けものの花嫁 狼王子は番の乙女を愛し尽くしたい 下 1
「ああっ…あんっあんっ……」
隘路の中を、硬く張り詰めた陰茎が行き来していた。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
薄闇の寝室。夜の帳に包まれ、あたりは静まり返っている。そのせいで、忙しない鼓動も、激しい息遣いも、そして、肌と肌がぶつかる乾いた音も、耳の奥でやけに大きく響く。
マリオンはレヴァンに後ろから深く深く貫かれている。
レヴァンの凶器のような雄を何度も何度も激しく抜き差しされて、秘裂はぐずぐずにとろけていた。
あとからあとから湧いてくる蜜で潤みきった中にたくましい剛直が突き入り、一番奥深い部分を容赦なく突き上げる。
「ああっ…あぁぁぁぁぁっ……」
どん、と胎の奥まで響き渡るような衝撃がたまらない。
気持ちよくて、気持ちよくて、もう、どうにかなりそうなのに、さらに強く突き上げられて、マリオンは悲鳴を上げた。
「ああっ……。だめぇ……、だめぇ……、おなか、やぶれちゃうぅ……」
耳元でレヴァンが、くすり、と笑った。
「やぶれちゃうくらい、気持ちいいのかな?」
「ああっ、ああっ、ああっ」
「すごい。締まる。ぎゅうぎゅうに締め付けてくる」
「あぁんっ」
「気持ちいいよ。マリオン」
ちゅ、と耳を吸われた。
ほんのささやかなそれが最後のひと押しとなって、マリオンは、ぶるり、と大きく身震いする。
来る。
「ああっ、きちゃう……、あぁぁぁぁぁ……」
むき出しになった感覚を逆撫でするような震えが、大きな波となって、肌の上を撫でていった。
びくん、びくん、と全身が勝手に痙攣している。
レヴァンを包み込んだそこも、一滴たりとも快楽を逃すまいとするように、張り付き、吸い付いて、くわえ込んだ男をきつくきつく抱き締める。
「あぁ……」
マリオンは深い息を吐いた。
絶頂を極めたのに、身体はまだ熱い。中が疼いている。もっと、もっと、とでもいうように、蠢き、まとわり付いて、レヴァンを離そうとしない。
秘裂の奥ではレヴァンの男が脈打っていた。
レヴァンはまだ精を放っていない。マリオンはもう何度いったのか自分でもわからないというのに。
ぬかるみがざわめく。
さらなる快楽をねだるように。
細かく震えるマリオンをつながったまま膝の上に抱き上げて、レヴァンがささやいた。
「すごく感じるようになったな」
(いや……。言わないで……)
マリオンが一番よくそれを知っている。自分がこんなふうに淫らになってしまうなんて思いもしなかった。
「ノアに抱かれたせいか。ノアに気持ちよくしてもらったんだろう?」
マリオンは、カッと頬を染め、顔を背ける。
今まで閨で別の王子とのことに言及されたことはなかった。
三人ともマリオンの夫だ。それはマリオンではなく、タロンの王子たちが決めたこと。
なのに、レヴァンにノアとのそれを指摘されると、なんだか不貞を働いたような気持ちになっていたたまれない。
一方で、三人の王子たちの間でマリオンとの閨のことも話題に上るのだと知って、いささか憮然とした気持ちにもなった。
自分の知らないところで自分の恥ずかしい部分が取り沙汰されているのではないかと想像するだけで、屈辱で頭の中が煮え滾るようだ。
「恥ずかしがることはない」
そう言って、レヴァンはマリオンの肩を後ろから、かぷり、と噛んだ。
痛くはない。子供のいたずらのような甘噛みだ。
なのに、噛まれた場所から甘い疼きが広がっていくことに、マリオンは戦慄した。
そんな場所でも気持ちよくなれるなんて、自分の淫らさがおぞましい。
「ノアはなんでも教えるのが上手いんだ。そこは私もかなわないところだ」
レヴァンの掌がマリオンの顎に触れる。上を向かされ、指先が喉元を伝い降りていく。
唇は耳朶を食んでいた。舌先が耳の外側をなぞる。ぴちゃ、という湿った音が頭の芯まで響いてぞくぞくする。
「……ノアが、…んっ……、言ってたわ……」
「なんて?」
「レヴァンは、会議の運営が上手だって……。自分には真似できないって……」
たしか、『兄上は、弁舌に優れているし、物事を系統立てて考えることにひときわ長けている』だっただろうか。
レヴァンが小さく声を立てて笑った。どこか楽しげな笑いだ。
「ほかには、私は相手を黙らせるのが得意だが、ノアは相手をしゃべらせるのが得意だ」
わかる気がした。
レヴァンには、そこにいるだけで相手を圧倒するような存在感がある。ノアは物静かだがレヴァンより口先が上手そうだ。
「ザザはまだ若いが……」
レヴァンはそこで少し考えるように言葉を切った。
「だが、あいつは、いずれ、黙らせるのも、しゃべらせるのも両方上手くなるかもしれないな。私やノアとは違った方法で、だが」
「違った方法……?」
