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武骨な騎士団長はきまじめ王女をメロメロになるまで甘やかしたい 3

第三話

 


 そう、思っていた。今だって、そう思っている。
 でも、ハンネローレには唯一の救いがあった。
 クロイツ騎士団の次期団長だった、ニクラウス。クラインシュミット王国の初の女王になるハンネローレのために、護衛として用意された男。
 最初に会った時と変わらない。日に焼けた肌に、強い酒の匂い。肩ぐらいまである黒い髪は癖が強いらしく、少し伸ばして纏めた方が面倒がないと言っていた。
 すぐにいなくなると思っていたのに、まだニクラウスはハンネローレの隣にいる。
 だから、大丈夫。きっと、いずれいなくなるだろうけど、まだ大丈夫。自由なんてないと嘆いても、女王になんてなりたくないと絶望しても、ニクラウスがいるなら大丈夫だと思えた。
「お茶会のお誘いはお断りいたしますわ」
 軽やかな音楽が流れる大広間は、クラインシュミット王国の豊かさを象徴するかのように豪華絢爛に彩られている。
 真っ白な大理石の床に、蝋燭の炎の色が揺れている。孔雀の丸焼きの中から駒鳥が飛び出し、軽業師が笑いを誘う。吟遊詩人が謳い、着飾った貴族達がダンスを踊る。ワインや蒸留酒が惜しみなく振る舞われ、大きな声が部屋に響いた。
 国同士の交流。王国の敷地内にいる貴族達との交流。年に数回、この大広間で行われるパーティーは、ハンネローレの嫌いな仕事だった。
 何が楽しいのかさっぱり解らない。国王が部屋から出られないのだからパーティーで挨拶をするのは次期国王の仕事だと言われなければ、出席したいと思えない。
 大きな笑い声が耳に障る。食べ物の匂いも酒の匂いも、貴族達が纏っている香水の匂いと混じり合って吐きそうだった。
「おや、ハンネローレ様のご兄姉はよく遊びに来てくれたのですけどね?」
「そうそう! ぜひとも、こちらの城に遊びに来て欲しいですな!」
 にやにやと気味の悪い笑みを浮かべる貴族に、ハンネローレは口角を引き上げる。笑みは絶やさない。絶やしてはいけない。
 こういった誘いは、柔らかく笑みを浮かべながら断れと言われていた。
 何度も断っているのに、何度も誘われる。顔も名前も知らない兄姉というのは、もうこの世にいないということだけは知っている。
「素晴らしいモノをご用意いたしますよ?」
「本当に素晴らしいモノですよ! 高価な酒に貴重な薬! 素晴らしい快楽をお約束いたしますぞ!」
 奇声のような笑い声を上げる貴族達に、ハンネローレは心の中だけで溜め息を吐いた。
 酒に溺れ、薬に漬かり、快楽に耽った末路は恐ろしい。脳は考えることを放棄し、身体は自由に動かなくなる。奇声を上げ踊り暴れているのを見た身としては、何が素晴らしいのかわからない。
 だが、欲に溺れた者達の言い分は違う。気持ち良く空を飛び真っ白な世界で踊ることの尊さ。快楽から生まれて昇華する煌めきこそが崇高である。色取り取りの花に囲まれ、神々しい光に包まれてみたくはないか。
 そう熱く語られたが、その結果が笑顔でバルコニーから飛び下りることだと解っているのかと、聞いてみたくなった。
「父と同じく病弱なもので。申し訳ありません」
 まだ笑い続ける貴族達に、ハンネローレは丁寧にお辞儀をする。
 さらりと零れる髪は暗めのプラチナブロンドで、青い瞳と白い肌のせいで冷たい雰囲気が勝つ。
 だから、ハンネローレのドレスは明るい色が多かった。髪も編み込み色取り取りの生花で飾っている。細い身体を隠すように、袖も裾も布をたくさん使っている。
「病弱!! そうでしたな!!」
「それはそれは! しかし、ならばこその楽しみではないでしょうか!?」
 何が楽しかったのか、更に笑い出した貴族達を真似て、ハンネローレも小さく笑った。
