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没落令嬢ですが、エリート魔術師(童貞)のえっちな被験体になりました 1

第一話

 

 


「……あっ……んん」
 自分のものとは思えない、思いたくないほどの甘く媚びた声が出てしまい、リゼは唇を噛む。
「この部屋は防音になっています。どれだけ叫んでも外には聞こえないので、好きなだけ声をあげてくださって構いませんよ」
 リゼとは違い、男の声には一切の乱れがない。
 その落ち着いた態度が、余計にリゼの羞恥心を煽った。
 これ以上、おかしな声を彼に聞かれたくない。
 手で口を塞ぎたくなるが、両手をそれぞれ肘掛けに固定されているため、不可能だ。
 リゼは息を詰め、声を押し殺す。
 そんなリゼの態度を不満に思ったのだろうか。
「我慢するのではなく、素直に声をあげてくださるほうがよいのですが……」
 溜め息交じりの声のあと、足の間にあるものが急にジジジジと激しく音を立て始めた。
「……ひっ」
 微弱だった振動が強くなり、リゼの敏感な場所を容赦なく責め始める。
 両手と同じく、両足も椅子の脚に大きく開くかたちで固定されているため、それを取り外すことはできない。
「んっ……ふっ……んんんっ」
 絶え間なく襲ってくる甘美な刺激に、鼻から甘い息が漏れる。
 男がリゼの足の間をのぞき込む。
「……もう、濡れております。ここがお好きですね」
 好きじゃない。そう言い返したいのに、彼の言葉を認めるように尻を揺すってしまった。
「んんっ……やっ……あっ……やっ、んんん」
 絶頂まで、さほど時間はかからなかった。
 しかし──快楽の余韻に浸る間はない。
 いつもなら絶頂すると動きを止めるそれが、動き続けていた。
「やっ、なんで……」
「今夜は、もう一度達するまで試してみましょう」
 抗議の視線を向けたリゼに、無慈悲な言葉が返ってくる。
 一度達した身体は敏感で、リゼは再び絶頂を迎えた。
「お疲れ様でした。お嬢様」
 労る声とともに、ようやく拘束が解かれる。
 身を起こそうとするが快楽の余韻でフラついてしまう。男がリゼの身体を支えた。
 淡々とした感情のない声音とはうらはらに、リゼに触れてくる手は優しかった。

 

 

 

