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脳筋かと思ったら凄腕テクニシャン!? 騎士団長は王女様をずーっと溺愛したかった! 2

第二話

 


「その……これは……」
 急いでイーサンからの求婚に困っているのではないと伝えたかったけれど、言葉が出てこなかった。
 ────別に貴方の求婚が嫌というわけではないのよ。
 これでは、嫌ではないけれど受け入れるつもりはないと思われるかもしれない。
 だったらシンプルに────。
 ────ありがとう。
 これもどっちに取られるかわからない。
 ────ああ、どうしよう!?
 早く、発言を取り消される前に、何か言わないといけないのに。
 考えれば考えるほど混乱してしまい、もう自分の頭の中が真っ白なのか、真っ赤なのかもわからなくなってくる。
 頭がくらくらしてきてしまう。
 しかし、焦るレイラとは対照的にイーサンは落ち着いており、ゆっくり口を開こうとしていた。
 ────いや、言っちゃ駄目。取り消さないで!
 次の言葉を聞きたくなくて、思わず耳を塞ごうとする。
「ずっと慕っていた、結婚しよう」
 けれど、聞こえてきたのは予想とまったく違う言葉だった。もう一度、彼が求婚の言葉を口にしてくれたのだ。
 嬉しさが再度、一気にこみ上げてきて、胸が震えた。
 これなら、もう自分の反応の言い訳をする必要はない。
 ただ、頷くだけでもいい。
 今こそ自分の気持ちに素直になる時だと思う。
 そこまで来て、レイラはハッとあることに気づいた。自分は王女であり、自分の意思だけで婚姻を決められる立場にない。
 彼の思いに応えて良いのだろうか。
 自分の恋を勝手に成就させてしまっていいのだろうか。良いはずがない。
「その……この話は私の一存では……」
 自分はもう、幼くお転婆な王女ではない。
 気持ちが通じ合っていても、結ばれない恋があることぐらい知っている。
 時にはお互いのため、離れる決意が必要なこともある。その顔色を読み取ったかのようにイーサンは言った。
「王にはすでに話を通してある」
「父はなんと!?」
 思わず早口で尋ねていた。
「レイラが望むならば、喜んで支持しようと」
 ────ああ、そんなことがあるなんて。
 レイラは喜びに震えた。
 これで二人の間の障害はほぼなくなった。
 まさかイーサンが根回しまでしているとは思わなかった。
 幼い頃の気弱な彼とは別人のようだ。強いだけではなく、賢く、頼りがいのある男性に成長している。
 ────そんな彼が、ずっと私のことを好きだったなんて。
 再び頬と胸が熱くなり、苦しくなる。
 早く求婚に頷き、彼の胸に飛び込みたい。
 思い切り抱きしめて欲しい。
 そんな気持ちがこみ上げてくる。
「この庭、あの時から変わっていない。ずっと世話をしてくれていたのか? もしかして……俺のために?」
 秘めていた想いを打ち明けるまえに、彼に気づかれる。
 今度は恥ずかしさで頬が赤く染まった。
「レイラ、返事を聞かせてくれるか?」
「貴方を……貴方は……私の知ってるイーサンではないわ!」
 嬉しさと恥ずかしさのあまり、混乱する。結果、お転婆だった幼少時代の性格が勝手にしゃしゃり出てきてしまった。
「俺は正真正銘、レイラのイーサンだが」
 ────私のイーサン!
 返ってきた彼の言葉で、さらに顔が真っ赤になる。
「て、手慣れ過ぎているのよ」
 もう自分が何を言っているのかわからない。そして止まらない。
「乙女心を弄ぶのは公爵でも褒められることではないわ!」
 レイラはそう言うと、くるりと後ろを向くと彼から逃げだした。
 これ以上イーサンの前にいたら、さらなる失言をして、せっかく求婚してくれたのを台無しにしてしまいそうだったからだ。
「レイラ!? 待ってくれ!」
 後ろからイーサンの声が聞こえたけれど、走り続けた。
 幸い彼が追ってくる様子はない。
 ゆっくりと速度を落とし、やがてとぼとぼと歩き出す。
 ────彼はあんなに変わったのに、私は幼い頃と変わらないわ。
 自分の気持ちに素直になれず、彼を振り回してしまっている。
 レイラは落ち込みながら、自室へと戻った。

 

     ※   ※   ※

 

