聖女と番犬 腹黒貴公子の15年越しの愛が重すぎますっ! 1
「……ん……っ!」
求める気持ちと裏腹に、初めて男を受け入れる身体は、思ったように動かない。
それをわかっているのか、ディーデリックはすぐにでも暴発しそうになる欲望を抑え、できる限り痛みを与えないよう指と唇と舌でたっぷり解してくれた。おかげで蜜口は熱くしとどに蜜を滴らせているが、丸みのある先端を押し返してしまう。
まだ少年らしさを残した彼の身体は、しかしこれまで背負ってきた役目ゆえに鍛えられ、引き締まり、無駄な筋肉が一つもない。彫刻像のような美しさだ。
身体だけでなく顔立ちも整っていて、思わず見惚れてしまう。
サラサラとした癖のない漆黒の髪に、少し憂いを帯びた深みのある緑の瞳。決して女性的ではないのに綺麗だと思える目鼻立ちと、精悍な頬と額、薄めの唇。
侯爵家次男だというのに、程よく健康的に日焼けした肌と鍛えた筋肉の動き、その身体に刻まれた大小様々な傷跡が、彼が高位貴族の安穏さの中だけで過ごしてきたのではないことを教えてくれる。
出会った頃は、十一歳という年齢に似合わない、妙に達観した可愛げのない子供だった。だが今の彼は青年期に突入した二十一歳の凜々しい青年だ。
他人行儀な硬い口調が親愛と敬愛に満ちた柔らかな声に変わったと気づいたのは──ディーデリックに名を呼ばれると、心の奥がきゅんとときめくようになったのは、いつだったろう。
「……ヴィレミーナ、さま……っ」
眉を寄せて呼びかける声は、ひどく苦しげに掠れている。自分のせいだとわかるから、ヴィレミーナは謝る。
「……う、上手くできなくて……ごめんなさい、ディー……」
「あなたは何も悪くない。上手くできないのは私が……あなたしか知らないから……申し訳ありません……」
蜜口に硬く張り詰めた先端を押しつけたまま、ディーデリックが頬を寄せてくる。知らぬ間に目元から零れ落ちた涙を吸い取って、口中でじっくりと味わわれた。
「あなたは涙も美味しいですね……一番美味しいのはあなたの蜜ですが」
散々口と舌で、蜜口だけでなく中まで味わわれた。ヴィレミーナが達するとディーデリックはなぜかひどく喜びさらに口淫を激しくしてきて、何度も達させられたのだ。
「また味わっても……いいでしょうか」
蜜口に左手を伸ばしながら問いかけられる。愛撫だとわかっていても、あれはとても恥ずかしかった。
「だ、駄目……あ……っ!!」
慌てて止めようとしたとき、前触れもなくディーデリックが腰を押し入れてきた。
ぶちゅん、と先端が花弁を押し開いて中に入り込んでくる。衝撃に臀部が浮くと、ディーデリックが両手で細腰を掴んで引き寄せながら、さらに進んだ。
「……ひ……ぁ……っ!!」
まだ誰も知らない場所を、硬く雄々しいものが押し広げていく。これまでに与えられた蕩けるような快感も一瞬にして消え失せ、ヴィレミーナは彼の腕を強く掴む。
ディーデリックが容赦なくずぶずぶと最奥まで入ってきた。中心から身体が真っ二つに裂かれるかのような痛みを散らすため彼にしがみつき、その背中に爪を立てる。
「……ああっ!!」
「……く、う……っ」
相当な力が入ってしまったらしく、ディーデリックが低く呻く。慌てて謝ると、彼は労るようにくちづけてきた。
「大丈夫です。それよりも、あなたの中に私がいるとわかります、か……?」
「わか……る、わ……」
頷くとディーデリックは嬉しそうに笑い、優しいくちづけを何度も繰り返した。そうされると不思議と痛みが遠のいていく。
ヴィレミーナが落ち着くまで、ディーデリックはじっと動かない。その表情が苦しげだったから、ヴィレミーナは微笑む。
「……もう、大丈夫だから……ディーの好きに、して……んぅ……っ」
わずかに腰を動かされ、小さく息を詰める。堪え切れずに浮かんだ涙を舌先で舐め取り、ディーデリックが苦笑した。
