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この独占欲は想定外です!? 天才伯爵様は可愛い新妻をめちゃめちゃ溺愛したい 4

第四話

 

「レイラちゃん!」
 私の顔を見たおばさまが、ぱあっと顔を明るくする。
 セイリールのこともあり、この十年でふたりとはかなり親しくさせてもらっている。
 私も笑顔で挨拶をした。
「こんにちは、おじさま。おばさま。今日は何かご用でしょうか。お話があると伺ってきたのですけど」
 セイリールを迎えに行かなければならないのだ。
 さっさと話を聞いてしまいたいと思った私は単刀直入に尋ねた。
 ふたりは顔を見合わせたが、やがておじさまがコホンと咳払いをした。
 黒髪黒目のおじさまは、セイリールとよく似た顔立ちをしていて、彼が年を取るときっとこうなるのだろうなと思わせる。
「その……だな。レイラちゃんに折り入ってお願いがあるんだよ」
「お願い、ですか?」
 わざわざ改まって言われるようなことがあるのか。首を傾げると、おじさまはもう一度咳払いをした。
「……頼みというのは他でもない。君にセイリールと結婚する意思はあるかということなのだが」
「えっ……!?」
 言われた言葉が一瞬本気で理解できなかった。目を見張る私に、今度はおばさまが頬に手を当てながら言う。
「実はね、近々セイリールってば、陛下から新たに伯爵位をいただくことになったのよ」
「……はあ」
「ほら、あの子ってば、行動はアレだけど優秀は優秀でしょう? 色々と成果を上げていて、そのご褒美ってやつなのよ」
 その言葉に頷いた。
 セイリールが優秀なのは言うまでもないことで、爵位のひとつやふたつ、貰ったと聞いたところで意外には思わない。だがそれと私がどう繋がっているのかさっぱり理解できなかった。
 頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がる。訳が分からないという顔をしている私におばさまが更に言う。
「せっかく爵位をいただくのに、あの子の代で終わらせてしまうのは陛下にも申し訳が立たないでしょう? だからね、できればあの子の子供に継がせたいのよ。そのために、セイリールには結婚して貰おうという話になったの」
「ねえ、あなた」とおばさまがおじさまを見る。おじさまもうんうんと頷いていた。
「セイリールもいずれ結婚しなければならないことは分かっているだろうし、嫌だとは言わないと思うの。でも、ほら、あの子モテないじゃない?」
「……」
 困った顔のおばさまに、私は何も言えなかった。
 何せ、セイリールがモテないのは事実だったからだ。
 セイリールの見目は良い。国王の相談役という役職も良ければ、伯爵家出身という辺りも合格だ。
 だがひとつ、どうしても見過ごせない問題があった。
 それは彼が変人というレッテルを貼られているというところである。
 気がつけばふらりといなくなっている自由人。気が向いた時にしか登城しない気まぐれな男。セイリールが城でそう称されているのは知っている。
 実際の彼には事情があって、いい加減でも皆が思うほど自由人でもないのだけれど、それを分かっているのは国王だけというのが現状。
 つまり、彼は有望株ではあるけれど、手を出しにくい男と考えられているのだ。
 令嬢たちだって、わざわざ変人と付き合いたいとは思わないだろう。他にいくらでもまともな男がいるのだから、誰だって真実を知らなければ普通の男を選ぶ。
 結果、今のセイリールは壊滅的にモテないのだ。
 皆、自由人すぎる彼を遠巻きにしていて、自分から深く関わろうとはしない。
「……」
「ね、つまりはそういうことなのよ」
 黙り込んだ私を見て、察したと分かったのか、おばさまがしみじみと語る。
「あの子は皆から誤解されているわ。ちゃんと分かっているのは、私たち家族と陛下、そしてレイラちゃん、あなただけなのよ。……婚約者となる子に事情を説明すればとも考えたけど、あの子が聞こえすぎることをあまり人には言いたくないの。それに言ったところで、もし受け入れて貰えなければ? そこから噂が漏れる、なんてことには絶対なって欲しくないのよね」
「……」
 苦虫を噛み潰したような顔をするおばさまを見つめる。
 いつの時代も、人は『皆と違う』ことを隠したがる傾向があり、おじさまとおばさまも間違いなくそのタイプだ。
 セイリールのことを息子として愛してはいるけれど、それとこれとは別。
 彼が『普通』ではないことをできれば広めたくない。彼らはそう考えていて、セイリールもそれが分かっているから、今の状況を受け入れているのだ。
 人より聞こえすぎるというのは決して悪いことではないのに。
 病気というわけでも、障害というわけでもない。
 ただ、人よりも多くの音を拾ってしまうだけ。
 セイリールは同時に七人の声を聞き分けられるらしいが、それもおじさまたちはあまり人には言いたくないようだった。
 優秀なのは良いけれど、理解できる範囲内での優秀であって欲しい。彼らはそう思っているし、真実を隠すことが息子のためになるのだと信じ切っている。
 その気持ちは分からなくもないが、結果としてセイリールが誤解され続けているのは嫌だ。
 きっと、気まぐれな天才相談役を苦々しく思っている者は多いと思うから。
 おばさまが場の雰囲気を明るくしようとポンと手を叩く。
「でもそこで気がついたのよ! あなたがいるじゃないって!」
「えっ……」
 とんでもないところで私の名前が出た。
 顔を引き攣らせていると、おばさまが嬉々として告げる。
「レイラちゃんなら、説明しなくてもあの子の事情を知っているし、誰かに吹聴したりもしない。伯爵家の娘で家格も釣り合うわ。私たちもあなたなら是非娘に迎えたいって思うし。それに何より、あの子ってばレイラちゃんが迎えに行かないと山から出てこないじゃない。どう考えてもあなたが適任だと思うのよね!」
「……え、ええと」
 導き出された結論を聞き、唖然とした。
 なんと答えて良いものか分からない。
 確かに私はセイリールのことが好きだし、彼と結婚できるかもというのは嬉しい。
 だけど、さすがに「じゃあ、結婚します」とは言えないのだ。
 だって――。
「……父と母が何と言うか……」
 つまりはそういうこと。
 貴族の結婚は、親が決めるのが基本。だから私が「はい」と答えたところで、両親が「いいえ」と断ればそれで終わってしまうのだ。
 それは目の前のふたりも分かっているはずなのに、どうして私に直接話をしてきたのか。
 動揺を隠せないでいると、おばさまが笑顔で言った。
「大丈夫よ。あなたのおうちにも話をしたけど、娘が良いならって言ってくれたわ~。ルーリア伯爵家もそろそろあなたの嫁ぎ先を探そうと思っていたところらしいの。ばっちりのタイミングだったわね!」
 少女のようにはしゃいだ様子で告げられ、気が遠くなりかけた。
 そういう話があったのなら、当人である私に教えてくれても良かったのに。
 両親から全く話を聞いていなかっただけに、寝耳に水だった。
「で、どう? レイラちゃん、息子と結婚してくれる?」
「……えっと」
「きっと息子も喜ぶと思うの。だってあの子ってば、あなたのことが大好きでしょ?」
「いえ、それはないと思います」
 おばさまには悪いが、そこはきっぱりと否定した。だが、彼女ははからりと笑い飛ばす。
「何を言ってるのよ、レイラちゃん。息子は絶対にあなたのことが好きよ。さっきも言ったけど、あの子、あなた以外の迎えを頑として受け付けないじゃない。私たちとしてもね、できれば息子には好きな人と結婚させてあげたいと思うから、あなたが頷いてくれれば万々歳なんだけど――どうかしら?」
「……」
 期待した目で見つめられ、自然と眉が中央に寄る。
 セイリールが私を好きとかあり得ない。
 付き合いは長いし、嫌われているとは思わないけれど、彼には好きな人がちゃんといたのだ。恋愛の意味で好かれていないのは明白だ。
 とはいえ、両親が良いと言っているのなら、私に断る理由はない。
 でも――。
「考えさせて下さい」
 私の口から出たのはそんな言葉だった。
 ふたりがキョトンとした顔で私を見てくる。まさか保留されるとは思わなかったのだろう。
 だけど、だけどだ。
 私はセイリールがまだ傷心状態だということを知っている。
 そんな彼に、長年の友人としか思っていないだろう私と結婚しろは、あまりにも可哀想ではないか。そう思ったのだ。
 結婚するのは貴族の義務で、仕方ないこと。
 だけど、もう少しくらい時間を置いてあげても良いのではないか。
 セイリールに必要なのは、気持ちを整理する時間だ。
 好きな人と両想いになれない悲しさは私も経験して知っている。今もまだ傷ついている彼をそっとしておいてあげたい。
 それが私の望みなのだ。
 私は静かにふたりに告げた。
「いきなり答えをと言われても、難しいです。その、結婚って一生の話ですから。だから一度、持ち帰って両親と話し合います。お返事はそれからでも良いですか?」
 嫌だと言っているわけではない。少し時間が欲しいだけ。
 そう言うと、ふたりはホッとしたような顔をし、構わないと了承してくれた。

