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ヴォルフ公の結婚 一角獣の乙女は旦那様に過保護な愛をそそがれる 1

第一話

 

 


 フィオナ・ロレスタは幼少期、母から祖国カディンサの話を聞くのが好きだった。
 カディンサ王国はフィオナが暮らすエルジェネ王国の西にあり、魔獣が多く生息している地域だ。
「子供の頃に一度だけ見たことがあるの。山奥なのに、そこだけぽっかりと穴が空いたみたいに夜空が見えて、美しい一角獣の群れが月光浴をしていたのよ」
 母のエスメが安楽椅子に座って、微笑みながら情景を語ってくれる。
 母はカディンサ王国の貴族出身だったが、幼少期から魔獣に興味を持ち、それが高じて“魔獣学”の研究者となった。
 しかし生まれつき肺に持病があり、研究を休んで療養していた時、エルジェネ王国の使者として赴いたロレスタ侯爵と出会って結婚した。
 それから祖国を離れ、自然が多くて空気のきれいな侯爵領で体調を気遣いつつ、緩やかに研究を続けていたのだ。
 フィオナはカウチに腰かけた長兄ルトランの膝に抱っこしてもらい、いつも両目をきらきらと輝かせて母の話を聞いていた。
「野生の一角獣は警戒心が強いの。繁殖力が低くて、生態には不明な点も多いけれど、群れで月光浴をしているところが何度も目撃されたことがあるの」
「お母さま。げっこうよく、って何?」
「月の光を浴びることよ、フィオナ」
「ふうん。でも、どうして、げっこうよくをするの?」
「魔力が強まるからよ。だから一角獣が子供を産む時間帯は、たいてい夜なのよ。生まれたての子に月の光を浴びせてあげれば強く育つから」
「母上。月光浴の他に、一角獣にしかない特徴とかはあるんですか?」
 ルトランが興味津々で尋ねると、母は少し考えるそぶりをして口を開く。
「一角獣は“死”の匂いを好むと言われていて、死にかけた人間の前に現れることがあるのよ。私の祖国では“死の獣”と呼ばれているわ」
「死の獣? なんだか不吉だなぁ」
 次兄のジェイドが腕組みをしながら言う。
 母は笑って頷き、でもね、と穏やかに言葉を継いだ。
「一角獣を手なずけることができたら、頼もしい相棒になるわ。人間の魂の匂いを嗅ぎ分けて、たとえ遠いところにいても、匂いを辿って迎えに来てくれるのよ。だからカディンサ王国ではとても大切にされている魔獣なの」
 絵本に描かれた空想の物語と同じくらい、母の話は神秘的で楽しかった。
 多種多様な魔獣の話を聞くたびに胸がどきどきして、フィオナはあれもこれも教えてほしいと駄々を捏ねるほどだった。
 年の離れた二人の兄も同様で、夕食後は暖炉の前に集まり、熱心に母の語りに耳を傾けるのが習慣になっていた。
 父のアルノルド・ロレスタ侯爵は少し離れたところに椅子を置き、その様子を優しい面持ちで眺めていたものだ。
 だが、まもなく母は持病が悪化して、治療の甲斐なく他界してしまった。
 幼いフィオナは時間の流れとともに喪失の哀しみを乗り越え、父と兄二人に支えられて成長していくことになる。

 

 

 

 フィオナが“彼”と出会ったのは、母が亡くなって数年が経過して、十三歳になったばかりの頃だった。
「フィオナ。こちらは俺の学友のリオン様だ」
 次兄のジェイドが友人として屋敷に連れてきた青年と対面した時、フィオナは真っ先にこう思った。
 ──ずいぶんと背の高い方なのね。
 ジェイドと並んでも上背があり、正面に立たれると、小柄なフィオナでは首を曲げて見上げなければならないほど高身長の青年だ。
 めいっぱい背伸びをしないと顔もよく見えないが、客人にそんな無作法な真似はできないので、諦めて青年の胸のあたりを見つめる。
