陰陽皇子のやんごとなき執着愛 平安艶恋異聞 1
「っん、……っぁ、……ぁ、……んぁあ、あ……っ」
大きく足を開かされ、その付け根を容赦なく舌で舐められている。
彼と知り合うまで、このような恥ずかしい格好をするときがくるなんて、考えたこともなかった。
なのに、実際にそうされるとたまらなく興奮する。
指で左右に開かれた花弁の中央を、器用な舌が縦になぞった。
それによってかきたてられる快感がすごすぎて、たまらず首を振る。だが、指が優しく入ってくる段となると、もはや拒むことなど考えられない。
そして、彼の大きなもので貫かれたときには、ぞわぞわとした快感ばかりが全身を駆け抜ける。
「ッン、……ッン、ン……っ」
溺れていく。
呼吸が苦しくなるぐらい、快感が次々と走った。
あえぎながら顔を上げるが、これに溺れているのはおそらく私だけではないはずだ。
何故なら、見上げたときに彼の表情が見えたもの。
彼も、女体に溺れている。
その証拠に、何かといろんなことを試したがる。
それに付き合わされる私は、たまったものではないのだけれど。
「……っぁ……っ」
大きく動かれて、深くまでその先端が突き刺さった。へその奥で彼の存在を感じると、甘ったるい声が漏れてしまう。
だけど、彼と交わるのはたまらなく気持ちが良かった。
あたりが暗くなるなり、彼がやってくるのが待ちきれず、身体が濡れていくのを感じるほどだ。
こんなの、恥ずかしすぎるのに。
覚えたての性交に溺れている。
よりその大きさを受け止めようとして、入ってくるたびに襞がきゅううっとからみついた。
絶頂しても、抜かないまま続けられるのは、とても気持ちがいい。
だけど、精魂尽き果てて私が眠りこんでしまった深夜に、彼が何かを行っているのは知っていた。
深夜、私の褥から抜け出し、縁側に立った彼は、帝のおわす大内裏を正面にして低い声で呪文を唱え始める。
術をかけているときの彼の身体から、キラキラと銀粉のような光が舞い上がった。
それは、とても幻想的な眺めだ。
息をひそめ、寝たふりを続けながら、私はその秘密の儀式をのぞいている──。
空には、見事な望月。
かつておじいさまが、この望月にちなんだ句を詠んだことは、ことに有名よ。
“この世は自分のためにあるようなもの。私は望月のようにまん丸に満ち足りていて、何一つ足りないものはない”
とっても傲慢な言いかただけど、我が望月の一族はそれくらいの栄華を極めていた。
自分の娘たちを帝の妃にすることで、権力を確立させる。それが望月家の取った戦略なの。
帝が幼いときには摂政として国政を我が物にし、その帝が成長してからは、関白としておそばに仕える。
そうやって、莫大な権力を手に入れてきたってわけ。
そして、望月家の氏長者の家に生まれたこの私、望月千古も世が世ならば帝の妃となり、この世の栄華を極め……るはずだった。
だけど、そうはいかなかったのよね。
何せ私が住んでいる望月の大邸宅──寝殿造りの母屋と、東の対屋と西の対屋、さらには北の対屋が廊下でつながり、庭には船を浮かべられるほどの広大な人造池がある──の、西の対屋の端っこにある私の房の調度は、ちょっと力を入れたら布が破れるほどのボロっぷり。
婚姻前だからと、それなりに見てくれだけは整えられたものの、それでもこの始末だから終わってる。
どうして、そうなっちゃったのかって?
