戻る

憧れのお兄さまからえっちな治療を受けています。 『印』の乙女はみだらな快感に抗えない 1

第一話

 

 トレズラン魔法学院の講堂では、表彰式が行われている。
「前期の最優秀成績者は、ロブラント侯爵令息のエドアルド・ドラス・ロブラントである」
 講堂の壇上から校長が発表すると、「おお」とか「やはり」などの声が上がった。
 立っている生徒たちの視線は一斉に、金色の髪をなびかせながら壇上を目指す青年に向けられる。彼は緑色の澄んだ美しい瞳と、すらりとした身体つきをしていた。
「次点は、同じくロブラント地方出身の、グレース・ザーラ・フォルラン嬢である」
 その発表にも、先ほどと同じように声が上がった。
「すごいわね。アネットのところは」
 小声でミリエルに話しかけられる。茶色い巻き毛とふっくらした頬が可愛らしい、アネットの同級生だ。
「ええ。わたしも誇らしいわ」
 アネットは頬を染めて壇上に並んだ彼らを見つめた。
「なんだおまえ、ロブラントの者なのか」
 近くにいた男子学生に声をかけられる。小柄で髪の毛がつんつんと立っていて、イガグリみたいな風貌だ。
「ええ……」
 ぎこちなくうなずく。
「名前は?」
 ぶっきらぼうに聞かれた。
「アネット・ラ・リーディです」
 小声で答える。
「え? ラ? なんだ、下級貴族の娘か」
 言い捨てると、ふんっという感じで向こうに行ってしまった。
「なあに、今の。ヤな感じね」
 ミリエルが横目で睨みながら言う。
「いつものことだわ」
 小さく息を吐き、気にしていないと返した。
 貴族の名前には、爵位を示す呼称が名前のあとにつく。侯爵はドラス、伯爵や子爵はザーラ、男爵はラーラ、それ以下の下級貴族はラだけである。
 上級貴族は『水』と呼ばれており、強い魔力と様々な特権を持っていた。広い領地を与えられ、豊かな暮らしをしている王国の支配者層だ。
 一方下級貴族は『灰』と呼ばれ、弱い魔力しか持たず、地方の役人程度の仕事を細々としている。
「あたしたち下級貴族にとって、上級貴族は遠い世界の方たちだものね。セレスの中でもあの方たちは特別な存在だから、みんなアネットをねたんでいるのよ。あ、いらしたわ!」
 ミリエルが慌てて後ろに下がり、上下に分かれている制服のスカート部分を摘まんで膝を曲げた。グリスのセレスに対する礼の作法だ。
 同じようにアネットも膝を曲げたけれど……。
「アネット!」
 表彰状を持ち上げながらエドアルドがやってくる。
「お兄さま。最優秀賞おめでとうございます」
 すぐに顔を上げて祝いの言葉を告げた。
「はぁ……わたくしはまた次点ですわ」
 エドアルドと一緒に来たグレースが言う。銀色の髪を豪華に結い上げた頭を横に振り、金色の瞳を細めた。
「お姉さまもおめでとうございます。千二百人の中の二位ですから、すごいですわ」
 アネットが褒め称える。
「ありがとう。アネットは優しいのね」
 グレースがにっこり笑う。
「すごい……光り輝いているわ……」
 アネットの後ろでミリエルがうっとりつぶやいている。
(本当に、眩しいくらい……)
 心の中でアネットも同意する。
 エドアルドとグレースが並んでいると、ぱあっと光が溢れるくらい明るい。
「グレースさま! お父上さまからお祝いのお品が届いております」
 フォルラン伯爵家から派遣されていた従者が声をかけてきた。
「ええ、今行くわ。じゃあアネット、あとでわたくしの部屋にいらっしゃい。参考書をあげるわ」
「はい。ありがとうございます、お姉さま」
 グレースがその場から離れていく。
「また勉強する科目が増えるな」
