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執愛の騎士は孤高の百合を甘く手折る 1

第一話

 

 そろそろ夕陽が山脈の向こう側へと沈もうとしている。ラナはオレンジ色に染まった王宮の廊下を足早に進んでいた。
「お姉様っ!」
 後ろから掛けられた鈴を転がすような声に足を止める。振り返った拍子に一つに編んだ髪がふわりと揺れた。
 こちらに向かってくるその背では、金色に輝く髪が軽やかに弾んでいる。今日の王女はどこに出かける予定だっただろうか。あぁ、そうだ。リドロフ侯爵家のお茶会に招待されていたはず。
 分厚い書類の束を持っているので簡易礼になってしまうのは見逃してもらおう。声の主が目の前にやってくるのを見計らい、軽く膝を曲げつつ頭(こうべ)を垂れた。
「お帰りなさいませ、プリシラ殿下。お茶会はいかがでしたか」
「とっても楽しかった! これからイリーナは結婚の準備で忙しくなるでしょう? 最後にゆっくり話ができて嬉しかったわ」
 スカラファリア王国の王女、プリシラはフリルがたっぷりとあしらわれたミモザ色のドレスを揺らしながら嬉しそうに答える。
 新緑を連想させる瞳を輝かせ、愛らしい顔が笑みで彩られるとそれだけで周囲の雰囲気が明るくなる。「スカラファリアの薔薇」と称される王女が声を弾ませて語る姿に、ラナは眼鏡の奥で目を細め、唇にほんのりと笑みの気配を乗せた。
「それはようございましたね」
「お姉様も来られればよかったのに。残念だわ」
「申し訳ございません。少々時間を取るのが難しい時期なものですから」
 たしかに件の侯爵令嬢は幼い頃からの知り合いである。だが、ラナの置かれた立場を考えると、今更顔を合わせても気まずいだけだろう。しかし事情を知らない王女にわざわざ伝える話ではない。
 プリシラが多忙を理由に社交を避ける従姉のラナに対して、常々不満に思っていることは知っている。一方で宰相補という重要な役目を負っていることも理解しているだけに、あまり強引には誘えない。
 それでも毎回なにか言わないと気が済まないらしいが、そんな頑固な部分も彼女であればチャームポイントになるのだろう。ラナがもう一度「申し訳ございません」と告げると、膨れ面からようやくいつもの笑顔に戻ってくれた。
「そうだわ! お茶会の焼き菓子がとても美味しかったからお土産に包んでもらったの。だから後で……」
「プリシラ様」
 はしゃぐ王女を低く、静かな声が遮る。
 本来、王族の会話に口を挟むなど言語道断だが「彼」に限っては例外だ。プリシラは斜め後ろに立つ、まるで影のように控える銀髪の青年へと振り返った。
「なぁに、ヴォルト」
「お喋りはここまでにしましょう。宰相補殿が大事な会議に遅れてしまいます」
「あら、そうだったの!? 引き留めてしまってごめんなさいっ!」
 プリシラはそれを聞くなり慌てて謝ってきた。王女という立場でありながら、素直に非を認められる謙虚さを持ち合わせている。それが彼女の魅力なのだろうと思いつつ、ラナは「お気になさらないでください」と穏やかな笑顔と共に返した。
「殿下とお話ししていたのでしたら、どなたでも許してくださいますから」
 国王が一人娘であるプリシラをとても大事にしているのは誰もが知っている。そんな彼女に捕まっていたのであれば、きっと仕方がないと見逃してくれるだろう。
「焼き菓子は後でお姉様の部屋に届けさせるわね」
「お手数をおかけします。キーショア様もご配慮くださりありがとうございました」
「……いえ」
 プリシラ専属の騎士、ヴォルト・キーショアは軽く目を伏せたまま答える。ラナは再び簡易礼を取ってから踵を返し、会議場へと続く廊下を急いだ。
