このたび、ゼロ日婚いたしました。 冒険者夫婦の愛は前途多難!? 1
びちゃっ!
ぬる……ぬる……ぬちょ。
透明な青色の、ねっとりとした細長いゲル状の触手が、濡れた白い肌を這う。
一本どころではなく、十本ほどが、それぞれ独自の動きをしている。
「ふあ、あ、くうぅ」
女剣闘士のヒルダ・ヒーリーは、触手に捕まって宙に浮いていた。
最初こそ必死で声を出すのを堪えていたが、もう限界だった。
「あ、あぁぁんっ!」
くすぐったさを超えた感触に、ヒルダは叫んだ。
(だめ、だめ! 意識を保たなきゃ……巨大スライム《こいつ》を倒さなきゃ!)
だがここは、森の中。
一人でうっかり奥深いところまで来てみれば、このザマだ。
しかも日が暮れ始めている。
さらに触手に手足を掴まれた瞬間、唯一の武器である両手剣を地面に落としてしまった。
にっちもさっちもいかない。
ダメダメな状況だ。
もっとも、このモンスター──巨大とはいえ、スライムは魔法生物だ。魔法で倒せる。
魔法使いである必要はない。冒険者であれば誰しも、低レベルの魔法札を、備えとして所持している。
火炎や雷撃の札を三枚使えば、充分倒せるのだが。
最大の不運は、ヒルダには壊滅的に魔法適性がなかったことだ。
「あ、ああっ、ああ……っ!」
じゅる、じゅると、六本の触手がヒルダの皮膚を撫でていく。
厄介なことに、触手がヒルダの防具をじわじわと溶かしている。
今はぎりぎり、胸と秘部だけが隠れている状態だ。
だが、真っ裸になるのも時間の問題だろう。
(うう、このままじゃ、やられちゃう)
殺される方ではない。犯されてしまうという意味で、だ。
ダメ元で助けを呼ぶべきだろう。
「だっ、だ、誰かあっ、んぐううっ!」
大きく口を開けた直後、一本の触手が口の中へじゅぼっと勢いよく入り込んできた。
「んんーーっ! ん、んっ……ぁ、はっ、ん」
とぷっと、触手が何か液体を吐き出した。ヒルダは抗えずにそれを飲み込んでしまった。
直接喉の奥へ流し込まれたが、舌には妙に甘ったるい味覚が残った。
液体を出すだけ出すと、触手はずるりとヒルダの口から抜け出た。
けほけほと咳き込むも、唾液が微かに散るだけだった。
「ふぅ……ん……っ」
身体が、一気にかあっと熱くなった。
(なにこれ、気持ち悪い、でも、疼く……っ!)
ヒルダは、もぞもぞと脚の付け根を擦り合わせた。
すると、胸を覆っていた布が、ついにはらりと落ちる。
ぷるんとした乳房が、露わになった。
「は、あ、はあ……っ」
最後の砦は、脚を擦り合わせているため、ギリギリ落ちないでいるが──いつまでもつか。
もういっそのこと、堕ちてしまったほうがいいのだろうか。
「っ、かっ、だれ、か……たすけて……っ!」
かろうじて残った理性が、ヒルダを再び叫ばせた。
だが、それはかき消えそうなほど、掠れた声だった。
(魔法が使えたら!)
せめて、魔法具だけでもまともに効果を発動させられれば、声ぐらい大きくできるだろうに。
いや、それならそもそも、こんな事態にすらなっていない──。
魔法適性が皆無なことが、これほど冒険者として致命的だったとは。
(ごめんね……お母さん……私……もう、無理)
病気で倒れた母が、このままでは独りぼっちになってしまう。
(まだ、諦めるのは、嫌だ)
ぐっと眼を閉じ、何とか耐え忍ぼうとした、その時だった。
ピギィィィィ!
甲高い悲鳴が聞こえた。人のものではない。
眼を開けると、触手の尖端が宙を舞っていた。
「え──」
ザシュ、ザシュ!
