君と初恋をもう一度 情熱の騎士は再会した令嬢と我が子を一生甘やかしたい 1
「イルヴァ、君にはやっぱり四つ葉のクローバーがよく似合う」
そう言ってイルヴァ=ギレ・ノルランデルのクリーム色の髪にシロツメクサでできた花冠をふわりと載せたのは、幼い頃から仲の良いふたつ年上の少年、キース・フランク・ラインフェルトだ。
燃えるような赤い髪に、同じく赤い、珍しい色彩の瞳。ラインフェルトの血筋の者の中には、何代かにひとり、この特徴的な見た目を持って生まれてくる者がいるという。そしてその者は武芸に優れ、武神としてこのブラウディン帝国に名を轟かせてきた歴史がある。ラインフェルトの歴史と意志の強そうな見た目どおり、キースは熱い魂と志を持った人間だった。
イルヴァは子爵家の三女、キースは侯爵家の次男と、家格に差はあるものの、領地が隣接しているため父親同士仲が良く、イルヴァは父に連れられて時折ラインフェルト侯爵家に遊びに来ていた。
六歳の頃に初めてキースと出会い、それから七年が経った。
イルヴァは十三歳、キースは十五歳。
お互いに意識し合っていて、好意があることはわかりきっていた。イルヴァはいつキースが愛の告白をしてくれるのだろうと待ち侘びていた。
そんな矢先、キースが放ったのが先ほどの言葉だ。
一瞬、どういう意味かイルヴァにはわかりかねた。だが、噛み砕いてみれば、イルヴァにとって最高の言葉だった。
四葉のクローバーは、ラインフェルト侯爵家の家紋に刻まれた象徴だからだ。つまり、いつか俺の妻になってクローバーの紋章をつけてほしいと伝えたことになる。
「キース、それって……」
意味を理解した途端、ふわっと身体が浮き上がるかと思った。心臓がどくどくと音を立て、頬は上気し、目の前の風景が薔薇色になった気さえした。
イルヴァが期待を込めた目でキースを見上げると、彼は今度こそストレートな言葉で愛を口にした。
「ああ。俺は君のことを世界で一番愛してる。だから俺の恋人になってほしい。そしてゆくゆくは結婚して、一緒に帝都に住もう」
「もちろんよ! 私もあなたを愛しているわ。あなたの帝国騎士団長になるという夢も、傍で支えて絶対に叶えさせてみせるから!」
「イルヴァ」
やさしい眼差しで見つめられ、イルヴァはそっと目を閉じた。
すると、予想どおりにキースがそっとイルヴァの顎に手を添えた。そしてすぐに、唇に柔らかな感触が降ってくる。
それが、イルヴァにとって初めてのキスだった。
ただ唇同士がちょこんと触れただけなのに、鼓動が高鳴り胸がぎゅっと切なく痛む。幸せなことなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうと思っていると、キースも苦しそうな表情でイルヴァを見つめていた。
「一回だけじゃ足りないな」
その言葉を聞いて、イルヴァははっとした。自分は物足りなかったのだ。もっともっと、キースに触れていたかった。
「私も」
顔を真っ赤にしながら頷いたイルヴァに、キースの余裕のない顔が近づいてくる。再び唇が触れると、身体の奥底から感じたことのない欲望がこんこんと湧き出してくるようだった。
「はあ……、キース」
「もう少しだけ」
一度唇を離しても、すぐにまた欲しくなる。いつの間にかふたりは身体をぴったりとくっつけ、クローバー畑の真ん中で寝転がっていた。
どれくらいそうしていただろう。
「イルヴァお嬢様──!」
遠くのほうから自分を探す声がして、はっと身体を起こし周囲を見回せば、イルヴァと同い年の執事見習い──ヴァイスがやって来るのが見えた。
「名残惜しいけれど」
そう言ってキースはもう一度唇を押しつけて立ち上がると、珍しく恥ずかしそうに耳を赤くして、イルヴァに手を差し伸べた。その手を取ってイルヴァも立ち上がる。
「もうそろそろ帰らなくちゃいけないわ」
「手紙を書くよ」
隣の領地といっても、気軽に来られるようなものではない。せいぜい月に一度会えればいいほうだ。
「私も、毎日書くわ」
「使者が大変になるな」
ふっと笑い、キースが屋敷のほうへ向かって歩きだす。その足取りは、重い。
せっかく恋人になったのに、もうお別れの時間だなんて。
「そんな顔をしないでくれ、イルヴァ。君の気持ちも確かめたし、今夜父さんに話してノルランデル家に正式な婚約の申し込みをさせてもらうから。そしたらきっともう少し頻繁に会えるようになるはずだ」
