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呪いのお菓子と恋する夫妻

 その日、ジークフリートは友人らと軽く飲みに出かけ、いつもの就寝時間よりも小一時間程前に王宮へ戻った。なんとなく早めに帰らないといけない、と思っての行動だったが、なぜ自分がそう感じていたのか、深くは考えられなかった。
 というのも、今日の飲み会は若い独身貴族が多く集まっていて、皆浴びるように酒を飲み、ジークフリートもつられて飲み過ぎていたのだ。持ち寄り企画であった、各々が選ぶ“面白い菓子”とやらも、勧められるまま食べてしまい、当分甘い物はいらない、といった気分である。
 近衛兵に導かれるまま寝室へ向かっていたジークフリートは、ふと顔を上げた。もう寝ると告げたはずなのに、近衛兵が案内した部屋は、奥宮の東にある彼の寝室ではなく、正反対の、西にある部屋だった。
 なぜここに――と思考を巡らせている間に、近衛兵は扉をノックして来訪を告げる。時を置かずして、中から応答があった。
 お仕着せを着た侍女が顔を覗かせ、そのすぐ後ろから、ひょっこりと少女が現れる。
 彼女はジークフリートと視線が重なると、ふわっと愛らしい笑顔を浮かべた。
「お帰りなさい、ジーク様」
 その甘い声を聞くや、ジークフリートの胸に、なぜか温かな感情が広がる。それは愛しい――という想いに外ならず、彼は当惑した。
 ――なぜ初対面のはずの少女に、こんな気持ちを感じる……?
 ジークフリートは、彼女と面識がない。しかし既視感はあり、どこかで会ったのだろうか――と、しげしげと彼女を見つめた。
 腰に届く艶やかな髪はミルクティー色で、とても柔らかそうだ。柳のように整った眉に、純粋そうな光を宿す大きな翡翠の瞳。就寝前の頃合いだからか、化粧気のない素顔を晒しているのに、その唇は血色よく、熟れた果実を彷彿とさせた。肌は白く、大きく開いた襟ぐりから覗く鎖骨には色香がある。そこから下へ視線を向ければ、形よい豊満な胸が――。
 そこまで見てから、ジークフリートはハッとした。十七、八歳くらいであろう年若い少女は、無防備にも夜着で彼の前に立っていたのだ。
 紳士として、女性の夜着姿をまじまじと見てはいけない。
 とっくに彼女の全身像を目に焼きつけてしまっており、時すでに遅しではあったが、彼はさっと顔を背け、バツの悪い気持ちを隠して近衛兵に尋ねた。
「……なぜご婦人の部屋に案内したんだ? 俺の部屋は奥宮の東だ。こんな夜分に客人の部屋を訪ねるなど、非礼だろう」
 大方、母が招いた客人だろうと当たりをつけ、ジークフリートは嘆息する。
「――は?」
 問われた近衛兵は、わけがわからない顔をした。
 長年仕えている男なのに、おかしな反応をする――と怪訝に感じながら、ジークフリートはできるだけ姿を見ないようにして、少女に詫びる。
「失礼した。夜遅くに戻ったものだから、部屋を誤ったようだ。明日、改めて謝罪に参る」
 部屋を間違えただけだ。このまま会わずにおこうと思えばそうできるのに、ジークフリートはなぜか、彼女にもう一度会ってどこのご令嬢なのか知りたいと思い、翌日に顔を合わせる口実を作っていた。
 話しかけた少女は、きょとんとする。
「……ジーク様……? ……酔われているの?」
 この時やっと、ジークフリートは彼女が自分を愛称で呼んでいることに気づいた。
 ――親しい仲ではないはずだが、貴女にそう呼ばれるのは悪くない。
 普段、女性にここまで無条件に甘い感情を抱かない彼は、己の気持ちに違和感を覚えるも、穏やかに応じる。