「高貴な生まれの御方だが、今日はお忍びで我が家へいらっしゃったんだ。失礼のないようにするんだぞ」
「はい、ジェイドお兄様。……フィオナといいます。ごきげんよう、リオン様」
 お辞儀をして自己紹介をすると、背の高い青年──リオンは少し間をおいて、よそよそしく「ごきげんよう」と応じる。
「今、屋敷にいる家族はこれで全員です。それでは、リオン様。俺の部屋へ案内します」
「ああ」
「じゃあ、あとでな。フィオナ」
 ジェイドはフィオナの頭を撫でると、リオンを連れて階段を上がっていく。
 二人を見送っていたら、リオンの長めの金髪に目が吸い寄せられる。うなじで一つに結ばれて歩くたびに揺れていた。
 ──ジェイドお兄様が、ご学友を連れてくるのは初めてね。高貴な生まれの方だと言っていたけれど、もしかして王族の方なのかしら。
 エルジェネ王国には王子が二人いて、第二王子はジェイドと同い年の十九歳だ。ファーストネームもリオンだった気がする。
 とはいえフィオナはまだ社交界に出ていないため面識はなく、お忍びならば干渉しないほうがいいのだろう。
 踵を返したフィオナは近くに控えていたお付きの侍女、セシルを呼んだ。
「セシル、アネモスの世話をしに行くわ。着替えを手伝ってくれる?」
「かしこまりました、お嬢様」
 それから動きやすいワンピースに着替えて、長い黒髪を邪魔にならないよう三つ編みにして屋敷を出た。
 手入れの行き届いた庭園を突っ切り、裏手にある厩舎へ向かう。
 掃除をする厩番に声をかけて干し草の匂いがする厩舎に入れば、漆黒の体鏸に銀色の角を持つ一角獣がいた。
「アネモス」
 名を呼ぶと、干し草に寝そべっていた一角獣が立ち上がる。
 柵から身を乗り出して手を伸ばせば、近づいてきた一角獣──アネモスが手のひらの匂いを嗅いで角をこすりつける仕草をした。
「外へ出ましょうか」
 厩番の手を借りて柵を外し、手綱をつけて厩舎の外へ出したら、アネモスは逃げる様子もなくフィオナに寄り添ってくる。
「いい子ね。一緒に庭園を散歩しましょう」
 アネモスというのは母がつけた名だ。
 カディンサ王国の言語、カディ語で“風”を意味する。
 その名のとおり、アネモスは野山を風のごとく疾走することができる、魔獣学の研究をしていた母が祖国から連れてきた一角獣である。
 一角獣は警戒心が強く、なかなか人に懐かない。生息地も限られているので、魔獣の知識がない人間が手なずけるのは至難の業であった。
 ただ、もし手なずけられたら頼もしい相棒となり、戦場では軍馬の代わりとなる。
 そういった一角獣は“騎獣”と呼ばれて、国によっては騎獣を手なずけることで一人前の騎士と認められることもあるらしい。
 エルジェネ王国には一角獣の生息地が少なく、騎獣の文化が浸透していないため、アネモスはめったにお目にかかれない稀少な存在だった。
 晴れ渡る空のもと、アネモスの手綱を引いて庭園を散歩していると、どこからか視線を感じて顔を上げた。
 屋敷の二階の窓辺で頬杖を突き、こちらを眺めているリオンと目が合う。
 ──あそこはジェイドお兄様のお部屋だわ。
 ジェイドは本の虫だから読書を始めると周りの音が聞こえなくなってしまう。
 母に似たのか学者気質な変わり者であり、フィオナと遊んでくれていたのに、気づくと本に夢中になっていて無視されるという経験が幾度もあった。
 もしかしたら、リオンも放置されているのではないだろうか。
 そんな予感がしたが、相手は次兄の客人だし、自分が口を出すことではないかと軽く頭を下げるだけにとどめておいた。
 それから毎日、リオンは屋敷を訪ねてくるようになり、フィオナがアネモスと日課の散歩をしているところを、いつも窓から眺めていた。
