だ。
(それにこのままじゃ、きっとエルにも迷惑かけちゃう……)
 周囲に妙な誤解をさせ、評判を落としてしまった。
 自分のせいで貴重なエルシオンの時間まで奪ってしまっている。
 そんな時にリリーに魔法女学院から推薦の話が来たのはいいタイミングだったのかもしれない。
「来月から、……ですか?」
 魔法女学院が白魔法使いの生徒を増やすための受け入れを行っていて、リリーにも声がかかったのだ。
 学費も大幅に免除になるし、リリーの実力なら魔法女学院で上位を狙えるだろう。
 どうするか悩んだけれど、エルシオンがエレノアと歩く姿を遠目から見て、ひっそりと決意する。
(もう、やめなきゃな……)
 エルシオンは一緒に卒業しようと励ましてくれたけれど、これ以上の迷惑はかけられない。そばにいればいるほどこの初恋を諦められなくなる。
 リリーは迷った末、その話を承諾することにしたのだった。

   *

 昼前に辿り着いたのは王都の一級地にあり、庶民は近づくことも躊躇うような場所だ。
 最小限の荷物だけでいいと言われたリリーは、用意された馬車でエルシオンの屋敷の錬鉄の門の前までたどり着くと、しばらくその広大な敷地に圧倒されていた。エルシオンはここで家から独立して暮らしているらしい。
(すごいお屋敷ね……)
 貴族でもこのような場所に住める人間はそういない。彼の力でここまでの立派な屋敷を与えられたのだと思うと、改めて友人であった人物の凄さを思い知らされる。
(よし、頑張らなきゃ……)
 あの面接の日から二週間。細かい手続きを済ませたリリーは今日からここで働くことになる。
 守衛に名前を告げると敷地の中へと通された。
「いらっしゃいリリー。疲れなかった?」
 到着するとエルシオンがすぐに出迎えに来てくれた。使用人が馬車から降りたリリーの荷物を預かってくれる。
「うん、馬車も用意してくれてありがとう。でもまさか出迎えまでしてもらえるなんて」
 仕事は休みなのか尋ねてみると、少しだけ抜けてきたと言われて慌ててしまう。
「えっ、うそ、ごめんね、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、はいこれ」
 エルシオンは使用人が持ってきた花束を受けとると、リリーに差し出す。
「ようこそ、わが家へ」
 手渡されたのはリリーが好きだったリコリルの花束だ。白い花が美しい蕾をつけている。
 クロムウェル魔法学院にいた頃、実験用の薬草畑に共栄作物として咲いていた花で、薬草当番のときによく一緒に水をやっていた。
 独特のかぐわしい香りが鼻腔をくすぐると、授業中エルシオンとお喋りしながら薬草の成長記録をつけていた記憶が蘇る。
(もしかして覚えてくれていたのかな?)
 ちらりと花から視線を上げると、リリーを見てエルシオンは口元を緩めていた。
 何だかその視線が妙にくすぐったくて、リリーは舞い上がってしまう。
「……、ん、あら?」
 正装をした男の子がエルシオンの背後で隠れていたことに気づき、リリーは声をあげてしまう。エルシオンは丁度良かったとその男の子を紹介してくれた。
「この子はミンク。俺の使い魔だよ」
「えっ、使い魔!?」
 使い魔、と言われ改めてその男の子をよく見ると黒い三角の耳と尻尾がちょこんと生えていた。黒猫の使い魔でどうやらひどく人見知りらしい。
 いつの間に使役魔法も使えるようになったのだろうか。今更驚きはしないけれど、これもかなりの高位魔法だ。
 エルシオンはミンクの頭をよしよしと撫で、挨拶するよう促す。
「あ……、あの……こんにちは」
(か、可愛いいいいッッッ‼)
 エルシオンの背後から頭だけ出し、もじもじと頬を赤らめながら話しかけてくるミンクに、リリーの頬は緩んでしまう。
「基本この屋敷の中のことはミンクに任せているから、分からないことがあれば聞いて。ああそうだ、ミンク以外の使用人にはリリーのことは長期滞在する大切な客人として伝えているから」
 そのつもりでいて、と念押しされる。
 不思議に思ったけれど、治癒師の存在はあまり大っぴらにするようなものではないため、客人という立場のほうがおそらく都合が良いのだろう。
「ほら、改めて紹介するから。おいで、リリー」
 促されるまま入り口へ向かうと、扉の前で大勢の使用人が並んでくれていた。リリーはエルシオンに紹介されたのち、簡単に挨拶をする。良さそうな人ばかりだ。
「あの、ご主人様、使いの者がそろそろと……」
「ああ、もうそんな時間?」
 ミンクに告げられエルシオンはうんざりした表情だ。リリーにごめんと謝罪する。
「うちの上司、人使いが荒いんだ。もっとゆっくりしたいけど仕事に戻らなきゃ」
 今後のことは夕食の時に話そうと言われ、リリーも分かったと頷く。
「今日は忙しいのにありがとう」
「せっかくリリーとこうして会えたんだ。また前みたいに仲良くしよう」
 よろしく、と手を差し出され、リリーは戸惑いつつもその手を握り返した。
 エルシオンは満足げに笑うと、専用の馬車へと乗り込んだ。

