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顔がよすぎる魔法騎士(童貞)との仮婚約生活 引きこもり姫は淫らな触れ合いにときめいて爆発しそうです! 1

第一話

 

 激しい爆風にあおられ、大陸一美しいと言われる王子の髪が──吹き飛んだ。
(……こ、この人、カツラだったのね)
 そんな気づきを得てしまったマナリスは、吹き飛んでいく金髪を目で追いかけていた。
 一方カツラを飛ばされた王子の方は、唇をすぼめた顔のまま硬直している。いわゆる、キスを迫る顔である。
 数秒前、マナリスは突然王子に肩をつかまれ、この顔で迫られた。
 そのせいでマナリスの悪しき体質が発現してしまったのが、この状況を引き起こした発端である。
 魔法使いを多く輩出する国ルーンの第四王女として生まれたマナリスは、幼い頃から尋常ではない量の魔力を有していた。
 魔力とは、この世界に住まう人間すべてに備わる力。
 命の輝きとも言われ、生命を維持すると共に、魔法と呼ばれる能力を扱うのに使われるものである。
 そして魔法は、誰にでも使えるものではない。魔法とは、持っている魔力を行使して超自然的な現象を引き起こすものだが、それには一定以上の魔力が必要なのだ。
 魔法使いと呼べるほどの魔力を持っているのは一握りであり、魔力が大きければ大きいほど使える魔法の種類も増え、その威力も高まっていく。
 マナリスも魔法使いであり、例に違わず強力な魔法を使えたが、問題はその力がうまく制御できないことだった。
 マナリスは、感情が高ぶると意図せず魔法が発動してしまうのである。
 更に運が悪いことに、彼女が得意とするのは炎の魔法だった。
 小さな頃から笑うだけで炎を纏った爆発が起き、泣けば火炎の竜巻が周囲を焦がすという有様である。
 だから基本的に、マナリスは誰も傷つけないよう城の地下で一人静かに生きていた。
 感情によって魔力が暴発してしまうため、心を殺し、喜怒哀楽を極端に抑え込む訓練もずっと重ねてきた。
 おかげで魔法の暴発は以前より落ち着き、今回も爆発したのは背後にある晩餐会用のテーブルだけで、今のところけが人はいない。
(いや、この人は大けがかも……)
 ツルリとした頭皮を輝かせる王子に目を戻すと、彼の顔に驚きと怒りが滲み始めている。
 申し訳ない気持ちになりながらも、元はといえば社交の場に出たくなかったマナリスをこの王子が強引に引っ張り出したのがいけないのだ。
 友好国の王子からどうしても会いたいと言われ、仕方なく出向いた結果がこれだ。
 年頃になり、美しさを増したマナリスに一目会いたいと願う者が最近増えている。
 今回の王子もその口で、なれなれしく肩や腕を触られたときから嫌な予感がしていたが、突然キスを迫られたせいで心が乱れ、爆発の魔法が発動してしまったのである。
「ぶ、無礼者め! 私のキスを拒んだ上に、こんな辱めを!!」
 そもそも突然キスをしてくるのが悪いと思いつつも、言い合いになれば心が乱れ、新しい魔法が暴発しかねない。
 だから仕方なく黙って心を落ち着けていると、王子がマナリスに腕を伸ばす。
 身の危険を感じて、芽生えた恐怖に魔力が暴発しかけた。
 だがそのとき、逞しい腕がマナリスを守るように抱き寄せてくれる。
「無礼なのはそちらだろう。姫を怯えさせないという条件で面会を許したことをお忘れか?」
 低い声と、優しく抱き寄せてくれた腕が、マナリスの心を落ち着かせてくれる。
 同時に、冷え冷えとした魔力が周囲に広がり、魔法によって生み出された水が周囲の炎を消してくれた。
「落ち着いたか?」
 マナリスだけに聞こえる声は、優しかった。
 そっと背後を窺うと、自分を守るように立っていたのは、王の近衛を務める騎士スタンセンだった。
 兄の親友であり、幼い頃からよく知る彼は、水の魔法の使い手でもある。それゆえマナリスが魔法を暴発させると、こうして駆けつけてくれるのが常だった。
「魔法を暴発させてしまって、ごめんなさい」
「今のはマナリスのせいじゃない」
 公の場ではあまりしない、親しみのある物言いと共に微笑んでくれたのは、マナリスを落ち着かせるためだろう。
 そうとわかっていても、なだめるようにくしゃりと頭を撫でられると、嬉しいような、切ないような気持ちがこみ上げてくる。
(でも落ち着かなきゃ、だめ……。これ以上心を乱したら、また爆発させちゃう……)
 自分に言い聞かせていると、スタンセンはマナリスから離れ、爆風で飛んでいったカツラを水の魔法で引き寄せる。
 そして彼はびしょびしょになったカツラを、王子の頭にべしゃっと乗せた。
