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婚活聖女のお見合い相手は幼なじみの勇者様でした エロトラップダンジョン攻略なんて聞いてません! 1

第一話

 

 この世界に地下迷宮が現れてから早五十年。
 それまで魔術というものは人間にとって、生活に寄り添った小さな力だった。火や風の魔術で竈を使ったり、水の魔術で井戸に行く手間を省いたり。そんなふうに便利な道具として用いていた。
 だが、ダンジョンに現れたモンスターを倒すため、魔術は攻撃や防御といった方向へものすごいスピードで進化していった。
 優れた使い手には、冒険者のライセンスが与えられ、ダンジョンへと潜る許可が下りる。
 そして各地に、ダンジョンの攻略を生業とする若者が増えていった。
 未攻略のダンジョン情報と仲間を得るために冒険者たちは王都に集まりはじめる。
 次第に彼らを取り仕切るギルドも発足した。
 冒険は常に危険と隣り合わせだ。しかし宝箱を見つければ金銀財宝が手に入り、モンスターを倒せば褒賞金がもらえる。なにより、何者でもなかった人間に町を救った英雄の名誉が与えられる。
 若者たちにとってダンジョン攻略は、人生を一変させる美しい夢であった――。

         ◇
         
 王都の冒険者ギルドは閑散としていた。
 広い空間には十人弱の冒険者がぽつぽつといるだけだ。日の高いこの時間は、みんな冒険に出てしまっており、人で賑わう夕刻まではまだかなり早い。
 自由に歓談できるフリースペースでたむろしている数人は、これから冒険に出る面々だろう。同じパーティーのメンバーと待ち合わせしているのだ。
 求人広告が貼られた掲示板の前にも数人の冒険者がいたが、めぼしい仕事はないのか、時折あくびをしている。
 どことなくまったりとした時間が流れるギルドの中で、エレナは一人、血眼でパーティーメンバー募集の掲示物を見上げていた。
 ここ数日、毎日訪れているが、目当ての求人はない。
 どっさり貼られた求人紙は「勇者」や「魔術師」といった高スペックのライセンス持ちばかりを求めていた。
 エレナはがっくりとうなだれたのち、意を決してギルドの受付に向かう。
 受付はギルドの正面を入ってすぐのところにあり、そこのカウンターには女性の受付嬢がいつも詰めているのだ。
 エレナの姿に気づいた受付嬢がにこりと微笑む。
「あら、なにかご用――」
「エレナ・シュミットといいます。ライセンスは聖女。あの、私、お金持ちと結婚したいんですが!」
 身を乗り出すエレナの勢いに押されつつ、受付嬢はすぐに立ち上がってカウンターから出てくる。
 そして冒険者ギルドの一画で突拍子もないことを言いはじめたエレナに、柔らかな笑みを向けた。
「婚活希望の方ですね。ではどうぞこちらへ」
 ギルドの奥にある部屋へ案内されると、そこには二人が向かい合って座れる小ぶりなテーブルのセットが並んでいた。左右に三つずつ、合計六つのブースが配置されており、それぞれが仕切られている。
 左側、一番奥のブースには先客がいた。話し声は聞こえるが、内容まではわからない。
 ただ、手前に座る相談者の声音から、相当切羽詰まった話だと窺える。
 エレナが案内されたのは、右の一番手前側だ。
 受付嬢が奥に座り、エレナも向かいに腰掛ける。
「それじゃあ、改めてお名前とライセンス歴を伺っても?」
「あ、はい。エレナ・シュミット、二十一歳です。三年前から聖女のライセンスで冒険者登録しています」
 エレナが簡単に自己紹介すると、受付嬢は手元の書類にそれを書き込んでいく。
「あの……他にも利用者がいるんですね」
「ええ、結構人気なんですよ。冒険者専用の結婚相談所なんて、最初はどうなるかと思ったんですけどね」
 受付嬢はうふふと楽しげに笑う。
 ギルドが結婚相談所をはじめた、という噂は冒険者のあいだでたちまち話題になった。
 冒険者を目指して王都へやってくるのは大抵若者だ。ある程度、王都の生活にも慣れると今度は所帯を持ちたくなるというもの。なかなか顧客のニーズに即した商売だと言えよう。
「安心してください、成婚率は高いですから。エレナさんはこれまで特定のパーティーに所属したことは?」
「ないですけど……まずいですか?」
