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身代わり花嫁の離縁大作戦 クールな辺境伯の溺愛からは逃げられない!? 1

第一話

 

 モンドベルト辺境伯領の聖堂で、領主のレナルド・モンドベルトと、アニエス・ルーズワルド侯爵令嬢の結婚式が行われた。
 雲ひとつない晴れた空は、まるでふたりを祝福しているようだった。
 列席者も美しい花嫁を娶った領主を祝福し、皆がごく普通の結婚式だと思っていた。
 まさか、花嫁が別人と入れ替わっているとは、誰も思わなかった。
 ──だが、レナルドは知っていたのだ。
 彼女が辺境伯領の城にやって来る前から、花嫁が偽者であることを。
 八年前に国王命令で婚約した時以来、ふたりは一度も顔合わせをしていなかった。
 だから、アニエス本人が辺境伯領に来なくても、わかりはしないとルーズワルド侯爵家は思ったのだろうか?
 レナルドはそんなに甘い人間ではなかったが、暫く様子をみることにした。
 それがこんなに長くなるなんて、思いもしなかったが──。

 

 ◇◇ ◇◇◇ ◇◇

 

 レナルドの執務室を彼女は右往左往している。よく動き回るので銀色の髪の毛がさらさらと揺れていた。
 彼女は書類庫に処理済みの書類をしまうと、未処理のものを箱ごと出してきて、白いローテーブルの上に置く。そして箱を開き、テキパキと書類の仕分けを始める。実に働き者だ。
 そんな彼女の銀色の美しい髪からは、花の香油の良い香りがしてくる。
 菫色の大きくて愛らしい瞳は、必死に書類と格闘している。
「レナルド様、こちらの請求書の書類の処理は、こんな感じで宜しいですか? リネンの費用と、カーテンを新調した分の費用です」
 肩にかかる銀色の髪を、無意味に手でさっと払いながら、彼女が言う。
 高慢な貴族の令嬢がやりそうな仕草ではあったが、可愛らしいと思った。
 彼女が、噂に聞く“アニエス・ルーズワルド侯爵令嬢”の演技をするたび、悪戯心でその仮面を剥がしたくなるのだ。
「ここの計算が……」
「えっ、あ、申し訳ありません、何処でしょうか?」
 レナルドが手に持っている書類を彼女が覗き込んでくるものだから、艶のある銀色の髪が彼の頬に触れる。
 思わず一房手にとって、口付けた。艶々した髪の毛の感触と良い香りがする。
「ひゃぁっ、レ、レナルド様、なっ何をなさるんですかっ」
 彼女が真っ赤になって身体を離そうとするので、捕まえて抱き締めてしまう。
「計算は間違えていないよ、君はいつでも完璧なレディだ」
「えっ! な、何で嘘をつかれたんですかっ」
「アニーが可愛いからだよ」
 レナルドは彼女を、アニーという愛称で呼ぶことにしていた。
 そんな彼女の桜色の唇に唇を重ねると、驚いたようにぴくりと身体が跳ねる。
 ──と、思えば首に腕を回して口付けを深いものにしてくる。腕が密かに震えて、その初心な様子が彼を煽るのだ。
 彼女は口腔内に舌を差し入れてくるが、それ以上はどうしたものか、といったふうに動かない。
 そんなふうに、必死に演技をしている彼女が可愛いのだ。
 彼は彼女から身体を離して聞く。
「アニー、君は私が好きかい?」
 菫色の瞳が揺れている。
「そんなことを聞かないでいただけます? わ、私たちは、政略結婚ですので好きも嫌いもありません」
 彼女は決まってツンと横を向き、同じ答えを言うのだ。
「……アニー……」
 緑色のラグがかかった白い革製のソファに彼女を押し倒すと、驚いたように目を見開く。
「な、何をするの……こんなところで」
「夫婦が愛し合うのに、場所なんか関係あるのかな」
「あ、あります。やめてください! 誰か来たらどうするんですか」
「見せつけてやればいいと思うよ」
「ば、馬鹿なことを仰らないで!」
