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婚活するならオレにして! 騎士姫は乙女な団長にぐいぐい迫られています 2

第二話

 

◇◇◇

「これで納得してもらえたかしら」
 休憩時間、約束どおり再戦をした。
 結果は私の勝利。クルトなりに前回の反省を生かした攻撃をしてきたが、こちらだって成長していないわけではない。
「……ううう」
 地面に膝をつき、クルトが項垂れる。
 二度目の敗北にショックを受けているのだろう。それなら最初から再戦など挑まなければよかったのに。
「これに懲りたら私のことは諦めてちょうだい」
 剣を鞘に収め、息を吐く。
 これでもう二度と私に近づこうとは思わないだろう。
 そう思ったが、敵も然る者。
 なんと背を向けた私の足にクルトがしがみついたのだ。
「嫌です! 絶対に諦めませんから!!」
「ちょ、ちょっと……!」
「姫様が良いんです! 姫様じゃないと絶対に嫌なんです!!」
「やめてよ!」
「嫌だあああ……」
「えええええ……」
 声が半泣きになっている。
 クルトを足で振り払おうとするも、ものすごい力で抵抗された。
 力では勝てないのでどうしようもない。
 彼は私の足にしがみつきながらめそめそしている。
「姫様、姫様……」
「あのね……あなた団長でしょ。そんな簡単に泣かないでよ」
「それだけ本気なんです。……一度や二度負けたくらいで、オレが諦めるとでも? あり得ません。むしろより一層姫様に惚れました。こんなに強い女性は他にいないって確信が持てましたから。姫様、オレはあなたに勝つまで何度だって再戦を申し込みますからね。覚悟してくださいよ……」
「嫌すぎる……」
 恨めしげな涙声は妙に迫力がある。思わず天を仰いだ。
「こっちは嫌だって言っているのに……」
「嫌なら何度だってオレを叩きのめせばいいでしょう。ぐすっ……とにかくオレは諦めませんからね。絶対に姫様を手に入れてみせます」
 キリッとした顔で言っているが、目は赤いし、足にしがみついているので色んな意味で台無しである。
 私とクルトの再戦を面白がって観戦にきていた近衛騎士団員たちも、自分たちの団長が世にも情けない姿を晒しているのを見て、ドン引きしていた。彼らに目を向けつつクルトに告げる。
「ほら、団員たちに引かれているじゃない。団長としてそれでいいの?」
「なりふり構っていられませんから。姫様を得るためなら、オレはなんでもします。ふふ……オレはしつこいですからね。蛇のように絡みついてやりますよ」
「もう十分すぎるほど、厄介な男に目をつけられたって思っているわよ……」
 情けない気持ちになりながら、なんとかクルトを引き剥がした。
 そもそも足にしがみついてくるとか、彼は私が王女だということを忘れてはいないだろうか。
 普通に不敬罪だと思うのだけれど。
「とにかく私の勝ちだから。勝者として命令するわ。二度とまでは言わないけれど、しばらく私に近づかないでちょうだい」
 しっしと追い払うように手を振る。
 休憩時間も終わりなので仕事に戻ろうと思ったのだ。さすがにクルトもそれ以上邪魔はしなかったが、次の日また顔を見せられがっくりした。
 しばらく近づくなと言ったことを彼はもう忘れてしまったのだろうか。
「……ヴァニス団長。昨日言ったこと、覚えていて?」
「クルトとお呼びください。もちろん存じておりますとも!」
「そう。ならどうしてあなたはここにいるのかしらね」
 ハキハキとした答えに脱力しながら尋ねる。彼は堂々と胸を張った。
「あれから半日も近づかなかったのですから、十分でしょう!」
「……私のしばらくとあなたのしばらくにはずいぶんと開きがあるようね。私は最低でも一週間くらいは離れてほしいという気持ちで言ったわ」
