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シゴデキ夫は今宵も新妻を離さない! 最強魔術師のエンドレス絶倫溺愛 1

第一話

 

「……ああぁ……っ!!」
 最奥に熱い欲望を注ぎ込まれ、ユーフェミアは胸を反らせながら喘いだ。同時に蜜壺からこれまで以上の愛蜜が溢れ出し、内腿を伝い落ちていく。
「わ……私、また……んぅ……っ」
 肌を滑る愛蜜の感触にも、ひどく敏感に反応してしまう。ビクビクッ、と跳ねるように身を震わせると、さらに腰を突き入れられた。
 もう入りきらないところまでみっちりと亀頭で押し開かれているというのに、大きな手で腰を掴み、さらに奥深くに入り込もうとしてくる。
 知的な容貌に似合わずほどよく鍛えた凛々しい裸身の青年が、乱れた呼吸でぐりぐりと亀頭を押し込む仕草には、欲望の最後の一滴までをも呑み込ませようとする執拗さがあった。そんなふうにされたら、また達してしまう。
「ごめ……なさ、ブラッドフォードさま、私、また……あ、ああ……っ!」
 雄芯からさらなる精を搾り取ろうとするかのごとく、蜜壺で締めつける。一瞬息を詰めた青年は、しかし汗を一滴、頬に滴らせて微笑んだ。
「……は……、構わない、ぞ……私は、まだまだ君に付き合ってやれる……」
「……あ……そ、こ……駄目……っ、あっ、ああっ!!」
「ここか? わかった。ここを指で……ああ、中は私のもので擦って……ほら、どうだ?」
(気持ちいい。こんなに気持ちよくて、いいの……!?)
 何度も達した身体は敏感で、青年の愛撫ですぐに絶頂を迎えてしまう。感じすぎて苦しいくらいなのに、それを上回る喜びが苦しさも快感に変えるようだ。
(でも、ずっとこんなふうにブラッドフォードさまに抱いて欲しかったのだもの……)
 正面から攻め立てられながら、ユーフェミアは快楽の涙を浮かべた目に愛しい人の姿を改めて映す。
 いつもは首の後ろできちんと一つに纏められている黒髪も乱れ、その様が壮絶な男の色気を醸し出している。
 理知的な紫暗の瞳は、欲情にまみれてギラついている。
 ブラッドフォード・ウェイレット伯爵。兄の親友で、その縁で可愛がってもらっている。おそらく妹――いや、娘のようにしか思われていないが、大好きな人だ。
 その彼に、激しく抱かれている理由は――。
「まだ……催淫草の効力が消えていない、か……」
 忌々しげにブラッドフォードが呟いた。
(……そう、これは魔術生物、催淫草の……影響、で……)
 魔術生物は魔術省の管轄において、厳しく管理されている。だがこの植物は、高位貴族の間では刺激的な性の楽しみを得られると人気で、密かに流通しているのだ。
(……催淫草の汁を摂取すると……性交しなければ頭がおかしくなるほどの発情状態となって……)
 ユーフェミアを救うために抱いてくれた彼の熱い精を注ぎ込まれ――とんでもない効果は打ち消された。なのにこの身体はまだ、雄芯を物欲しげに締めつける。
「……まだ足りないか……わかった。任せてくれ」
「……も、もう……大丈夫、です……」
 疲れをまったく見せずに再びのしかかってきたブラッドフォードの胸を、ユーフェミアはそっと押した。その手を彼が掴み、引き寄せて指先にくちづける。
 まるで姫に誓いを立てる騎士のそれだ。心臓がドキリ、と小さく跳ね、ときめく。蜜壺が呼応し、きゅっ、と収縮した。
 内心で慌てるユーフェミアをよそに、ブラッドフォードが低く笑う。
「遠慮はいらない。私の精が空になるまで注ぎ込んでやる。……少し、激しくする、ぞ」
 言いながらブラッドフォードはユーフェミアの足首を掴んで肩に乗せ、膝が乳房にめり込むほどのしかかってきた。
 自然と蜜口が上を向き――どちゅん!!  と強く奥深くまで貫かれる。
「……ひ、ぁ……っ!」
「駄目だ、ユフィ。腰を逃がすな。しっかり感じてくれ。そうしないと催淫効果が打ち消されない……っ」
 二つの袋が臀部に打ち付けられる音がするほど、男根の出入りは激しい。かと思えばぐっと奥に入り込んだまま、腰を押し回される。
「……んあっ! ……あ、ああ……それ、駄目……ぐりぐり、しない、でぇ……」
「満足していないのにここで止めたら君が辛いだろう。だから……する」
「……あっ、あ、も、大丈夫、だか、ら……やぁ……!」
「大丈夫では、ない……っ。また、私を締めつけてきた……っ」
 再び腰を打ち振りながら、ブラッドフォードが親指で花芽を擦り立てる。中と外を一緒に攻められまた達し、彼の腰に両足を絡めてしがみつく。
(こんなにしたら、気持ちよすぎておかしくなってしまう……!)