 気になって二階に目をやれば視線が合う、ということが続いたので、ある時、思いきってリオンに手を振ってみた。
 その途端、彼が身を引いて姿が見えなくなる。
 ──手を振るのは、やりすぎたかしら。
 しかし、あまりにも視線を感じるため気になって仕方なかったのだ。
 フィオナはすり寄ってくるアネモスの首を撫でながら散歩を再開したが、まもなく誰かが屋敷から出てくるのが見えた。
 こっちへ向かってくるのがリオンだと気づき、フィオナは身を硬くする。
 さすがに手を振っただけで、不敬と咎められることはないだろうが──と、彼がわざわざやって来た理由を考えていたら、リオンのほうから話しかけてきた。
「そこの君、ジェイドの妹だね。名前はフィオナだったか」
「……はい、そうです」
 リオンが少し離れたところで止まったので、この時、初めて彼の顔をしっかりと見ることができた。
 緩やかに波打つ蜂蜜色の長い前髪が、顔の右半分を覆い隠している。金髪の隙間から、限りなく白に近いシルバーの右目が見えたが、左目は深みのあるロイヤルブルー。両目の色がそれぞれ違うオッドアイである。
 ──なんて美しい瞳の色なの。
 雲間から射しこむ朝日の光と、宵の深まった空を連想させる。
 朝と夜みたいだと感嘆し、次に目を奪われたのは端麗な目鼻立ちだ。金色の眉はきれいに整えられ、目尻が少し垂れていて鼻筋が通っている。
 今は表情が硬いが、感じのよい笑みを浮かべたら魅力的だろうなと思い、フィオナは再びリオンの瞳に意識を戻した。
 見惚れていたら、黙って佇んでいたリオンが顰め面をする。
「そうやって物珍しそうに見るのは、やめてくれないか」
 彼はつっけんどんに顔を背けて長めの前髪を弄る仕草をした。
 不躾にも凝視していたのだと我に返り、フィオナは慌てて目を逸らす。
「すみません。私、失礼な真似を……」
「そんなに、この瞳の色が珍しいのかい」
 リオンの口調には、やや棘がある。
 もしかしたらオッドアイについて言及されるのが嫌いなのかもしれないと迷ったが、ここは素直に伝えることにした。
「美しい瞳だなと思ったんです」
「美しい?」
「はい。朝と夜みたいで」
 俯いたまま告げると、リオンがしばし動きを止めて首を傾げる。
「そんなふうに言われたのは初めてなんだが……褒めているのかな」
 こくこくと頷いたら、彼は「そうか」と呟き、また前髪に触った。
「朝と夜みたい、か……まぁ、悪くない表現だね」
 棘が抜けた声色だったので、フィオナはそろりと顔を上げる。
 リオンはまんざらでもない様子で前髪を払いのけると、また一歩、近づいてきた。
「いつも一角獣を連れて散歩しているだろう。君はこの一角獣に乗れるのかい」
「乗れますよ。足場があれば、ですが」
 背の低いフィオナは鐙に足をかけるのも一苦労だが、ひとたび乗ってしまえば走らせることができる。
「騎獣には興味があるんだ。僕にも乗れるだろうか」
 リオンがさらに近づこうとした時、おとなしかったアネモスがいきなり頭を下げた。鋭利な角をリオンに向け、低い唸り声まで上げる。一角獣の威嚇である。
「!」
「危ないです、近づかないで」
 鋭くリオンを制止して、フィオナは宥めるようにアネモスの首を撫でた。
「大丈夫よ、アネモス。落ち着いて」
 気難しい一角獣はしばらく角を上げたり下げたりして足踏みをしていたが、徐々に落ち着きを取り戻した。
 胸を撫で下ろしてリオンに視線を戻せば、彼は腕組みをしながら不機嫌そうに爪先で地面を叩いている。
「どうやら僕は嫌われているようだね」
「一角獣は気難しいんです。誰に対しても、さっきみたいな反応をしますよ」
「でも、君には懐いているみたいだが」
「それは……」
