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ギラギラをムラムラにする体質のせいで廃太子が大変なことになりました! 3

第三話

 

 

 

 公爵家に来た翌日、リアナは起床後に手早く身支度を済ませた。
 この屋敷のメイド服は王宮のものとは違い、ヒラヒラしていてかわいい。鏡に映った姿を見て気分が上がる。
 男爵令嬢として家にいた時は毎日ドレスを着ていたけれど、メイド服もなかなかいいと思ってしまう。
 朝から上機嫌のリアナは使用人控え室へと向かった。ドルマンから聞いた話によると毎日控え室で朝礼があり、その後に朝食が提供されるらしい。
(料理長さんとメイドさん、どうなっているのかしら……?)
 恐る恐る控え室に入ると、そこには誰もいなかった。料理長とメイドの姿もない。
 昨夜リアナが彼らに提供した食事は空になっていたので、食事はしたようだ。
(どのくらいの殺意を持っていたのかしら? もし深夜まで交わってから正気に戻ったのなら、今頃疲れて部屋で眠っているかもしれないわね)
 空の皿を片付けつつ他の使用人が来るのを待つものの、誰も来ない。
(ご主人様から教えていただいたけれど、この屋敷には執事頭のドルマンさんの他には料理長と、メイドが二人と、庭師とフットマンがいるはずなのよね)
 昨日交わっていた二人はともかく、他の人まで姿を現さないのは謎である。
(ドルマンさんがいないからサボっているのかしら? こんなに人が少ないのなら、ちょっとくらい手を抜いても大丈夫そうだもの)
 リアナは仕方なくアルディスの朝食の準備をすることにした。
 とはいえ、用意できるのはパンと紅茶のみだ。お昼までに料理長が復帰してくれることを祈るばかりである。
 湯を沸かしてポットに入れ、適当に茶葉を拝借し、切り分けたパンと見つけたリンゴを皿に盛り付ける。それをワゴンに載せ、アルディスの部屋へと向かった。
「ご主人様、おはようございます」
 部屋をノックしてから声をかける。
 少し待つと鍵が開く音がした。彼は必ず施錠しているらしく、勝手に入室することはできない。
「失礼します」
 扉が開くのを確認してリアナは中に入る。
 アルディスはすでに仕事を始めていたようで、執務机には書類が広げられていた。
 リアナはソファ前のテーブルに食事を並べていく。
「この食事も君が用意したのか?」
 見るからに粗末な朝食を眺めて、彼が問いかけてきた。
「はい。あったパンを適当に拝借しましたが、朝礼があるはずなのに控え室には誰も来ませんでした。庭師さんも、フットマンさんも……メイドの方だって、私以外にあと二人いらっしゃるんですよね? もしかして、ドルマンさんがいない時は朝礼がなくなるのでしょうか?」
「そんなことはない。……おそらく、他の使用人たちも君の能力にやられたんだろうな。全員、俺を殺すための刺客だったのかもしれない」
「うわぁ……、そんなことあるんですか?」
 ドルマン以外の使用人が全員とも主人の命を狙っていただなんて恐ろしすぎる。とんでもない環境だと引いてしまった。
 当の本人であるアルディスは淡々と語る。
「そうでなければ、朝礼に誰も姿を現さないなんて考えられないだろう。俺は廃太子とはいえ、ここは公爵邸だ。使用人が少なくて手が回らない仕事も多々あるだろうが、それでも朝礼までなくなるはずがない」
「なるほど……」
 リアナの能力の影響を受け、屋敷のどこかで交わっているせいで朝礼に顔を出せないし仕事もできない。それは納得いく理由であるものの、信じたくはなかった。
「どうしてご主人様は命を狙われているのでしょうか? 王宮にいた頃なら継承権を巡って諍いがあるのは分かるのですが、今はもう廃嫡されてますよね?」
 ふと、疑問に思ったことを聞いてみる。
 ドルマン以外の使用人全員から命を狙われているなど尋常ではない。理由が気になってしまう。
「……」
 アルディスは黙りこんだ。
(あっ……出会ったばかりの私が踏み込んでいい領域ではないわね)