 治療行為とはいえ、もう限界だ。そう告げようとしたとき、囁かれた。
「愛している、ユフィ」
 えっ、と目を瞠る。これは治療行為のはずなのに。
 聞き返したくともますます律動が激しくなり、快感に呑まれて何もわからなくなる。
 ただわかるのは気持ちよさと――彼に抱かれる喜びだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 創世の頃、この世界に降り立った神は世界を造り、動物と人を造った。そしてすべてのものは魔力と呼ばれる力を与えられ、魔力をもとに様々な魔術を執り行うことができた。
 例えば何もないところで火を熾し、水を生み出す。一瞬で種から大木まで成長させる。身体を強化し、素手で岩を砕き、遠くまで数秒で駆け抜ける。言葉を交わす獣、精霊や魔物と呼ばれる超自然的存在などを操る。それらが魔術によって可能となった。
 だが文明が発達し、神の声が聞こえなくなるにつれ、その力も教えも徐々に喪われていった。今ではその神秘を目の当たりにできるのはごく限られたときだけとなり、また、魔術を行使できる者――『魔術師』も減少し続けていた。
 世界的に魔術師が少なくなっていく中、大国であるレヴァイア王国では老若男女、様々な魔術師が多く存在している。
 彼らは王国に保護され、管理されている。その管理を一手に執り行っているのが『魔術省』だった。
 魔術省のもとで彼らは魔術を究めたり国防のために魔術で戦ったり、諜報活動をしたりする。とはいえ魔術師の中には選民意識が高い者、好戦的な者など、ひと癖もふた癖もある者もいて、魔術省長官はなかなか大変な役目だった。
 今代魔術省長官は、ブラッドフォード・ウェイレット。このレヴァイア王国内において、五本の指に入る高位貴族、ウェイレット伯爵家の嫡男で、最強の魔術師と言われている。


 今日の夜会のため、ユーフェミアは朝食を終えるとドレスやアクセサリー、化粧道具などを持って、ウェイレット伯爵邸を訪れた。
 あまりにも早すぎる来訪だったが、使用人たちはまったく驚かない。それどころかまるで女主人を出迎えるようにきっちりと大玄関前に整列し、美しく一礼する。さすがだ。
 その中でブラッドフォードの両親と同じ年頃の家令、オーウェンが一歩進み出る。
「いらっしゃいませ、ユーフェミアさま」
「お邪魔するわ。ブラッドフォードさまは?」
「……昨夜からの書類仕事が終わらず、執務室に籠りっぱなしです……」
 やはり、とユーフェミアは苦笑した。そして明るい声で続ける。
「ならばまず、そのお疲れを癒して差し上げないと! 『ブラッドフォードさまを人として健康的に過ごさせる会』会長として腕を振るわせてもらうわ」
「存分にお願いいたします」
 笑顔で応えたオーウェンとともにブラッドフォードの執務室に向かいながら、ユーフェミアはこの屋敷の主人である彼の姿を思い浮かべる。
 艶のある紫がかった癖のない黒髪を細く長く伸ばし、紫紺の細リボンで首の後ろで纏めている。それはユーフェミアがプレゼントしたリボンだ。
 黒にも見える深い紫色の瞳に、一粒パールがついた繊細な銀鎖の片眼鏡を着けている。片眼鏡は魔術道具で、度は入っておらず起動すればはるか遠くや離れた場所の景色を拡大して見ることができる。これがいつもの彼の姿だ。
 すらりとした長身は常に背筋が伸びていて、整った顔立ちを際立たせている。容姿が知的な印象が強すぎて軟弱な男、と誤解されることもあるが、体術の強さは相当だ。仕事上、薬草採取で奥深い山や森に自ら入ることも多く、遭遇した獣を退けなければならないことを考えれば、体術や剣術もそれなりの実力がなければならない。
 親の七光りを背負うだけの貴族子息とは存在を異にしている。外見や家格、財産などで人の価値を決める者たちとはまったく違う、素晴らしく素敵な人だ。