 フィオナはじゃれついてくるアネモスを撫でつつ言葉を濁したが、リオンが視線で促してきたから小声で言った。
「一角獣が、魔力や人の魂の匂いを嗅ぎ分けることができるのはご存じですか?」
「聞いたことがあるな。魔獣の中でも、独特な嗅覚を持つようだね」
「それでは“死の獣”と呼ばれていることは?」
「死の獣? 初耳だが……」
「一角獣は、特に死の匂いを好むそうです。生息地の近くで死にかけた時に現れたり、生死の境をさ迷った経験のある人間に懐くんだとか。ひとたび懐けば、どこにいても匂いを辿って迎えに来てくれると言われています。私もお母様から聞いた話ですが」
 この世には魔術が存在し、理解の範疇を超えた出来事が起こりうる。
 魔獣も各地に生息しているが、生態は解明されていないことが多い。
 母が文献や資料を残してくれたけれど、一角獣がどうして死の匂いを好み、死に瀕したことのある人間に懐くのか、理由は明らかにされていなかった。
 アネモスがしきりにフィオナの匂いを嗅いでいるのを見て、リオンが何かに気づいたように目を見開く。
「まさか、君は……」
「私は赤ん坊の頃、高熱を出して死にかけたことがあるそうです。それ以来、アネモスが私の匂いを好んで嗅ぐようになったと、お母様が生前に言っていました」
「……すまない。僕の配慮が欠けていたようだ」
「あっ、いいんです。私もすべて聞いた話で、当時のことも幼すぎて覚えていません。どうか、お気になさらないで」
 フィオナは慌てて首を横に振ると、気まずげなリオンに笑いかけた。
「それに、一角獣の世話をする貴重な機会をもらえてありがたいです」
「そうか……君は前向きにとらえているんだね」
「はい。めったにないことですし、いずれはお母様のような研究者になるか、一角獣に関わる仕事ができたらいいな、と考えているんです」
 だから世話ができるのは自分にとっても経験になるのだと続けたら、リオンが真剣な面持ちで「なるほど」と頷く。
「夢があるんだな。すばらしいことだ」
「……ありがとうございます」
 褒め言葉に照れくさそうにはにかむと、フィオナはそわそわしているアネモスの手綱を引いた。
「では、私はそろそろ失礼します。この子を歩かせてあげないといけないので……」
「散歩するなら、僕も一緒に行っていいかな」
 これ以上は近づかないから、とさりげなく付け足されたので、ためらいがちに頷いて散歩を再開した。
 リオンは侍従を下がらせると距離を空けてついてくる。
 肩越しに様子を窺えば、彼はゆったりと歩きながら庭園を見回したり、空を見上げたりしていた。
 無理に会話をする必要はなさそうなので、フィオナも気にせず散歩を続けた。
 三十分ほど歩き回ってアネモスを厩舎へ帰すと、離れたところで見守っていたリオンが近づいてくる。
 目の前に立たれて、また背の高さに圧倒された。
 リオンはおそらく百九十センチ近く身の丈がある。頭一つぶんどころか、二つか三つはフィオナより大きそうだ。
「フィオナ。また一緒に散歩してもいいかな」
「いいですよ。アネモスを連れて歩いているだけですが、それでもよければ」
 リオンを見上げて話すが、身長差がありすぎて首が痛くなってきたので、フィオナは無意識にうなじに手を当てる。
「あの、リオン様」
「ん?」
「私、少し背伸びをしてもいいでしょうか」
「背伸び?」
「私の背が小さいせいで、目を見てお話ができないので失礼かと思って」
 小声で「すみません」と謝ったら、リオンがすぐに目線を合わせるように屈んでくれた。
「あっ! 私が背伸びをしますから……」
「僕が屈んだほうが早いし、楽だろう。そこまで気が回らなくて悪かったね」