それは、私が十歳のころに両親が立て続けに亡くなり、氏長者の地位は、父の弟である公実叔父に引き継がれたから。
この公実叔父は父がいたころには愛想良く、にこにこしていい人ぶっていたんだけど、父が亡くなって氏長者となるなり、態度を一変させた。そして最初にしたのが、妻子を引き連れて、この屋敷に引っ越してくることだった。
父や母の所有していた私的な財産も、全てこの叔父が奪っていった。女である私にも、財産の所有は認められているというのにね。
その口実として、私は公実叔父の養女になったけど、あくまでもそれは形式のみ。
どうにかお情けで、この屋敷に置いてもらえているものの、実質的には叔父の娘である茂子の女房みたいなもの。
私よりも三つ年下の茂子に、便利に使われている。たとえばそれは、宮中の歌会などで和歌を詠むときよ。
何せ茂子の歌はびっくりするほど情緒もなく、へんてこなものだった。教養もないから、さすがに公式の場にそのまま出すわけにはいかず、歌会のときには私が必ず付き添って、茂子にその場にふさわしい歌をそっと手渡すの。
とはいえ、両親を失った身。こんな形であっても、洛中で生きていけるだけで、ありがたくはあるんだけど。
そんな私に、一世一代の転機がやってきた。
それは、今夜──。
大貴族の娘であれば、裳着を十歳そこそこで済ませるなり、許婚をつけられることもある。私のように二十歳を越えていたら、完全に行き遅れ扱い。
別に、それでもかまわなかった。
財産がない私のところに、通ってくる男がいるとは思えなかったしね。
だけど、さすがにいつまでも私を嫁がせずにいるのも気が引けたのか、ようやく叔父一家がお膳立てをして、縁を結んでくれようとしたの。
叔父一家はひたすら私を便利に使うばかりだったから、いきなりこんなふうにしてくれたことを「あやしい」と思わなかったといえば嘘になる。
それでも、私は初めての『婚姻』というものに浮かれていた。和歌の中でだけ親しんできた『恋』に憧れる気持ちがあったの。
今は太平の世。
さしたる戦乱もなく、貴族たちは出世競争と、色恋沙汰に明け暮れている。
だけど、貴族の女性は御簾を垂らし、幾重にも几帳や屏風を打ち立てた中に引きこもり、滅多に男性の前に姿を現すことはない。
だから、貴族の女性の恋は周囲のお膳立てによって進むの。
貴族の男性を釣ろうとするときには、まずは女性の家のものが、その評判を吹きこむところから始まる。この人はとても綺麗で、教養もあって、性格もとても穏やかだと、虚実混ぜこんで伝えるわけよ。
そうやって相手をその気にさせたら、こっちのもの。次は和歌を交換しあう段になる。
私も公実叔父のお膳立てに従って、今夜、忍んでくる相手と何度も文を交わしたわ。
そのお相手とは、かつての太政大臣の玄孫にあたる、式部卿。
顔も知らない。知っているのは、どこか硬すぎて野暮な和歌と、その文字だけ。
けれど、女房同然にこき使われている私にとっては、ビックリするような良縁に思えたわ。
その式部卿がついにお渡りになるのが、今夜なの。
貴族の婚姻ときたら、婿入婚。
私がいる西の対屋の房まで、式部卿がそっと忍んでくる。
それが三日続けば、婚約成立なの。
牛車でやってくる式部卿が私の房まで無事にたどり着くために、手引きをする女房や家人が、車宿りから適宜、配置されているはず。
──は……。緊張する……!