 失言だったと反省する。
「申し訳ございません。ご主人様は気難しいとの噂ですし、恨みを買っているだけですよね」
 適当に理由をつけて話を打ち切ろうと思ったが、即座に異を唱えられた。
「おい待てふざけるな。この俺が命を狙われるほど性格が悪いと思うのか?」
「はいはい、さすがのご主人様もそこまで恨まれてはいないですよね。分かっておりますので」
 深入りするつもりはないと引いてみるが、彼は不服そうな表情を浮かべていた。
「その言い草は実に腹立たしい。俺の事情に巻きこむのもどうかと思ったが、こうなったら一蓮托生だ。君にはとことん役に立ってもらう」
 赤い瞳がまっすぐにリアナを覗きこんできた。覚悟を決めた眼差しだ。
「えっ。なんか面倒そうな予感がするので嫌です」
 リアナは両耳を手で塞ぐ。
「あーあー! 聞こえませーん!」
「聞け!」
「私はいただけるお給金以上の仕事はしたくないんです。普通のメイドとして気楽な立場で働くつもりなので、ご主人様の秘密に深入りする気はありません。このままでいさせてください」
「ならば、特別手当を出そう」
 その単語が聞こえた瞬間、リアナは耳から手を離した。
「特別手当ですか?」
「現金な奴だな。しかも、耳を塞いでも聞こえているじゃないか」
 アルディスが呆れたように目を眇める。
「私は一生独身かもしれないんです。老後のために、お金はいくらあってもいいですからね」
 瞳を輝かせてリアナは答えた。
 実家の事業は好調で、それなりに裕福である。
 とはいえ、老齢になった時に金銭面で世話になるのは嫌だ。今は両親が当主だが、弟の代になれば、その妻からリアナは疎ましがられるだろう。
 誰にも迷惑をかけずに自分のことは自分で面倒をみたい。働きながら一人で生きていくと決めた時に心に誓ったのだ。
「使用人が少ないから人件費の予算は余っている。君の異能持ちの力を考慮して、特別手当を支給するのはやぶさかではない。それに、料理長やメイドが仕事ができない状態なら当然君の負担も増える。俺は当主として正しく判断し、然るべき額を払おう」
「やった!」
 いくら貰えるのか分からないけれど、王族がケチとは思えない。これは期待できそうだ。
 リアナはぐっと拳を握りしめる。
「金で動いてくれるのなら、こちらとしてもやりやすい。忠義心なんて形のないものは信じられないからな」
 過去になにかあったのだろうか、彼が自嘲気味に笑う。
(あっ……反応したら長い語りが始まりそう)
 独特な雰囲気を察したリアナは、すぐに本題を切り出した。
「それではご主人様、命を狙われている理由を教えてください」
「ああ。俺のことは大体知っているだろう?」
「はい。大まかな情報ならば……」
 彼が序列の低い妃の子供であることも、有能な第一王子だったことも、すべて公になっている情報だ。リアナは頷く。
「俺は第一王子だが、王位を継ぐのは正室の子であるべきだと考えている。王族の責務としてこの国をよくしたいが、王座そのものには興味はない」
 新聞に彼の心情までは載っておらず、記者の勝手な推測だけが書かれていた。当人はこんな風に考えていたのだと知る。
「時期が来れば王太子の座を弟の誰かに譲るつもりだった。だが、王妃をはじめとする序列の高い妃たちに信じてもらえず、暗殺の動きが活発になっていった。俺一人が狙われるならともかく、偶然一緒にいた弟王子も巻きこまれそうになった時、王宮から出るべきだと思った」
 彼の言う弟王子がどの妃の子かは分からない。
 しかし、自分の子に王位を継がせたい妃にとってはアルディスだけでなく、他の妃が産んだ子も邪魔だろう。
 一緒に死んでも構わないと、大胆な手段に出たのかもしれない。
「父上は俺の才を認めてくれている。命を狙われても躱しつづける俺こそ王に相応しいと考え、王太子の座を弟に譲ると言っても聞き入れてくれなかった。だから、俺は王に相応しくないと父上が思う理由を作った」
「王に相応しくない理由……?」
 陛下はアルディスを次の王に望んでいた。それを裏返す方法はあるのだろうか?