 薔薇のような、真っ赤なドレスを着た彼女は、抵抗する。
 ──が、また気を取り直したのか、レナルドの首に腕を回してくる。
「……私、本当はベッド以外でするのは、あまり好きではないんです」
「どうして?」
 こちらの質問に、蠱惑的な笑みを浮かべている。
「好きか嫌いかは別にして、あなたの色っぽい顔を、他の方に……見られたくないから、ですわ」
 めちゃくちゃにしたくなるほど可愛いことを言う。
「アニーが執務室にいるときは、誰もここには来ないように命じてあるから、安心するといいよ」
「えっ?」
 彼女が顔を赤らめる。
 肌の色が白いから、すぐに赤く染まるのが可愛い。デコルテ部分まで赤くなっている。
 ──さっきまで抵抗していたというのに、彼女は次の瞬間、どういうつもりなのかわからないが、まごまごしながらクラバットを外しにきている。
 貴族の令嬢は、こういうことに積極的なものだと教えられてきたのだろうか? それとも本物のアニエスが奔放で、高慢であると教えられたのだろうか? 
 いずれにせよ思わず笑みが漏れる。
 どんなふうにしてくれてもかまわなかったが、必死な表情の彼女がたどたどしい指の動きで服を脱がす様子は、見ていて微笑ましかった。
「……アニー」
「……っん」
 耳元で囁くと、彼女は甘い声をあげて瞳を伏せる。
 耳や首筋が弱いのは、もうわかっていたから、白磁のような白い肌を少し舐めると、彼女は身体をぶるりと震わせた。
「……っ」
 それでも羞恥心が勝るのか、赤色の紅を引いた唇を強く噛みしめ、簡単には声を出そうとしない。
 それはそれで愉快だと思っていた。
 首筋に口付けている最中に目が合うと、彼女はふいっと目を逸らした。
 その仕草に、面白くない気持ちにさせられた。
 彼女の顎を掴んで、レナルドは自分の方を向かせて口付ける。
 瞳を見つめると、何かを思うように揺れていた。
「……アニー……可愛いね」
 偽のアニエスは指先を下に這わせていくと、レナルドの下衣をくつろがせて、屹立した部分を引き出す。
 少し迷う様子を見せてから、身体を起こし、その部分に口をつけてきた。
「ん……アニー良いよ」
 彼女は先端を舐めてくるだけで、なかなか全てを口に含まない。まだ抵抗があるのだろうか。別にこの行為自体、しなくてもいいと思っていたから、子猫がグルーミングするように舐めるでも、愛しさは深まる。
 おどおどとした瞳で、彼女がこちらを見上げてきた。
「ふふ、そういうところも可愛いね。侯爵令嬢なのにこんなに健気で嬉しいよ」
 レナルドは心底そう感じていた。
 健気と言われて、彼女は少し困った顔をしていた──。

 

 

 ◆◆ ◆◆◆ ◆◆

 

 

 マルテーシア王国の王都には、しんしんと雪が降っていた。
 毎年王都は冬になれば雪が積もる。
 そんなマルテーシア王国は隣接する国が四つあり、国境にある四家の辺境伯が王国の平和を守っていた。
 何百年も前には隣接するそれぞれの国が領土拡大の為、たびたび戦争を起こしていたが、マルテーシア王国はどの国の侵略も許さなかった。
 四家ある辺境伯の中でも、特にモンドベルト辺境伯家は、群を抜いた軍事力と采配力と財力を持っていて、戦争が起きていない今では、その力が逆に脅威となり、王族を恐れさせるほどのものとなっていた。
 そして、現領主のレナルド・モンドベルト辺境伯は、黒い獅子と呼ばれるほどの剣の達人であり、王家主催の剣術大会では、優勝の座を他の人間に譲ったことのない人物だった。
 その優勝実績は彼が十五歳の時に初めて出場した大会から、破られてはいない。
 国王は、レナルドを敵に回してはならないと考え、王族の遠縁にあたるルーズワルド侯爵の三女とレナルドを婚約させた。
 レナルド二十歳、アニエス・ルーズワルド侯爵の三女が十歳のときの話だった──。

