執着系公爵さまの激重感情に翻弄されてます 偽装婚約のはずが、なんで本気で溺愛してくるんですか!? 2
第二話
ポツポツと話をしながらオープンカフェへと移動する。広いオープンカフェは、四割ほどの客入りで、すぐに席へと案内してもらえた。
狙い通りのテラス席に着席し、ホッとする。客はいるし、通りを歩く人も大勢いる。
これなら変なことにはならないだろう。
テオドアが店員の置いて行ったメニューを差し出して来た。
「好きなものを頼んでね」
「いいんですか?」
「遠慮しなくていいよ。お金は持っている方だと思うから」
「ありがとうございます」
それならばとメニューを確認する。小腹が空いていたので、イチゴのケーキとローズティーを頼んだ。
テオドアは私と同じケーキとコーヒーを注文している。私に気を遣ってという感じには見えなかったので、おそらく甘いものが好きなのだろう。
頼んだ品が届き、それぞれ食べ始める。イチゴのケーキは美味しく、優しい生クリームの味わいに気持ちが解れていった。
「美味しい……」
思わず呟く。視線を感じ、そちらを見ると、テオドアが私を見つめていた。
「なんですか?」
「いや、良い顔で食べるなと思って」
実にニコニコと楽しそうだ。食べる手を止めれば、彼は「気にしないで」と言ってきた。
「可愛いなって思ってるだけだから。でも食べるところを見ているなんて失礼だったかな。もうしないようにするよ。ごめんね」
「い、いえ……大丈夫です」
確かにじっと見られるのは嫌だが、そこまで不躾な視線ではなかったし、きちんと謝ってくれたので気にはならない。
どちらかというと、さらりと『可愛い』という言葉が出てきたことの方に驚いた。少しドキドキしつつも食事を再開する。
ケーキを食べ終え、ローズティーを楽しむ。
ひと息ついたところで、テオドアが聞いてきた。
「――それで? どうして帰りたくないのか、もし良かったら話してみない?」
「……」
ティーカップを置く。俯く私に彼が再度言った。
「無理強いをする気はないけど、ずいぶんと思い詰めた顔をしていたように見えたから。そういう時って、誰かに話すと少しだけどすっきりすると思わない?」
「それは……」
「話を聞いても、誓って誰かに漏らしたりしない。生涯の秘密として墓まで持って行くと約束するよ。どうかな?」
「墓までって……」
言い方がおかしくてクスリと笑う。彼も笑い「さあ」と促してきた。
その表情には慈愛が溢れており、彼が善意で言ってくれているのはよく分かった。
そもそも彼はひとりでぼーっとしている私に声を掛け、わざわざオープンカフェに連れてきてくれるようなお人好しなのだ。そんな彼になら、私の事情を話してみてもいいかもしれないと思えた……というか、答えの出ない状況に私自身がしんどくなっており、誰かに意見を求めたい気持ちが強くなっていたのだ。
――アドバイスが欲しい……。
ひとりで考えるにも限界がある。
私はごくりと唾を呑み込み、窺うように言った。
「本当に、秘密にしてくれます?」
念押しする。テオドアはすぐに頷いてくれた。
「もちろん。絶対に言わない。誓うよ」
真摯に告げられ、私も決意を固めた。話を聞いてもらおう。そう思い、口を開く。
「じゃあ、話しますけど、実は――」
自身に結婚話が来ていること。両親は乗り気だが、私は断りたいと思っていることなどを話す。
よほどひとりで抱えていたくなかったのだろう。一度話し出すと止まらなかった。
一通り話し終わり、息を吐く。最後まで黙って聞いてくれたテオドアが気の毒そうに言った。
「それは災難だったね」
「災難というか、逃れられない天災って感じです。私は絶対にその人と結婚したくないのに、どうしようもないんですから」
冷めてしまったローズティーを飲む。
当たり前だが、イエーガー侯爵の名前は出さなかった。
結婚したくないと言っている相手の名前を出すのは違うと思ったし、こういうところで口にしていいものではないという常識くらいはあったからだ。
それでも結婚したいとは露ほども思わないけど。
うんざりとした気分でグチグチとなんの益にもならない愚痴を言う。テオドアは私の話を真剣に聞き「うんうん」と相槌を打ってくれた。
――この人、良い人だなあ。
話をしながら思う。
見も知らぬ女の愚痴を嫌な顔ひとつせず聞いてくれるテオドア。彼に対し、私はかなりの好印象を抱き始めていた。
そもそも出だしからして彼は紳士だったし、今も話を聞く以上のことはしてこない。
「大変だったね」と心から告げ、今も「話くらい幾らでも聞くよ」と言ってくれているのだ。