「ああ、今夜は少々飲み過ぎたようで……」
「……大丈夫ですか? 私、ティナですけれど、おわかりになっていらっしゃる……?」
 返答の途中で、少女が警戒心なく歩み寄り、腕にそっと白魚のような手を乗せた。
 ジークフリートは――そうかティナというのか、としっかり彼女の名前を記憶に留めつつ、咄嗟に身を引く。
 男に気安く触れるなど、遊び慣れた女のすることだ。恐らく未婚の女性である少女――ティナに、あらぬ噂が立ってはいけない。
 あくまで紳士的な気遣いからの行動だったが、一歩下がって手を避けるや、彼女は瞳を丸くして、あからさまにショックを受けた表情になった。その大きな瞳にみるみる涙が浮かび上がり、ジークフリートはぎょっとする。
「ど……どうなさったの……? 私に触れられるのが、お嫌なの……?」
「い、いや、嫌ではないが――。いや、違う。その――貴女のようなうら若いご婦人は、そう気安く男に触れぬほうがいい。あらぬ誤解をさせても、いけないだろう」
 震える声で問われ、ジークフリートは思わず本音を零してから、建前を口にした。
 瞳をうるうると潤ませて、今にも泣き出しそうな表情になっていたティナが、首を傾げる。
「……うら若いご婦人……?」
 彼女は不思議そうに何度か瞬いたのち、極当然の口調で言った。
「……あの、ジーク様? 私は、貴方にだけは触れてもよいと思っております。だって私は、貴方の妻ですもの」
 可愛い顔で言い放たれた言葉に、ジークフリートの思考は停止した。しばし呆然と己の妻だとのたまった少女を見下ろし、頭の中で疑問符を打つ。
 ――妻? ……それは都合がいい。あれか、これは夢か? それなら今夜、一緒に過ごさせてもらってもいいということだな?
 瞬時に阿呆な考えが脳裏を過ったものの、紳士の振る舞いが身に染みついた生粋の王太子は、眉根を寄せ、真面目に言い返した。
「……何を言っている……? 私に妻はいない」
 事実を口にしただけなのに、ジークフリートの返答を聞いた刹那、彼女はひゅっと息を呑んだ。二人の傍らで、淡々とやり取りを観察していた侍女を振り返り、半泣きで訴える。
「どうしよう、ビアンカ……っ。ジーク様が、私のことをお忘れみたい……! お酒で存在を忘れてしまうほど、私にご不満をお持ちだったの……!? 今週一杯、夜伽をお断りしちゃったせい……!? 毎日のようにお望みだったところを、週数回に抑えてくださっていたのが、やっぱりご不満だったとか……っ? でもでも、ジーク様だって、月のものにはご理解を――むぅっ……」
 涙声でとうとうと繰り出された身に覚えのない情報の数々に、ジークフリートは思わず、彼女の口を手で塞いでいた。全くもって理解しがたい内容だが、侍女はともかく、近衛兵たちには聞かせたくない――と咄嗟に感じたのである。
 少女が不安そうに見上げてきたので、ジークフリートは微妙な表情でぼそりと呟いた。
「……その、よくわからんが、そういう話は、もっと小さな声でした方がいいのではないだろうか……」
 ちらっと視線で近衛兵らを示すと、彼女は今やっと気づいた顔になり、頬をかあっと染める。
「……申し訳ありません……」
「いや……」
 手を離すと、か細い声で謝罪され、ジークフリートは言い淀んだ。これまで無言を貫いていた侍女が、遺憾である、という顔でジークフリートを見上げた。
「――ジークフリート殿下。今宵の宴で、妙な菓子を口にされませんでしたか?」
「妙な菓子……? “面白い菓子”を持ち寄る会だったから、菓子なら大量に食ったが……」
