執着系公爵さまの激重感情に翻弄されてます 偽装婚約のはずが、なんで本気で溺愛してくるんですか!? 4
第四話
「ちょっと! どうするのよ!? 挙式日まで決めてしまって。これじゃあ婚約を解消するなんて言えないじゃない!」
くわっと目を見開き、テオに言う。
テオはニコニコとして、全く堪えていないようだ。
あれから、ふたりで話したいと言い出したテオを、父の許可のもと、私の部屋へと連れてきた。
話したいことがあるのはむしろ私の方なのだ。場所がどこでも構わない。今すぐテオの真意が知りたかった。
扉を閉め、テオに向き直る。ソファを勧める間もなく、彼に詰め寄った。
「このままじゃ、ひと月後には私たち、結婚することになっちゃうわ。なんであんなことを言い出したの? 私を助けてくれるための嘘にしてはやりすぎよ。ああもう、今からでも遅くない。お父様に今のは全部嘘だったって告白しないと」
先ほどは何も言えなかったが、多少は落ち着いた今なら説明もできるだろう。
偽装婚約だったと、恋人同士だというのは嘘だと今からでも言いに行かなければと焦っていると、テオがのんびりと言った。
「どうしてそんなこと言う必要があるの? せっかくアントン伯爵も喜んでくれたのに」
「そりゃ、喜ぶでしょうよ。元王子で現公爵が娘を娶るって言ってくれてるんだもの。というか、そもそもあなた王子だったの!?」
「そうだよ。知らなかった?」
「テオドア王子の名前は知ってたわよ! でも、賜った公爵位の名前までは知らなかったの!!」
王家に三人の王子がいることは当然知っていたし、名前だって覚えていた。
だが、テオドアという名前自体、珍しいものではない。
しかも彼はテオドア・リンデと名乗った。第三王子がこの間、臣籍に降ったことは聞いていたが、どんな爵位をもらったかまでは知らなかったのだ。
名乗られたって、気づけるわけがない。
「言ってよ! 元第三王子だって!!」
「えー、それをわざわざ自分で言うの、感じ悪くない? なんか、お高くとまってる感じするでしょ」
「その判断ができるくせに、あとから聞かされる私の心の負担については慮ってくれなかったの!?」
「君なら気にしないかなって」
「するわよ!!」
むしろどうして気にしないと思ったのか、そこが知りたい。
「……なんで、なんで元第三王子の公爵様があんな街中に」
しかもひとりで、更になぜ私に声を掛けてきたのか。
公爵なら公爵らしく、自分の屋敷に籠もっていて欲しい。
「え、でも伯爵令嬢の君もひとりで歩いていたじゃない。そんなこともあるよ」
「そうだったわね!!」
自分のことを指摘されれば、それ以上は言えない。
うぐぐと唸り、テオを見る。彼は楽しげに私を見ていた。
「何よ」
「いや、次は何を言ってくるのかなと思って」
「別に面白いことは何も言っていないからね?」
「いや、ノリが良くてなかなか面白いよ」
「面白がらないでよ……で、どうする気?」
「どうするとは?」
首を傾げるテオを見つめる。本気で分かっていない様子の彼に溜息を吐いた。
「だから、結婚。このままだと本当に結婚することになるでしょ。それはあなたも困るだろうし、どうするのかって話なんだけど。もう色々と遅い気はするけど、喧嘩したとか言って、明日にでも中止を訴えてみる?」
「訴えないって。喧嘩もしないし」
「じゃ、じゃあどうするのよ」
本気で疑問だったのだが、テオはさらりと言ってのけた。
「え、するでしょ。結婚」
「は?」
「だからするでしょって。リリーのウエディングドレス姿楽しみだよね」
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌のテオだが、どうしてこんなにも話が食い違っているのだろう。
混乱しつつも彼に確認を取った。
「……いや、待って。結婚というか婚約の話はそもそも私を助けてくれるための嘘でしょ?」
「私は嘘なんて吐かないけど。だいたい、のちのち婚約を解消しようね、なんて一言も言ってないでしょ。結婚相手になってあげるとは言ったけど」
「……そういえば」
彼とのやり取りを思い返してみる。
確かにテオは結婚相手になってくれるとは言ったが、婚約解消については一言も触れていなかった。私がそれを口にした時も、具体的な返事はなかったように思う。……ということは、だ。
「え、本気で私と結婚する気でいたの!?」
「そうだよ。私は最初からそう言ってる」
「……嘘」
まさかの話に頭がクラクラする。
目を見開く私にテオがにっこりと笑い、言った。
「結婚しようね、私のお嫁さん。婚約解消なんて不義理な真似はしないから安心してよ。予定通りひと月後には君を娶るから、ちゃんと準備しておいてね」
「え、え、え、えええええー!?」
「大丈夫。大切にするから」
気楽な口調で言ってくれるがそういう心配をしているわけでは断じてない。
その場に愕然と立ち尽くす私を余所にテオは「あ、そろそろ帰らなきゃ。また式の詳細について話そうね」と告げ、手をヒラヒラと振りながら部屋を出て行ってしまった。
◇◇◇
その日の夜。
未だ衝撃から抜け出せない私は、呆然としたまま家族とともに夕食を取っていた。
その場には昼間屋敷にいなかった兄と弟もいたのだけれど、ふたりとも私が元第三王子と婚約したことを驚いていた。
「男の影なんてどこにもないと思っていたのに、テオドア殿下を引っ掛けてくるとは、女って分からないなあ」
感心した口調で言うのは兄だ。弟は「僕は姉上が、イエーガー侯爵と婚約しなくて済んで良かったと思う」と優しい言葉を掛けてくれた。
「イエーガー侯爵は良い方で僕も知ってるけど、父上より年上なのに姉上を娶りたいというのはどうかと思うよ。テオドア殿下なら年も近いし、姉上にはいいと思う」
「ネルヴァ……!」
私を思い遣ってくれる弟の言葉にジンとくる。
そんな中、父が思い出したように言った。
「リリー、イエーガー侯爵様だが、問題なく話がついたから心配するな」
「え、あ、そうなのですか?」
もうイエーガー侯爵に話をつけてくれたのかと安堵を滲ませ父を見る。
やはり相手が元第三王子ともなると、対応も早くなるのだろうか。有り難い限りだ。だが父は「それがなあ」と首を傾げながら言った。
「こちらが連絡するより先に、先方から『今回の話はなかったことにしたい』と言ってこられたのだ。うちとしてもお断りの連絡を入れるのは心苦しかったから、向こうから言ってもらえて助かったが……ん? リリー、どうした?」
話を聞き、愕然とする私に父が声を掛けてくる。だが、私は返事ができなかった。
だってそうだろう。
――向こうからなかったことにって言ってくれるんなら、そもそもテオと偽装婚約なんてしなくて良かったんじゃない!
