僕はきみのもの
「わかってる? あなたはわたしのものなのよ」
それがセシリア・グレインバースの、昔からの口癖だった。わたしがあなたのものなのではなくて、あなたがわたしのものなのだ、と。
没落しつつある旧大国グレインバース王朝のたった一人の姫として、セシリア・グレインバースは十七年前、この世に生を受けた。今、セシリアの横に立つ元近衛隊長にして海賊王、アルトゥール・キリシュは、華奢な肩を怒らせて見上げてくる姫君の主張を「そうだね」と笑って受け流す。それは出会った頃から変わらない。
セシリアは、十も年上の元近衛隊長が、自分を軽くあしらうことに我慢ができないのだろう。彼女は本質的には優しい少女だが、大国の姫らしく、気位は高い。なまじ剣も学問もできたものだから、ますます自信をつけたのだろう。
(剣も学術も、僕が教えたんだけどねえ)
アルトゥールはセシリアから、少し目を逸らして考える。アルトゥールが目を逸らしたことで、セシリアの機嫌がますます斜めに傾ぐ。
「ちゃんとこっちを見なさいな! あなたはいつもよそ見をしてばかり!」
「暗殺者が紛れこんでいないかどうか、目を配っているんだよ。これでも海賊業より近衛隊長としての経歴の方が長かったんだ」
それは言い訳ではなく、事実だった。アルトゥールが今日の舞踏会で、周囲に目を配っていたのはセシリアの安全のためだ。政情は未だ安定しているとは言い難い。爵位も持たない異国の男であるアルトゥール・キリシュが、如何に武功を立てたとはいえ次期女王の婚約者として隣に立つことを、快く思わない者はいくらでもいる。
(それで僕を狙ってくれるなら、もう少し楽なんだけれど)
アルトゥールは溜め息をついた。セシリアは、貴族の男たちには見向きもしない。王朝が傾きかけた時は真っ先に逃げて、復興と栄光の兆しが見えた途端に戻ってきた男など、姫君の寵愛を得られるわけがないだろうとアルトゥールは思うのだが、どうやら世の中はもう少し厚かましくできているようだった。セシリアの心が得られない以上、他の男には王位に着ける算段がつけられない。ならばセシリアを暗殺して、もう少し下位の王族を次期女王に擁立するほうが彼らにとっては有利なのだ。
そのことはセシリアにもわかっているはずだった。彼女は馬鹿ではない。何せこの僕が手ずから教育したのだからと、アルトゥールは胸を張って言えた。アルトゥールはセシリアの父であるエドワード王の信任を得て、彼女が十二の頃からつきっきりで教育を施した。
アルトゥールの小さな溜め息さえ、セシリアは聞き逃さなかった。ぴくりとセシリアの柳眉が吊り上がる。
「今、溜め息をついたわね?」
「別にきみに呆れたわけじゃない。この国の行く末について思うところがあるだけだ」
「今はそんな話をしているんじゃないのよ!」
セシリアは今にも地団駄を踏みそうな勢いだ。如何に賢くとも、セシリアはやはりまだ、年相応の少女だった。焼き餅を、素直にそうだとは言えない。
(素直に言えばいいのに)
アルトゥールはさっきからずっと、笑いを噛み殺していた。他の貴婦人を見ないで、と、素直に言えばいいのに。セシリアは極めて回りくどい表現をする。言えないのだろう。焼き餅を焼いている、だなんて。
アルトゥールの心にふと、悪戯な気持ちが湧いた。問題の舞踏会はすでに終わり、二人は今、各自の寝室に戻ろうとしている。結婚式はまだだから、体面上寝室は分けているが、アルトゥールがセシリアの寝室に出入りすることを咎める者はいない。事実上セシリアの寝室は、二人の寝室だ。その寝室に、月明かりが差しこんでいる。
アルトゥールは、まだ怒っているセシリアの前で両手を挙げてみせた。
「わかった、わかったよ、セシル。僕はきみのものだ。もう、とっくにね」
「わかればいいのよ」
セシリアはそう言って胸を反らしたものの、まだ少し不服そうだった。なんだかあしらわれたように聞こえたのだろう。アルトゥールの企みは続く。
「でも、きみは僕のものではないよね。王位継承権を狙う大貴族たちは、まだきみを諦めてはいない」
「そんなの、無視すればいいだけよ」
