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暗殺令嬢のみだらな悩み わんこ騎士団長に懐かれすぎて任務失敗です! 3

第三話

 

 はしゃぐ声や笑う声。
 どこか浮かれた声が飛び交う中、レイトリーンは葡萄酒(ワイン)の入ったグラスを持ち人々の間を縫うように歩いていた。
 今のレイトリーンは緩く編んだ黒髪に焦げ茶の目。淡い水色のドレスに白いレースのストールを羽織り、胸元には大きな黄水晶(シトリン)のブローチ、という絶妙に目立たない服装をしている。
「今日こそ、めぼしい情報が手に入るといいけど……」
 葡萄酒の入ったグラスを片手に会場を歩く。今日で三日連続、パーティーに顔を出しているがこれといった情報が手に入っていない。
「ごきげんようー」
「え? えぇ、ごきげんよう」
 通りすがりに声をかけられ、反射的に笑顔でグラスを合わせる。
 声をかけてきたのは、橙色の髪で側頭部の一房だけが青色、という派手な色合いの髪を持つ若い女。二十三歳のレイトリーンより年上に見える。とはいえ、三十はいかないくらいだろうか。
(今どき〝ごきげんよう〟なんて古風な挨拶をしてくるから、年配のご夫人かと思ったら意外に若い女性だったわ)
 さりげなく、女性を観察する。すでに真っ赤な顔で、なにがおかしいのかずっとけらけらと笑っている。
「あー、とっても楽しい。ね、あなたもそう思わない?」
「えぇ、思うわ」
 そして二人同時に、葡萄色の液体を一気に飲み干す。声をかけてきた女性のはしゃぎっぷりを見ると、こういったパーティーに参加するのははじめてなのかもしれない。
「……お一人?」
「ううん、連れがいるの。あの人たち」
 女性が振り返った先には、高そうな背広(スーツ)を着た二人の青年がグラスを持ち談笑している姿が目に入った。
「恋人?」
「まさかぁ。違うよ、ご飯を食べていたら声をかけられたの」
 女性は鼻歌を歌いながら、新たなワイングラスを手に取った。レイトリーンは溜め息を一つつき、女性の手からグラスを取りあげる。
「ちょっと、なにすんのよ!」
 任務にはなんの関係もないが、このまま放っておくわけにはいかない。
「あのね、こういった場では声をかけてグラスを合わせたら中に入っているお酒を必ず飲まないといけないの。だからお酒にあまり強くない人はグラスを掲げるだけに留める。あなたはお酒にあまり強くなさそうね。心ある人なら、事前にそういったことは教えてくれるはずよ」
 ちなみにレイトリーンはこういった場に来る時は必ず〝解毒〟の魔石を前もって飲みこんでいる。空気を読んで飲まないわけにはいかないが、いちいち酔っぱらっていては、情報を集めることなどできやしないからだ。
「……はぁ? あんた、なに言ってんのぉ?」
 こちらに一歩近づいてきた女性は、急激に酔いが回ってきたのか足元をふらつかせレイトリーンにしがみついてきた。その身体を支えてやりながら、耳元でそっと囁く。
「あの男たちは、あなたを酔わせてよからぬことをするつもり。身なりからして、貴族のご令息ってとこかしら。彼らはある程度のことはお金で揉み消せるから、相当なひどいことをされるかもって覚悟しておいたほうがいいわ。それでもいいなら、お好きにどうぞ」
「え……? ひどいことって、や、焼いたりとか、むしったりとか……?」
 若い女性は、とたんに怯えた顔になる。
「あるかもね」
 ──そんなことはない。
 本当にそんなことをしようとしているなら、こんなに人目があるところで〝狩り〟はしないだろう。単に酔わせて、身体を好きに弄ぶのが目的なのだと思う。
 もちろん、ある意味拷問のほうがましだと思えるような非道であることには変わりない。けれど、少し脅しておいたほうがいいだろう、とあえて肯定しておいた。
「い、嫌だよ、そんなの!」
「そうね。ひとまず、あなたはもう帰ったほうがいいわ」
 レイトリーンは談笑しているふりをしながら、さりげなく女性と男たちの間に身体を滑り込ませ、視界を遮る。
「わかった。……でも、大丈夫かな。あとつけられたりしないかな」
「化粧室に行くよう見せかけて、そのまま帰れば大丈夫。ああいった連中は、特定の獲物に固執することはないの。あなたが消えたら、すぐに他の娘(こ)を探すだけ」