「お、お前も不敬罪で逮捕されたいのか!?」
「それはこちらの台詞だ。マナリス殿下への振る舞いがいかに無礼だったかは、皆が証明してくれる」
 スタンセンが視線を向けた先、周囲の人たちは王子に冷淡な眼差しを向けている。
 元々この場にはマナリスに親しいものも多く、彼らは巻き起こった爆発に理由があることをちゃんと察してくれていた。
 勝ち目はないと思ったのか、王子は濡れたカツラをつかんでその場に叩きつける。
「俺の王妃にしてやろうと思ったのに、どんなに美しくてもお前のような危険な女は願い下げだ!」
 捨て台詞も残し、王子は乱暴な足取りで去っていく。
 複雑な気持ちでその背中を見送っていると、視界を遮るようにスタンセンがマナリスをのぞき込んできた。
「あまりいい噂を聞かなかったが、評判通りの王子だな」
 ため息と共に、スタンセンが小声でこぼす。
「あいつに触られて、怖かっただろう」
「でもあの人の方が、怖い思いをしたと思うので」
「自業自得だ。むしろあのカツラも燃やせばよかったのに」
 そうすれば少しは反省したに違いないと、スタンセンがニヤリと笑う。
 普段の凜々しさとは違う、いたずらっ子のような顔はなんだか可愛らしくて、マナリスは目が離せなくなる。
 そしていつまででも見つめていたかったが、「きゃあぁぁ」という黄色い悲鳴がマナリスを正気に戻す。
「馬鹿王子を追い払うスタンセン様、かっこよかったですわ!」
「ねえ、私の無礼な婚約者にもお灸を据えてくださらない?」
 などと言いながら、マナリスたちを取り囲んだのは年若い令嬢たちだ。
 凜々しく、騎士としても有能なスタンセンはいつも女性に取り囲まれている。彼もまんざらではないようで、噂では多くの令嬢たちと浮名を流しているそうだ。
 かっこいい彼に人気が集まるのは当然だと思いつつも、女性に取り囲まれている姿を見ていると胸が苦しくなり、マナリスはそそくさと令嬢たちの輪から抜け出した。
 そのまま晩餐会の会場から去ろうと考えていると、兄であり国王であるガッシュが前から近づいてくる。
「おい、あいつを置いていっていいのか?」
「いいもなにも、私が側にいるとお邪魔でしょう。それに、役目は果たしましたから」
 本来マナリスは、社交のためとはいえ人のいる場に出るべきではないのだ。
 先ほどのようなことがいつ起こるともわからないし、既に乱れ始めた心を一人で静かに落ち着かせたかった。
「でもあいつ、お前をずっと見ているぞ」
「また何かを爆発させないかと心配なのでしょう。私は部屋に戻りますから、晩餐をお楽しみになってとお伝えください」
 自分で伝えろと兄からは恨みがましく言われたが、マナリスは一礼して会場を後にする。
 それから、マナリスは城の地下にある自分の部屋へと戻った。
 特殊なまじないがかけられた自室は、マナリスの魔法を封じることができる。そこだけがマナリスがマナリスらしくいられる場所だ。
 その部屋に入って、ようやくマナリスは乱れる心を抑え込むのをやめた。
「……スタンが、今日もかっこよすぎてつらい」
 ベッドにボスっと倒れ込みながら、マナリスは身悶える。
 長い間感情を抑え込みすぎて、彼女の声にも表情にも一切変化がないが、少なくとも心の中は荒れ狂っている。
 昔からずっと、スタンセンはマナリスの憧れであり、初恋の相手でもあった。
 だが恋というのは心を乱す一番の要因で、正面から向き合えば彼に会うたび魔法が爆発してしまう。
 だから自分の気持ちは「憧れ」だと言い聞かせ、彼のことも巷ではやっている「推し」という存在だとマナリスは言い聞かせてきた。
 ちなみに推しというのは、近頃令嬢たちがよく使う単語で、尊さやかっこよさを感じるけれど、決して手が届かない相手に向けるものらしい。
 そしてスタンセンは、多くの令嬢たちから「推し」扱いを受けていた。
(そう、スタンは推し……。推しがかっこいいから、胸が苦しい……それだけ……)
 そんな言葉を繰り返しながら、マナリスは枕元に置かれた熊のぬいぐるみを手に取る。
 耳が少し焦げてしまったそれは、かつてスタンセンがくれたものだ。
『防火性の布で作ったから、これならマナリスでも抱っこできるぞ』
 そう言って微笑んでくれたときのことを思い出し、マナリスは大きく息を吐く。
 たとえ防火性でも、マナリスが抱えた感情を爆発させれば、きっとこのぬいぐるみは消し炭になってしまうだろう。
 ぬいぐるみどころか、この国さえ消し炭にしてしまうかもしれない。
 だから今日も胸に芽生えた恋心を「尊い」という感情で上書きし、マナリスは誰もいない部屋でもぞもぞと身悶えるのだった。

