波間を照らす日差しが強くなった。背後に砂漠、中心部には豊かな港を持つバシャール国に、恵みの季節が巡ろうとしている。
 国王であるハーリスのもとに、アズニアが正妃として迎えられてから、四年の月日が流れていた。
 砂漠に暮らす一族の神殿で育てられたアズニアは、異国の人々に認められるかどうか不安もあったが、それは杞憂にすぎなかった。
 いまではすっかり民の誰もが慕う、聖なる王妃として受け入れられている。
 アズニアの長い銀の髪は、今日も侍女のナウラによって丁寧にくしけずられ、真白い肌をいっそう際だたせる。
 アズニアの故郷であるメブラドの一族は、銀の輝く髪に雪のような肌持つ人々が存在し、見る者に鮮烈な印象を与えるようだ。
 王の婚礼の儀において、アズニアのあふれんばかりの笑顔と、舞踏によって鍛えられた体のやわらかな所作は、すぐに周囲を魅了した。
「最愛の正妃と、この場に立てることが幸せだ」
 そうハーリスが口にしてくれたとき、アズニアはなにより幸福だと心が震えるようだった。
 公式行事の前の支度も、いまではすっかりなれたものだ。
 髪をいくつかにわけて結い上げ、白や緑の生花を飾りつけ終えたときだった。
「ははうえ!」
 入り口の垂れ布をはねのけて、小さな影が走りこんでくる。
 まだ三つになったばかりだというのに、小柄な体は元気いっぱいで跳ねるようにアズニアの膝に飛び乗ってきた。
「サリム」
「まぁ、サリムさま」
 着付けたばかりの衣装がしわになると、侍女のナウラが不安そうにしたが、サリムはさっと膝を降りると小さな両手を広げて見せた。
 まだ小さな体が着ている白い絹地の衣装は、所々に金の飾りボタンと房が揺れ、気品を感じさせる。
 今日は王子であるサリムの誕生祝いと、民へのお披露目の日だ。
 しかし同席するはずの国王のハーリスは、視察先からの帰国が遅れておりアズニアは心配していた。
 潮の向きが悪く、昨夜帰港するはずの船がまだつかないというのだ。
「ははうえ?」
 首を傾げたサリムの頭を覆う布からこぼれた髪は、輝く金色をしている。内側にやや暗くくすんだ色味がのぞき、やわらかな手触りだ。
 真っ青な瞳はまさにバシャールの空の色で、アズニアはその双眸を見てはいつも愛しく思う。
「なんでもないわ。サリムはとても立派ね、どこもかしこも素敵」
「ほんと! ちちうえよりも?」
 アズニアの手を、ぎゅっと握ってたずねるサリムの視線は真剣だ。
 小さなサリムを追って部屋にあらわれたイスバルが、その言葉を聞いたのか笑いをこらえるように口を引き締める。
 このところなにかと自分と父親を比較しては、自分を選んで欲しいとアズニアにアピールするサリムの自信にあふれたようすが可愛らしい。
「ハーリス様と? うぅーん……ふたりとも同じぐらい素敵で立派よ」
「えぇ~~」
 明らかに不満そうに頬を膨らませた息子は、父親のハーリスそっくりの意志の強い眉をしている。
「なんだ、私を選んでくれないのか?」
 さらに間口から聞こえた声に、アズニアは驚いて立ち上がった。
「ハーリス様!」
 サリムの手を引いて駆け寄ると、その身をぎゅっと抱きしめられる。
「っと、すまない。着付けが終わっているんだな。とても綺麗だ」
 首筋に唇を押し当て告げられた賛辞に、アズニアはつい頬を染める。
 ふいに衣装の裾をぐいと引かれて、はっと我に返った。
 足下ではぎゅっと眉を寄せたサリムが、両親を見上げている。
 アズニアが抱き上げようとすると、ハーリスが先にひょいと息子を抱えあげた。
「お、ちょっと留守にしてる間に重たくなったな」
「おおきくなったのです!」
 得意げな息子が向けてくる視線の意味を、ハーリスは理解している。
 にっと唇の端をつりあげ笑みを浮かべた。
「今日のアズニアも美しいだろう? 父上の自慢の奥さんだ」
 大人げないからかいに、後ろで控えていたイスバルが小声でいなす。
「そこは『そなたの母上は美しいな』でいいんじゃないかと思いますが……」
 しかし周囲の言葉も気づかいも届かない父子は、互いの額を軽くぶつけあってじゃれあっている。
 楽しげな親子の間に、入り口から鋭いレアーシャの声が聞こえた。
「アズニア様のご支度は終わったのかしら? もうバルコニーの外は人であふれかえってますわ」
「ほら、ハーリス様も身支度を済ませてくださいませ」
 アズニアは口にして、サリムを抱き寄せて引き離す。
 いまはレアーシャが王宮の侍女頭となり、正妃の身辺のすべてをまとめているのだ。
 やがて式典の時間がせまり、周囲はとてもあわただしくなった。