「あなたがそうやっていつも私を甘やかすから、私は甘えることを覚えてしまったのですよ」
ヴィレミーナは小首を傾げる。別に悪いことではないはずだ。
「それに加えて人を愛するとは何かを教えてくださった。だから私は、あなたを手放せなくなってしまったのです」
どういうことかと問いかける前に、ディーデリックが猛然と腰を打ち振り始めた。汗で湿った肌や彼の陰嚢が股間に打ち当たり音が上がるほど、抽送は激しく容赦がない。
「……ひ、あ……ディー……っ!!」
膝をついて腰を引き寄せられれば、シーツに触れるのは背中の一部と肩だけで、がつがつと奥を抉られる律動を余すことなく受け止めるしかなくなる。
「……たまりません……これが、あなたの中……熱くて腰が蕩けそうだ……私の想像など、遙かに上回る快感、です……っ」
「……ん、ぁ……あぁっ!!」
あまりの激しさに反射的に押しのけようとしたが、その手首を掴まれ引き寄せられてしまう。腕の間に乳房が嵌り、律動に合わせて上下にいやらしく揺れ動いた。
「ディ……ディー! ……お願……ゆっくり……してぇ……っ」
泣き濡れた声で懇願するが、聞き入れてくれる様子はない。それどころかますます抽送は強く、深くなる。
「……んぁ……っ!」
「……ああ、ヴィレミーナさま……私の聖女さま……申し訳、ありません……止められないのです……!!」
緑の瞳は情欲に底光りし、謝罪さえも譫言じみていた。欲望に呑まれ、理性を失っている。
それだけ求められると喜びが増してきて──不思議と痛みを上回る快感がやってきた。
(一度だけ、だから)
『願いを聞き遂げてくださったら、あなたの望み通り結婚します』
だから帰る前に一度だけあなたを抱かせて欲しい、と。
愛した人に自分の童貞をもらって欲しい──そうすれば彼は自分を諦め、そして相応しい家格のご令嬢と結婚してくれる。孤児院育ちの自分を妻に望むことなど、もうしないでくれる。
『身の程をわきまえなさい』
先日受け取った差出人不明の手紙のことを思い出し、快感の合間にちくりと胸が小さく痛んだ。だが直後に深く重いひと突きによって、それは喘ぎに変わった。
「……ああ……っ!」
「ヴィレミーナさま、ヴィレミーナ……っ」
熱に浮かされたように名を呼びながら、ディーデリックは腰を打ち振る。敬称が外れるとさらに律動は速まり、強くなった。
「……待って、ディー……はげ、し……ああっ!!」
ガツガツと奥を容赦なく攻め立てられ、息も絶え絶えになってしまう。痛みも圧迫感もまだ消えていないのに、快感が上回り始めてヴィレミーナは驚き、すぐに気づいた。
(私が、ディーデリックに求められて、喜んでいるんだわ……)
「……ヴィレミーナ……くちづけ、を……あなたの、唇を……っ」
答える前に唇を奪われ、ディーデリックが拘束するかのごとく抱き締めてくる。
これ以上ないほど密着しているというのに、まだ足りないらしい。律動の揺れを上手く利用して体位を変えられ、気づけば足が彼の肩に乗り、真上から突き刺すように貫かれていた。
「……これ、奥……んぅ……ふか、いぃ……っ!」
くちづけの合間に何とか言うが、ディーデリックは止まらない。それどころか重みをかけられ、子宮口をぐりぐりと押し広げられるかのような動きをされてしまう。
「……んぁ……あ、ぁ……駄目……ぇ……っ」
やがて中を蹂躙する肉竿の感触に、ふと、変化を覚えた。
これまで以上に硬く太くなり、存在感が増す。それがどういうことか女の本能で悟り、ヴィレミーナは快楽の涙で濡れた瞳を瞠った。
「……駄目、よ……それは、駄目……っ」
こちらを見下ろす緑の目が、わずかに細められた。抽送をさらに強く激しくしながら、ディーデリックが舌なめずりする。
止めるつもりはないのだ。
