憧れのお兄さまからえっちな治療を受けています。 『印』の乙女はみだらな快感に抗えない 3
第三話
魔法学院は、毎年同じカリキュラムを全員がこなす制度だ。三年間でできるかぎり魔力を高めて卒業する。
全部で七段階ある試験に下級のグリスは三段階まで、上級のセレスは六段階まで進めれば優秀とされていた。もし七段階をクリアすれば二年間でも卒業できるが、過去に二年以内で到達したものはいない。最強の魔力を持つ現国王でさえ、二年半かかっていた。
エドアルドは現在二年の前期だ。後期の試験で七段階をクリアすれば魔法学院初の二年間での卒業になるかもしれなかった。そんな超がつくエリートに、アネットは大変恥ずかしいことをしてもらわなくてはならない。
(どうしよう……)
あれから三日間の休日を挟んで、後期授業が始まった。
「後期は自然を操る魔法なのね」
教科書である魔法書をめくってアネットがつぶやく。
「始めの方はいいけど……」
ミリエルが魔法書を見てため息をついた。
小さな風を起こしたり草花を揺らすような簡単な魔法から、岩を動かし雨を降らせ、思った場所に雷を落とすといった大がかりな内容まで記されている。
「わたしたちができるのってここまでかしら」
「そうね。二ページまでできたら上出来じゃない?」
アネットの意見にミリエルがうなずく。
グリスの魔力は弱いので雨など降らせられない。小石を転がすのがやっとだ。
「セレスではここまでやるのよ。すごいわね」
雷を操るページを開いてミリエルが言う。
「強い魔力を持っていても、雷なんて大変そう」
「そうね。でもエドアルドさまならできるのではなくて?」
ミリエルの口からエドアルドの名前が出て、アネットはドキッとする。
「そ、そうね、お兄さまやお姉さまなら……」
あれからまだエドアルドには会っていない。痛みも痣も出ていないこともあるが、恥ずかしさと気まずさで顔を合わせるのが恐かった。
「あ、先生がいらしたわ」
教室にグリス担当教師が入ってくる。細面でつり目の教師は長い髪をひとつに結んでいた。教師にしては若い彼は、昨年主席で卒業したセレスである。
「後期の担当はあのタルレスさまなのだわ」
ミリエルが言う。
「昨年の主席卒業生だものね」
成績上位で卒業した者は、翌年学院でグリスを教える決まりになっていた。ベテランの教授たちは優秀なセレスの教育に力を注ぐため、グリスの指導を卒業生に任せるのである。卒業生にとって王立魔法学院で教えるということは栄誉なことだ。将来王国の中枢で働く際のステイタスになるし、出世に有利な経歴になる。
それゆえに、タルレスは誇らしげな表情で教壇に立っていた。
「主席と言っても、エドアルドさまには負けていたのよね」
ミリエルがクスッと笑う。
「しっ、聞こえるわよ」
アネットが咎めた。
昨年の後期試験で、三年目のタルレスと一年目のエドアルドは同点トップであった。どちらも六段階目をクリアしていたが、エドアルドの方が完璧だったらしい。
三年のタルレスは主席で卒業となっていたが、エドアルドには負けていたのだ。アネットとミリエルは入学前だったが、そのことはしっかり伝え聞いている。
ヒソヒソ話が聞こえたのか、タルレスがこちらをギロリと睨んだ。
「ひ……」
ミリエルが肩をすぼめる。
タルレスは一段高くなっている教壇で教室内を見渡すと、音を立てて魔法書を机に置いた。
「私が後期を担当する。君たちグリスは適当に二段階を終えればいいと思っているだろうが、私が担当するのだから三段階まで完璧に終えてもらうからな」
厳しい口調で告げられる。
「三段階を完璧にって……」
「む、無理だわ。二段階だって難しいのに」
教室内がざわつき、皆不安そうだ。
「甘えは許さないからそのつもりで」
非情な言葉通り、タルレスの授業は厳しかった。後期の第一段階である風を起こす魔法を、全員ができるまで帰ることは許さないと練習させられる。
「こ、これ以上は無理だわ」
杖を振ってミリエルが風を起こす。そよっとアネットの髪が揺れる程度にしか吹かない。
「それでは役に立たない。もっと強く!」
タルレスから容赦なくダメ出しが飛んでくる。
「はぁ、はぁ、でも、私はこれがせいいっぱい」
杖を握り締めてミリエルが膝をついた。
「ミリエル!」
アネットが駆け寄る。アネットは風を起こしてコップを倒せたので今日のノルマはクリアしていたのだが、全員ができるまで終わりにならないのでミリエルに付き合っていた。
「だめよ、私にはできない。タルレス先生は厳しすぎるわ。エドアルドさまが先生だったらよかったのに……」
「またそんなことを言って。お兄さまはまだ卒業なさっていないもの……とにかく頑張りましょう」
エドアルドの名が出てドキッとしながらアネットが告げる。
「もういや、私にはできない」
ミリエルが床に手をついて涙声で言った。
「あきらめてはだめよ! 集中すればできる……わ……うっ」
励ます途中でアネットは眉間に皺を寄せた。
(こんな時に痛みが……)