(素行を悪くしたとか? でも今までの積み重ねがあるなら、わざとそういう態度を取っていると思われるだろうし)
 なんだろうと考えていると、アルディスが答えを告げる。
「刺青を入れた」
「えっ」
 とんでもない内容が耳に飛びこんできてリアナは絶句した。
 ──この国において刺青は悪の象徴である。
 軽い窃盗や暴力など、死刑に処すほどではない罪を犯した者は刺青を彫られることになっていた。
 いつしか刺青はならず者の象徴となり、自ら進んで刺青を入れる悪党もいる。善良な庶民は刺青を怖がるし、他者を威圧する印だった。
 まともな人間は刺青を彫ろうなんて考えない。王族なら尚更だろう。
「背中に大きな刺青を入れた俺に父上は激怒し、すぐに廃嫡された」
「ずいぶんと思い切りましたね」
 彼の覚悟に敬服してしまう。
 刺青を入れた王族などアルディスが初めてだろう。貴族でも聞いたことがない。
 王族にとってはあってはならないことで、いくら王位を継がせたいほど優秀でも廃嫡する王の気持ちが理解できる。
 罪人とは真逆の立場にいる王族にしてみれば刺青は禁忌であり、彼が廃太子となった顛末に納得した。
(新聞には載っていなかったけど、王族が刺青を入れたと知られたら大変だもの。それだけは、なんとか隠し通したのね)
 王太子廃嫡の知らせはかなり衝撃的で世間を騒がせた。
 新聞にはどうやって調べたのだろうと疑問になるくらい詳細が載っていたけれど、刺青の情報を隠すためにあえて出せる情報を記者に提供したのかもしれない。当時の王室関係者の苦労が窺い知れる。
「余計な権力を持つことがないよう、領地を持たない公爵になった。だが、王宮には俺を暗殺しようとした妃たちが残っている。誰も彼も自分の子を次の王にしたい。次に狙われるのは新しい王太子だ」
「うわ……」
 王宮とはそんなにどろどろとした場所なのかと眉をひそめる。
 歴代の王は妃を一人しか持たなかったので、王位継承権の諍いは起きなかったのだろう。
 現王はなかなか子供ができなかったが故に多くの妃を迎えてしまったせいで、こんな事態になったのだ。誰か一人でも男児を産んでくれればそれでよかったのに、一気に王子が増えたのは予想外だったに違いない。
 これが神様の気まぐれだとしたら度が過ぎている。
「そこで俺は宰相の力を借り、妃たちに対して極秘裏に情報を流した。刺青を入れたのは嘘で、王宮から離れた場所で邪魔者を一掃する機会を狙っていると」
「え? 本当は刺青を入れてないんですか?」
「いや、確実に廃嫡してもらうために刺青は入れた。父上の目は誤魔化せないからな。だが、妃たちが俺の背中を直接確認する術はない。偽物の刺青なら復権できるし、俺が謀反を起こして妃たちを殺すと匂わせた。その結果、妃たちは変わらず俺の暗殺に夢中だ。殺意の矛先が俺であるかぎり、弟たちは無事というわけだ」
 狙い通りだと言わんばかりに彼はふんと鼻を鳴らす。
「なるほど……。ご主人様が狙われつづけるのは理解しました。それでも、王太子だって等しく狙われるのでは?」
「そうでもないさ。俺が謀反を起こした場合、王子の頭数が多いほうが各々の生存率は上がる。それに、真っ先に命の危機に陥るのは王太子だ。王太子の実母は別として、他の妃は動乱に紛れて王太子が死ぬのは大歓迎。俺を始末するまで王太子は狙われない。実際、俺の廃嫡後は王宮で暗殺未遂が起きていないとのことだ」
「わぁ……なんだかなという感じですね」
 妃たちは他者の命をなんだと思っているのだろうか? 自分と子供の保身ばかりで、本当にろくでもないと思ってしまう。
「そんな人たちが周囲にいたら、ご主人様もひねくれてしまいますよね」
 ぽつりと呟く。
(しまった。またもや不敬すぎる)
 取り繕おうとするよりも先に彼が同意した。
「……そうだ。人間不信になり、簡単に他人を信用できなくなった」
 咎めることなく受け流したことに微かな違和感を覚える。
(いくらなんでも昨日の失言だっておかしいわ。もしかしてご主人様は……)
 とある気付きを得たけれど、話が脱線しそうなのでぐっと堪える。
「とにかく、ご主人様は弟の王子様たちを守るために、ここで命を狙われているわけですね」
「ああ。性根が腐った女性の腹から生まれたとは思えないほど、弟たちは皆いい子だ。長男として俺が守る」
