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悪役令嬢はモブでいたい 推し侯爵様の闇堕ちを阻止したら激重溺愛されました!? 2

第二話

 

 はっとして身を固くすると、同じく硬直したヴィルと目が合う。
 ヴィルは小さく舌打ちするとそのまま出て行こうとする。
「ま、待って! ここ使うんでしょう? わたしが出て行くから」
 慌てて声をかけると、顔だけでこちらを振り向いたヴィルが瞠目した。
 ヴィルは少し考えたあと、ずかずか入ってきてそのままソファに座る。
「っ……!」
 半身くらいの距離を置いて、ヴィルが隣にいる。その近さに、ユリアは縮こまった。
 ヴィルは特に気にする素振りもなく、足を組んで持っていた分厚い本を開く。それは中庭で見た彼の姿と同じだった。
(本を読みに来たのね)
 静かで落ち着く空間はたしかに読書にぴったりだ。
 ユリアはそろりと立ち上がって部屋を出て行こうとするが──。
「待て」
「は、はい?」
「いろ」
「へ?」
「いろ」
 呼び止められてなにを言われるだろうかとびくびくしていれば、座り直すように指示された。
(な、なんで……?)
 訳もわからぬままソファに腰掛ける。
 同じ空間に、毛嫌いしているはずのユリアがいていいのだろうか。自分なりに気を利かせたつもりだったのだが。
「……お前が先に使っていた。追い出すのは道理に合わない」
「へっ!? あ、そ、そうね……?」
 どうやら、ユリアのほうが先客だったため、滞在を許可してくれたらしい。
「そのかわり、絶対に話し掛けるな」
「も、もちろんよ」
「気配を消せ」
「仰せのままに!」
 ユリアを追い払うことだってできるのに。人嫌いではあるけれど、暴君ではないようだ。
(でも、わたしはどうすれば……)
 彼に従ってこの場に留まったが、なにか用事があるわけではないのだ。
 そうなると隣の推しが気になってくる。
(その本はお昼に読んでいたのと同じよね? なんの本かしら)
 息を詰めつつも、革のハードカバーをちらちら見遣る。
 しばらくそうしていると、ヴィルがふーっと深く息をついた。
「……気が散る」
「えっ、あっ、ごめんなさい!」
「一つだけ質問を許可する。だからもうこっちを見るな」
 ヴィルがうんざり顔で眉間の皺を深めている。
(質問していいんだ……)
 意外な譲歩に、ユリアは身を乗り出した。
「その本って、なんの本?」
「……そんなことを聞いてどうする」
 どうもなにも、推しの情報が増えたら嬉しいというだけだが。
 きょとんとしていると、ヴィルが怪訝な表情のまま口を開く。
「魔法実践学の本だ。魔法を使ったあとの魔力量の変化についての研究論文」
「へえ……! 魔法実践学って今日の授業の、よね? でも授業よりもっと難しそう」
 授業も真面目に聞いていたし、この分野に興味があるのだろうか。
「もしかして、魔力のコントロールも魔法実践学で学ぶ範囲だったりする?」
「当たり前だ。コントロールなくして魔法が使いこなせるわけがない。お前は今までなにを学んできたんだ」
「あはは……そ、そうよね」
 そう言われても授業を受けたのは実質今日がはじめてなのだが。
 しかし合点がいった。
 ヴィルはこの学園に、魔力コントロールを学びに来ているのだ。魔法実践学に熱心なのは、コントロールを確実にしたいから。
 俯きがちなヴィルの髪が揺れる。ゲームの立ち絵にはない繊細な動きに、彼が実際に存在する人間なのだと改めて実感した。
 魔力の暴走で姉を死なせる──。
 さらりと書かれていた設定が急に重く感じられた。
 もしかして、彼はすでにどこかで魔力を暴走させた経験があるのかもしれない。
 勉強は、周囲を傷つけないためのものだとしたら──。
(人間嫌いなのも、まわりを危険に晒すまいとして避けているんじゃ……)
 元々人とのコミュニケーションが得意には見えないが、それをさらに難しくしているのが彼の膨大すぎる魔力なのだろう。
「……なにを考えているのか、わからない女だ」
「え?」
「昨日まではあれほどうるさくまとわりついてきたというのに」
「そ、それは本当にごめんなさい。でも心を入れ替えたから。今日もずっと話し掛けなかったでしょう?」
 わずかに目を眇めたのは、言い返せなくて悔しかったからだろうか。
「だ、だから、もう少しわたしのことを信用できたら、魔力の吸収をさせてちょうだいね? 協力したいのよ……」
 毎日数秒握手でもして吸収すれば、暴走はかなりの割合で抑えられるだろう。
 嫌いなユリアと触れ合うなんて虫唾が走るだろうが、そのくらいの信頼はいずれ得られればいいのだが。
 気長に行こう。本に視線を戻したヴィルを見て、ユリアは思った。