 一人、庭に残されたイーサンは茫然と立ち尽くしていた。
 彼女へと伸ばそうとした手をゆっくり下ろす。
 レイラを追うべきか、一瞬迷ったが止めた。追いかけて、幼い頃のようにレイラが転んでしまっては困ると思ったからだ。
 ────どういうことだ?
 王からは、レイラへの求婚の許しを得た際、断られることはまずないだろうと言われている。
 それなのに彼女は頷くことなく、自分の元から逃げてしまった。
 何を間違ったというのだろう。
『て、手慣れ過ぎているのよ』
 やはりあの一言が原因なのか。
 女性へ囁く愛の言葉や、紳士らしい恭しい態度も、レイラと結婚するために、何度も何度も練習したつもりだったのだが……。
 それが逆効果になってしまったのかもしれない。
 手慣れているなんて、とんでもない。
 レイラ以外の女性を愛したことはもちろん、触れたことさえない。
 一緒にいた頃から年月はかなり経っているから疑われても仕方ないと言えるだろう。まずは自分がレイラに一途なことを伝えるべきだっただろうか。
 ────それにしても……可愛かった。
 求婚されて、戸惑い、照れた彼女の顔を見て、胸の中は飛び跳ねていた。
 幸い、彼女には気づかれていなかったようだ。
 レイラを妻とするために戻ってきた、頑張ってきたのだと改めて思えた。
 一度失敗したからと言って、諦めるつもりはない。
 一緒にずっといるためならば、彼女の顔を毎日見るためならば、今までの努力も、これからの奮励も苦ではない。
 彼女に拒絶されない限り、何度でも求婚してみせよう。
 ────想像以上に愛らしくなっていた。
 数年ぶりに再会したレイラの姿や表情を思い出すと、思わず顔がにやけてしまう。
 離れていた間も、イーサンはずっと彼女のことを考えていた。
 幼い頃も凜として美しかったが、今はどんな姿になっているか。再会するのが楽しみで仕方なかった。
 そして、実物の彼女を見た時は言いようのない感情がこみ上げてきた。
 囚われてしまいそうな大きな瞳、光を放つかのような美しい髪、触れたいほど血色の良い滑らかな肌、包みこみたくなるほど細く長い指、憎まれ口を発するふっくらとした唇も愛らしい。
 すべてが美しいけれど、幼い頃の面影がところどころにあって、懐かしさも感じる。
 そう、昔からレイラが好きだった。
 昔の自分は弱かった。彼女が強くなれと言ったから、歯を食いしばり、懸命に自らを鍛えた。
 時に逃げだしたくなるほど辛いこともあったが、レイラを想えば、耐えることができた。
 ────強くなって彼女を守りたい。
 その一心で今まで生きてきた。
 王に認められ、彼女も自分を好きだと聞いて、これからはずっとレイラと一緒にいられると思ったのに────。

 

     ※   ※   ※

 

 レイラと再会を果たす少し前、数年ぶりに王都へ入ったイーサンは、皆から熱烈な賞賛を受けていた。
 城門から王宮までの大通りには、騎士達を一目見ようと平民が押し寄せている。
 そのため、馬上のイーサンは速度を落として進まなければならなかった。本当は駆けてでも城に向かいたかったのだが、凱旋式の前に怪我人を出すわけにはいかない。
「騎士団、万歳! イーサン団長、万歳!」
 人々が自分の名前を口にしている。
 騎士団に入ったイーサンはすぐに頭角を現した。公爵家の長男ということもあり、最年少で騎士団長まで上りつめる。
 もちろん、早すぎる出世を妬む者も多かったが、その後に起きた隣国との戦いでその者達は何も言えなくなった。
 イーサンが相手を翻弄する戦術で、時に最前線に立って兵を奮い立たせ、劣勢と言われた戦局を覆して勝利し、有利な停戦に持ち込んだのだ。
 戦後処理をして、国境付近の治安が安定したのを確認してから、やっとこうして王都に凱旋することができたところだった。
 今や最年少の騎士団長の実力を疑う者は誰もいない。
 周囲からも認められ、堂々と父より公爵位も譲り受けた。
 しかし、騎士団長となったのも、隣国との戦いに勝ったのも、イーサンにとっては名誉や爵位、ましてや金のためなどではない。
 極論を言えば、国のためでもなかった。
 自分が望むもの、それはただ一つ────レイラだ。
 いつまでも彼女と一緒にいたい。その笑顔を自分だけのものにしたい。
 そのための行動を今日起こすつもりだった。
「隊列を乱すな」
 女性が掲げた花を受け取るため、一部の騎士が列から離れようとしたのをイーサンは指摘した。
「少しぐらい、いいではありませんか」
「声援に応じるのも騎士の仕事ですよ。士気も上がりますし」
「そうですよ、団長も手ぐらい振って下さい」
 反論した周囲にいる団員を、イーサンは睨みつけた。
「なるべく早く城に向かわねばならない」
「そうでした。王をお待たせするわけにはいきませんからね。さすが団長」
 勝手にイーサンの発言を、副官の一人が解釈する。
 待たせているのはもちろん王ではなく、レイラだ。
 その後、団長の命令を忠実に遂行した騎士団は次々と来る人の波を押しのけ、何とか城へと到着した。