 だが促すように肩を軽く押してやっても、なぜか女性は動こうとしない。
「どうしたの?」
「……あの、あたしが帰ったら他の子が被害にあうんじゃないの?」
 驚いたことに、女性は自分より他人の心配をしている。
 なんとなく胸の内がほっこりと温かくなり、気づくと妹にやるように目の前の女性の髪を優しく撫でていた。
「大丈夫。そんなこと私がさせないから。ほら、行きましょ」
 もう一度促すと、今度は大人しくついてきた。レイトリーンは不安を取り除いてやろうと、柔らかく微笑んでみせる。すると、女性はへにゃりと顔を崩して笑った。
 笑った顔は、案外と幼く見える。
「あたし、クレッチェっていうの。あなたは?」
「エミリーよ」
 ──仕事中の偽名は、ブリオングロードでよくある女性名を使うことにしている。ちなみにブローニッドは〝メアリー〟だ。
「ありがとうね、エミリー。あーあ、せっかくお仕事がお休みで美味しいもの食べてたのに、そこで調子に乗るんじゃなかったなぁ。職場の男連中がむさくるしいのばっかりだから、綺麗な男に声かけられてつい浮かれちゃったの」
 クレッチェは子供のように頬を膨らませている。大人びた見た目にそぐわぬ幼い言動だが、その様子はどこか愛らしく軽蔑の気持ちなどみじんも湧いてこない。
「あなたの職場、男性が多いの?」
「うん。女の子はあたしだけ。……あ、むさくるしいっていうのは見た目のことじゃなくて、なんていうの、動き? 一応は騎士なのに、みんな雑だし無神経なのよ。顔は悪くないし、あたしの好きな林檎とかナッツとかくれたり優しいとこもあるんだけどね。そうそう、団長なんて侯爵令嬢から一目惚れされたくらいカッコいいんだよ。顔だけだけどね」
「へぇ、そうなの。……ん? え?」
 ──騎士。団長。侯爵令嬢。
 耳に引っかかる言葉が、一気に三つも出てきた。
(もしかして、この人……)
「えぇと、クレッチェ。訊いてもいい? あなたの仕事って、まさか騎士だったりする?」
「そう、よくわかったね! あたし、これでも騎士なんだ。といっても守護騎士じゃなくて、遊軍騎士団ってやつなんだけどね」
「まぁ、騎士さまだったの。私ったら出しゃばったりなんかして、余計なことをしてごめんなさい。騎士のあなたなら自分で対処できたわよね」
 あえて申し訳なさそうにしながら、会話の糸口を探る。
「そんなことない。あたし、《シンフェイン》に入ったのは最近だし色々と詳しくないんだ。まだ見習い期間中だから、火曜と木曜に先輩と一緒に巡回へ行く以外はずっと詰め所で勉強や訓練をしてるの」
「そう? なら、よかったけど」
 歩きながら、レイトリーンは内心でガッツポーズをする。彼女と会話をすれば、核心に触れた情報が手に入るかもしれない。
「でも、団長さんはすごいのね。侯爵令嬢に見初められるなんて。いったい、どこのご令嬢?」
 興味津々、といった体(てい)を装いながら訊く。
「あー……、なんだったかな。なんか、お嬢さまの護衛をしたら気に入られちゃったみたい。あたしが入る前の仕事だからよく知らないんだけど、えーと、なんとなくあたしの名前に似た感じの……」
 クレッチェは折れそうなほど首を横に傾けている。やはり、と確信を持ったレイトリーンは、気軽な世間話を装いながらこちら主導で話を進めた。
「なるほど、あなたに似た名前。んー、あ、もしかしてドリーチェ侯爵家?」
「そうそう、そのドリーチェさんの家! なんか、お嫁さんになるお嬢さんの妹? に、一目惚れされちゃったみたいなんだよね」
「ふぅん、そうなの」
 では暗殺依頼の動機は、大切な令嬢を平民に奪われたことへの報復だろうか。だとしたら、それはさすがに理不尽すぎる気がする。
「じゃあ、団長さんはご令嬢とおつき合いされるの?」
「ううん、団長は断ったんだって」
「え、断ったの!?」
 ──現代の身分制度は昔ほど明確でも厳しくもないが、やはり貴族と平民の間には越えられない壁が存在する。
 いくら騎士団を率いる団長とはいえ、平民の身分で侯爵令嬢からの好意を断る、というのは容易なことではない。とはいえ、好意を受けたら受けたでそれも大変だ。
「うん。〝好きじゃないし好きにもなれないから無理〟ってはっきり言ってあげたみたい」
「う、嘘でしょ? はっきりどころの騒ぎじゃないじゃない……」
