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媚薬のおかわりはいかが?

 ※本編のネタバレを含みます。

 

 

 

「エヴァ、お仕置きの方法はお前に選ばせてやる。好きな壜を選べ」
 赤・青・緑・黄――四色の小壜を並べられて、エヴァンジェリン――エヴァは怯んだ。
「りゅ、リュディガーさま? いやでも待って、お仕置きっておかしい……あれはリュディガーさまが考えるようなものじゃなくてですね」
 言い訳を口にしようとしたけれど、黒髪の青年城主に睨まれて、エヴァは言葉を呑みこむ。
 ――お、怒ってる。言い訳すると火に油かしら……。
 ヘクセントップの辺境伯爵の居城、その城主の一室で、エヴァはひくりと頬を引き攣らせた。
 めでたく姻戚となった祝いにと、先日皇帝クラウスから、エヴァはリュディガーに内緒でちょっとした贈り物をもらってしまった。
 『屍毒姫と死の大聖堂』をエヴァが好きだと言ったため、屍毒姫の話の続きを贈ってくれたのだ。
 子供のころから好きだった本の最新刊が読めるとあって、リュディガーといっしょにいる時間より、ちょっとばかり読書の時間を優先させただけなのに。
 リュディガーは拗ねていた。
「俺といっしょにいるより、クラウスからもらった本のほうが大事なんだな!?」
 本が読みたいからひとりにしてくれと言うと、そんな捨て台詞を吐かれた。しかし、まさか本気で拗ねているとは思わなかったのだ。
「や、でも皇都はどうしたってここより先に本が発売されますし、せっかく陛下、が本をくださったのに、まさかお返しするわけにはいかないじゃないですか!」
 目の前で、『いるか/いらないか』を問われたわけじゃない。遠路はるばるやってきた贈り物を拒否できるわけがない。不可抗力ではないかとエヴァは思う。
 『陛下』という言葉を少しばかり詰まらせながら、エヴァは自分の旦那さまを睨みかえした。いくら誤解がとけて和解したとはいえ、長年の習慣が簡単に抜けるわけがない。皇帝クラウスを『陛下』と気兼ねなく呼ぶには、まだまだ時間がかかりそうだった。
 そんなエヴァの戸惑いをよそに、リュディガーは皮肉たっぷりに言う。
「へぇ? ああ、そうだよな……エヴァはクラウスが初恋なんだもんな」
「あ、あれは……こ、子どものころの話で本当に初恋というわけではなくて……ですね」
 これか。リュディガーがいつになく性格悪く突っこんでくる本当の理由は。
 先日、ちょっとした昔話をしていたときのことを思い出して、エヴァは頬を引き攣らせた。

「でもクラウス……さまと昔会ったことがあったなんて、驚きました。お父さまとお母さまと侍女しか見たことがなかったものですから……あんな挿絵の王子様みたいな人がいるなんて……しばらく夢に見たぐらいでしたよ」
 当時のことを思い出して、エヴァは感嘆のため息を吐いた。
 昔のことを思い出すと、ただでさえ心がここにあらずといった状態になる。だからエヴァは、リュディガーが昏い表情で問い返したとき、上の空で答えてしまったのだ。
「……つまり、なんだ。エヴァはクラウスがは初恋だったというわけか?」
「そうかもしれませんねぇ……」
 あれが一目惚れだったのかと聞かれるとよくわからないけれど、考えるより先に相槌を打っていた。
 むしろ、エヴァの初恋はリュディガーのほうなのだ。
 目の前にいる黒髪の青年を好きだと自覚したときのむず痒いような照れくさいような気持ちは、いまもはっきりと覚えている。
 媚薬を盛ったところで、初恋を自覚。
 ――うん、そういうこともあるわね……きっと。
 エヴァが自分の恋心を思い出して、ひとりでにやにやしたり、照れくさくなって机をばんばん叩いたりしていると、どうやらリュディガーはそれが皇帝クラウスのことを思い出しての行動だと誤解したらしい。
 そのあと、折悪しく皇帝クラウスからの贈り物がエヴァあてに届いたものだから、旦那さまのつむじはますます曲がってしまったのだった。