 リオンを見下ろす体勢になり、却って失礼ではないかと心配になったが、彼はまったく気にしていないらしい。
 むしろ初めて挨拶した時のよそよそしさと比べたら態度が軟化していた。
「それから、僕に対して失礼とか思わなくていい。畏まった態度もいらない。個人的な訪問をしているだけだし、ただのジェイドの友人と思ってくれ」
 ──お兄様の友人といっても、この方はおそらく第二王子殿下なのよね。
 ならば畏まった態度で接するべきだと思うが、リオンが真剣な顔で見つめてくるものだから、フィオナは迷った末に「分かりました」と頷いた。
 ついでに、ずっと気になっていたことも尋ねてみる。
「リオン様は、何がきっかけでジェイドお兄様と仲良くなられたんですか?」
「たまたま剣術の訓練クラスが同じになったんだ。ジェイドは剣術が少し苦手みたいで、僕は得意なほうだったから二人で組んだ。それがきっかけかな」
 リオンがそこで言葉を切って目線を逸らした。
「……ジェイドは人の立場や見た目で態度を変えないし、妙な詮索もしない。だから、僕も一緒にいると楽なんだ」
 含みのある台詞に思えたが、フィオナには言葉の真意を読み取れなかった。
 ただ、とにかくリオンが次兄と友人になってくれたことは確かなので、少し考えてから首を傾げる。
「でも、ジェイドお兄様と一緒にいると、たまに放っておかれたりしませんか?」
「ん?」
「だってお兄様ったら、すぐ自分の世界に入ってしまうんですもの。私が声をかけても気づかずに読書をしていることがあるんですよ」
「ああ、ジェイドらしいな」
「だから、ちょっと心配していたのです。けれど、最近はリオン様がよく遊びに来てくださるでしょう」
 変わり者だと言われる次兄に友人ができた。それだけで妹として安心なのだ。
 そう伝えて笑むと、リオンもつられたように口元を綻ばせた。
「うん、僕もジェイドと友人になれて嬉しい。侯爵家の屋敷も広いし、ここは居心地がいいから、また遊びにくるよ」
「はい。いつでもいらしてください」
 快く応じれば、しばしフィオナを見つめていたリオンが両目を細める。
「フィオナ。年はいくつ?」
「十三歳です」
「僕より六つ年下だね。……頭を撫でてみても、いいかな」
「ええ、どうぞ」
 リオンが手を伸ばし、ぎこちない手つきで彼女の頭を撫でていく。
「僕には弟妹がいなくてね。年下の子と、どう接したらいいか分からないんだが……ジェイドがこうやって、君を撫でていたから」
 年の離れた兄たちによく頭を撫でられているため、フィオナは笑顔で受け入れた。
 にこにこしている彼女を見て、リオンも安堵したらしく吐息をついた。
「しかし、フィオナはずいぶん小柄なんだね」
「母に似たんです。もう少し伸びてほしいんですが」
「君はまだ十三歳だ。これから身長が伸びる可能性は大いにある」
 リオンが口角を緩めたままわずかに顔を傾けた。右目を隠している長めの前髪が揺れ、透明な蛋白石のような瞳が覗く。
 フィオナは両目をパッチリと開け、神秘的なオッドアイを間近で見つめたが、彼はすぐに顔を背けてしまった。
「……さて、そろそろ僕はジェイドの部屋へ戻ろう」
 視線から逃れるみたいに立ち上がり、こちらに背を向けたリオンが言う。
「またね、フィオナ」
「はい、リオン様」
 控えめに手を振ったら、彼も気づいて手を振り返してくれた。
 以来、リオンは屋敷に訪れるとフィオナに声をかけてくれるようになった。
 アネモスに威嚇されながらも散歩についてきて、他愛のないやり取りをし、時折ジェイドを交えてお茶を飲んだりもした。
 兄が二人いるフィオナにとって、リオンの存在は三人目の兄ができたようであり、隣国ユラノスとの緊張が高まって戦の準備が始まるまで、その平穏な日々は続いたのである。