顔がよすぎる魔法騎士(童貞)との仮婚約生活 引きこもり姫は淫らな触れ合いにときめいて爆発しそうです! 2
第二話
マナリスが家具を爆発させた時間から、遡ること半日前──。
「ということで、うちの妹に男とはどういうものかを教えくれ、プレイボーイ」
プレイボーイと呼ばれる男──スタンセン=リードは、親友の笑顔にぽかんと口を開けていた。
「おお、間が抜けた顔さえ絵になるとは、さすがプレイボーイ」
親友の笑みが深まったのを見て、からかわれているらしいとスタンセンは気づく。
「冗談はよせ」
「冗談じゃない。お前は本当に顔がいいぞ」
確かにスタンセンは、人より整った顔つきをしている。
絵画のように完璧なバランスで配置された目と高い鼻梁。見た者の心奪う、星の煌めきを持つ金色の瞳。甘く低い声音を発する唇は薄く、どこか官能的で、世の女性たちは皆彼に口づけてほしいと願っている。
そんな顔立ちを主張しすぎることもなく、むしろ隠すように伸ばした黒髪もまた妙に様になる。
「それに、無駄な色気もある」
「無駄とはなんだ、無駄とは」
「実際無駄だろう。お前、壊れた蛇口のようにいつも色気がダダ漏れじゃないか」
ガッシュが言うように、顔の良さと同じくらい褒められるのが「色気」だ。
別に出しているつもりなどさらさらないのだが、スタンセンは常に危うい色気を纏っていると評判なのだ。
そのせいでスタンセンと目が合っただけで妊娠するなどという、謎の噂まで出回っている。
だが当人は、そんな評価が正直ピンときていない。
「色気など目の錯覚だ。そんなもの出ていない」
「色気って、本人には見えないものなんだな」
「出てないから見えないだけだ」
「いや、朝から晩まで……なんなら寝ている間でも出ているのがお前だ。そしてマナリスの練習相手には、それくらいの男前が必要なんだ」
マナリスという名前に、スタンセンは僅かに息を呑む。
「今、色気が増したぞ」
「増してない。というか、お前本気なのか?」
朝から呼び出されたスタンセンは、先ほどガッシュからマナリスを男慣れさせたいという話を聞いた。
「無理矢理、婚約を進めるなんてあの子のためになるのか?」
「だが、マナリス自身が望んだことだ。それにあの子だって年頃だから、そろそろ恋人がほしくなる頃だろう」
「でも、なぜ俺が……」
「その顔と色気、なによりプレイボーイの手腕を是非活かして、マナリスを男慣れさせてほしい」
頭を下げるガッシュは妹思いの良き兄に見える。
(だが実際は、面白がっているな)
そう確信できるのは、彼の主張に一つ大きな間違いがあるからだ。
「俺がプレイボーイと真逆なのは、お前が一番知っているだろう」
「はて、なんのことかな?」
「ごまかすな。いつもは、俺のことを『童貞』とからかってくるくせに」
途端にぶはっと、ガッシュが吹き出す。
「いやだって、その顔と色気で童貞って面白すぎるし」
「一国の主のくせに、人の経験を揶揄し笑うとは性格が悪い」
更に自分も童貞であることを棚に上げているところが、なんとも腹立たしい。
「からかいたくなるほどのギャップなんだよ、許せ」
そう言われて口をつぐんでしまうくらいには、自分でも容姿と経験値がちぐはぐな自覚はある。
国中の女性たちの憧憬を集め、目が合うだけで女を妊娠させ、美女たちをとっかえひっかえしているという噂を持つスタンセンは、実を言うと童貞である。
女性とお付き合いをしたこともないし、デートさえしたことがない。
流れる噂はどれも、彼のよすぎる容姿と無駄な色気から発生した、思い込みと勘違いなのだ。
そして勘違いが勘違いを呼び、彼は国一番のプレイボーイと呼ばれるまでになってしまっている。
もちろん自分はプレイボーイではないと、恋人がいたことがないと訴えたことはあるが、この顔と色気のせいで誰も信じてくれなかった。
結果、今ではスタンセンの事実を知るのはガッシュを含む二人の親友だけ。更に親友たちは状況を面白がり、ことあるごとにスタンセンをからかってくる。
「ともかくだ、俺は……マナリスに何か教えられるほどの経験がない」
「だから、ふさわしくないと? お前、童貞のくせに女性のエスコートは得意じゃないか」