「お嬢様、大丈夫なのですか? やはり迎えの方がいらっしゃるまで」
「大丈夫だと言ったでしょう」
 心配げな侍女の言葉を、リゼ・レスコーは力強く微笑んで遮った。
「あまり待たせてはだめよ」
 煉瓦造りの玄関ポーチの向こうには、侍女の息子が立っている。
「ですが……」
「わたしの迎えもすぐ来るから。落ち着いたら手紙を書くわ」
 名残惜しげに眼差しを揺らす侍女の肩を撫で、リゼは促す。
「必ずですよ」
 侍女は眉を寄せ頷くと、息子のほうへと歩いて行く。
 息子が黙礼をしたので、リゼも会釈を返す。
 靴職人をしているという侍女の息子は、気難しそうな容貌をしていた。
 けれども連絡するとすぐに迎えに来たし、老いた母を気遣い、腰に手を回している。母親思いの息子であることは見て取れた。
(あの息子さんなら、きっと大丈夫ね)
 幼い頃に母を亡くしたリゼにとっても、侍女は母のような存在だった。
 彼女に心配をかけたくない。これからも穏やかに暮らしてほしかった。
 息子の家までは、ここから馬車で半日ほどかかるという。
 辻馬車乗り場へと向かう二人の後ろ姿が見えなくなってから、リゼは屋敷へ入った。
 つい一か月前までは常に十数人の人がいた屋敷も、今はリゼ一人きり。そのせいか変わるはずなどないのに、前より屋敷が広く感じた。
 がらんとした廊下を歩き、リゼは今までのこと、これからのことに思いを馳せた。
 リゼは、そこそこ裕福なレスコー伯爵の一人娘として生を受けた。
 母はリゼが六歳の頃、亡くなった。再婚話もあったというが、父は新たな妻は迎えなかった。
 母方の親戚とは疎遠で、父の両親は他界していて兄弟もいない。
 母や兄弟どころか、従兄弟なども存在せず、リゼが家族と呼べるのは父親だけだった。
 寂しいときもあったが父と使用人たちに見守られ、リゼは何不自由なく……いや、少々甘やかされ気味に育った。
 母譲りの艶やかな金髪に、二重の大きなエメラルドの瞳。丸みを帯びた輪郭に、小さな鼻と、ふっくらした唇。
 童顔で小柄なため年齢よりも若く見られるが、リゼは今年の春、二十歳になった。
 マトール王国の女性の結婚適齢期は二十歳。貴族女性ならば、事情がない限りすでに婚約者がいて当たり前の年齢だ。しかし、リゼには婚約者がいない。
 少女の頃には婚約の話もちらほらあったが、頑なに断っていると、娘に嫌われるのを恐れてか父は婚約話を持ってこなくなった。
 結婚については少女の頃のまま。今も前向きな気持ちになれない。けれど一人娘なのだ。家を守るために婿を取り、子を産まねばならないのも理解していた。
 そろそろ我が儘はやめて、結婚相手を探してほしいと父にお願いしよう。
 父が落石事故に遭い帰らぬ人になってしまったのは、そう考えていた矢先だった。
 そして突然の訃報に悲しむ間もなく、驚愕の出来事が発覚する。
 父は二十年来の付き合いである執事に伯爵家の家計を一任していたのだが、その執事がレスコー家の資産を使い込んでいたのである。
 執事を信用しきっていた父は、自身が死ぬまで執事の悪事に気づいていなかった。
 リゼもまた信頼を寄せていて、葬儀の手続きや準備まで何もかも彼に任せっぱなしだった。
 真実が明らかになったのは、葬儀の三日後。
 高利貸しの男が屋敷を訪ねて来て初めて、レスコー伯爵家が借金だらけなこと、領地や屋敷までもが担保に入っていることを知った。
 執事に事の詳細を確かめようにも、彼は前日から休暇中。
 最初から逃亡する予定だったらしく、部屋はもぬけの空であった。
 莫大な借金を近日中に耳を揃えて返すか、それとも相続を放棄するか。
 頼る親戚もいないため、リゼは後者を選ぶしかなかった。
 執事を恨みもしたが、よくよく調べてみると父の資産管理もかなり杜撰だったことが明らかになる。
 ドレスや装飾品が、どれほどの値段がするのか。リゼ自身も疑問に思わず、与えられたものを当然のように受け取り続けていた。
 使い込みがあったのは事実だ。
 しかしこのような事態になるまで気づかなかったのは、父とリゼの落ち度であった。
 そうして返す当てがないため、リゼは屋敷と領地、レスコー伯爵家が所有するありとあらゆるものを売り払うこととなった。
 当然、使用人たちも解雇である。
 突然のクビを言い渡され、使用人たちは戸惑っていた。けれどもレスコー伯爵家の事情を理解してくれているらしく、腹を立てる者は一人もいなかった。それどころかリゼに同情し、心配をしてくる人も多かった。
 リゼの先行きを案じて一緒に暮らすよう申し出てくれる者もいたが、さすがに厚意に甘えるのは心苦しく、遠縁の元に身を寄せるのが決まったと丁重に断った。
 本当は頼れる遠縁の存在などなかったが、幸い別の当てはあった。
 リゼに身寄りがないと知った高利貸しから、住み込みの仕事を紹介してもらえることになっていた。
 リゼは今まで働いたことがない。それどころか、身の回りのことは侍女任せだった。
 家庭教師はいたので、ひと通り学んではいる。しかしリゼ自身が家庭教師になれるほどには、頭はよくない。
(仕事、ちゃんとできるかしら。誰にでもできる、簡単なお仕事だって言っていたけれど……)
 明後日には、屋敷を出て行かねばならない。
 初めての仕事に、新たな生活。
 これから一人で生きていくのだと思うと、不安が込み上げてくる。
(大丈夫。何事も経験だもの!)
 リゼは弱気な心を追い払うため、パシンと自身の頬を軽く叩いた。