                                    ◇◇◇

「セイリールと結婚かあ」
 ノルン伯爵家を辞した私は、一度屋敷に戻り、登山の準備をしてから再度家を出た。
 おばさまたちには両親と相談すると言ったが、特に話すことはしなかった。
 あれは方便なのだ。多少でも時間を稼げればいい。それくらいに考えていた。
 どうせ彼らが本気なら、相談しようが意味はない。貴族の結婚とはそういうものだと知っている。
「セイリールは……あっちかな」
 バックパックを背負い、気が向いた方へと歩く。
 不思議とこんな適当な捜し方でも今まで彼を見つけ損なったことはないのだ。
 まるで彼がいるところが最初から分かっていたみたいに、辿り着くことができる。
 変な話だとは自分でも思うが、事実なのだから仕方ない。
 今日もなんとなくで狙いを定めた山へと向かう。供はひとりだけだ。
 剣技に優れた護衛で、最近はいつも彼がついてくる。
 ちなみにセイリールが護衛を連れて行ったことは一度もない。彼は気づけばいなくなっているので、護衛がいたとしてもついていけないのだ。
 何度危ないからと言っても、彼が山へ向かう時は、大抵心がいっぱいいっぱいになっているので、そこまで気が回らない。
 誰にも何も言わず出て行き、山を目指す。そうして誰もいないところで息を吐いて、初めてそういえば護衛を連れてくるのを忘れた、と気づくのだ。
 それが分かっているので私もおばさまたちも、セイリールに護衛を連れて行けというのは諦めている。
 それにセイリールは細い体格をしているわりに、武器を使わない素手での戦いがかなり強い。中途半端な賊に襲われたところで返り討ちにできる程度の実力はあるのだ。
 本当は連れて行って欲しいけど。
 ひとりになりたい彼が、誰かを連れて行くのは難しいのだろうと分かってもいる。

 

 

 

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