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自称・保護者の騎士様が後方腕組み彼氏面で私(聖女)のお見合いを邪魔してきます! 3

第三話


 
 それから数日後。オーロラの聖女認定式は慌ただしく執り行われた。
 本当はもう少し時間をかけても、と言われたが、なるべく早くしてほしいとお願いした。
 フェリクスはまだ目を覚ましていない。彼が目覚める前に夫を決めなければ、きっと決意が鈍ってしまう。
(私は今日、夫を選ぶ――)
 虹色の瞳に強い意志の光をたたえたオーロラは、まっすぐに前を見つめた。
 オーロラの体にぴったりと沿ったシルエットの薄いレースのドレスは、妖精の羽を何枚も重ねたような玉虫色で、聖堂の天井のステンドグラスから差し込む光で、淡く発光するように虹色に輝いていた。
 いつも他人を拒絶するようにぎちぎちに編んでいる髪は丁寧にブラッシングされ、周囲の認識を阻害する眼鏡もない。
「オーロラ・リンセ・リドレイ。そなたを神の恩寵の具現者、聖女として認定する」
 司教は重々しい口調でそう宣言すると、オーロラの頭の上に星屑を集めたような細い王冠をのせる。
 豊かな胸の前で手を合わせ、ひざまずいていたオーロラはゆっくりと立ち上がると、列席者に向き合いドレスの裾をつまんで、優雅に一礼する。
 その優美な仕草に、王族はもとより貴族や教団関係者も、ほう、とため息を漏らしつつ、
「まさか生きている間に、聖女認定に立ち会えるなんてね」
 と、感極まったようにささやきあった。
(私が、聖女って……変なの……。こんなの完全に見世物じゃない)
 オーロラは内心そんなことを考えながら、ゆっくりと人々の間を通り、聖堂から続く広間へと向かう。そこにはボリスが選んだ騎士や魔法使いが朝の五時から並んで待っていて、オーロラの登場をいまかいまかと待っているのだ。
 これからオーロラは、居並ぶ男たちのうち誰かひとりを選び結婚する。
(まぁ、これも仕事よね、仕事)
 オーロラは完全に冷めていたし、割り切っていた。
 これまで自分の結婚など本気で考えたことはなかったが、とりあえず命を取られずに済んでマシだったと思うしかない。なによりボリスが選んだ男たちだ。ひどい目にあわされるということはないだろう。
(そう、これはただのお見合い……みたいなものなんだから)
 オーロラの前で両開きの扉が開く。
 その瞬間、ざわっと空気が揺れた。
 そこには何百人もの男たちが整列し並んでいて、オーロラを見た瞬間、その場にいっせいにひざまずく。頭から重たいローブをかぶった魔法使いは当然として、ボリス率いる黒鍵騎士団だけでなく、赤と青、そしてフェリクスの白煌騎士団の男たちもいる。
 彼らは一様に興奮したような、期待に満ちた眼差しでオーロラを見つめ、熱い視線を送ってくる。
 頭では分かっているつもりだったが、一瞬で体がすくんでしまった。
(聖女って……そこまでのものなの?)
 だが立ち止まるわけにはいかない。そのまま早足で彼らの列の間を抜けて神の像の前へと向かい、階段を上って男たちを見下ろす。最前列に立っていたボリスが前に出て、オーロラの横に並びたった。
「選ばれし男たちよ、顔を上げよ!」
 ボリスの発言に男たちがいっせいに立ち上がる。
「ここにおわすのは、聖女として認定されたオーロラ・リンセ・リドレイ嬢だ!」
 ボリスのさわやかな声を聞いて男たちに緊張が走る。
 彼の見た目は美少年エルフだが、この場にいる誰よりも年長で実力者でもある。その一声で男たちは当然しゃんと背筋を伸ばすのだ。
 ボリスは己に注目が集まったことを確認すると、漆黒の騎士服のマントを優雅に翻しながら、高らかに言葉を続ける。
「彼女は神の根源に繋がり、その身に恩寵を受けた! 王は案じられた、彼女を護る男が必要だと!」
 黒騎士の発言に、次第に場の空気が温まり始める。
「ここに、強く、勇敢で、正義の心を持ち、彼女の夫として、その身滅ぶまで聖女に誠心誠意仕えられる者はいるか!?」