 

 ◇◇ ◇◇◇ ◇◇

 

 ──十五年前の神の生誕祭の日。
 
「シスター・マリー、お菓子ありがとうね!」
 そう言って女の子が勢いよく扉を開いたその拍子に、外にいた幼い少女が扉に押されて、地面に転がった。
 「きゃああ! シスター・マリー! 大変です、血だらけの女の子が!?」
 扉を開けた女の子が、プレゼントのお菓子の包みを抱えながら、後ろを振り返った。お菓子を配っていたシスターのうちの一人、マリーが大急ぎで走ってやってくる。
 気を失い、血だらけで倒れている幼い少女を見て、シスター・マリーは青ざめる。
「ま、まぁ……なんてこと!」
 シスター・マリーは自分が羽織っていた黒色のストールで少女を包み、急いで教会の奥の間へ運び込んだ。奥の間には暖炉があり、火がくべられているから暖かかった。
 医者にかかるには沢山のお金が必要だったが、シスター・マリーは迷わず、他の修道女に医者を連れて来るよう頼む。
「あぁ、こんな日に、なんて可哀想なの……どうか、どうか神のご加護がありますように」
 シスター・マリーは冷え切った彼女の身体が少しでも温まるように、毛布を何枚も使った。

 


 少女はどこかで大怪我をして教会まで来たと考えられた。シスター・マリーの献身的な看病で一命を取り留める。
 記憶を無くしていたため、シスター・マリーは【ルシアーナ】という名前を付けた。少女の年齢を四歳とした。
 ──その後、ルシアーナは健やかに育った。記憶が無くても、銀髪に菫色の瞳をもつ愛らしい少女だった為、数多の貴族から養子縁組の話が来た。しかしルシアーナはシスター・マリーを母のように慕い、将来は自分もシスターになると心に決めていたため、誰からの養子縁組も受けなかった。
 ルシアーナは自分の将来は神様に仕える道しかないと、子供心に考えていた。

 やがて十六歳になると、彼女は正式にシスターになり、その後も人の何倍も働いた。
 記憶は戻っていなかったが、思い出せないものは仕方がなかったし、自分が助かったのは神様の思し召しだとも思っていたので、思いを巡らせるのはやめていた。
 ただ、倒れていた時に身に着けていたという、鈍色の石がついた指輪だけはネックレスにして大事に持っていた。
「その指輪に、名前が彫ってあれば良かったのにね」
 シスター・マリーがそう言った。指輪には、表面にはアラベスク柄が、内側には鳥のデザインが彫られているだけで名前はなかった。
「そういうことも含めて、私がここにいることが、神様の思し召しなのですよ」
 ルシアーナは木の器に野菜スープを注ぎ入れながら言う。
 今日は貧しい人たちに食事を配る炊き出しの日だった。大勢の人が、野菜が僅かに入ったスープとパン一つを求めて、長蛇の列を作っていた。
(マルテーシア王国は、王都はとても栄えているのに、貧民層が多いのはいつまでも変わらないわね)
 教会の炊き出しは国で決められていたわけではなく、シスター・マリーが自発的に始めたことだ。
 炊き出しの費用は、シスター・マリーが出している。
 教会の裏庭にはシスター・マリーが作った立派な畑があって、季節ごとに野菜が実る。
 教会の孤児や貧しい人たちに、食べ物を少しでも多く配れるようにと考えてのことだった。
 シスター・マリーはシスターの鑑だ。慈悲深く、いつも笑みを絶やさない。
(私も、シスター・マリーのようなシスターにならなくちゃ)
 ルシアーナはそう思っていて、教会の炊事、洗濯、掃除や、子どもたちの世話、バザーに出す刺繍入りのハンカチ作りなど、寝る間を惜しんで人の三倍は働いていた。
「ルシアーナ、あまり無理しすぎてはいけないわよ?」
 時々、シスター・マリーに注意されてしまうぐらいだったが、ルシアーナは働くことが好きであまり苦になっていなかった。

