脳筋かと思ったら凄腕テクニシャン!? 騎士団長は王女様をずーっと溺愛したかった! 3
第三話
その場にいた者達が一斉にざわつく。
大部分はただ驚いた様子だったけれど、中には「なんと無礼な」「もしや王座を狙って」などとイーサンに敵意を向けた言葉も聞こえてくる。
それぐらいは予想の範囲内だった。
もし私的な場所で王に求婚の許しを願い出たら、もっと反発は大きくなっていただろう。公の場で堂々と申し出るほうがずっといい。
あとは王がなんと答えるかだが……。
「そのようなことか」
王は真剣な顔になり、皺が深くなった気がする。
ごくりとイーサンは唾を飲み込んで次の言葉を待った。
「許そう。ただ、別に褒美の代わりでなくともわしは許したぞ」
イーサンは安堵して、止めていた息を吐く。
あっさり王女への求婚が許可されたので、またも周囲がざわめくが、王が口を開いて話を続けたことで静かになる。
「いや、めでたい。そうなるのではないかと思っていたが、なかなか言い出さないのでハラハラしておったぞ」
「そうなのですか?」
つい驚きの声を上げてしまう。
そんな素振りを見せたことはないつもりだったので、王に気づかれていたとは思わなかった。
「バレバレじゃな。そなたも、レイラも、不思議と周囲にはわからないと思っているようだが。まあ、似たもの同士といったところか」
「レイラ王女も?」
首を傾げると、ヘニング王がにやりと笑みを浮かべる。
「わからんか? 娘もそなたを好いているということだ」
「本当ですか!?」
イーサンには不安なことが一つだけあった。
それは美しく成長したレイラが自分のことなど忘れて、違う男を好きになっていた場合のことだ。
もちろん、その時は彼女の幸せを願い、身を引くつもりではあった。
「レイラの父であるわしが言うのだから間違いない」
────レイラが俺を……。
自分の思いが一方的なものでなくて、心から嬉しい。
その幸運に震える。
「イーサン、そなたを正式にレイラの婚約者と認めよう」
ヘニング王は正式に二人の仲を宣言した。
「英雄と王女が結ばれれば、我が国は長らく安泰であろう。喜ばしいことだ」
謁見の間にいる者達が王に続いて手を叩き祝福の意を示す。こうなっては、イーサンを良く思わない貴族も反対の声を上げられなかった。
これで障害は何もなくなった。あとは実際にレイラに求婚を受け入れてもらうだけだ。
「では、すぐにでもレイラ王女に求婚いたします」
「それがよかろう。お互いに知らぬ仲ではないから、婚約期間を設ける必要もない。早々に結婚して公爵家に妻として連れて行くがいい」
正式な婚約者になれただけでも驚きなのに、早く結婚しろと言う。
婚約中に邪魔者が現れるかもしれないから、イーサンとしては願ったり叶ったりだ。
誰にも取られるつもりはないが、早くレイラを未来の妻ではなく、現在の妻にしたい。
「急ぐと王女が戸惑ってしまわないでしょうか?」
「あれは強い娘だ、大丈夫であろう。心配であれば、元乳母で今は侍女をしているベネデッタも公爵領に連れて行くがいい。嬉々としてついていくだろう」
「そのようにいたします」
こうも事が上手く運ぶとは思わなかった。
何か落とし穴がないか、不安になるほどだ。
「レイラ王女から求婚の返事を頂いた後、改めてご報告差し上げます」
「楽しみに待っておるぞ、イーサンよ」
謁見はそこで終いとなった。
この後、すぐに上級騎士と貴族を招いた王宮主催の宴が開かれる。
そこでは国を救う活躍をしたイーサンに取り入ろうと、貴族から側室でもいいと次々に娘を紹介されるが、王女への求婚前であることを理由にきっぱりと断る。
自分にはレイラだけだ。側室などありえない。
その態度を快く思わない貴族の視線が増えていくのを感じてはいたが、レイラと一緒になるという幸運のためなら、それぐらいは甘んじて受け入れるつもりだ。
会場でレイラの姿を探したものの、見当たらない。