キースが宥めるように言った。だが、彼の表情にも悲しさが滲んでいる。同じ気持ちなのだとわかり嬉しくもあるが、やはり離れるのは寂しい。
「婚約式もしないといけないわね」
「ああ。そのためのドレスを贈るよ」
つらつらと今後のことについて話しながら、亀のような歩みでラインフェルトの屋敷へ戻る。
合流したヴァイスには、こっそり「おめでとうございます」と耳打ちされた。
父の執事の息子である彼は、幼い頃からノルランデル子爵家に仕えることが決まっていて、イルヴァの遊び相手になってくれていた。イルヴァにとって兄弟のような存在で、キースへの想いもずっと相談していたのだ。
「ありがとう」
ふふっと微笑みをヴァイスに向けたイルヴァの手を、キースがぐいっと引き寄せる。
「君の恋人は俺だろう?」
少し拗ねた横顔に、胸がときめく。
「心配なさらずとも、私めはただの使用人にございます。主人に邪な気持ちは向けませんので」
ヴァイスが言って軽く頭を下げると、キースはどうしてか信じられないものを見るような目でヴァイスを見つめた。
「イルヴァのような美しい女性をなんとも思わないなんて」
「もうっ!」
本気なのか冗談なのかわからないが、恥ずかしくなってイルヴァがキースを腕を叩いたところで、ちょうど父がラインフェルト侯爵との話を終え、屋敷から出てくるのと鉢合わせた。
イルヴァとキースの雰囲気がわずかに変わっていることに気づいたのか、父はどこか複雑そうな顔をしていたものの、ラインフェルト侯爵のほうはにこにこと微笑ましい視線をイルヴァたちに寄越した。
──これなら、私たちの婚約も、きっと受け入れてもらえるわ。
侯爵家からの申し込みを、家格の低い子爵家が断れるはずがない。そもそも父が娘可愛さに渋ろうとも、両家のことを考えれば最終的には頷いてくれるに違いなかった。
早く正式な婚約者になって、キースとの逢瀬を楽しみたい。
名残惜しみつつも、希望に満ちた心でラインフェルト侯爵家をあとにしたイルヴァだったが、事はふたりが思ったようには進まなかった。
すぐにラインフェルト侯爵家から婚約の申し込みがあると思っていたのだが、三日を過ぎても、一週間を過ぎても、一向に音沙汰がなかったのだ。
そして二週間を過ぎた頃、ようやくキースから一通の手紙が届いた。
彼の話を簡単にまとめると、こうだ。
イルヴァとキースの婚約に、キースの母、つまりアイシャ・ラインフェルト侯爵夫人が猛烈に反対しているらしいのだ。キースは武神としてブラウディン帝国に名を轟かせるという未来が確約されているのに、たかだか子爵家の末娘にくれてやる道理はないという。
確かに、ラインフェルト家の象徴ともいえる赤髪赤眼を持って生まれたキースには、平凡なイルヴァでは釣り合わないだろう。それはイルヴァ自身もわかっている。
しかしそれでも、ふたりはお互いに惹かれ合ったのだ。
手紙には、キースの情熱的な愛がこれでもかとしたためられていた。
イルヴァ以外を愛する気はないし、イルヴァとしか結婚したくない。これは運命なのだ、と。
そして、絶対に母を説得してみせるから、もう少しだけ待っていてほしい、とも書かれていた。
「キース……。私、あなたを信じてるわ。それに、ただ待っているだけなんて嫌。夫人に認めてもらえるように、完璧な淑女になってみせるわ」
若いふたりにとっては、障害があればあるほど、恋は盛り上がる。
こうして、ラインフェルト侯爵夫人という壁に、ふたりの恋はますます燃えていくことになった。
婚約者にはなれずとも、恋人としてふたりはこっそりと逢瀬を重ね、愛のためにお互いが努力を重ねる日々が数年間続いた。
ヴァイスの協力もあり、あるときはノルランデルの領地の街で、またあるときはラインフェルトの領地の森の中で。ふたりはデートを繰り返した。
その中で、だんだんとキスだけでは物足りなくなってしまうのは、仕方のないことだった。
ある日、カフェでお茶を楽しんでいると、突然雨が降ってきた。
馬車も使わずこそこそと徒歩で出歩いていたふたりは傘も持っておらず、このままではずぶ濡れになってしまうとお互いに困った顔で帰りの相談をしていたときだ。
そのカフェの二階が宿屋になっていて、逢引きに使用されていることを偶然耳にしてしまった。
そのあとの展開は、早かった。
「イルヴァ。その、よかったら雨が止むまで上で休んでいかないか。あ、でも、嫌だったら俺がどこかで馬車を呼んでくるよ」