瞬きをするごとに、拘束が緩んでいく。
「っ、うわっ!」
そしてついに、手足のいましめがなくなった。
同時に、浮いていた身体を支えるものがなくなる。
ヒルダは反射的に受け身を取った。
が、上手く力が入らなかったのか、尻餅をつく結果となった。
「いっ……たぁ……!」
運良く草むらの上だったので、衝撃は比較的軽めではあった。ぷるんとした尻肉のおかげでもある。
が、それはあくまでヒルダだったから、だ。
もしも普通の女性であれば、骨折の一つや二つ、していたかもしれない──もっともヒルダの知るところではないが。
さらに、不幸中の幸いか、謎の液体による陶酔が醒めてきた。
「……無事か」
「へ?」
腰をさすっていると、声がした。
ふと視線をあげた。上質なローブに、黒の外套をまとった長身の──、低い声からして男がいた。すっぽりと頭からフードを被っていて、顔は陰になってよくわからない。だがその右耳につけたロングピアスが揺れ、きらりと光ったのが見えた。
ほかにもわかることは、いくつかある。
まず、明らかに魔法使いだ。
なぜなら、彼の周りには小さな火の玉がゆらゆらと漂っているからだ。
通常、灯りとしては松明やランタンを使う。だが、魔法使いであれば自ら火や光を放つことができる。
しかし、それらをこのように自律させるのは、攻撃魔法として放出するよりはるかに難しい。
つまり、この男は、魔法使いとしてそこそこレベルが高い。
(……まさか、この人が助けてくれたの?)
他には誰もいない。
そういえば、まるで斬撃のような音も聞こえたが、目の前の男は一振りのナイフすら持っていない。
完全に手ぶらだ。
(杖すらないの? ……魔法には触媒が必要なんじゃないの?)
ともあれ、巨大スライムの気配は完全に消えうせている。
やはり、この男が助けてくれたのだろう。
「あ、あのっ」
ヒルダが慌てて、御礼を言おうとした時だった。
「初めて見たぞ」
「え?」
「スライムに対し、無抵抗の冒険者がいるとは」
──は?
いや、確かに、冒険者としては……そう多くはないだろう。スライムに対処できないなど。
だが、いつもは魔法生物は避けて狩りをしているのだ。
物理攻撃が通れば、どんなモンスターにも負けないという自負がある。
まぁ、ワイバーンやドラゴンはさすがに、今はまだ厳しいが。
いずれは、かの魔王を倒した冒険者達に負けない、最強剣闘士になるポテンシャルはあるはず。
しかし、スライムに勝てなかった件に関しては一切言い返せない。
が、御礼を言う気持ちを挫かれた。
じっと、ヒルダは男を睨めつけた。
(あれ?)
眼を凝らすと、顔の半分が見えた。
髭はなく、薄いながら唇には張りがあって、意外に若い。そして整った顔立ちではないかと推察できた。
「それよりも、だ」
「?」
「さすがに少しは、恥じらいを持ったらどうだ」
その言葉を理解するのに、少しの間があった。
ヒルダはおそるおそる、己の身体に視線を落とした。
「──~~~~っ!」
スライムに防具を溶かされ、さらに服まで消えかけ、丸く張った乳房はむき出しだ。
何より、ギリギリ取れていなかった最後の砦は、無残にも剥がれて──あろうことか、脚を広げた状態で秘部を男の前に晒していた。
「──、いやあああああああああああああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヒルダは、魔法適性こそないが、体力と筋力はずば抜けている。
引き締まった腹筋は、今、喉からこの世のものと思えないほどの絶叫を響かせるのに、大いに役立ってしまったのだった。
スライムに襲われ、見知らぬ男に真っ裸を見せつけてしまう。
命あっての物種とはいえ。
あんまりだ。
ヒルダは己の体質と不運を、ひたすら呪った。