 こういった告白を断る際に、好意がないのに気を持たせるような断り方をするのはよくない。それはわかる。
 けれど、相手は侯爵令嬢。他にもっと上手い断り方があったのではないだろうか。
「嘘じゃないわよ。団長、ちゃんと言ったのにお嬢さんが〝え、もう一回言ってくださる?〟とか言うから、すごく大きな声で伝えたんだって」
「……訊くのも怖いけど、それってどこで?」
「お嬢さんから誘われた、皇都で一番人気のカフェ」
「あー、あそこね……」
 ──おそらく、暗殺理由はそれだ。
 依頼主は、人前で娘に恥をかかされたドリーチェ侯爵。
 こんなことで? と思うようなことでも、恥をかかされたと感じたとたんに牙をむいてくるのが貴族なのだ。
 しかも騎士団を率いる団長とはいえ、相手は平民。貴族(かれら)の感覚では、容赦するという考えすらないだろう。
「今日は話せてよかったわ、クレッチェ。気をつけて帰ってね」
「ありがと、エミリー。うちの詰め所、町の西側にあるんだ。表に紋章のついた旗が掲げてあるから、いつでも遊びにきて。うちの先輩たち、みんな人懐っこいから歓迎してくれると思うよ」
「えぇ、またね」
 何度も振り返りながら、手を振り走って行くクレッチェを見送りながら、レイトリーンは冷静に考えていた。
 ご令嬢の癇癪によるこの依頼。積極的に引き受けたいものではないが、うかつに貴族のプライドを傷つけたということであれば依頼人を消すほどのことでもない。
 ひとまず家族に報告し、あとは暗殺を遂行するための準備を進めなくてはならない。


 第二章・呪われ騎士団の団長

 パーティーから二日後の火曜日。
 レイトリーンは〝エミリー〟の姿で《シンフェイン》の詰め所へ向かっていた。
 胸元がぱつぱつのレースブラウスに膝丈のスカートを身に着け、〝清楚と奔放の中間〟を演じた服装にしている。
 クレッチェから得た情報は、父が調べたもう一つの情報と重ね合わせたところ完全なものになった。
 依頼主はやはりドリーチェ侯爵。
 ディアミッド・ウィスカに一目惚れをしたのはドリーチェ家の二女ウナ・ドリーチェ。
 姉の結婚式に出席する際、警護をしてくれた団長ディアミッドに惚れ、なかば命令するような形で迫っていたという。
 しかしディアミッドにすげなく断られ、屈辱を晴らすべく父親に泣きついたが暗殺までは考えていなかったようだ。
 人前で恥をかかされた仕返しとして、ディアミッドを団長の座から引きずりおろせればそれでよかったらしい。
 けれど、その程度で許さなかったのが父親のタイグ・ドリーチェ侯爵。
 長女が隣国に嫁ぎ寂しい思いをしていたところ、残された二女が恥をかかされたということで怒り心頭になったのだろう。
「はぁ、気が進まないな……」
 乙女心を踏みにじったことが己の死に直結するなど、彼は思ってもいないはずだ。
 ──家族で話し合った結果、依頼は遂行することになった。
 レイトリーンとしてはディアミッドに多少同情する部分があったのだが、人前で恥をかかせたということは、ウナが無様にフラれる様子がそれなりの人数に目撃されたということだ。
 ドリーチェ侯爵はその件について政敵から揶揄されていた、という情報もつかんでいたし、ここで侯爵を消して依頼を一時的になかったことにしても侯爵家の誰かが追加で依頼を出してくる可能性が高い。
 うっかりディアミッドへの同情へ傾きそうになる心を切り替えながら、先日ニーシャとともに歩いた道の奥へと進む。
「あった。あそこね」
 クレッチェの言っていたように、石造りの建物の前に紫の旗が掲げてあった。
 旗には金糸で《五翼の霊鳥》が刺繍されている。
「クレッチェと知り合っておいて、本当によかった」
 今日は早朝からニーシャの姿が見えなかった。昨夜も夜遅くに帰ってきたようだし、またいつもの気まぐれが発揮されたのかもしれない。
 仕方なく、今日はレイトリーン一人でやってきた。犬の散歩を装っての接触、という手が使えない以上「先日友だちになった」とかなんとか言いながら、クレッチェを利用させてもらうつもりだ。
 サウラ家の暗殺方法は、よほどのことがない限り〝病死〟か〝事故死〟を装う。
 どちらの手段にしても、命を奪うには標的(ターゲツト)に接近し、日頃の行動を把握し隙をうかがわなくてはならない。
 顔を見られてしまうという危険はあるが、狙撃や刺殺と違ってばれなければ警察隊が関与してくることはないという利点もある。