「それは到底無理な相談かと。姫様と一週間も離れろなんて、死ねと言うも同然。姫様、愛しています。それと昨夜は空をご覧になりましたか? 星空が綺麗だったでしょう。ですが煌めく星々も姫様の美しさの前には霞みます。オレにとっての星は姫様ですよ」
「……」
 何故かウインクつきで告げられたが、星空云々のくだりがまた小説の引用であることに気づいてしまった私はしょっぱい顔になっていた。
 やはりクルトは、小説の引用をやめる気はないようだ。
 昨日とは別の小説ではあるが、私も読んでいるので引用だと分かってしまうし、彼と愛読書が同じという事実を何度も突きつけられて心が折れそうである。
「……あ、あのね、頼むから小説の引用はやめてくれないかしら」
「おお! 気づかれましたか、さすがです。もしかして姫様もオレと同じ小説をお読みになっているのでは?」
「は、はあ!? そんなわけないじゃない! 私の愛読書は歴史書よ!!」
 反射的に否定する。
 嘘を吐いた罪悪感はあったが、それ以上にクルトと『一緒』というのが嫌すぎた。
「わ、私はね、歴史書や心理学の本が好きなの。あなたとは好みが違うようね」
「そうでしたか、残念です。それより姫様、今日も再戦をお願いしても構いませんか? 今日こそは勝ってみせますので」
 クルトが自信に満ちた笑みを浮かべ、再戦を申し込んでくる。
 昨日、結構な醜態を晒していたと思うのだが、今日もやるというのか。
「……別に構わないけど、仕事が終わってからね」
「分かりました」
 OKするまでクルトが引かないことは分かっているので、さっさと諦めて待ち合わせの場所と時間を決める。
 再戦を取り付けることができて満足したのか、クルトは素直に去って行った。
 そうして約束の時間。
 私はクルトと三度目となる対決をした。
 もちろん私が勝利したのだけれど、残念なことにやはり彼の再戦要求は終わらなかった。
 宣言していたとおり勝つまでやるつもりのようで、それから毎日戦う羽目になったのである。
 今日で一週間が経つが、いい加減諦めてほしい。
「ああ……」
 遠い目になる。
 本当にどうしてこんなことになったのだろう。
 とはいえ騎士なので、戦うこと自体は別に苦ではないのだ。
 クルト本人も悪い人ではないし。
 彼の容姿に興味はないが、普段の仕事ぶりなんかは普通に尊敬できる。
 私が何より嫌なのは、彼と会うと例の『恋愛小説の口説き文句』までセットでついてくること。毎度「いやああああ! その台詞は一週間前読んだ小説のヒーローの台詞!」と心の中で嘆かなければならないストレスが大きすぎて勘弁してくれと言いたいのである。
 毎日毎日、再戦を申し込まれ、そのたびに叩きのめす日々が続く。
 クルトは本当に諦めなかった。
 いい加減やめてくれとお願いしても、再び足に縋りつき「絶対に諦めません!」と懇願し、こちらが「分かった」と根負けするまで離れない。
 周囲はすっかりクルトの味方で、そろそろ求婚に頷いてやれ的な雰囲気があるのが辛すぎる。
 私はクルトと結婚するつもりなんてないのに。
 そもそもの話、私は騎士の男が苦手なのだ。
 彼らの多くは女性騎士を侮っており、剣で勝てない私に対し、良い顔をしない者もそれなりの割合で存在する。
 言葉にされなくても雰囲気で分かるし、そんな態度を取られれば騎士が苦手になるのも仕方ないと思う。
 クルトがそういう人たちと違うのは分かっているけれど、騎士に苦手意識があるのは事実だった。
 彼にも何度か「私、騎士とどうにかなる気はないの」と結構真面目な声音で告げたが、今のところ諦める様子はない。
 彼が私に求婚しているのはもはや皆の知るところで、私は毎度剣で倒しながら、逃げる羽目になっているのだ。