***
「うわああっ! マティルダぁっ!」
ヒルダは酒場兼冒険者ギルドの『マガリ亭』で、親友であるマティルダの胸に抱きついていた。
「どうしようっ、私、もうお嫁に行けないかも!」
昨晩のことをぶちまけたところ、だんだん己のやらかしが恥ずかしくてたまらず、どうしようもなくなったのだ。
「あらやだぁ、お嫁に行くつもりだったのぉ?」
「だってだって、あんな押っ広げちゃって」
「大丈夫よぉ、ワーウルフに噛まれたと思って忘れちゃいなさいよぉ」
「結構それ痛いんじゃないかな! さすがに私でもさ!」
「大丈夫よぉ、大丈夫よぉ」
ほほほ、と、柔らかな声がした。
頭を撫でられていると、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
「その人のおかげで、すっぽんぽんで戻ってこなくて済んだどころか、報酬もゲットしたんでしょぉ?」
「う……そう、だけど」
あの時、悲鳴をあげてしまい、気づいた時には魔法使いの男の姿はなかった。
代わりに、彼がまとっていた外套が落ちていた。
オーバーサイズだったため、それをまとうことで怪しまれずにこのマガリ亭まで帰還することができた。
さらにあの男は、巨大スライムを倒した証拠である核を回収することなく、地面に放置していた。
「だったら、裸を見せるぐらい大丈夫よぉ」
「うう、大丈夫じゃないよぉ」
この聞き上手で宥め上手な性格は、彼女の職業である『冒険者の案内係』を適職たらしめている。
今はオフの時間だが、彼女は普段、このマガリ亭で、冒険者を審査・登録し、仕事を紹介している。
マティルダには、包み隠さず真実を告げた。だが、先立つものがなければ防具を買い直せないでしょうと言われ、ヒルダがスライムを倒したことにした。
おかげで、前と同じ装備を一式、隣の防具店で買い直すことができた。
こういうことはままあるらしい。原則、倒した証拠を持ってきた者が最終的に報酬を受け取ることになっている。
『換金アイテムでしかないし、一定期間は保管されるから、またお金を貯めて返してもらったらぁ?』
だから、罪悪感は持たなくていいと、マティルダは慰めてくれた。
彼女は二十五歳で、ヒルダの三つ上。案内係だけでなく、ここでウェイトレスもしていて、冒険者にも客にも大人気だ。
なのに、彼女の落ち着いた鷹揚さは、三歳の差では埋まらないと、ヒルダは常々思っていた。
「大丈夫よぉ、ヒルダ」
「マティルダ……」
「でも、冒険者一本でやっていくのは、やっぱりちょおっと考えた方がいいかもねぇ」
「うっ」
「魔法適性がゼロどころか、掛け合わせてマイナスになる人なんて、この世になかなかいないわよぉ」
──この、ちょっとばかり毒のあるところもまた、彼女の魅力かもしれない。
(そうなんだよね……なんで私、魔法適性がないんだろう)
ここはトニトルス王国の東、ジルウェット。
城塞都市として発展したこの街には、冒険者が多く集《つど》っている。
魔王が倒されて約二十年──この周囲には、今もまだ、モンスターが割拠している。
とはいえ、魔王の力が及んでいた時代に比べれば、強いモノはそれほど多くない。
そのため、冒険者といえど、いわば害獣駆除と同じ感覚で周辺モンスターを狩り、日銭を稼ぐ者が多くなった。
このような都市は、王国だけでなく大陸に点在しているが、ジルウェットはその中でもかなり栄えている。
理由は、王都に最も近い都市であることに加え、倒された魔王の遺したもの──それは金銀財宝であったり、魔導具であったり──が多く見つかっているからだ。
ヒルダ・ヒーリーも、このジルウェットを拠点として、周辺モンスターを倒して稼ぐ、冒険者の一人だ。
だがそんな彼女は、どこのパーティーにも属せず、ソロで戦っている。