 エルシオンを見送った後、ミンクが少し照れつつもリリーを屋敷へと招き入れてくれる。
(わあ、なんて立派なの……)
 玄関ホールから見える主階段の壁板には、花や果物の彫刻がほどこされている。
 長い廊下を歩き、着いたのは日当たりのよい角部屋だった。
 どうぞ、と案内された部屋の内装を見てリリーは驚く。
「うそ……、ここが私の部屋なの?」
 空き部屋のどこかを借りられればと思っていたのに、用意された部屋は想像よりも豪華な装いだ。
 壁紙は上品だが可愛らしさがあるし、家具やカーテン、寝台に至るまで上質で高価そうなものばかりだ。部屋の中にはリリーを歓迎するように生花が活けられている。
 クローゼットを開けると普段着るには抵抗がありそうな上質な生地のドレスや部屋着、夜着に加え、靴や帽子、鞄などが十分過ぎるほどに用意されていた。
 確かに基本的な物は準備してくれるとは聞いていたけれど、予想以上のもてなしに立ち竦んでしまう。
「あの……これって本当に私の部屋であってるの?」
「あっ……はい、ご主人様がわざわざリリー様のために準備されたんです。好みじゃないなら変更するとはおっしゃってましたが……」
「ううん、気に入らないとか、そんなことではなくて!」
 決して文句があるわけではない。
 自分好みの部屋に喜ぶと同時に、まさかここまでしてもらえるとは思わず困惑してしまったのだ。