 

 

 

 マナリスの朝は、自分の手で身支度を調えるところから始まる。
 王女である彼女には本来何人もの侍女がつくものだが、体質のせいで時に人を傷つけてしまうマナリスは、周りに人を置くことを好まずできるだけ一人でいることを心がけている。
 それに身支度といっても、部屋からろくに出ない彼女の着替えはすぐに終わってしまう。
 どうせ見せる人はいないし、化粧もせず質素なドレスで過ごしている。
 それでもマナリスの美貌は陰りなく、整った目鼻立ちや薄紅色に色づいた唇、そして透き通るような白い肌は同性さえもうっとりさせるが、当人にはその自覚はなく、鏡を見るたび「今日も不健康そうな顔だ」と思っていた。
 そうして最低限の身支度を調えると、まず行うのは瞑想である。
 魔法の暴発を防ぐため、マナリスは日頃からこうして心を落ち着かせる訓練をしている。
 それが行きすぎて最近は感情と表情の起伏を失い、家族には心配されているが、誰かを傷つけるよりはずっといいとマナリスは考えていた。
 それに一人で、心乱されずに過ごす時間がマナリスは好きだ。
「おいっマナリス、いるか?」
 だが今日は、突然扉が叩かれた。
 驚いて魔力が乱れるも、部屋のまじないのおかげで事なきを得る。
「どうぞ」
 入室を許可すると、入ってきたのはこの国の王であり、マナリスの兄でもあるガッシュだった。
「マナリス、朝食を持ってきたぞ」
 王の責務で忙しいはずなのに、ガッシュはよくこうしてマナリスの部屋を訪ねてくれる。
 彼だけでなく、家族たちは交代でマナリスの顔を見に来てくれるのが常だった。
 部屋のまじないがあるとはいえ危険もあるのに、自分にかまってくれる家族がマナリスは大好きだった。
 兄に続いて使用人がやってきて、壁際のテーブルに素早く食事の支度を調えてくれる。
 だが他人を側に置きたがらないマナリスの気持ちをくみ取り、必要以上の給仕はせずすぐに部屋を出ていく。
 その際、優しい笑顔を向けてくれる使用人たちのことも、マナリスは好ましく思っていた。
 人を傷つけかねないほどの魔力を持ち、昨晩も王子のカツラを吹き飛ばしたばかりなのに、この城の人たちは皆マナリスに優しい。
 その筆頭はこの兄で、彼はパンを手に取りながらマナリスに笑いかけてくれる。
「しかし、昨晩は愉快だったな。ゴシップ誌も、王子のカツラの件でもちきりだぞ」
「それは、悪いことをしました」
「いやいや、あいつはいろいろと評判が悪かったからな。いいお灸になっただろう」
 むしろ評判の悪さを知りながら会わせるようなことをして悪かったと、兄は謝罪してくる。
「かまいません。友好国からの申し出を無下にできないのはわかるし、王女なのだから私もたまには社交の場に出ないと」
「でも、無理はしなくてもいいんだぞ」
「やっぱり、私を外に出すのは心配?」
「そういう意味じゃないよ」
 叱るように、ガッシュがマナリスを軽く睨む。
「お前の負担を減らしたいだけだ。いろいろと、我慢させてしまうしな」
「我慢なら足りないくらいよ。むしろもっと感情を抑え込まないと、いつ魔法が出てしまうか……」
「それ以上抑え込んだら、お前の可愛い笑顔が見れなくなるだろう」
「そもそも、最近笑ったことなんてないわ」
「前に、俺が庭の池に落ちたときには笑ってくれただろ」
 あれはもう二年以上前だと思ったが、あえて言わずにおく。
「あの笑顔を、また見たいなぁ」
「私が笑ったら、何かが爆散するわよ」
「でもほら、例えばこの部屋なら平気だろ?」
「この部屋が防げる魔法にも制限はあるし、笑い方なんてもう忘れてしまったし」
「なら、笑顔を思い出すとっておきの冗談を話してやろう!」
「それは、遠慮したいかも」
 何せ兄は冗談がとにかく下手なのだ。
 根が生真面目なせいか、冗談を言おうとすればするほど面白くなくなり、家族からは「冷気の魔法以上に場が凍る」と言われるほどである。
 それを自覚しつつも、本人は冗談が好きだというのがたちが悪い。
 家臣や吟遊詩人から仕入れた「冗談」をことあるごとに披露したがり、特にマナリスはその聞き手に回ることが多かった。