 いつの間にか書類を持つ手に力が籠っていたらしい。足を進める速度が緩まないように気を付けながら細く静かに息を吐き出し、身体から力みを逃す。鼓動が僅かに奔っているのは早歩きをしているせいだと思うことにした。
 プリシラを諫めた時、ヴォルトとほんの一瞬だけ目が合った……気がした。あの深い紫色をした瞳は対峙する度に意識を吸い込まれそうになる。そうなってしまうのはただ美しいからだけでなく、ラナが彼に対して複雑な感情を抱いているからだろう。
 しかし、そんな日々がもうすぐ終わりを迎える。
 ヴォルトのお陰で開始時刻の少し前に目的の場所に到着できた。ラナは歩みを緩めながら静かに深呼吸をし、会議場へと進んだ。
 静かに開かれた扉の先はほとんどの席が埋まっていた。視線を足元に向け、できるだけ目立たないよう奥へと向かっていく。
「おや、随分ゆっくりとしたお出ましですな、エルメリック殿」
「申し訳ございません。以後気を付けます」
 老大臣の一人が嫌味たっぷりに声を掛けてきた。宰相補ごときが大臣である自分より遅く到着するとは生意気だ、と言いたいのだろう。
 時間には間に合っているので文句を言われる筋合いはないものの、彼に難癖をつけられるのは今に始まったことではない。ラナは素直に謝罪の言葉を口にした。
「さすが、あの恥知らずな女の血を引いているだけありますな」
「まぁまぁ、皆さん。まだお姫様気分が抜けきっていないご様子ですから、大目に見て差し上げませんと……ね?」
 伝統と格式を重んじる保守派の面々が聞こえよがしに囁き合っている。
 そもそも「お姫様」だったのはもう十年も前の話。この手の嫌味をすっかり聞き慣れてしまったラナは、さざ波のように拡がっていく嘲笑に一切反応することなく宰相の隣に着席した。
 たしかにラナの父親は現王の兄であったことから、かつては王族に名を連ねていた。
 しかしその父が重い病を理由に王太子の座を降りて王位継承権を放棄し、王籍から抜けたのだ。
 それが原因で他国から輿入れしてきた母とは離縁。八年前には父も亡くなり、一人娘であるラナがエルメリック公爵位を継いだ。
 しばらく待つと国王の入室が高らかに宣言される。一同が立ち上がり深々と頭を垂れる中、スカラファリア王国を統べるオルセー国王陛下が歩みを進めていった。
「早速だが、ラモルテ皇国からの視察団について最終確認をはじめてくれ」
 皆に着席を促し、簡単な挨拶を済ませると国王がおもむろに切り出した。会議場の視線が宰相であるエルピス伯爵へと集中する。ラナの隣に座る彼は一つ、大きな咳ばらいをしてから立ち上がった。
 ラモルテ皇国は内海を挟んだ大陸にある大国で、そこから視察団がやってくる日がいよいよ二週間後に迫っている。
 上質な香水の生産地として有名なスカラファリアは去年、新たに香油入りの石鹸を開発した。それを交易品に追加するかどうか、生産現場を視察した上で判断させてほしいという依頼があったのだ。
 周辺諸国に絶大な影響力のあるラモルテ皇国へ輸出ができれば、大幅な販路の拡大が見込める。滅多にないチャンスだけに歓待の準備は入念に進められていた。
 淀みのない口調で議事を進める宰相へ、ラナが隣から必要な書類を差し出したり小声で補足を入れたりしている。粛々と補佐役に徹するその姿は、生まれた時から王宮で暮らす「お姫様」だったとはとても想像できなかった。
「視察団の代表ですが、アレクシス皇太子殿下に決定したと正式に連絡がありました」
 宰相の報告にメモを取っていたラナの手がぴくりと揺れる。しかしそれはごく小さな動きだったので気付いた者は誰もいなかった。
 残りの議事も滞りなく進み、予定していた時刻よりも早めに終了した。国王が退場すると会議場は再びざわめきに満ちていく。そんな中、宰相補であるラナ・エルメリックは素早く書類をまとめると宰相と共に席を立った。
