ご褒美はキスじゃ足りません!? 家庭教師令嬢は王太子殿下の甘すぎる求愛にたじたじです! 1
第一話
平和を愛する国、トロントライン王国。
私――カタリーナ・レイは、広大な穀倉地帯を抱えるこの国のレイ侯爵家の娘として十九年前、生を受けた。
家族構成は、両親と年の離れた弟がひとり。
目の色は青。容姿はそれなりといったところだろうか。
柔らかな金髪は腰まで長さがあり、普段は下ろしているが、公的な場に出る時は纏めるようにしている。
女性にしては長身な方だが、何故か実際より低く見られることが多い。
趣味は語学。
色々な国の言葉を話すのが好きで、気づけば八カ国語を話すまでになっていた。
去年は海を越えた島国に留学もしていたし。帰ってきたのはつい最近だ。
更には外務大臣でもある父にその能力を買われ、子供の頃から通訳として一緒に外国へ行っていた。
学んだ外国語を活かせるのは楽しかったし、父の役にも立てるということで、我ながら良い趣味を持ったと思っている。
まあ、そのせいで、行き遅れになることは、ほぼ決まっているのだけれども。
語学に堪能で、父の仕事場にまで同行するような女を、好まない男性は少なくないのだ。
今まで何度か婚約の話が出たが、その全てで『賢しい女は可愛くない』と言われ、成立には至っていない。
父は気にしなくて良い、急ぐことはないのだと言ってくれているし、実際、ここ一年ほどは全くそんな話もない。
――可能であれば、このまま、結婚せずに生きていきたい。
それが私の望み。
世間体は良くないかもしれないが、私を理解してくれない男と結婚などしたくないし、多くの国や人を知った私は、色々な考え方があることを学んだから。
結婚が全てではないと知っている。
だけどこの国で貴族として生きている以上、それは許されない。
きっといつかは、父の選んだ男と結婚することになるのだろう。
それを悲しいとは思うが、今まで育てて貰った恩を忘れてはいない。
だから私にできるのは、その時ができるだけ遠い未来であるようにと願うことだけなのだ。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
ある日の午後。自室でお茶を楽しんでいるところに、執事がやってきた。
何の用事だろうと首を傾げながらも屋敷内にある父の執務室へと向かう。
父は仕事をしていた様子だったが、私が来たのをみとめると手を止めた。
執務机に両肘をつき、おもむろに告げる。
「実はね、お前に王太子殿下の家庭教師を頼みたいんだよ」
「えっ……王太子殿下の、ですか?」
まじまじと父を見る。
遠視のせいで最近、眼鏡を掛けるようになった父は、外務大臣ということもあり、国内ではわりと名が知られている。
そんな父を私は尊敬しているし、今まで大概のことには「はい」と返事をしてきたけれど、さすがに今回に限ってはすぐには頷けなかった。
だって意味が分からない。
――私が、王太子殿下の家庭教師?
王太子殿下といえば、人柄も良く、未来の国王として不足のない方だと聞いている。
また非常に聡明で、帝王学をすでに修めているのはもちろん、三カ国語を操り、剣を取らせれば我が国の近衛騎士団長にも劣らない腕前なのだとか。
更には希に見る美形で、白銀の髪に緑色の瞳が美しいと社交界でもよく噂になっている。
今年、二十二才になった彼には未だ婚約者はいないが、それも時間の問題。
社交界では、どこかの公爵家の令嬢か、外国の王女を娶るのではないかという噂で持ちきりだった。
そんな完璧過ぎる王子に家庭教師? しかも私が?