◇◇◇

「エルザ、話がある」
 親衛隊としての勤務に励んでいると、執務室で仕事をしていた兄に声を掛けられた。
 広い執務室は、三年前の父が生きていた頃と何も変わっていない。
 重厚な家具と落ち着いた雰囲気が漂う部屋では、今も時折父の存在を感じることがあった。
「お兄様?」
 兄を見ると彼は羽根ペンを置き、こちらを見ていた。
 親衛隊長には国王警護という仕事がある。兄の側で警護の任に当たっていた私は背筋を伸ばした。
「拝聴いたします」
「いや、仕事の話ではないんだ。家族として……少々個人的な話をしたいと思っている。十分ほどでいい。構わないか?」
「個人的な話。はい、それは構いませんが」
 改まって話とはなんだろう。
 不思議に思っているうちに、兄は人払いを済ませた。
 執務室の中はあっという間に兄と私だけになる。
 兄が椅子から立ち上がり、執務机の前に置かれた応接用ソファに目をやった。
「エルザ、そこに座れ」
「しかし」
「立ってするような話ではない。いいから」
 仕事中に座るなど言語道断。難色を示す私を兄は強引に座らせた。
 兄も私の正面に腰掛ける。
 膝の上で手を組み、口を開いた。
「話というのは他でもない。そろそろお前も結婚する頃かと思ったんだ」
「……!」
 結婚という言葉を聞き、ドキッとした。
 私は今年で二十歳になる。適齢期であることは確かだった。
「……どなたか、お兄様のお眼鏡に適う方がいらっしゃいましたか」
 緊張しながらも、兄に尋ねる。
 国王である兄が決めたのなら、私に拒否権はないと分かっていた。
「どなたでしょうか。国内貴族……いえ、それとも外国の方とか?」
「いや、まだ何も決めていない。嫌いな男に嫁がせるのもどうかと思うからな。お前に直接相談しようと話をしてみたんだ」
「そう……でしたか」
 安堵の息が零れ出た。
 兄の命令なら仕方ないけれど、変な相手はやはり嫌だと思うからだ。
「まだ、決まっていないんですね……」
 しかも兄の言い方では私の意思を尊重してくれるようだ。
 心底ホッとしていると、兄が思い出したように告げた。
「お前に見合う男はいないか探してみるつもりだが……そういえばエルザ、お前近衛騎士団長のクルト・ヴァニスに求婚されていなかったか?」
「えっ……」
 最近の悩みの種となっているクルトの名前を出され、顔が引き攣った。
 兄が何故か楽しそうに手を叩く。
「そうだ、そうだったな。彼なら公爵位も持っているし、お前を嫁がせるのも悪くないと思うが」
「絶対に嫌です!」
 やってはいけないと分かっていたが、つい兄の言葉を遮ってしまった。
 大きな声を出した私に、兄が驚いたような目を向けてくる。
「そ、そうか? クルトは良い男だぞ。真面目で誠実。浮いた噂もなく、何よりお前に惚れている。大切にしてくれると思うが」
「ほ、惚れてるって……」
「毎日、結婚してくれと突撃されているのだろう? 私にもその噂は届いている」
「……最悪」
 まさか兄の耳にまで入っているとは思わなかった。
「クルトなら安心してお前を託せる。兄として、やはり妹には幸せになってもらいたいと思うからな」
「お気持ちは嬉しいですが、止めてください。私、騎士とは結婚したくありません。あと、それを差し置いてもヴァニス団長はちょっと……」
 クルトのことを思い出し、渋い顔になった。
 騎士という時点でクルトはないと思っているが、それ以前の問題なのだ。
 泣いて縋ってきたり、恋愛小説の一節を引用してきたりする男と結婚したいとは思わない。
 世の中にはそういう男が好きだという女性もいるかもしれないが、少なくとも私は違う。
 私の答えを聞いた兄が、がっくりと肩を落とした。
「そうか……。そこまで拒否するのなら無理強いはしないが……お前はどんな男が好みなのだ?」
「好み、ですか……」
 質問され、少し考える。答えは思いの外あっさりと出た。
「文系の方……でしょうか。私とは違う分野で活躍されている方が良いかと思います」
「ほう。違う分野か。肉体系ではなく頭を使う仕事をしている男がいいということか?」
「自分の専門分野でない方が、お互い素直に相手を尊敬できるかなと考えました」
 騎士に嫌な思いをさせられた経験があるだけに、余計にそう思う。
 素直な気持ちを告げると、兄は何度も頷いた。
「確かにお前の言うことは一理ある。良いだろう。お前とは違う分野で活躍する男を探してみよう」
「ありがとうございます」
 私の意見を聞いてくれる兄だ。妙な男を用意したりはしないだろう。
 私は安心して、兄との話を終わらせた。

◇◇◇

 兄と話をしてから一週間。
 早くも見合いが決まったという連絡があった。
 相手は侯爵家の嫡男で、王城の外務部門に勤めている人だ。
 名前はジーク・テレッセア。
 三カ国語を話せる秀才で将来有望。
 私よりひとつ上の二十一歳で、兄に希望した通りの人物だった。
 そんな彼との見合いは三日後。王城の庭で行われることとなった。