    ◇

 転生してから一週間ほどが経った。
 依然として魔力吸収させてくれるほどの関係には至っていないが、存在感を消すのには成功している。
 目の前をうろついていなければ、ヴィルが進んでこちらに冷淡な目を向けることもない。
 ヴィルにはやはり友人はおらず、いつも一人で行動していた。
 読書家で、魔法実践学の本をよく読んでいる。
 ユリアは気配を消しながら、隙あらばヴィルを観察する毎日だ。
(これなら理想の転生生活に近いわね)
 推しの部屋の壁ではないけれど、会話もせずに遠くからヴィルを見つめる毎日はなかなか悪くない。
 しかし残念ながら一日に一度は彼に話し掛ける時間がある。
「おはよう、ヴィルフリート。魔力吸収やっていかない?」
 登園してくる生徒の中に彼の姿を見つけ、ユリアはにこやかに手を差し出す。
 そんなユリアを一瞥して、ヴィルは通り過ぎていってしまう。
「いらない」
「わかったわ!」
 朝の挨拶。この瞬間だけは、ユリアがモブではなく彼のバディとして接する時間だ。
 たった数秒だけれど、存在を消したいユリアにとってもユリアを視界にいれたくないヴィルにとっても、不本意な時間である。
(魔力の吸収、本当にもうしなくていいのかしら。わたしの存在が却ってストレスになるなら、挨拶もいらない?)
 授業のはじまった教室内で、ユリアは思案する。
 ヴィルの魔力吸収のためにバディとなったはずのユリア。今は警戒されているけれど、その能力だけは有効に使ってほしいと思っていた。
 具体的には一日一回、握手をするのがいいだろう。
 こまめに吸収しておけば、溢れて暴走することもないはず。
 吸収には肌の触れ合いが必須だ。けれど見るのもいや、というレベルのユリアと握手なんてしてくれない。
 だから無害だとアピールして、握手できるくらいの信用を得ようとしていたのだけれど──。
(ヴィルの魔力は一応安定している。毎日わずかに増えているけれど、すぐにどうこうってレベルじゃないわ)
 魔力量は気配でなんとなく察せられた。
 出会ってから、ヴィルの魔力量にはほとんど変化が見られない。
 魔力が急激に増加するのは、精神に多大な負荷がかかったときだ。ゲームのシナリオで学んだ知識を、教壇でフェリクスも説明している。
 元々はユリアの存在がストレスになっていて、それが消えたことで彼の魔力はむしろ安定したのでは。
 そんな仮説を立ててみる。
 だとしたら、下手に魔力を吸おうとうろちょろするより、限りなくモブになっているのが一番いい。ユリアとしてもそちらのほうがありがたいのだから。