 ***   ***   ***   ***


 その夜、アズニアはひと月ぶりにハーリスと寝所を共にした。
 本日の主役となったサリムは、興奮と高揚でひとしきりはしゃいでいたが、疲れ切ってしまったのだろう。
 食事の途中でぱったりと眠ってしまったと、レアーシャに聞かされた。
「サリムは、最近特にハーリス様に似てきましたわ」
 それがなにより幸せだと口にしたアズニアは、ハーリスに腕を引かれて寝台に押しつけられる。
 額に鼻にと唇で触れられ、ゆっくりと体にかけられる重みが心地いい。
「そうだな、立派な王子とこんなに素敵な伴侶がいて私は幸せものだ」
 やさしく何度かにわけて口づけられ、アズニアの体温があがっていく。
「まだ小さいのに、式典に望むサリムは顔をまっすぐあげて立派なものだった。あの子がもっと成長するのに、守る存在がいてもいい……そう思うんだが」
 ハーリスの言葉に、アズニアはわずかに首を傾げてからようやく意味を理解した。
 深くなる口づけにうっとりと目を伏せると、ハーリスの顔が艶を増して野性味を帯びる。
「……弟でも、妹でも……っ、きっと可愛がります、わ」
 首筋に軽く歯をたてられ、アズニアの呼吸が乱れた。
 ひと月ぶりに触れられる期待に、体はすでに熱を灯し、普段よりも過敏になっているのだ。
「ひ、ァアン」
 薄い夜着の生地ごしに、乳首をつままれ思わず高い声が漏れた。
 もう片方も先端を探るように揉みあげられると、身をよじるような快楽が生まれる。
「留守の間、寂しかったか?」
 アズニアは甘い吐息のなか、何度もうなずいてハーリスに身を寄せる。
 互いの間にある布地をうとましく思うほどに、ハーリスの熱い肌に触れて互いを感じたかった。
「ハーリス様に会いたくて、触れられないのは……あっ、ンン。さ、みし、かった」
 気づけばすっかりアズニアの夜着は腰帯をほどかれ、寝台の下に落とされている。
 両胸を下からぎゅっと持ち上げられ、先端に舌で触れられるたびに体はビクビクと反応してしまった。
 そのままヘソを舌で探られ、下腹部を手のひらでぐっと押さえられると、アズニアは己の内部がきゅうっとうずく感覚に熱い息を吐く。
 さらにハーリスの指が秘処に伸ばされると、すでにぐっしょり濡れた蜜洞がいやらしく音を立てるのにうろたえた。
 指を一本、二本と抜き差しされる間ににも、敷布に染みをつくるほど愛液が滴り形を変えていくのがわかる。
「ずいぶん、なかが熱く膨らんでるな。もっとゆっくり可愛がりたかったが……我慢できそうにない」
 ハーリスもまた、ひと月も離れている間に募らせた欲望があるのだと伝えてきた。
 押しつけられたハーリスの熱い雄に、アズニアは手を伸ばすと張りつめた手触りを確かめた。
「ください、ハーリス様。奥まで……いっぱい」
 はしたないとは思いながらも、ハーリスの怒張の先端を自ら濡れた花びらにこすりつけてしまう。
 クチュ、グチュンと音が響くと、アズニアの腰に添えられたハーリスの指にぐっと力がこめられる。
 ひくつく柔壁をこすりあげながらハーリスの肉棒が突き入れられ、奥まで一気に届いた熱にアズニアは痙攣しながら達してしまう。
「いっ……ッァア……アッ、アッ、……ンァア!」
 快感にうねる肉ひだの動きを、ハーリスが息を詰めてやりすごすと、アズニアの波が落ち着くのを少し待った。
 たかぶりすぎた体を宥めようと、アズニアは必死に息を吸って整える。
 わずかに涙声をにじませると、「ハーリスさまの、熱いの……もっと」とさらなる刺激をねだった。
 潤んだ緑の瞳は、欲情にすっかり染まって揺れている。
「あぁ、そうだな。朝までたっぷり子種を注いでやる。溢れ出るまで、いくらでも、な」
 さらに足を高く抱え上げられ、いっそう深くまで体を開かれたアズニアはハーリスの腕にすがりつく。
 情熱的な抽挿に、アズニアの柔壁はハーリスの子種をせがむように吸いついた。
 しばらくぶりの情交は二度、三度と終わることなく、ハーリスが口にしたとおり夜明け近くまでつづくことになった。


