ギラギラをムラムラにする体質のせいで廃太子が大変なことになりました! 1
──殺戮屋敷。
とある猟奇殺人鬼の屋敷はそう呼ばれ、恐れられていた。
建物中に張り巡らされた罠が奪った命は数知れず。精鋭揃いの宮廷騎士たちも悪辣非道な仕掛けには太刀打ちできない。
しかし、たった一人の女性が干渉したことにより世界が裏返った。
人体を貫く鉄杭は淫孔に潜りこむ触手になった。
苦痛を与える拷問器具は快楽をもたらす性具になった。
水死させるための装置はぬるぬるの媚薬風呂になった。
血飛沫は精液と潮になり、阿鼻叫喚の代わりに淫靡な嬌声がこだまする。
殺戮は色情に成り代わり、今ここに官能遊園地が開場した。
猟奇殺人鬼は草葉の陰で泣いているだろう。
なぜ、こんなことが起こりえたのか──すべての始まりは、とある男爵令嬢と悲劇の廃太子の出会いだった。
下位貴族の令嬢の人生には二つの選択肢がある。
一つ目は結婚。政略結婚の場合もあれば、高位貴族ほど家督に縛られないので恋愛結婚する者も多い。ほとんどの令嬢はこちらを選択する。
二つ目は王宮への就職。品格が求められる王宮にて、貴族の血を引く令嬢の働き手は需要がある。特に、王族や他国からの使者と接するメイドは貴族が相応しいとされていた。
男爵令嬢リアナ・クランスはこの選択肢のうち王宮への就職を選んだ。……否、選ばざるを得なかったのだ。
リアナは二十七歳。普通の貴族令嬢ならとっくに結婚し、子供を産んでいる年齢である。
リアナの生家が営む紡績事業は順調で、親族に犯罪者もいない真っ当な血統だ。結婚を忌避されるような家柄ではない。
そしてリアナ自身も顔立ちが悪いわけではなく、長くまっすぐな髪は春の花を思わせる温かな薄桃色で、大きな瞳は宝石のような美しい緑色だ。小さな唇もかわいらしく、男性を魅了する豊満な胸を持ち合わせ、恵まれた容姿をしている。
それでも結婚相手が見つからなかった。
両親はそれはもう懸命に相手を探してくれたものの、リアナを娶りたいという男性は誰一人として見つからない。ようやく舞いこんできた縁談の相手は父親よりも年上で、後妻に迎えたいという話だった。
そうこうしているうちに適齢期が過ぎ、リアナは結婚を諦め王宮に勤めることを決めた。
結婚が人生のすべてではない。王宮メイドになり生涯を捧げる令嬢もいる。
誰にも迷惑をかけることなく、自分の食い扶持を稼げれば満点だ。
書類審査も採用面接も難なく突破し、晴れて王宮メイドとして働けると思い研修を終えた後、言い渡された配属先はまさかの場所だった。
「ここのようね」
王宮から馬車に乗せられ連れていかれたのは、とある公爵邸だ。公爵といっても名ばかりで領地もなければ政界に名を連ねてもいない。
来客を拒むかのごとくそびえ立つ正門には蔦が巻き付いていて、ろくに手入れされていないことが一目で分かった。高位貴族の屋敷には門前に護衛が立っているのが普通だが、周囲には誰も見当たらない。
鍵はかかっておらず、仕方なく自分で門を押し開く。門が錆びているのだろうか、ギィと不快な音が耳に届いた。
「お邪魔します」
とりあえず挨拶をしてみるが、当然返事はなく風の音だけが虚しく響く。
リアナは屋敷に向かって庭園を進んだ。
普段はドレスを着ていたが、かさばる上にメイドの私服には相応しくないので、今は貴族用のワンピースドレスを着ている。パニエやコルセットを使用せずに着用できるからスカートが膨らまず歩きやすい。
基本的に妊娠や怪我、病気などでコルセットが締められない時に着るものだが、最近では「楽だから」という理由で屋敷内ではワンピースドレスを好む令嬢も多い。
リアナも試しに買ってみたものの、あまりにも楽すぎて貴族としての美しい所作を忘れてしまいそうで、一度しか着たことがなかった。
とはいえデザインは気に入っていたから、こうして着る機会があるのは嬉しい。
さくさく歩いて行くと、煉瓦道のところどころに枯れた木の葉が落ちている。ろくに手入れされていない、土がむき出しの花壇も見受けられた。