落ち着かず、私はもじ、と居住まいを正した。
いつもは女房同然に掃除や洗濯までさせられているので、動きやすい格好をしている。だけど今夜はさすがに初顔合わせなので、それなりに衣装も取り繕ったわ。
湯浴みもして長い黒髪を綺麗にくしけずり、袴をつけた単にとっておきの小袿をまとって、几帳の奥にかしこまっていたわけよ。
何しろ、身内以外で初めて接する男性だわ。
これから、その男性と同衾することになるのだと思うと、そわそわと落ち着かない。
気持ちを落ち着かせたくて何度も読み返した式部卿からの歌を思い浮かべた。
両親を亡くし、まともに『姫』として扱われなくなった中で、私が耽溺したのが和歌の世界だった。
そこには鮮烈な恋の感情が、ぎゅっと凝縮されていた。
身も心も灼き焦がす、激しい思い。かなわない恋に対する絶望。朝まで待っても姿を現さないつれない恋人に、会いたくて会いたくて、どうにかなりそうな煩悶。
さまざまな思いが、切々と綴られている。
そんな思いに強烈に憧れる一方で、恋とは無縁でいたい気持ちもあった。
何故なら、恋に灼かれて嫉妬のあまり、鬼になった人を知っているからだ。
目を閉じれば、今でも瞼にそのときの光景がありありと浮かぶ。
この屋敷の屋根の上に浮かんでいた、巨大な鬼の顔。
両親が死んだあの夜から、私は高熱を出してしばらく伏せった。だから、その記憶がどこまで現実のものだったのか、今ではよくわからない。
だけど、人が鬼になることは、よくあることだとも聞く。
特に嫉妬と憎しみによって、男を取り戻そうとしたときには。
それでも、優しかった母さまがそこまでの嫉妬を抱いていたとは、今でも納得できない。
そんなことを考えながら、私は御簾ごしに望月を眺めた。
──疲れた。
正直な思いが浮かぶ。
夕方ぐらいから準備して、房の奥で微動だにせずに待っていたのは、さすがにやり過ぎだったわ。
これでは式部卿が現れる前に、疲れ切ってしまう。
そう思った私は、一旦肩の力を抜くつもりで房から出た。
廊下に立って、庭を見回す。
貴族の屋敷は、敷地からして広大なもの。
西の対屋の端っこに住んでいる私の目には、誰の姿も見えなかった。人の気配も感じられず、日が落ちてしまえば、怖いぐらいの静寂が支配している。
その静けさに導かれるままに、私は廊下の階段を下って庭に出た。
空には、見事な望月が浮かんでいた。
月明かりに照らされた庭は、とても幻想的な眺めだった。広い庭には手入れの行き届いた低木が配置され、大きな人工の池がぬめるような光を宿している。
梅雨が明けたところだから、池には水がたっぷりたたえられている。その上には、左右に釣殿がせり出しているの。
その釣殿では、納涼や宴を行う。かつてはそこで、父が主催する華やかな宴が開かれていたのを遠く思い出しながら、私はそれとは反対の方角に向かった。
隣接した大内裏のほうが、何だか騒がしく感じられたからよ。
大内裏とは、この国のさまざまな行政機関の建物が並ぶところ。その中心には、帝の住まう内裏もある。
その大内裏のほうから、人々が何かを叫んでいる声が聞こえてきたの。
我が望月家の敷地を取り囲む高い黒塀から大内裏までは、牛車を四台並べて通行できるほどの道路で隔てられている。
太いたいまつがその大内裏のあちこちで動いている気配を感じていると、何だか胸騒ぎがしてきた。
大内裏に入る盗賊なんて、聞いたことがなかった。何せ一番警備が厳重なところだ。だけど、そこで何か変事が起きたとあらば、この望月の屋敷も近すぎるので危ない。
背丈以上の高さの黒塀を二つ乗り越えることさえできれば、ここに現れることもあり得る。
そうね。早く房に戻るべきね。
そう判断した私は、庭のそぞろ歩きを早々に切り上げようとした。振り返ったそのとき、目の端に何やら動くものが見えたの。
「えっ」
くせ者かと焦って立ちすくんだが、それが何だかわかった途端、身体の力が抜けた。
にゃーんと、小さな声も聞こえたからだ。
それは、庭の灌木の陰にうずくまっていた。ぱちっと見開かれた銀色の目と目が合った途端、思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「あらっ、猫ちゃんなの」
漆黒の毛並みの、大人の猫ちゃんだ。
猫はこの京の都では珍重されており、今の帝も無類の猫好きで知られている。
思いがけず巡り会えた猫ちゃんをそのままにしてはおけなくて、私はいそいそとその灌木に近づいた。迷い猫だろうか。警戒させないように、静かに近づいていく。
