余命一ヶ月の呪いが、××で解けるなんて聞いていません! ケンカばかりの幼なじみに実は愛されていたようです!? 2
憂鬱な気分になっても、舞踏会に出るのは自分のためだ。
引きこもって無言を貫いていても、やましいことがあるから社交の場に姿を見せないと言われてしまうだけで、意味がない。
悪事をしていないのだから、堂々とした態度で臨むしかないのだった。
会場についてからはできるだけ兄と一緒に過ごす。
けれど、頼りない兄とは大抵どこかのタイミングではぐれてしまう。幸いにして親しい友人の姿を見つけ、ミルドレッドは彼女たちに挨拶をした。
「リンジー、ウェンディ……奇遇ね」
「ミルドレッドも来ていたのね?」
「先週のお茶会以来だわ」
赤い髪の知的な印象の女性が男爵令嬢にして魔法使いのリンジー。
もう一人、亜麻色の髪のおっとりした雰囲気をまとう女性が伯爵令嬢のウェンディだ。
二人とも同じ時期に社交界デビューをして以降、仲良くなった間柄だった。
彼女たちとは時々互いの家を行き来している。
「お茶会といえば、あのときにミルドレッドが持ってきてくれた紅茶……とてもいい香りだったわ。商会で取り扱っているの?」
リンジーが問いかけてくる。
「ええ、父が気に入って、新しく取り扱いを始めたの」
先週の茶会はリンジーの家──男爵邸で行われた。
ミルドレッドはそういうときに商会で取り扱っている品物を手みやげとして持参している。無理に売り込むようなことはしないが、気に入ってもらえたのなら商機となるのだ。
「母が興味を持っているの。今度、商会にうかがうわ」
「ありがとう。もちろん大歓迎よ」
しばらく談笑していると、明らかに敵意を持った令嬢たちが近づいてくるのがわかった。
あちらの人数も三人だ。
「あら……ごきげんよう、ミルドレッド様」
「……ヴェロニカ様、お久しぶりです」
三人の令嬢のうちの一人は、因縁のある伯爵令嬢ヴェロニカだ。
彼女こそが『婚約者をミルドレッドに奪われた』女性で、悪い噂の発信源かもしれない人物である。
「今日も男漁りにいらっしゃったの?」
黒髪でややきつい印象のヴェロニカが、さっそく悪意のある言葉を口にした。
彼女の友人と思われる二人も、ミルドレッドにいやらしい視線を向けながら内緒話をしている。
「露出が少なめのドレスがあざといわ」
「男受けをよくわかっていらっしゃるのよ。さすがね」
声が大きいので、隠す気はないみたいだ。
(どうせ、派手なドレスでも批判するんでしょうに!)
そんな性格だからモテないのだと叫びたくなったミルドレッドだが、グッとこらえる。
反撃するにしても、感情的になってはいけない。
そのうちに通りかかった給仕の者から、ヴェロニカたち三人はそれぞれ果実水を受け取った。
渋い赤色の液体は、おそらく石榴だろう。
「よくヴェロニカ様の前でヘラヘラと笑っていられるわね?」
「悪いと思わないの? 男漁りって言葉も否定しないのだから、事実なんでしょうけれど」
コソコソとした悪口に無反応だったのが気に入らなかったのか、ヴェロニカの友人二人はさらに攻撃的になった。
「あなたたち……!」
リンジーが一歩前に歩み出る。きっと代わりに怒ってくれるつもりなのだろう。
けれどミルドレッドは、態度で彼女を制した。
ここは友人をあてにするのではなく、正々堂々と自分で闘うべきだ。
ヴェロニカ個人から嫌われるのは仕方がない。
ミルドレッドが誘惑したかどうかに関係なく、ヴェロニカの婚約者が心変わりをしたのなら、婚約者の想い人を憎むのは理解できる。
だとしても、多数の者たちからの注目が集まる場においては、言っていいことと悪いことがあるだろう。
男漁りなどという、ヴェロニカたちの発言は到底受け入れられないものだ。
「まぁ! 素敵な結婚相手に巡り会えることを夢見て舞踏会に参加している状況を“男漁り”と表現なさるのね? そういった使い方は知りませんでしたわ。……教えてくださってありがとうございます」
ミルドレッドはあえてにっこりとほほえんでみせた。
「あなた……なにを言って……?」
「でも私たち、似たような目的で舞踏会に参加しているはずですよね? だからヴェロニカ様たちも“男漁り”でしょう? ぜひ成果をお聞かせくださいませ」
ヴェロニカの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「わ、私とあなたは立場が違うわ! あなたみたいな見境なしに男性を誘う悪女と一緒にされたくないわよ」
「誘う……?」
ミルドレッドは演技で傷ついたふりをした。