「味がしないわ」
 最後まで残っていた侍女が去ったため、リゼは屋敷を引き払うときまで一人で生活せねばならなかった。
 今後の仕事の練習も兼ねて、野菜スープを作ってみたのだが……不味いというか味がない。
「人参が硬い……」
 もっと小さく切ったほうがよかったのかもしれない。
 リゼは歯ごたえがありすぎる人参を、ポリポリと囓った。
 朝食を済ませ、リンゴを手に庭に向かう。
 辞める直前まで仕事をしてくれていた庭師のおかげで、庭はまだ荒れてはいない。ただ、見よう見まねで花壇に水をやったものの、花壇の花は少し萎れていた。
(新しくこの屋敷に住む人が、ちゃんと管理してくれるならいいけれど)
 庭の先にある厩舎に着く。
 以前は五頭の馬がいたが、今は一頭だけだ。四頭は厩番が買い取りたいと言うので、引き渡していた。
「ジークフリート。ごめんなさい。遅くなったわね」
 馬房をのぞき込むと、白い毛並みのリゼの愛馬ジークフリートがじっとこちらを見つめていた。
「待ってね。すぐ準備するから」
 リゼは声をかけたあと、飼料庫で干し草を用意して、手にしていたリンゴとともにジークフリートに与えた。
 ジークフリートが食べている間に、桶に水を汲んで運んだ。
 厩番が辞めたのは三日前。昨日までは最後までいた侍女が手伝ってくれていたけれど、今日からは一人でジークフリートの世話をせねばならなかった。
 とはいっても、屋敷をリゼが去るまでの短い間だ。最低限の世話の仕方を厩番が教えてくれていたし、餌なども準備してくれていた。
「綺麗にしてあげるから、じっとしていてね」
 リゼがおぼつかない手つきで馬房に敷かれた藁を片付けるのを、ジークフリートは不思議そうに見つめていた。
 状況が変わると落ち着かなくなるかもしれないと、厩番が案じていたが今のところ大丈夫そうだ。
 餌やりと掃除が終わり、リゼはホッと息を吐く。
 衣服が汗でベトベトだったし、慣れない動きのせいで関節が痛い。
(結構な肉体労働だわ! ……あの子は、身体が小さかったから今のわたしより大変だったでしょうね)
 リゼの頭の中にふと、幼い頃の記憶が蘇った。
 十一歳の誕生日に、父が仔馬を買ってくれた。リゼはその仔馬をジークフリートと名付けた。
 ジークフリートは牝馬だった。その名前でよいのか、と父に訊かれたが、響きがかっこよかったので変えなかった。
 その頃のリゼは、ほぼ毎日欠かさずジークフリートに会うために厩舎に通っていた。
 いつものように昼食を終え、リゼは彼女の好物であるリンゴを手に厩舎へ向かった。
 入口付近に着いたときだ。突然バシンと大きな音が中から聞こえてきた。
 リゼは驚いて足を止める。ドスン、バシンとさらにけたたましい音が続く。
 厩舎には新入りのジークフリート以外にも、三頭の馬がいた。
 馬房は分かれてはいるが、喧嘩をしているのかもしれない。それとも、馬が単独で暴れているのか。
 恐る恐る厩舎の中を窺うのと同時に、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おめえ、何しやがんだ!」
 身体の大きな中年の男が、地面にある塊を何度も蹴りつけていた。
 その塊が、もぞりと動いたのが見える。
「……っ! やめて!」
 リゼは叫びながら、厩舎に足を踏み入れる。
 髭面の中年男、厩番がハッとして、こちらを向く。
 リゼと目が合うなり『しまった』という表情を浮かべたものの、すぐに取り繕うようなニヤけた笑みを浮かべた。