 その瞬間、男たちはグッと拳を握りしめると、そのまま天に向かって突き上げる。
 オオオオオオ……!
 まるで地鳴りのようだった。
 熱狂から一番遠い場所で、オーロラは目を伏せる。
 柔らかな絹の靴には美しい刺繍が施されている。明らかに外を歩くためのものではない。自分はただの魅力的な商品なのだ。
(まぁ……私を妻に娶れば、それだけで将来は約束されたようなものだものね)
 歴史上この国で十人もいない聖女。兵器としては使えなくとも、万が一でもその力を他国に渡すわけにはいかない。国に対して忠誠心を失わない男をあてがおうとするのは当然だろう。夫になる男は貴重な聖女の血を引く子供を産ませる。もしかしたらいつか、国の役に立つかもしれないから。
 要するに自分は、美しい鳥かごに入れられた鳥に過ぎないのだ。
(でも、別に構わないわ……)
 オーロラは親の顔を知らない。物心ついたときから怪しげな集団の実験台だった。
 フェリクスに引き取られた後もさんざん調べたが、虹色の瞳は先天的か、後天的なものなのかもわからないままだった。
(でも……私が『特異点』に繋がったのも、過去の実験のせいなのかもしれない。だったら実験を耐えて生き延びた甲斐もあったわけで……。十二年間、私に幸せをくれたフェリクスを助けられたのなら、私の人生は満点ってことよ)
 オーロラは決意に満ちた表情で、顔を上げた。
「オーロラ、いいのか」
 ボリスがはっきりした声で尋ねる。
「ボリスさま……ええ、大丈夫です。この中から結婚相手を選びます」
 そうしてフェリクスへの思いを断ち切るのだ。
 笑ってこくりとうなずきかけた次の瞬間、
「オーロラ! お前、親に黙って結婚する娘がいるか……!」
 突如、凛とした声が響き渡った。
 ハッとして声をあげると、聖堂の天井付近の大きな吹き抜け窓に、純白の箒を持ったフェリクスが立っているではないか。
 彼は上半身裸で、黄金の獅子の鬣のような髪が風になびいていた。たったそれだけで、まるで一枚の絵画のように神々しい。
「フェリクス……!?」
 彼に会うのは約十日ぶり――あの日以来だ。一週間から十日で目を覚ますと聞いていたが、どうやらそれが今日だったらしい。胸のあたりにはきつく包帯を巻いているがもう血はにじんでいない。そしてなにより、箒にもたれてはいるが、己の足で立っている姿を見て鼻の奥がつんと痛くなった。
「あぁ……よかったぁ……」
 オーロラの唇から漏れたあどけない安堵の声に、ボリスが「……まったく」とため息をつく。
 一方フェリクスは箒にひらりと飛び乗ると、そのまま滑空するように地上に降りてきて、ずかずかとオーロラに向かって歩いてきながら、途中部下の上着を乱暴にはぎとり、マントを奪うと、当たり前のように袖を通す。
「あっ、俺の一張羅が取られた!」
「俺のマントも……! 追いはぎだ!」
「強盗……! 横暴! ひとり治外法権!」
 騎士服を奪われた男子たちが次々と膝から崩れ落ち、それを周囲の男が肩を抱き慰めている。
 あんな美しい強盗があるかと思うが、人のモノを当たり前のように奪っていくフェリクスは、まったく悪いと思っていない堂々とした様子だ。そして彼は背中を覆う美しい金髪を手櫛で整えながら、頭の高い位置でそれをまとめ、オーロラを背中にかばうようにして立ったのである。
 一瞬、周囲は水を打ったように静かになったが、ボリスが呆れたように声をあげる。
「なんだ、フェリクスが来たらもうだんまりか?」
 その言葉に触発されたのか、一部の男たちがいきり立った。
「いいや、たとえ団長相手でも俺は引きませんよ!」
「オーロラ嬢! 俺と結婚してくれ!」
「いや、私とだ! 私と子供を作ろう、オーロラ様!」
 勇気があるのか、無謀なのか、若い男たちがわらわらと前に出てきて、迫ってくる。
 そう――そしてフェリクスの『野郎ども! オーロラが欲しかったら、俺の屍を越えていけ!!!』に繋がり、聖堂は男たちの乱痴気騒ぎで、めちゃくちゃになったのだった。