 警察隊には魔術師も多く在籍しているし、彼らの調査をかわすのは非常に困難だ。
 暗殺のたびに追跡に怯えなければならないのであれば割に合わない、ということで〝不自然ではない死〟を与えることを信条としている。
 辿り着いた詰め所の入り口には、眠そうな顔の青年が立っていた。
 先日見かけた三人とはまた違う、黒と焦げ茶、白と虹色がかった緑色が混ざるという、見たこともない不思議な髪色をしている。
「こんにちはー……」
「んー? こんにちは、お嬢さん。なにか御用ですか?」
 青年はニコニコとした人好きのする笑顔を浮かべている。
「あの、クレッチェさんはいらっしゃいますか? 私、エミリーといって彼女の知り合いです。ちょっと近くに来たものですから、挨拶をしておこうかと」
 話しながら、さりげなく視線を周囲に向ける。
 ──半裸で槍を持ち、楽しそうに笑っている騎士が二人。先日見かけた三人のうちの二人だ。その奥で井戸の水を浴びている熊のように大きな男がいる。
「クレッチェの? へぇ、あいつ、ここに来て間もないのにもう友だちができたのかぁ。あぁ、ごめんね、エミリー。クレッチェは今、巡回に出てるんだよな」
 それは知っている。だから、わざわざ火曜日に来たのだ。
「あら、そうなんですか? 残念です。じゃあ、クレッチェが戻ってきたらエミリーがよろしく言っていたとお伝えください」
「あー、待って待って。せっかくだから、お茶でも飲んでいかない?」
「え? でも……。いいんですか?」
 迷う素振りを見せながら、レイトリーンは少し呆れる。
 確かにクレッチェは「みんな人懐っこい」とは言っていたが、仮にも騎士が一般人をそう易々と詰め所に入れるというのはどうなのだろう。
「うん、心配しなくても、エロいこととかしないから安心して。そういうんじゃなくて、単にお話を……あ、団長!」
 青年が笑顔になり、レイトリーンの背後に向かって手を振る。
(来た、団長ディアミッド・ウィスカ!)
 詰め所にやってきたのも、クレッチェの留守に詰め所内に入り込み、標的ディアミッドの人相と人となりを確認するつもりだったからだ。
 それがまさか、こんなに早く出会えるとは。
「お帰り、団長」
「うん、ただいま」
 聞こえたのは、穏やかな低い声。
 レイトリーンは軽く息を吸い、戸惑ったような表情を作りながらゆっくりと振り向いた。
 ──立っていたのは、驚くほど背の高い男。
 年はレイトリーンの少し上、二十代後半くらいだろうか。
 ぼさぼさの髪は艶がなく、頭頂部は灰をかぶったようなくすんだ灰色。なかばほどから黒髪という、目の前の青年と同じく混じり髪。腕章のついたフロックコートの下は洗いざらしのように見えるくたびれたシャツに、ポケットがやたらとついた作業用ズボン。
 怪我をしているのか、首には真っ白い包帯が巻かれていた。
 顔立ちは悪くないものの、あまりにもだらしない服装のせいで魅力が半分以下になっている気がする。
(……ウナさま、自分が侯爵令嬢だからこそ普段つき合いのある人たちとは真逆のこういう男に惹かれたのかしら)
 心の中で、勝手なことを考える。
「団長。こちら、エミリー。クレッチェの友だちらしいっすよ」
「クレッチェの、友だち?」
 訝しげな声が聞こえた次の瞬間、レイトリーンは振り向きざまにわざと足をもつれさせ、その場に倒れ込んだ。
「きゃあ……っ」
「わ、大丈夫!?」
 焦ったような声とともに、腹部に長い腕が回る。女性が倒れかけた、ということで慌てて助けてくれたらしい。レイトリーンは今が好機、とばかりに、指先で素早くブラウスのボタンを二つほど外した。
「ご、ごめんなさい……。持病の貧血が、こんな時に……」
 抱き起こしてもらいながら、ディアミッドの腕に形よく盛り上がった胸をぐっと押しつける。実際はここまで大きくはないが、変化の魔法で胸を大きめにしてみたのだ。
(まずは、この男の性的嗜好を探らないとね)
 侯爵令嬢ウナは薄紫のふわふわとした髪に大きな銀色の目、という非常に愛くるしい容姿をしている。
 その彼女を袖にしたということは、そもそも異性に興味がない可能性もあるのだ。そうであった場合、次は男に変化して接近を試みなくてはならない。
「あ、だ、大丈夫? その、僕は、大丈夫」
(……?)