 本当に、何が楽しいのか解らない。今の台詞に笑うところはあっただろうか。話が通じているようで通じていないというのは本当に疲れると、貴族達からそっと視線を逸らした。
「……ニクラウス」
「あいよ」
 背にぴったりと寄り添っていたニクラウスに声をかける。貴族達の笑い声に消されるぐらい小さな声で呼べば、そっと背に掌を添えてくれる。
 次期国王としての義務は終わりだ。挨拶をしなければならない貴族は、この目の前にいる軋んだ笑い声を上げる者達で最後だった。
「……ああ、目眩が」
 ゆっくりと髪を揺らして倒れる仕草は、悲しいぐらいに慣れていた。
 棒読みでもいい。なんなら目眩なんて言わなくてもいい。ただ目を閉じて背中に感じる掌に体重を預ければ、目眩で倒れる貴婦人のできあがりだった。
「おっと、こりゃぁいけねぇな! すまんが席を外させてもらう」
「え? しかし、ですな! お茶会に参加してもらわないと!」
 こんな雑な演技でも、貴婦人が目眩で倒れたというのなら労らなければならない。それが騎士としての精神であり義務である。そして貴族の男達は、一応皆が騎士の称号を手に入れているのだから、強引に引き留めることはできない。
「ああ? 王女サマが倒れたってのに、何言ってんだ?」
 更に、ニクラウスの睨みに勝てる貴族などいなかった。
 くぐってきた修羅場の数が違う。精神の強さが違う。力で勝てないなんてわかりきっている。権力も金も通じない相手だと知っているのか、貴族達は苦い物を飲み込んだような顔で笑った。
「そっ、そうですな……お大事、に……」
「ま、また! お会いできることを楽しみにしております!」
 目を閉じているハンネローレは、心の中だけで舌を出す。ゆっくりと身体が横抱きにされるのを感じて、ここから出られることに安心する。
 最初は、パーティーから抜け出すのが大変だった。何を言っても通じない。同じ言語を話しているのかわからない。
 それを見ていたニクラウスが、目眩で倒れる貴婦人になればいいと教えてくれたのだ。
『騎士には三つの奉仕っていう義務がある。主君、教会、貴婦人への奉仕だ。それを使ってパーティーから抜け出せばいい。大体、何で馬鹿正直に言い合いするんだ。アレに話が通じるって思ってんのか』
 物凄く馬鹿にした顔で言われたので、物凄く頷きたくなかったのを思い出した。
「まぁ! ハンネローレ様! 大丈夫ですか!」
「病弱な国王に似てしまうなんてお労しい!」
 ニクラウスの腕にゆらゆらと揺られながら、大広間を抜け出す。心配する声に応えなくてもいいというのは、本当に気が楽だ。
 目を閉じていれば、喧噪が遠ざかる。身を委ねていれば、大広間から出て行くことができる。
 ニクラウスがいれば、嫌なことが遠ざかっていくような気がした。
 このまま、どこか遠くに連れて行ってくれないだろうか。吟遊詩人の謳う恋物語のように、知らない場所へ連れ去ってくれないだろうか。お伽噺のように。夢物語のように。囚われた姫を助ける王子様のように。
 そこまで考えたハンネローレは、心の中だけで笑った。
 有り得ないからこそ、お伽噺であって夢物語なのだろう。自分には、目の前に延びる道を壊す勇気もない。脇道を進む知恵もないし、立ち止まる根性もない。
 それに、ニクラウスには王子様なんて似合わない。初めて見た時にはキラキラしていると思ったけど、ならず者とか盗賊の方が似合いそうだ。ならば、自分が金や宝石のような財宝になれば、ニクラウスに攫ってもらえるのかもしれない。
「おい」
「…………」
 もう周りは静かになっていて、大広間が遠ざかったのを知る。うっすらと目を開ければ、大階段を上った辺りにいるのだとわかった。
「腹減ってんじゃねぇのか? 何も食ってねぇだろ?」
「…………減ってない」
「嘘吐け」
 小さく笑うニクラウスを見ながら、抱えられている身だけど力を抜く。てろりと寄りかかれば、揺するように抱え直される。