敷地は異様に広く、誰も住んでいないのではないかと思うくらいに庭園が荒れ果てている。
それでも屋敷の周囲だけは花が咲いており、一応は庭師がいるのだと分かった。
門から十分ほど歩いてようやく屋敷にたどり着き、リアナはドアノッカーに手をかける。扉の前にフットマンが待機している様子はなかった。
輪を扉に打ちつけると予想以上に大きな音がする。扉の前に誰も待機していないからこそ、離れた場所にいても来客に気付ける仕組みなのだろう。
さすがに屋敷の扉は鍵がかかっていて、勝手に入ることはできない。
待つこと数分、もう一回ドアノッカーに手を伸ばしかけたところで扉が開いた。
執事頭と思われる初老の男性が迎えてくれる。
「王宮から話は聞いております。リアナ・クランス男爵令嬢ですね?」
「はい、そうです」
リアナはぴしっと背筋を伸ばして挨拶をする。
「私は執事頭のドルマンです。どうぞ中へ」
ドルマンに案内され、リアナは公爵邸に足を踏み入れた。
中庭が荒れていたので心配していたが、玄関ホールには蜘蛛の巣もほこりも見当たらない。一定の清潔さは保たれていそうだと安堵の表情を浮かべた。
ドルマンがそれに気付き、声をかけてくる。
「中庭を見て驚きましたよね? とても公爵家とは思えない状態ですから」
「……はい」
リアナは迷いながらも正直に答えた。荒れた中庭が相応しいと思う感性の持ち主は信用されないと思ったからだ。
「庭師が一人しかおらず、この広い敷地全部を手入れするのは無理でして……。我々も屋敷の中を維持するのがやっとで、中庭まで手が回らないのです」
「これほど大きいお屋敷なのに、使用人の数が少ないのですか?」
屋敷の中を歩いていても、まだ誰ともすれ違わない。この規模の屋敷ならば大勢の使用人を抱えているはずだが、とても静かで人の気配を感じなかった。
疑問に思いつつ訊ねると、ドルマンが困ったように眉根を寄せる。
「ご主人様が非常に気難しく、すぐに使用人をクビにしてしまうのです。おかげで人手不足で……」
この公爵家の当主はアルディス・グレーン、二十九歳。なんと元王太子である。
今から遡ること約三十年前、国王は子宝に恵まれず、臣下から側室を迎えるよう進言されて五人の妃を新たに迎えた。
それでも子供ができず、王弟の息子を養子に迎えるかという話が出たところで序列最下位の妃が懐妊する。第一王子として生まれたのがアルディスだ。
待望の子供、しかも男児とあって国王は喜んだ。
跡継ぎ問題もこれで安泰かと思った矢先、今度は王妃が懐妊したのである。それに続くように他の側室たちも次々と子を授かり、あっという間に子だくさんとなった。
そうなると出てくるのが跡継ぎ問題である。
アルディスは幼いながらも優秀で、国王は第一王子に王位を譲ると宣言していた。
当然、王妃も他の側室たちも納得しない。いくら才があっても、アルディスは序列最下位の妃の子なのだ。
そして、邪魔者を排除しようと第一王子の暗殺未遂が度々起きることになった。その噂はリアナも耳にした覚えがある。
嫌気が差したアルディスは王位継承権を放棄して廃太子となった。現在は公爵の位を与えられ慎ましく暮らしているらしい。
(まあ、そんな過去があるなら人間不信になるわよね)
気難しいと評された雇い主に対し、密かに同情する。
「ですから、どうかリアナさんはご主人様と極力関わらないでほしいのです。ようやく人手が増えたのにクビにされたら困ります。ご主人様と会わないで済む仕事を割り振りますので」
「かしこまりました」
どう気難しいのか知らないけれど、クビにされたら困るのはリアナも一緒だ。執事頭がここまで言うのだから、アルディスとは関わらないほうがいいのだろう。リアナは素直に頷く。
その後、使用人の個室に案内された。
通いではなく住みこみで働くことになるが、リアナに当てられた部屋は日当たりもよく、予想以上に広い。
(私が貴族令嬢だから、いい部屋を用意してもらえたのかしら?)