 エドアルドに声をかけられる。
「ロブラント地方出身の生徒として、恥ずかしくない成績でいなくてはなりませんから」
「グレースにとってアネットは唯一の下級生だからね。まあ私にとってもそうだが……」
 苦笑しながらつぶやいたあと、エドアルドの表情が曇った。
「お兄さま?」
 首をかしげたアネットの手首が、エドアルドに掴まれる。
「このあとは私が勉強をみてあげる。おいで」
 アネットを引っ張るように歩き出す。
「え……あ、はい! ではみなさま、ごきげんよう」
 ミリエルたちに別れを告げて、アネットはエドアルドに連行されていく。
(こ、これは……)
 アネットの頬が紅潮した。
 学院の生徒たちは皆、寮に住んでいる。爵位が高く裕福なセレスの生徒は、独立したお屋敷風のコテージを使用していた。エドアルドはそこへ向かっている。
 ロブラント侯爵家の紋章がついた扉をエドアルドが魔力で開くと、学生寮とは思えぬ豪華なエントランスが現れた。アネットが足を踏み入れると背後でバタンと閉まる。
(二人きりだわ……)
 ドキドキしているアネットの正面に、エドアルドが立った。
「お兄さま……」
 セレスのエドアルドとこんなに近く、そしてまっすぐに向き合うことに、アネットはまだ慣れていない。憧れのお兄さまである彼とは同郷ではあるものの、ついこの間まで挨拶をして軽い会話を交わす程度の関係だった。
 それが、今は二人きりで彼のコテージにいる。
「こんなところに……」
 眉間に皺を寄せ、エドアルドがアネットを見下ろしてくる。アネットは心臓がドクンと脈打つのを感じた。
(えっ、まさか……あれが……?)
「あ……あの……いったい……どこに?」
 輝く黄金の髪の下にある緑色の瞳から、鋭い視線を向けられている。恐い顔で睨んでくるエドアルドに、アネットはびくびくしながら質問した。
「ここだよ」
 首と肩の間あたりをエドアルドが指し示す。ブラウスで覆われたそこを彼が露わにすると……。
「ああ……っ!」
 青黒い痣がくっきりと浮かび上がっていた。
「こんなところに出ていて、しかもこの濃さは……困ったね」
 痣を見ながらエドアルドが顔を顰めた。
「す、すみません……」
 小さい声でアネットは謝罪する。
「君のせいではないが、もっと注意する必要がある。他にも出ているかもしれないから、見てあげよう」
(他も見る……)
 それはとても恥ずかしいことだ。けれど、エドアルドはセレスであり同郷の先輩だから、従わなければならない。
 下級生でグリスのアネットに拒否する権限はないのである。
「お……おねがい……します」
 真っ赤になりながらうなずいた。
 アネットの返事を聞いて、エドアルドの手が制服の前に広げられた。呪文とともにふっと息を吹きかけられる。
「ああ……」
 アネットの制服の上衣が肩からするりと滑り落ちた。ブラウスのボタンも外れ、きっちり締めていた下着のコルセットも外れて、足下に転がっている。
(はずかしい……っ)
 思わず胸を手で隠した。
「だめだよ」
 という厳しい声とともに、覆っていた手がエドアルドの魔力で両脇に戻される。
 上半身には何も身につけていない状態で、アネットは恥じらいながらエントランスに立たされた。
 エドアルドは緑の瞳を光らせて、アネットの身体を観察している。
(ああ……見られている)
 恥ずかしくてたまらないが、隠すことさえ許されない。
「見やすいところにふたつも……」
 肩口の他に、胸の下にも痣があると指摘される。
「本当は自分で気づいていたのだろう?」
「は、はい……」