「なんて殊勝な……」
 もし命を狙われたら、その子供まで憎んでしまいそうなものだ。
 しかし彼は親と子供は別の人間だと、自分の命を盾にして弟たちを守ろうとしている。半分は血が繋がっているとはいえ、そこまでしてあげるなんて……とリアナは感心してしまった。
「以上が廃太子である俺が命を狙われている理由だ。自らの意思でこの状況を作ったのだから後悔はしていない。しかし、俺の真意を知る宰相は気にかけてくれてな。……この状況を打開するため、君をここに寄越したのだろう」
「なるほど。いくら命を狙われつづけても、私がここにいるかぎりは暗殺者は行動に移せないですものね」
 リアナは頷く。
「でも、そしたら私を後宮に配属すればよかったじゃないですか。お妃様たちの殺意をどうにかしないと根本的な解決には至らないですよね?」
「そんなことをしたら、父上以外の男性に手を出して大変なことになるだろう? 妃の不貞は死罪だぞ? 妃たちが一斉に不貞を起こせば王宮は混乱するだろうし、その原因が君の能力だと特定されれば、君も糾弾され処罰を受けるはずだ」
「えっ。私はなにも悪くないのに?」
 殺意を抱かないかぎり、リアナの能力の影響を受けることはない。
 それに、能力は使おうと思って発動するものではなかった。意思とは関係ないのだから責任を求められても困る。
「自分の妃を惑わしたと父上はお怒りになるはず。だからこそ、宰相はこちらに君を寄越したんだ。暗殺者たちがいくら発情したところで問題はないからな」
「そうなのですね」
 問題の解決には至らなくてもともかく暗殺を防ごうと宰相は判断したらしい。
「君はここで働き、常時発動しているその能力で暗殺者の気概を削いでくれればいい。君がいれば俺も安心して眠れそうだ」
「分かりました。お役に立てるならなによりです」
 命を狙われているのなら夜もおちおち眠れないだろう。安眠提供の対価に給金を上乗せしてくれるなら嬉しい。
「さあ、そろそろ食事をしてください。私もお腹が空いています」
「そうか、君も朝食がまだだったのか。ならば、次からは君もここで一緒に食べればいいだろう」
「えっ。一緒に食事をするなんて絶対にありえませんよ」
 リアナは即座に断った。
 貴族令嬢として爵位が高い相手と食事をした経験はある。
 それでも王族と一緒に食事なんて気疲れしそうで嫌だった。
「腹を空かせた君が食事が終わるのを待っているかと思うと、俺だって気を遣う。それに、料理長が落ち着くまでは簡単なメニューだけだろう? 当主としての命令だ」
「心底嫌ですけど、かしこまりました」
 リアナは渋々承諾する。
「でも、パンがそろそろなくなりそうです。食材はどうしてるんですか?」
「週三回、パンや食材が配達される。普段は料理長が立ち会って受け取っているが今の状況では難しいだろう。丁度今日が配達の日だから十時に来るはずだ。君が代わりに受け取ってくれ」
「かしこまりました。その材料で私が調理すればいいんですね」
 買い出しまで任されるかもしれないと思っていたので配達は助かる。廃太子といえど、王族として一定の生活ができるように配慮されているらしい。
「では、いただくとしよう」
 そう言うと、アルディスはパンだけの粗末な朝食を文句も言わずに食べた。

 ◆  ◆  ◆  ◆

 使用人控え室で遅めの朝食を取った後、食材が配達されるまでの間リアナは屋敷内を散策することにした。
 他の使用人たちが能力の影響を受けているのか確かめておきたいのだ。
 もしかしたら、偶然急病に陥った可能性もある。性欲が爆発した他の使用人に襲われてしまったかわいそうな人だっているかもしれない。
 リアナの能力に当てられた者は独特な目つきになるので、様子を見れば能力の所為か否かを判断できる。
 とりあえず、昨日は近づかなかった区画に足を延ばす。
(このあたりは書斎とか音楽室があるのよね)
 書斎はアルディスがたまに利用するらしいが、音楽室は誰も使わないので、あまり掃除をしなくていいとドルマンに聞いていた。
 大体の貴族の屋敷には音楽室があり、リアナの家にも立派なピアノがある。高価な楽器はその家門の財力を示すもので、弾かなくても所持していた。
(高位の貴族だと、ピアノだけでなく竪琴や弦楽器とかも持ってるというわね。ちょっと覗いてみようかしら?)