簡単な説明をしてすぐにドルマンは立ち去った。公爵の名代として遠方での仕事があるらしく、一週間は不在と聞いた。
リアナの仕事は明日からで、執事頭が戻るまでは掃除と洗濯だけを任された。
本来ならば真っ先に当主への挨拶をすべきだが、その時点でクビになる者もちらほらいるので、少し前から挨拶を廃止したとのこと。常識では考えられない話である。
(まあ、仕事があるだけいいわよね)
鏡台の椅子に腰掛けて一息つく。
(使用人が少ないここなら、私の能力も発動しないだろうし)
なぜリアナが研修終了後、王宮から追い出されるように廃太子の屋敷に配属されたのか──その理由をこれから思い知ることになるとは予想もしていなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
部屋で休憩した後、荷ほどきを終えた頃にはすっかり暗くなっていた。
夕食の時間になったら使用人の控え室に行くように言われていたので向かう。
(さすがに食事の時は集まるわよね。人手不足らしいけど何人いるのかしら? 第一印象が大事だから、しっかり挨拶しないと)
控え室に到着すると、気合いを入れつつドアをノックした。しかし返事は聞こえてこない。
(もしかして、人が少なすぎて誰も中にいないとか?)
リアナはもう一度ノックした後に耳をそばだてる。すると、扉の向こう側からくぐもった声が聞こえてきた。
「えっ……」
──嫌な予感がする。
聞き覚えのある類いの声に冷や汗をかきながら、ドアノブに手をかけゆっくりと回す。
控え室には恰幅のいい壮年の男性と、若い女性がいた。
男性は白く長い帽子を被り、コックコートを着ているので料理長だろう。女性はメイド服を着ている。
男性は床で仰向けになっていた。下衣は膝の位置まで下ろされていて、その上にメイドが跨がっている。女性の身体は上下に揺れ、スカートの内側がどうなっているか見えないけれど、おおよそ予想がついた。
そう、料理長とメイドがまぐわっているのだ。
静かな部屋に腰を打ちつける音が響く。その様子を見たリアナは恥ずかしがることもなければ、気を遣って立ち去ることもしなかった。
後ろ手に扉を閉めて、「ああ……」と溜め息を吐く。
(能力が発動しちゃった……!)
──この世界には異能持ちと呼ばれる人間がいる。
千人に一人くらいの割合で生まれ、魔法のような能力を持った特別な存在だ。
ただし、自由に能力を行使できるわけではない。持っているのは一定の条件下で恒常的に発動する能力で、本人の意思ではどうにもならなかった。
たとえば、とある異能持ちの男性は閉鎖空間において制裁欲求を増幅させる力を持つ。彼が豪華客船や雪山の山荘に姿を現したが最後、殺人事件が起きてしまうのだ。
動機は復讐。恨みつらみが「報復したい。命をもって償わせる」という制裁欲求に昇華され、殺人に至る。しかも制裁欲求に比例して知能指数も上がるらしく、トリックを使った高度な殺人事件になっていた。
行く先々で殺人が起きてしまう彼は、場数を踏んだことによりいっぱしの名探偵となり事件を解決に導いた。
その結果、要注意人物として人相書きが出回り、あらゆる宿泊施設や乗り物で出禁を食らっているらしいが、彼は推理作家に転身しそれなりに人生を謳歌していた。王都の書店にも彼の推理小説がずらりと並んでいる。
また、特別な日に必ず雨を降らせる異能持ちの女性もいた。
祭や結婚式がある日は必ず遠方に追いやられる。しかし日照りの続く地域には歓迎を受け、雨乞いの祭に招待されているようだ。彼女の能力は重宝され、各地で貢ぎ物を貰って裕福に暮らしているらしい。
ともあれ、異能持ちの能力は害悪なものから使いようによっては役に立つものまで様々だ。
そして、リアナも異能持ちという希有な存在だった。
その能力は「周囲にいる人間の殺意を性欲に変換する」というもの。
(普通に生きていれば、誰かを殺したいなんて強い感情は抱かないはずだけど)
二十七年の人生において、リアナが殺意を抱いたことは一度もない。それが普通だと思う。
だが、目の前の料理長とメイドには殺したい人がいるようだ。その矛先が誰に向けられているのか知らないけれど、殺意から変換された性欲は近くにいた人物に流れる。
リアナの能力の影響を受けたと思われる彼らの目は爛々と鈍い光を放っていた。独特の表情をしているので分かりやすい。
そして、この能力の影響を受けている間は、リアナの問いかけには素直に答えてくれるという特性があった。
「あの、すみません。今日からここで働くことになったリアナ・クランスです。夕食の時間ですが、もう料理は終わりましたか?」
交わりつづける彼らに声をかける。すると料理長が返事をしてくれた。
「いや……っ、ン、まだだ……。料理どころじゃなくなって……、はぁっ、この屋敷の料理人は俺一人だけだし、ご主人様の夕食もスープしか作っていないッ」
「なるほど。それでは、私が料理しますね。食材は適当に使っても大丈夫ですか?」
「ああ、頼む」
料理長の許可は取れた。ついでに厨房の場所を教えてもらい、そこに向かう。
屋敷にどれだけの使用人がいるかは知らないが、控え室にいた二人以外の姿は見当たらなかった。庭師はいるはずだし、この大きな屋敷のメイドが一人だけとは思えない。
(使用人の数が少なすぎて、食事の時間に控え室に来られないくらいに仕事があるのかしら?)