 二人にとっては移動の時間も無駄にはできない。廊下を歩きながらの打ち合わせは王宮ではすっかり見慣れた光景になっており、すれ違う人も話し掛けてくることなく無言で頭を下げるに留めていた。
「念のための確認だが、ドレスの準備はちゃんと進めているかね?」
「……はい。本日の夕方、仮縫いが終わったものを試着する予定です」
 宰相はたまたま思い出したかのように訊ねてきたが、おそらくタイミングを見計らっていたのだろう。心配させていることを申し訳なく思いながらラナは素直に答えた。
 普段は宰相補という立場に相応しく、ローブの下はブラウスにロングスカートというシンプルな恰好をしている。ドレスなんてここ数年はまったく袖を通していなかったのだが、皇国からの視察団を歓迎する夜会には立場上参加しなくてはならないのだ。
 それに――。
 沈みそうになった気分を誤魔化すため、ラナは無理やり笑顔を作った。
「あの、お手数ですがまたダンスの練習にお付き合いいただけますか?」
 宰相は亡父とも親交があり、ラナにとって数少ない信頼のおける人物である。いよいよ足腰にガタがきはじめたと零していたのに申し訳ないが、せめて失礼にならないレベルにまではしておかなければ。
「もちろんだとも。後でスケジュールを調整しよう」
「ありがとうございます」
 それでは、と宰相とは廊下の途中で別れる。ラナは自分の執務室へ向かいながらこれからのスケジュールを頭の中で立て直しはじめた。予定より早く戻れたので今のうちに急ぎの書類を確認してしまおう。そうすれば教会へと送る書状の清書を今日中に済ませられるはず。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。頼んでいた報告書が完成していたら見せてもらえるかしら」
「はい、今お持ちします」
「あぁ、それから騎士団へ警備体制の変更を依頼してほしいの」
 宰相補の身分を示すローブを脱ぎつつ部下へ次々と指示を出す。皆が慌ただしく動きはじめるのを眺めながら、自らも書類の山へと手を伸ばす。そうやって没頭しているうちにすっかり時間が経つのを忘れてしまっていた。
「エルメリック様、あの……お客様がお見えです」
 文官の遠慮がちな声にはっと顔を上げる。もうそんな時間!? 慌てて時計を見ると仕立屋と約束した時間には三十分ほど早いではないか。時間を勘違いしていたのかと焦ったが、どうやらそうではなかったらしい。
「王女殿下からのお届け物だそうです」
「通してちょうだい」
 仕事が捗っていたところを中断されたのは少々残念だが、プリシラからの遣いを無下にはできない。いつもの侍女が来たのだろうと思いきや、聞こえてきた「失礼します」の声に小さく肩を揺らした。
「プリシラ様よりこちらをお預かりいたしました」
「まぁ……わざわざありがとうございます」
 どうして王女の騎士が来たのかまるでわからない。驚きを微笑みという仮面の裏に押し込め、ラナは椅子から立ち上がると差し出された籠を受け取った。ヴォルトは相変わらず籠に視線を落とし、こちらを見ようともしない。
 もしかして、プリシラの話を遮った罰として差し向けられたのだろうか。本来であればお茶でも振る舞うべきだが、嫌々やって来たであろう彼を引き留めるのは可哀想だ。
 ラナはすぐに主のところへ戻してあげようと、籠を手にしたまま扉の方へと向かった。
「王女殿下には後ほどお礼状をお送りいたしますわ」
「……伝えておきます」
 立ち上がろうとする文官を制し、ラナは自らドアノブへと手をかける。そのまま押し開こうとした寸前、低い問いかけが耳に届いた。
「ラモルテ皇国から来る視察団の窓口をなさるとお聞きしました」
「はい。ですが、わたくしは宰相様のお手伝いをする程度になるかと」