 実は朝から、肩口と胸の下あたりがムズムズしていた。でも、これは始まる前の段階で、しばらく大丈夫だと思っていた。この状態が数時間続いたあとに、痛みが強くなっていくのである。
 だが、今回はいつもとは違っていた。このコテージに入る直前から急激に痛みが増して、痣がいつもよりずっと早く出てきたのである。そのことは自覚していたけれど……。
(こんなに濃く出ているなんて……)
 戸惑うアネットに、エドアルドの手が近づいてきた。肩口の痣に人差し指で触れられる。
「は……ぁっ。触っては……」
 ヒリッとするような刺激を覚えて首を振った。今の刺激が呼び水になったのか、痛みが強い波になって襲ってくる。
「あ、うう、痛い……」
 前屈みになって呻く。
「もっと早く来ないから、痛くなるのだよ」
「ご……ごめんなさい……うっ、うっ……」
 痛みに顔を歪ませて謝罪する。耐えようとして、目に涙が滲んだ。
「どうしてほしい?」
 静かな口調で問いかけられる。
「い……いつものように……吸って、ください……おねがい、します」
 恥ずかしさを堪えてお願いする。今のアネットにはそれ以外の解決策はない。
「そうだな。そうしないと、あとで大変なことになる」
 エドアルドは軽く息を吐くと、上半身を起こしたアネットの両腕を掴んだ。痣に顔を近づけ、形のいい唇がアネットの痣に触れ──。
「は、あぁっ」
 針先で突かれたような痛みを覚えた。今はこの程度の痛みだが、時間が経つと耐えがたいほどになり、アネットはのたうち回ることになる。しかしながら、エドアルドが吸い始めれば……。
「ん、あぁ」
(吸われているわ……)
 強い魔力を持つエドアルドが吸うと、嘘のように痣と痛みが消えていく。そしてそのあと、うっとりするような気持ちよさが押し寄せてくるのだ。あんなに痛くて辛かったのに、今度は逆に快感を覚えている。
「次はここ」
 アネットの乳房の下に彼の顔が移動した。乳房が邪魔になるらしく、持ち上げられる。
「あ……」
(お兄さまの手、熱い……)
 エドアルドの大きな手がアネットの乳房を掴んでいた。彼の指の間から白い乳房が覗いている様子は、ひどく淫らに見える。とても恥ずかしい光景だが、再び痣を吸われてそれどころではなくなった。
「ふ、うぅんっ」
 もたらされた気持ちよさに、変な声が出てしまう。
(だ、だめよ!)
 思わず自分の口を手で塞ぐ。エドアルドは同郷の後輩だからこそ、わざわざグリスであるアネットの痣を治療してくれるのである。
 グリスの魔力は最低ランクだ。最上級は国王の『白』で、次に魔力が強いのが上級貴族のセレスである。グリスとセレスの差は大きい。グリスからセレスに上がることはまずない。
 エドアルドとグレースは入学当初からセレスの中でも最上位に属していた。エドアルドとアネットは、本来なら身分差がありすぎて、目を合わせることすら憚られる間柄なのである。申しわけないことなのだと、アネットは自分に言い聞かせるが……与えられる淫猥な刺激には逆らえない。
「ああ……はぁ、あ……っ」
 痣を吸われる甘美な快感に喘いでしまう。身悶えて首を振ると、アネットのストロベリーブロンドの髪が揺れた。白い肌を撫でる赤い髪がとてもいやらしく見える。こんなはしたないアネットの姿に、エドアルドは呆れているのではないだろうか。
(わたしがこんな身体だから……)
 彼に恥ずかしい世話をさせてしまっている。でも、エドアルドに助けてもらわなければ、自分はもっと大変なことになる。
(あの時、お兄さまにお会いできてよかった……)
 アネットは初めての時のことを思い出していた。