これが良い人でなくてなんだというのだろう。
心から感謝しつつも、思う存分愚痴を言わせてもらった。
「……はあ」
一段落付く。
やはり直接口に出したのが良かったのか、話しているうちに段々気持ちにも変化が生じ始めた。どうしても嫌だと思っていた結婚を「仕方ない」と思えるようになってきたのだ。
「……受けるしか、ないか」
諦観を滲ませ、呟く。
最初から、結婚話を覆せるなんて本気で思っていたわけではなかった。ただ、どうにも納得できなくて、自分で気持ちの折り合いを付けられなくて屋敷を飛び出してきただけなのだ。だから落ち着いてしまえば、受け入れるしかないという判断になる。
「結婚したくないのは本当だけど、どうしようもないし」
帰ったら両親に謝って、お受けしますと答えよう。
そう考えていると、話を聞いていたテオドアがふいに言った。
「あのさ、思ったんだけど、つまり君がお父上の前に結婚相手を連れて行けば、全部解決なんじゃないの?」
「え」
「? だって、ご両親に言われたんでしょう? 結婚相手を連れて来いって。そうすれば、君が嫌がっている婚約はなしにしてくれる。違う?」
「ち、違いませんけど」
それができれば最初から苦労していないのだ。
情けない気持ちになりながらもテオドアに告げる。
「残念ながら私には結婚してくれるような相手はいません。連れて行きたくても無理なんです」
「恋人はいない?」
「はい」
コクリと頷く。恋人の有無を問われ答えることに拒否感はなかった。面白半分で聞かれたのなら許さなかったが、テオドアの声音は終始私を思い遣るものだったから。
彼はテーブルの上で肘をつくと「じゃあ」と言い、自らを指さした。
「私はどうかな?」
「えっ!?」
キョトンと彼を見つめる。何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
目を瞬かせてテオドアを見ていると、彼は笑ってもう一度己を指さした。
「だから、私はどうかって言ってる。君、困ってるんでしょ。相手のいない君のために、結婚相手になってあげるよ」
「え、え、え、えええええ!?」
あまりにも簡単に言われた言葉をようやく理解し、悲鳴を上げる。椅子から立ち上がり、慌てて首を横に振った。
「だ、駄目ですよ。見も知らぬ方にそんなご迷惑を掛けるわけにはいきません!」
彼が言っているのは、結婚相手の振りをするということだ。
相手を連れて行けない私のために、偽の結婚相手になると、申し出てくれている。
ありがたい話ではあるが、さすがに今日会ったばかりの人にそんな厚かましいお願いはできない。
だが、テオドアは軽く告げた。
「見も知らぬってことはないよ。今、色々話を聞いたし。事情を知っている私なら、君に協力してあげられる。そう思ったんだけど」
「で、でも……」
「君を助けたいんだ。人助けなんて柄じゃないけどね。できることはしてあげたいと思ってるよ。信じて貰えないかもしれないけれど」
そう言って、静かに目を伏せるテオドアを見つめる。
すこぶる怪しい話ではあるが、彼の言葉を疑おうとは思わなかった。何せここまでの間、彼の態度はとても紳士的で、言動も好感が持てるものだったから。
私に対し、本気で心配してくれているのは見ていれば分かるし。
とはいえ、馬鹿正直に信じてしまうのもどうかと思う。
だから言った。
「……疑うわけではありませんけど、さすがに私に都合が良すぎで信じ切れないというか」
「信じてよ。冗談でこんなことを言うほど屑な性格はしていないつもりだよ」
「……」
「まずは座って」
立ったままだったことに気づき、着席する。自分のせいではあるのだけれど、ずいぶんと悪目立ちしていた。
「……すみません」
「いいよ。驚かせたのは私だし」
「……はい」
真偽を問うようにテオドアを見つめる。どう答えるべきか迷う私に、テオドアが言った。
「私のこと、要らない? その相手と結婚したくないんじゃないの?」
「け、結婚はしたくない、ですけど……」
視線を逸らす。したいとは嘘でも言えなかった。
なんとも複雑な気持ちになっていると、テオドアがにっこりと笑って私に言った。
「なんなら今から一緒に君の屋敷に行って、ご両親に話を付けてあげるけど?」
「えっ……」
「それでも要らない?」
「……」
「ね、そろそろ正直になったら?」
まじまじとテオドアを見つめる。
さらりと告げた声と表情は、嘘を吐いているようには見えなかった。
どうしようという気持ちが生まれる。
――え、え、これ、頼っても大丈夫なやつ?