 ***   ***   ***   ***

 
「おはよう、サリム」
「おはようございます。ちちうえ」
 朝食の席には乳母によって身なりを整えられ、ちょこんとクッションに座らされているサリムがいる。
 アズニアが正妃として迎えられてから、最初に口にした願いごとは宝飾品でも離宮でもなく、家族で食事を共にすることだった。
 もちろんハーリスが王として必要な宴や賓客の席を別として、許される時間はこぢんまりとした空間で共に過ごしたいとアズニアは口にした。
 その理由を誰よりも知っているハーリスは、アズニアの願いを生涯の約束にしようと誓い、守られている。
 けれどその席に、いまアズニアの姿はない。
「きょうは、モルテザとははうえと、あそぶのです」
 約束をしていたのにと、わずかに不安をのぞかせる息子に、ハーリスは小さな手を握って語りかけた。
「わかった。昨夜はアズニアに、長い旅の話を聞かせていて遅くなってしまってな。それで寝坊しているんだ。あとで一緒に迎えにいこう。それにお前に見せたい贈り物もあるんだ」
 久方ぶりの父親とのふれ合いに、サリムも少しずつ気持ちがなじんできたようだ。
「おくりもの?」
「あぁ、昨日は立派に王子の務めを果たした。お前はもう三つになったんだ」
 その言葉に、青い目を神妙に瞬いてサリムはこっくりとうなずく。
「はい。じゃあ、ははうえもいっしょに」
 
 朝食を終えた父子は、庭に出て手製の小さな花束を作ってからアズニアの寝室へと迎えにいった。
 昼には軽食を包ませると、ハーリスの馬に乗ったアズニアがサリムを抱き、三人で宮殿敷地内にある広い馬場へ向かう。
「わぁ! おうまさん」
 動物が好きなサリムが明るい声をあげると、ハーリスが囲いのなかを指す。
「サリム。あれがお前の相棒だ」
 優雅にくつろぐ馬のなかに、葦毛の子馬が元気に飛び跳ねているのが見える。
 アズニアも「可愛い!」と口にして、サリムと一緒に笑い声をあげた。
 馬から下りたサリムは、まっすぐ子馬に向かって走り出し厩番が慌てて後を追う。
 ハーリスに腰を抱かれ、アズニアはその腕に手を添えた。
「気に入ったか?」
「とっても。本当に、最高の贈り物です……」
 笑みをこぼしたアズニアは最愛の夫をみあげると、凛々しい褐色の横顔に唇を寄せた。


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