 それだけでなく、ブラッドフォードは『魔術師』の頂点たる魔術省の長官だ。
 そして現在、歴代最強の魔術師でもある。
 もともとウェイレット伯爵家は、強い魔術師を何人も輩出している歴史の古い家系だ。ブラッドフォードの両親は魔力を持たないただの人間だが、彼の祖父はやはり強い魔術師で、魔術省の長官を務めていた。
 四年前、隣国が世代交代し、後継者が何を思ったのかレヴァイア王国の魔術師を手に入れようと戦争を仕掛けてきた。ブラッドフォードは二人の魔術師を補佐につけただけで出陣し、広範囲の炎魔法を撃ち込んで約千人からなる隣国の奇襲隊を撤退させた。
 隣国はとんでもない相手に喧嘩を吹っ掛けたと気づいたのか、それきりこちらに手出ししてこない。水面下で動いているのかもしれないが、ブラッドフォードは常に各国に魔術師の諜報員を潜り込ませ、情報収集もしていると聞いている。
 彼の功績は他にいくつもあるが、とても一晩では語り切れない。
 少し冷酷な印象を他者に与えがちだが理知的な美貌とすらりとした長身、家格の高さ、それに伴う財産など――貴族令嬢たち、未亡人、果ては既婚の夫人たちですらのぼせあがるほどの人物である。
 にもかかわらず、二十九歳になっても未だ妻を娶らない。自分の妻として、ウェイレット伯爵家をともに盛り立てていく伴侶をじっくりと探す思慮深さも評判だ。
 以前、その理由を聞いてみたことがある。
『魔術省長官の妻ともなれば、それなりに危険が伴う。また、癖のある魔術師たちとも渡り合わなければならない。思慮深く、けれど緊急時には私の補佐ができるくらいの度胸もなければ……そういった令嬢にはなかなか出会えなくてね』
 確かに普通の貴族令嬢の中から見つけるのは難しいだろうと、しみじみ納得した。
 ユーフェミアも兄のトラヴィスがブラッドフォードと親友でなければ、こんなふうに彼の傍にいたり、世話を焼いたりすることなどなかっただろう。ユーフェミアは誰もが羨む美人でもなく、突出した特技を持つわけでもない。
 早くに両親を流行病で亡くし、若くして家督を継いだ兄が色々と大変だったのを目の当たりにし、少しでも手伝いたくて女主人の役目をこなすようになった。その経験を、今はブラッドフォードのために活かしている。
 憧れ、尊敬するブラッドフォードは家督を継いでからは本当に忙しかった。一度、過労で倒れたことがあり、半ば強引に女主人の役目を手伝わせてもらうようになった。
 本来なら彼の母親がするべきことだろうが――彼の両親は家督を譲ると同時に隠居し、のんびりと田舎暮らしをしていて、王都から離れている。
 ユーフェミアの申し出に、ブラッドフォードはとても喜んでくれた。彼自身もトラヴィスの了承を得るために働きかけてくれ、兄も渋々頷いてくれた。
 それから社交の場でのパートナーはいつもユーフェミアとなり、周囲からはたまにブラッドフォードの婚約者扱いをされている。
(それが本当なら、とても嬉しいのだけれど……)
 未だ婚約を申し込まれないばかりか、そんな噂が出ればきちんと誤解を解いてくれる。だからユーフェミアもいつか彼が本当に妻を迎えるまでの期間限定の役目だと思っていた。
 ――そう、思うようにしている。
(いつかブラッドフォードさまが本当に愛する方が現れるまでは)
 どうかお世話をさせて欲しい。
 執務室に辿り着き、オーウェンが扉の前で立ち止まった。そこに、サンドイッチの大皿と温かい茶の入ったポット、そして茶器をワゴンに載せた使用人が待っていた。
 ワゴンを引き取ると、使用人は一礼して立ち去った。オーウェンが言う。
「お申し付けの通り、軽食の用意、入浴の準備、ベッドの準備を整えております。衣装は揃えてありますのであとでご確認ください。旦那さまは昨日からこの夜会に参加する時間を作るために籠りきりで……時折お茶を運んで様子を確認しておりますが、休む様子がなく……」
(ああ、また無理をされて……!!)