 しかし、その日の放課後。
 こっそりヴィルのあとをつけていたユリアはそうも言っていられないのだと悟る。
(あれは、フェリクス先生ね。手に持っているのはなにかしら)
 廊下の曲がり角に隠れて、その先にいる二人の人物を見つめた。
 ヴィルはなにやら一枚の書類を、担任であり魔法実践学の担当教師、フェリクスに手渡している。
「お姉さん、まだ良くならないんですか……。よろしく伝えておいてくださいね」
「……はい」
 微笑みつつ気遣わしげな表情を浮かべるフェリクスに、ヴィルが頷く。
 よく見ると、フェリクスが受けとったのは外出許可届だ。
 全寮制のこの学園では、生徒が学園を離れる際、許可届が必要になっている。
(ヴィル、どこに行くつもり……まさか!)
 フェリクスに許可届を提出したヴィルは足早にその場を去る。
 ユリアは慌ててあとを追いかけた。
「待って!」
 校門に向かっている彼の背に声をかける。
 ヴィルはぴたりと足を止め、視線だけでこちらを見た。
「お姉さんのお見舞いに行くのね!?」
「だったらなんだ」
「……延期、できないかしら」
 おずおずと提案すれば、途端にヴィルの表情が怒りを帯びたものに変わる。
「お前に指図される謂れはない」
(だめか……)
 ユリアの胸中には焦りが広がっていく。
 ヴィルの闇落ちは、自身の魔力暴走により姉を死なせてしまう事故がきっかけだ。
 彼の姉は病弱で、ヴィルは献身的に見舞いに訪れている。
(最近、魔力を吸収してないし、病院でなにか気持ちにストレスのかかる出来事があるとしたら……)
 ゲーム開始まではあと数ヶ月。闇落ちするまで時間がない。だから、彼が魔力暴走を起こしてしまうイベントが今日なのではないかと踏んだのだった。
「ど、どうしてもお見舞いに行くのなら、わたしに魔力吸収させてくれない? ちゃんと吸っておけば、滅多なことでは暴走しないと思うし」
 彼を引き止められないなら、魔力を、一気に増加しても暴走しない程度に収めておくしかない。
 彼に近づき、手に触れようとする。
 しかし。
「触るな!」
「きゃあっ!」
 どんっ、と突き飛ばされてその場に尻もちをついた。
「また俺を騙すつもりだな。魔力を吸収すると言って、何度嘘をついた? おまけに姉をだしに使うなど、虫唾が走る……!」
 憎々しげな視線でユリアを一瞥すると、身を翻してヴィルは校門を出て行こうとする。
 お尻はずきずきと痛むし、ここまで冷たくあしらわれた経験ははじめてで、ユリアは呆然としたまま彼の背中を見ていた。
(どうしよう……このまま魔力暴走したら……。でも本人があんなに拒絶して……)
 今回魔力暴走を食い止められなかったとしても、ゲーム主人公への嫌がらせさえしなければヴィルの断罪はまだ回避できる。
 ここまで拒否されるのなら、いっそそちらのルートを見据えて行動するべきだろうか。
 一応、断罪さえ回避できれば彼の命は救える。
 だったら今、行かせてしまっても──。
(なに言ってるの。だめよ……!)
 弾かれたように立ち上がると、そのままヴィルに体当たりする勢いで飛びつく。そして彼の手をきつく握った。
「っ、離せ、この色情魔!! 俺に触れるな!!」
「だめ、だめなの。我慢して……!」
 ユリアに罵声を浴びせ、ヴィルは手を振りほどこうと躍起になっている。
 相当不快だったのか、吸収が間に合わない。闇属性の彼の魔力がむくむくと肥大していく。
 闇属性のオーラはどろりと重く、冷たい。氷に触れているかのごとく指先がひんやりしてくる。
(これじゃ間に合わない……!)
 ユリアの吸収スピードよりも魔力の増加スピードのほうが速い。
(魔力吸収は触れる面積が大きければ大きいほど効率的に行える。あるいは──)
 粘膜同士の接触。
 どのルートでも繰り返し説明されてきた知識はしっかり頭に入っていた。
「ヴィル……っ」
「な──」
 ユリアは背伸びしてヴィルの首にしがみつくと、そのまま自分のほうへ引き寄せる。
 そして──自分の唇を怒りに震える彼のそれに押しつけた。
 熱いのは彼の体温。そこから自分の中に流れ込んでくる冷ややかなオーラが彼の魔力。
(握手とは段違いだわ)
 彼の魔力がみるみるうちに減少していくのがわかる。
 これなら暴走を防げる……!
 ──がりっ。
「い……っ」
 安堵した瞬間、唇に鋭い痛みが走った。
 噛みつかれたと気づいたと同時に、再び突き飛ばされ、その場に尻もちをついた。
「こ、の……っ、売女め!! 恥を知れ!!」
 彼の唇にも、流れ出たユリアの血がわずかに付着していた。
「や、あの──」
「最近大人しくしていると思って油断した俺が馬鹿だった。二度と俺の前に現れるな!!」
 そう吐き捨て、ヴィルは去って行った。