「ほら、早く選べ。エヴァ……それとも、クラウスからの贈り物はもらえても俺からの贈り物は受けとれないと……そういうことか?」
 重ねて嫌みを言われたるが、エヴァとしては違うとツッコミたい。
 ――だってこれ、どう見たって媚薬でしょう!? 普通の贈り物じゃないでしょう!?
 エヴァの旦那さまであるリュディガーは、毒伯爵などと呼はれ、薬の調合に明るい。その延長線上で、飲み薬と塗り薬とにかかわらず、複数種の媚薬を作ることができるのだ。
 ――リュディガーさまってば、どうも皇帝クラウス……陛下が関わることになると、むきになるのよね。
 ここで媚薬を一回飲んだくらいで、リュディガーの機嫌が直るなら、安いものだろうか。それに、もう過去に三回も媚薬を使われているんだし、いまさらかもしれない。
 エヴァはリュディガーの顔色をうかがいながら、おそるおそる黄色の壜を手にとった。
「ふーん……エヴァはやっぱり媚薬を使うと従順になるんだな」
 せっかく言うとおりにしたのに面白くもなさそうな顔で言われると、エヴァの反抗心が刺激されて口がむずむずする。
「リュディガーさまが選べっていたんじゃないですか!」
「まぁ、そうだな……さぁ、エヴァ。飲め」
 黄色の壜から数滴、中身をお茶に入れられて、カップをエヴァのほうへと寄せられる。
 ごくり。ハーブティーのさわやかな香りが心地よいのに、緊張のあまり、エヴァは固唾を飲みこんだ。
 ――ああ、もうリュディガーさまってば……あまり意地悪するなら、マーゴットお義姉さまに言いつけてやるんだから!
 エヴァはそう心に決めて、冷めかけたハーブティーをごくりと飲み干した。