 ブラッドフォードは忙しくなると、途端に生活力がだだ下がる。
 魔術省長官は、周囲が思っているより大変な仕事だ。それぞれに個性的な魔術師たちと上手くやり取りしていかなければならない。やっかいな魔術師はごく一部だが、彼の精神にも肉体にも大きな負担を掛ける。ブラッドフォードはいつもたいしたことはないと笑い飛ばすが、とてもそうは思えなかった。
 特に困るのは、強い者がいれば挑み勝利することを喜びとする者だ。時折魔術の手合わせを申し込まれ、執務の合間に彼らの相手もしているのだ。
(でもブラッドフォードさまはこれまで一度も負けたことがないのよ。凄いわよね!)
 まるで自分のことのように誇らしくなる。
(それにここ数か月、一日もお休みも取っていないのよ。過労で倒れてしまうわ)
 以前、過労で倒れたのはユーフェミアと話をしているときだった。目眩を起こして倒れた彼が死んでしまったのかと驚き心配し――彼が目覚めるまで傍を離れられなかった。
 あんな思いは二度としたくない。
「ブラッドフォードさま、ユーフェミアです。少し……いえ、かなり早いですが支度の手伝いに来ました」
 扉をノックして声を掛けるが、返事がない。これは予想通りだ。
 ユーフェミアはオーウェンに軽く頷いてみせたあと、鍵がかかっていないのを幸い、思い切って扉を開ける。
 そして――羽ペンを握り締めたまま執務机にばったりとうつ伏せに倒れ込んで、書きかけの書類にわけのわからない一本線を引いた状態でぴくりとも動かないブラッドフォードを認め、ユーフェミアは声にならない悲鳴を上げ、オーウェンとともに慌てて駆け寄った。
「ブラッドフォードさま!!」
「……う……むー……」
 肩を掴んで軽く揺さぶると、低い呻きが漏れ聞こえた。とりあえず反応はあったので、ホッと息を吐く。
 ユーフェミアは今度はブラッドフォードの耳元で優しく呼びかけた。
「ブラッドフォードさま、起きてください。おなかが空いていませんか。温かいお茶もありますよ」
「……確かに……空腹、だが……むぅ……っ!?」
 目を閉じたまま苦悶の表情で呻いていたブラッドフォードが、直後、カッと目を見開いて身を起こした。そして背後の窓を振り返りながらユーフェミアを守るように抱きしめる。
 むぎゅっ、と頬が見た目以上に逞しい胸に押しつけられ、心臓が痛いほど高鳴った。次の瞬間、どおぉぅんっ!! と爆発音に似た音が響く。
(な、何!?)