 荷物を一旦部屋に置き少しだけ休憩した後、夕食まで時間があるのでミンクに屋敷の中を案内してもらう。
 食堂に応接間、書斎、浴室、寝室など屋敷の中をぐるりと一周しながら、食事の時間などの簡単な説明を受けた。
 屋敷の外には広大な庭があり、ローズガーデンや噴水も見えた。定期的に庭師を手配し手入れを行っているらしい。少し歩いた先では薬草も栽培しているそうだ。
「ねえ、あれは?」
 庭の一角に小さな別邸が遠目に見えた。
「あそこに関してですが……もしご主人様があの場所へ立ち入られているときは決して近づかないようにお願いできますか?」
「ええ……分かったわ」
 リリーはこくりと頷く。
 一体何があるのか、いざ念を押されると気になってしまうけれど、わざわざ覗こうとは思わない。
 ミンクに一通り敷地の中を案内してもらったあと、広間で使用人の女性が冷たいフルーツティーを淹れてくれた。
「すみません、ありがとうございます……美味しい!」
 礼を言うと、使用人の女性は嬉しそうだ。
「私どもはエルシオン様にリリー様のことをしっかりもてなすようにと言われておりますので、何かありましたらお気軽にお声掛けください」
「あ、いえこちらこそよろしくお願いします」
 客人と伝えられているとはいえ、ここまでもてなされるとは思わず、リリーは恐縮してしまう。
「えっと、何か質問などありますか?」
 ミンクに問われ、リリーはグラスに口をつけながら考え込む。
 先程一通りのことは尋ねたけれど、少しだけ気になったことがある。
「あの、どうしてこれまで専属の治癒師がいなかったの?」
 エルシオンほどの黒魔法使いならきっと邪気も溜まりやすいのだろう。
 リリーのような低ランクの白魔法使いではなく、もっと相応しい相手がいたはずだ。
「実は前に一度、魔法省が決めた治癒師が配属されたことがあるんですが、ご主人様がすぐに追い返してしまいまして」
「……え!?」
 まさかの返答にリリーは困惑する。
 魔法省が配属した治癒師ならそれなりに高ランクの白魔法使いだっただろう。
 ここでしばらく頑張ろうと思ったのに、自分も追い出されないかと一気に不安になってしまった。
「えっと、追い返した理由とかって……」
「それはその……面倒だったからとお聞きしました」
「面倒って……」
「えっと……ご主人様は女性にとてもおモテになりますので」
「ああ……」
 面倒だという理由を何となく察してしまう。
 おそらく治癒師がエルシオンに深い感情を抱くことを危惧しているのだろう。
(……確かに一歩間違えれば厄介よね)
 接触という特殊な行為があるだけに十分あり得る話だ。
 リリーだって決して他人事ではないし、むしろ面倒だと言われるようなタイプに該当する可能性だって十分ある。
 距離と時間を置いたことでエルシオンに対する気持ちに決着はつけたつもりだけれど、それでも同じ家で暮らし、浄化という行為の中でいつ心が傾いてもおかしくはない。
 再会してからずっと心がそわそわして落ち着かないし、顔を合わせ、出迎えられただけで舞い上がってしまっている自覚もある。
 長年の片想いとは恐ろしい。気持ちを整理したと思ったのに、こうして会えばすぐに当時の感情を思い出しそうになる。
(私も面倒だって思われないよう気を付けなきゃ)
 リリーが雇ってもらえたのは、そろそろ治癒師をつける必要があったというタイミングの良さに加え、リリーが相手なら面倒なことは起こらないだろうというエルシオンの期待故でもあるのだろう。
 せっかく雇ってもらえたのだから公私はきっちり分けなければならない。ここにはあくまで家の借金返済のため、仕事できたのだ。
 だがここまで考えて、ふとエレノアのことが頭に浮かぶ。
「あの……エルの婚約者は私がここに住むって知ってるの?」
 いくら仕事とはいえ治癒師と同居など、婚約者の立場からすればいい気はしないだろうし、そもそも彼女は治癒師がリリーであることを知っているのかと不安になる。
 ミンクは少し戸惑った表情だ。
「えぇっと……、ご主人様に婚約者はいないと記憶しているのですが……」
「えっ、エレノア様は? 大臣の娘の!」
 まさか、とその名前を思わず口にしてしまう。リリーにとっては忘れられない名前だ。
 エレノアの名前にミンクは「ああ」と納得したように頷いた。
「確か、数年前そういった話もあったようですが、破談になったとお聞きしました」
 その言葉に心臓がバクバクと動く。
「そ……う、なんだ……」
 魔法学院を辞める決定打となったエレノアとの破談を耳にし、心がざわついた。
 湧き上がる感情をうまく処理出来ずにいると、ミンクはリリーを見てにこにこと笑う。
「あ、でも、心に決めた相手はいると言っておられましたよ!」
 不意打ちの言葉に息が止まりそうだった。
(そっか、……好きな人いるんだ)
 そうよね、と自分を納得させる。
 毒気のない笑顔を向けるミンクの頭を、リリーはよしよしと撫でてやった。

 


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