「形ばかりのエスコートなら、できないことはないが……」
スタンセンの実家、リード伯爵家は女性が多くて強い。そんな家に生まれ、大勢の姉と妹に囲まれたスタンセンは嫌でも女性の顔色を読んで過ごさなければならないことが多く、彼女たちから女性のエスコートの仕方も叩き込まれている。
それが「女慣れ」しているように見え、結果としてスタンセンが童貞に見えない原因の一つになっている。
「形だけでも十分だよ。むしろ、その辺の男より紳士的だから頼んでるんだ」
それに……と、ガッシュがそこでにやりと笑った。
「お前だって、可愛い子とデートをしてみたいって言っただろう」
「言ったが、マナリスに俺は釣り合わないだろう」
何せ、相手はルーン国の至宝という二つ名を持つ美しい姫君だ。
本人は自分の体質を気にして閉じこもっているけれど、それを加味しても魅力的な女性だとスタンセンは思っている。
「それにあの子はすごく良い子だし、俺のような男では……」
「お前、結構自分が童貞だってこと気にしてるよな」
多分、ガッシュが思っている以上に気にしている。
気にしているからこそ、そのことがマナリスに露見したらという不安もある。
(あの子は、俺のことをそれなりに慕ってくれている……。だが、三十にもなって童貞だとばれたら、さすがに見る目が変わるだろう……)
ガッシュと幼なじみだったことで、マナリスのことは妹のように思っている。
彼女もスタンセンを少なからず慕ってくれていて、時にはガッシュよりも頼りになると言われたこともある。
この前の舞踏会のときだって、表面上は素っ気ない態度だったが、スタンセンの助けに心の底から安堵しているのはわかっていた。
そうやって慕われ、頼りにされることがスタンセンはずっと嬉しかった。
口うるさい実の姉妹以上に可愛いとも思っていたし、叶うことなら今の関係のままでいたかったのだ。
(童貞だとばれたら、きっともう慕ってもらえない……)
頭を抱えていると、ガッシュがスタンセンを元気づけるように背中を勢いよく叩いた。
「童貞だからってそう気に病むなよ! むしろ童貞をこじらせたお前だからこそ、マナリスの相手にふさわしいと思ったんだ! 妹に無体を強いることもないし、童貞だとばれないようにいつも以上に紳士的に振る舞うだろうからな!」
「適任だとしても、ひどい言いようだな」
「事実だから仕方ないだろう」
確かに仕方がないと、スタンセンは己のことながら納得してしまう。
「それにお前は魔力の流れを読むのもうまいし、マナリスの暴走を止めるのもうまいから、これ以上ない適任だ!」
「そこは否定しない」
実際、小さな頃からマナリスのことは気にかけていたし、彼女のためにと魔力の流れを読む能力を鍛えていたこともある。
「ってことで、決まりだからな!」
「おい、勝手に決めるな」
「じゃあ、あの子が本気で変わろうとしているのに、お前は手伝ってやらないのか?」
そう言われると、もう首を横には振れない。
(確かに、あの子が頑張りたいと思っているなら手助けしてやりたい)
他の男ではなく、自分がマナリスの相手になりたい。
そんな気持ちも芽生え始める。
「それでどうする? やるか? それとも、マナリスをがっかりさせるか?」
ニヤリと笑う親友に、スタンセンの回答は一つだけだった。
スタンセンとの顔合わせが行われることになったのは、ガッシュの提案から二日後のことだった。
ランチを一緒にと誘われたマナリスは、おしゃれ上手なカーラの手を借り急いで準備をすることになった。
「いいことマナリス。スタンセンは女性の扱いが得意だというけど、臆してはだめよ。むしろあなたの方からぐいぐいと、迫る勢いでいきなさい」
身支度を調える侍女たちに加わり、マナリスの髪飾りを選びながらそう言ったのはカーラである。
「ぐいぐいは、私には無理よ」
「そうやって及び腰になっていると、男は絶対に図に乗るの。そしていいようにされてしまうのよ」
今でこそ結婚して落ち着いたカーラだが、かつては恋多き女と言われ、多くの男性と付き合ってきた経験がある。そんな姉の言葉は、なんだか重かった。
優しくて紳士的なスタンセンはそんなことをしないと思いつつも、きっと男性の中にはそういう人もいるのだろう。