なぜか。
ヒルダは幼い頃から、体力が自慢だった。
メイン武器は両手剣だが、大斧も振り回せるし、射撃も得意だ。
筋力こそ、さすがに屈強な大男には敵わないとしても、ヒルダには敏捷力がある。
回避能力の高さは、近接武器で戦う剣闘士には大きな強みだ。
──しかし、たった一つの体質が、彼女を孤独にした。
魔法適性の皆無、である。
どんな一般人でも、札や道具を使えば、低レベルといえど魔法の恩恵を受けられる。
しかし彼女はそれらを全て無効にしてしまうのだ。
その結果、彼女は、魔力による強化を受けられない。
「武力だけで言えば、魔王を封じたロードスレイヤーズにも勝るとも劣らない実力なのにねぇ」
「うう、やめてよ。伝説のパーティーを引き合いに出さないで」
マティルダが言っているのは、今から約二十年前に魔王討伐に赴き、見事に封じた伝説のパーティーの話だ。
彼らは二人の犠牲を出したものの、誰も果たせなかった偉業を成した。
大変な栄誉を授けられたはずだが、今は誰もこの国に残っていないらしい。それゆえに、早々に伝説化した。
「本当のことよぉ。付与や結界さえ何とかなればねぇ」
単なるパワー増加の問題だけではない。
戦闘においては、必要に応じて武器に属性を付与しなくてはいけなかったり、魔法による結界を必要としたりする。
それらが使えないのは、冒険者として致命的だ。
「あと、運のなさも結構問題よねぇ」
それは余計な一言というものだ。
「だ、だっ、だから」
ヒルダは言い募った。
「お嫁さんになれば、運は開けると思ってるの」
たった一つの例外がある、というより、例外だと信じたいが、試していないことがある。そのために必要なこと。
それは『結婚』だ。
当然、大抵の冒険者にとっては、こんな時に出てくる選択肢ではない。むしろ結婚は、よほど強い結びつきを感じる相手とでなければしたくない、と考える人の方が多いぐらいだ。
だがそれは、魔法の適性を多かれ少なかれ持ち合わせている者だからこそ、言えることなのだ。
「そうなのよねぇ……でも、それでいいの?」
マティルダがため息交じりに、頭を優しく撫でながら問う。
「婚姻のリング。双方の魔力を、指輪を触媒として行使できるものだけど……相手がいなきゃ使えないものねぇ」
そう、ヒルダとしては死活問題なのだ。
それを解決できる、唯一の希望の光が『婚姻のリング』だった。
魔導具の一つで、お互いの居場所を感知しあえるのが主な効果であるが、たとえば魔法使いであれば、それを触媒として配偶者の身を守ったり、指輪を介して遠隔攻撃できたりと、特殊な魔法が使える。
ただし、使い手も熟練でなければそこまではできない。
婚姻届を出すと、教会か、あるいは婚姻届の受理を代行してくれる冒険者の宿で、お祝いの品として渡される。そういうものなので、一般的な冒険者にとっては記念品でしかなく、おもちゃ程度の力しかない。
だが、藁にもすがる崖っぷちな状況にあるヒルダにとってそれは唯一の希望なのだ。
「でしょ! あれだったら」
「それを試すためだけに、結婚するの?」
「……仕方ないじゃん……お母さんのためにも、もうちょっと稼がないと」
女手一つで育ててくれた母は、病に倒れた。
その治療費を手っ取り早く稼ぐために、ヒルダは冒険者になったのだ。
だが、手近なモンスターを退治するだけでは、到底間に合わない。
魔王の遺物の一つや二つ、回収してこなければ。
さらに、その中には、一発で難病を治すほどの力がある魔導具も存在すると聞く。
だが、魔法生物というだけで、巨大スライムにすら自由を奪われる自分には──無理な話だ。
「……でもねぇ、たったそれだけの理由で結婚しようって提案して承諾する冒険者《あいて》は、オススメできないわねぇ」
「うう」