何故私が抜擢されたのか、理解不能だった。
私は父に失礼のないよう気をつけながらも己の疑問をはっきりと述べた。
「お父様。王太子殿下はとても優秀な方だと聞き及んでおります。そんな方に家庭教師など必要ありますか?」
「もちろんだとも」
何故か妙に上機嫌な様子で父が言う。
「カタリーナ、お前にお願いしたいのは、語学の家庭教師だよ。殿下にエルメニア語を教えて差し上げて欲しいんだ」
「エルメニア語ですか……まあ、それなら分からなくもありませんが……」
父の言葉に頷く。
私が去年、留学していた海の向こう側にある島国、エルメニア王国の公用語であるエルメニア語は、世界で一番難しい言語としても有名だ。
そんなに大きな国ではないのに、方言が多く、敬語も何種類もあり、文字に至っては三種類もある。
習得には平均三年ほどかかると言われており、三カ国語を操る王子が話せなくても、納得できる言語だった。
――でも、エルメニア語……エルメニア語かあ……。
非常に習得が難しいと知っているだけに、どうしたって眉が寄ってしまう。
難しい顔をする私に、父がにこやかに告げる。
「来年、我が国で行われる国際会議。それを殿下が取り仕切ることが決まってね。開催国として、招待国の言語を話せないというのは問題だからということで、急遽、学ぶことが決まったのだとか」
父の言う国際会議のことはもちろん知っている。
多くの国の代表が集まる会議だ。おそらくは私も、父の通訳として駆り出されるだろう。
たくさんの人やお金、物が動くことになる国際会議。
それを取り仕切るのはさぞ大変なことと思う。
「なるほど、そういうことでしたか。確かにそれなら招待する国の言語を話せた方が良いでしょうね」
相手の国の言葉で話せれば、向こうのこちらに対する印象は間違いなく良くなる。
通訳を介してではなく直接話すことには大きな意味があるのだ。
父は頷き「それで」と話を続けた。
「いきなりの話でお前も驚いたとは思うが、実はこれは国王陛下からのご指名なのだ。是非、お前に頼みたいとのこと。非常に光栄な話だとは思わないか?」
「……えっ? 陛下からの?」
父の言葉を聞き、ギョッとした。
まさか国王からの直接指名だとは思わなかったのだ。
確かに私は父の通訳として、存在を知られているかもしれない。だけど王子の教師役に相応しいかと聞かれれば、答えは『いいえ』だ。
もっと経験豊富な人はいくらでもいるし、それこそ本職の語学教師に頼むのが筋だと思う。例えばだけれど、これまで王子の語学を担当してきた教師とか。
しかも、しかもだ。私は王子より三つも年下。
そういう意味でも教師役にはあまり向いていないのではないかと思う。
私は慌てて父に言った。
「あの、どうして私なのでしょうか。エルメニア語を話せるのは私だけではありません。それに、私は殿下より年下ですし――」
「いや、大丈夫だよ。お前が非常に優秀なことは陛下もご存じだからね。それにお前はエルメニア王国へ留学した経験があるだろう? そこを陛下は買って下さったらしい」
「……そう、ですか。それは光栄です」
留学経験はあるが、果たしてそれだけで選ばれるものだろうか。
いまいち納得できなかったが、父の表情からこれ以上は聞いても答えてくれなそうだと察し、諦めた。
そもそも、国王からの指名を断れるわけがないので、考えても無駄だというのもある。
――まあ、良いか。お父様のお役に立てるのなら。
気持ちを切り替える。逃げ道がないのなら、父のためと考えた方がやる気が出ると思った。
「分かりました。お引き受け致します」
「おお! 引き受けてくれるか。良かった。これで私も陛下に面目が立つよ」
ホッとしたように告げる父だが、どこか嬉しそうにも見える。
というか、この話を持ち出した時から父は終始上機嫌で、何か企んでいるのではと勘ぐってしまう。
「……お父様? 何か私に隠していることがありますか?」
仕事のことなら聞かなかったが、これは私に関する話だ。そう思い尋ねてみるも、父は「いや」と否定した。