 

 

 結局フェリクスを倒した者はひとりもいなかった。王国最強騎士という煽り文句は正しく作用し、オーロラを娶る権利を得た男は生まれなかった。
「さすがに疲れたな……」
 金色のまつ毛を鳥の羽のように瞬かせながら、フェリクスは軽いあくびをして応接室の豪奢な天鵞絨のソファーに倒れこむ。
 無言で彼の隣に腰を下ろすと、フェリクスは当たり前のようにオーロラの膝に顔をのせた。ゆっくりと上下する胸元に、彼が呼吸していることにホッとしつつ、同時に傷口が開いたらどうしようと不安になる。
 目を閉じたフェリクスの顔を上からじっと覗き込むと、やはり疲労の色が濃い。いくら彼が強かろうが一週間前には死にかけていたのだ。死人が出ないだけマシだったような大乱闘で、疲れないはずがない。
「それにしても、家に帰ってきてよかったの?」
 おそるおそる尋ねると、膝の上のフェリクスがまつ毛を持ち上げて、なにか言いたげに、視線をさまよわせる。
 聖堂にいた男たちは一人残らずフェリクスが叩きのめしてしまったし、唯一対抗できるはずのボリスも笑って『好きにしろ』と言ったので、フェリクスはオーロラをひょいと腕に抱えて、王城を飛び出してしまったのである。
「本当はだめなんでしょう? 私……一応聖女になっちゃったんだもの」
 ボリスは『オーロラは国の固有財産になった』と言っていた。
 それはすなわちオーロラの自由が制限されるということで、国が用意した屋敷で生活し、夫になる男が通ってくるのを受け入れるような日々で――。
だからもう、この屋敷には戻ってこれないと覚悟していたのだ。
「――そんな馬鹿な話があるか」
 だがフェリクスは眉間にしわを寄せて、きっぱりと言い切る。
「でも」
「でもじゃない。俺はお前の自由を一切制限させない。たった一度の奇跡のせいで、死ぬまでこの国に縛られる必要はない。俺が許さん」
 そうしてフェリクスはもう一度目を閉じ、深いため息をついた。
 彼の端正な頬は若干やつれているし、目の下にはクマがうっすらと見える。
色々言いたいことはあるが、今は議論をしても仕方がない。フェリクスの身体の方が心配だ。
「……今日はもう、やすんだほうがいいんじゃない?」
 オーロラはためらいながら声をかけると、
「いや……屋敷中に結界を張るまでは、寝られないな……」
 フェリクスはしょぼしょぼした目をこすりながらながらソファーから立ち上がり、腰のベルトに挿していた短鞭を引き抜いた。
 無言で短鞭を振るうと、先端のヘッド部分から光の粒子が生まれキラキラと輝きながら屋敷中に四散する。
 彼の短鞭は、いわゆる魔法使いが持つ杖にあたる。
 フェリクスは騎士なので馬用の短鞭を魔法の杖代わりにしているのだが、素材は馬用ではない。一角獣の角をベースに、魔女の呪いで白鳥になってしまった高貴な王子の羽、海の妖精の鱗、等々、今となってはなかなか手に入りにくい素材がふんだんに使われているのだとか。
 フェリクス曰く『俺が死んだらこれを売れ。王都で孫の代まで生きていける』というような逸品らしい。ちなみにどうやって魔法の短鞭を手に入れたのかというと、オーロラと出会う前、任務で他国に潜入していた時にカジノで稼いだ金で手に入れたのだとか。つくづく負けを知らない男だった。
「よし……これでオーロラに夜這いをかけてくる命知らずの男たちがいたとしても、全員あの世行きだ。足から腐り落ちて死ねフハハハハ!」
 屋敷に結界を張り終えたフェリクスは鞭をしまうと、白い手袋で包んだ上品な手で首を一直線に切るポーズをしながら、満足げに微笑む。
(冗談よね……?)
 オーロラは呆れつつ、改めてフェリクスの顔を見上げたが、この男はいつも笑いながらものすごいことをしでかすので、本当かもしれない。オーロラに関しては、本当に過保護が過ぎるのである。