「だから、自分から積極的に迫り、引くときは引きなさい。そうやって男をうまく制御するのが、一流の女ってものよ」
「でも私、自分の魔力も制御できないのに」
「だからこそ、男の方を制御するの! やり方を知れば、男って生き物は魔力よりずっと扱いやすいものなの」
「そうなの?」
「そうなの! だからうまく男を操る女になるのよマナリス。その方法がわかれば、魔力が乱れるようなことをされないよう事前に立ち回れるでしょう!」
確かにカーラの言うことには、説得力があった。
「とにかく臆さないこと、そして迫り、引く!」
「迫って……引く……」
「そう、それよ!」
できるかどうかはわからないが、姉の言葉をマナリスは心のメモに書き留めた。
賑やかな準備を終え、マナリスが向かったのは城の西にある庭園である。
人工の池が作られ、美しい水面を彩るように作られた桟橋と白屋根のガゼボがスタンセンとの待ち合わせ場所だ。
緊張しながら桟橋を渡れば、ガゼボの下に見慣れた背中を見つける。
(どうしよう、背中が既にかっこいい……)
抱きつきたくなるような広い背中、騎士の制服を着ていてもわかるしなやかな筋肉。
こんなにも格好良くて尊い存在を、この世に生み出してくださり、ありがとうございます!! と、思わず神に祈りたくなる。
というか実際手を組み祈っていると、そこでスタンセンがゆっくりと振り返った。
「食前のお祈りには、まだ早いんじゃないか?」
小さく微笑み、ゆったりとした足取りで彼が近づいてくる。
それだけでマナリスの魔力がチリチリとくすぶり始めたが、いきなり魔法を暴発させるのはさすがにまずい。
(平常心……平常心……)
忘れかけていた呼吸を取り戻しながら、なんとか魔力の乱れを押さえつける。
「ごきげんよう、スタンセン様」
そしてなんとか挨拶を口にし、マナリスは礼儀正しく腰を折った。
「今日はスタンと、昔のように呼んでくれ」
「えっ、でも……」
「君とは恋人のように過ごせとガッシュに言われている。とはいえいきなりは難しいだろうし、まずは昔のように──無邪気に遊んでいた子供の頃のように過ごそう」
マナリスを気遣って、そんな提案をしてくれるスタンセンに思わず感激する。
顔には出ていないが「やはり我が推し! どんなときでも振る舞いが完璧!」と心の中で昇天しかける。
「よかったら、手を繋いでエスコートさせてくれないか?」
「手を?」
「君は、誰かと触れ合うことにも慣れていないだろう。特に男の手は慣れないと怖いと思うし、俺で練習した方がいいかと」
マナリスを警戒させないためか、スタンセンは律儀に説明してくれる。
彼の心遣いに感謝すると同時に、「練習」という言葉にマナリスの心は僅かに沈んだ。
(そう、これは練習……。スタンセン様は、私がいずれ嫁ぐときのために付き合ってくださっているのよね)
それはつまり、スタンセンはマナリスが見合いをすることに欠片も抵抗がないということだ。
むしろこの熱心さは、見合いを後押しする気満々である。
(当たり前のことなのに、どうしてこんな落ち込んでいるんだろう)
彼はあくまでも推しであり、今回のことがなければ少し離れたところから眺める対象。
それ以上の関係になるなどあり得ないと改めて言い聞かせながら、マナリスはそっと息を吐く。
「わかりました、ではお借りします」
魔力が乱れないよう、心を落ち着かせながら差し出された手に自分の手を重ねる。
(うん、大丈夫。お兄様の手と、そんなに変わりはない)
日常的に剣を握っているため少しゴツゴツしているけれど、大きさは兄とさほど変わらない。
ならばガッシュにエスコートされていると考えれば問題ないと、ほっとした。
────のだが。
「では、失礼する」
短い声と共に、重ねた手をスタンセンが握りしめた瞬間。
マナリスの心と魔力が、壮絶に爆発した。
その力は握手よりもずっと弱い。ぎゅっともいかない、ほんの少し握られた程度である。
にもかかわらず、推しと手を繋いでしまったという状況を急に実感した途端に、マナリスは魔力の制御を失っていた。
周囲にいくつもの爆発魔法の兆しが走り、まずいと思い、制御しようとするがままならない。
(ど、どうしようっ……!)
