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顔がよすぎる魔法騎士(童貞)との仮婚約生活 引きこもり姫は淫らな触れ合いにときめいて爆発しそうです! 3

第三話

 

翌日、昨日と同じ場所でマナリスはスタンセンともう一度会うことになった。
 先に着いたのはマナリスの方で、持参した昼食をティーテーブルに並べながら彼を待つ。
 大きめのバスケットから取り出したサンドイッチは、すべてマナリス自ら用意したものだ。
 引きこもり生活が長いマナリスには、趣味が多い。そのうちの一つが料理である。
 その味は舌の肥えた兄たちにも褒められるほどで、昨日のお詫びにとわざわざ早起きをして作ってきたのだ。
 心を落ち着かせるためにテキパキ料理を並べていると、少し遅れてスタンセンがやってきた。
「待たせてしまって申し訳ない」
 仕事の合間にわざわざ来てくれたのか、今日の彼は訓練着を身につけていた。
「それに、こんな格好で……」
 そう言って彼は恐縮するが、正直マナリスは彼の装いに感激していた。
(筋肉……よく見える……)
 訓練着はシャツよりも薄いため、彼の鍛えあげられた筋肉がよく見える。更に開いた首元や、まくりあげた袖のおかげで、胸筋や二の腕の筋肉を特にはっきり見ることができた。
「問題ありません」
 むしろ嬉しい……と本音を吐露すれば魔力もあふれてしまいそうなので、冷静さを取り繕う。
 そのせいで表情も声も少し冷たくなってしまったのか、スタンセンは「本当に?」と不安そうだった。
「本当にありません。それより、お昼にしましょう」
 忙しい時間を縫って彼はここに来てくれている。だから手短に済ませなければと思い、マナリスは席に着いた。
 その横に腰を下ろしながら、スタンセンは並べられた料理に目を向ける。
「これは、マナリスが用意してくれたのか?」
「はい、昨日のお詫びに」
「詫びなら、俺がすべきなのに」
「あなたには至らぬ点はありませんでした」
 昨日は心を乱した自分が全面的に悪い。
 だから今日こそはと感情を平坦に保ちながらマナリスは「どうぞ」とサンドイッチを差し出す。
「いただきます」
 スタンセンの大きな手が持ち上げると、マナリスのサンドイッチはなんだか小さく見える。
 サンドイッチはローストチキンと野菜を挟んだものだが、彼の身体の大きさを考えれば、もっとたくさん肉を詰めた方がよかったかもしれない。
 そんな後悔を覚えた矢先、サンドイッチにかぶりついたスタンセンの目が輝く。
「これ、すごくおいしいよ」
 年上で大人っぽいスタンセンだが、夢中になってサンドイッチを頬張る顔はまるで子供のようだった。
 そんな彼も素敵だと思って眺めていると、彼の頬が僅かに赤くなった。
「すまない、俺ばっかり食べていた……」
「いえ、食べていただくために作ったので」
「作った? まさか、手作りなのか?」
「手作りは、嫌でしたか?」
 問いかけに、スタンセンは首を横に振る。
「いや、嬉しい。ガッシュから料理の腕前を聞いて以来、食べたいと思っていたんだ」
 夢が叶ったと、笑うスタンセンの顔に嘘はなさそうだった。
「大げさです。こんなものなら、いくらでも作ります」
「言質はとったぞ?」
 いつの間にか一つ目のサンドイッチを平らげていたスタンセンが、二個目に手を伸ばしながら笑う。
(この笑顔は、まずい……)
 息だけでなく、魔力も乱れてしまうほど、素敵な笑顔だった。
 そのせいで爆発の魔法が再び発動しそうになるも、そこでスタンセンが腕を掲げる。
「“相殺せよ”」
 二人の背後に起きようとした爆発は、現れた水泡に包み込まれた。
 それから三秒ほどの間を置いて、水泡は激しい湯気を立てて蒸発し、最終的には小さなガラス玉のサイズにまで縮んだ。
「よし、成功した」
 小さな水泡を魔法でたぐり寄せ、スタンセンは手の中でそれを握りつぶす。
「あの、今のどうやって……」
「爆発を相殺できるだけの魔力を込めた、特殊な水を出現させたんだ。単純に言えば、爆発が起こるのとほぼ同時に水をかけて鎮火しているような感じだな」
 水には魔力が含まれているため厳密には鎮火とは違う処理だそうだが、似たようなものだとスタンセンは告げる。
「そんなことができるなんて……」
「実を言うと、ずっと前から練習をしていたんだ。俺の魔法はマナリスの魔法を無力化させやすいからな」
「ずっと前って、いつ頃から……?」
「練習自体は、出会ってすぐかな。ただ、これがなかなか難しくて、形になったのは最近だけど」
 そしてまだ、完成ではないとスタンセンは少し悔しそうな顔をする。
「昨日のように複数の爆発には対応できないし、魔法の発動にはマナリスの魔力の動きを読まないといけないのが、なかなか難しくてな」
「とても、複雑な魔法なのですね」
「でも会得してみせるよ。そのためにも、こうして毎日時間をもらえると嬉しい」
 マナリスが男に慣れる練習をするように、自分もマナリスの魔力を読む練習がしたいと彼は言う。
 思ってもみない申し出だが、一方でマナリスは不思議に思う。
「どうしてそこまでしてくださるのですか? 兄に、そうしろと言われたのですか?」
 二人は昔から親友だし、頼まれたのだろうかと考える。
 だがスタンセンは、そこで静かに首を横に振った。
「俺が、マナリスと一緒にいたいと思ったからだよ」
「私と?」
「昔から、俺は君と過ごすのが好きだった。でも最近は魔法の暴発のせいで、君は家族とさえあまり会わなくなっていただろう?」
「……誰も、傷つけたくなかったので」
「その気持ちはわかる。そしてそういう優しい君を、俺は家族のように思っている。だから会える口実がほしかったんだ」
 そんなことを笑顔で言われたら、どうしたって心が乱れてしまう。
 次の瞬間再び爆発が起き、スタンセンが慌てて魔法を防ぐ。
 とはいえ爆発は三回も起きてしまい、そのうちの一つが桟橋を破壊する。
「すまない、防ぎきれなかった」
「いえ、私こそ」
 落ち込んでいると、スタンセンが気にするなと言う。
「これで訓練に遅刻する口実ができたし、むしろありがたいよ」
 ゆっくり食事が摂れると微笑まれたせいでガゼボの屋根も吹き飛ばしかけたが、それはスタンセンが防いでくれた。