 興味をそそられて音楽室の扉を開けてみた。その瞬間、艶やかな女性の声が耳に届く。
「あっ、ああっ!」
「……!」
 音楽室の中では、二人の男性と一人のメイドが交わっていた。昨日、控え室で見たメイドとは別の女性だ。こちらのほうが年上に見える。
 男性は料理長ではない。申し訳程度に羽織っている白いシャツには洗濯しても落としきれない土の色が滲んでいた。日焼けしていて体格もよく、おそらくは庭師だろう。
 もう一人は全裸だったが、床に執事服に似た衣類が散らばっている。こちらがフットマンに違いない。
(ドルマンさんと私以外の使用人は全部で五人。姿を見かけなかった三人はここにいたのね)
 音楽室は防音設備が整っている。ここなら大声で交わっていても外に聞こえない。だから気付かなかったのだ。
 三人はリアナが入室したことを把握している様子だが、夢中で行為を続けていた。
 メイドの蜜孔は庭師の太い肉杭を咥えこみ、後孔でフットマンの雄を受け入れている。彼女は同時に二人の男性を相手にしていた。
 とても普通の性交ではないが、かつて誘拐された時に盗賊たちの行為をさんざん見たのでリアナは動じない。
 しかも、その時は一人で五人を相手にしている女性もいた。盗賊団は男性の比率が多かったので複数人を相手にする必要があったのだ。
 前と後ろの孔だけではなく、口、左手、右手まで駆使して男性の欲望を受け止める光景を見たのだから、三人での行為はまだ余裕がありそうに思えてしまう。
「こんにちは。新人のリアナ・クランスと申します。皆さん、ご飯は食べられてますか?」
 彼らがいつから交わっているのか分からないけれど、心配なので声をかけた。
「昨夜、水を飲んだだけで……」
 フットマンが答えてくれる。
「じゃあ、軽くつまめるものと飲み物をお持ちしますね!」
 リアナは音楽室を出て厨房へと向かう。
(控え室で見た二人以外に会えたけど、私の能力に影響されてるのは間違いないわ。……つまり、この人たちもご主人様を殺そうとしていたってことよね)
 歩きながら、そんなことを考える。三人とも殺意を性欲に変換された者特有の目つきをしていた。
 暴走した性欲に巻きこまれた哀れな被害者がいないことに安心しつつ、アルディスの言った通りほぼ全員が彼の命を狙っていた事実に心が曇る。
(ドルマンさん以外が暗殺者だったなんて……)
 敵だらけの状況で、どうやって暗殺を躱していたのだろうか? いくら弟たちのためとはいえ、そんな毎日を送っていたのだと思うと気の毒だった。
(まあ、私がここにいるかぎりは大丈夫なんだけど。よかったですね、ご主人様)
 自分の能力がこんな形で役に立つとは考えてもいなかったので、配属先がここでよかったと感じてしまう。
 リアナは厨房につくと、残っていたパンと果物と水差し、コップをワゴンに載せた。パンは喉に詰まらないようにとにかく細かく刻む。
(とりあえずはこれで! 当面の生命維持さえできれば、栄養はどうでもいいわよね)
 リアナは食料を音楽室に運び、彼らの側に置いた。手に取れる位置に用意しておけば適当に飲み食いしてくれるだろう。
 そうこうしている間に配達の人が来る時間になった。急ぎ足で玄関ホールに向かう。
(さすがに玄関は掃除したほうがいいわよね。現状、働けるのは私だけ。掃除して、料理を作って、洗濯して……えっ。忙しすぎる)
 まだ洗濯をしていないことに気付き絶望する。
(洗濯はご主人様と私の分だけでいいわよね? 効率を考えて、毎日ではなく二日に一回にしようかしら? 今日は掃除に集中して明日は洗濯。……料理ってパンを切って肉を焼くだけでいいわよね?)
 頭の中で算段を立てていると商人がやってきた。リアナは扉を開けて対応する。
「あれっ、新入りさん?」
「はい。料理長さんの体調が悪いので、しばらくは私が対応します」
「なるほど。じゃあ、これが今回頼まれたもののリストだ。検品して、問題なければサインしてくれ」
「はい」
 リアナは商人から書類を受け取る。そこには品名と数がずらりと表記されていた。
 牛乳やチーズ、肉、野菜、卵、パンと大量である。使用人の分も含めた二日分の食料としては多いくらいだ。
 ただ、残念なことにリアナはこれらを上手に調理できない。せいぜい切って焼くだけである。
「はい、全部ありました」
 リアナは受領のサインをする。
「どうも。それじゃ」
 商人はすぐに帰っていった。屋敷の入り口に置かれた食材を見てリアナは考える。
(これを私一人で全部運ぶの? 時間がかかりそう)
 配膳用のワゴンを使うにしても重いと上手に操縦できなそうだし、何往復もしなければいけない。玄関ホールから厨房まではそこそこ距離があるので、運んでいるだけで昼食の時間になりそうだ。
