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自称・恋人の騎士様(メンヘラ製造機)が後方腕組み彼氏面で私(陰キャ魔法使い)を溺愛してきます! 2

第二話

 

 フーッ……フーッ……。
 獣のような唸り声をあげながら、ダンテがこちらを見下ろしている。汗に濡れて束になった前髪の奥からギラギラと輝く瞳がまぶしい。彼に押し倒されたい乙女はこの国にごまんといるはずだが、これはさすがに不本意である。
「クソッ……なにが大丈夫なんだ、早く出ていけって言ったのに、犯されたいのか! 俺はあんたをめちゃくちゃにしたい衝動でいっぱいなんだ……! わかれよ!!」
 ダンテは歯ぎしりしながら震えている。アリスを拘束している手はぎゅうぎゅうと締め付けられる一方で、ぴくりとも動かない。
 出ていけと言いながらベッドに連れ込むダンテの行動は矛盾しているが、媚薬のせいだと思えば仕方ない。本能と理性の間で脳が誤作動を起こしているのだ。
「えと……あのね、ダンテ、気にしないで……」
「は……?」
 この期に及んで眉ひとつ動かさないアリスを見て、ダンテが眉をひそめる。
「私、魔法使いだから」
 念のため握っていた杖を指先でちょいと動かした次の瞬間、ダンテの両手は見えない力で拘束され、ドンッと壁に上半身を押し付けられる。
「わああああ……!」
 勝手に体が宙に浮いたダンテは、ひどく驚いたように声をあげ、目を丸くした。
「残りの薬を飲んでください」
 体を起こしたアリスは錠剤を拾い集めると、ダンテの顎をつかみ、強引に口を開かせて中に押し込む。
「ぐぅ……」
「飲めば少しは楽になるから。我慢して」
 猫に薬をやるときと同じように喉の下をくすぐると、ダンテはごくんとそれを嚥下し、それからゲホゲホと咳き込んだ。
「……はぁ……はぁ……クソッ……うう~ッ……」
 魔法使いは戦い慣れた騎士に武力では勝てない。だがこういう状況では話は別だ。自分より頭ひとつ大きな男でも拘束は可能なのである。
(とはいえ……かなり強力な媚薬を飲まされたみたいね)
 これは媚薬の効果が切れるまで、思った以上に時間がかかるかもしれない。
 アリスは大きく深呼吸し、それからおそるおそる口を開いた。
「ダンテ……あなた、恋人はいる?」
 アリスは彼の開いた両足の間に座り、うつむく彼の顔を覗き込む。
「……は?」
「えっとその……決まった相手がいるなら、その人を呼んだほうがいいかもしれないわ」
 そしてアリスは、ちらりとダンテの下腹部に視線を送った。
「なっ……!」
 どうやらダンテは、己の屹立がズボンを押し上げていることに気づいていなかったようだ。彼は真っ赤に顔を染めて慌ててシーツを下腹部に押し付ける。
「こっ、これは、その、もう何度か自分で抜いてるんだ、あんたが出て行ったらまたそうする!」
 いつもの貴族らしいダンテなら『抜く』だなんてあけすけな言葉は口にしないだろう。
 今の彼は完全にタガが外れかけている。なのでアリスもなるべく気にしないように、なんとも思っていないふりをして、言葉を続けた。
「それじゃあだめよ。性的対象とそういう行為に至らないと、媚薬の効果は薄れないの」
「嘘だろ!?」
 ダンテは悲鳴をあげた。
「本当よ。媚薬は体じゃなくて、脳の神経に作用してるんだもの。性的な対象とそういう体験をしないと、いつまでも飢餓状態は続くと思う」
「どっ……どの、くらい……?」
 ダンテがおそるおそる尋ねる。
「そうねぇ……。三日三晩……くらい、かな?」
 アリスは軽く首をかしげつつ、シーツ越しでもしっかりと盛り上がっているそこを見つめる。生きている男性のモノを直接見たことはないが、テントの張りっぷりを見るに長身でたくましいダンテにふさわしい質量が想像できる。
「三日三晩……それは、キツイッ……」
 アリスの説明を聞いて、ダンテはしおしおうなだれてしまった。
 涙が浮かぶ大きな瞳をぐるりと取り囲むまつ毛は髪と同じ赤で、彼が瞬きをするたびにぽたぽたとシーツの上に零れ落ちる。誰よりも強く、凜々しい男が弱り切っている姿を見て、アリスは妙な気分になり始めていた。
(どうしよう……恋愛経験なんかないくせに……なぜかすっごくドキドキしてる。これがギャップってやつ……? やだ、困っちゃうわ……!)
 彼は騎士団の中でも有数の色男だ。これまで数多くの女性とそういう関係を結んだはずである。そんな選ばれし恋人の中に、ここまで弱ったダンテを見たことがある人はいただろうか。
(いやいや、これは仕事だから……煩悩は去れ……!)