あっさりとセシリアは答えた。実際、彼女が貴族たちに一瞥もくれないのをアルトゥールはよく知っている。優越感を得なかったと言えば、嘘になる。アルトゥールはそういう時、わざとセシリアの腰を抱いたりして貴族たちに見せつけるのが好きだった。この勝ち気で高貴な姫君は、自分にしか身も心も許さないのだ、と。
そういうセシリアが可愛くて堪らないから、アルトゥールはもっと悪戯したくなる。
「それとこれとは別だ。本来僕の身分では、きみの夫にはなれない」
「それはもう認めさせたじゃない。あなたは、トルメキアの軍を……」
「僕のほうが可哀想だとは思わない? セシル?」
セシリアが正論を吐く前に、アルトゥールはセシリアの逃げ道を塞いだ。要するに情に訴えた。
「かっ……」
セシリアの肩が、ぷるぷると震えた。
「可哀想、なんかじゃ、ないわ……! アルトは……っ」
彼女は本気で悔しがっているのだと、伝わってくる。自分のために震える彼女の姿を、アルトゥールはもっと見ていたかった。
「あんな連中より、ずっと優れているもの……!」
「なら、今宵も夜伽に呼んでくれる? お姫様」
アルトゥールの『おねだり』に、セシリアがぎょっとして後退る。船上では何度も睦み合ったけれど、王宮ではそうはいかない。セシリアはあくまでもグレインバースの継嗣だが、アルトゥールは入り婿だ。セシリアの寵愛を受けるのは、アルトゥールの側であるというのがここでの仕来りだった。
(今更照れなくてもいいのに)
真っ赤になって俯くセシリアの金髪に、アルトゥールは指を絡め、自分の口元に持っていく。癖のない艶やかなブロンドは、アルトゥールの一番のお気に入りだった。
暫しの逡巡の後、セシリアは無理に胸を張って告げた。
「い、いいわ……来なさい……っ」
待ちかねていたように、アルトゥールはセシリアの躰をさらうように抱き上げた。
「あ、ン……嫌……っ……」
ドレスの裾を捲られ、下着を下ろされて、セシリアは甘ったるく抗議した。
「この、格好……いや……」
セシリアは今、アルトゥールの上に逆さまに乗せられ、彼の顔を跨ぐ体勢を強いられていた。セシリアが一番恥ずかしがる体位だ。だからアルトゥールはわざとそうした。
「もう夫婦になるんだし、いつまで恥ずかしがっているんだ?」
「は、恥ずかしく、なんか、ない……!」
アルトゥールがそう言えば、セシリアはそう答えるに決まっていた。彼女は負けず嫌いだ。セシリアの意地っ張りを利用して抵抗を封じると、アルトゥールはセシリアの金色の下生えをゆっくりと堪能し始めた。すでにたっぷりと蜜を湛えている紅色の泉が愛らしく目に映る。セシリアも待っていたのだと、アルトゥールは気づいていた。
「ン、ひ……ッ」
快楽の雌芯にいきなり口づけると、セシリアの内股が震える。
「僕のも、して」
アルトゥールはセシリアに、自分の雄蘂を愛撫するようにねだったが、セシリアはなかなか言うことを聞いてくれない。無理強いなんかしなくても、アルトゥールには幾らでも彼女を意のままにする言葉があった。
「熟達した貴婦人というのは、こういうことにも長けているものだけれど。仕方ないな、きみはまだ少女だから」
「へ、平気よ、これ、くらい……っ」
「噛まないでね、貴婦人なら」
「うる、ふぁ……ンン、ぅ……っ」
薔薇色の唇に包まれて、アルトゥールのものが随喜に震え、大きさを増す。こんなことを許されているのは自分だけなのだと思うと、アルトゥールはますます上機嫌だった。
「ン……ふ、ぅぅ……ン、あ……ッ!」
紅い割れ目を左右に拡げると、中からとろりと熱い蜜が溢れてきた。ヒクついている中の媚肉に舌を這わせると、セシリアの声が甘さを増す。もうすっかり、セシリアの躰はアルトゥールの妻だった。
「教えて。きみは、誰のもの?」
「あ、アルト……の……あ、やぁぁ、ン……ッ!」
快楽の粒を指で可愛がりながら愛を乞うと、シリアはやっと素直に告白してくれた。「好き……っ……アル、ト……好き……っ……」
アルトゥールの牡が、一層滾る。夜はまだ長い。すぐに終わらせるつもりはなかった。
やっと抱けた。やっと手に入れた。海賊王に身をやつしてまでして、やっと。
世界一可愛い、僕の姫君。アルトゥールはそう囁いた。