◇◇◇

「初めましてというのもおかしいですが、初めまして。ジーク・テレッセアと申します」
「エルザ・ブライトニアよ。今日は、わざわざありがとう」
 王城の庭の薔薇園。約束の時間五分前にやってきたジークは、黒髪黒目の感じの良い人だった。
 丈の長いグレーの上着はパリッとしており、クラヴァットは真っ白で綺麗な襞を作っている。見合いだから綺麗にしてきたといえばそれまでだが、清潔感があって几帳面そうな人だなと感じた。
「まさか、僕が姫様のお相手に選ばれるとは思ってもみませんでした。僕は仕事ばかりの面白みのない男なので」
「そんなことないわ。あなたが外交官として活躍しているのはお兄様から聞いているもの。私、尊敬できる人が好みだから、あなたを紹介してもらえて嬉しいと思っているのよ」
 ジークの遠慮気味な言葉に笑顔で返す。
 最初はかなり緊張していた様子のジークだったが、徐々に自然な笑顔を取り戻していった。
 彼は留学経験があるらしく、私が興味を持ったことが分かったのか、その時の話をしてくれた。
 彼は話上手で、聞いているだけでも楽しい。
 ふたりで薔薇園を散歩しながら穏やかに会話をする。
 彼の話に相槌を打っていると、ジークがちらりとこちらを見た。
「──と、こんな感じで外国では常識も違って、なかなか面白いですよ。姫様は外国へは行かれないのですか?」
「兄の護衛として何度か行ったことはあるけど、長期間滞在したことはないから、違いを感じるまでには至らなかったわ。もし機会があるのならゆっくり過ごしてみたいわね」
 なかなか難しいけどと思いつつも告げると、彼は柔らかく目を細めた。
「姫様には親衛隊長というお役目がありますから。女性、いえ、王女という身でありながら、過酷な仕事をなさっている姫様を尊敬しています」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
 お世辞で言っているのではないということは、見ていれば分かった。
 こちらのことを尊重してくれようとする態度に好感が持てる。
 彼との話は終始楽しく、二時間ほどの見合いはあっという間に終わった。
 薔薇園の前で別れの挨拶を交わす。
 私は笑顔で礼を述べた。
「ありがとう。今日は楽しかったわ」
「それは僕の台詞です。姫様と話していると時間が経つのがあっという間で……あの、またお会いできればと思うのですが……」
 見て分かるほど頬を赤く染め、こちらを窺ってくるジークに頷きを返す。
「ええ、もちろん。私も次を楽しみにしているわ」
 嘘偽りなく、彼との時間は楽しかった。
 さすがは兄というべきだろうか。私の好みをしっかり理解してくれているようだ。
 ジークとなら結婚してもいいのではないか、そんな風に思えた。
「ではまた」
「ええ、また。連絡を待っているわ」
 お互い、笑顔で手を振って別れる。
 胸の中は、やったという達成感でいっぱいだった。
 相手の反応も上々。この感じなら、すぐにでも婚約という話になるだろう。
 少し話しただけでもジークが常識ある好青年であることは分かったので、このまま話を進められればと思った。
 最初からこんな男を引き当てるなんて、なかなかついているなと、上機嫌で自室に戻る。
 次はいつ、連絡が来るだろう。
 今日は庭を散歩しただけだったので、今度はお茶会にして、じっくり話してみてもいいかもしれない。
 だが、話はそう上手くはいかなかった。
 それから二日後、破談になったと兄に告げられたのである。
「えっ、破談!?」
 私と兄以外は席を外した執務室。その室内に私の愕然とした声が響き渡った。
 兄は渋い顔をしている。
「ああ。今回の話は辞退させてほしいとのことだった」
「嘘でしょ……」
 信じられない気分で首を横に振る。
「どうして……? お互い楽しく過ごせたと思ったのに」
「詳しい理由は聞かなかったが『自分では姫様を幸せにできない』と言っていたな」
「……そんな」
 何をもってジークがそう思ったのか、理解できない。
 高いドレスや宝石を買って欲しいとか、贅沢したいとか言った覚えはないし、彼は終始楽しそうにしていたのに。
「……」
 愕然とする私を、兄が気の毒そうに慰めてくれる。
「残念だが仕方ない。なに、また良い男を探してやるから落ち込むな」
「……はい」
 なんとか首を縦に振る。とはいえ、納得できるはずもない。
『幸せにできない』とは方便で、他に何か別の理由があるのではないか。
 どうしても気になった私は、やってはいけないことと分かりつつも休憩時間を利用して、ジークの職場である外務部門を訪ねた。