   †    †    †

「ふぁっ……あぁっ……胸の先、舐めると……あぁんっ」
 ベッドの上で、首筋に鎖骨にちゅっちゅっと啄むような口付けを浴びせられ、服を脱がされていく。
 床の上に落とされたドレスが皺になっていなければいいのだけれど……なんて考えていたのは、最初だけだった。
 コルセットから双丘を露わにされて、下乳から持ちあげられるようにして揉まれるうちに、息が乱れてきたからだ。
 リュディガーの骨ばった指と指の間で、胸の先が早くも起ちあがってひどく猥りがましい。
 その赤く起ちあがった蕾に舌を這わされると、ずくり、と愉悦に腰が揺れた。
 ――媚薬が効いてきたのかしら……躯の奥が熱い……。
「エヴァは胸の先を弄ばれるのが好きなんだな? それはそれは、我が新妻がお気の済むまで、かわいがってさしあげないと」
 リュディガーはからかうようにそう言うと、脚に脚を絡めながら、乳首の括れをくるりと舌で辿り、押し潰してはちろちろと舌先で突く。
「ちが、胸の先、びくびくするから、いやぁ……ひゃ、ぁ……それ、待って」
「ああ、そうか。片方だけ、かわいがっては不公平ですよね? こちらのお胸もかわいがってさしあげましょう」
 ふふふ、とリュディガーは思わせぶりに笑うと、開いている方の胸の先を指できゅっと捻りあげた。
「ひゃぁんっ!」
 とたんに、鮮烈な快楽が躯中を走り、エヴァはびくんっと背を仰け反らせた。
「あぁ……や、やだって言ったばかりなのに!」
 リュディガーのいじわるに恨みがましい目を向けても、青年城主はふんと鼻で笑い飛ばしただけだった。悔しい。感じさせられている躯を責められれば、なにをどう抗ったところで陥落させられてしまう。
「もぉ……ど、どうせ……媚薬のせいで喘がされるだけなんだから……!」
 ――わたしだって楽しまないと、やっていられない。
 エヴァは覚悟を決めて、リュディガーのベストを脱がせて、筋肉質の胸に唇を寄せた。
 ――リュディガーさまだって、愛撫すれば感じるはずなんだから……。
「へぇ……エヴァ。今日はずいぶん積極的じゃないか」
 よくできましたと言わんばかりに汗ばんだ首筋に張り付いて髪をかきあげられて、ぞくりと背筋が震えた。躯が鋭敏に感じはじめると、ほんのちょっとリュディガーの指が肌を滑っただけでも愉悦を感じてしまうのだ。
「あぁん……リュディガーさま、ずるい……」
「なにがずるいんだ、エヴァ?」
「だ、だってわたしばっかり感じさせられて……あぁんっ……!」
 苦情を言おうとしたところで、耳朶を食まれて、それだけでエヴァは嬌声を上げてしまった。
「耳、くすぐった……は、ぅ……舐めちゃダメ……あぁっ」
 耳殻に舌を這わせられると、なぜか躯の芯が熱く疼く。耳朶を唇に挟まられて引っ張られて、耳裏に口付けられるたびに「あっ……やぁんっ……あぁんっ」とエヴァは躯をびくびくと震わせて、甘い声を零した。
 耳を弄ばれるだけで、どうしてこんなにまで感じてしまうのか。
 エヴァは自分で自分が信じられなかった。
 ――媚薬のせい……だわ……きっと。
 胸やお尻。太股の狭間以外のところを触られても感じてしまうという事実を、エヴァは媚薬のせいにして、自分を納得させるしかなかった。
「馬鹿だな、エヴァ。お仕置きなんだから、この体は俺に好きなように弄ばれて当然だろう? ……んんっ」
「ふ、ぅん……んんっ」
 顎に手をかけて顔を上向かされると、ちゅっと口付けが降ってきた。
 唇が離れて、また近づいて、今度はリュディガーの舌が唇の間を割って入る。
 いじわるを言ったあとのリュディガーの口付けは、いつも以上に甘くて、頭のなかにどろりと蜂蜜を流されたみたいに、蕩けさせられてしまう。
 ――だからリュディガーさまは、ずるいんだってば……。
 心のなかでは苦情を言いつつも、甘い口付けに、エヴァは夢中だった。
「んんっ……もっと……リュディガーさま……キス……」
 舌に舌を絡めて、するりと舌先で舌下を撫でられると、背筋に震えあがるような快楽が沸き起こる。
 その間に、下半身からズロースを引きずり下ろされ、濡れた秘処に指を伸ばされると、「んんぅっ」と苦情とも嬌声ともつかない声が、のどの奥から漏れた。冷たい指の感触に、びくんと躯が跳ねた。
「すごい……エヴァ、ちょっと愛撫しただけで、もう下の口がとろとろに濡れているぞ? 淫乱な皇女さまだ」
「だ、だってそれは媚薬のせいだから、仕方な……あぁ……ッ!」
 ぐじゅりと指を陰唇に入れられて、膣がきゅんと切なく収縮する。
 直接的な快楽を与えられると、触れられた秘処が感じるだけでなく、敏感さを増した躯がもっともっとと疼いてしまう。エヴァはその熱に突き動かされるようにして、艶めかしく躯をくねらせた。
「媚薬のせい……ねぇ? エヴァがそんなにくすりを楽しんでいるなら、遠慮はいらないな?」
 リュディガーはもったいつけたように笑うと、ごそごそと動いて、下半身を寛げたようだった。躯の上で動かれる衣擦れにさえ、肌が感じてしまい、「あぁんっ」と鼻にかかった声が漏れる。恥ずかしい。なのに、エヴァの躯はリュディガーが求めて熱くなるから、首に抱きついて、早くと強請るしかない。
「リュディガーさまだって……感じておられるくせに……は、早く……ほ、欲しい……」
 最後のところは、ささやくほどの声になってしまったけれど、リュディガーの首筋に抱きついている格好だから、彼の耳には届いたはずだ。
 せがむように躯を寄せると、硬くなった青年のものが下半身に当たった。すると、エヴァの躯はそれはなんなのかすぐに感じとったようだ。ずくりと期待に噎び泣くように疼いた。
 もうそろそろ、快楽を求めた躯は本当に限界だ。自尊心も大事だけれど、取り繕っている余裕はない。
「へぇ……お強請りには足りないけど、エヴァにしては上出来だ……ん」
「ひゃぅ! あっ……あぁっ……」
 躯を開かれて、リュディガーの肉槍が陰唇に穿たれると、エヴァはたまらずにあられもない嬌声をあげた。
「さて、媚薬の効果がどれだけ続いて、かわいいエヴァの啼き声がどれだけ持つかどうか……試してみようか?」
 そんないじわるな言葉を吐いて、リュディガーはエヴァに挿入した肉槍の抽送をはじめた。
「あぁんっ……そんなの……んっ……まるで、実験じゃないですかぁ……あぁっ」
 何度もリュディガーに抱かれて、その肉槍の形をエヴァの膣は覚えているのだろう。
 一度引き抜かれて、また勢いよく奥を突かれると、ぱんっと頭のなかで火花が散るみたいに愉悦が烈しくなった。
「ふぁ、あぁん……あぁっ……そこ……! あぁんっ……リュディガーさま」
 甘ったるい嬌声をあげながら、譫言のように自分の旦那さまの名前を呼ぶ。
 それはほとんど無意識にしたことなのに、ときに躯に刻みこまれる快楽よりも頭を蕩けさせて、始末が悪い。
「リュディガーさま……リュディガーさまぁ……あぁんっ」
 ひどく感じるところを突かれると、ひときわ甲高い声が迸って、自分の躯の弱点を自ら知らせていることに、エヴァは気づいていない。
「俺のかわいい皇女さまは、やっぱり天然で淫乱なんだな……」
 青年城主がくすりと微笑んだところで、エヴァは快楽の波が高まるのを感じた。
「あぁぁっ……!」
 うねるように襲ってくる快楽に、エヴァはあっという間に呑みこまれて、達してしまった。