普段は落ち着いた口調のキースが、どこか自信なさげにしているのを見て、イルヴァの胸はきゅうっと甘い痛みを訴えた。イルヴァはすぐに彼の手を取ると、「私も」と真っ赤になりながら頷いた。
「私も、キースとならって思ってたの」
「イルヴァ……」
キースが店主に目配せすると、店主は無言で二階の空き部屋へと案内した。庶民の宿屋に泊まったことはなかったが、思ったよりも綺麗な部屋だった。
パタン、とドアが閉まり、ふたりきりになった途端、キースがぎゅっと後ろからイルヴァを抱きしめ、強引に振り向かせ、深くキスを仕掛けてくる。
「ん、んぅ……っ」
待ちきれないと言わんばかりに彼の舌が唇に割り入ってきて、イルヴァの舌を搦めとった。彼にくっついた背中からは、ドクドクと激しい鼓動が伝わってくる。それに、先ほどからイルヴァの尻の辺りに硬い何かが擦りつけられていた。
キースと付き合う前のイルヴァならば、それが何かすぐにはわからなかっただろう。だが、彼と恋人になってから、愛し合う男女がどういうことをするのか、男性の身体はどうなっているのか、詳しいことを侍女たちから密かに聞いていたのだ。
だから、尻に押しつけられたこれがキースの情欲の塊であることに、すぐに気づいた。そして自分の身体がこれを欲しがっているのだということにも。
「キース……」
愛しい人の名前を呼び、イルヴァはそっと彼の昂りに手を這わせた。
「うっ」
敏感なそこを撫でられ、キースが呻く。
「ダメだ、イルヴァ。そんなことをされたら抑えがきかなくなる。初めてはやさしくしたいのに……っ」
理性を抑えられなくなるほど、彼が自分を求めてくれているのがわかり、むしろイルヴァは嬉しかった。だから、制止されているにも拘らず、彼の硬くなったそこを撫で続けたのだ。
「う、あ……っ」
気持ちよさそうな喘ぎに、イルヴァの身体はぞくぞくと震えた。
「我慢なんてしないで。私もあなたが欲しいの。こんなことを言う私は、はしたないかしら……?」
「君って人は……!」
目を細めてそう言うと、キースはイルヴァの腰を抱き、そのまま目の前のベッドへとイルヴァを押し倒した。シンプルな木のベッドの上に敷かれた布団からは、ふわりといい香りがした。
「んっ」
キースの口づけがさらに激しくなり、それが唇から首へゆっくりと降りていく。
庶民に扮するための質素なワンピースドレスを、キースの指がやや強引に剥いだ。下着姿になったイルヴァを見て、彼の昂りがますます大きくなる。
「イルヴァ、イルヴァ……」
シュミーズの肩紐を下ろされ、イルヴァのたわわな胸が露わになった。
「あ……、恥ずかしいわ」
初潮を迎える少し前から、イルヴァの身体はふくよかな女性らしい身体つきになりはじめた。太りすぎてはみっともないからとコルセットをきつく絞ってウエストを締めていたおかげか、腹回りは細く、そのぶん胸に養分がたっぷりといくことになり、今では嫁いでいった姉たちよりも大きく張りのある乳房だ。
「美しいよ、イルヴァ。まるで女神だ」
「キースも」
自分だけ裸なんて恥ずかしい、とイルヴァが請えば、キースは躊躇いなく服を脱ぎはじめた。
何度か訓練を見学しているため、上半身は見たことがあったが、やはり以前よりもガタイがよくなっている。少年から立派な青年の身体つきになり、筋肉の厚みもすごい。ところどころにある切り傷も、その勇ましさをさらに際立たせている。
もっとキースの身体を眺めていたい、と思った矢先、彼がイルヴァの豊かな胸に顔を埋めた。
「あんっ」
頬で乳房の柔らかさを堪能しつつ、両の指はピンク色の乳首を摘まんだり捏ねたりと忙しい。そしてイルヴァはといえば、キースの動きすべてから身体が快感を拾い、びくびくと小刻みに震えることしかできなかった。
胸でこんなに感じるとは、思いもしなかった。
「あっ、んんっ、ん」
今度は向かい合っているため、尻ではなく、太腿にキースの剛直が当たる。ゆるゆると彼の腰が動いていて、早くイルヴァの中に入りたそうにしていた。
ぐっしょりと、自分の下着が濡れていくのがわかる。
押し当てられるキースのものを、イルヴァも早く感じてみたい。
──彼と、繋がりたい。
「キース」
彼を呼ぶとともに、自然とイルヴァの両膝から力が抜け、誘うように脚を開いた。
積極的すぎると呆れられるだろうか、と不安になったのは一瞬だった。すぐに彼が荒い呼吸でイルヴァの濡れた下着を脱がせ、自分も一糸纏わぬ姿になる。
下着の中から現れた彼のそれは想像以上に大きく、未知の生物のようだった。