猫はかつて、母が可愛がっていた。両親の死のゴタゴタでその猫ちゃんは叔父に没収され、叔父が氏長者になるための贈賄の一部として、一族内の有力者の手に渡ったらしい。どんなに抗議しても、叔父は猫ちゃんを返してくれなかった。
それからはずっと、猫ちゃんとは接せずにいるのだ。
この猫も、高貴な身分のかたに飼われている猫なのではないだろうか。
「いい子ね。こちらに来ない?」
そっと手を地面すれすれに差し出して、誘った。
猫に言葉が通じることは、母の猫で確認済みだ。
だけど、猫ちゃんはじっとこちらを見つめたまま、動かない。だから、そろそろとした動きでにじり寄り、そっと抱き上げてみた。
「ああああああ」
黒猫ちゃんのしっとりとした重みと体温と柔らかさを腕の中で感じ取っただけで、感動のあまり声が出た。思わず顔をその毛並みに寄せて、思いきり息を吸いこんでしまう。
「はぁあああああああ。……幸せね……!」
月明かりに照らされた広い庭で、気絶しそうなほどの幸せに打ち震える。
だけど、猫がぐったりしていることにすぐに気づいた。弱っている猫は、ぐんにゃりとして重い。
私は猫吸いを止めて、猫ちゃんを凝視した。
「大丈夫? どこか、ケガをしてるの?」
返事はない。
猫ちゃんを大切に抱きかかえて、私は急いで房に戻った。戻ったところでろくに薬もなかったが、それでも庭に放置するよりはいいはずだ。
御簾をくぐり、几帳も払いのけ、その奥に敷かれた畳の褥の上に猫ちゃんを置く。私の房の中で、一番柔らかで寝心地がよさそうなところがそこだったから。
それから、御簾を巻き上げて、月明かりの下で猫ちゃんを凝視した。
毛並みが黒いからわかりにくいが、血が流れるようなケガはしていない。そのことにホッとした。だけど、褥に溶けこむくらいぐったりしているのはどうしてかしら。
「お腹が減っているの?」
猫ちゃんをそっと撫でながら、聞いてみた。
「お水とおかゆを、準備してくるわね」
猫ちゃんの身体が冷えないように、衾をそっとかぶせて房から離れる。
猫のことで頭がいっぱいになり、今夜、私の房に忍んでくる男性がいることなど、完全に頭から飛んでしまった。
しばらくしてから、どうにか目的のものを手に入れて、早足で房に戻る。
「猫ちゃん、おかゆを持ってきたわよ。干し魚をほぐしたものも、手に入れた。それと、お水。具合はどう?」
話しかけながら入る。
室内は薄暗かった。
ちょうど月が陰っていたが、月明かり頼りだったから明かりをつけていない。
それでも、勝手知ったる房の中だ。几帳の位置も、畳の位置もわかっている。薄闇の中で、脇息にだけ躓かないようにしながら、持ってきた食器を床に置いた。
「猫ちゃん……?」
几帳を回りこみ、その奥の褥をのぞきこんだ。
「あれ?」
声を上げたのは、すっぽりと黒猫ちゃんを衾に包みこんでおいたはずなのに、そこに何もいないように思えたから。
不思議に思って几帳の中全体を見渡そうとしたとき、いきなり手首をつかまれた。
「……!」
驚きに、心臓が止まりそうになる。
几帳の陰に誰かがいる。手首に触れているのは、明らかに人の手だ。
今日は式部卿がお渡りになる日だったとようやく思い出したものの、勝手に房の中に入りこむなんてことあるだろうか。
その間にも、手首を引かれて褥の中に引きずりこまれていく。膝が畳についたわ。
「ああああああ、あなた、……なに……」
ようやく声が出た。だけど、驚きのあまりひどく弱々しい。これでは相手を撃退することはかなわないと悟り、大きく息を吸いこんだ。
大声を上げようとしていると察したのか、いきなり横向きに抱き寄せられ、手で口を塞がれる。
「すまない。驚かせたか。私は──」
耳元で聞こえた声は、意外なほど若々しくて張りがあった。野卑な感じはなく、教養もあると思わせる。
漂ってきた香の匂いも、悪いものではなかったわ。
だけど、こんな状況では驚くな、っていうほうが無理。
しかも、今、気づいたけど、この人、裸では……!?
ぎょっとしすぎたから、口を塞がれながらも、がむしゃらに暴れようとした。
どうしてこの人、服を着ていないの? もしかして裸でここに来たの? 式部卿なの? にしても、準備が良すぎるってもんよ!
驚きに頭が埋めつくされ、必死になって叫ぼうとしたが、それを抑えるために、さらに男の手が強く口に押しつけられた。
そのとき、廊下から声が聞こえた。
「千古姫?」