◇◇◇      ◇◇◇


 その日から、マナリスとスタンセンは毎日顔を合わせることになった。
 とにかくまず相手に慣れるため、側で一緒に昼食を摂るのを日課にしようと二人は決めた。
 結果待ち合わせの場所であるガゼボは日に日にボロボロになっていったが、一週間ほどたつとマナリスの魔法の暴発回数は減り、またスタンセンはそれを詠唱もなく、完璧に防げるようになっていた。
「スタン、今日はパイを焼いてきました」
 気がつけば彼に求められた愛称を口にできる余裕も生まれた。
「マナリスのパイは大好きだから嬉しいよ」
 ただし、彼に名前を呼ばれると心が乱れてしまい、パイの上に乗ったイチゴが派手に爆発してしまったが。
「ごめん、間に合わなかった」
「いえ、今のは無理に抑え込もうとしたことで、逆に発動が早まってしまったので」
「でも、爆発の規模は小さくなったな」
 そう言って、スタンセンがイチゴの欠片を片付けてくれる。
「小さくても、まだ爆発していることには変わりません」
「だがこれくらいは、普通の人にも起こることだ」
 魔力の流れを操作し、魔法を扱うのはたやすいことではない。
 熟練の魔法使いでも、失敗することはときどきあるとスタンセンは慰めてくれる。
「ですが、スタンが魔法を失敗するところは見たことがありません」
「小さい頃はむしろ下手な方だったよ」
「本当に?」
「むしろ剣の方が得意だったから、騎士の道を選んだんだ。だが出世するにはやはり魔法の技術も必要で、訓練を重ねた」
 スタンセンは、どんなことでもたやすくこなしてしまうと思っていたマナリスは、彼の言葉に少し驚く。
(でもそうよね、努力もせず何でもできる人なんていないわよね)
 ならば自分も、諦めなければもっと魔力を制御できるだろうかとマナリスは自分の手を見つめる。
(これ以上家族に迷惑をかけないように……。みんなが安心できる相手に嫁げるようにしないと)
 そんな決意を新たにしてから、マナリスはスタンセンの手に目を向ける。
「あの、もしよろしければ、触れても……いいでしょうか?」
「俺に?」
「はい。以前は失敗しましたけど、人との触れ合いも慣れないといけないので」
 パイを切り分けようとしていたスタンセンがマナリスを見つめ、ぎこちなく動きを止める。
「やはり、私には早いでしょうか?」
「いや、そんなことはない。ただ、君の方から言い出すとは思っていなかったから」
「私も努力をしたいので」
 覚悟を示すため、平坦になりがちな声に頑張って力を込める。
 ついでに目にも力を入れると、スタンセンが苦笑を浮かべる。
「君の覚悟はわかった。なら、いくらでも触れてくれ」
 そう言って、スタンセンは改めて椅子に座り、僅かに身を乗り出した。
 必要以上の接触をしないようにと気遣ってくれているのか、彼は手のひらを上にして、テーブルの上に腕を置く。
「失礼します」
 心が乱れないよう、まずは右手の人差し指でスタンセンの中指の先端にそっと触れる。
 指の先端が触れ合う程度だが、心の平穏はなんとか保たれた。
「触れました」
 思わず顔を上げると、スタンセンが僅かに目を見開く。