 侍女はきらりと目を光らせる。
「その菓子の中に、青く見事な球体の砂糖菓子はございませんでしたか? 噛むと中に酒の香りがするショコラーデが入っている、シュトルム王国産の珍しい菓子でございます」
 貴族令息らが持ち寄った、とっておきの菓子を次々に勧められてまくっていたジークフリートは、ぼんやりする思考をなんとか動かし、ああ、と頷く。
「そう言えば、ツェーザルがニヤニヤと笑って勧めてきた菓子が、そんな形だった気がするな。高価な品だから、二個しか手に入らなかったと言って……」
 差し出された菓子は一つで、もう一つは既に食べたとか言っていた――。
 魔法の国である、隣国・シュトルム王国の品は、確かにどれも高値で、取り寄せるのも大変だと、ありがたく口にしたのだが――。
 侍女はふうっと息を吐き、少女に目を向ける。
「姫様……ジークフリート殿下が食されたのは、最近、エーリヒ殿下が開発された、はた迷惑な菓子でございます。なんでも、口にした当人にとって最も大事な人の記憶を消す呪いつきだとかで、まだ隣国内でもほとんど流通していないのですが……。さすがジークフリート殿下のご友人です。すでに手に入れられていたとは……」
「……どうしてお兄様は、そんな呪いつきのお菓子をお作りになったの……?」
 全然意味がわからない、と言いたげな顔をしたティナは、次いで何かに気づいた顔になり、最終的にさあっと青ざめた。
「え――!? それじゃあジーク様は、本当に私を忘れてしまっているの……!? そんな……っ、ど、どうしたらいいの……!?」
 両手で頬を押さえ、また瞳に涙を浮かび上がらせていく。
「……泣くな」
 隣国の王太子、エーリヒは旧知の友人だ。ジークフリートは――あいつならありえない話ではないし、早めに帰らねばと考えていた理由は、もしかしたらこの少女の顔を見るためだったのかもしれない――と思いながら、ティナの目尻に溜まった涙を親指で拭いとった。
 ほとんど無意識の行動だったが、涙を拭われた彼女は、こちらを見上げ、ぽっと頬を染める。
 いかにも、大好き――といわんばかりの表情で、ジークフリートの理性がぐらりと揺らいだ。無性にこのままキスしたい衝動に見舞われ、しかしそんな真似は許されまい、と視線を逸らした。己を誤魔化すために、近場にいる侍女に話しかける。
「……それが事実だとして、その記憶を消す呪いとやらは、どうやったら解けるんだ?」
 侍女は神妙な顔で、首を振った。
「今のところ、解呪の方法はございません」
「――嘘……っ。わわわ、私、お兄様のところに行って、解呪の魔法を開発して頂くようにお願いしに行かなくちゃ……っ」
 ティナが今すぐに出立しそうな勢いで踵を返したので、ジークフリートは後を追って部屋に立ち入った。居室の奥にある寝室に駆け入り、衣装部屋に向かおうとしたところを、ベッドの手前で引き留める。
「待ちなさい。そう慌てても仕方ないだろう。あいつに頼むにしても、もう夜も遅いから、明日、どうするか考えれば……」
「――でも……っ、ジーク様は、私をお忘れなのでしょう……っ? やっと手を繋いだり、キスをしたり、一緒に寝て下さるようになったのに……! 今は私を愛しても下さっていないなんて、嫌です……っ」
 ふわりとミルクティー色の髪を揺らして振り返った彼女を見たジークフリートは、目を瞠った。本当に悲しいのか、ティナはあっという間に瞳から涙を溢れさせ、ぽたぽたと滴を絨毯に零していたのだ。
「……泣かないでくれ。……その、貴女を愛していないわけでは……」