逃げ腰になるより早く、ディーデリックが最奥に押し入って動きを止め──吐精した。
「……ああぁ……っ!」
体奥に感じる熱に、ヴィレミーナは喘ぐ。
幸福感と罪悪感がないまぜになった声を唇で吸い取り、ディーデリックは最後の一滴まで注ぎ込むべく、何度か小さく腰を揺らした。
さらに肉竿を押し入れたままで、ぐりぐりと腰を押し回す。確実に子を孕むようにする執拗さだ。
一度だけ。けれど子を孕ませることはしないと。
「約束……した、でしょう……!?」
ヴィレミーナは快楽の涙で濡れた瞳でディーデリックを睨む。彼は消沈した様子をまったく見せず、それどころか愛おしげに微笑んで再び腰を動かし始めた。
「……え……あっ、待……っ、あぁ……っ!」
達したばかりで敏感になっている身体を、また貪られる。吐精したというのに蜜壺の中を出入りする肉竿は、いつの間にかもう漲って硬くなっていた。
「……ヴィレミーナ、愛しています……っ」
律動の合間に乱れた呼吸のまま、愛の言葉が囁かれる。
答えは期待していないらしく、何か言う前に唇をくちづけで塞がれた。また吐精される。
熱い迸りを打ち震えて受け止め終える間もなく、再び揺さぶられ始めた。
萎えたはずの雄芯はしばらくするとまた雄々しくなる。ヴィレミーナは驚きに大きく目を瞠る。
「……これ以上は、もう駄目……っ」
男の色気をたっぷり含んだ笑みを浮かべて、ディーデリックは反論する。
「あなたは一度だけならばと今夜の触れ合いを許してくださいました。朝が来たら、あなたはまた女神のものになってしまいますが……今は、私のものです。私の愛をすべて受け取って、そして天界にお戻りください。私の子種も私の愛の証です。もし、この一度きりの交わりで子が宿るのならば、あなたと私は女神に祝福された夫婦ということですよ」
「……馬鹿なこと……言わない、で……!! 私を奥さんにしたら、駄目、なの……!!」
ディーデリックは腰を一切止めないままで、笑った。ほんの少しだけ、切なげに。
「愛しています、ヴィレミーナさま。私のすべてはあなたのものです。……たとえ身体が、あなた以外のものになっていたとしても」
(ああ、きっと……もう私以外の人を、決めているのね……)
胸の痛みを堪えて、ヴィレミーナは目を閉じた。
(うう……っ、久しぶりにあの夢を見てしまったわ……)
思い出すだけで身体が火照り、ヴィレミーナは平静を保とうと懸命に試みる。
今は主人である女神ウルジュラの身支度を整えている最中だ。今日が世話人として最後の仕事となるのだから、変に気を散らせたくはない。
ドレッサーの椅子に座ってウルジュラはヴィレミーナに身を委ねている。髪を梳かされるのが気持ちいいようで目を閉じているが、時折頭が不自然に揺れ動くことから、うたた寝しているとわかった。
鏡に映る白金髪の美女を細めた目で見つめ、ヴィレミーナは少し強めに櫛を動かした。
「……あんっ!」
頭皮を刺激されて眠気が飛んだウルジュラが、妙に艶っぽい声を上げて瞳を開く。鏡越しにヴィレミーナは微笑んだ。
「おはようございます、ウルジュラさま」
「私、うたた寝してたのね……ごめんなさい。昨夜はあまり眠れなくて……」
その言葉を聞く頃には髪を梳かし終わり、天界で流行りの髪型に結い終えている。アクセントに蝶をかたどったダイヤモンドのピンを挿せば、完成だ。
目を伏せて憂えた表情が何とも美しい。この五年間、彼女の世話をしてきたが、この美貌にはいつも見惚れてしまう。
「だってあなた……今日で最後でしょう? もう私の世話をしてもらえないかと思うと、すごく寂しくて……!!」
ウルジュラは白魚のような美しい両手で顔を覆い、さめざめと泣き出した。予想通りの展開に用意しておいたレースのハンカチをポケットから取り出し、さっ、と差し出す。