 窓の外で爆発が起こったらしく、辺りに煙が広がっていた。その煙の中から赤毛の青年がこちらに向かって飛んでくる。
「ハッ、ハァ!! 油断したな、ブラッドフォード!! 今度こそ俺の勝ち、だぁぁっ!?」
 窓を突き破ろうと体当たりしたものの、そこに張ってあった見えない膜がたわみ――青年を弾き飛ばす。
「……くっそぉぉぉ!! またこれかーっ!!」
「……不意打ちで襲ってくるのは良いが……我が屋敷の防御魔術は魔石を使用しているから、私の精神の揺らぎに影響されず……」
「……あの、ブラッドフォードさま……間違いなく聞こえていないと思います……」
 弾き飛ばされた赤毛の魔術師の姿はどこにも見えない。むむっ、とブラッドフォードが眉を寄せた。
 片眼鏡を着けたまま寝落ちしたようで、目の周りにそのあとが丸く残っていた。入浴のあとにフェイスマッサージをしなければと思いながら、ユーフェミアは守ってくれた礼を言って離れようとする。
 だが、腕が解かれない。それどころか抱き枕よろしく、すっぽりと包まれてしまう。
「……柔らかくて、気持ちがいい……至高の癒しだ……」
 密着する羞恥を飲み込み、できるだけ険しい表情を作って続けた。
「今回は何食抜かれたのですか」
「……二……いや、三食、か……」
「それでは栄養が足りず、頭が働きません。さあ、まずは食事です。寝ぼけていないで、ちゃんと起きてください」
 軽く腕を叩いて促すと、眠たげに頭をぐらぐらと揺らしながらもなんとか立ち上がってくれる。その手を引いてソファに座らせた。
「だがしかし……まだ署名が終わってなくてだな……」
 軽く目配せするともうオーウェンは書類の確認をしていた。
「すべて署名は終わっています。問題ありません」
 最後の一枚に無用な横線が引かれていたことは、見ないふりをするつもりのようだ。オーウェンは執務机の上に積まれた書類の一山を抱えて退室する。
 ユーフェミアはブラッドフォードの手から羽ペンを取り上げ、机上に置く。書類仕事のせいで少し汚れていた指先を、スカートのポケットから取り出したハンカチで丁寧に拭った。
「このお仕事は完了です。ですから食事をしましょう」
「……む。そうだな……ならばユーフェミアのサンドイッチが食べたいぞ……」
 ふふっ、とユーフェミアは思わず微笑む。本当に気を許した相手にしか見せない我が儘を言ってもらえるこの瞬間が、何より嬉しい。
「用意してあります。ブラッドフォードさまのお好きなチキンと卵のサンドイッチです」
「うん、――……っ!!」
 ブラッドフォードの表情が、一気に覚醒したものになる。ユーフェミアの微笑みを認めると、実に気まずそうに顔を顰めた。
「……また私はやってしまったか……?」
「食事を三回と睡眠も忘れてお仕事に没頭していたのならば当然です」
「……むぅ……すまない。いかんな。この程度のことで寝落ちするなど、魔術省長官として情けない……!」
 パンッ! と軽く両頬を叩いて活を入れると、ブラッドフォードはいつも通りの知的で凜々しい彼になった。とても先ほどの寝ぼけた彼と同一人物には見えない。
 常のブラッドフォードももちろん素敵で大好きなのだが、自分だけが見られるあの少しだけ情けない姿はもっと好きなのだ。
(そう言ったらブラッドフォードさまがとても複雑な顔をするから、口にはしないけれど)
「では食事を」
 頷いたブラッドフォードの前にサンドイッチの大皿を置き、ポットから茶を注いでカップを渡す。
「……うん、美味しい……ユフィの淹れてくれる茶は最高だ……。私の頭をすっきりさせてくれる……」
「目覚めのお茶だから、少し濃いめに淹れました」
「うん……ありがたい……」
 茶をゆっくりと味わっている間に、取り皿に移したサンドイッチを一口大に切り分け、フォークで口元に差し出す。ブラッドフォードが至福のうっとり顔から我に返り、慌てた。
「いや、一人で食べられ……むぐ……っ」
 話し途中の口に優しく押しつければ、おとなしく食べてくれる。嚥下したあとは感動した口調で続けた。
「……美味い……」
 嬉しくて口元が緩んでしまう。
「それは良かったです。ブラッドフォードさま、お野菜も食べてくださいね。こちらをどうぞ」
「一人で食べ……このドレッシングも美味いな……! この前、作ってくれたものか」
「はい。気に入ってくれたようなのでまた作りました。さあ、果物もどうぞ」
「だから一人で食べ……うん、これも美味い……」
「搾っても美味しいのですよ。厨房に差し入れてありますので、明日の朝はフレッシュジュースを楽しんでください」
 そんな会話をしながらあれこれ食べさせる。その間、ブラッドフォードが自分でしたのは茶を飲むことだけだ。
(できればそのお茶も私が飲ませて差し上げたいくらいなのだけれど……!!)