「どうなさいました?」
「いや、君はそうやって笑うんだなと」
「……笑って、いましたか?」
 それはゆゆしき事態だと、慌てて顔を引き締める。
「どうして笑顔を消すんだ」
「笑っているということは、心が高揚しているということです。心と魔力の乱れに繋がります」
「でも今は、大丈夫だっただろう」
「ですが次は、爆発してしまうかもしれませんし」
「だが暴発を抑えて気持ちを──笑顔さえ抑え込むのはつらくはないか?」
 問いかけに、マナリスは思わず考え込む。
「……小さな頃は、大変だったかもしれません」
 子供のときは今よりももっと、魔力を抑え込むのが下手だった。
 嬉しいときに喜び、悲しいときに泣く。そんな当たり前の感情さえ、魔法の暴発に繋がってしまった。
 そのため気持ちを常に落ち着かせ、取り乱さず、常に平静に保つようにと、魔法の教師からは言い聞かされてきたのだ。
「でも今は、慣れました。それに昔よりは、喜んだりできるようになりましたし」
「今みたいに?」
「はい。でも笑うのはやりすぎなので、もっと気を引き締めます」
「むしろ俺は、笑った顔が見たいけどな」
 ぽつりと、こぼれた言葉にマナリスは耳を疑う。
(見たい……? 私の笑った顔を……?)
「どうして、首をかしげるんだ?」
「私の笑い方は、変なので」
「変?」
「兄様に言われるんです。笑うのを我慢しているせいで口角の上がり方が独特だと」
 彼はそこを好ましく捉えてくれたが、それは兄のひいき目できっと変な顔なのだろう。
「だからきっと、可愛くもないし」
「確かに人よりささやかな笑顔だが、俺は可愛いと思う」
 ──可愛い。その一言が、マナリスの心を大きく乱す。
「おっと!」
 心と共に乱れた魔力を察し、スタンセンが腕を軽く振る。
 彼が防いでくれたおかげで爆発は免れたが、マナリスの混乱は大きかった。
「触れ合いもそうだが、君は賛辞にも慣れた方が良さそうだな」
「確かに、褒められることはあまりないので、突然言われると困ります」
「家族は褒めてくれないのか?」
「褒めてくれますが、家族以外に言われるのはなんだか勝手が違って」
 特に相手がスタンセンだから、心が乱れてしまうのだろう。
 とはいえそれは口にできず、「頑張って慣れます」とマナリスは拳を握る。
「なら、このまま練習しようか」
「お世辞……の?」
「お世辞ではないよ。君にはいいところがいっぱいあるから、それをこれからいくつもあげよう」
「い、いくつもあげるのは……だめです」
 まずは一個からお願いしますと言えば、スタンセンは笑う。
「じゃあまずは先ほどと同じ言葉にしよう。『君の笑った顔は、とても可愛い』」
「さ、さっきと同じじゃないです」
 なんとか爆発を起こすのは堪えたが、かなり危なかった。
「同じだろう」
「とてもはついていませんでした」
「じゃあ、すごく可愛い」
「『少し』くらいにしてください」
「少しじゃ足りない」
 そしてスタンセンが、マナリスの瞳をじっと見つめた。
「君は、とても可愛いよ」
 次の瞬間、せっかく作ったイチゴのパイが見るも無惨な姿になったのは言うまでもない。