「結婚してからは、一度だって“貴女”なんで呼ばれたことはございません……! ジーク様は私を、“ティナ”だとか、“お前”とお呼びになるの……っ」
 両手で顔覆って否定され、ジークフリートは言葉に詰まる。
 記憶のない彼は、とてもではないがこの美しい少女を呼び捨てにしたり、ましてや我が物のようにお前呼ばわりする気にならなかった。だが胸には確かに恋焦がれるような感情が広がっており、自身の言葉に偽りがあるわけでもないのだ。
 彼女は儚げで、それでいて目を奪われずにおれない美貌を有している。こんな女性が、エーリヒの妹で、しかも自分の妻とは――夢にしたって、俺は随分と運がいい。
 未だ酒に酔っていた彼は、常よりもやはり思考がまとまらず、自分の妻らしい少女を、ただ愛でたい気分だった。けれど眺め続けるには、彼女の泣き顔は不憫で、ジークフリートは彼女を宥めたい一心で、囁きかける。
「すまなかった……。呼び方は改めるから、泣かないでほしい」
 顔を覆う彼女の手をそっと剥がし、その目尻に口づけを贈った。ちゅっと音を立てて涙を吸うと、彼女は震える吐息を零し、ジークフリートを見返す。そして吐息が触れる距離にあるジークフリートの顔を見つめ、明らかにうっとりと見入った。
 あまりに自分に惚れている様子に、思わず薄く笑ってしまう。
「……貴女は随分と、俺が好きなようだ」
 つい、揶揄いのセリフが口を衝いた。ティナは頬を染め、軽く眉を吊り上げる。
「……十二歳の頃から、ずっとお慕いしておりますけれど、何か悪いですか? 私は貴方が大好きなのです……っ。あと、呼び方が改まっておりません……!」
 ジークフリートは、そんな頃から好きなのかと内心で驚き、その素直な反応に、甘く微笑んだ。
「……そうか。お前(・・)は随分と可愛いな、ティナ(・・・)」
 自然と、彼女の言う“いつもの呼び方”になっていた。
 するとティナは、一度目を見開き、それから嬉しそうに笑う。
「ちょっとだけ、いつものジーク様みたいです……」
 抱きしめたくなる、愛らしい表情だった。彼女の顔を見た瞬間から感じていた愛しさが強烈に胸に広がり、ジークフリートは優しく尋ねる。
「ちょっとだけか……。いつもの俺は、どんな感じだったんだ?」
 彼女が求めるいつもの自分が、どうしてだか羨ましく感じられた。
 ティナは思い出を遡るために中空を見上げ、ぽつりぽつりと答える。
「えっと……私の話を、いつも穏やかに聞いてくださいます。私のへたくそな魔法を褒めて下さったり、あ、あと、よく私の欲しいものを尋ねられたりして……」
「欲しいもの……? 今、何か欲しいものがあるか?」
 物を贈れば、もっと喜ぶ顔を見られるかと思って尋ねるも、彼女は首を振った。
「いいえ、ありません。私の答えは、いつも同じなのです。貴方からの毎日のキスがあれば、それで幸せです。……あ、でも、やっぱり私と同じように、ジーク様も私を愛してくださっていると、もっと嬉しいのだけど……」
 照れくさそうに俯いた彼女の前髪に、無意識に手が伸びていた。指先で梳いたそれは、想像以上に柔らかく、だが不思議と手に馴染む。そのまま頬を撫でれば、滑らかな肌の感触に、ざわりと腹の奥が熱くなった。
 ――この少女は、俺のものだ。
 不意に獰猛な独占欲が全身を駆け抜け、ジークフリートは己の感情にぎくっとする。身を強張らせた彼に気づいたティナが、顔を上げた。そしてやはり、先程と変わらぬ、ジークフリートが好きで仕方ない、という目で見つめる。
 その表情や一途そうな態度が可愛く、気がつけば、彼は許可も得ぬまま身を屈めて彼女と唇を重ねていた。