「あんな上等な酒があるのに飲めないなんて地獄かよ」
「…………」
 アレが美味しそうだったとか、あの酒は見たことがないとか、楽しそうに語るからハンネローレは少しだけ眉を寄せた。
 ニクラウスは、パーティーで飲み食いする恐ろしさをわかっていない。
 いや、パーティーだけではない。かつての城の中では普通に飲み食いするのも危険だった。
 情けないかもしれないけれど、食事の恐怖は心に刻まれている。八歳までの記憶なんて朧気だというのに、恐怖だけは忘れられない。食事を見ると、父の苦悶の表情が脳裏に浮かび上がってくるような気がした。
『部屋の外にいるのは化け物だ。仲間を増やそうとしている。化け物が差し出した食べ物を食べてはいけない。酒も駄目だ。薬はもっと駄目だ』
 実際に、父が食事をして倒れるのを見たことがある。ハンネローレは父の食べた物しか食べなかったから倒れたことはないが。
「……何か入れられているかもしれない物を口に入れるなんてできない」
「あ~、そうか。そうだな」
 苦笑しているニクラウスは、この城に来て二年以上を過ごしていた。
 だけど、まだ、この城に慣れていない。いや、城に慣れていないというよりは、クラインシュミット王国に慣れていなかった。
 クラインシュミット王国の歴史。王族や貴族の腐敗。この王国が良い方に変化してから七年経つが、膿んでしまった箇所を全て切り捨てることはできていない。
 嫌な悪夢は残っている。化け物と呼ばれるモノだって残っている。
 優雅で煌びやかな城の中は、ところどころに腐りきった地獄が残っていた。
「食いもんを駄目にするなんざ、罰当たりだよなぁ」
「…………」
 もちろん、ニクラウスだって知っているだろう。何も知らないわけがない。
 この城の使用人や同じ近衛兵に、色々と聞いたりしていると思う。ハンネローレ自身も何度が質問されたことがあった。
「貴方は健全な精神を持っている」
「……飢えを知ってるってだけだ」
 自嘲するようにニクラウスは言うけど、ハンネローレには眩しく感じる。
 だって、二年以上経っても慣れないということは、二年以上も染まらなかったという証拠だ。
 堕落の誘惑に屈することはない。酒が好きだと言っても溺れ続けることはない。薬には手を出さず、民からの税を湯水のように使うこともしない。
 本当に凄いと思う。ハンネローレにとって、ニクラウスは希望だ。
 希望であり、救いであり、闇夜を照らす光であり、憎らしいほど妬ましい。
 目の前に延びる道ではなく、己の力で道を作り選び取ったという偉業は、羨望を通り越して神の所業かと思う。所作は洗練されているわけではなく荒くれ者のような感じで、貴族と呼ぶには荒々しいのに健康的で羨ましい。言葉遣いはならず者のようで綺麗じゃないのに、口から出る言葉は経験からくる知識が豊富で憧れてしまう。
 それに何より、ニクラウスだけが言わなかった言葉があった。
 次期国王として生きろ。国王になれ。お前が次期国王だ。
 それがハンネローレの道の終点だというのに、ニクラウスだけが決めつけなかった。
 きっと、ニクラウスはハンネローレに期待していない。王族の血筋だとか、貴族の習いだとか、そういうのを知らないというよりは関心がないのだと思う。
 それと、多分、きっと、出て行く場所だから、どうでもいいと思っている。
 どうして二年以上もこの城にいてくれたのか不思議だけれど、ニクラウスがこの城にいる意味はないとわかっていた。
 ニクラウスにとって自分は、騎士団の団長になるという夢を壊した原因だから、消えろと言われても憎まれても当然だ。それでも大人だから、嫌いだという態度も言葉も見せない。命令で仕方なくだとしても傍にいてくれる。
 それが嬉しいと、言ってもいいのだろうか。
 同情でも憐れみでもいい。傍に居てくれるだけで安心できるから。