 彼の背中を見送って一件落着──とはもちろんいかない。
 ユリアは辻馬車を拾い、こっそりヴィルのあとをつけてきていた。
 彼が向かったのは王立セントラル病院。王都で一番大きな病院だ。
 ヴィルの態度にショックを受けていないわけではないけれど、魔力の暴走がちゃんと食い止められたか、確認する義務があると思った。
 ヴィルは慣れた足取りで病院の中に入っていく。
 さすがに建物内部まで尾行したらバレてしまうと踏んで、ユリアは建物の外周に沿って歩きはじめた。
 窓から病室らしき部屋が見える。
 幸い、背の高い生け垣があったので、中腰で身を隠しながらヴィルの行方を窺った。
 そのうち、一人の若い女性の部屋が目に留まった。
 ベッドで上体を起こして座る、美しい女性。長い黒髪を三つ編みにして胸に垂らし、伏し目がちな視線は本に落とされている。
(似てる……)
 薄幸そうな雰囲気は元からなのか、あるいは病に伏しているからだろうか。
 一目見て、彼女がヴィルの姉だと思った。顔立ちがよく似ている。
 ほどなくして病室の扉が開き、ヴィルが入ってくる。
 ぱっと笑顔になった彼の姉は、先ほどの儚げな印象よりもはつらつとして見えた。やはり病のせいで気落ちしているのだろうか。
 ヴィルのほうも元気そうな姉の姿に、安堵したように表情を和らげている。
 彼らの温かな雰囲気がこちらまで伝わってくるようだ。
 ユリアはその光景に見入っていた。
「よかった……」
 鼻の奥がつんとする。
 ヴィルには激しく嫌われてしまったが、自分がやったことは間違いではなかった。そう信じるに値する光景だ。
「あれ? ユリアくん、そこでなにをしているんですか」
 しんみりしているところに突然背後から話し掛けられてどきりと肩が跳ねた。
「……フェリクス先生?」
 そこに立っていたのは、担任のフェリクスだった。
 ぽかんとした顔でこちらを見ている。
「いや、あの、ええと……」
「どこか具合でも悪いんですか? あっ、唇から血が出ている……」
「えっ!?」
 先ほどヴィルに噛まれたところだ。拭いたつもりが、残っていたらしい。
「ち、違います! わたしは元気です!」
 心配そうな顔を向けられて、唇をごしごしと拭いながら慌てて否定する。
「ではお見舞いですか? 外出許可届の提出を受けていませんよ。気をつけてくださいね」
「は、はい、以後注意します。……先生はどんなご用事で?」
「ああ、僕もお見舞いですよ。クラウディーテのね」
「クラウディーテ……」
「きみにはヴィルフリートくんのお姉さんと言ったほうがわかりやすいかな?」
 どうやら病室の美しい女性はクラウディーテという名らしい。それは設定資料集には載っていない情報だった。
「でもどうして先生がヴィルのお姉さんのお見舞いに?」
「僕とクラウディーテは元学園生で、当時彼女とはバディだったんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
 フェリクスが元学園生ということも初耳だ。
 意外なところで意外な人との接点が明らかになった。
「ヴィルなら今、面会中ですよ。さっき病室に入っていったところです」
「そうなんですね。じゃあ僕は院内をぶらついて、彼が帰ったあたりで顔を出そうかな。家族水入らずの邪魔をしちゃ悪いですからね」
 フェリクスはふんわりと笑顔を浮かべる。
「ユリアくんもすぐに帰るんですよ。今日のところは見逃してあげますから」
「あ、ありがとうございます!」
 話のわかる先生で助かった。
 ユリアは建物へ向かうフェリクスに深々と頭を下げた。