 二杯目の茶を飲み終える頃には、大皿も綺麗に片付いている。満足げな息を深く吐く様子を見れば、ユーフェミアも気分が上がった。
「さあ、次は入浴です。仮眠の時間もあります。徹夜で凝り固まった身体と寝不足で少しむくんだお顔は、私がしっかり解しますね。寝室でお待ちしています」
 空腹が満たされて幸せそうな表情が直後に引き締まり、ブラッドフォードが慌てて言い返す。
「いや、ユフィの癒しはありがたいが、そこまでしてもらうわけには……!」
「嫌ですか……?」
 しょんぼりと肩を落として伏し目がちに問い返すと、ブラッドフォードがうっ、と言葉を詰まらせた。
 もちろん、彼に否を言わせないための演技だ。社交の場では精神的疲労が多いのだから、それまで少しでも休んでいてもらいたい。何より、彼の世話を焼きたいのだ。
 ブラッドフォードは困ったように眉を寄せる。
「嫌だなど決して……!! むしろユフィはいつも私を心地よくしてくれる。だがこんなふうに甘やかされ続けていたら、君がいないとどうしようもなくなってしまう……!」
 仕事で忙殺されなければ、ブラッドフォードの生活能力は人並みだ。自分がいなければいないで、きっとそれなりにうまく生活していけるだろう。
 他意がなくともこんなふうに言われたら、恋する側としては嬉しいだけだ。
「ならばどうか好きにさせてください。私はブラッドフォードさまを癒すことが楽しくてたまらないのですから」
 なおも反論しようとするブラッドフォードを浴室に促し、早速、寝室の準備を始めた。
 カーテンを引いて昼の陽光を遮り、ラベンダーのポプリを枕元に用意する。入浴を終え戻ってきたブラッドフォードをベッドに寝かせると、彼の凝り固まった肩、首筋、背中を中心に揉み解した。
 彼が起きていたのは数秒の間だけだ。すぐさま全身の力を抜いてぐっすりと眠り始める。あまりの無防備さに心配になるほどだ。
(それだけブラッドフォードさまが私を信頼してくれているということ)
 ユーフェミアは小さく笑みを零し、今度は顔のむくみを取るために位置を変える。
 頬を下から上へと優しく撫で摩り、目の周りを指先で優しく叩いたり押したりする。ブラッドフォードは心地よさげな表情で、安らかな寝息を繰り返していた。
 良い質の睡眠が取れているようだ。この様子ならば、徹夜の疲れもそれなりに取れるだろう。
 理知的で端整な顔を見下ろせるのは、こんなときくらいだ。だからじっくりと堪能する。
 二十五歳という若さで魔術省長官となったブラッドフォードは、就任時はウェイレット伯爵家の七光りとよく揶揄されていた。あれから四年、彼は実績を積み続け、今ではそんな揶揄をする者はほとんどいない。
 仕事ができる男を具現化したかのような鋭い眼差しと厳しい表情をしているが、それはあくまで表面上で、心許す相手にはとても親しみやすく朗らかな気質だ。
(それに意外に甘えん坊なところもあるし)
 こうしてユーフェミアに完全に身を委ねているところなど、毛並み艶やかな黒豹が喉を鳴らして懐いてくれているようなものだ。こんな姿は親友である兄、トラヴィスでも滅多に見ることがないというから、密かに誇らしく思っている。
 しばしブラッドフォードの寝顔を見つめたあと、ユーフェミアは身を屈め、彼の額にそっと唇を押しつけた。ブラッドフォードがかすかに瞼を震わせたが、起きはしなかった。
 再び安らかな寝息を繰り返すのを見て、ユーフェミアはふふっ、と頬を赤くしながらも微笑んだ。
(これは私へのご褒美)
 誰にも知られてはいけない、ご褒美だ。
 名残惜しい気持ちで手を離し、掛け布をきちんと肩まで掛けてやってから寝室を出る。廊下を少し進めば使用人が二人、待っていた。
「お支度をお手伝いいたします」
 ブラッドフォードが仮眠を取っている間に、自分の身支度をするのだ。ユーフェミアは頷き、今度は自分のために浴室に向かった。