   †    †    †

 一度達したのち、何度もリュディガーに快楽の頂点に上りつめさせられたあとで、ようやく膣内に射精され、淫らなお仕置きは終わった……はずだった。
 少しして、意識を取り戻したエヴァは躯を拭かれていることに気づいた。
 快楽を何度も感じさせられたせいで、できれば触られたくない部分もあったけれど、汗ばんだ躯が綺麗になるのはうれしい。気分がすっきりするからだ。
 問題はにやりと口角を上げて、エヴァをからかうように告げられた言葉だった。
「それにしても、媚薬がなくてもここまで乱れるなんて、俺の皇女殿下はほんのわずかの間に、ずいぶんいやらしい体におなりですね」
 くすくすと笑いながら慇懃無礼な口調で言われると、エヴァはかぁっと真っ赤になった。
「『媚薬がなくても』って……どういうことですか、リュディガーさま!?」
 怒りのあまり真っ赤になって睨みつけるエヴァを、リュディガーはふんと鼻で笑い飛ばした。
「初めから、小壜に入っていたのはどれもただの水だったわけだが……エヴァ?」
 そう言って人の悪い笑みを浮かべた黒髪の青年の、なんと魅力的なことか。
 ――ひ、ひどい……。わたし、からかわれたんだ!
 恨みがましい気持ちで睨みつける一方で、エヴァはこのいじわるそうに笑うリュディガーの顔から目が離せなかった。
「エヴァがクラウスなんかの贈り物を、あんまりにも喜ぶのが悪い」
 ぷいっと拗ねた横顔も、エヴァは嫌いじゃない。感情を露わにして話してくれるのは、エヴァに対して心を開いてくれているからだと、もうわかっているからだ。
 ――なんでこう……いじわるをするリュディガーさまってば、素敵なのかしら……怒りのやり場に困るじゃない!
 ふるふるとこぶしを握りしめて、どう仕返ししてやろうかと考えるくらいしかない。
 リュディガーは初めから媚薬を使うつもりでというより、エヴァをからかうために小壜を選ばせた。なのに、媚薬を使われたと思って、エヴァは喘ぐだけ喘いでしまった。
 ――だって、媚薬を使われたなら、躯が愉悦に墜ちても当然だと思って……!
 それこそが、リュディガーの思うツボだったのだ。そうわかって、羞恥のあまりいたたまれないのと、からかわれて頭に血が昇っているのとで混乱する。
 口答えの言葉が、すらすらと出てこない。
「りゅ、リュディガーさまなんて……リュディガーさまなんて……」
 ぶるぶると震えて、エヴァは城中に響きわたる声で叫んだ。
「だいっきらいですー!!」
 そんな負け犬の遠吠えめいたエヴァの叫びを近くの廊下で聞きつけた従者のザクスと、いまはエヴァの侍女をしているマチルダは、思わず目を合わせて微笑んだ。
「またリュディガーさまがエヴァさまをからかわれたのね」
「リュディガーさまも、もう少し大人になってくださればいいのですけど……でも、この分だと思ったより早く跡継ぎの君の顔が見られそうですね」
「ええ、本当に! リュディガーさまとエヴァさまの子どもだなんて……楽しみだわ!」
 ふたりが平和そうに交わした会話を、もちろん城主夫婦は知らなかった。

 その翌日、ヘクセントップ城のロングギャラリーの異形の像には、当てつけのように、フリル付きのリボンがめいっぱい飾られたのは言うまでもない。

〔fin.〕