    ◇

 翌日。
 すっかり夜も更けた頃、ユリアは一人、サロンにいた。
 今日の朝はヴィルに握手を求めていない。昨日あれほどしっかりと魔力を吸ったので、こまめな吸収は不要だと考えたからだ。
(わたしの方針としては毎日握手でちょっとずつ魔力吸収するのがベストって思っていたけれど、数日に一回しっかり魔力を吸うってパターンもアリね。数日間はわたしの干渉がなくてヴィルも苛立ちが抑えられるでしょうし。問題なのは魔力吸収のやり方ね。何時間も握手しているわけにはいかないし、だからってまたキスをするなんて……)
 ユリアはそっと唇に触れてみる。
 噛みつかれたところは、わずかに腫れていた。
 傷が目立たないように日中は濃い色のルージュを塗っていたけれど、こうして触るとはっきりと感触がわかる。
 相手に嫌悪されて噛まれるなんて、キスの中でもかなり最悪の部類だ。
 けれど──。
(キス、しちゃった。ファーストキス……ヴィルと……!)
「ひゃーっ」と甲高い声が漏れ、赤くなった顔を手で覆う。
 前世でもキスの経験なんてない。仕事とオタ活に追われて、恋愛なんてゲームの中だけで充分だったから。
 それを、よりによって推しと……!
 彼の家族の命が掛かっていた。彼自身の闇落ちにだって大いに関わりがあった。だからって、よくあんな大胆なことができたものだ。
 正気に戻った今、ひたすらに恥ずかしい。
 できれば記憶を消してしまいたいけれど、腫れた唇がそれを忘れさせてくれない。
 キスがどんなだったか、正直よく覚えていないのだ。けれど彼の唇の熱さ、それに対比する冷えた魔力のオーラは印象的だった。
(ファーストキスはレモン味だとかよく言うけれど、もちろん違ったわね)
 強いて言えば血の味だった。
 それにしても噛みつかれたユリア以上に、いきなり大嫌いな女からキスをされたヴィルのほうが最悪の気分に違いない。
(謝ったほうがいいのかしら。それともそっとしておいたほうが? でもこれで確実に警戒されたわね。今度は握手すらしてくれないかも)
 どうやって魔力吸収をすればいいのか、いい案はなかなか浮かばない。
 そのとき、部屋の扉がかちゃりと開いた。
「っ、ヴィル……!」
 入ってきたのはヴィルだった。
 ユリアは彼の神経を逆撫でするまいと笑みを浮かべ、そっと部屋を出て行こうとする。
「あ、ご、ごめんなさい。わたしは今出て行くところだから」
「もう、行ってしまうのか?」
(ん?)
 ヴィルは部屋の入り口で立ち止まったまま、爪先のあたりに視線を落としている。
 彼の言葉に棘を感じない。むしろ、まだいてほしいというような懇願すら読み取ってしまう。
(そ、そんなはずないわ。でも、部屋にいていいのかしら?)
 先日は渋々許可してくれたが、あのときとは状況が違う。こちらは強引なキス魔に成り下がってしまっているのだから。
「俺が……怖いか」
「へっ!? いやそんなことは、ないけれど……」
 驚いてすとんとソファに座り直してしまった。
(な、なんだかヴィル……しょんぼりしている?)
「近くに行ってもいいか?」
「は、はい、お好きに……」