 それにしても、今日一日でいろんなことがあった。オーロラもこのままなにも考えずベッドにもぐりこんで、泥のように眠ってしまいたいが、その前に確かめておきたいことがある。
「あのね、フェリクス……。ちょっと聞きたいんだけど。どうして邪魔をしたの?」
「邪魔って、なにを?」
 フェリクスが目をぱちくりさせながら、オーロラを見下ろす。
「私のお見合いに決まっているでしょう」
 この期に及んでしらばっくれるのかと呆れてしまった。
「別に、邪魔はしてないだろ」
 彼は肩をすくめたが、オーロラからしたら一瞬言葉に詰まったのが丸わかりだ。
「しています。せっかくボリスさまがお相手を集めてくださったのに……はぁ……明日からどうなるのかしら」
 オーロラはボリスを信用している。その彼が選抜した男なら、と思ったのだ。なのに突然現れたフェリクスが全部めちゃくちゃにしてしまった。
 深いため息をつくと同時に、
「オーロラ、お前結婚したいのか?」
 と、頭上から声が響く。顔をあげると、眉間のあたりにしわを寄せたフェリクスと目が合う。
 痛いところを突かれたと思ったが、動揺は禁物だ。なんともないふりをしないといけない。
「したいのかって……別に、するつもりはなかったけれど、もう決まったことだから、するしかないじゃない」
 そう、自分ではさらりと流したつもりだった。だが――。
「はぁ……?」
 フェリクスが地の底から響くような声で、眉を吊り上げる。
(あ、ヤバ……)
 普段のフェリクスは滅多なことでオーロラを叱ったりしないのだが、オーロラが自分を適当に扱うと『キレる』。
 まさにたった今、オーロラは自らの発言で彼の地雷を踏みぬいてしまったようだ。
「もう一度言ってみろ、オーロラ」
 彼はソファーの背もたれに手を置き、オーロラに向き合うように顔を近づける。
 強い魔法使いというのは、場を支配する能力がある。フェリクスにそのつもりはなくとも、逃がさないという圧を感じて、息が詰まり体が強張る。まさに蛇ににらまれた蛙状態だ。
「だ……だから……私が聖女に認定されて……国の所有物になってしまったから……私に、結婚するとか、しないとかの自由はなくなってしまったわけで……だったら、ボリスさまが選んでくれた人だったら、マシかなって……」
 こちらを見つめるフェリクスの顔が恐ろしすぎて、オーロラは怯えながら目をそらす。
「そうかよ」
 フェリクスはハッと鼻で笑って、それから片方の手でオーロラの細い顎をつかみ、自らに引き寄せた。
「俺は、お前が嫌だって言うんなら……お前を連れてどこまでも、たとえ地の果てにだって逃げ切ってみせるね」
「っ……」
 そんなことできるはずがない。そう思ったけれど、オーロラを見つめる、空よりも青く澄んだ瞳には、一切の陰がなかった。
「そんなの……そんなの、無理に決まってるじゃないっ……」
 オーロラは彼の目を見ながら、唇を震わせた。
 フェリクスは王国が誇る白煌騎士団の団長であり、この国で一番有名な騎士だ。家族だって全員王都に住んでいる。普段は適当にチャラチャラ振舞っているが、ヨーレン山脈の魔獣討伐の時しかり、いざとなれば誰よりも先に先頭に立つ、責任感のある男なのだ。なのにその責務をすべて捨てて、オーロラを連れて逃げると言っている。
 オーロラの幸せのために――。
(これ以上、好きにさせないでよ……!)
 オーロラは心の中で叫びながら、目を泳がせる。
「いや、無理じゃない」
 そんなオーロラの気持ちも知らず、視線を逸らそうとするオーロラの顔を両手で包み込むと、フェリクスはこつん、と額を合わせこんこんと言い聞かせるように口を開いた。