しかし、恐怖よりも、欲求のほうが勝った。
先ほどから、きゅうきゅうと下腹が切なく疼いている。この疼きを止めるためには、キースの昂った性器を胎内に入れるしかない。本能がイルヴァにそう訴える。
「……来て」
両腕を伸ばし、キースの背中を抱きしめる。
ごくりと喉を鳴らし、キースが濡れそぼった蜜壺に猛りを添えた。
そして──……。
「あああっ」
ゆっくりと処女の肉を割り拓きながら、キースの先端がイルヴァの中へと侵入してくる。
思ったよりもずっと、痛みはあった。指で馴らしもしていないのだから当たり前だと知ったのは、あとになってからだった。
だが、それでも、痛み以上に渇きが満たされるような心地がした。
「大丈夫か、イルヴァ」
「だい、じょうぶ……。キースがやさしいから」
目の前のキースは、己の欲望に呑まれそうになりつつも、イルヴァのことをちゃんと考えて自制してくれていた。動きたいのを我慢して、額にはじんわりと汗が滲んでいる。
「あ、血が……」
視線を落としたキースが焦ったように呟いた。そして腰を引こうとしたので、イルヴァは慌ててぎゅっと彼を強く抱きしめた。
「破瓜の血よ。女の子は初めてのときにみんな血が出るの。だから大丈夫」
「痛くはないのか?」
ここで痛いと言えば、やさしいキースはやめてしまう。初めてがこんな中途半端に終わってしまっては、キースにとってよくない思い出になってしまう。それだけは、嫌だった。
イルヴァはふるふると首を横に振って、微笑んだ。
「痛かったのは最初だけ。もう平気」
「だが……」
「こうしてあなたと繋がれたことが嬉しいのよ。そして、もっと深く繋がりたい。キースは違うの?」
イルヴァが挑発するように訊くと、キースも首を左右に振った。
「俺だって、君ともっと深く繋がりたい。たっぷりと愛し合って、君を気持ちよくしたいと思ってる」
「私だってそうよ。だから、もっとして、キース」
抜けそうになった彼を、膣できゅっと締めつけると、キースは堪らないと言わんばかりに眉間にしわを寄せた。
「……っ」
それから、また熱い口づけが降ってくる。
「ん……、あふっ」
舌と舌が、そして唾液が絡まり、溢れてイルヴァの口の端からシーツへと流れ出た。下品だとは思いつつ、だがそれが却って興奮を誘った。
愛液はしとどに溢れ、だんだんとキースも要領を得てきたのか、腰の動きがスムーズになった。
イルヴァの破瓜の痛みは徐々に薄れていき、彼のものが最奥に届くようになった頃には、内壁を擦られる快感に目覚めはじめていた。
「あ、ああ、ん……っ、んっ」
「全部入ったぞ。よく頑張ったな、イルヴァ」
下腹を撫でながら、キースが囁いた。イルヴァも彼の手に倣って、自分の腹に手を当てる。そこに彼がいるのがじんわりと伝わってきて、誇らしさと快楽が一気に押し寄せてきた。
「あ、ああん……っ」
「く……っ」
膣が蠕動し、中のキースを喰い締める。堪らず喘いだキースの気持ちよさそうな顔が嬉しくて、イルヴァは「好きにして」と声にならない声で言った。
途端、キースの腰づかいが激しくなった。
ぐちょぐちょに濡れた淫道を太ましい剛直で出入りしながら、イルヴァの胸に吸いついて、乳首を弄ぶ。
「あっ、あんっ、ああっ」
もうキースの動きに合わせて喘ぐことしか、イルヴァにはできない。
初めて知った性の快楽に、ふたりは溺れていく。
やがて、じんわりと胎の中が熱を持つ。一際大きな快感の波が押し寄せ、イルヴァは声も出せずに身体を反らせた。その刺激に、キースもうっと呻いて腰を引いた。
そして、イルヴァの中から出ていった昂りの先端から、びゅるびゅると白く濁った液体が噴き出し、イルヴァの胸と腹を濡らしていく。
──ああ。これでやっと、本当にキースとひとつになれたのね。
「すまない、イルヴァ。初めてだったのに無茶をして……」
幸せの余韻に浸っていたところ、冷静になったキースが心配そうに顔を覗き込んできた。それに、「大丈夫よ」と返し、キスをした。
「これであなたのものになったって気がして、幸せだわ」
「俺もだ」
ぎゅっと抱きしめられ、温かくて幸せな気持ちに浸る。
窓を見ると、いつの間にか雨が止み、晴れ間が覗いていた。
それからのふたりの愛は、ますます燃え盛っていった。一度覚えた快楽を忘れられるはずもなく、家族の目を盗んでは何度も交わった。
そして、イルヴァが十六歳、キースがもうじき十八歳になる頃、大きな転機が訪れる。