それを受け取り、ウルジュラはしっかり鼻までかんだ。下界へ戻るのは洗ってからにしようと思う。
「もうあなたが作るケーキやクッキーやシチューやサンドイッチが食べられないのよ……この世の終わりだわ!!」
「大丈夫です。この程度で世界は終わりませんから」
「もう!! その鋭い返しも聞けなくなるのねぇ……!!」
天界の食事は味気ないものが多い。そもそも天界の住人は食事をする必要がない。
栄養は天界に漂う神気と呼ばれる空気のようなものを吸い込めばいいだけなのだ。
なのにわざわざ『食事をする』という行為を楽しむのは、ウルジュラくらいだろう。彼女は人間に恋をして夫にした類い稀な女神で、人の生活を模倣するのを楽しみとしているのだ。
女神ウルジュラはすべての世界の理を司る父神より与えられたこの世界の創造神だ。
彼女は地上世界を作り、生命を作った。その過程で人が生まれ、彼らの秩序と社会が成立した頃、成果を自ら確認すべく地上に降り立った。
その地が、ヴィレミーナの生まれた国──スリンゲルラント王国である。
地上で一番大きな大陸の中心部で、穏やかな気候で肥沃な土地だ。ウルジュラが降り立った頃はまだ国と呼べるほどの規模ではなかったが、女神降臨の噂を聞いて周辺から人々が集まり留まって、大きな集落となった。
そこで出会った男性と恋に落ち、ウルジュラは彼との間に子を生した。それがスリンゲルラント王族の始祖となって王国が誕生する。
永遠の命を持つ神と人が同じ時を過ごすことはできない。ウルジュラは夫が息絶えると同時に彼の魂を天に還して、天界に戻った。
だが夫を深く愛していた彼女はその血を受け継ぐ者を傍に置きたがるようになり、世話人制度が誕生する。
女神の夫の血を受け継ぎ、女神と精神波長が合う者が女神自身により選ばれ、期間限定で彼女の世話人として傍に呼ばれるのだ。
肉体は地上に留まり、魂だけが天界に飛ぶ。肉体は所謂眠った状態になるが、食事も排泄もしない。
世話人としての技量は問われない。
そもそも制度が誕生したばかりの頃は王子や王女といった王族の者に限られていたから、使用人まがいの仕事などできるわけがない。女神も夫の面影を子孫から感じられればいいだけで、話し相手程度の仕事しか求めなかった。
女神は夫と同じ種である人間が大好きだ。積極的に人間の文化や行動、思考などに触れようとする。世話人は、そんな女神の欲求を満たす手助けもしていた。
そして人間が大好きだから、人間に慈悲深くもある。
一生を自分のもとで過ごすのは可哀想だと、世話人制度が一定期間だけの役目となってもうだいぶ経つという。天界の一年は地上の五年にあたり、天界で三年──地上で十五年の時が流れたあとは、地上に戻されることになっていた。
女神の傍にいるとき、世話人の肉体時間は天界に同調する。
戻ったとき歳月の変化にすぐ慣れるよう、世話人は一年ごとに一ヶ月、地上への里帰り──地上戻りと呼ばれる──を許された。里帰りの一ヶ月は世話人の方も女神が喜びそうな情報を得る貴重な時間だ。
千年近い制度は脈々と続き、選別される世話人が女性だけになった頃から、彼女たちが『聖女』と呼ばれるようになった。
「ヴィレミーナは歴代聖女の中でも素晴らしい家事能力を持っているのよ!? 特にあなたが作る料理は絶品なのに、もう口にできないなんて……!!」
再び悲痛な声を上げて泣き出す。こういうところは小さな子供のようだ。
(まあ私は孤児院育ちだし、十三歳の卒院年齢になっても残らせてもらえたから職員としてバリバリ働いていたし)
そこで培った子供の世話と家事全般は特技だと、自負している。
十五歳のときにウルジュラの選別印が胸元に現れ、教会からの迎えが来た。聖女として勤めている間に同い年だった同期の子供たちはもう家庭を持ち、子供も育てている。