「いやでも、聞いておけば笑いを堪えたいときに役に立つかしら」
「俺の冗談で心を冷やすな」
「でも兄様の冗談、本当に心がスンッとするんだもの」
 だから心を落ち着けたいときに役立つこともある。
「絶対いつか、お前を大笑いさせてやるからな」
「大笑いなんてしたら、城が吹き飛んでしまうわ」
「吹き飛んだら、また建てればいいだろ」
 そう言って笑ってくれる兄に、心が温かくなる。
 冗談ではなく本当に吹き飛ばしかねない力を持っているのに、ガッシュを筆頭に家族はマナリスをこうして受け入れてくれるのだ。
(でも私はなにもお返しができない。……私、こうして安全な場所に囲われているだけでいいのかしら)
 そんなことを考えていると、不意に部屋の扉がノックされる。
 マナリスと兄が入室を許可すると、入ってきたのは外務大臣を務める姉のカーラだった。
「おはようマナリス! 悪いけど、ちょっとガッシュを借りるわね」
「ええ、どうぞ」
「おいおい、勝手に許可するな。俺はまだゆっくり朝食を……」
 ガッシュは抗議するが無視され、カーラに腕をつかまれ無理矢理連行される。
 それを黙って見送るつもりだったが、マナリスは兄が愛用している腕飾りを落としていったことに気づく。
 腕飾りはずいぶん古びていて、留め金のところが外れてしまっていた。
 しかし兄はそれを初恋の相手にもらったからといって、今も大切に身につけていた。
(すぐに渡しに行かないと、なくしたと勘違いして大騒ぎしそうよね)
 前に似たようなことがあり、「あれがなければおしまいだ」と大騒ぎしたのはまだ記憶に新しい。
 マナリスは腕飾りを拾い上げると、急いで兄たちを追いかける。
 部屋を出ると、少し離れた廊下の角に兄たちは立っていた。
「……もう今月だけで求婚者は五十人よ。そろそろマナリスにも相手を見つけないと」
 けれど声を潜める二人の会話が自分に関するものだと気づき、足が止まってしまう。
 盗み聞きはだめだと思うも、ガッシュたちの真剣な表情につい声がかけられない。
「あの子だって、昔は素敵な相手と結婚したいって言ってたじゃない」
「しかし、マナリスに結婚はまだ早いと思う。それに見合いを申し込んでくるのは、この前みたいな王子ばかりだろう? 亡くなった親父たちだって俺たちの結婚に関しては自由にしていいと言っていたし、外交や政治に結婚を持ち込む時代でもないだろう」
「だからってずっと閉じこもっていたら、噂ばっかり一人歩きして求婚者はもっと増えるわ。それに馬鹿な王子が多いからこそ、今のうちにいい人を見つけて、求婚はすべてきっぱり断った方がいいわよ」
「いやだが、そこは俺たちが守ってやればいいだろう。それに結婚だけが幸せじゃないし」
「最後の、自分に言い聞かせてない?」
 カーラの鋭い視線に、ガッシュが怯えたような顔をする。
「童貞と初恋をこじらせてる兄さんならともかく、あの子は年頃よ。そしていろいろなことを我慢してきた。だからそろそろ前に進むきっかけをあげなきゃ」
「俺の初体験事情はともかく、他の言葉は一理あるが……」
 ガッシュが、悩ましげに顔をそらす。
「うおっ!」
(あっ……!)
 そこで彼はマナリスに気づいて、しまったという顔をした。
 カーラの方も気づいたのか、苦笑を浮かべている。
「ぬ、盗み聞きをしてしまってごめんなさい。兄様が腕飾りを落としたから、届けようと思って」
 慌てて腕飾りを差し出せば、兄は困ったように笑った。
「いや、お前のいないところで話すべき話題じゃなかった。気分を害しただろう」
「いいえ。ただ、私が二人を困らせているようで申し訳ないと思っただけ」
 マナリスの言葉に、兄と姉が顔を見合わせる。
 二人はそこでそっとため息をつき、それから姉がマナリスにそっと微笑んだ。
「実を言うと、マナリスに見合いの話がたくさん来ているのよ。あなたは年頃だし、とっても美人でしょう?」
 美人と言われても、マナリスはあまりピンとこない。
 何せ目の前にいる姉を筆頭に、王族の姫君は皆とてつもなく容姿がいい。
 そのため求婚者が後を絶たなかったが、自由恋愛を推進していた亡き両親の考えもあり、姉たちは皆自分で相手を選び、結婚している。