「……ああ、もうこんな時間か。お嬢様、みっともないとこ、見せちまいましたね。こいつが、水もまともに運べないもんだから、ちょっくら叱っていたとこでして」
 地面にある塊──蹲った少年のそばに、桶がひっくり返っている。桶に入っていたであろう水で地面が濡れていた。
「……だからって、暴力はいけないわ」
「物覚えの悪い馬鹿には、身体で教えるしかないんですよ」
 殴ったり蹴ったりすれば、頭がよくなるのか。リゼには彼の考えがまったく理解できなかった。
 言い返そうとして、リゼは厩番の顔がいつになく赤いことに気づく。
(……酒臭い)
 どうやら真っ昼間から酒を飲んで、酔っ払っているようだ。
 眉を顰めていると、少年がゆっくりと立ち上がった。
 少年は薄汚れたシャツと膝丈のズボン姿で、服にも肌にも泥がこびりついていた。
「膝、血が出ているわ」
 打撲痕と擦り傷だらけの足から、血がたらりと流れている。
「大変。手当しないと」
「舐めときゃ、なおります」
「わたしの母はね、傷口からバイ菌が入って、それで亡くなったのよ! ほら、来なさい」
 リゼはツカツカと少年に歩み寄り、ほっそりした腕を掴む。
 厩番は何か言いたげに口を開いた。けれど『お嬢様』に声を荒らげるのは躊躇したようだ。舌打ちをしただけで、リゼたちを引き留めはしなかった。
 厩舎横にある水場へと、リゼは少年を引っ張っていく。
 掴んでいた少年の腕を放し、リゼはポケットからハンカチーフを取り出す。それを水で濡らし、少年の前に屈んだ。
「動かないで」
 後ずさろうとする少年に命じ、リゼは濡れたハンカチーフを彼の膝に宛がう。
 新しくできた切り傷ではなく、瘡蓋が取れただけらしく血はすぐに止まった。
 リゼは身を正して、自分より少し背が低い少年の顔をのぞき込む。
「顔も殴られているじゃない」
 よく見ると頬が赤く腫れている。
「ひどい」
 頬に触れようとすると、少年はリゼの指を振り払った。
「ごめんなさい。触ると痛いわよね」
「…………汚いから」
 少年が、ぼそりと呟くように言う。
 確かに少年は、髪も顔も薄汚れていた。
 けれど鮮やかな青い瞳を彩る睫は長く、鼻筋も通っている。唇はかさついていたが、かたちがよい。
 髭面の厩番が父親だとは思えないほど、愛らしい顔立ちをしていた。
「汚くなんてないわ」
 リゼは頭に結んでいたリボンを解き、水に濡らす。
 そして絞ったリボンを、そっと少年の頬に宛がった。
「わたしに触れられるのが嫌なら、腫れが引くまで自分で冷やしなさい」
 少年は戸惑うように視線を揺らすと、水に濡れたリボンで頬を押さえた。
 少年の名はユベール・ドルレア。
 年齢は十三歳。リゼより二歳年上だったが、腕も足も細く小柄だ。可愛い顔立ちをしているため、女の子によく間違えられるという。
 彼の父親がレスコー伯爵家で働き始めたのは、一年ほど前になる。
 年齢が近く、彼も幼い頃に母親と死別していることもあって、リゼは何かとユベールを気にかけていた。
「……暴力のこと、お父様に相談するわ」
 口調が荒く躾の厳しい父親と、少し要領の悪い息子。
 最初の頃はそう思っていた。しかし仕事に就いたばかりで周囲の目を気にしていただけなのか、厩番の態度が悪化したのかわからないが、最近の彼の息子への暴力は躾と呼ぶには行き過ぎている。
 今日ほど酷いのは初めてだったけれど、殴るのは日常茶飯事で、ユベールはいつも青あざを作っていた。
 気づいたときに注意をしているものの、リゼを所詮は子どもだと侮っているのか、聞く耳を持たない。