本音を言えば、頼りたい。
だって、本当に結婚したくないのだ。イエーガー侯爵が悪いわけではない。だけど無理なものはどうしても無理で――と、そう思ったところで開き直った。
――そ、そうよね。別に振りを頼むくらいなら頼んでも、構わないわよね?
どうせ他に道はないのだ。
生理的嫌悪を抱く男と結婚するくらいなら、テオドアを連れ帰って「この人と結婚しまーす!」と宣言する方がよほどマシ。そうして両親が納得して婚約話が流れた頃合いを見計らって、彼との婚約を解消するのだ。
テオドアには迷惑を掛けてしまって申し訳ないが、そうしてもらえると本当に助かる。
正直になれと言ってくれたのは、そもそも彼の方なのだし。
――うん、もういいや。考えるのもしんどくなってきたし、この人でいこう! お願いしちゃおう!
だいぶ投げやりに決定したが、私もいっぱいいっぱいなのだ。
ゴクリと唾を呑み込み、テオドアに確認する。
「……お、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだよ。私から言い出した話だしね」
「ありがとうございます……! 本当に、本当に助かります」
がばりと頭を下げ、心から礼を言う。
どうしようもない状況だったのが、打開策ができた。完璧に解決したわけではないけど、それでも安堵していると、テオドアが何気なく言った。
「恋人同士って態でいこうと思うけど、いいよね?」
「はい! 大丈夫です! よろしくお願いします!」
むしろ、私の方からお願いしたいくらいだ。
大きく頷くと、彼は手を差し出してきた。
「こちらこそよろしく。じゃあ、さ。まずは敬語をやめようよ。あと、名前もお互い愛称で呼ぶこと。何せ恋人同士だからね。他人行儀な感じでいくと、疑われかねないよ」
「た、確かに……!」
テオドアの手を握り返しながら、頷く。
彼の言うとおりだ。
恋人同士なら愛称呼びくらいはするだろうし、敬語だって使わない人の方が多いはず。
それに、そうした方がより『らしい』感じが出ると思うし。
「分かりました……じゃない、分かったわ。それじゃあ私のことはリリーって呼んで。あなたのことはテオ、で良いのよね?」
先ほど言われたことを思い出し尋ねると、テオからは「うん」と元気の良い返事があった。
「是非それで頼むよ、リリー。じゃ、早速だけど君の屋敷へ行こうか。きっと上手くやってみせるよ」
さらりと呼ばれた『リリー』という愛称に照れそうになったが堪える。
いちいち照れていては、親に怪しまれてしまうではないか。当然ですという顔をしておかなければならない。
深呼吸をし、気持ちを整える。笑顔を作り、テオに言った。
「ありがとう。本当に助かるわ。悪いけど、大いに期待させてもらうわね」
「っ! 期待してくれるの?」
何故かテオがハッとした顔で私を見た。それを不思議に思いつつも頷く。
「ええ。むしろ私の今後の人生はあなたに懸かっているといっても過言ではないもの。期待するに決まってるわ」
私にできるのは、どうか両親に疑われないようにと祈ることだけ。
ふたりがテオを結婚予定の恋人だと信じてくれなければ、この話は破綻するのだから。
真顔で告げると、テオは今度は何故か照れたように笑った。
「そ、そうか……うん。分かったよ。君の期待には応えたいからね。頑張るよ」
「よろしく。あ、実際に婚約の運びになったら、折りを見て解消してくれていいから。こっちのことは気にしないで」
これ以上、テオに迷惑を掛ける気はない。
それでなくても今日会ったばかりの人に、こんなとんでもないお願いをしているのだ。更に何か頼むなんてことは気が咎めるし、いけないと思う。
善は急げだ。私は立ち上がるとテオに言った。
「話も決まったことだし、さっさとやってしまいましょうか!」
両親が信じてくれるかは分からないが、試してみなければ始まらない。
気合いを入れて告げる。
そんな私を見たテオは目を丸くすると「気合い十分だね」と言って、お会計のために店員を呼んだ。