 現在は、カーラ以外の姉妹たちは城を出て、様々な場所で素敵な相手と過ごしている。そして移住した地でも、その美しさは評判になっているようだ。
 そんな中にいると、自分の容姿は普通だという気がする。
 更にマナリスはあまり笑わずいつも表情が変わらないため、自分でも人形のようでちょっと不気味なのではとも思っていた。
「ピンときていない顔だけれど、あなたの美しさは本当に評判なの」
「だとしても、私は魔法を暴発させてしまうし危険でしょう?」
「それを加味してもほしいと思うほど、あなたは魅力的なのよ。だから見合いの話はずっときていて、これまでは兄さんと一緒にずっと断ってきたんだけど……」
「最近は、その量が一段と増えていてな」
 更に一度断っても、めげずに「一目会うだけ」と文を送り続けてくる者もいるらしい。
「ならいっそ、候補が多いうちにマナリスにふさわしい人を探したらって兄さんには相談していたの。でもこの人、なかなか首を縦に振らなくて」
「だってマナリスが嫁いでしまったら寂しいじゃないか」
「でもマナリスだって、小さな頃は素敵な王子様みたいな人と結婚したいって言っていたし、その願いを無下にするのはどうかと思うわよ」
 確かに小さな頃も、そして今もマナリスは素敵な結婚を夢見ている。
 姉たちが素敵な相手を見つけて結婚していくのを見てきたし、何より亡き両親の仲の良さに憧れがあったのだ。
 でもこの体質がある限りはできないだろうと、諦めも覚えていた。
(けれど、しないでいるのも、それはそれで迷惑になるのね)
 だとしたら相手を見つけてもらうべきだろうかと考えたところで、ふと頭をよぎったのはスタンセンの顔だ。
 自然と痛む胸を押さえていると、突然「そうだ!」と兄が手を打った。
「いきなり見合いといっても、マナリスも不安があるだろう? 魔法の件もあるし、そもそもマナリスは男に慣れていない。だからまずは、少し訓練するところから始めてはどうだ?」
「訓練?」
 マナリスが首をかしげると、兄は意味深に笑う。
「見合いの練習をするんだ。会話や触れ合い、それに男性に対してどう接するべきかなんかを、事前に知っておいた方が安全だろう?」
「確かに、それもそうね」
 カーラも同じ意見だったのか、なるほどと頷く。
「いざというときに感情を乱さないよう、そして乱れても抑え込める相手でまずは訓練すべきだと思うんだ。ちょうど、都合のいい相手が俺の側にはいるし」
 誰かと聞かずとも、マナリスはその相手に気づく。
「もしかして、スタンセン様?」
 ほんの僅かだが、マナリスの声がうわずる。
 それに兄は頷き、姉は「なるほど」とマナリスを見つめた。
「兄様にしてはいいアイディアね。彼なら、マナリスを任せられるわ」
「だろう」
「私は賛成よ。せっかくなら婚約した後のあれこれも、練習しておいた方がいいと思うわ」
「後のあれこれって、それはマナリスには早いのでは!?」
「なに馬鹿なこと考えてるのよこの童貞。デートや食事って意味よ」
「ああ、それか! 確かにそれは賛成だ!」
 兄たちは言い合いながら、どんどん話を進めてしまう。
 それが実現したらと考えると、マナリスの胸が小さく高鳴る。
(それって形だけだけど、恋人のように過ごせるってことよね)
 まるで夢のようだと思う一方で、そんなことにスタンセンを付き合わせていいのかとマナリスは悩む。
「黙っているが、マナリスは嫌か?」
 ガッシュに再度尋ねられ、マナリスは慌てて首を横に振る。
「でも、スタンセン様がいいって言ったらね。私と恋人のまねごとなんて嫌かもしれないし」
 だからちゃんと確認してほしいと、マナリスは念を押す。
 そして自分の心にも、断られてもがっかりしないようにと言い聞かせる。

 

 けれどその日のうちに、マナリスのもとには「スタンセンがやる気だ」という報告が届けられた。
 報告だけでなく「楽しみにしている」という手紙までもらい、マナリスはその日久々に部屋の家具を爆発させた。
 もらった手紙と大事な熊だけは死守したが、燃え上がるベッドを見たマナリスの中で、期待よりも不安が大きくなった。