◇◇◇      ◇◇◇


「お前、いったいどんな修羅場に首突っ込んだんだ」
 職場に戻るなり、スタンセンにそんな言葉をかけたのはガッシュだった。
 城の西にある近衛の詰め所に、スタンセンの執務室はある。
 近衛騎士の隊長を務める彼は事務仕事なども多いため、少し広めの部屋を用意してもらっているのだ。
 彼の部屋は片付いているものの、近衛騎士たちの詰め所自体は汗臭くて男臭い場所だ。
 しかしスタンセンと長年の付き合いがあるガッシュは『むしろそこが落ち着く』と言ってよくやってくる。
 今でこそ国王だが、元々彼は魔法騎士を目指していたこともあり、こういう場所の方が本来性に合っているのだそうだ。
「それで、それは誰の血だ?」
「ああ、これは血じゃなくてパイだ」
「パイ?」
「マナリスのパイが爆発して、こうなった」
 頬についたパイの欠片を拭い、行儀が悪いと思いつつなめ取る。
 甘すぎないクリームの味はスタンセンの好みで、せっかくなら爆発する前に食べたかったところだ。
「また、マナリスのところに行ってくれていたんだな」
「そう頼んだのはガッシュだろう」
「頼んだが、ここまで熱心に付き合ってくれるとは思わなかった」
「マナリスが真剣だからな。ならば、できることはしてやりたいと思ったんだ」
 あと正直、会うたび振る舞われる手料理を楽しみにしているふしもある。
(それにしても、照れるマナリスはとても可愛かった……)
 魔力の暴発を恐れ、マナリスはいつも感情を律している。それに伴い表情も一定に見えていたが、よくよく観察すれば僅かながら変化はしているのだとここ数日の間に気がついた。
 特に変化するのは、スタンセンが彼女を褒めたときだ。
 美しい容姿を褒められるのはよくあることだろうに、賛辞を口にするたび赤くなる頬や、僅かに見開かれる大きな瞳がとても愛らしいとスタンセンは思うようになった。
 今も先ほどの様子を思い出してつい笑っていると、ガッシュに脇腹を小突かれる。
「もしやお前、マナリスに邪なことを考えていないだろうな」
「考えていないよ。ただ、可愛いとは思っていたが」
「もしや惚れたか? お前なら、マナリスの相手に推挙してやっても良いぞ」
 突拍子もないことを言われ、スタンセンは慌てて、首を横に振る。
「いや、俺なんかにはもったいない子だ」
「童貞だからか?」
「わかっているなら言うな」
「ふしだらな男にやるよりは、童貞の方がずっと良いと思うが」
 それに……と、ガッシュが意味ありげに微笑む。
「お前だったら、俺の弟にしてやってもいい」
「ガッシュの弟なんてお断りだ。それに結婚相手はマナリス自身に選択権がある。俺たちがあれこれ勝手に言うべきじゃない」
「そう言えるお前だから、相手にふさわしいと思うんだがな」
 なおもガッシュが言うものだから、さすがのスタンセンも頭の端では「もしマナリスと結婚することになったら」という考えが浮かんでしまう。
(……これは、色々とまずいかもしれない)
 自分の妻としてマナリスが隣にいるという妄想は、童貞のスタンセンには色々と刺激が強いものだった。
 普段から紳士的と言われていても童貞。女性とのあれこれの経験がない男である。
 デートをしている妄想はもちろん、寝食を共にする妄想までがよぎり、そこに若干邪な光景が紛れてしまうことは止めようがない。
(だめだ、これ以上考えないようにしよう。マナリスに失礼すぎる)
 慌てて妄想を振り払い、スタンセンはあくまでも自分はマナリスが男慣れするための練習台だと言い聞かせる。
 そんなスタンセンを面白がるガッシュがニヤついていることにも気づかないまま、必死に頭を空っぽにしようとしていると、不意に部屋の扉が叩かれた。

 


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