「相手を利用するなら、あなたも利用される覚悟がなきゃだめだもの。第一、私もあなたがそうなったら嫌だわぁ」
ごもっとも。
ごもっとも、ではある。
そう、例えば将来商売をしたくて元手が欲しいなら、もっと地道に稼ぐ手もある。
しかし、冒険者になってそろそろ一年。
ヒルダの魔法ポンコツぶりはこの街では有名になってしまい、もはや戦力として見向きもされない。
寄ってくるとしたら、まぁ、詐欺師の類ばかりだ。
それをなんとかマティルダが弾いてくれている。
「とはいえ、ここで雇うにも、やっぱり冒険者仕事のが実入りはあるものねぇ」
「でしょでしょ?」
「まぁ、物理で倒せるモンスター退治の依頼で、おっきいのが来たら、優先して回してあげるわぁ」
「あああっ! マティルダ様女王様女神様! ありがとう! 私が冒険者を続けられるのはあなたのおかげ!」
ヒルダはマティルダにぎゅうっと抱きついた。
周りの目は気にしない。
「いいのよ、いいのよぉ」
よしよしと、今度は背中を撫でてくれた。
「実績を積めば、そっちの信用でたくさんお金も借りられるでしょう。私は貸せるほどお金がないから、そっちでは役立てないけどぉ」
「ううん、持つべきは親友! 助かるよっ!」
そうだ。諦めてなるものか。
(今、お母さんは頑張ってくれてる。私もお金を貯める。早ければ早いほどいい。地道でも、とにかくモンスターを狩る! 仕事をする!)
冒険者が一番実入りがいい。
だがほかの仕事をもっと入れれば、それだけお金は稼げる。
「よおし! 元気になった! これからちょっと工事現場行ってくる!」
「え、工事?」
「城壁補修、確か人員募集してたよね?」
「ええ、でも、あれって夜間の見張りの仕事よ? 魔法生物が来るかも」
「大丈夫! 私も学習したんだけど、あの辺には物理で倒せるモンスターしか出てこないから!」
こんなことばかり学んでしまうのは、非常に悲しい現実ではあるが。
そうだ、頑張るしかない。
結婚は確かに早計かもしれない。
マティルダのおかげで冷静になれた気がする。
でも、やっぱり手段の一つとして、頭には入れておいた方がいいと、ヒルダは思った。
「立ち直りが早いのはあなたの美点よねぇ。あ、ちゃんと前を向いてね」
「わかってるって──っ、うわあっ」
バコーン! と、でかい音がマガリ亭に響いた。
ヒルダは吹っ飛ぶことはなかった。
だが同時に、痛みを感じていた。相手の胸元にまともにぶつかった顔を、ヒルダは手で押さえた。
明らかに誰かとぶつかったのだが、こういう時、だいたいは相手が吹っ飛んでしまう。
「痛たた……ああっ、ごめんなさい!」
ゆえに、いつもなら即座に飛び出る謝罪が遅れてしまった。
しかし眼を開けても目の前は暗い。
相手は吹っ飛ぶどころか倒れることなく、ただ少しよろけた程度でヒルダの前に立っていた。
(え、この人……あれ)
ローブだ。これは、魔法使いの防具だ。
何より、そのローブには、見覚えがあった。
(──昨晩の男《ひと》!)
ヒルダはゆっくりと顔を上げた。
今はフードを外していた。
当然といえば当然だが、ヒルダが持って帰ってしまったためか外套も身に着けていない。
ゆえに、顔は初めてまともに見た。
「まあ、オズワルドさん。ご無沙汰ですねぇ」
背後からのほほんとした、マティルダの声が聞こえた。
どうやら知り合いらしい。
ほけーっと見上げていたヒルダは、その声のおかげで我に返った。
同時に、彼が昨日の魔法使いなら。
(わ、私、この人の目の前で……?)
素っ裸状態で、脚を広げるという痴態を晒し、かつ大声で叫んでしまった──恥のうえにさらに恥を塗った姿を見せた、相手。
(誰にも見せたことなかったのに?)
そのことを、一気に思い出す。
ぶわーーっと、顔だけでなく身体が熱くなった。