「力にものを言わせる、とかね」
確かに。それもわかる気がする。
レヴァンやノアと比べて、ザザは物事を複雑に捉えない。白か黒か、『はい』か『いいえ』か、自身の持つ基準で直感的に判断する。
敵を前にした時には、あるいは、ザザのような人のほうが残酷になれるのかもしれない。
「だが、ひとつだけ、変わらぬことがある」
レヴァンのささやきが強く耳を穿った。
「三人ともおまえの番(つがい)であるということだ」
金色の瞳がきらりと光る。
獲物を前にした猛獣のまなざしだ。
ぞくり、と肌が粟立った。
いつかの夜のような恐怖のせいではない。新たなる快楽への期待がマリオンに身震いさせたのだ。
隘路の中でレヴァンの男がのたうつように胴震いした。
「ああっ…あっ……大きく……」
あっという間に快楽に火が点き、身体の芯が妖しくざわめき出す。
膝の上に抱かれたまま、背後から突き上げられた。深いところを続けざまに抉られて喉が鳴る。
「もっと気持ちよくしてやろう」
レヴァンの左手が乳房を掴んだ。
大きな掌が円を描くようにやわらかな肉を揉みしだく。指の間に挟まれた中心の薔薇色の部分は、指の隙間から、つん、と尖った先端をのぞかせている。
「だめっ……。一緒は、だめぇっ……」
マリオンは大きく首を振りながら悲鳴を上げる。
それだけでも頭が変になりそうなのに、レヴァンの右手の指先が、レヴァンの大きなものをいっぱいに頬張っている秘裂の縁を撫でた。
「ひぁっ……」
ずきん、と痛いほどの快感が背中を突き抜ける。
「健気だね。一生懸命私のものをのみ込んでいる」
「やっ…あっ…あっ……」
「ここも膨らんでいる。……かわいい」
レヴァンの指先が、秘裂の上の小さなしこりをくるりと撫でた。
「ひいっっっっ……」
中と、乳房と、それから、とても敏感なしこりと、三つ全部を同時にいじられて、マリオンは一気に高みへと放り上げられる。
「いやぁっ……、いやぁっ……」
「違うだろう? そういう時は『いい』と言うんだと教えたはずだ」
「だめぇ……、死んじゃう、死んじゃう……」
びくん、びくん、と全身が大きく震えていた。
大きく見開いた緑の瞳からは生理的な涙が止めどなく流れ落ちる。
快楽はてっぺんまで押し上げられたまま。少しも静まる気配がない。
断続的に胎の奥で弾けては頭のてっぺんまで駆け上り、そして、また、新たな快楽が弾けての繰り返し。
「ああ。かわいい……。番とは、なんて、いとおしい……」
レヴァンは、快楽に翻弄され続けるマリオンをぎゅうと抱き締めると、つながったまま、マリオンの身体の向きを入れ替えた。
寝台の上に仰向けに寝かされ、脚をこれ以上ないほど大きく広げられて、腰が浮くほどにかかえ上げられる。淫らな姿を厭う間もなく、そのまま、真上から一気に押し込まれた。
「ひぁっ…あぁぁぁぁぁぁ……」
ずどん、ずどん、と激しい衝撃を伴って快感が胎の奥で爆発する。
レヴァンのまなざしはぎらぎらと光っていた。
興奮した獣の目だ。
「―――っ!」
こうなってみてようやくわかった。
今までずっと手加減されていたのだ。
レヴァンの本気の欲望は、これほどまでに、重く、凄まじい。
「出すぞ」
ほとばしるようなレヴァンの咆哮に、マリオンは叫びで応えた。
「出して……!」
隘路の中に包まれたものが、一際大きく震え、どくどくと精を吐き出す。
「あぁ……」
最後にゆっくりと高みへ押し上げられ、マリオンは深いため息をつく。
身体の隅々まで染み渡るような陶酔だった。
これが気持ちいいということなのだと、やっとわかった気がした。
◇◇◇
そのまましばらく気を失っていたのかもしれない。
気がついた時には、寝台の上でレヴァンに背中から抱き締められていた。
意識がない間に清められたのだろう。髪が張り付くくらい汗をかいたはずの身体はさっぱりしていた。もちろん、ぬめるほどに濡れた脚のあわいも。
快楽のあまり、そうされても目覚めないほど深く気を失うなんて、自分で自分が信じられなかった。
(わたしは堕落したのだわ……)
肉欲に支配され、貞節をなくした。
仕方がない。
(だって、ここは獣の国なのですもの……)
きっと、こうして、自分も獣になっていくのだ。
もう、昔の自分には戻れない。
(こんなわたしをご覧になったら、アルベールさまはどうお思いになるかしら……)
憂鬱な思いを、しかし、マリオンはすぐに心の中から追いやった。
こんなに穢れてしまった自分がアルベールのことをいつまでも思い続けるのは、アルベールに対する冒涜のように感じられたからだ。
自分はアルベールにはふさわしくない。
アルベールの花嫁になる日を夢見ていた無垢なマリオンは、もう、思い出の中にしかいない。
マリオンが目覚めたことに気づいたのだろう。