そんなことを考えているうちに厨房にたどり着く。
厨房は広く清潔感があった。鍋が置いてあり、中を覗くと野菜のスープが入っている。
料理長が言っていたものだ。煮込むのに時間がかかるので、性欲に影響される前に作っていたと推測される。
小皿に取り分けて味見をすると、野菜の旨みを感じて美味しかった。料理長の腕は確からしい。
スープはこのまま温めて持っていけば問題ないので、竈に火をつける。
貴族の食事がスープだけというのはありえない。メインとなる料理が必要だが、すぐに作れるはずもなく、リアナは用意されていた鹿肉を適当に焼くことにした。
洒落たソースなんて作れない。しかし、肉は塩と胡椒を振るだけで十分美味しいのだ。
生焼けが怖いのでしっかりと火を通す。見た目は悪いけれど、肉は肉である時点で食事的には満点だ。
置いてあったパンを切り分け、適当に皿に盛る。
作った料理をワゴンに載せると、リアナはまず控え室へと戻った。部屋の中で料理長たちは飽きずに交わりつづけている。
「適当に作ってきました。お腹が空いたら食べてくださいね」
当主の分以外に、使用人の分も用意していたのでそれをテーブルに置く。
「ああ、ありがとう……っ。鹿肉は煮込んだほうが柔らかいのに……」
鹿肉が想定外の方法で調理をされたことに料理長は不満があるらしい。
「食べられる状態で持ってきただけでも感謝してくださいね」
リアナは堂々と言い返した。料理人でもないのにやれるだけのことはしたと、胸を張って控え室を出て行く。
使用人の食事を届けて軽くなったワゴンを押して、今度は当主であるアルディスの部屋へと向かった。ドルマンから「絶対に近づくな」と教えられていたので部屋の場所は分かる。
この屋敷には食堂があるが、アルディスは基本的に引きこもっているらしく、食事も自室でとるとのことだ。だから部屋まで運ぶ必要がある。
(本当は会わないほうがいいんだろうけど、食事を出さないわけにもいかないわよね)
もしドルマンがいれば配膳をお願いできた。
あいにく彼はいないし、他の使用人も見当たらない。アルディスに料理を提供できるのは自分だけなので、仕方がないと心を決めた。
アルディスの部屋の扉はひときわ豪華な作りになっている。当主の部屋だから特別なのだろう。
ノックして声をかける。
「ご主人様。お食事をお持ちしました」
許可を取らずに入室はできないので返事を待つ。
(気難しいっていうけど、どういう人なのかしら?)
王宮での研修期間中、何度か王子たちを見かけた。華やかな外見とは裏腹に遠くからでも威圧感が伝わってきて、王族はすごいと圧倒されたものだ。
廃太子とはいえ、アルディスも王族の血を引いているならば威光を放っているだろう。間近で王族を拝見できると思うとわくわくする。
しばらく待っても返事がないので再び声をかけようとすると、ゆっくりと扉が開いた。
(え? 王族自らが扉を開けるの?)