ヴェロニカの怒りが増幅され、どんどんと声が大きくなる。
当然、招待客からの注目を浴びてしまう。
「そうよ、事実でしょう?」
「……ヴェロニカ様の元婚約者の方に、私から話しかけた事実はございません。ほぼ関わりがなかったと、ご納得いただいたはずですよね? 家同士の話し合いで、文書としても残した事実をねじ曲げるのですか?」
ミルドレッドはこっそり声を大きくして、わざと周囲に自分の主張を聞かせた。
「……くっ! たかが子爵令嬢のくせに」
完全に捨て台詞だった。
分が悪いと悟ったのか、ヴェロニカとその友人の合計三人は、そのまま歩みを進め、ミルドレッドの脇を通り過ぎていく。
(フフッ、とりあえず勝ったわね!)
ミルドレッドは悪いことなどしていないのだから、こうやって自分の主張を広めるべきなのだ。
これで少しでも、恋多き女の噂が嫉妬心からの嫌がらせだと気づいてくれる者がいたらいい。
人は信じたいものしか信じない生き物だから、そんなにうまくはいかないとわかっているけれど、なにもしないよりはましだった。
ミルドレッドはヴェロニカたちとは逆の方向へ歩みだす。
そろそろダンスが始まる時間だから、兄のところへ行かなければならない。
「ミルドレッド! これ……っ」
急にウェンディが声を上げた。
真っ青な顔をしている彼女の視線は、ミルドレッドのドレスの背後に注がれていた。
振り向くと、ドレスに赤黒いしみが広がっているのが見える。
「なに、これ……? ひどいわ!」
ふんわりと漂う甘い香りから、石榴の果実水だとわかった。ヴェロニカたちが受け取ったものだ。
あの三人のうちの誰かが、すれ違い様に果実水をかけたのだろう。
けれど、もう彼女たちの姿はないし、誰も見ていないのであれば問いただしても無駄だった。
「大丈夫? ミルドレッド……」
「私のハンカチも使って。返さなくていいから」
優しい友人二人が次々とハンカチを貸してくれるが、それだけでどうにかなるものではなさそうだ。
「あぁ……私ったらつくづく運がないわ。今日に限って淡い水色のドレスなんだもの。ちょっと外に出るわ」
「ついていきましょうか?」
ウェンディが申し出てくれる。けれどミルドレッドは笑って首を横に振る。
「ハンカチだけで十分よ。二人はダンスを楽しんでね」
とりあえず応急処置は必要だ。
そう考えたミルドレッドは、友人たちに挨拶をしてから舞踏室を出た。
舞踏室の入り口は一つで、外は庭園のあいだを通る回廊になっている。使用人に声をかけてとりあえず水を使わせてもらうのが得策だ。
考えながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「ここで待っていたら来てくれるって……本当だったんだね? ミルドレッド殿」
名を呼ばれたのと同時に、ミルドレッドは振り返る。
柱の陰に身を隠すようにして立っていたのは、二十歳前後と思われる青年だった。
服装から舞踏会の参加者だとわかったが、どこか着せられている感があるし、所作も美しくない妙な人物だ。
長身でかなり恰幅がいい。太い眉毛が印象的だから、会話の機会があれば忘れないはずだ。
けれど名前すらわからない。もしかしたら挨拶くらいは交わしているかもしれないが、きっとその程度の関係に違いない。
それなのに、相手がやたらと親しげだから、ミルドレッドは違和感を覚えた。
「失礼ですが、お名前をうかがっても?」
ダンスが始まる直前の時間帯だったため舞踏室の外にいる者は限られるが、無人ではなかった。
ミルドレッドはいざとなったら大声を出す準備をしつつ、とりあえず彼の名を問う。
「いやだなぁ……恥ずかしがらないで。トミーだよ、トミー・セイラー。手紙だけじゃなく……ついに話ができるなんて……夢みたいだ」
異性からデートのお誘いの手紙をもらった経験は何度もある。けれど、彼の名はやはり覚えがなかった。
「手紙とは? 私は受け取っておりません。どなたかとお間違いでは?」
ミルドレッドは強い口調ではっきりと彼の言葉を否定した。
それに対し、トミーという名の男はニヤニヤと笑みを浮かべるだけで、とくに機嫌を損ねた様子はない。
なんだか、打っても響かない印象だった。
「やっぱり! 君の友達の言うとおりだ。素直じゃないんだね? ……だめだよ、僕を困らせるなんていう駆け引きは。今は静かにしなきゃ」
トミーは突然、ミルドレッドの首に手をあてた。息ができないほどではなかったが細い首が握られる。
そしてなにか不快な気配が漂ってくるのを感じた。これは、魔力だ。
(ま……魔法!?)