「何もないよ。どうしてそんなことを聞くのかな」
「……お父様がずっとご機嫌なので」
「お前の優秀さが陛下に認められて嬉しいんだ。それだけだよ」
「……」
絶対に嘘だと思ったが、父が口を割らないことは顔を見れば分かる。
私が追及したところで、どうにかなるような人ではないのだ。
それに笑っているということは、悪い話ではないのだろうし。
それならこれ以上は気にせず、自分の仕事に集中しよう。
「……家庭教師についてですが、ひとつ確認させて下さい。国際会議までにエルメニア語の習得というお話ですよね?つまり約一年。申し訳ありませんが、少々無理があると思うのです」
父に告げる。
仕事をする前に、これだけは言っておかなければならないと思っていた。
「できるだけのことはするつもりですが、一年でというのは短すぎます。確約はできません」
それくらい、エルメニア語は難しいのだ。
一年では、確実に習得できるとは言えない。それが正直なところだったが、父は駄目だという風に首を横に振った。
「そうは言ってもね。会議は来年と決まったわけだし、そこで話せなければ意味がない。大丈夫だよ。我が国の王太子殿下は語学にも秀でた方だ。すぐにコツを掴んで下さるはず」
「……だと良いのですが。いえ、そうですね。きっと習得して下さることでしょう。私も最大限に努力します」
どんなに無茶な条件でも国王からの命令なら従わなければならない。
国王が一年というのなら、そうしなければならないのだ。
それを察した私は、全てを諦め、頷いた。
うん、本当に王子が父が言うとおりの方だとすれば、きっと不可能も可能にしてくれるに違いない。
「……なんとかなるかしら」
――なるといいなあ。
断れない命令は辛い。
こうして不本意ながらも私、カタリーナ・レイは、王子の語学家庭教師に就任することが決まったのだった。
いくら気が進まなかろうが、日は進む。
あっという間に、私が家庭教師として出勤する日がやってきてしまった。
当日の朝、私は父と共に侯爵家所有の馬車へと乗り込んだ。
「……」
馬車の中、父に気づかれないようにそっと息を吐く。綺麗な緋色が目に入った。
今日の日のために父が用意してくれたドレスだ。
落ち着いた緋色のドレスは上品なデザインで、肌が殆ど見えない仕様になっている。
胸元も詰まっているし、袖だって長く、大人びていた。
白いレースがふんだんに使われているので華やかだが、行きすぎた派手さはない。
「……カタリーナ、緊張しているのかい?」
じっとしていると、父が声を掛けてきた。その通りなので頷く。
「はい。私は王太子殿下とお会いする機会が殆どなかったので」
全く見たことがないとまでは言わないが、直接対話したことはない。
そんな、殆ど初対面と言っていい人の家庭教師をするのだ。
緊張しない方がおかしいと思う。
「大丈夫だよ。殿下はお優しい方だから」
「……はい」
返事をしながらも、膝の上に置かれた数冊の本に視線を落とす。
これらは、教材用にと私が用意したものだ。
もしかしたら、指定の教材があるのかもしれないけれど、その辺りは何も聞いていないので、とりあえず自分で準備する必要があると判断した。
これらの本は全て、私がエルメニア語を学んだ時に使っていたもの。
使いやすかったので、王子の勉強にも役立つと思う。
侯爵邸から王城までは馬車で二十分ほど。
王城に着いた私は父に、ともすれば迷いそうになるほどややこしい道順で、とある部屋へと案内された。
そこは城の奥まった場所にあり、扉の左右には武器を手にした兵士が立っている。
「ここは……?」
「王太子殿下の部屋だよ。今日は私が連れてきたが、これからはひとりで来ることになる。大丈夫かな」
「はい。道は覚えました。ですが、陛下にご挨拶をしなくても構わないのですか?」
私を指名したのは国王だと聞いている。
それなのに、その当人と会わなくてもいいのか、少し心配だった。
「大丈夫。陛下にはお許しをいただいている……というか、挨拶は要らないとおっしゃったのは陛下なんだ」