 


 そんなある炊き出し日のこと。
 教会の前に立派な馬車が止まり、貴族夫婦が降りてきた。
 シスター・マリーに貴族の男性が話しかけてくる。
「今日は炊き出しをしていると聞いてね、見学をさせてもらいたいのだが、良いかね?」
「……勿論ですわ、神父様をお呼びしてまいりますので、教会内でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
 貴族が来た時、最初に対応するのはヨーゼフ神父とこの教会では決められていたため、教会内に貴族夫婦を案内してから、ヨーゼフ神父を呼びに行った。
 ヨーゼフ神父の部屋を訪ねると、先触れもなかったようで、彼は一瞬面倒くさそうな表情をしたが、椅子から立ち上がり、貴族夫婦が待つ教会へ向かった。
 ヨーゼフ神父が姿を現すと、貴族夫婦は座っていた木のベンチから立ち上がる。
「本日は突然の訪問、失礼する。私はヘンリー・ルーズワルド侯爵と申す。貧しき者のために炊き出しをしていると聞いてね、是非、見学をさせてもらおうと思って訪問した次第だ。良いだろうか?」
「ええ、勿論です。裏庭の方で行っておりますので、是非、御覧ください」
 裏庭の石畳の道を、ヨーゼフ神父を先頭に歩いていく。
「我が教会では、炊き出しは毎週日曜日に行っております」
「そうか、随分と盛況だな、毎週こんな感じなのか?」
「ええ。王都にある教会なので、あちこちの村や町から仕事を求めてやってくる者も多く、その分、神の加護を必要とする人間も──」
「……あなたっ」
 急に話を遮った夫人が、侯爵の腕を掴んで、とある場所を見ていた。
 シスター・マリーも視線をそちらに移すと、スープを給仕しているルシアーナがいる。
「ヨーゼフ神父、あちらでスープを給仕しているシスターの髪の色は何色かね?」
「シスター・ルシアーナの髪の色は銀色です」
 ヨーゼフ神父が答えると、ルーズワルド夫妻は目を合わせて頷いた。
「少し、ヨーゼフ神父にお話があるのだが、よろしいかな?」
「……では、私の部屋の方へどうぞ。シスター・マリー、おまえはここまででいい」
「はい、神父様」
 シスター・マリーは嫌な予感しかしなかった。そして彼女のそれは、大抵的中するのだった。

 