「え……っ、ん……っ」
 普段ならば、恋人でもない少女に口づけをしようなどとは思わない。ましてや許しもなく触れることもない。けれどティナだけは、どうしても触れたい衝動を抑えられなかった。そもそも、彼女の顔を見た瞬間から、ジークフリートは触れたいと感じていたのだ。これほど自分を好いている態度を取られ、我慢できるはずもない。
 酔いのせいで、常よりも理性が緩んでいたジークフリートに急にキスされたティナは、翡翠色の目を丸くした。けれど、ジークフリートが湧き上がる情愛のまま、熱い口づけを繰り返すと、やがてくったりと身を預けてくる。腰に手を添えて抱き寄せても、嫌がる素振りはなく、彼はごく自然にその口内に舌を滑り込ませた。
「んぅ、ん……っ」
 歯列を割り、舌を重ねる。ぬるぬると絡めだすと、ティナが逃げ腰になるのを感じ、逃さぬように後頭部に手を添えた。その内彼女の喉から、甘い声が漏れはじめ、ジークフリートは飢えるような劣情を覚える。絡める毎に響く卑猥な水音に、色艶ある吐息交じりの声。
 もっと声を聞きたい。彼女の柔肌に触れ、乱したい。
 そんな我欲に襲われ、彼はティナのわき腹からゆっくりと体のラインを撫で上げていった。手のひらはやがて彼女の胸にたどり着き、くにゅ、とそれを揉む。ティナはびくりと背を震わせた。嫌だと抵抗すると思ったのに、唇を離してみても、彼女は恥ずかしそうに頬を染めるだけで、されるがままだ。
「……っ、ジーク様、あ……っ……」
 ジークフリートは、自分を受け入れている様子の彼女の胸を淫猥に捏ね回し、先をきゅっと摘まむ。
「ひゃうっ、あ、あ……っ」
 ティナは反射的に背を反らし、高い声を上げた。それは着実にジークフリートに火をつけ、彼は熱いため息を吐いて、白い首筋に口づけを落とす。
「……すまない……ティナ。どうにも俺は、お前が好きで仕方ないようなんだが……抱いてもいいだろうか」
「ひゃあんっ、……んっ、あ……っ」
 言いながら、指が勝手に胸の先を弄ってしまい、彼女は返答もできなかった。ジークフリートは返答を待てず、間近にあったベッドに彼女を押し倒し、のしかかる。枕辺に広がった髪は艶やかで美しく、ネグリジェ越しに見える成熟した肢体は艶めかしかった。
「ジーク様……ま、待って、皆が……っ」
 この時になってようやく、彼女は侍女や近衛兵の存在を思い出したようだった。ジークフリートとティナが寝室に入った時点で、彼らは音もなく部屋を出て行っている。それに気づいていた彼は、上着を脱ぎつつ、低い声で応じた。
「皆、下がっている」
 彼女は目をぱちくりさせ、いついなくなったの、という顔をする。ジークフリートはその間に手を伸ばし、胸元のリボンを解いた。しゅるりと布がはだけ、豊満な胸が露わになるや、全身の血潮が怪しくざわめいた。何も考えずむしゃぶりつきたい激情を呑み込み、確かめる。
「……抱いてもいいか?」
 無理強いをして、怖がらせたくない。咄嗟にそう思い、己をなんとか抑え込んで問うと、ティナはおずおずと頷いた。
「は、はい……」
 ――本当に、俺の妻のようだ。
 いきなりの口づけも嫌がらず、身体に触れても抵抗一つ示さない。それどころか、ジークフリートに触れられて、心なしか嬉しそうだ。
 そんな実感を抱き、ジークフリートは薄桃色の乳首に舌を這わせた。
「……あ、はあ……っ、ジーク様、……っ」
 胸の先を舌で転がすと、ティナは背を反らし、もう一方の胸を手で捏ねれば、頬を染め、気持ちよさそうに身を捩る。肌はどこも敏感で、太ももや腰を撫でるたびに小さく震え、声を漏らした。