 父の言葉ならばきっと厩番も従うはずだ。だがユベールは、リゼの提案に首を横に振った。
「今日は僕が水を零しただけだし……お酒のせいだから……」
 変声期を迎えていない、リゼよりも高く澄んだ声で、ユベールが言う。
「お酒を飲んで、働いていること自体がおかしいわ」
「……すみません」
「…………どうしてユベールが謝るの」
「父さんに、お酒を飲まないように言います。だから……旦那様には父さんのこと言わないでください。……ここの仕事なくなるの、困ります」
 ユベールはリゼに頭を下げる。
「クビにしてってお願いするわけじゃないわ。お父様に、注意してもらうだけよ」
「注意されたら怒って……父さんが辞めるって言うかもしれない……。僕は大丈夫ですから」
 リゼは心の中で溜め息を吐く。
 こうした提案をするのは始めてではない。今までも何度か、暴力をふるわれるユベールを見かねて、大人に頼ろうと言っていた。しかしそのたびに、ユベールに止められている。
 暴力をふるう男など最低最悪だが、ユベールにとっては大事な、一人きりの父親なのだ。
 もちろん肉親への愛情だけではなく、自己保身もあるだろう。保護者を失えばユベールも生活ができなくなるのだから。
「そろそろ戻らないと父さんに怒られる。お嬢様も午後から、お勉強でしょう?」
 午後から、家庭教師が来る予定になっていた。
 ユベールを助けたいが、リゼもまた父に保護されている子どもだった。彼の将来を守る力はない。
「また叩かれたり、蹴られたりしたら……わたしに相談して」
 何もできない自分が、歯がゆかった。
 しかし──それから二か月後。ユベールに転機が訪れた。
 きっかけは、リゼの軽率な行動だった。
 その日リゼは午前中、とある家のお茶会に招待されていた。
 父とともに何の気なしに参加したリゼだったが、すぐにそのお茶会の本来の目的に気づいた。
 その家には三人の男の兄弟がいて、そのうちの一人。リゼよりひとつ年上の少年を、真っ先に紹介されたのである。
 少年は熱心に、うるさいくらいリゼに話しかけてきた。周りの大人たちは、その様子を微笑ましげに見守っていた。
 父の体面のためにこやかにしていたが、だんだんと少年の鬱陶しさに耐えきれなくなってきて、リゼは体調が悪いフリをしてお茶会を退席した。
 そして帰りの馬車の中で、父へ怒りをぶつけた。
「ただのお茶会だって嘘を吐いて、婚約させようとするなんて。お父様は最低です!」
「正直に言ったら、君は来たくないと言うだろう?」
「だからって騙し討ちは卑怯だわ!」
 頬を膨らませるリゼに、父は穏やかな声で婚約の必要性について諭した。
 リゼには兄弟がいない。親戚とも疎遠で、もし仮に自分に何かあればリゼが苦労する。婚約していれば相手側の家が、後ろ盾になってくれる。だから自分が元気なうちに、良縁を見つけたい──。
 父の言葉はもっともだった。
 頭では理解できたが、心が『嫌だ』と悲鳴をあげていた。
「絶対、婚約なんてしないから! 無理矢理婚約させようとしたら、家を出て行くわ!」
 リゼは感情のままに、父を睨み付け叫んだ。
 屋敷に戻り自室に急行し、枕に怒りをぶつける。しかし気持ちは落ち着くどころか荒れる一方だった。
 リゼは無性にユベールに会いたくなった。
 ユベールなら、リゼの愚痴を黙って聞いてくれる。そうすれば心が落ち着く気がした。
 部屋を出て、厩舎へと向かう。
「ユベール、少しいい?」
 厩番の姿はなく、ユベールが掃除用のフォークを手に一人で馬房の掃除をしていた。
「…………少しでしたら」