「お前を引き取るときに約束しただろう? 俺はなにがあってもお前の味方だ。お前を愛し、慈しむ男だ。たとえなにがあっても、俺にだけは愛されているという自信を持てと……約束したはずだ」
 フェリクスの甘く低い声が、ささくれだったオーロラの心を優しく撫でつけていく。
「っ……」
 鼻の奥がつん、と痛くなって、視界がぼやけ始める。
 そうだ。フェリクスはいつも言っていた。
 お前は俺に、愛されている。
 生きているだけで価値があるのだと――。
 だからオーロラは悲惨な過去を乗り越えて、今日まで生きてこれた。すべてはフェリクスの大きな愛のおかげだった。
「オーロラ……泣くな。お前は幸せになっていいんだよ」
「っ、くッ……うう~ッ……」
「よしよし……おいで。抱っこしてやるから」
 フェリクスは、こらえきれず泣き出してしまったオーロラを抱き寄せると、柔らかな黒髪を指ですいたあと、子供にするようにぽんぽんと背中を叩き始める。
 病み上がりのくせに、彼からは花の香りがして、この男にかっこ悪い時はないのかとなぜか笑いたい気分になった。
「今日はシエルを抱いて寝るか?」
 フェリクスが耳元で甘い声でささやく。シエルというのは、黒猫の姿をしているフェリクスの使い魔だ。彼はほかにもクロヒョウや鷹なども従えていたが、街中を歩いていても違和感がなく、普段使いにちょうどいいと屋敷内では主にシエルが幅を利かせている。
 フェリクスが呼べば、すぐに姿を現し、オーロラと一緒に眠ってくれるはずだ。
「――ぐすっ……」
 オーロラは鼻をすすりながら顔を上げて、それから首を振った。
「フェリクスが、いい……」
「俺?」
 フェリクスは目をぱちくりさせた後、ふっと笑って顔を覗き込む。
「なんだ、甘えん坊だな。そうだな……久しぶりに一緒に寝てやろうか。まずはとっておきのレコードだ」
 フェリクスがそう言った瞬間、隣の応接室の端に飾られていた蓄音器が、独りでにメロディを奏で始める。
「それから安眠できるハーブをたこう」
 その瞬間、唐突に隣の書斎に続くドアが開き、引き出しからふわふわとメディシンボトルが出てきて、行儀よく並び、寝室へと行進していった。なにもかも、フェリクスが昔から使っていたオーロラを楽しませるためのちょっとした児戯である。
(懐かしいな……)
 オーロラは泣きながら笑って、自分の体を抱き上げたフェリクスの首の後ろに腕を回した。
「そうじゃないわ、フェリクス」
「そうじゃない?」
 フェリクスはきょとんとした顔で首をひねり、それからスタスタと二階にあるオーロラの私室へと向かう。
「おかしいな。俺の記憶によると、お前はこれをやると、いつも飛び上がるくらい喜んでたはずなんだが」
「十三歳までね」
「む……それもそうか。お前ももう二十歳だもんな」
 フェリクスは軽く肩をすくめ、廊下の奥のオーロラの部屋へとまっすぐに向かう。彼が近づくと扉は自動的に開き、ランプに火が灯った。
 オーロラはベッドにゆっくりと下ろされた。彼も隣に座る。
 カーテンの隙間から青白い月光が差し込んでいる。
 この男、昼間は太陽の化身のように美しいが、夜は夜でまたしっとりとした雰囲気がある。本当に美しい完璧な人間は、時間、環境、心境で、他人からの見え方まで変えてしまうものらしい。
「で、わがままな俺のお姫様は、いったいなにがお望みなんだ?」
 フェリクスはとびっきり優しい口調で、オーロラにささやいた。
 だからオーロラはかすれた声で、望みを口にしていた。
「――私と結婚してほしい」
 その瞬間、フェリクスは驚いたように目を丸くする。

 

 

 

 

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