「まさか! その逆です。固定パーティーが長い方だと、元恋人の存在がネックになったりするんですよ。お見合いに乗り込んで来る方もいて……パーティー内で恋愛するとどうして普通よりこじれるのかしら……あら、ごめんなさい。どうでもいい話でしたね。とにかく、婚活市場ではあまりよく思われない条件なんです」
「はあ」
「エレナさんならその点、安心ですね。きっと良縁に恵まれますよ」
「どうも……」
 受付嬢に笑い返そうとしたが、口元はぎこちなく引きつるだけだった。
(今まで誰からも選ばれなかった私が良縁なんて……)
 エレナの出身は王都から遥か西に位置する、トゥネ村。
 村民のほとんどが農業を営んでおり、自給自足で生活しているような、とんでもないド田舎である。
 舗装された道も、ウインドウショッピングも、王都に来るまでは当たり前ではなかった。
 冒険者になるには、まずは数ある位階の中からライセンスを得なければならない。
 魔術に自信があれば《魔術師》。これは物理攻撃が苦手でも会得できる。反対に、魔術は得意ではないものの腕っ節に自信があれば《戦士》。魔術の他、知力や戦闘力がオールマイティーに優れているものは《勇者》……など、適正ごとにジョブが分かれている。
 試験をパスしたものだけがライセンスを得てそのジョブを名乗ることが許されるのだ。
 エレナは迷わず《聖女》を選んだ。
 聖女は魔術の中でも、治癒魔術に特化した技能を持つものに与えられる。魔術全般が使える魔術師の下位互換、だなんて評される不名誉なジョブだった。
 エレナだって本当なら魔術師のライセンスが欲しかった。けれどどんなに練習してもまともに使えるのは治癒魔術だけ。
 その代わり、村では随一の治癒の使い手だった。だからこの一芸に懸けると決めて王都へやって来たというわけだ。
 しかし結果は振るわなかった。
 エレナをパーティーのメンバーに選んでくれる仲間に出会えなかったのだ。
 冒険者がダンジョン攻略に赴く際、基本的にはいつも決まったメンバーで繰り出す。それが固定パーティーだ。
 エレナの場合は、パーティーの回復役が怪我などで一時抜けざるを得なくなったときや、難しい攻略において回復役を手厚くしたい場合など、その場限りで参加することばかり。いわゆる「フリー聖女」だ。
 冒険についていっても、回復担当として、後方からみんなの奮闘を見守るだけ。
「あ、フリーさんはその岩陰から適宜回復をお願いします。攻撃には参加しなくていいので、無駄な動きだけ控えてください」
「防御魔術に回す余裕がないから、フリーさんはあんまり怪我しないように。無理しなくていいから。万が一怪我したら自分で回復してもらって」
 スポットで採用されたエレナは冒険に参加してもいつも疎外感を抱いていた。
 自分の仲間と呼べる人たちと冒険したい――。
 連携のとれた攻撃を後方で眺めながらぼんやりと空想する。
 無論、そんな贅沢は言っていられない。
 さしあたっての目的は、実家の家族への仕送りだ。
 エレナは下に五人の弟妹がおり、仕送りをする約束で王都に出てきた。
 固定パーティーさえ組めれば、ある程度安定した報酬が見込めたのだが、フリー聖女の立場だと報酬に波がある。
 それが自分の実力不足のせいだとよくわかっていた。
 パーティーに誘われないのは、エレナの治癒魔術の発動にかなりのムラがあるからだ。具体的に言うと、五回中二回ほどしかまともな治癒魔術が発動しない。
 だから、一度採用されても次に繋がらないのだ。
「タダじゃないんだから、もうちょっとまともな仕事してほしいよな」
「まあフリーの聖女なんてこんなもんだろ。いいじゃん、目の保養要員だと思えばさ。見た目は結構かわいかったし」
「だったら飲み屋の女の子で充分だっての」
 給金を渡して去って行く冒険者たちがそんなふうに話していた。
 情けなかった。
 村では治癒の力を頼りにされていたけれど、王都の最前線では使い物にならない程度の実力だったのだ。
 そして、現在。
 フリー聖女としての仕事はぱったりと途切れてしまった。
 それはとある事情による要因が大きく、エレナの実力不足だけが問題ではないのだが、とにかく収入が尽きたことに変わりはない。
 諦めずに冒険者としてがんばりたい。けれど、現実問題それは厳しい。
 仕送りができないどころか、自分の生活まで怪しくなってきたからだ。