 到着してすぐに通された謁見の間では王と国の重臣達が騎士団の到着を待っていた。
「ヘニング王、フェザニア騎士団、ただいま戻りました」
 イーサンは騎士団の幹部を引き連れ、跪く。
「よくぞ戻った英雄よ。このたびの戦い、まことにご苦労であった。イーサン、そなたが騎士団長でなかったら、我が国は滅びていたかもしれん」
 王から最大限の賞賛の言葉を贈られる。
 その言葉は誇張ではなかった。
 戦いを仕掛けてきた帝国は大陸一の大国で、兵数も、練度も、フェザニア王国側が大きく劣っていた。
 開戦時は貴族だけでなく、平民にまで重い雰囲気が広がっていたものだ。
 けれど、イーサンは相手の優勢を逆手に取って、油断していたところを攻め立てた。
 大打撃を受けた敵国は、戦場にも姿を現す指揮官のイーサンを必要以上に恐れ始め、士気を大きく下げて、ついには停戦交渉を願い出てくる。
 今回の戦いがトラウマになったようなので、この先数年は相手から仕掛けられることはないだろう。
 それは他の周辺国も同様で、しばらくの平和を勝ち取ったといえる。
 だからこその、凱旋した騎士団への民の熱烈な声援だった。
「お言葉ですが、戦いは一人ではできません」
 しかしイーサンは首を横に振って、自らへの賞賛を否定した。
 何の裏もない。真実を語ったまでだ。
 仲間を信じ、団長の指示を忠実に遂行し、士気を高く維持した部下達がいなければ、勝てる戦も勝てなかった。
「もちろん、騎士と参加した兵には最大限の褒美を取らせよう」
「皆、喜びます」
 後ろに控えた副官がにやけているのが、見なくてもわかる。
 部下達にはどんな使い方をしてもしばらくは困らないほどの金と酒が振る舞われるだろう。皆、命を賭けた対価に相応しい幸せな日々が送れるはずだ。
「主だった功労者とその褒美は、後日改めて公示するつもりだが……イーサンよ、一つだけ困ったことがある」
「何でしょうか?」
 イーサンは王の言葉に警戒し、眉をひそめた。
 自分達が帰還するまでの間に、新たな何かがあったのだろうか。
 今、戦いを仕掛けられることはないと思っていたが、もしかするとまた戦場にとんぼ返りしなければならないかもしれない。
 今までなら手柄を立てるために喜んで受け入れたが、今回は困る。
 条件が揃い次第、すぐにでもレイラを迎えに行きたかった。しかし、ここで任務を放り出しては意味がない。
 覚悟を決めたイーサンに、なぜか王はふっと笑った。
「最大の功労者であるそなたに与える褒美が思いつかんのだ。すでにそなたは公爵であるし、新たな爵位や領地を与えたところで辞退するであろう?」
「はい、どちらもいりません」
 イーサンは即答した。
 普通の貴族ならば、複数の爵位は名誉に、領地は税の取れる収入源になるので喜ぶものだろう。
 しかし、イーサンはどちらにも興味はなかった。
 公爵位というレイラと釣り合いの取れる最高位の爵位があれば充分だし、金も公爵領からの収入で不自由ない。
 名誉も領地も、多すぎると不幸を招くだけだと知っている。
 ひとまず、戦場に戻れという命令でなくてよかった。
「では何か望むものはないか?」
「そう言われましても……!」
 適当に宝石でも貰おうかと思ったところで、イーサンは思いついた。
 今自分が欲しいものの中で、王に請うのがもっともなものが一つだけある。
「なんだ? 思いついたものがあるのか。何でも申してみろ」
「恐れながら、申し上げます」
 イーサンは一呼吸入れると、わざと部屋中に聞こえる大きな声で答えた。
「お慕いしておりましたレイラ王女に求婚するお許しを頂きたい!」