レヴァンが、マリオンの額にかかる髪をそっとよけながら、眦にキスをする。甘やかすようなやさしいキスだ。
胸の奥のどこかが、きゅう、と軋んだ。
まるで、お話の中にでてくる心を許し合った恋人同士のようなキス。
でも……。
(わたしたちは違うわ……)
ただの政略結婚の相手同士。
愛も恋もロマンスも何もない。
瞳を伏せたマリオンの手を取り、その指先にくちづけを落としてから、レヴァンはおもむろに口を開いた。
「近いうちに、しばらく留守をすることになった。ノアとザザも一緒だ」
「……え? 三人とも?」
意外な言葉に、マリオンは思わずレヴァンのほうを振り向いていた。
タロンに来てから三人が同時に離宮を離れるのは初めてのことだった。どんなに忙しくても、必ずひとりはマリオンのそばにいて、頼みもしない世話を焼いていたのに。
「毎年、この時期に、河川の氾濫の危険がないか国内を回って調査しているんだ」
レヴァンが淡々と口にする。
「そろそろザザにも仕事を覚えさせねばならないし、今回は連れていくことにした」
タロンの王子として、主にレヴァンが政務を取り仕切り、ノアはその補佐をしている、らしい。ザザはまだ年若く本格的な公務は行っていないようだが、いずれは軍務に就くのだろうと、マリオンは三人の王子たちの会話からなんとなく予想していた。
「そう……」
胸にふわりと浮かんだこの気持ちは安堵だろうか?
それとも……。
「予定は五日間。おまえに会えない淋しい五日間だ」
唇は、マリオンの唇に軽く触れて、すぐに離れていった。
「私たちの代わりにおまえの世話をする者はもう見繕ってある。確かな者ばかりだから安心するといい」
「……わかったわ」
うなずきはしたが、ほんとうに大丈夫だろうか。
言葉も通じない。
文化も習慣も違う。
初めて顔を合わせる使用人と、はたしてうまくやっていけるだろうか。
不安になっていると、レヴァンが何か思い出したように声を上げる。
「ああ、そうそう」
「……え? 何?」
「私たちが留守の間に商人がやって来るようだ」
「商人? 東方から絹糸の取引に来るの?」
以前レヴァンが話してくれた。
誰も越えられないと言われている東の山脈を越えてはるか東方から商人がやってくるのだと。そして、タロンでは、その商人から買い求めた絹糸で布を織り、各国にタロンと関係があるとはわからぬようにして設けた商店を通し売りさばいている……。
「今回はそれではないよ。もっと南のほうの商人だね。南の国特有の珍しいものを売りにくるそうだ」
「そう……。そうなのね……」
南国の商人はマリオンの故国アルトリにも出入りしていた。
彼らの扱う手織りの絨毯はとても美しい上に丈夫なので、大陸の西側諸国でも高値で取引されている。
女性たちには南国産の香り高い花を原料とした香水や化粧水が、子供たちには南国でしかとれない珍しい果物が人気だった。
「私たちがいない間のちょうどいい気晴らしになるだろう。離宮へ来るよう、こちらも手配しておいた」
「お心遣い痛み入ります」
「欲しいものがあれば買うといい。ドレスでも、宝石でも、なんでも。どんなに高価でもかまわないよ」
マリオンは曖昧にうなずいてその言葉に応えた。
以前なら飛び上がって喜んだかもしれないその言葉も、今は、マリオンの心を少しも浮き立たせることはなかった。
そして、三日が経ち。
三人の王子たちが視察に出かけるという日がやってくる。
今回は北部地方を回る予定なのだと聞いた。
三人の王子の父であるふたりの国王は、レヴァンとノアが成人してからというもの、どうしても国王でなければならないこと以外、多くの政務をふたりに任せっきりにしているらしい。
「親父たちのヤツ、まだまだ元気なくせに楽隠居を決め込んでやがるんだ」
とは、ザザの弁だ。
「気持ちはわかる。母上と離れ難いのだろう」
とノアが言えば、レヴァンがつないだ。
「そうだな。私も番を得てようやく陛下たちのことを理解できるようになった。いやと言うほどな」
三人は、代わる代わるマリオンにくちづけをし、馬上の人となった。
レヴァンもノアも特段変わったところはなく、いつものとおりに見えた。
ひとり、ザザだけは、名残り多そうに何度も何度も振り返っていたが、いつしか、その姿も森の彼方に消えていった。
離宮の窓から彼らを見送ったあと、やってきたのは言いようのない脱力感だった。
タロンへやってきてからというもの、ずっと張り詰めていた気持ちが、突然、ぷつん、と切れたようだった。
今まで少なくとも四日に一度は誰とも閨を共にしなかった。ひとりで過ごす時間もそれなりにあったはずだ。
だが、その時とは全く違った心持ちだった。
身体の芯が丸ごと抜き取られてしまったような、たよりなさ、覚束なさ。
起き上がることもできずに、その日とその翌日をマリオンは寝台の上で過ごすこととなった。