 だから、ここを訪れた。――ギルドがはじめた、冒険者専用の結婚相談所。
 聖女を生業にしていくのは今の状態だと難しい。だったら、せめてお金持ちと結婚して実家を援助してもらわなくては。
「不安ですか?」
「え?」
「エレナさんならきっと大丈夫。かわいらしいですもの。がんばって自分磨きしているんでしょう?」
 流行のメイクを施した顔は大きな目がさらに強調されている。元々はプラチナカラーだった髪はパステルライラックに染めてウェーブをかけた。
 白い聖女服も、揃いのロッドも、人気のショップで買ったものだ。
 芋くさい田舎者だと思われたらまずフリーではやっていけない。それで必死に垢抜けるよう研究した。
「さ、お相手を探していきましょうか。ご希望は?」
「え、あっ、とにかくお金持ちでお願いします!」
「お金持ち……」
「そ、そんな不純な希望じゃだめですよね……」
「いえ、自分の理想に正直なのはいいのですが、やっぱりそういう方って人気で、なかなか射止めるのは難しいんですよね」
「そうですか……」
 しばらく考え込んでいた受付嬢はぽんと手を打つ。
「そうだ、新しくはじめたコースがあるんですけど、試してみませんか?」
「新しいコース、ですか?」
「はい! その名も『ダンジョン婚活』」
「ダンジョン婚活?」
 聞き慣れない単語にエレナは眉をひそめる。
 ダンジョンとは攻略するものだ。そこに婚活という単語がくっつくと不思議な違和感があった。
「エレナさんもご存じの通り、攻略後のダンジョンはただの洞窟同然でしょう? けれど残党の雑魚モンスターや見逃されていた宝箱なんかはありますよね。お相手と二人で安全なダンジョンに潜って、宝箱を捜したり、雑魚モンスター退治をしたりするのが、ダンジョン婚活なんですよ」
「それって婚活になるんですか? 普通はカフェとかに行くものじゃ……」
「なんてったってみなさん冒険者ですから。ダンジョンの中のほうが普段の様子が知れますし、同じ目的に向かって進むとそれだけで仲が深まるでしょう?」
 なるほど、たしかに一理あるのかもしれない。
 ギルドが主導する婚活相談所ならではの視点だ。
「結構アリ……かも?」
「きっとぴったりだと思います! お相手はこの方なんかどうでしょう!? エレナさんより二つ年上、地方の大地主のご子息ですよ! ジョブは戦士! とっても男らしい方です!」
 やってみてもいいかな、くらいの軽い気持ちでつぶやくと受付嬢はすぐさま釣書を取り出してくる。
 ふと見ると、壁には「ノルマ成婚一人十件!」というポスターが貼ってあった。
 受付嬢が必死な理由がなんとなく窺えた。
 あれよあれよという間に、おすすめされた資産家戦士とのお見合いが決まってしまう。
 本当にこんな動機でお見合いなんてしてもいいのだろうか。覚悟が決まらないまま、毎日はすぐに過ぎていった。
 ――お見合い当日。舞台となるダンジョンは、王都の郊外にあった。ダンジョンが出現しはじめた初期の、歴史の古いものだ。
 ダンジョンを研究する際にひとしきり調べ尽くされており、中にはもうなにもないのがわかりきっているから、滅多に人も近づかない。本来ならただの無用な洞穴で終わるはずだったのに、うまく利用したものだ。
 入り口の近くにあった大きな岩の陰によりかかって、相手を待つ。
(ま、どうせ私が選ばれるはずもないけど)
 やさぐれた気持ちで足元の小石を蹴った。
 自分程度の聖女なんて、今の王都にはたくさんいるのだ。どうせ相手もそう本気ではないだろう。
 誰かに選ばれる。そんな未来が想像できないと気づいた。
 他の誰でもない、エレナだからその手を取った。そんなふうに言ってくれる人は、未来永劫現れないのではないか――。
 不意にガサリと音がして、エレナはハッと我に返ると、岩陰から顔を覗かせる。
 約束の相手が来たと思ったのだ。
 しかし予想は外れた。
(あれは……ジークフリートさん?)
 黒い騎士服に長い銀髪をさらりと靡かせた絶世の美青年がダンジョンへと入って行く。
 彼はちまたで大人気のパーティーに所属する勇者だ。
 見た目の高貴な美しさと、何者にも媚びないクールな性格から女性ファンも多い。
 エレナは直接の面識こそないが、彼についてはよく知っていた。それは単に有名人だからではなかった。
(あれほど強い勇者が、一人でこんななにもないダンジョンに……?)