 ヴォルトの方から話を振ってくるなんて珍しい。しかも、つい先ほど正式に決まったばかりのことだというのに、どうして知っているのだろう。
 会議の件といい、彼の情報収集能力には度々驚かされる。宰相補という立場上、その役目を担うのは致し方ないのだが、見上げた先にある美麗な顔に険しさが乗った気がした。
「……代表者は皇太子だそうですね」
「えぇ、粗相の無いよう精一杯努めさせていただきます」
 今日の彼はいつもと様子が違う気がする。どんな意図で問われたのかがわからず無難な答えを返したつもりだったが、相変わらず硬い表情をしている。
 もしかして「あの件」まで知っている? いや、これは国王と宰相が密かに話し合い、二人から直接ラナに伝えられたので話が漏れるとは考えにくい。
 それに、彼が知っていたとしても機嫌を損ねる理由にはならない。大方、ラナが重要な取引先の前で失敗するのではないかとでも懸念しているのだろう。
 淡い笑みを貼りつけたまま小さく首を傾げると、ようやく視線がこちらへ向けられたが、顎のあたりを見つめてくるだけ。決して視線が重なることはなかった。
「どうぞ、ご無理はなさらないでください」
「お気遣い感謝いたします」
 ヴォルトは心にもない台詞を残すと、開いた扉の隙間からするりと廊下へと抜け出していった。
 ラナは遠ざかっていく背をしばし眺めていたが、なんとか視線を引き剥がす。執務室へと戻り、逸る心臓を宥めながら机に籠を置いた。
 掛けられていた布を持ち上げるとバターと砂糖の入り混じった匂いがふわりと立ち昇る。黄金色の焼き菓子はとても美味しそうで、ラナはようやく自分が昼食を摂っていないことを思い出した。
「フィリニ、お茶を用意してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「お菓子は四種類ね。わたくしには一つずつで、残りは皆で分けてもらって」
 フィリニはラナ専属の侍女になって三年が経っている。きっと言わなくてもそうしてくれただろう。しかし、いつからか忘れず伝えるようになってしまった。それは宰相補という仕事柄、齟齬を避けたいという気持ちがそうさせているのだが、口にする度に申し訳なくなる。
 そんな葛藤を知ってか知らずか、フィリニは安心させるように微笑んでくれた。
 王女から菓子を贈られる時、ラナは必ず全種類を口にすると決めている。そして、それぞれの感想をお礼の手紙に認めていた。
 プリシラとラナの仲は決して悪くない。従姉妹という間柄ではあるが、そこは王族と一貴族の当主。何度も「お姉様」ではなく名前を呼び捨てにするよう頼んでいるものの、王女は頑なにそれを拒んでいる。そのせいで未だに王籍に未練があるのではと邪推する者も少なくなかった。
 だが真実、ラナにはなんの未練も残っていない。
 すべては仕方のなかったこと。どんなにラナが頑張ろうとも父の病は治らなかっただろうし、王妃になることを条件に嫁いできた母をこの国に引き留められなかった。
 だから、王位継承権を失い――ヴォルトとの婚約内定を破棄されたこともまた、仕方がないのだ。
 プリシラ王女の専属護衛騎士、ヴォルト・キーショアはキーショア辺境伯の次男として生を受けた。
 先王、つまりラナの祖父が国王だった時分、国土拡大を目論んだ隣国シェリダンの猛攻撃を三度に亘って退けた。辺境伯として当然の働きだと言う者もいたが、祖父は功績を称えると共にキーショア家と王族の縁組を確約したのだ。
 だが、直系である二人の王子は既に結婚しており、傍系には条件が合う者がいない。そこで褒賞は次代へと繰り越された。
 キーショア家で後継となる長男が誕生した翌年、王太子と妃の間に娘が生まれた。そして更に二年後に辺境伯家では男児が生まれ、彼が王家へ婿入りすることが内定した。