人も動物も、生き物はその身に魔力を宿しているという。魔法使いと一般人の差は、魔力を意図して操れるかどうかだと言われている。
一般人のミルドレッドでも自分の身体の中に、なにか異物が流し込まれていく感覚だけははっきりとわかった。
思いっきり叫んでやろうと思っても、言葉が出てこない。
その症状でようやく、声を奪われたのだと理解した。
「少し強引なのが好きなんだよね?」
(なにを言っているの!? 好きじゃないわよ!)
ミルドレッドはブンブンと首を横に振る。
そして全力で青年の身体を押し、距離を取ろうとした。けれど腕の力が強く、逆に引き寄せられてしまう。
ゾワリと鳥肌が立つ。抱き寄せられているのに抗議もできないこの状況は、他人からしたら恋人同士の触れ合いに見えているかもしれなかった。
叫ばなければ、無理矢理引き寄せられている事実が伝わらない。
「ここは人が多いから……向こうに」
引きずられ、強引に庭園のほうに連れていかれた。
ミルドレッドは彼のすねを蹴り、腕を殴りつけ、とにかく抵抗を続ける。
どうにかして好意がないことを伝えなければならない。それなのに……。
「もう! だから、だめだって……本当に可愛いなぁ……」
嫌がっているのに、まるで伝わらない。子猫にじゃれつかれているかのような反応だ。
(なに? なんなの!? ……どうしてこの人、話が通じないの? どうして誰も助けてくれないの? 私が、恋多き女だから……?)
近くに人がいるのに、誰も助けてくれない。伝える術がなにもない。
トミーの笑顔がミルドレッドに絶望を与える。
「なにをしている!?」
そのとき、低い声で問いかけがあった。
(アラン様!)
よく知っている声を聞いただけで、フッと身体から力が抜ける。
アランはすぐにトミーをミルドレッドから引き離し、あいだに入ってくれた。
「ミリー、泣いて……?」
次の瞬間、アランの表情が険しくなるのがわかった。
これまでミルドレッドに見せたことのない恐ろしい形相で、トミーのほうへ向き直る。
「アラン・スタンホープ、大佐……あなたが、なぜ?」
「おまえ、どこかで見た顔だな? 魔法使いか……。ミルドレッドになにをした?」
「い、いえ……約束を……していて」
ミルドレッドは大きく首を横に振り、そんな約束はしていないと訴える。
同時に、首のあたりを指差して、声が出せない状態だとどうにか伝えようとした。
「約束をした相手に魔法を使うなんて状況があるわけないだろう! 完全な不正使用だ」
アランが軽く手を掲げ、振り下ろす。
その動作と同時にトミーが「ぐへぇ」という声を発しながら地面に転がる。
トミーは起き上がろうとしたが、その前に光る縄が巻き付いて、彼の行動を妨げた。
すぐに舞踏会の警備担当者が駆けつけてくる。
アランはその者たちと短い会話をしたあと、ミルドレッドの手を引き、休憩室まで連れていってくれた。
二人きりの室内でアランはミルドレッドをソファに座らせてから、トミーがかけた魔法の解除をしてくれる。
(あの男にされたのと同じはずなのに……魔力を流し込まれてもアラン様なら不快じゃない。むしろ……安心できて心地いい……)
これまでもアランの魔法に触れた経験があって慣れているからなのか、それとも好きな相手だからなのかはわからない。
アランの魔力は温かく感じられる。
「どうだ?」
「……っ……はい、治りました」
同じ魔法使いでも、アランのほうが格上なのだとなんとなく察する。
安心できる魔力に触れたせいか、その頃にはミルドレッドの涙も止まっていた。
ところが、ほっとできたのは短いあいだだけだった。
「なんでミリーは、毎回毎回……問題ばかり起こすんだ?」
アランは腕組みをしてミルドレッドの正面に立ち、不機嫌そうな顔で説教を始めてしまう。