 洞窟の中へ消えたジークフリートを見届けて、エレナは首を傾げる。
 デビューしたての冒険者なら、攻略後のダンジョンに潜って練習することもありえるが、実力者である彼がなぜ。
 考え込んでいると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
 今度こそ自分のお見合い相手が来たのだ。
 そう思ったら急に心臓が早鐘を打つ。
 もしかしたら、自分の未来の夫になるかもしれない人。
 急に緊張してきて、口元がぎこちなく引きつった。
 足音が近くまで来て止まる。エレナはおずおずと岩陰から進み出た。
「悪い、待たせた」
「い、いえ、私も今来たところで、……ルカ?」
 貼りつけた笑みを浮かべたままエレナは固まってしまう。
 目の前には、金髪と青い瞳が美しい、腹が立つほどに端整な顔立ちの男が立っていた。
 身に付けているのは白い騎士服。それに部分鎧を合わせている。
 まるで王子様のごとく、髪も、磨き込まれた鎧も、キラキラと日に当たって輝いている。彼自身からもそのまばゆいオーラが発されているようだった。
 けれどエレナは知っている。この男が王子どころか、自分と同じド田舎出身者なのだと。
 ルカは同郷の幼なじみだ。
 今でこそ彼は人気実力ともにトップクラスのパーティーに属する《勇者》となったが、数年前までは一緒に野山を駆け回っていた。
「なんであんたがこんなところにいるのよ!」
「なんでって、あれだろ。最近話題のダンジョン婚活」
 ルカはさらりと言ってのけるが、納得できるはずもない。
 そもそも、先ほどダンジョンに潜ったジークフリートとルカは同じパーティー。このルックスに加え、パーティー自体も華々しい活躍ぶりで名を轟かせている。
 どういうわけか美形揃いのパーティーの中でも、ルカは群を抜いた人気ぶりだった。
 だからわざわざ婚活なんてする必要がないはず。
 納得できない理由がもう一つ。
 婚活相手にエレナを選ぶなんてありえないということ。
 二人の出身地、トゥネ村には学校がかろうじて一つだけある。そこでは年齢の違う子供たちが一堂に集められて、最低限の教育を受けるのだ。
 ルカは現在二十四歳。エレナの三つ上だが、ほとんど同級生のようにして育った。
 そして顔を合わせるたびに喧嘩が絶えなかった。
 憎まれ口を叩き合い、口が達者なルカにどうしても舌戦で勝てず、悔し紛れにエレナの拳が飛ぶ場面もあった。
 犬猿の仲。お互いにそう思っているはず。
 仮に婚活すると決めたとして、釣書の中からエレナを選ぶのだけは考えられない。
「ひやかしなら私のげんこつを食らう前に帰ったほうがいいわよ」
「誰がひやかしって言ったよ」
「じゃあどんな理由があってここに来たのよ」
「婚活だよ。別におかしな年齢でもない。……ま、なにかの手違いがあったみたいだけどな」
「私だってあんたが来るとわかってたらさっさと帰ったわよ!」
 鼻で笑われて、エレナのこめかみに青筋が浮く。
 エレナの相手は別の人物だ。ギルドが手配を間違ったらしい。
「お前こそ、冒険にも出ないで婚活かよ」
「はあ!? それは――」
 感情のままに叫びそうになって、ぐっと堪えた。
 エレナが最近誰からも冒険に誘われなくなったのは、なにも実力が不十分だからという理由だけではない。
 ルカが起こした「とある事件」のせいで、同郷であるエレナまで警戒されているのだ。
 ルカのパーティーも今はとても冒険に出ている場合ではないと、一時活動を休止しているはず。
 空いた時間にすることが婚活か、という呆れはあるものの、事件について問いただす気にはなれなかった。
「と、とにかく、私は帰るから。あんたと婚活なんてやってられないわ」
 さっさとルカの横を通り過ぎて帰ろうとする。その背中をルカが呼び止めた。
「今ドタキャンすると違約金だぞ」
「えっ!?」
 聞き捨てならない言葉に思わず勢いよく振り返る。
「い、違約金!? そんなの聞いてない」
「契約書に書いてたはずだ。当日のキャンセルは違約金が発生するって」
「そんな……」
 そもそも待ち合わせていた相手はルカではない。なんらかの手違いが発生していると踏んで、相談所に問い合わせるのが筋というものだが、そこまで考えが至らなかった。
 違約金の三文字に意識が集中する。
 今はとにかくお金がないのだ。
 想定外の出費に応じる余裕などない。
 結婚相談所への登録料だって馬鹿にならなかったのに。
「きょ、今日のダンジョン婚活をちゃんと終えれば違約金は発生しないのよね」
「だろうな」
 お金を払わず済む方法がある。エレナにとって自分が助かるたった一つの選択肢に思えた。
「ダンジョンに潜るわよ! ルカとだなんて超不本意だけど、この際しかたないわ!」
「現金なやつだな」
 肩を怒らせてダンジョンへと足を進めるエレナの後を、呆れた顔のルカがついていった。