 しかし、これを手伝ってくれる使用人はいない。
「……よし」
 考えること数秒、リアナはアルディスに助けを求めることにした。
 あれもこれも一人でやろうとしたら倒れてしまう。主人であり、王族でもあるアルディスに雑用を頼むのは常識では考えられないが、今は緊急事態だ。
「ご主人様、助けてください」
 アルディスの部屋の扉をノックすると、少し慌てた様子で彼が扉を開けた。
「どうした? なにかあったのか?」
「食材が配達されたのですが、一人では運べません」
「え……」
 なんだ、そんなことかと言わんばかりの呆れ顔をされた。助けてと言うからには、なにかしらの面倒事に巻きこまれたとでも思ったのだろう。
「心配して損したと思ってますね?」
「それは、まあ」
「思う存分心配してください。見てください、私のこの細い腕を。食材は大量なんですよ。繊細なレディが一人で運ぶなんて無理です」
「……そうだな、分かった。手伝おう」
 内心では煩わしいと思っていそうだが、彼は引き受けてくれた。
 この屋敷の当主なのだから本来は雑用などする必要がない。
 それでもリアナが「やってられない!」とこの屋敷を出て行けば、使用人たちの殺意が牙を剥くのだ。要求に正当性があれば手を貸すほうが得策だろう。
「そういえば、他のメイドさんとフットマンさんと庭師さんも見つけました。音楽室で盛ってましたね」
 玄関ホールに向かいつつ報告する。
「そうか……って、三人でしていたのか?」
 アルディスが怪訝そうに小首を傾げた。性交は一対一が普通なので、三人でする行為が想像できないのかもしれない。
「あら。もしかしてご主人様、三人でする方法を知らないのですか?」
「馬鹿にするな。順番を待てばいいのだろう」
 彼はさも当然のような顔で言い放つ。
 堂々とハズレの回答を告げられて、リアナは「えっ……」と驚いてしまった。
「なんだその顔は。俺が間違っているというのか」
「はい。よく考えてください。女性は孔が三つあるんですよ」
 リアナは指を三本立ててみせた。アルディスはそれでも正解が分からないという顔をしている。
「三つ?」
「口と、膣と、肛門です。私が見た時はメイドさんが前と後ろの両方で受け入れてました」
「な……!」
 アルディスが絶句した。耳が赤くなっている。
(ご主人様って純情なのかしら?)
 リアナは今まで異性と性的な会話を交わしたことがなかった。だから、男性がどの程度の性知識を持っているのか知らない。
(でも、貴族用の閨教育指南書には三人での交わりかたって載ってなかったわよね。口淫の項目はあったけど、後孔性交の記載すらなかったわ)
 一般教養として仕入れた知識を思い出す。
 誘拐された時にかなり高度な性交渉をたくさん見たせいで、性的なものに耐性ができてしまったし知識も増えた。
 だが、これは異常なのだろう。
「……」
 耳を赤くしたまま黙りこんだアルディスに声をかける。
「音楽室に行きますか? 実際に見たほうが、どうなっているか分かりやすいと思います」
 よかれと思って提案したものの、即座に否定された。
「いらん。そんな特殊な知識は必要ない」
「そうですよね。ご主人様でしたら一人の女性を誰かと分かち合うよりも、大勢の女性を侍らせる立場でしょうし」
「そんなことをする予定もない!」
 ぴしゃりと言い切られる。怒っているのか、耳だけでなく首まで赤くなっていた。
「はーい、分かりました」
 リアナは大人しく引き下がる。
 玄関ホールに到着すると、大量の食材を見てアルディスは納得したように頷いた。
「これは確かに女性一人で運べる量じゃないな」
 頬の赤みもすっかり消えて、普通の状態に戻ったみたいだ。
「そうですよね。今、配膳用のワゴンを持ってきます」
 リアナは配膳用のワゴンを取ってくる。
 すると、アルディスは率先して重いものをワゴンに載せてくれた。気を遣ってくれたらしい。
「ありがとうございます、ご主人様。おかげさまで私の華奢で美しい腕は筋肉痛にならずに済みそうです」
「君は普通にお礼も言えないのか」
 そう言いつつ、彼は満更でもない表情を浮かべていた。
 彼は昨日からリアナの生意気な発言を許してくれる。そこには理由があると思っていた。
「いえいえ。……というか、ご主人様の能力のせいですよね?」
 さりげなく核心を衝いてみる。
「ん?」
 アルディスが片眉を跳ね上げた。リアナの言っていることが理解できないようだ。
「えっ?」
 彼が異能持ちであることを誤魔化しているようには見えない。
(だって、ご主人様の前で私が余計なことを言ってしまうのも、それを許してくれるのも、そういう能力を持っているからではないの?)