 アリスはムクムクと湧き上がってくる邪な思いを退けつつ、なるべく穏やかに見えるように尋ねる。
「じゃあ恋人はいないってこと?」
「いない……任務が忙しくて、一年くらいは……」
 ダンテはかすれた声でうなずいた。
「そう、なんだ……」
 これほどのモテ男が一年間もフリーだったなんて信じられないが、騎士団が激務なのは事実なので仕方ないのかもしれない。
(恋人じゃなくても、ダンテの相手をしたがる女の子はたくさんいそうだけど……)
 だが、今から適当な女性を連れてくるというのは、あまり現実的ではない。
 どうしたものかと首をひねり、そこでふと、唐突にボリスと同僚の言葉が頭に浮かんだ。
『魔法使いが処女なんてありえない』
『アリスの星の巡りが十年に一度の大幸運モードに入ったわ! なにをやってもうまくいく、長年の悩みが解消されていいこと尽くし! ぜひいろんなことにチャレンジしてみてね!』
 アリスの脳内で、ふたつの言葉が悪魔的に合体する。
(これってもしかして……チャンスなのでは……!?)
 これまで誰かと恋愛して肉体関係を持つという機会に恵まれなかったアリスだが、今目の前にいるのは媚薬の効果で性器をこれでもかと屹たせた、学生時代にほんのりと憧れていた男なのである。
 人々の中心で太陽のように輝く彼のことを、アリスはいつもまぶしく見つめていたのだ。
 初恋──だったのだろう。
(ああ……好き、だった……? そうだ。私、ダンテのこと好きだったんだなぁ……)
 心に淡く広がっていく思いを懐かしみながら、
「ダンテ」
 彼の頬に手をのせ上を向かせた。
「今のあなたなら私でもなんとか抱けたりします……?」
「は?」
「なんなら幻覚の魔法をかけて、理想の女性の姿になってもいいし。どんな子が好み?」
 さすがに地味女である自分が相手ではかわいそうだと思っての発言だったのだが、それを聞いた瞬間ダンテは眉をぎゅうっと寄せて、
「昔の同級生に、その扱いはちょっと……」
 と言ったものだから驚いてしまった。
「えっ……私のこと覚えてるの?」
 すると彼は、逆になにを言っているのかと言わんばかりに眉をひそめる。
「当たり前だろ……。アリス……アリックス・エリシー・アルマシー。魔法科首席卒業のストロベリーの悪魔、毒の異端児……毒苺……。はぁ、そうなんだよな。あんたはプロだ……魔法使いで……こんなこと……」
 息も絶え絶えになりながら、ダンテが声を絞り出した。
 語尾は切れ切れでよく聞こえなかったが、途中の物騒な単語は確実に耳が拾っていた。
「ど……毒苺って……」
 ストロベリーの悪魔というのは髪色由来だろうか。士官学校時代から、あることないこと言われている自覚はあったが、自分に不名誉なふたつ名がついていて、それをダンテが知っているとは思わなかった。
(えっ、どうしよう。普通に恥ずかしいんですけど……)
 黒鍵騎士団の面々から表情筋が死んでると言われがちなアリスだが、感情がないわけではない。ただうまくそれを表現できないだけである。
 どういう顔をしたらいいのかわからないまま唇を引き結ぶアリスの顔を見て、ダンテはため息をつきつつ、うめき声を出し顔をあげた。
「ああくそっ……わかったっ……。お前がそう言うならのっかるよ、抱かせてくれ」
「えっ?」
 性急にささやいた彼は、流れが飲み込めないアリスに向かって身を乗り出すと、アリスの唇に噛みつくようなキスをしたのだった。
 舌が口の中に滑り込んで、アリスの舌を吸う。あまりにも強く吸われすぎて、舌の根にピリッと痛みが走った。
【舌やわらか……】
【キス きもちいい~……】
 その瞬間、アリスの脳内に稲妻のように言葉が流れ込んでくる。
「っ……!?」
 甘やかな声に驚いてとっさに身を引くと、ダンテはその大きな体を軽くゆすりながらかすれた声でささやく。
「なんで逃げるの……?」
「に、逃げたわけじゃ……なくて」
 アリスは口元を手のひらで覆いながら、ダンテを見つめ返した。
(これって私のファーストキスだったんだけど……って、それどころじゃない! 大変、雨が降り出したんだ……!)