 〝倒れた〟のはレイトリーンだ。そこになぜ「僕は大丈夫」という言葉が出てくるのだろう。
「は、はい。私も大丈夫です。あ、でも……」
 そこで、目をうるうるとさせながら上目遣いで見上げた。ディアミッドは一瞬きょとんとした顔をしたあと、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。
(え、なに、この反応)
 ──なんというか、思っていたのと違う。
 もちろん、女性に対する反応を見たくてわざと胸を押しつけた。だが、こんな風にあからさまに恥ずかしがるとは完全に予想外だった。
(まぁいいわ。ある意味、好都合だもの)
「実は私、持病があるんです。胸が、悪くて。発作がでると、誰かが側にいてくれないと不安で仕方がなくなるの。団長さん。少しだけでいいので、私と一緒にいていただけませんか……?」
「う、うん、わかった。僕、一緒にいる」
 レイトリーンはディアミッドにもたれかかり、大きな手の上に自らの手をそっと重ねる。
「詰め所で、休ませていただいても……?」
「いいけど、僕の部屋ならベッド大きいよ? 手足も伸ばせるし」
「え、ぼ、僕の部屋?」
 ──いきなり部屋に誘われた。
 さすがに少々面食らう。場合によっては身体を張るのもやむなしと考えていたが、その場合ですら一線を越えるつもりはないのだ。
(団長室でそういう雰囲気になったら、ごまかして逃げるのは難しいわよね)
 ここは、断固拒否するしかない。
「あ、いいえ、本当に少し休めばいいんです。あの、クレッチェさんはあとどれくらいで帰ってくるんですか?」
「そうだなぁ。あと二時間くらいで戻ってくるはずだよ。そんなことより、おいで。あっちに行こう」
「そう、二時間……きゃっ!?」
 いきなり、ディアミッドはレイトリーンを抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、自分で歩けますから」
「大丈夫。僕がそうしたいだけ」
 ──先ほどから会話が微妙に噛み合わない気がする。
(……まぁ、初対面だしこんなものかも。下手に会話が弾んで罪悪感が出てくるよりいいわ。こっちも仕事がしやすくなるもの)
 詰め所でディアミッドの私生活や毎日のスケジュールを探り、余裕があれば《シンフェイン》全体の所属人数を把握する。
 これらをクレッチェが帰ってくる前に済ませておけば問題ない。
「じゃあ……よろしくお願いします」
 ディアミッドの首筋にしっかりとしがみつき、耳元にふうっと息を吹きかける。
「うわっ!? わ、な、なんだ?」
 背筋を跳ねさせ、うろたえるディアミッドがおかしくて思わず笑いそうになる。そこをぐっとこらえながら、レイトリーンは〝か弱い女〟を演じ続けた。
(明日で決めるわ)
 この様子なら、簡単に終わる。呪われ騎士団の団長がここまで初心だとは思わなかったが、逆に安心感は高まった。
(次の仕事はもう少し先だと助かるなー。旅行とか行きたいし)
 そんな呑気なことまで、心の中で考えていた。

 

 

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