天界では三年経ってヴィレミーナは十八歳だが、地上は十五年の時が流れている。置き去りにされる感覚は割り切れるものではない。だがどうやっても覆されないのだから、グダグダ考えても仕方がないと割り切るようにしている。
聖女の役目は誰もができるものでもない。ましてや女神と精神波長が合う者は見つかりにくくなり、ヴィレミーナの選出も数十年ぶりだった。
貴重な経験でもある。それに聖女になったことで叶えられた望みもあった。
ヴィレミーナは仕方なさげに嘆息し、泣きじゃくるウルジュラを抱き締めた。
「最後だからこそ、ウルジュラさまの笑顔をきちんと見てから帰りたいです」
「無理よぉ! あーん、ヴィレミーナ、ずっと私の傍にいてぇ!!」
「それこそ無理ですよ。私の後任が決まっているでしょう? 今回は久しぶりに途切れることなく次代が決まったのですから、それで良しとしてください」
順調であれば最後の地上戻りのときに次の聖女が決まり、前任者が戻るまでの間に聖女教育が行われるのだ。次の聖女は見つかったと聞いている。
「あっ、ごめん。言い忘れてたわ」
埋めていた胸から顔を上げ、ウルジュラはぺろりと舌を出す。
「世話人制度はあなたでおしまいにすることにしたの。だから聖女称号もあなたで最後よ」
「……えっ!?」
「いつまでも独り立ちできないダメ女神と言われてしまったのよ……もういない夫の面影を千年後の子孫に重ねることは夫への愛ではない、ともね……ふふふ、まあそうね……そうよね……。あなたたちに旦那さまの血は受け継がれているけれど、千年近くも経てばその血も薄まってほとんど消えているのは確かで……ふふ、それを見ないふりをして怠慢女神とまで言われたわ……」
そんな暴言を届けたのは一体誰なのかと驚く。かなり消沈した表情から相当参ったようだ。
「誰がそんな不敬なことを言ったのですか。私が一発、平手打ちしてきます」
「でも、彼の言うことも一理あるのよ。地上に居ながら祈りという手段で、私の心に己の言葉を届けた彼の……そう、執念に……震えたわ……」
ウルジュラは自分の腕で己を抱き締め、小さく身震いする。心なしか顔も青ざめていた。
「彼に逆らってはいけないのよ……ええ、そうよ……」
「あ、あの、ウルジュラさま? 大丈夫ですか……?」
「……ああっ、彼の声が聞こえるわ。早くあなたを返せと……!」
(えっ、それってどういうこと!?)
ウルジュラが追い立てられるようにして一度ヴィレミーナをきつく抱き締めてから、身を離した。指先で頬を優しく撫で、その指で軽く肩を突く。
大した力でもないのに、仰向けに倒れそうになる。足を踏ん張るより早く、ウルジュラの笑顔が遠くなる。
落ちる。床があったはずなのに消えていて、背中から真下に落ちていく。
ウルジュラが片腕を上げ、レースのハンカチを大きく振った。
「幸せにね!! 私は天界からいつも見守っているわ!! 大司教には言っておくわねー!!」
(いやいや待って!! 最後の別れがこんな感じでいいの!?)
なし崩し的な別れに納得がいかず、大声でウルジュラの名を叫びながら落下していく。
いつもは地上に通じる大扉をくぐっていくのに、なぜ今回だけこんな異常な──いや、手抜きな戻り方なのか!
(もおおおおぉぉ!! 変なところがおおざっぱなんだからー!!)
大抵のことを神力で何とかできてしまうからこうなるのだ。ヴィレミーナは怒りつつも諦めの極地で目を閉じる。
すぐに何かに強く引き寄せられる感覚がやってきた。
魂が肉体に引き戻される感覚だ。とりあえず、いつも通り肉体には戻れるようだ。
(目が覚めたら……ディーデリックが傍にいてくれるんでしょうね……)
聖女称号が次代に移るまで、聖女の肉体を何者からも守る護衛役。
彼は不思議とヴィレミーナの目覚めの時を感じ取れるようで、肉体に戻ったときは必ず枕元にいてくれた。