当然いるだろうと思ったが、宴には参加していないようだった。そういえば、王の片腕として政務を手伝っていると聞いていたけれど、謁見時にもいなかった。
早く彼女に会いたい。顔を見たい。
宴が一段落したところでイーサンは会場を抜け出して愛しい者を探し始め、思い出の庭でその姿を見つけた。
※ ※ ※
イーサンから庭で求婚され、逃げだしてしまったレイラは自室に戻った。
「姫様、もうお戻りになったのですね」
部屋に入るなり、声をかけられて驚く。
声の主は良く知った相手、侍女のベネデッタだった。
美しく束ねた栗色の髪に、穏やかな緑色の瞳。
他の侍女とは異なる裾のふくらみが少ないワンピースに、必要な時だけエプロンを身につけるレイラ付きのベテラン侍女である。今はエプロン姿だった。
好奇心に満ちた笑みは、今年で四十五歳になるとは思えないほど若々しい。
ベネデッタの前ではレイラは何も取り繕わずに過ごせる。ベネデッタもまた、レイラには保護者のようにズバズバとものを言うから、相性がいいのだろう。
元はレイラの乳母なので、このやり手な侍女は物心着いた頃からずっと一緒にいる。
レイラにとって、どんなことも相談できる家族みたいな存在だった。
今日のことも彼女に言うべきだろうか。
どうやったら彼へ素直になれるか教えてくれるかもしれない……。
恥ずかしいけれど、まずはずっとイーサンを好きだったと打ち明けよう。
まだ彼のことはベネデッタにも言ったことがなかった。
「あの……ベネデッタ、その……? 何をしているの?」
話しかけようとしたけれど、ベネデッタはすでにレイラに背を向けていた。
見るとレイラのドレスや小物を床に敷いた布の上へ並べている。
「何って、姫様の荷物をまとめているのですよ」
聞かれたベネデッタの方が、なぜそのようなことを聞くのかという顔をする。
レイラは首を傾げた。
彼女とは言わなくても通じることが多いのに、今日はまるでズレている気がする。
どうやら、古くなったものを処分しているわけではなさそうだ。
「お父様から何か言われた? どこかへ視察?」
再度尋ねると、ベネデッタがやっと手を止める。
「視察の予定を入れられたのですか!? 姫様でなくてもよいでしょう。すぐに代わりの方を用意してください。これから忙しくなるのですから、そのような暇はまったくございません」
なんだかわからないが、怒られてしまった。
今日に限って、彼女と意思の疎通がまったく取れない。
「視察の予定はないわ。それより、これから忙しくなるってどういうこと?」
ため息をつきながら、根気強く尋ねる。
「婚約を通り越して、ご結婚なさるのですから、当然です」
ベネデッタは誇らしげに、やっと答えてくれた。
「…………婚約! 結婚!」
一瞬彼女の言葉が理解できなくて、飲み込んでから思わず声を上げる。
「誰が?」
「もちろん、姫様がですよ」
確かにこの流れではレイラ以外にない。
しかし、今さっき自分はイーサンの求婚から逃げだしてきた身だ。
何がどうなって、婚約ではなく、結婚することになっているのだろう。
「ああ、心配いりませんよ。わたくしもついていきますからね。知らない土地でも不安に思うことは一切ございません。さっさと荷物の目録を作らないと」
ベネデッタが忙しそうに再び手を動かし始める。
「ありがとう……ではなくて、誰から聞いたの?」
「誰からって、城にいる者なら、誰でも知っていることですよ」
本人が知らないのに、周囲の者すべてが知っていることなんてあるのだろうか。
でも彼女が言っているのだから、本当にあるようだ。
「まさか、姫様は知らないのですか?」
正直に頷くと、今度こそベネデッタが教えてくれた。
凱旋したイーサンが王に謁見した際、褒美の代わりにレイラへの求婚の許可をもらったこと。
王は大いにそれを喜び、公に認めたこと。
婚約期間はいらないと言って、早く結婚して領地に連れて行けとまで言ったこと。