 そう──これがアリスの特殊能力の正体だ。
 アリスは雨が降っているとき限定で、触れている相手の心の声を聞くことができる。簡単に言ってしまえば、雨が触媒になりテレパス能力が一時的に開放されるのだ。
 心の声の輪郭は曖昧で話し言葉ほど微細にわたって理解できるわけではないが、相手の考えていることが文字通り手に取るように理解できる。
 ちなみに黒鍵騎士団でこのことを知っているのはボリスだけだが、彼はアリスの説明を受けても『使えそうで使えない能力』とまったくあてにしていない。なんなら普段はすっかり忘れているくらいである。
 実際、彼ほどの魔法使いであれば、自白を強要する魔法や眠っている人間の夢の中に入る魔法を使うことができるので、雨が降っていてなおかつ相手の体に触れていないと心が読めないアリスの能力など、制約が多すぎて利用価値がないも同然なのだ。
 だが当事者のアリスは、このやっかいな能力を持ったまま生きていかねばならない。
 だから普段から、雨が降ったら人と触れ合わなくて済むよう意識して距離を取るし、極力他人に関わらないように生活している。
 なのに──こんなことになるなんて!
 アリスは動揺しつつ奥歯を噛み締める。
(えっ、じゃあダンテの心の声を聞きながら、えっちなことを……!? いや、だめだよね、さすがにちょっと……彼に申し訳ないし……!)
 セックスの最中に心を読むなんて、想像するだけで羞恥で頬がぴりぴりと熱くなる。
「アリス……」
 ダンテが少し落ち込んだように名前を呼び、前のめりに上体を倒す。膝がこつんと触れてまた声が聞こえた。
【俺がいやなのかな】
【キスしたくないほど 俺のこと嫌いだったらどうしよう】
【ちょっと凹むかも】
 むき出しの心の声がアリスの心に流れ込んでくる。こちらを見つめるダンテの瞳のきらめきを正面から受け止めて呼吸を忘れた。あまりにもピュアでストレートな感情に、情緒がおかしくなりそうだった。
(違うわよ、嫌いじゃない、むしろ私はあなたが初恋だったのよ……) 
 そう伝えられたらいいのに。けれどそんなことができるはずがない。
(落ち着け私……今は冷静にならなきゃ……。今は仕事でここに来ているんだから。そう、これは仕事! 私の都合で雨が止むまで我慢してなんて言えないんだから!)
 魔法使いは合理性ばかり重視して情緒を知らないと揶揄されがちだが、王宮勤めで社会性は多少養われたと自覚している。今一番大事なのは、彼に安心してもらうことだ。そして一時も早く媚薬の効果を消すことである。
 アリスはふうっと息を細く吐き、微笑みながら軽く首をかしげた。
「……急にキスされたら驚くでしょう?」
「ああ、なるほど焦らしてるのか……。クソッ、アリス、これ、外してくれよ……お前に直接触りたいっ……」
 だがダンテは大きく深呼吸を繰り返しながら、すっかり大きくなった下腹部のそれをアリスに押し付けるようにして腰を揺らす。
【アリス お願いだから】
【お前に触れたい】【俺を拒まないで】
 懇願するダンテの顔は、凜々しい眉がぎゅっと寄せられてひどく苦しそうだ。彼の手首は体の前で拘束されていて、確かに身動きは取りづらい。
(拒んでなんかないんだけど……)
 どうしようか考えながら、アリスはゆるゆると首を振った。
「えっと……これは治療の一環だから。あなたは大人しく私に身を任せてくれる?」
「なにソレ……。経験豊富ってこと?」
 こちらを見る目がかすかに揺れる。不満の匂いを感じたが、意味がわからない。自分の体を他人に任せるなら、経験豊富なほうがいいに決まっている。
「まぁ、どうとってもらっても結構よ。私は魔法使いなんだから」
「……わかった」
 ダンテはしぶしぶと言った様子でうなずいた。
 我ながらちょっとズルいと思ったが今は仕方ない。はったりでもなんでも使えるものは使うべきだろう。
 生命の根源、神秘に近づくこと。すべての魔法使いの心に刻まれた命題でもある。それはイコール肉体の早熟さにも繋がるのだが、アリスはボリスが呆れるレベルのぴかぴかの処女だ。
 だが百戦錬磨のモテ男に『初めて』だと知られたくない。見栄っ張りだとしても、陽キャの集まりの赤狼騎士団の男に舐められたくない。
(絶対に……絶対に……事実だとしても陰キャな魔法使いって知られたくない! 弱みを見せたくない! できる女だって思われたい……!!!)
 雨が降って心の声が聞こえ始めたのは予想外だったが、逆に考えればこれはチャンスだ。
 己の能力を利用しつつ持てる知識を総動員して魔法使いらしい振る舞いをするべきだし、ついでに昔好きだった男で処女を捨てられてラッキー! な展開に持ち込むのだ。
(よし、やるぞ!)
 完全に開き直ったアリスはじりじりと後ずさりつつ、腰のポーチを外しシーツの上に置いた。
「では失礼して」
 ダンテの着ていた白いシャツをズボンから引っ張り出し、大きくテントを張って苦しそうなズボンの前をくつろげたところで息をのむ。
(でっ……っっっか……!!!!!)