 これが良くないことだというのは、何となくわかっていた。
 でも、いいじゃないか。だって、どれだけ依存しても、きっとニクラウスは離れていく。どれだけ信頼しても、どれだけ崇拝しても、どれだけ憎んでも、どれだけ愛してもいつかは居なくなる。この先、ニクラウスが新しい道を作ろうとした時に、ハンネローレはついて行くことはできない。連れて行ってもらえない。
 どうやっても、ずっと傍にいてくれない存在。
 ハンネローレの前から、必ず消えてしまう存在。
 父が言っていた。直ぐにいなくなるモノを信頼してはいけないと。心を寄せた分だけ悲しくなると。
 だけど、だからこそ、ニクラウスにだけは、素の自分を見せることができるのだ。
 嫌われているのなら、嫌われたままでいい。どうせいなくなるのだから、次期国王として立派な立ち居振る舞いを見せる必要もない。本音を言って怒られてもいい。好かれる努力をするだけ無駄になる。
 いなくなるって、わかっている。そう、思わなければ悲しくなる。わかっているけど、少しでも長く傍にいて欲しいと思っていた。
「で? 腹、減ってんだろ?」
「そんなに減ってない」
「嘘吐くんじゃねぇ。朝から何も食ってねぇじゃねぇか」
 もう、パーティーの喧噪は少しも聞こえない。酒や食事や香水の匂いもしない。周りを見ても、使用人の姿さえ見えない。
 ここまで来てようやく、自分が疲れていたのだとわかった。
 頭の奥がジンジンと鈍く痛む。パーティーでは、どうでもいいことを考えて意識を逸らしているから、嫌なことばかりがグルグル回る。もちろん食欲なんて湧くわけもない。
「減ってない」
「だぁかぁらぁ!」
 ハンネローレを横抱きにしているのに、ニクラウスは軽い足取りで階段を上りきった。
 最上階である四階は、本当に静かだ。階段を上りきれば廊下は左右に延び、ハンネローレはちらりと右側を見る。
 この廊下の突き当たりに、国王である父の部屋がある。
 ここ数年は顔すら見ていない。次期国王として、国王代理を務めるようになってから、執事に会うのを止められてしまった。
 もう、毎日ずっと傍に居られるわけではない。国王代理として城を空けることもある。ならば、会わない方がいい。ずっと傍で看病できる者をつけた方が心が安定する。
 その言葉通り、父の部屋の隣に執事が寝泊まりし出してから、癇癪を起こして悲鳴を上げたりすることが少なくなった。
 これで良かったのだろう。これが正解なのだろう。
 寂しさや安堵や後悔や懺悔を飲み込みながら、ハンネローレは父の居る部屋とは反対の方を見た。
 階段を挟んで左側は、ハンネローレとニクラウスの居室しかない。
 廊下の端がハンネローレの部屋で、その手前がニクラウスの部屋になっている。室内にも扉があって、廊下に出ずに行き来できるようになっていた。
 クラインシュミット城の最上階は、選ばれた少人数しか上って来られないから、いつだって静かだ。
 ハンネローレの食事や風呂の用意はニクラウスがメインで動いているし、パーティーのように着替えや髪の結い上げをしなければならない時には下の階で済ませている。
「……問題ない」
「ちゃんと食え。大きくなれねぇぞ」
 この階だけ、世界から切り離されているようだった。
 あれだけ煩わしかったパーティーの喧噪も、ここまでは届かない。等間隔で揺れる蝋燭の明かりは幻想的でもある。
 ハンネローレの視界の中には、ニクラウスしか存在しなかった。
 少ない時間だけど、二人きりの世界。
 朝、ベッドで目を覚まし、支度が終わる頃にニクラウスが部屋に来る。廊下からではなく部屋の中にある扉から、朝の挨拶と共にやってくる。着替えや食事に、湯浴みや掃除。お伽噺の世界ならば必要のないことだけど現実だから必要で、いつでもニクラウスが気を遣ってくれた。