それらの内容がレイラを除いて、瞬く間に城中に広がったこと。
────お父様、さすがに勝手に決めないで。
イーサンが求婚の許可を貰ったことは聞いていたけれど、そんな大事になっていたとは思わなかった。
レイラも本心では反論はない。
イーサンと一緒になれるなら、すぐになりたい。
王都を離れることになってもかまわない。
「姫様の想いが相手方にも届いて、まことに良かったです。わたくしにとっても、これ以上喜ばしいことはございませんよ」
「ベネデッタ! もしかして、知っていたの?」
目を丸くして彼女を見る。
記憶ではそれらしいことすら、ベネデッタに言っていないはずだ。
「そりゃ、姫様を見ていればわかりますよ」
「そうなの?」
この気持ちは必死に隠しているつもりだった。
でも他の人にはわかってしまっていたのだろうか。
「たとえば、あの中庭。自ら手入れされていたのは、お二人の思い出の場所だからですよね?」
「ち、違うわ。あそこが好きだから。いつまでも綺麗にしておきたくて」
顔を真っ赤にしながらレイラは否定した。
けれど、本当はベネデッタが言ったとおりだった。イーサンが自分との幼い頃の思い出を忘れないように、もし忘れても思い出せるように、あの庭を当時のままに保つべく手入れしていたのだ。
二人の間に何も変わらないものが一つでいいから欲しかった。
そんな秘めた想いを誰かに話したことなどまったくないのに、気づかれていただなんて、思いもしなくて、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「他には……そうですね。騎士につい目が行ってしまうことがおありですよね?」
「そ、そんなことないわ。背の高い騎士が珍しいだけよ」
必死になってまた否定する。
実際には、イーサンが王宮にいるわけがないのに、彼と背格好が似ている騎士を見ると、つい確かめてしまっていた。
もしかすると、こっそり自分に再会しにきたのではないかと思ってしまうのだ。
「イーサン様の話が出るといつもお顔がにやけて、次の瞬間恋をしているお顔をなさっています」
「恋をしている顔だなんて、ベネデッタの勝手な妄想よ」
まったくもって彼女の言う通りだった。
騎士団長やイーサンの名が話に出るたびに、頬が緩んで嬉しくなるし、会いたいという気持ちがこみ上げてきてしまう。
「あー、あと────」
「まだあるの!? も、もういいわ」
これ以上聞いていられなくなり、レイラはベネデッタの言葉を遮った。
すでに耳を通り越して、頭の天辺から足の爪先まで真っ赤になっているのではと思うほど熱い。
今のレイラの様子を見れば、きっと誰の目にも真実は明らかだろう。
これではベネデッタの言う通り、周囲にはわかってしまっているに違いない。
恥ずかしすぎて、もう部屋から出られないかもしれない。
「それにしても、姫様の想いが届いてよかったですね」
ちょっとやり過ぎたと思ったのか、ベネデッタがとってつけたようにそう言って祝福してくれる。それでも嬉しかった。
「ええ……今でも信じられない」
「強い想いは必ず相手に届くものですよ」
ベネデッタの言葉はとても心強い。
今まで彼のことを想って待っていた時間は無駄ではなかった。
あとは……。
「そ、そうだった。ベネデッタ、実は────」
つい先ほどイーサンの求婚から逃げてきてしまったことを思い出し、彼女に相談しようとする。その瞬間、扉をコンコンと叩く音が部屋に響いた。
誰かが訪ねて来る予定などないので首を傾げる。
すぐにベネデッタが対応した。
「どちら様でしょうか?」
扉を少し開けて、ベネデッタが廊下をのぞき込んでいる。
「イーサンだ。レイラ姫に会いたくて来た」
彼の声が聞こえて、思わず飛び上がりそうになった。
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