「アネット、もしかして痛いの?」
ミリエルが小声で聞いてくる。
「あ、ええ、でも大丈夫よ」
痛みを堪え、無理矢理笑顔を作った。
「私ができないばっかりに休めないのね。ごめんなさい」
ミリエルがうなだれる。
「いいのよ。気にしないで、ほら、顔を上げて」
「で、でも……私のせいで」
泣きそうな表情で顔を振った。
「おい、そこの二人、サボるんじゃない!」
怒声に近いタルレスの言葉が飛んでくる。
「す、すみません。今すぐにやります! ……つ、うっ」
振り向いて返事をするも、痛みで顔が歪む。
「アネット……」
今度はミリエルがアネットを気遣う。
「ご、ごめんなさい、こんな時に頼りなくて……」
ミリエルの腕を掴んで謝罪する。すると、ミリエルがはっとした表情で目を見開いた。
「ミリエル?」
様子が変わったことに気付き、顔を上げてアネットは声をかける。
「わ、私……」
ミリエルの表情がきりっとしていた。今の一瞬で何があったのだろう。
「どうしたの?」
「やるわ……やれる気がする」
宣言するとミリエルが立ち上がる。
「え、ええ、がんばって!」
突然やる気を出したミリエルに驚きながらも、アネットは激励した。
「これ以上アネットに迷惑はかけられないものね」
杖を振り上げたミリエルは、タルレスを睨みつける。
「んっ?」
これまでとは違うミリエルの態度に、タルレスが片眉を上げてこちらを見た。
「か……風よ、吹けえぇぇぇっ」
タルレスに向かって杖を振り下ろす。
ひゅんっと風がタルレスに向かって吹いた。彼の長い黒髪がぶわっと持ち上がる。
「わぁ……、すごいわ!」
ミリエルが起こした風にアネットは驚きの声を発した。
「で、できた……」
アネット同じくミリエルも驚いている。これまで微風程度だったのに、髪が大きくなびくほどの風を起こせたのだ。
「なんだ……やればできるじゃないか」
呆れ声で言うと、タルレスは魔法書と杖を小脇に抱える。
「よし、全員できたな。今日はこれで終わりだ」
タルレスが教室から出ていくと、残されていた生徒たちは大きく息を吐いて立ち上がった。帰ろうとそれぞれ動き出す。
「なんだか……嘘みたい」
ぽかんとしながらミリエルがつぶやく。
「できてよかったじゃない」
アネットが言うと、ミリエルがバッと振り向いた。驚いたように目を丸くしている。
「よくわからないのだけれど、さっきアネットから腕を掴まれたら、突然できる気がしたの」
「……どういうこと?」
ミリエルの言葉にアネットは首をかしげる。
「身体の中に魔力が急に増えた感じがしたのよ」
「え? そ、そうなの?」
心の中でアネットはぎくっとした。
「きっとアネットの励ましのおかげね。ありがとう!」
明るい表情でお礼を言われ、うなずきを返す。
「ど、どういたしまして……さあ、帰りましょ……つうっ」
気を抜いた途端、再びやってきた痛みにアネットは顔を歪めた。
「まあ、大丈夫? まだ痛むのね」
「ええ。痛いというか……きっと、お腹が空いているのだわ」
苦笑いを浮かべて誤魔化しつつ教室から出る。
「私のせいでごめんなさいね。食堂に寄っていく?」
廊下に出たミリエルから提案された。
「あ、いえ、わたし……保健室に寄っていくから先に行っていて」
首を振って断る。なんとかして一人になりたいと考えていると、
「え、やっぱり痛みがひどいの? 私、付き添うわ」
心配そうな目で顔を覗き込まれる。
「あ、あの、いえ……実は……」
「保健室には私が連れていこう」
二人の背後から、良く通る声が響いてきた。
「お兄さま!」
「エドアルドさま!」
アネットとミリエルの後ろにエドアルドが立っていた。廊下の窓から差し込む光で黄金色の髪は煌めき、きりっとした眉の下にある瞳は深みのある緑色に輝いている。
「あ、あ、あの……」
驚いてアネットは言葉が出ない。
「私と魔力の習練をする約束だったからね」
エドアルドから横目で問いかけられる。そんな約束はしていなかったはずだが、視線の圧が強い。
「は……はい」
空気を読んで、アネットはぎこちなくうなずいた。
「なあんだ。エドアルドさまとこれから習練だったのね」
言ってくれればいいのにという目をミリエルから向けられる。
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ。では私はここで失礼いたします」
ミリエルはスカートの裾を摘まんで礼をすると、行ってしまった。アネットはエドアルドと廊下で二人きりになる。
「あの……どうして、ここに?」
上目遣いで恐る恐る問いかける。魔力の習練はこれまでずっとお姉さまであるグレースが担当しているので、彼に習ったことはないのに。
「タルレスが君たちの教師だと聞いてね……」
答えながらエドアルドが歩き出す。食堂があるのとは反対の方向だ。アネットも慌てて後ろについていく。
「あの男に君が目を付けられないか、心配で見に来ていたんだ」
前を歩くエドアルドが独り言のようにつぶやいた。
(タルレス先生がわたしを?)