 

 

 

 トレズラン王国の貴族は、生まれながらに魔力を持っている。貴族の子女はトレズラン王立魔法学院で、魔力を最大限に発揮するための教育を受けることが義務付けられていた。学院は全寮制になっていて、十六から十八歳の子女が学んでいる。
 学院内において、魔力が強い上級貴族の生徒は支配者階級で、弱い下級貴族の生徒は支配される側として見下されている。
 セレスの中でもトップクラスの者は、もはや神に近い存在だ。いずれは重臣としてトレズラン王国の中枢を担うことになるのだから当然で、他の生徒たちから尊敬されている。セレスとグリスの身分の差は大きく、下から上に声をかけることは厳しく禁じられ、許可なく近づくことも許されない。
 ただし、ひとつだけ例外があった。それは、『セレスの上級生は年下の同郷の者の指導を、身分の上下にかかわらずしなくてはならない』という決まりである。
 年上のセレスは同じ地方から来た年下の生徒から「お兄さま」「お姉さま」と呼ばれ、彼らの世話をするのだ。王国は数多くの地方で構成されており、地方自治をスムーズに行うための方策らしい。
 アネットの家は下級貴族で魔力もグリスの下の方であるが、上級貴族でセレスの上位であるエドアルドやグレースと同じロブラント地方出身であるために、彼らを「お兄さま」「お姉さま」と呼べるのだった。だが、同郷というだけで皆と親しくなれるわけではない。特に、学院トップの成績で侯爵家令息であるエドアルドとは、挨拶を交わすだけだ。
 それでも、氷の貴公子と陰で呼ばれていて、セレスの上級生でさえも近寄りがたいエリートのエドアルドと、挨拶ができるだけでも特別である。
(あ、お兄さまだわ)
 学院の食堂を出たところ、廊下を歩いてくるエドアルドが目に入った。輝く黄金の髪と深みのある緑色の瞳を持ち、誰が見ても美しいと評する容貌をしている。外見の美しさに加えて明晰な頭脳を持っており、魔力は学院トップの実力があった。アネットは幼少の頃から憧れていて、王子さまのような存在だ。
「ごきげんよう、お兄さま」
 制服のスカートの裾を持ち上げ、アネットは頭を下げた。これだけでもドキドキする。
「ごきげんよう」
 エドアルドは相変わらずの無表情で返すと、食堂に入っていく。
「あらアネット、お昼はもう終えたの?」
 背後からグレースの声がした。
「お姉さま。ごきげんよう。これからお食事ですか」
 振り向いてアネットが答える。グレースも憧れの女性で、エドアルドとは違う意味でドキドキした。
「そうよ。昼食後は試験に向けて猛勉強だわ」
 たっぷりとしたプラチナブロンドの髪を手で撫で付け、苦笑しながら答える。
「前期試験は来週ですものね」
 魔法学院では来週大きな試験がある。そこでの成績は、将来の階級や生活に大きく影響するため、階級や学年を問わず皆必死だ。
「今度こそエドアルドを抜いてトップになるわ」
 グレースが闘志を燃やしている。
「先ほどお兄さまも食堂に入られました」
「あら、もう来たの? わたくしも急がなくては。ではね」
 時間がもったいないとばかりに、グレースが食堂に入っていく。
「すごいわね。あのお二人と言葉を交わせるなんて……」
 背後で同級生のミリエルがため息をついた。
「わたしも、緊張で汗がすごいわ」
 アネットは振り向いて苦笑する。
「さあ、私たちも寮に戻って試験勉強でもしましょうか。私は最下位にならないためのお勉強だけど、アネットはもう少し上を目指さないとね」
 ミリエルも笑いながらウインクで返す。
「そうね……お兄さまやお姉さまに恥ずかしくない成績にしないと……」
「優秀な同郷の先輩を持つのはいいことばかりじゃないわね」
「わたしがもう少し優秀だったらよかったのだけど……うっ」
 うつむいたアネットは、胸を押さえて顔を顰めた。
「どうしたの?」
 ミリエルが驚いて顔を覗き込む。
「あ、いえ、ちょっと脇腹が痛んだの。大丈夫、すぐ治るわ」
「いつもの発作ね。保健室に行ってみる?」
「前期試験が終わってからにするわ。大した痛みじゃないし、もし試験が受けられなくなったら困るもの」
「そうね。今検査とかで病院に行かされたら、ゼロ判定になるかもしれないものね」
 学院の保健室には癒やしの魔法が使える看護師が常駐しているけれど、検査や難しい治療が必要になると学院の外にある病院へ行かなくてはならない。
「それだけは困るわ」
 ゼロ判定を付けられると結婚や将来に大きな支障が出る。特に下級貴族の娘は、成績がグリスの中でも下位だとまともな結婚は望めなくなり、後妻やワケありの男性にしか相手にされなくなるのだ。
「無理せずお大事にね。さ、寮に戻りましょう」
「ええ……ありがとう」
 ミリエルに付き添われて、アネットは寮に戻る。
 学院に入学してすぐの頃から、アネットは身体のあちこちが痛くなる時があった。痛みは数日続くが、我慢していると消えるし生活に困ることはない。だからあまり気にしていなかったのだが……。
 このところ頻度も上がっていて、痛みもだんだん強くなっていた。
「前期試験が終わったら学院の保健室で相談した方がいいかも……」
 これ以上ひどくなるのなら、そうするしかない。アネットはため息混じりにつぶやくと、寮のベッドに転がった。
 グリスの生徒が入っている寮は狭い。一人に一室与えられているけれど、ベッドと机を置いたらそれでいっぱいだ。それでも、理想の女性として憧れるセレスのグレースや学院のスター生徒であるエドアルドと同じ場所で学び、彼らと親しくさせてもらえるのは、夢のように幸福なことである。
「試験、頑張らなくては……」
 落第したら、お兄さまやお姉さまに恥をかかせることになるのだ。とはいえ、今は脇腹の痛みで勉強どころではない。
(早く治まって……!)
 心の中で念じながら、アネットは目を閉じたのだった。