 煽られるまま彼女の体を手のひらと舌で味わっていた彼は、反応の一つ一つが初々しく、まるで生娘のようだ――と思い、はたと疑念を抱く。己の妻だと自称しているが、もしもこれが初めてだったら――。
 不意にそんな心配が脳裏を過った彼は、――まさかそう(・・)なのか? と不安に駆られながら、おもむろに彼女の足のつけ根に手を這わせた。
「……っ、ん、ん……っ」
 指先で触れた蜜口は、すぐにでもジークフリートを受け入れられそうにしとどに濡れている。清純そうな見た目にそぐわない、淫らなまでの反応に、思わず喉が鳴った。
 中に指を入れると、きゅうっと締めつけられ、彼の下腹がぞくりと反応する。指を動かしはじめると、あえかな声が鼓膜を揺さぶった。
「んん……っ、あっ……はあ……っ、やっ……あっ」
 中で十分に感じている様子に、ジークフリートの体は熱を帯び、同時に苛立ちを覚える。
 生娘であれば、花芽を弄ってやる方が喜ぶが、彼女の体は既に、何者かに慣らされている状態だ。それがどうにも許しがたく、だが酷くしたくもなく、彼は十分に蜜壺が柔らかくなるまで蜜壺を指で弄った。それから己のベルトを外して、ずるりと引き出した欲望を彼女の蜜口に擦りつけながら、苛立ちを孕んだ声で尋ねる。
「……今まで、何度他の男に抱かれたんだ……?」
「え……? あっ……きゃうっ」
 どす黒い嫉妬を腹に抱いたまま、熱い猛りで彼女の濡れた花芽を擦った。彼女はびくびくと体を跳ねさせ、蜜口からとろりと愛液が溢れる。腰を揺らし続ける内に、いやらしい水音が響き始め、ティナの膝が快楽にかくかくと震えだした。
 花芽を弄られるだけで心地よく、質問に答える余裕もないのか、彼女はうっすらと肌を朱に染めて、喘ぎ続ける。
 ジークフリートは、彼女の膝裏に手をかけ、胸まで高く持ち上げた。凶悪に硬く勃ちあがった己の欲望を蜜口に押しつけ、そのまま予告もせず、一気に最奥まで突き立てた。ティナは背を反らして、嬌声を上げる。
「きゃああっ、あっ、あっ、待って、ジークさま……っ、ああんっ、あぅ……っ」
 ジークフリートは彼女が落ち着くのも待たず、すっかり濡れそぼった蜜壺の中で、己を性急に抽挿させた。彼女の体はたまらなく心地よく、腰を揺らすごとに愛液が溢れ出る。見下ろせば、豊満な乳房が揺れ、それも実に淫靡で、彼の瞳は獣のそれに変わった。
 抱かれている彼女も、先ほどまでとは格段に違う甘い声を上げ、表情も、声も、可愛くて仕方ない。しかし自分より先にこの行為を許されていた他の男がいるのだと考えると、その相手に殺意を覚えた。
 ジークフリートは身を屈め、ティナの耳朶に舌を這わせる。
「……ティナ……っ……お前は可愛いな……。……だが、誰にこんなに慣らされた……? お前の体は、随分と心地よすぎる……っ」
 胸に手を這わせ、くにゅくにゅと捏ねながら、嫉妬交じりに尋ねる。耳朶にキリッと噛みつくと、彼女は身を竦めた。
「んう……っ」
 耳が弱いらしく、中が収縮する。そのたまらない締めつけ具合に、ジークフリートはより大きく腰を振るった。
「……答えろ……っ、誰がお前を抱いた……っ」
 じゅぽじゅぽと淫らな水音が響き渡る中、きつく問うと、彼女は嬌声の合間にたどたどしく答える。
「ひゃあっ、あっ、あんっ、あ……っ、わ、私……っ、ジーク様しか、しらな……っ」
 その答えに、嫉妬に沸いていた頭の一部が、冷静になった。