アネットからは背中しか見えないので、エドアルドがどういう表情をしているのかはわからない。だが、口調はぶっきらぼうで少し迷惑そうに感じた。
「タルレスの魔力は昨年の試験でわかる通り、六段階が限界だ。あれ以上どんなに努力しても上には進めない」
「もう卒業なさったから、いいのでは?」
「来年、貴族管理院の階級試験がある。最上位に受かれば大臣クラスだが、今のままでは彼は大臣補佐止まりだ。だが、魔力を補給して試験に臨めば最上位も夢ではない。もし君の印に気づいたら……、っ!」
説明しながら振り向いたエドアルドは、うずくまっているアネットを見て言葉を切った。
「うう……」
「やはり印が出ていたのだな。なぜ私のところへ来なかった?」
厳しい声で問いかけられる。
「そ、それは……」
恥ずかしくて申しわけないということもあるが、授業中に突然出て、エドアルドが来た瞬間に強まったのだ。
「とにかくここに入ろう」
近くの扉にエドアルドが魔法をかけると、扉がゆっくり音もなく開いた。中には薬品の瓶が並んでいて、化学の準備室のようなところだ。
「もっとまともなところで話を聞きたかったが、致し方ない」
むっとしながら杖を振ると、アネットの身体が少しだけ浮き上がる。
(え……?)
うずくまった姿のまま、準備室へと運ばれていく。人を浮き上がらせ、しかも移動させるなんてとんでもなく強い魔力がなければできないことだ。
それを軽々とやるエドアルドの力に驚いていると、背後で扉が閉まる音がする。
「床は埃だらけだな……」
エドアルドはアネットの身体を、布がかかった長テーブルの上に乗せた。
「あ、あの」
長テーブルの上に腰掛ける形になったアネットは、テーブルの前に立つエドアルドに顔を向ける。
「魔孔の印が出ているね?」
恐い表情をしたエドアルドが、アネットに手を伸ばしながら問いかけた。
「……」
エドアルドの迫力に気圧されて答えられないアネットは、腕を掴まれてビクッとする。
「やはりね。先ほど君が腕を掴んだら同級生が元気になったのを見た」
「ミリエルが魔力を増したのは……わたしが触れたせいですか?」
やはり、と思いながら質問したら、彼はうなずいた。
「タルレスの目の前であんなことをして……気づかれたらどうするんだ? いったいいつから出ていた?」
「えっと……授業の途中で、なんとなくヒリッとしたのですが、すぐ治まるかなって……」
「しかし、治まらずにひどくなっているだろう? 今もかなり痛むはずだ」
「ううっ」
言われると、痛みが増した気がしてアネットは呻く。
「なぜすぐに来なかった? 痣が出たらすぐに来るように言っていたはずだが?」
「だって……授業中で、ううっ、い、痛いっ……」
アネットは長テーブルに突っ伏す。
「授業中だろうと、来るべきだったね。私が吸ってあげない限り、その痛みは続くよ?」
「でも……あの……、すごく、変な場所だから……」
実は、痛むのは乳房の下だった。そこを吸ってもらうには、制服の上半身を脱がなくてはならない。純潔の乙女であるアネットには、とても恥ずかしいことだ。
「場所など関係ない。恥ずかしがって隠しているとどんどん辛くなるが、いいのか?」
「ひいぃ……ううっ……」
エドアルドの厳しい問いかけに、アネットは痛みで答えられなくなっている。
「困った娘だな……」
呆れた声がアネットの耳に届く。
(そうだわ……お兄さまに、わたしはご迷惑をかけているのだわ)
のたうちながらアネットははっとする。
「ごめん……なさ……助け……て……ぇぇ」
泣き呻きながら乳房の下を指して訴えた。
すると、触れられてもいないのにアネットのブラウスのボタンが外れてはらりと落ち、中に着ているコルセットも緩む。
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