 リアナははっきりと聞いてみる。
「失言を誘う異能持ちでいらっしゃいますよね?」
「はあ? なんだそれは? 俺は異能持ちではないぞ」
「えっ、嘘」
 信じられないという眼差しを彼に向けた。
「だって、ご主人様の前ではついつい口が滑ってしまうのです。今まで他の貴族男性にこんな失礼な言動をしたことはないですし、能力の影響を受けたとしか考えられません」
 男爵令嬢として教養は身に付けている。王宮メイドの研修でも一週間しっかりと指南された。
 それなのに、よりにもよって王族相手に失礼な発言をするほど自分が愚か者だとは思いたくない。絶対になにかの影響を受けている。
「もしかして、使用人の誰かが異能持ちかもしれません」
 この屋敷中に自分の能力が影響している。ならば、使用人の誰かが異能持ちだった場合にはリアナにも効果があるだろう。
 そうに違いないと考えるとアルディスが笑った。
「異能持ちの能力が発動している最中は自制心が薄くなり、本音をそのまま口にして余計なことまで言ってしまったり、理性的でない行動をすることがあると最近の研究で分かったらしい」
「そんな研究があるんですか。初耳です。でも、それなら安心しました」
 リアナはほっと胸を撫で下ろす。
「だからご主人様は私の失礼な発言も大目に見てくださるのですね。不可抗力なので」
「そうだ。俺が命を狙われているからこそ君の能力が発動しているわけだし、そもそも君をこの屋敷に寄越したのは宰相だ。寛大な心で許すことにした」
「なるほど。王太子時代に敬われすぎて、失礼な態度を取られると興奮する性癖に目覚めてしまった可能性も考えたので、ご主人様が変態でなくてよかったです」
「本当に失礼だな君は!」
 さすがに一線を越えたのか注意される。しかし、怒っているようには見えなかった。
(能力の影響とはいえ、私の無礼な発言を受け流してくださるのね。そういえば、自分の命を狙う妃の息子を守ろうとしている人だし、すごく心が広いのかも)
 おそらく、アルディスは相当な人格者に違いない。感心しつつ、二人で厨房まで食材を運ぶ。
「肉や牛乳といった温度を低く保ちたいものは、こちらの床下収納に入れてくれ。地下水の管を通らせているから温度を低く保てる」
「すごい、こんなものがあるんですね。便利です」
 彼は雑用をすることはなくても、自分の屋敷のことはすべて把握しているのだろう。リアナに色々と教えてくれた。
 手分けして、すべて収納する。
「ふう……。少し休憩するか?」
「はいと言いたいところですが、そろそろ昼食の準備をしないと」
 リアナはアルディスの分だけでなく、他の使用人の食事も用意しなければならない。休んでいる暇はなさそうだ。
「確かに君一人で屋敷の仕事をこなすのは大変だ。人を増やすにしてもドルマンが戻ってきてからになる。それまでは俺が手伝おう」
「えっ、ご主人様が使用人の仕事を? いいのですか?」
「他の使用人がなにもできないのだから、仕方がないだろう」
「ありがとうございます!」
 主人に仕事を手伝わせるのは使用人としていかがなものかと思う。ただ、それよりも「人手が増えたほうが助かる」という気持ちが勝った。
 たった一人で仕事をこなすのは大変どころか不可能なのだ。ただでさえ使用人が少ないのに、まともに動けるのがリアナしかいないのだから仕方ない。
 アルディスもそれを分かっているからこそ手伝ってくれるのだろう。
「遠慮しないのが君らしいな。こういう時は『とんでもありません』とひとまず固辞しそうなものだが」
 そう言いながら、アルディスは野菜に手を伸ばした。
「だって私一人ですべてをこなすのは難しいですから。……というか、ご主人様はお料理ができるのですか?」
「切って焼くだけの君よりは上手だが?」
 彼はいくつかの野菜を手に取り、足が早そうなものを調理することにしたようだ。
「君は鍋に湯を沸かしてくれ」
「はい!」
 リアナは大人しく従う。
 彼の指示に従いつつ横目で様子を窺うと、アルディスの包丁捌きは見事だった。均一の大きさに切り分けている。
「えっ、すごい。王子様って料理も習うのですか?」
「料理に毒を盛られることも多かったからな。最低限は料理を作れるようになったほうがいいと宰相が手ほどきしてくれた」
 アルディスの目が優しげな弧を描く。
(そういえば、陛下よりも宰相様について口にすることが多いわよね。よっぽど信頼していらっしゃるのね)
 正直、リアナは宰相の顔も知らない。王宮での研修中は宰相のような高位の文官に相まみえる機会などなかったのだ。
 宰相がどんな人なのか見当もつかないけれど、アルディスにとっては信用に足る人物に違いない。
 リアナはアルディスの言う通りに動き、やがて昼食が完成した。肉と野菜を炒めたものと、野菜のスープという簡素な内容だが、汁物があるだけでも見栄えがする。
「美味しそうですね!」
「当然だ。この俺が作ったのだからな。光栄に思え」
「はい、ありがとうございます! どこで食べます? 部屋まで運びますか」
「運んでいるうちに冷めるだろう。食堂を使おう」
 ワゴンに料理と水差しを載せ、食堂へと向かう。
(他の使用人さんのご飯は食べ終わった後に運べばいいわよね。でも、昨日控え室にいた料理長さんとメイドさんはどこに行ったのかしら?)