できたのは、魔法の発動場所を水の中へとズラす程度だ。
直後、くぐもった炸裂音と共に、いくつもの水柱が上がる。
その一つが桟橋とガゼボを傾かせ、マナリスとスタンセンは咄嗟に側の柵をつかむ。
爆発の直撃はなんとか免れるも、二人の頭上に大量の水が降り注ぐ。
「“止まれ”」
そのとき、スタンセンが腕を突き出し魔力を放った。
すると爆発によって噴き上がっていた水がすべて、動きを止める。
それは、水滴さえ例外ではない。時を止めたように、周囲の水の動きが完全に静止している。
「濡れてはいないか?」
顔には出ていないが、マナリスは驚いていた。
スタンセンが水の魔法に長けているのは知っていたが、まさかこんなにも大量の水を操れるとは思っていなかったのだ。
それほどの技術と魔力を、目の前の男は息を吸うように操っている。
自分にはできない芸当だと思っていると、スタンセンがそこでそっとマナリスから手を離した。
「やはり、嫌だったろうか?」
「……え?」
「軽く握っただけで、魔力が乱れたのを感じた」
その上、スタンセンは人の魔力の動きを読むことにも長けているようだ。
「申し訳ございません、嫌だったわけではないのですが……」
推しに握られて興奮してしまった、とは言えなかった。
「謝らないでくれ、不用意に触れてしまったのは自分の方だ」
マナリスを慰めるように笑うと、スタンセンは軽く腕を振る。そうすると時を戻すように水が池へと戻り、その勢いで傾いていた桟橋も元へと戻る。
「今日はもう、やめておくか?」
修復を終えた後、スタンセンがマナリスに尋ねた。
(やめたくない、けど……)
スタンセンはやめたいだろうかと、マナリスは彼を窺い見る。
いくら無事だったとはいえ、手を握っただけでこの有様だ。発動地点をずらしたとはいえ、かなり威力の高い爆発魔法をいくつも暴発させてしまったし、さすがの彼も引いているかもしれない。
(だったら、私からやめると言うべきよね)
立場上、彼の方から辞退はできないだろう。
「……部屋に、戻ります」
名残惜しかったけれど、今はそう言うほかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「これは、失敗したのか?」
「見ればわかるんだから、察してあげなさいよ」
そんな、ガッシュとカーラのひそひそ声を聞きながら、マナリスは部屋の隅にうずくまっていた。
悲しい気持ちにも魔力は反応してしまうため、心が一番落ち着く隅っこで、マナリスは少し前から膝を抱えていた。
こうして小さくなるのも、魔力と心を保つ方法の一つなのだ。
「スタン相手なら、大丈夫だと思ったんだがなぁ」
「男っていうのは、見かけによらず獣だってことよ」
「それを言うなら、俺だって獣になるが?」
「あんたはこじらせ童貞だから、唯一の例外よ」
カーラの心ない一言に、ガッシュががっくりと膝を折る姿が、マナリスの視界の隅に映る。
笑いたくなるが、今は少しの感情でも魔力が乱れそうだったので、我慢する。
それから大きく深呼吸をして、マナリスは顔を上げた。
「スタンセン様は悪くないの、ただ、私が心を乱してしまったから」
「……心を乱されるようなことを、されたんじゃないの?」
カーラが心配そうに尋ねるが、マナリスは首を横に振る。
「普通の人なら、当たり前のことをしていただけ」
「本当に?」
「ええ。なのに爆発を起こしてしまうなんて、私は……“果ての荒野”に行った方がいいのかもしれないわね」
今の言葉は、カーラたちを必要以上に心配させないようにと思った、マナリスの精一杯の冗談だった。
だが果ての荒野という単語が出た途端、ガッシュの顔が険しくなる。
「冗談でも、果ての荒野のことは口にするな」
「そうよ。あんな場所に、マナリスは絶対行かせないから」
姉にまで険しい顔をされ、マナリスは「ごめんなさい」と小さく謝る。
果ての荒野──、それはこの国の南方にある、不毛の地の名前である。