ミルドレッドがほしかったのは、労りだった。
アランは魔法の不正使用だと理解しているはずなのに、どうしてミルドレッドが叱られているのだろうか。
胸のあたりがズキズキと痛んだ。
それまで抱いていたトミーに対する恐怖や、アランに助けられたことへの感謝の気持ちが一気に吹き飛んだ。
「私が起こしているんじゃないです! まわりが勝手に……今だって、私はなにもしていませんっ。無理矢理だったって……わかっているでしょう?」
「そうだとしても、予防はできるはずだ」
「予防?」
「……それなりに権力を持っている誠実な青年と婚約して、社交界では常にパートナーと行動を共にするとか」
彼はやや視線を逸らしながら、お節介な助言をくれた。
「そんなっ! お母様と同じお小言は結構です」
早く結婚しろ、せめて婚約者を定めろという言葉は家族……とくに母から十日に一度は聞かされている。
ヴェロニカとの騒動があったあたりからは、その頻度が増してしまい、ミルドレッドは辟易していた。
(好きな人から結婚相手を探すようにお説教されるなんて、最悪なんですけど!)
そもそもミルドレッドが結婚できないのは、アランが中途半端に期待させておきながら振ったからである。
年頃になってから日常的な交流はどんどんと減っている。
そのついでに忘れたいと願っても、幼なじみだけに完全に関係を絶つことはできていない。
今夜もそうだが、アランはミルドレッドが窮地に陥ったときには必ず手を差し伸べて、小言と一緒に救ってくれる。
もちろん感謝はしているが、中途半端な優しさのせいで新しい恋ができない。
ミルドレッドがいつまでも失恋から抜け出せずにいるのは、アランのせいだった。
アランが来てくれなかったらどうなっていたかは想像できる。だから感謝したいのに、素直にそうさせてもらえない。
「独身で、爵位持ちで、婚約者と常に行動を共にしてくれる誠実な青年だ。……探せば絶対にいるはずだ。……ちゃんとよく見て探すんだ! 君が願えばどんな男だって頷くはず」
その「どんな男だって」の中に、彼だけは入っていない。
願う前にミルドレッドを振ったのは、アランのほうだ。
今夜のミルドレッドは一方的な被害者で怖い目に遭ったばかりだった。それなのに労る言葉すらなく、説教だなんて……。
アランはまったく優しくなかった。
それでも、助けてくれたのは事実で、だからこそミルドレッドの心はグチャグチャになっていく。
「誠実、ですか。……じゃあ、例えばエーメリー伯爵様みたいな方とか?」
ミルドレッドはうんざりしてしまい、都に住まう貴族で一番誠実だという評判の伯爵の名を出した。
「老人じゃないか」
「だから“みたいな方”って言ったじゃないですか。エーメリー伯爵様ってぽっちゃり可愛いかんじの紳士でしょう? 高嶺の花と言われた奥様を常に立てて、愛し続けているのだとか。……確か、伯爵様にそっくりな息子さんがいらっしゃったわ」
その伯爵令息は独身だが四十代のはずだ。
誠実な紳士なら、悪評のあるミルドレッドなど相手にしないだろう。
恋愛対象でもなければ、結婚相手にもならない相手だからこそ、気軽に名を出せたのだ。
要するにミルドレッドは、自分と恋をする相手はアランとはかけ離れた男性であると言いたかっただけだ。
「馬鹿なことを言っていないで、真面目に考えるんだ。今日だって妙な噂がなければ──」
「噂? アラン様も……私が恋多き女だと思うんですか?」
ミルドレッドは思わずアランの言葉を遮っていた。アランはしばらく黙り込み、言葉を選んでいる。
即答しないあたり、噂を信じているような気がした。
「……君の私生活なんて知るわけがない。……少なくともモテるだろう?」
「あっそう。一方的でもモテたら恋多き女なんですね? じゃあ、私以上に異性にモテているアラン様は、とんでもない遊び人だったと……?」