驚きつつも表情に出さないように気を引き締める。
扉を開けたのは長身の男性だった。
黒い髪は綺麗に整っていて、緋色の瞳がリアナを訝しげに覗きこんでくる。今まで出会ったどんな人間よりも美しい顔で、一目で彼が王族なのだと分かった。
「君は誰だ?」
アルディスが警戒心剥き出しの視線を向けてきた。
「今日からこの屋敷で働くことになったリアナ・クランスです」
「リアナ……。そういえばメイドを派遣したと宰相から連絡がきていたな。だが、どうして君が食事を持ってきている? いつものメイドは?」
彼の問いかけに違和感を覚えた。
(たかがメイドの人事に宰相から連絡がくるの? 王族の屋敷だとこれが普通なのかしら?)
気になりながらも答える。
「体調不良のようで、私が代わりにお食事をお持ちしました」
「……」
アルディスはリアナの横のワゴンに目を留めた。
「その食事は料理長が作ったものか?」
「スープはそうですね。料理長さんも体調が悪いので、肉は私が焼きました」
そう伝えると、アルディスの眉間に深い皺が刻まれた。
「メイドと料理長が揃って体調不良で、配属されたばかりの君が料理を作って持ってきただと? そんな怪しいものを口にするつもりはない」
どうやらリアナを警戒しているらしい。
王宮にいた頃は暗殺未遂もあったようだし、怪しいものを口にしないのは王族の血を引く者として当然だ。さらに今のリアナはメイド服を着ていないし、余計に不審に思うはず。
その気持ちは理解できるものの、今後も公爵邸で働くのだから弁明しておきたかった。
「メイドも料理長も仕事ができる状態ではないんです。それに、この料理も毒なんて入っていません。不安でしたら毒見もします」
「君が事前に解毒薬を飲んでいる可能性もある。毒見は意味がない」
「それでは、どうすればよろしいでしょうか?」
「それを持って帰れ。それと、君は今日かぎりでクビだ」
まさかのクビ発言にリアナは「えっ」と間抜けな声を上げてしまった。
そのまま扉を閉められそうだったので、即座に足を差しこんで防ぐ。アルディスはメイドの足くらい怪我をさせてもいいと思うほど非情な男ではなかったようで、顔をしかめたものの強引に扉を閉めることはなかった。
「その足を退けろ」
「ご主人様がクビを撤回してくださるなら。そもそも、料理を作る人も持ってくる人もいないから私が代わりにしたんですよ。褒められこそすれ、クビにされるようなことはしていません」
主人に口答えをするメイドなど普通はいない。しかし、大人しくクビにされるよりは抗議すべきだとリアナは堂々と言い返した。
「なんだと? 君、俺の決定に文句があるのか? 第一、……っ、ん……?」
ふと、アルディスの頬が染まって瞳が潤んだ。
その表情を見てリアナは悟る。
「ご主人様。今、私に殺意を抱きましたね?」
「は……?」
「私、殺意を性欲に変換する異能持ちなんです。ご主人様が抱いた殺意は性欲になったので、今、とてもムラムラしているはずですよ」
「なっ……」
アルディスが驚いたように目を瞠った。リアナは彼の下腹部を見る。
「ほら! 大きくなってるじゃないですか!」
「……ッ!」
彼の下腹部が膨らんでいた。今にもはちきれそうな勢いだ。
(さすが王族だわ。かなり立派なものをお持ちのようね)
服越しでも伝わる逸物の存在感に感心しつつ、リアナは言葉を続ける。
「発散しないとこのままですよ。とりあえず中に戻って処理してください。扉の外で待機していますから」
「は? いや、待て。なんだこれは?」
アルディスはまだ状況を飲みこめていないのか、大きくなった下腹部とリアナの顔を交互に見ながら狼狽えている。
「異能持ちとお伝えしましたよね? これが私の能力でなければ、ご主人様は初対面のメイドと会話しただけで勃起した変態になりますよ。それとも、私がかわいすぎて興奮しちゃったのですか?」
「……っ!」
彼の瞳に怒りの色が混じる。その次の瞬間、彼の下腹部のものがぴくりと跳ねた。
「ぐっ」
布の内側で押さえられて痛いのだろう。彼が腰をかがめる。
「あっ、ほら。また私に殺意を抱いたので性欲が強くなったんです。このままでは痛いですよね? 自分でできますか? それとも、お手伝いが必要でしょうか?」
手伝えと言われたら控え室にいたメイドをどうにかして呼んでくるつもりだ。
だが、彼は力なく首を横に振った。
「クソ……よく分からないが、君はここで待っていろ」
足を引くと、力任せに扉を閉められる。
アルディスの気配が扉から遠ざかっていき、リアナは大きな溜め息をついた。