 必要な物は使用人達が廊下まで運んでくれる。それをニクラウスがハンネローレの部屋に入れてくれる。だから、使用人達は部屋の中には入って来ない。たまに執事が執務のことで部屋を訪れるけれど、本当にたまにだった。
 おはようと言って、おやすみと言う。机に向かっている時に、ふらりとニクラウスが居なくなる時もあるけど、クラインシュミット王国の近衛隊長なのだから仕方がない。
 できるだけ長く、一緒に居たいと思っていた。
 二人きりの世界は幸せで、直ぐに崩れるとわかっていても縋りたくなる。心が落ち着く。息がしやすい。
 ちょっとくらい、夢を見たっていいじゃないか。お伽噺でもいい。吟遊詩人が謳うような世界だと、少しだけ思っていたかった。
「肉を食え! 肉だ、肉!」
「…………」
 だけど、どうしようもなく、夢物語のようにはならない。この男にそんな情緒はない。
 自分を横抱きにしているから、ニクラウスの両腕は塞がっている。だから額がゴツリと降ってきた。
「何でもいいから、食いたいもんはねぇのか?」
「……食べ物の話ばかりだな」
「お前が食わねぇからだろ!」
 浪漫には程遠い。甘い雰囲気なんて感じたことはない。貴婦人の出る本や、吟遊詩人の詩を聞いて、恋物語を期待するだけ無駄なのだろう。
 少しだけ肩を落とせば、ニクラウスはハンネローレの部屋の前で立ち止まった。
 当たり前のように、扉に向かって顎を突き出す。これは、扉を開けろと言っているのだと、声に出さなくてもわかるようになっていた。
「私を下ろして扉を開ければいいのでは?」
「いいんだよ。ほれ、到着!」
 ニクラウスに抱きかかえられたまま、ハンネローレは自室の扉を開ける。言っても意味はないとわかっているけど、ニクラウスには思ったことを告げるようにしていた。
 しょっちゅう同じことを言って、同じ答えが返ってくる。他愛ないそれが、楽しくて嬉しい。
 口に出した希望は通らないのに、どうしてか楽しいと感じていた。
「ったく。パーティーってのは肩が凝るな」
「同感」
 暖炉に、天蓋付きのベッド。ソファとテーブルのセットは、ニクラウスが来てから大きな物に変えた。ニクラウスがゆったり座れるような一人掛けソファが二つに、ニクラウスが横になっても窮屈じゃない五人掛けのソファが二つ。それと衝立の向こう側には、簡単に身を清められる小さなバスタブがある。
 広い部屋だと思う。八歳まで父と暮らしていた部屋の二倍以上の広さがある。それでも広い感じがしないのは、ニクラウスがいるからだと思った。
 大きな身体は、騎士としては良いことなのだろう。でも、暮らしていくには、少し面倒なんだと知る。
「髪は自分でできるか?」
「できる。背中の釦とリボンだけ外して」
 部屋に入れば、ゆっくりと下ろしてくれるから、ゆっくりと呼吸をした。
 最近のパーティーの後は、いつもこんな感じだ。目眩で倒れるフリをして抜け出し、抱きかかえられて部屋まで戻る。
 近衛隊長であるニクラウスに、豪華で複雑なドレスを脱ぐのを手伝ってもらう。
「あ~、王女サマのドレスってのは、ほんと面倒だなぁ」
「同感」
 本来なら、次期国王であるハンネローレには大勢の侍女がつくのだが、ニクラウスが傍にいるようになってから全員を遠ざけた。
 それが駄目なことだというのはわかっている。だって、ニクラウスはいなくなる。この城から出て行ってしまう。いなくなる人に頼ってはいけないと、わかっていても譲れなかった。
 いいじゃないか。少しぐらい。そんなに長い時間じゃない。少しぐらいの夢を見せてくれてもいいと思う。
 ちゃんと、目の前の道を歩く。しっかりと、道を進んでみせる。
 だから少しだけ。少しだけ道を照らして欲しい。その少しが、少しでも長くあるようにこっそり祈りながら、ハンネローレは重たいドレスを脱いだ。

 


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