微妙にずれた答えを口にしたのは、苛立ちからの故意だ。
「違う! 俺はいつも……誠実で……」
「私だって同じだわ。家族以外の男性と二人きりにはなっていないですし、淑女として誠実です!」
器量がいいだけで疑うなら、それはアランにも言えるはずだ。
実際にアランは最低でも一人、現在進行系で女性を惑わし、心を傷つけている。
彼とミルドレッドに違いがあるとしたら、たまたま好意を寄せてきた相手が常識人かどうかではないだろうか。
「……いや、俺も一応……男なんだが……」
家族ではないアランと二人きりになっているから、ほかの男ともあるかもしれないという理屈だ。
「幼なじみでしょう!? それに、アラン様を勘違いさせたことなんてないわ」
むしろ、ミルドレッドのほうが何度か勘違いをしかけて、勝手に期待し、そしてアランによって打ち砕かれたのだ。
「ミリー……俺は君が心配で……」
「嘘! 話も聞かずに責めたじゃない。……さっきだって、完全に罠だったのに……」
「罠、とは?」
「ヴェロニカ様たちに果実水をかけられたんです」
彼女が直接かけたのか、それとも友人がかけたのかはこの際どうでもいい。嫌いな相手にわざわざ近づいてきた時点で作戦は始まっていたのだろう。
「ヴェロニカ? 確か、あの婚約破棄騒動の相手だな?」
「そうです。……それで汚れを拭うために舞踏室を出たら、あの男から『ここで待っていたら来てくれるって……本当だったんだね?』って……証拠はありませんが……」
つまり、トミーに助言を与えた「ミルドレッドの友人」はヴェロニカだ。
トミーは生まれながらの貴族ではなさそうだった。
おそらく魔法の才能に恵まれ、なんらかの役職を与えられた者だろう。
だから社交界での噂に疎く、ミルドレッドとヴェロニカの関係を知らなかったとしてもおかしくはない。
あの男は、ヴェロニカを介してミルドレッドと文のやり取りをしていたと思い込み、ヴェロニカのほうはミルドレッドが舞踏室を出ていくように仕向けた──そんな予想ができた。
今のところ、なんら証拠のある話ではないのだが……。
「そんなことが……」
「ねぇ、アラン様。これって私が悪いんですか? 噂のせいで勝手に男性が寄ってきて、ぜんぜん話を聞いてくれないし……まわりの人たちも見て見ぬふりだったんです。日頃の行いって……具体的になにを直せばいいんですか……?」
悪意を持って勝手に立てられた噂を消す方法など、ミルドレッドは知らない。
それなのに責められて、もう涙がこぼれ落ちる寸前だった。
「だから婚約なり、結婚なりを考えれば……と」
また話が振り出しに戻る。
本当は、アランの言いたいことを少しは理解しているつもりだ。
誤解を生みやすい容姿をしているミルドレッドには、信頼できる婚約者が必要だ。
けれどアランはお節介で残酷だった。縁談を断っておきながら、人には結婚を強要するのだから。
そんなに簡単に結婚相手を定めていいのなら、アランが相手になってくれればよかったのだ。
「好きでもない相手と結婚しろと? それはさすがに残酷すぎ──くっ、なに!?」
先ほどからずっとチクチクとした胸の痛みを感じていた。
それは好きな相手から結婚を勧められるこの状況に耐えられず、心が傷ついている痛みだと思っていた。
けれどなにかがおかしい。心という見えないものではなくて本当に心臓が痛い気がしてきた。
「ミリー? どうしたんだ、顔色が……」
「胸が、苦し……」
心臓がギュッと締めつけられる感覚だ。
冷や汗が流れ、一気に体温が奪われる。そしてだんだんと視界が狭くなっていく。ソファに座っていたはずだが、天井のシャンデリアが見えた。
「ミリー! しっかり……」
焦った顔のアランの呼びかけが聞こえたが、徐々にその姿がぼやけ、声まで聞こえなくなっていった。