つまりはそういうことだ。
黙っていても、婚約話はなくなった。私が奔走する必要など、どこにもなかったのである。
父がしみじみと言った。
「いやあ、本当にお前がテオドア殿下と付き合っていてよかった。おかげでこちらも『気にしないで下さい』と落ち着いて答えることができた」
「そ、それは良かったですね」
「これで何の憂いもなく、結婚準備にいそしめるな!」
笑顔で言う父だが、私は愛想笑いを浮かべるのが精々だ。
――どうしてこうなるかなあ!?
心から嘆くもどうしようもない。
本当に、どうしてあと半日、待てなかったのか。
後悔するも、結婚の準備は進んでいく。
そうして為す術もなくやってきたひと月後。
結局逃げられなかった私は、ウエディングドレスを着て、テオの隣に立つこととなった。
◇◇◇
「……私、本当に結婚するんだ……」
花嫁のための衣装室でひとり呟く。
今日は私の結婚式。
元第三王子で、現リンデ公爵であるテオの妻となる日。
正直、今の今まで、結婚すると分かっていても、どこか信じ切れていない自分がいた。
準備を進めながらも、まさか本当に結婚するわけがないと高を括っていたのである。
しかし、こうしてウエディングドレスを着て、挙式の時を待つという段階になり、急にじわじわと実感が湧いてきた。
数十分後にはテオの妻になるのだと、本当の意味で気がついたのだ。
「え、え、どうしよう」
どうしようと言ったところで、今更逃げられないのは分かっている。
私とテオの結婚は国王に報告され、許可が下りているのだ。それどころか直々に呼び出され「おめでとう」とのお言葉ももらっている。その状態で、取りやめにできるわけがないだろう。
分かっていたくせに、本気にせず手をこまねいていた。自業自得である。
「……ええー、まだ信じられないんだけど」
私の結婚相手であるテオ。
彼とは、あれから式の打ち合わせで何回か顔を合わせはしたが、ふたりきりでは話せていない。
会ったばかりの女と結婚なんて本当にいいのか。それとも何か目的でもあるのか。
色々聞きたいことはあっても、両親もいる前では口にできないことばかり。
その場の雰囲気に合わせて幸せな花嫁を演じるしかなかったし、テオも結婚を控えた幸せな男性そのものだったから、余計に空気を壊すことができなかった。
そうしてずるずると今に至っているのだからどうしようもない。
空気など気にせずブチ壊して、聞けば良かったのだ。
私は昔からわりと流されやすいところがあるのだけれど、その悪癖が最悪な形で出た結果である。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
グルグルとハツカネズミのようにその場を回る。
とはいえ、できることは何もないのだ。やれるとすれば、腹を括ることくらい。
「腹を括る……」
足を止める。
ここまで見事に流されてきたが、一度真面目に考えてみようと思ったのだ。
テオとの結婚について。
「……元王子で現公爵。身分的にはバッチリよね。年は二十一才らしくて近いし、顔も整っている。……それに何より、生理的嫌悪を感じない」
一番大事な部分だ。
私がイエーガー侯爵との婚約を嫌がったのは、とにもかくにも彼に嫌悪感があってどうしようもなかったから。それさえなければ、年齢の離れた人であっても渋々ではあるが結婚したと思う。
その嫌悪をテオには感じない。しかも両親は結婚に大賛成。
客観的に見て、断る理由がどこにもなかった。
「……」
すとんと近くにあった椅子に腰掛ける。
よくよく考えれば、あまりにも突然であったこと以外は、自分がわりと幸運であることが理解できた。
怒涛の如く話が進み、全く冷静になれなかったが、今ならテオがなかなか出会えない好条件の相手だと分かる。
「……ま、いっか」
これまで悩んでいたのが嘘みたいにあっさりと結論が出た。
特に問題となる部分がない相手との結婚を忌避する理由が見当たらないと気づいたのだ。
未だにテオが何を考えているのか不明だし、彼を好きとかそういうのもないけれど、そもそも貴族の結婚に恋愛感情は必要ない。条件で結婚するのが当然の社会。そう考えると、テオは破格の物件だ。
ここで大人しく結婚しておいた方が絶対にいい。
「次に用意された相手が最悪だったとか、あり得るものね」
イエーガー侯爵は何故か向こうから話はなかったことにと言ってきたらしいが、今後また彼のような相手が宛がわれないとは限らない。
それならもう、これ以上は望めない条件のテオと結婚しておこう。
それが今後の自分のためだ。
「よし! 結婚するぞ!」
腹を据えてしまえば、逆に気は軽くなる。
私は晴れ晴れとした気持ちで、挙式が始まる旨を告げる扉のノック音を聞いた。
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