 話によれば、彼女はジークフリートの妻なのだ。彼女の体を慣らすことができたのは、自分以外にありえず、ジークフリートしか目に入っていない彼女の様子も、浮気などしていないだろうと想像できる。納得してもよい状況だったが、過去の記憶がない彼は、やはり彼女の初めてを別の男に奪われたように感じて面白くなかった。
 己の腕の中で乱れる美しい女性を、他の男に見せてしまった妄執にとらわれ、ジークフリートはずるる、と己の熱杭を引き抜いて、彼女の最奥を抉る。
「ひゃあぁんっ、あっ、あっ……そ、そこは……ダメ……っやぅ!」
 妻は予想通り高い声を上げ、蜜壺がきゅうっとジークフリートを締めつけた。腰を打ちつけながら、一緒に親指の腹で、濡れた花芽をにゅるにゅると弄ってやる。絶頂を感じさせない程度の責め苦を受けた彼女は、首を振って逃れようとするも、身体は従順に反応した。
 愛液がとめどなく溢れ、シーツまですっかり濡れそぼってしまっていた。彼女が感じているのは明らかで、膣内もそれを伝えるかのように痙攣をはじめている。
 ジークフリートは、己で慣らした彼女の体に溺れそうな錯覚を感じながら、腰の動きを激しくしていく。
「はあ……っ、……ティナ……っ……お前は、たまらない……っ」
 肉食獣の眼差しを注ぎ、思わず本心を零すと、ティナは感じすぎて潤んだ瞳で、ジークフリートの首に腕を回した。絶頂を迎える恐怖からか、きゅうっとしがみついて、耳元で淫らな声を上げ続ける。耳元からぞくぞくと全身に震えが走り、ジークフリートは華奢な体を抱きしめ、ガツガツと腰を打ちつけた。
「やあ……っ、あっ、あっ、ジーク様……っもう……きちゃ……っ……あ……っ」
 彼女の蜜壺にきゅううっと一際強く締めつけられ、ジークフリートは最高に快感を覚えながら、掠れ声で応じる。
「ああ、いいぞ……達け、ティナ……っ」
「ん、ん――!」
 彼女は足先を丸め、中を一層痙攣させて絶頂を迎えた。貪欲に喰い締められたジークフリートは、低く呻き、同時に彼女の中に精を放つ。どくどくと、最後の一滴まで彼女の子宮に注ぎ込んだ彼は、ひと呼吸おいて、くったりとしているティナにキスを落とした。額に、頬に、唇にと優しくキスをしていると、彼女はジークフリートの頬を愛しげに撫で、笑みを浮かべる。
「……ジーク様……貴方が私をお忘れでも……大好きです……」
 心臓が、ドクッと大きく鼓動を打った。
 ――彼女は、何よりも大切にしなくてはいけない――。
 己の使命を瞬時に感じたジークフリートは、ティナを抱きすくめる。自然と抱きしめ返す彼女に、心からの想いを口に乗せた。
「……偽りなく、俺もお前を愛している。……ティナ」
 ティナはほんの少し泣きそうな顔になって、こくりと頷いた。

 太陽が上り始めた翌早朝、ジークフリートはまんじりともせず、まだ目覚めない妻の寝顔を眺めていた。昨夜は記憶を失った喪失感や、それでも胸にある愛情に翻弄され、狂おしく互いの熱を求めてしまった。泣き出しそうな妻が可哀そうで、しかし愛しくて仕方なかったのだ。
 ジークフリートは、彼女の顔にかかった髪を、ちょいちょいと指先で整える。
 寝顔も美しく、それでいて可愛い。
 愛しか感じない妻を見ていると、彼女の瞼が僅かに揺れ、ゆっくりと目覚めた。
 翡翠色の宝玉を彷彿とさせる澄んだ瞳が、ジークフリートを見上げ、へにゃっと笑う。
「おはようございます、ジーク様……」
「おはよう、ティナ。……体は大丈夫か?」