 ◇◇ ◇◇◇ ◇◇
 

 
 給仕をしていたルシアーナはヨーゼフ神父に呼ばれ、彼の部屋に行く。
 部屋に入ると、ヨーゼフ神父の他に、見覚えのない貴族の夫婦がソファに座っていた。
「……お呼びでしょうか? 神父様」
「ソファに座りなさい、ルシアーナ」
「失礼いたします」
 ルシアーナは夫妻が座る向かいのソファに、ゆっくりと腰掛ける。
 ヨーゼフ神父が立ち上がって話し始めた。
「こちらはルーズワルド侯爵と夫人だ。おまえに頼みがあって、教会にこられたそうだ」
「……私に、頼みですか?」
 ルシアーナが訝しげにルーズワルド侯爵を見ると、彼は何の感情も宿さない瞳で見つめ返してきた。
「貴女には我が娘、アニエス・ルーズワルドとしてモンドベルト辺境伯と結婚して欲しい」
「え?」
 彼は結婚しろと言っただろうか? しかも自分の娘としてとも言った。
 何を言われているのか、まったく理解ができない。
「どういったことなのか、わかりかねるのですが……」
 ルシアーナの疑問に対し、ヨーゼフ神父が答えた。
「ルーズワルド侯爵のご令嬢であるアニエス様は、十歳の時にモンドベルト辺境伯と婚約をされていて、今年十八歳の成人を迎えたため結婚をすることになっていたが、辺境の地に行きたくないと、隣国のロイド・クーリエ子爵と駆け落ちをしてしまったそうなのだ」
「……そのお話と、私にどのような関係があって、私がアニエス様として結婚しなければならないのでしょうか?」
「アニエス様の特徴は銀髪に紫色の瞳という珍しいご容姿であるが、おまえも同じだったな。幸い、辺境伯は十歳のアニエス様の肖像画のお顔しか知らない」
 それと自分が身代わりで結婚することとどんな関係があるのだろうか。
「……正直にモンドベルト辺境伯にお伝えしたほうが、後々のトラブルにならないと思うのですが」
 ルシアーナの言葉に、今度はルーズワルド侯爵が渋面を作りつつ返事をした。
「平民の貴女にはわからぬとは思うが、この婚姻は国王陛下がお決めになられたものだったのだ。駆け落ちをしたとなれば爵位の返上、家の取り潰しは免れない」
 だからといって身代わりを立てるのはどうなのだろうか……。
 深呼吸をしてから、ルーズワルド侯爵に言う。
「……私が偽者であるとバレてしまっても、結局同じ結果になるとはお思いになりませんか?」
「貴女がバレないようにすればいいだけのことだ。紫の瞳に銀髪の少女なんてそうそういない」
 ルーズワルド侯爵が言う。
「……恐れながらルーズワルド侯爵、私は平民であり、そもそもシスターは結婚を認められていません」
「結婚に関してはルシアーナには還俗してもらう。難しく考えるな、そもそも孤児だったお前をここまで育ててきた教会への恩返しと思い、アニエス・ルーズワルド侯爵令嬢として嫁ぎなさい」
 ヨーゼフ神父があっさりと言う。
「還俗……ですか?」
「おまえがこの話を受ければ、ルーズワルド侯爵家がこの教会に多額の寄付をくださる。孤児たちに良い暮らしをさせてやれるだろう。皆に教養をつければ、養子縁組も今より多くなるかもしれん」
 ルシアーナは唇を噛み締めた。
 彼らにはもう少し良い暮らしをさせてあげたい、というのはいつも思っていた。教会で勉強を教えるには限界があるから、優秀な子にはいい学校に通わせてあげたいとも。
 親の愛情を欲しがる小さな子どもたちには、優しい両親との縁組をと。
(私が、我慢すれば……)
 ルシアーナは決心をし、顔を上げた。
「わかりました。ルーズワルド侯爵、教会──いいえ、子どもたちへの金銭的ご支援をお約束いただけるのであれば、私は還俗し、アニエス様としてモンドベルト辺境伯と結婚します」
 ルーズワルド侯爵は大きく頷いた。
「約束は必ず果たそう。その代わり、私の立場が危うくなるようなことはするな。それと、貴女もこの計画がバレれば無事で済まないことを、教えておこう。辺境伯を任されているだけあってモンドベルト辺境伯は、他人に甘くはないと聞く。騙されたと知られれば、命はないものと思っておいたほうがいい」
「……かしこまりました。もうひとつお願いをしてよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「辺境伯領から、ルーズワルド侯爵にお手紙を差し上げることをお許しいただけますでしょうか? 娘のアニエス様なら、そうされると思うので」
 これは、ルーズワルド侯爵がきちんと子どもたちに寄付をしているかの確認をとるための“手紙”だった。
 ルシアーナは神父を、あまり信用していなかった。
 ルーズワルド侯爵は少し考える様子を見せてから、頷いた。
「わかった。許そう」
「ありがとうございます……それでは、よろしくお願いいたします」
 ルシアーナは複雑な思いを胸に抱きながら、頭を下げた。
 他人を騙すなど、とんでもないことだ。神様だってお怒りになるだろう。
 しかし、教会にいるたくさんの子どもや、シスターたちへの待遇が改善されるのであれば、一生偽って暮らそう。
 そもそも“自分”が何者なのかなんてわからないのだから、初めから自分はアニエス・ルーズワルド侯爵令嬢だったのだと思えばいい。
 ルシアーナは修道服の下につけているネックレスの指輪を、ぎゅっと握りしめた。