 スカラファリア王国で継承権は男女平等に与えられる。つまり、当時の王太子の娘であったラナ姫はいずれ女王になる存在として、物心がついた頃から厳しい教育を受けていた。
 ラナが初めてヴォルトと顔を合わせたのは八歳の時。二歳年下である未来の結婚相手はまだ自分より背が低く、幼い顔立ちをしていた。それでも精一杯練習してきたであろう振る舞いがとても健気で可愛らしい。早くも淑女としての振る舞いを叩き込まれていたラナは、天真爛漫な笑みを浮かべるヴォルトをすっかり気に入ってしまった。
 国を統べるには少々控えめな性格の姫と、物怖じしない辺境伯の次男。バランスも取れているし、なによりお互い憎からず想っているのが見て取れる。
 国王と辺境伯の盟約は無事に果たされる見通しが立った。国の明るい未来を誰もが信じて疑わなかった――あの日までは。
 王太子が病を理由に王位継承権を放棄した。
 それに伴って第二王子が立太子して継承権第一位となり、辺境伯との盟約を果たす相手がラナからプリシラへと移ったのだ。
 幼い頃の、しかも政略結婚だったものの、一度は将来を思い描いた相手。過去の話とはいえ気まずさが残るのはラナだけではないらしい。
 だが、それも近いうちに消えるだろう。
 王女は半年後に十六歳になる。成人すると同時にヴォルトと正式に婚約し、一年後に結婚することが王家とキーショア家によって決められていた。
 すでに二人の関係は公認になっているとはいえ、今はまだ口約束と変わらない。だが婚約式さえ執り行えば、盟約が果たされたのとほぼ同義。
 ラナはずっとその日が訪れるのを待ち続けていた。
 幼い頃の無邪気さは無くなったが、歳下の次期女王を補佐するにはあの落ち着きが必要だろう。ラナが相手だった時分のそれとは違うものの、プリシラとヴォルトはお互いを信頼し合っている。きっといい国を作ってくれるだろう。
 それを補佐するのが自分に課せられた使命だと信じてここまでやって来た。
 だが、ラナの存在を快く思わぬ者も少なくない。特に国教の敬虔な信者である保守派の面々は、王妃になれないとわかった途端、一方的に離縁を宣言して帰国したラナの母親を「恥知らず」だと激しく非難した。その禍根は未だに根深く、その娘までもが軽蔑の対象になっている。
 国王は表立っての行動は避けていたが、姪の置かれた立場をずっと不憫に思っていたらしい。スカラファリアにいては嫌な評判がずっと付きまとうだろうと、国外への輿入れを密かに打診してくれていた。
 ラモルテ皇国はその中でも最有力候補。皇太子の来訪は視察が主な目的ではあるもののラナとの顔合わせも兼ねている、と伝えられたのはつい先週のことだった。
 突然の、しかも想像だにしていなかった提案を受けた当初は大いに戸惑った。だが、考える時間を貰うまでもなく、すぐさま「お受けいたします」と返したのには当然ながら理由があった。
 ラナは今年で二十歳、既に結婚できる年齢になっている。縁談がまとまればすぐさま婚約が発表され、用意が整い次第、皇国へ嫁ぐことになるはずだ。少なくとも半年はかかるかもしれないけれど、きっと王女と騎士の婚姻よりは早いはず。
 つまり、ラナは盛大に執り行われるであろう彼らの結婚式をこの目で見なくて済むのだ。
 その頃の自分がどんな気持ちでいるかはわからない。だがきっと、物理的な距離は心の傷を少しくらいは軽くしてくれるに違いない。
 皇国からはこの大陸で主に使われている複数の言語を巧みに操り、宰相補として豊富な知識と社交マナーを身に付けているラナを皇太子妃に迎えることに前向きだと伝えられた。
 残る懸念事項は皇太子との相性だけだが、彼もまた自分の結婚は国益を得るためだと理解しているはず。私情を挟むような真似はしないだろう。
 ようやくこれで、想いを手放せる。
 いつにない緊張を覚えながらも、ラナは来るべき日を静かに待っていた。