 庭師たち三人組は音楽室にいたのを見たばかりだが、料理長のほうの組み合わせは場所を変えたみたいだ。きちんと食事をとっているか心配だし、後で探す必要がある。
「食堂を使用するのは久しぶりだな。ここは普段から掃除をさせている場所だから大丈夫だろう」
 アルディスの話を聞きつつ食堂にたどり着く。
 扉を開けた瞬間、中から獣のような咆哮が聞こえてきた。
「あうっ、んっ、ああっ!」
 食堂では昨日控え室にいた若いメイドが床に組み伏せられており、その上に料理長が覆い被さって腰を振っていた。どこからどう見ても性交の真っ最中である。
「なっ……」
 とんでもない光景にアルディスが硬直する。
 彼の顔がみるみるうちに赤く染まった。怒りや驚きではなく、羞恥の色が滲んでいる気がする。
(ご主人様、初心なのかしら?)
 他者の性行為を見ただけで恥じらう様子を見てリアナは微笑ましく思った。
「あとでお食事お持ちしますねー」
 そう声をかけて食堂の扉を閉める。
「ご主人様、食堂は使えませんね。どうしましょうか?」
「……! き、君は平気なのか? 見ただろう、あれを。あんな……あんなものを……」
 信じられないと言わんばかりの表情だ。彼にとってはよほど衝撃的な光景だったのだろう。
「見ましたよ。汚い尻でしたね」
 料理長は下半身裸だった。彼の性器はメイドの中にずっぽりと入っていたけれど、その尻はばっちり見えてしまった。中年男性の尻など綺麗なはずがない。
「まず出てくるのがその感想なのか? 正気か?」
 愕然とした様子で彼が呟く。
「誘拐された時にああいうのはさんざん見たんです。そういう環境の中で料理を作って、皆さんの世話をして、私もご飯を食べました。あの程度なら、どうってことないですよ」
 リアナは飄々と答えた。
「一対一で、しかも普通の行為だったじゃないですか。世の中にはもっとすごい行為がありますよ? たとえば──」
「言わなくていい! 食事前にする話でもないだろう」
「その通りですね」
 リアナは納得して言葉を呑みこむ。
「……で、どこで食べましょう?」
「部屋に戻る。俺の部屋なら絶対に大丈夫だ」
「他の使用人さんが音楽室で盛っていたのを見たばかりなので、別の部屋ならどこでも大丈夫だと思いますよ。ここからご主人様のお部屋まで行くと冷めちゃいますよね」
「今そこにいなくても、見つけるまでの間に行為をしていたかもしれないだろう? その可能性を考えてしまうだけで食欲がなくなる」
 彼が潔癖なのか、それともリアナが無頓着なだけなのか。ともあれ、主人の言うことに従う。
 アルディスの部屋で食べはじめた時にはすっかり料理は冷めていた。それでも美味しい。
「あっ、美味しいです! さすがですねご主人様!」
「……さっきの今で元気に食事ができる君はすごいな」
 食欲がなさそうにスープに口をつけながら彼が呟く。
「あと三日もすればご主人様も見慣れますよ」
「あんなもの見慣れたくはない」
 しみじみと言うアルディスの姿に、音楽室で行われていた三人で交わる様子はとても見せられないと思った。

 

 

 

 リアナが公爵邸に来てから三日が経った。
 主人であるアルディスの力を借りながら、なんとか環境の維持に努めている。
 アルディスは基本的に部屋に引きこもっているが、配達を受け取る時や料理する時は手伝ってくれた。
 彼が淫靡な光景を見ないで済むようにリアナは注意を払い、廊下で交わっている使用人がいた場合には別の場所を通るように誘導していた。
 ──そんな中で、とうとう殺意が昇華されて正気に戻る者が現れたのである。
「新人のメイドの方……ですよね?」
 洗濯物を干していたところ、アルディス以外の声がして振り向いた。

 

 


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