「そう、なのですか」
「陛下はお忙しい方だからね。息子と直接話して欲しいとのことだった」
父の言葉に頷く。
確かに国王ともなれば、分刻みのスケジュールで大変だろう。
なるほどと納得していると、父は扉の前に立っている兵士たちに声を掛けた。
「王太子殿下の家庭教師として、娘を連れてきた。殿下はお部屋にいらっしゃるのか?」
「お話は陛下から伺っております。どうぞ中にお入り下さい。殿下がお待ちです」
兵士たちはピシッと背を伸ばし、父の質問にハキハキと答えた。
父は頷き、扉をノックしてから声を掛けた。
「殿下。レイです。お約束通り、娘を連れて参りました」
「――入って」
中から低く、だけどもとても涼やかな声が聞こえる。
入室許可が下りたことで、兵士たちは恭しく扉を開けた。
まずは父が中へと入る。私もそのあとに続いた。
「あ……」
広く整頓された部屋の中に、とても綺麗な人が立っていた。
柔らかな白銀の髪と、新緑を思わせる緑色の瞳が美しい。
前髪が右目に掛かっていたが、だらしない感じはない。むしろ驚くほどの色気を醸し出していた。
目つきは鋭いのに、優しい雰囲気があるのが不思議な感じだ。
髭などはなく、顔つきも中性的。
なのに肩幅は広く、体つきはがっしりとしていた。
着ている服は豪奢で、特に丈の長い白い上着は贅を凝らした造りになっている。
非常に背の高い人だ。
ついでにいえば、脚も長く、吃驚するほどスタイルがいい。
彼こそが我が国唯一の王子であり王太子のライオネル殿下、その人だった。
「やあ、よく来てくれたね」
王子が父と私を見て、にこりと笑う。
「父から話は聞いているよ。私の家庭教師をしてくれるんだってね。今日を楽しみにしていたんだ」
友好的な態度に肩の力が抜けた。
私の仕事は国王からの指名だ。もしかしたら、王子の方は納得していない可能性もあるのではと少しだけ身構えていたのだが、杞憂だった。
父が王族に対する礼を執る。
「殿下。娘のカタリーナを連れて参りました。ご存じの通り、今日から殿下の家庭教師として勤めることになります。どうかよろしくお願いいたします」
「カタリーナです。よろしくお願いいたします」
父に倣う。
王子は頷き、私を見た。
「ライオネルだ、よろしく。無茶を言ってしまい申し訳ないけど、精一杯頑張るから見捨てないでくれると嬉しいな」
「見捨てるなんてそんな。誠心誠意努めさせていただきます」
本当に頑張ってくれるのなら、と心の中で思っていると、王子は父に向かって言った。
「早速だけどふたりにして貰えるかな。時間がないんだ。できるだけ早く学習を始めたい」
――へえ。
声音は真剣で、彼が本気でエルメニア語の習得を望んでいるのが伝わってくる。
別に疑っていたわけではないが、それでも王子の本気を目の当たりにして、面倒な仕事を押しつけられた、なんて少しでも考えていた己が恥ずかしくなった。
――そうよね。殿下にやる気があるのなら、私も教師として真面目に頑張ろう。
それが仕事というものだろう。
与えられた役目を全力で全うする。
一年でエルメニア語を習得するのは難しいかもしれないけれど、王子が本気ならやれるだけのことはやろう。
改めて、そう決意した。
父が私を振り返る。
「カタリーナ、私は仕事に戻るが、問題はないね?」
「はい」
大丈夫だ、やってみせるという顔で頷くと、父も頷きを返してきた。
「そうか。では、殿下。私はこれにて失礼致します」
一礼し、父が出て行く。
扉が閉まる音がした。それに「お」と思う。少し意外だったのだ。
つい十年ほど前まで、未婚女性は男性と密室でふたりきりになってはいけないというのが常識だった。
最近ではあまりうるさく言われなくなってきているし、今回に関しては、私は『家庭教師』として雇われている。
だから部屋の扉を閉めたのだろうけれど、王家とは得てして古い慣習が残っているもの。だからてっきり扉を開けていくと思っていただけに、驚いたのだ。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