草木もろくに育たぬ岩ばかりのその地は特殊な砂地に覆われており、この世界で唯一魔法を扱うことができない。
そこではどんなに魔力があっても魔法は発動できないし、更に持っている魔力も自然に奪われてしまう。
常人では立ち入ることはできないが、マナリスのような無尽蔵な魔力を持つ者は、逆に普通に生きることができる地でもある。
そのため、かつてマナリスのように、魔法を制御できない王族は、その地に送られ孤独に暮らすことを義務づけられていた。
だが多くは孤独に耐えられず、そうした王族の殆どが荒野にある離宮の中で、自ら命を絶ったと言われている。
そのため近年は、よほどのことがない限り、そこに送られることはない。
「今日だって、お前は魔法の暴発を頑張って制御していたとスタンは言っていた。だからそんなに、落ち込むことはない」
ガッシュはそう言って、膝を抱えるマナリスの頭を撫でる。
「制御したと言っても、発動場所を移動させたくらいよ」
「十分だろう。それに今日は、何も壊さなかったし」
「スタンセン様が戻してくれたけど、桟橋を壊しかけたわ」
「壊れていないならいいだろう」
ガッシュが褒めると、カーラもすぐに同意してくれる。
優しい兄と姉に感謝し、今すぐ抱きつきたい気持ちになる。
(いやでも、大好きって気持ちがあふれて……魔法が暴発したら申し訳ない……)
愛情は、最も魔力を乱しやすい要因だ。
だから二人の代わりに自分の膝をぎゅっと抱きしめていると、そこで誰かが扉をノックする。
「マナリス様にお手紙が来ているのですが、お渡ししてもよろしいでしょうか?」
扉越しの声に許可を出すと、膝を抱えるマナリスに代わってカーラが手紙を取りに行ってくれる。
「あら、噂をすればスタンセンからじゃない」
見れば、カーラが持っている手紙の封蝋にはスタンセンの家の家紋が刻まれている。
(もしかして、もう練習には付き合えないっていう断りの手紙かしら)
そう思うと気が滅入るが、読まないわけにはいかない。
恐る恐る中を開くと、男らしい無骨な文字が手紙には綴られている。
『マナリスへ
本当は言葉で伝えるべきだったが、今はまだ俺には会いたくないだろうから手紙を書いた。
先ほどは、無礼を働いてすまない。
だがもし、君が許してくれるなら俺は練習相手を続けたいと思っている。
次は失敗しないと誓うから、どうかまた君をエスコートさせてほしい。
スタンセン=リード
追伸
先ほど言えなかった言葉を一つ、書かせてほしい。
今日の君は、ドレスも髪型もいつもと違って、とても魅力的だった。
もう一度、君の美しい姿を見る機会をくれると嬉しい』
追伸の部分を読んだ瞬間、マナリスは側にあったカーテンを燃え上がらせた。
咄嗟にガッシュが氷の魔法で炎を消してくれたからいいものの、下手をしたら壁まで燃やしてしまっていたかもしれない。
ただ、そんな状況にも兄と姉は慣れたもので、炎を消しながらこっそり手紙をのぞき込んでくる。
「まあ、及第点ね」
上から目線で言いながら、カーラが側にあった書き物机の椅子を引く。
「早速明日会いたいと、お返事をなさい」
「あ、明日……」
「訓練っていうのは、毎日やるのが効率的なのよ。兄様の近衛なら時間の都合は無理矢理つけられるだろうし、明日からは毎日彼との時間を過ごしなさい」
カーラの言葉に、ガッシュは困ったように頭をかく。
「スタンセンは優秀だから抜けられると困るんだが……」
「それをなんとかするのはガッシュの仕事でしょう。それに、マナリスには練習が必要だって言い出したのはあなたでしょうに」
「わ、わかったよ。俺がどうにかする」
カーラに言いくるめられ、ガッシュは肩をすくめた。
(明日から、毎日スタンセン様に会える……)
てっきり今日限りだと思っていたマナリスにとって、あまりの僥倖だ。
そんな幸運を逃がさないよう、明日こそはへまをしないようにとマナリスは人知れず拳を握ったのだった。