 結局、あのあとも恋情が抑えられず、ジークフリートはティナを三度も抱いてしまっていた。ティナの体を慣らした自分に嫉妬して、三回目の時など、もはや独占欲の塊となり、妻の感じる箇所を徹底的に責め立てた。前後不覚になるまで体を弄り倒され、妻は気持ちよすぎてわけがわからなくなり、最終的に泣き出していたほどである。しかし彼女の体の方は大層反応が良く、ジークフリートも常より感じて、なお激しくしてしまった感があった。
 故に、とても心配である。
「昨日は、すまなかった……。もうあんな意地悪はしないから、怒らないでくれると嬉しいのだが……」
 自分に嫉妬して妻を弄んでしまった決まり悪さに、神妙な表情で謝罪すると、彼女は瞬きを繰り返した。そしてぽっと頬を染める。
「……あの、はい。大丈夫です。嫉妬しているジーク様も、私は好きです……」
 寛容すぎる妻に、ジークフリートはどう答えるか迷い、それよりも先に言っておくべき事柄を口にした。
「……俺の記憶だが、もう元に戻っているから、安心してほしい。どうやらあの呪いは、一夜限り有効のようだ」
 ティナを抱き潰した後、軽く寝てから目覚めた彼は、記憶がすっかり戻っていることに気づいたのである。どうやらあの菓子は、呪いの効果が発揮されている間の出来事もしっかり覚えているよう作られているらしく、嫉妬で苛立っていた己の醜態を鮮明に思い出しては、反省しているところだった。
 ティナは目を大きく見開き、がばっと起き上がる。
「ほ、本当ですか……!? 私を覚えていらっしゃるの? 十二歳の誕生日に婚約した日から、これまでの記憶、全部ですか……!?」
 昨夜の寂しそうな顔を思い出し、ジークフリートは申し訳なく妻の頭を撫でた。
「悲しい思いをさせて悪かったな……。どうせエーリヒが裏で手を引いて、あの宴に呪いの菓子を持っていかせるよう仕込んだのだろうが、怪しい物は口にするべきではなかった」
「……いいえ、その……お兄様が、いつもごめんなさい……」
 妹を愛しすぎている感のあるエーリヒの行動は、いつ何時も想像の斜め上を行く。
 自身も兄の行動に手を焼いているティナは、眉尻を下げて謝ってから、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「でも、よかったです。新しく思い出を作っていくのも素敵ですけど、やっぱり私にとっては、思い出全てが貴方からの最高の贈り物ですから。ご記憶に留めてくださっていた方が、嬉しいもの」
 昨夜は自分を覚えていないなんて嫌だと泣いていたのに、実際は新しい思い出を作っていく覚悟もしていたらしい。
 見てくれとは裏腹な肝のすわった妻に、ジークフリートは優しく笑い返す。
 どんな贈り物もいらないと言うティナにとって、自分との思い出こそが贈り物なのだとさらりと告げられ、胸に深い愛情が広がった。
「ありがとう。お前との思い出は、俺にとっても何より大切な宝だよ」
 甘く囁き、口づけを贈ると、ティナはいつもと変わらぬ愛らしい眼差しで、うっとりとジークフリートを見つめ返した。

 それから数時間後、いつも通りモーニングティーを用意して寝室にやってきた侍女のビアンカは、ジークフリートの記憶が戻ったと喜ぶティナに、当然だと頷いた。
 よくよく聞くと、彼女は薬の有効時間を承知しており、あくまで解呪の方法がないという事実をお伝えしたまでだと答える。人の悪いティナの侍女は、二人が慌てふためく様をうすら笑いで眺め、心配する近衛兵らに事情を説明した後、さっさと仕事を終えたらしかった。
 ――魔法の国の住人は、誰も彼も癖があっていけない。
 ジークフリートは、けらけらと笑ってビアンカを許した鷹揚なティナを横目に、ふっとアンニュイなため息を零したのだった。