不思議そうな顔で王子が私を見てくる。
特に説明はしなかった。だって大したことではないし。
王子が奥にある勉強用の机に目を向け、口を開く。
「それじゃ悪いけど、早速始めようか。急な話になってしまって本当にごめんね。でも、私は本気で取り組むつもりだから。君もそう思って指導してくれると嬉しい」
キリッとした表情に、私も真面目に返事をした。
「分かりました。ですが、一年でとなりますと、かなりのスパルタとなります。それでも構いませんか?」
念のため確認を入れると、驚くほど真剣な答えが返ってきた。
「望むところだよ。私は何があってもこのミッションを完遂させなければならないのだから」
「それでは、私も本気で臨みます」
ここまで話を聞けば、彼が真実、エルメニア語の習得を目指しているのは分かる。
それなら私も教師としてその思いに応えようではないか。
気持ちを教師モードへと切り替える。
椅子に座り、勉強する態勢になった王子に、持ってきた教科書を差し出しながら、私は早速第一回の授業を始めたのだった。
「今日は初日ですし、これで終わりにしましょうか」
勉強を始めて二時間が経過した。
あと一時間ほどで昼食の時間。午後からは王太子としての執務があると聞いている。
ギリギリまで勉強するのならまだ時間はあるが、初日から飛ばしすぎるのもよくないだろう。そう思っての言葉だったが、王子は不満げな顔をした。
「どうして? まだ時間はあるよ。君の方に問題がないのなら、もう少し続けたいな」
勉学に対し、とても前向きな言葉に、軽く目を見張る。
この二時間、エルメニア語についての授業をしたが、王子の態度は一貫して真面目だった。
エルメニア語と真摯に向き合い、分からないところは迷わず質問をし、私の説明に対して高い理解力を見せていた。
一度言ったことは覚えているし、発音も悪くない。
おそらく三カ国語を話せるというのも本当なのだろう。
語学を習得するコツというものを彼は分かっているように見えた。
――これなら何とかなるかもしれない。
スムーズな出だしにホッとしつつも、王子の言葉に応える。
「……そうですね。それでは、最後に小テストでもしましょうか」
「いいね。どんな問題を出してくれるのかな」
自信満々に腕を組む王子に、私は昨夜用意しておいた問題用紙を取り出した。
使うかどうかは分からないが、念のためにと思い、準備していたのだ。
言語は話せればいいというものではない。特に王子である彼には、美しい言葉を話すことが求められる。文法もしっかり学ぶ必要があるし、外国語で書かれた書類を目にする機会もよくあるだろう。つまり読み書きもできなければならないのだ。
エルメニア語を習得するというのは、言葉だけでなく、読み書きも含めてだろうということはよく分かっていた。だからこそ一年という期間に眉を顰めたのだ。
テストの内容は初日ということで簡単にしてあるが、その分、量が多い。
どの程度正解できるかで、次回からのレッスン内容を決めようと思っていた。
「どうぞ」
「……ふうん。問題自体がエルメニア語で書かれてあるのか」
「おわかりになりますか」
「もちろん。読み書きもできなければ意味がないからね。勉強してる」
それを聞き、やはりと思った。そして、きちんと事前に勉強してくれていたことに大いに安堵を覚えた。
「読めるのでしたら、全部は分からなくても大体の意味は理解できるかと。内容は今日の復習ですから。殿下、テスト時間は十五分です。よろしくお願いいたします」
スカートのポケットから小さめの懐中時計を取り出し、告げる。
これは祖父の形見の品なのだ。
船が描かれたデザインで、とても気に入っているし、大事にしている。
「では、始めて下さい」
開始の合図をする。
十五分とは言ったが、実際全部解くには三十分くらい掛かるだろう。
半分もできれば良い方かなと思いながら、なんとなく周囲に目を向けた。